ENGINE EYE 阿部嘉昭のブログ

雑感2月24日

 
 
詩はなおせない、そうおもうことがある。一回性によってなった詩篇にたいしてだ。だめなら(そう自分か他人が判断すれば)それは捨てるしかないし、詩篇の出来に拘泥して、事後的な推敲をかさねることもない。
 
詩篇はどう書かれるか。たとえば一行目が「舞い降りてくる」として、そのあとはその舞い降りの以後を「展開」し、しかるべきながさをのこしてただ終わらせるしかない。一行一行が「おわりの準備」になる。推敲はこの過程でのみ内在する。自分の信頼できない身体的発語=手癖を矯めながら、その呼吸に遅延をくみこんでおずおずと連辞を形成してゆく。この軌跡こそがつねに、結果的に、詩としてよまれるだけだ。むろん途中で失敗し、完成を見送るばあいもある。
 
偶然を必然にとけこませる。あるいは逆に、必然を偶然にとけこませる。詩を書く手許で起こっているのはおよそそのようなことだろうが、偶然と必然は自覚面では畢竟、乖離している。これを宥和させ、飽和させるのが、まさにことばだ。ことばのいわばこの自助性によって、詩篇はあるところで展開を「満ち足り」、みずからの土台にあった離反を縫合させるように、おわりをしるす。だからほとんどの詩篇では、はじまりとおわりがやはり面目となる。途中の1フレーズに傍線を引き感銘するのは初学的な振舞だろう。
 
もちろんいまのべたことは、「よりみじかい」詩篇に適用される。ながい詩篇では、推敲によってひとつの聯をまるまる割愛し、目覚ましい「経絡」が詩篇内に生ずることさえある。これからわかる――理路とはたんなる意味上の整合性ではない。連辞そのものの分裂的な連接力は、意味が壊れかけ、なおかつ意味が残存している「低密度」部分にこそわたされるのだ。その低密度地帯が電荷をおびて、驚愕が生ずる。詩が集約として意識されるのはこの局面でしかない。
 
日本的ライト・ヴァースや変型ライト・ヴァースがジャンルとしてすぐれているのは、集約が拡散とやわらかく調和しているためだ。それは了解性がたかく、読者の「日常」から作者の「日常」が類推され、共感をみちびきやすいが、たとえ「詩の顔」がそうであっても「詩のからだ」の本質はそこにはない。低密度が詩的に電荷している構造がさらけだされている決断力のほうに実際はうごかされる。ライト・ヴァースはそうみえないが、主題、意味展開、了解性以上に、組成にその価値がある。このときたとえば文学的な散文詩とは「単位」がちがう点に注意が向けられなければならないが、この点はのち「二物」を例に説明しよう。
 
はなしをもどすと、マラルメ的な推敲概念は(それじたい厳格なものだ)、不可能の「地」にちりばめられる真実の探索だろうが、何度も一回性が更新されてゆく彼の詩は、点的な集合組織としてかんがえられていることになる。細部は明滅し、変更可能性を訴える。そこにロマン派的な自己探求意識がからまっているのだ。ミシェル・ドゥギーが『ピエタ ボードレール』でマラルメからボードレールへの回帰を提唱したのは、「生」に原資をもつボードレール的な自己流露性が、可読的かつ自立的であり、同時にインフレをもたらさないためではなかったか。「そのまま」ではないマラルメと、「そのまま」だったボードレール。そのマラルメに無為の烙印をおすのが現代なのだ。
 
詩作のアポリアは、自分のなした詩篇の傑作ぶりを自分では立証できないことにまずある。自己立証の不可能がもっともミニマルな様相で出来しているのが詩作営為で、それは確たる解釈格子を読者がもたず、作者自身のそれも自己信奉的、自己閉塞的だからだ。益体もないこんな自意識の葛藤を「おおかた」は回避するし、それは「よまれれば」かならず「不気味なもの」の圏域をつくる。忘れていたものの回帰。詩作者はみずからの詩論と批評意識が成熟すればするほど、深刻な葛藤をかかえる。それでも音韻をはじめとしたことばの自助力に引き寄せられ、詩作をくりかえしてしまうのだ。じつはマラルメにはこの機微の反復確認がない。
 
自己点検は詩作時間のながれのなかに組まれる。偏向していない用語(日本語のばあいは格助詞がとりわけ重要になる)により、世界がおだやかに開口してなければならないとするのが批評意識だ。まよいも生ずる。必然(=同)が偶然(=異)を圧殺していないか。SVCを基本とした構文に安直な解決がないか。認識が借り物ではないか。ことばの解析、選好そのものが詩の内容になって、当初あったはずのモチベーション――「体験の一回性」が疎外=阻害されていないか。不明のままでいる勇気が欠落していないか。
 
一回性が一回性としてのみやわらかく成立する場が詩篇で、このときこそことばが面倒きわまりない自意識を救抜する。こうした認証がすこしでもないと、詩作(くわえてその発表)は苦痛でしかないだろう。
 
一回性の最小単位は「2」だ。ふたつがあることをかんがえなければ、詩作は成立しない。それは多数を志向するまえにかならずある問題だし、一語と一語の隣接が、衝撃と照応と相殺、それらのいずれをもたらすのかが推敲的詩作時間の検証要素となる。ひとつの語にべつの語をぶつけ、衝撃をたのしんでいた詩作は、いずれは照応へと、さらには相殺へと、創作細部の感興を移す。
 
「二物衝撃」は俳句の詩法上の嘘だ。まず前提をしるすと――みじかすぎる俳句に音韻があるかどうかは微妙だ。あるとすれば定型そのものの音韻でしかないという見解もあるだろう。いずれにせよ、それは終止形態をもたず、ずんべらぼうに立つだけで、「歌」ではない。俳句はその一回性が記憶される。それは和歌の暗誦誘惑とびみょうにちがう。
 
さて俳句は「切れ」により構文性を内破させながら片言のまま対置をおこなう。そこに感興が生ずれば二物の衝撃に効果があったのだとまずはかんがえられるのだろうが、「二物照応」、さらには「二物相殺」により、音韻性のない土台に擬制的な音韻(これは意味論的なものだ)が生じ、俳句の非容積が容積化したとしたほうがよい。各音が流麗性をもって溶け合う音韻が、事物レベルでおこなわれる、それが名句の条件だと。ライト・ヴァース的なものの傑作は「説明過多」からこの意味での「俳句単位の集積」へと、かならず移行する。一回性を身体にもっているためだというしかない。
 
「2」を詩法にもっている俳句が、「2」そのものを主題にするときはさすがに動揺が走る。芭蕉を引く。
 
 命二つの中に生きたる桜哉
 
服部土芳との、満開の桜の下での再会を、芭蕉がことほいだ一句で、「命二つ」は芭蕉、土芳それぞれの身体の換喩だ。となると桜も生き生きとふたりの再会を内面化していることになる。ところが事情をしらず一句にむかったとき、桜だけが現前し、その桜に「命二つ」が貫流していると錯視される。ぎょっとする。なぜこんな「見立て」なのか。「二つ」を「一」に融解するのが「見立て」なら、「2」が残存している見立ては論理的に変ではないか。それで「2」の本質、生死や光陰や雌雄などがみちびかれ、桜の実在性がゆらぐことになる。ゆらぎが生きている。伝記的註釈はうごかないが、句自体はもともと同定不能なのだ。
 
ところがこれこそが、一回性が本質的にもつ細部なのだった。一回性はみずからに遅延を組み込んで自己軌跡化するとき、細部の照応を相殺に変えて、同定不能性をちりばめるのだ。これを「減喩」としてもいい。ならば原石鼎のつぎの一句はどうか。
 
 秋風や模様のちがふ皿二つ
 
わたし個人のイメージでは、床の間に飾られた藍の装飾模様の大皿がこちらを向いてまずみえる。その幅を秋風がわたる。ちがうものをわたるおなじもの。それで同に異がきざまれてゆく。これを秋風にみたのが手柄だ。ところがこの一句については、中西夏之を追悼した四ツ谷龍の衝撃的な文章があった。「現代詩手帖」2月号。
 
《中西は熟視したのち、句を指さして「この皿は、一つだ」と断言した。これには驚かされた。「模様のちがふ」と書かれているけれども、どこがどう違うのかはこの句には表現されていない。「模様のちがふ」という概念だけがあって、具体的な「ちがふ模様」は書かれていない。だから模様はイメージとしては固定していないのであり、二枚の皿は互換的なものだ――というようなところまでは私も考えていたのである。このシンメトリカルな句を中西がどう読むのかは興味があって、意見を求めた。ところがこちらの想定をさらに超えるように「この皿は、一つだ」と構図の本質を喝破した。何という鋭利な指摘。》
 
この中西の「喝破」はさきの文脈に接続できる。二物衝撃を奪われた皿の「二つ」は二物照応を一瞬経たのち二物相殺となり、「一」の痕跡だけをのこしたのだと。そうなったのは「模様のちがふ」という一種雑駁な措辞が、その一回性のみに下支えを受けて、措辞ではなく意味そのものを音韻化したためだ。ライト・ヴァース的なものにあるすぐれた細部とはこの「模様のちがふ」にあるような減喩だった。「模様のちがふ」は動くようで動かない。一回性のもたらす推敲不能性もここにある。
 
 

スポンサーサイト

2017年02月24日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

現状2月21日

 
 
きのう東京の編集者と電話ではなした。あたらしい詩集について。8行でつづられた詩が150篇というかたちで、いちおう詩稿が構成案とともに完成していると告げ、つれあいからゆるされている自己負担額もつたえた。
 
本の判型というのはおおむねが縦長で、詩篇特有に字をおおきく組み、それに詩篇タイトル、さらにはタイトルと詩篇本体間のアキをくわえると、8行の短詩でもぜんたいが一頁横幅にはちきれるようにふくれあがってしまう。
 
むろん予算の関係で、あたらしい詩集は、見開き起こしではなく、左右頁どちらも開始ありの両起こしにしたい。ところがそうすると前述のように詩篇の頁大のふくらみによって、一篇ごとの切断があやふやになり、視覚的につながってしまう。余韻もでないし、頁をめくる動作による読みの新規化も、度合が半分に減少する。
 
予定している自己負担額からすると、詩集の総頁数は7台=112頁が限度だという。となると両起こしでも、目次、扉、プロフィール、奥付を勘案すれば、詩篇収録数が100ていどになる。自分で30篇ていど切ったのに、さらに50篇の削除か。いったんため息をついたのち、それもありかなとかんがえなおした。完全入稿ではなく、自分の構成案にさらに他人=編集者の手を介在させること。それが以前からの継続をべつのすがたにかえるきっかけとなる。削除は編集者におこなってもらう。文句はいわない。
 
そのように納得していると、さらに手ごわい編集者はいう。おもいきって詩篇タイトルをなくして、詩篇を天地左右へ余白をのこして置いてゆく手もありますけど、やはり見開き起こしのほうがそれぞれの詩篇に落ち着きがでますよ。
 
そうなると詩篇が8行しかないから、紙面がすかすかになるよ、詩篇をノドに渡すのも短すぎて分離感がでないかなあ、とぼくが危惧すると、それなら右か左かの片頁を、詩篇タイトルをしるす扉にする手もありますよ、という。そう、いま流行りのかたちだ(杉本真維子/小川三郎)。むろんそうすると収録詩篇数が50にまで縮小してしまう。読者にとっては扉つきで強要される、一篇ごとのチューニングチェンジもうるさくないか。詩篇がみじかすぎるからそうなるのだけれど。
 
いいにくそうに、しかし愛情のこもったしずかな口吻でさらに編集者がいう。「阿部さんの詩集が限定的な評価しか獲得できないのは、やはり〈盛りすぎ〉という面があったとおもうんです。読みやすくみえてむずかしいから、ここらで詩篇を削って風通しをよくするひつようがあるんじゃないでしょうか。詩篇をどうみせるかは大事です。しかもその詩篇をていねいに選択しなければなりません」、表現はことなるが、およそそんな意のことを編集者が語った。それもありかなあ、と気弱にこたえた。帰宅したあと、とりあえず判断材料として詩稿を編集者へメールした。それが昨夜。
 
今朝がた、ふとかんがえなおした。8行詩で50篇なら全体で400行。これではあまりにもボリューム感がでない。一行の文字数がすくないのでいくら遅効的了解を目指していてもぜんたいが20分弱でよまれてしまう。大木潤子さんや荒木時彦さんのような明晰な資質がないと、レス・イズ・モアにならない。いうなればボリューム感はぼくの個性なのだが、それでもそれを編集者の提案で抑制するなら、やはり100篇、全体で800行が適当ではないのか。これだっていつもの詩集からは絶対的に行数がすくない。
 
きのうとどいていた「イリプス」最新号をふとみると、いくつかの掲載詩篇が、頁節約のため、詩篇タイトルを頁下方に横組みで、詩篇よりおおきい文字で一行ながしている。ながめはつつましやかだ。一行字数のすくない詩作者だけに成立する特権。「これだ」とおもった。これをいただこう。
 
自分の詩集の組みにかんがえが移る。両起こしにすると詩篇のながれに目詰まり感がでる欠点は以下のように解決できる。判型を正方形か横長にする。両起こし。8行の詩は左右センター合わせにして、とりわけノドからの余裕をたもつ。文字は可能なかぎり大きめ。詩篇タイトルは詩篇下部の定位置に、横組み、詩篇の文字よりやや大きめでながす。詩篇の版面よりもやや小口寄り(右頁)、ノド寄り(左頁)にタイトルがあるのが良いだろう。
 
この見開きレイアウトを略式で図示してみると、なるほど目詰まり感がない。さっそく東京の編集者に但し書きを添えファックスした。いずれ答えをくれるだろう。やはり収録詩篇数が多すぎる、詩篇も見開き起こしのほうが良い、といわれれば、たぶん今度はしたがってみるつもりだ。まあ、どのくらい編集者が詩篇の個々を大事におもってくれ、そこに8行詩にまつわる方法論のヴァリエーションが確認できるかで今後がきまるだろう。それぞれがその時点でのぼくの境涯を反映していて、その具体性も掬してくれるとよいのだけれど。
 
刊行予定は夏。
 
 

2017年02月21日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

雑感2月18日

 
 
詩は生において局在化したことばの軌跡だ。それは組成をもち、脈動をたたえる。詩作には感官が、思考が、記憶が、体験が利用される(導入される)。そうでなければそれが自分のものといえなくなるためだが、その利用=導入がなぜか離人症的になってしまうことを、つねに作者は銘記している。「自分の体験が原資になっているのに、まるでこれは自分ではないみたいだ」。これは、ことばと世界は膚接しているが、一体ではないことをしるしている。ひとつのりんごさえ命名ではなく命名以外なのだ。
 
ここから詩作にともなう恥辱の意味がわかる。詩作者は詩が生活の糧ではないから詩人とよばれるのを恥じる、というのでは本当の問題に到達していない。それよりも、「これは自分の詩です」と他人にさしだすことじたいに奇異をかんじ、このことが恥辱へと変転するというべきなのではないか。
 
本来的にはことばは空間の構成物どうよう、遍在しているはずだが、詩のことばはみずからの無際限を排除することでその捨身を実質化する(これは美化でも倫理化でもない)。たとえば朝方の散策でパンを焼く芳香がただよえば、パンと芳香のむすびつきではなく、ましてや幸福とのむすびつきでもなく、芳香が多様なものにむすびつくことを真逆の限定でしるそうとするのだ。それでたとえばこう書かれる。「芳香はいつもふたつただよう」。
 
選別が排除になり、一言が排中律になるとき、「現勢」と「その他」で構成された世界が詩作ではその他のほうにかたむこうとする。現勢をいなむことで全体にいたろうとするのだ(「おまえと世界の闘いでは…」)。どうしていつも、「現勢」以外への渇望が割り込んでしまうのか。そんなにつまらないのか。詩作者は連辞をあわくうすく味わいぶかく配備することがふつうだが、その営みをする自身に否定斜線がひかれるイメージをももっている。「自分ではないものの介入がある」。この自己判断が疎隔感となり、詩作者の生産物が、ひろがっていても局在となるのだった。有限性のあかしともいえる。
 
政治的には局在化のない(局在化によって守護されていない)秩序が例外状態であり(いまはそれだ)、秩序のない局在化が収容所だろう(多様化と平準化の並立というよりこの言い方のほうが身体にちかい)。それらはキアスムとして噛み合いをする。身体のうえに起こっているこの意味的咬合が境界になっている詩作者たちは、政治的な意味を超えた難民性をかかえている。だから社会派/言語派などといった詩作傾向にかかわる範疇わけ(二分)が無効になるのだ。境界を突破する者ではなく、自身が境界になっている者はどこにも行けない――移動するだけだ。
 
三群ある――不調和と切断を道具とする者。あいまいを信条とする者。調和をほどこそうと空間に音や構文をよびよせる者。ところがよくかんがえれば調和そのものは不調和とことなり自己記述的ではなく散布的だから調和とあいまいが結託し、二群しかない、というべきかもしれない(これも、カフカの書き方だ)。
 
不調和の形式が、驚愕を盛る繋辞構文だ。この構文は列挙される。なぜかそうなってしまう。意気軒昂にはこうした謎がある。いっぽう調和=あいまいの形式は、列挙に間歇を導入し、列挙から列挙性の実質をうばうことだ。実現された調和はしたがって不穏ともいえる。「あるいた」「みた」「ならんだ」「もたれた」「しゃがんだ」「聴いた」「隠した」「うらやんだ」「あらった」などなど――動詞の「尾」が途切れつつ再帰する。再帰がずれと同等なのだ。これが時間と空間をつくる。動詞は身体にあたる領分を擦過してゆく。そこにわたしではなく、わたしたちが現れ、春野や秋野がかがやくばあいもある。
 
ところがからだや感官でなされた動詞の林立は、軒昂であるべき意気を阻喪させてしまう。動詞の連続は力感的なはずなのに、詩文の時空化に必須の「間歇」が連打性をしぼませてしまうのだ。想定される詩的主体は、注意ぶかく読めば、なにかを忘れたようにぽつりぽつりうごくだけだ。うごきに静止が拮抗している。結果、場所は「ところどころ」になり、可視性は「みえたりみえなかったり」になり、直線も点線になり、ひいては夢想になる。これがあいまいさに侵入された調和の実質なのだ。これを外延にひろげ点在化させれば、まだ藤原安紀子いがいではほとんど詩的に実現されていない「散喩」が成立してしまう。
 
親和的なものが非親和だ――そうかたるのは不調和と切断を道具とする者たちで、この矛盾律にみえるものは実際には同一律にすぎない。逆になにごとも中間域しかこのまず、渦中にさえ余韻を計測してしまう調和愛好者は、非親和的なものが親和的だという排中律のなかに身を置く。以前、わたしは貞久秀紀氏を論ずる文章に「排中律と融即」と題したことがあったが、「Aと非Aの和が全体だ」という排中律は、「ひとつのなかにAと非Aが同時的だ」という融即と、もともとが対だった。そうでなければ石ころすら拾い上げられないのが、調和愛好者ではないか。
 
むろん排中律と融即を記述の同時性とすることは、平叙性からいえば倒錯的だ。だがその機微が書く手許に局在化してしまう。これが調和的詩作者のゆえんだとするなら、その実際の生業はサラリーマンでも商売人でも教員でも犯罪者でも主婦でもなんでもいい。疎外された職業の経験すらむしろ詩作の原資になるだろう。だからこそ非親和な調和へと届く。けれどもたとえば大学教員のように一般的に恵まれているとおもわれる職種では、その仕事内容を基盤に詩をしるすことが禁じ手となる。リア充よばわりするよりも、「非親和な調和」がむかえられないから方策的に誤っているといいたいのだ。それは自慢というまえに誤答なのだった。詩作に自己脱色がない。いっぽうサラリーマンはもともと自己脱色的だ。
 
散策者の散策をたたえること、それは「あるく」を基盤に、その他の動詞系列が間歇化してその身体をとりまき、身体が空洞のままあるく放心をうつくしいとおもうことだ。感情面においては悲哀がもっとも上質だが、表情面において放心ほどの本質があるだろうか。しかも放心に中身があるとすれば、それは益体もない聯想にすぎないのだ。ほんとうの聯想は「以外」にしかむいていない。これが身体だけに局在し、思考を例外化した者とくゆうの表情だ。
 
表情は表情の所在までは感知させるが、畢竟「それはみえない」。顔をうばわれた身体だけが、すこし離れた位置に局在化し、「それがあるいている」。とりあえずこの収容所内はあるける――そのことが散策詩では書かれた。しかも前言のようにそれを「これが自分の詩です」とさしだすのがはばかれる。羞恥はどこまでもつきまとう。だとすれば詩作に自分の顔を添付するなぞもってのほかだ。そんな提案が最近とある編集者からあったが、むろん固辞した。
 
そうだ、詩作のさだめとして――「詩の顔」はきえてゆく。だれかの身体だけがのこる。
 
 

2017年02月18日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

雑感2月17日

 
 
作為の過剰は、これをみずから抑止しなければならない。わたしたちは、脱色されてこそ草木と調和するからだ。そのために古賢は菰さえ身にまとった。そうしなければならないさだめは、かんがえてみればずいぶんとかなしい。
 
作為の抑止のためにさらに作為が発動される再帰性。現在の詩作における自意識は、ふかみへともぐらざるをえない不如意をしい、これが水圧過多や窒息をまねく。この悪循環を断ち切るには、「同」のなかに次元のことなる「異」をみちびき、自分という宿痾の根源をかえてしまうことだろう。自分自身を証言できないかぎりそうするしかない。こうしるすとなにか深刻めくが、じっさいは自身の有限性をみずからからかうような、いたずらごころを引き入れることが現代的な処方となる。
 
編集者から聞いたはなしだが、井坂洋子さんは詩集をつくるとき、構成せずに詩篇の束を無造作に渡し、ならべて詩集にしてみて、と依頼するという(この荒木経惟的な挿話には荒木経惟的でない尾鰭がつく――編集者は熟考のすえ全体を完成させたが、出てきたゲラをみて井坂さんは、ぐうぜんできたながれの完成のため収録予定の一部を捨て、さらに新篇を書き下ろし、結果、刊行予定日までずれたらしい)。あるいは江代充さんが詩文庫に自分の既存詩篇ぜんぶが収録できなかったさい、収録詩を乱数表的な偶然によってえらんだのではないかと、貞久秀紀さんと話したこともある。これらにあるのが、いたずらごころによる「異」の導入といえるのではないか。命題はこうだ。空白をのこすこと。自分を自分の支配下に置かないこと。
 
部分を加算しきって全体になるようには、わたしたちの部分など、実際は確定していない。詩のフレーズ細部とおなじだ。そのことをむしろ自身にたいする放牧として、わたしたちは愉しんでいるはずだ。たとえば左手で左目を隠す。するとたちまち、身体に奥行き、ひねり、たわみが出現し、できたたわみなどによって、わたしたちは自己身体と、のこった右目でみられた世界とを思考する。実際そのようなしぐさをとっていなくても、わたしたちの認識はそれが不完全であれば、だいたいはそのようにある。
 
からだが全体としてあるのは以前に書いた「ムスリム」状態を指標し、そこではおそろしい絶滅が予告される。収容所という閉域が前提されている。逆に意味が明滅している世上にあわせ、からだの各部分が日ごとの共鳴をON/OFFでくりかえせば、からだは波動のようになる。海は全体だが、波打ち際はその伸縮によって部分なのであり、わたしたちはつつましくあれば海ではなく波打ち際を生きている。海はみえるが、波打ち際はそれを数分凝視すると「みえない」と気づく。うごいているのは、みずからへのいたずらごころだ。あるいはかくれんぼをしてみればよい。すると自分の移動しているどの場所も林間にさえなってしまう。
 
わたしたちは他人にたいし恫喝的であるよりも親和的でありたいととうぜんにおもう。作為の全面化がきらわれる符牒なのはいうまでもなく、みずからなす詩篇内にも無意識や自己放牧やだらしなさによる「作為のほつれ」を置く。礼服を着ている詩であっても、一瞬の部分が菰のようにみえてしまうこと。しかもみずからそんな事態を誘導していること。これはいったいなんなのだろう。前回書いたことと離反するが、詩作は「編集」意識のみではまっとうされない。減圧の本質は編集的ではなく他力的なためだ。
 
たぶん「偶然」の部分兆候が、個人的な詩篇をこの世につないでいる緩衝力になっている。詩篇の輪郭、「詩の顔」はそこからほどける。むろん「偶然」だけを志向するような詩作は滑稽なだけだ(結果的にそれは「手癖」の展覧になるだろう)。「偶然」が生じたのは、この世からの介入があったからだが、「こつじき」の眼を装填すれば、この世はやわらかくて、秩序立ってはいない。そうしたこの世の属性によってこそ偶然が詩にも反映されるのだ。たとえば松岡政則や清水あすかの「文体」を確乎たるものとしてみず、そこに偶有の風をふかせてながめるよろこびをかんがえてみよう。
 
あるいは赦し。ふかい情動はけっきょく悔恨へゆきつく。それを収めるのが赦しだが、気づかれるように、他者にたいする終点をもつまえに、あるいはそれが「大悲」となるまえに、赦しは予行段階として自分自身を対象化するものだ。自身を甘やかすのではなく、論理でつくられようとしているなにかの計画性の流産を笑うこと。それは拡散と調和がひとしいとする達観まで喚起する。そうしてこの世が遊牧形態となり、あたらしい草原をもとめひとはそこを真に移動できるようになる。そのような予見にひらかれている詩篇内の「偶然」を、詩作者じしん摘み取ってはならない。むろんそれがない、「意識」に目詰まりした詩篇も数多いのだが。
 
「部分」にあらわれた失敗・破損・乱調・不調和・逸脱・身体・菰を、詩づくりの名手は、いわば恩寵としてのこす。くりかえすが、ひとはみずからを計画しきれない。この事実を名手は親和性に置き換える。同時に、詩篇のしるす奇想が、信念によらず、日常にあらわれた破損のばあいがある。このときは自身の不調和が世界の不調和と共鳴していて、なおかつそこに深刻感がないということが、調和的な文体で書かれるべきなのだ。文体が調和的であれば、主題上の破損はこれまた「部分」の座に落ち着く。しかもその部分性はけっして全体に向けて加算できない。だからこそそこにある生の軌跡が具体性と捉えられることになる。佐々木安美や近藤久也の流儀だ。あるいは金井雄二、さらには八木幹夫まで同根かもしれない。いずれも一方では無時間のただよう無場所に身を置くことをこのむ釣り人なのが示唆的だ。
 
結語としていえば、「顕密」ある世の中の事象で、具体性として「顕」在化されたものが、逆に隠「密」を形成することになる。隠したものが隠密を形成するのではない。しかも顕在化は顕在化であるかぎりけっして韜晦とはならない。投企ある詩は作為過剰の詩とはちがうのだ。そうしてこの世はリズム化し、明滅する。よくかんがえると、顕密とはじっさいは精神と分離できない身体にすぎないだろう。
 
 

2017年02月17日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

雑感2月16日

 
 
「編集」という概念は自分のなかでふたつある。ひとつめは映画編集に応用される手さばき、ふたつめは雑誌編集に参集してくる思考だ。これらはいずれも詩作と関連している。このいきさつをまずは前者からかんがえてみよう。
 
アンドレ・バザンの所説とは離反することになるが、映画の発明とは、俳優とスタッフに分離した場を前提に撮影をおこなったことではなく、編集によって視覚性の時空間、その質をそれまでの表現一切から不可逆的に変貌させた点にある。しかも1ショットに他のショットを後続させる内在性があることが重要だった。それは物語以上に視覚性の問題圏にある。
 
空間連続性には延長のほかに対置もふくまれる。また部分化もふくまれる。部分化は部分から部分への「全体をしめさない」越境・混乱まで準備するだろう。時間面では、編集の機能はふたつにわかれる。間歇性を容れること、もしくは同時化の徹底がそれだ。それは別次元どうしでも同時性であれば隣接してよい保証となる。
 
もちろんカッティングには、1ショットのながさ、あるいはショット内の動勢からくる、つなげたときの呼吸があり、それじたいが生命化する。あるいは逆に弱体化、倦怠化も可能になる。視覚的衝撃は、明暗、遠近、諸部位、構図、了解的位置関係の変転に編集上は起因するが、その編集はどうしても同一化できない驚異を、放置したまま自身に内包している。それが顔や身体や風景などの「表情」だった。「表情」はもともと「顔」なのだ。
 
以上しるしたことは、比喩学なら徹底的に単純化できる。つながるための、つなげる原理をさがしながら、たえず進行することでそれじたいをうしない、ズレの加算としてしかすべてが結果しないこと――すなわち「換喩」がそれだ。部分→部分の経緯のみではなく、持続と間歇の刺繍そのものも、時間論上の換喩=語りと捉えること。そこまでゆくと、映画編集と、詩作上の編集意識とを、区別するひつようすらなくなるだろう。
 
ずれだけを自明化させること――これが換喩の使命だろうが、ある種の意味的量感により阻まれることがある。この阻害要素を、志向的・概念拡張的に「暗喩」といってもよい。平倉圭は『ゴダール的方法』でゴダール的編集が「et」のみをみえない結節点にもつ無法則だとしたドゥルーズにたいし、ゴダール的編集が身体や場所を基盤にした「隣接」的結合=換喩のみならず、図像や意味の「類似」性を根拠にした暗喩的結合だと、とりわけ『映画史』で詳細に実証してみせた。つまり「et」に予定される不純物と恣意はどこにも存在していないと。
 
ゴダールは換喩、暗喩、ふたつの結合系列をかぎりなく同時化へちかづける。結果、換喩の暗喩化、暗喩の換喩化といった事態まで惹起する。これが映像/音声のズレさえともなったとき、物語性の加算としては一切了解できなくなる「それじたいの透明性」をつくりあげる。だからゴダールを観ると、詩作精神が刺戟されるのだ。
 
詩作に接続詞を多用する者は、論脈を誇示し、読みを誘導している。あるいは読者を貶価したり自身の操舵力に無批判だったりする。ゴダールはしていない。詩作の初学は、まずは接続詞を破砕し、構文の刻々をまるはだかにして、しかも自体性から自体性をうばう「うごき」を詩の刻々に供与することで開始されるだろう。「こうなって」「ああなって」「そうなって」とみずからに生起した時間内事象を列挙することは詩作では基本的に得策ではない。時空のひろがりから言語介在性が剥離され、読者のなかに生ずる「承認」だけがイメージ加算されてしまうためだ。これは小説言語にふさわしいものだろう。
 
むろん詩作者が人生上に生じた「事実」だけを平叙体で(たぶん簡潔と間歇を原理にして)ただ「具体的に」しるしていっても、詩が高度な次元で成立してしまう。たぶん詩作に原理として横たわっている世界肯定性は、「あること」「あったこと」を絶対に救済するようにはたらくのだ。このとき構文や語使用の刻々の飛躍は、「想起」の原理とまったくひとしくなる。「想像」の原理でそれをしている詩文よりも純度がたかく、共感が湧くのもとうぜんだ。
 
いっけん記憶の精度がたかく、みずからの往年が息のながい改行形式でふりかえられているようにおもえる野崎有以『長崎まで』の諸詩篇は、その浸透力のやわらかさを理解できるが、詩文のかさねが、「想起」の原理ではなく、「想像=創造」の原理に負っていることを、前川清への言及などで作者みずからが種明かししてしまっている。詩が「嘘」を書いてわるいいわれはないが、『長崎まで』は改行形で書かれた小説とうけとるのが自然だろう。
 
作者神話に亀裂を入れられたものが同時に詩を自称され、繊細さとやわらかさまで付帯させているそのながめは、実際のところかなりスキャンダラスだ。その醜聞性を掬することはできるが、なにか神経戦の渦中に入り込んだ狭隘もかんじる。証拠は、『長崎まで』の収録詩篇に、叙述と描写はあるが、その編集的刻々に、空白化、飛躍、ずれ、多声化などがないことだ。「空白化」「飛躍」「ずれ」「多声化」「切断」などが、詩的「編集」の肉質なのだった。
 
映画的編集と詩文的編集が合致してしまうと、あらわれるのはカフカ的なものだ(あるいはある時点の藤井貞和的なものともいえる)。それじたいがことばによって実証されているのに、それじたいが不在だという混迷は空間に深度の魅惑をつくる。以前も自著に引いたことがあるが、カニエ・ナハの一節を再度引用しておこう。「永劫回避」(『MU』)。
 
 ある映画のラストシーンでは
 主人公が斬首される
 カメラは今まさに
 斬首された頭からの一人称の視点で
 視界がぐるり、天と地が二転、三転し
 オシマイには首のない
 自分自身の身体を見ていた
 
ゆびにまだ「陶酔」があったころは、詩作渦中の天邪鬼、気散じによって、時空がずれ、行加算が能産的に起こることを自分に開放していた。いずれゆびからは陶酔がきえる。そうなると詩作上の編集原理がかわる。単純な加算が単純さを奪われるためには、意味の自明、修辞の自明が減殺されるひつようがあるのだ。しかも奇想を目立たなくさせ、表面上は平滑性をほどこし、読者の参入を欲しなければならない。つなぎめのないつなぎにより、詩そのものに逃走線をいれる。隣接と明示されていない隣接が横行し、隣接が前提とされる空間の充実に、穴があいたり、それじたいのループが起こるよう企てる。このとき換喩はもう換喩とはよべないものにまでよわまってゆく。それで「減喩」という造語をつかいだした。詩行ももはやモランディのもうろうな壺のようにならぶだけだった。
 
話題を第一段落の後者にかえる。「編集」の別次元――雑誌的なものにかかわる「編集」に動員される概念とは以下のようになるだろうか。「調査」「企画化」「蒐集」「選択」「交渉」「入手」「貼り付け」「空間化」「時間化」「部分強調」「見易さのための風穴ひらき」「パターン化」「美化」「効率化」「入稿」「ミスの抹消」「再精緻化」「索引性の付与」「周知化」「採算化」などなど。
 
詩作に、現状の詩作フィールドへの批判意識が反映されるのはやむをえない。ある趨勢をみて、そうではないべつの傾斜を自分の詩に内在化させる。長さ、語調、語彙、喩法などをみまわし、とりあえず自分だけでも気に入ろうとする詩を書こうとしたなら、そこに介入しているのは世間一般の編集意識と同様のものだろう。
 
手垢がついたためにつかえなくなる語がある。わたしにとってたとえばそれは「少女」だった。語を「むすめ」に置き換えたり、属性としてのネオテニーを主題化したこともあったが、そうした姑息な緊急避難さえ効力をうしなう。やがては主題全体にしめる「少女性」の陣地そのものがうしなわれていった。詩にできなくなったのだ。このことからすると、雑誌的な編集は領域化だが、詩集的編集は消失化といえるかもしれない。
 
消失化は平板化を併存させることでふかまる。書き誤りではない。編集が時空を基底材にする以上、「順番」がいつでもつきまとうのは理解されるだろうが、苦心してしあげた詩行の「順番」は、詩篇の「順番」へと拡大してゆく。詩作者は自己作品を「蒐集」し、全体を「順番」にしなければならない。このとき前述した「編集」概念が縮減のかたちで作者のまえにあらわれる。もういちど減らしながら書こう――「蒐集」「選択」「貼り付け」「空間化」「時間化」「部分強調」「見易さのための風穴ひらき」「パターン化」「美化」「効率化」「ミスの抹消」「再精緻化」「索引性の付与」がそれらだ。項目はだいぶ減少し、その意味で個人完結的、そう、平板になった。
 
ネットは投げ壜通信と同様の拡散性、再帰性を期待させるが、ブログやSNSにアップされた詩篇は孤立し、詩集空間に置かれている救済をうけない。ネット詩がきらわれるのはその多くが横書きでフォントがちいさいためではなく、所属系が切断されているためだ。作者の名さえ孤立詩篇にとって邪魔となる。こうした抑圧を解消させるために、最終的に詩作者たちは、経済的な苦労を負いながら、詩集形を選択するのだろう。
 
順番化、取捨選択、浸透が読者に加算してゆく様相の判断、一篇の詩のきえかた、詩集にみえない索引があると意識すること、語彙と音韻の最終調整、主題の重複と展開の見極め、一篇ごとの詩篇のかたちの再吟味、強調されすぎているものを切除すること、ながれの練磨(流麗化)、発句、脇、第三句、花の座、月の座に類するもの、あるいは最終詩篇の祝言性など連句概念の適用、量感と読者の繙読時間の測定などが、詩集編集にかんがえられるものだろう。
 
詩集は80―120頁が適切だと、だれがきめたのか。むしろ頁数ではなく想定読了時間が詩集の量感を決定したほうがいい。わたしのようにみじかい詩篇を収録するばあいは、読者に頻繁なチューニングのやりなおしをせまることになるが、すこしの増頁がゆるされていいのではないか。
 
詩集に40頁台の縮減的定形をつくったのはかつての紫陽社刊行詩集の功績だった。それは70年代に青春をむかえていた者の縮減傾向と同調していて、悲哀にまつわるひとつの見識だったようにおもう。ところが同時期の吉岡実の詩集などは200頁を超えていた。いまは経済的な理由から、詩集刊行頻度が詩作者の多くに抑圧される。ならば頁あたりの自己負担が割安になる200頁ていどの詩集がもっとふえてもよい。
 
ちなみに何度でもくりかえすが、詩集一冊あたりの想定読了時間はCDとおなじく40-50分くらいが理想ではないか。これが注意と感動が持続できる限度だろう。この幅が再読を促す。あるいは荒川洋治や藤井貞和の詩集のように、たりないことが再読を促す。さらには携行容易性も。
 
 

2017年02月16日 日記 トラックバック(0) コメント(0)