ENGINE EYE 阿部嘉昭のブログ

よど

 
 
【よど】
 
 
すこしでもぐあいがわるくなると
からだはいたみ、おもくなって
まどべへよせるのもはかなくなり
たたみのまなかでよわさをまるめる
恋の症状とは似ないにおう無粋で
ねむたくおくれるよどとなって
みぞのそこならちりぢりにしずむが
両岸だけひとつにさせられている
 
 

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2016年12月06日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

通路

 
 
【通路】
 
 
まひるま通路はきみをあたえた
とおりぬけてもゆけたのだ
みずのすきまへきえるように
わかいひとの店できらきら
あのまどべがガラス器だった
いつまで主語のないことを
通路はささげつくすのだろう
いないのにうでがうごいていた
 
 

2016年12月04日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

ジンジャンの朝

 
 
【ジンジャンの朝】
 
 
ふしぎなじさつとおどろかれた
とおくひきなみへ縄をかけて
よこたわるなぎさで縊死をとげた
やがてとうめいになっていった
洗われながらしずかだったが
そのジンジャンの朝、かわりに
すこしだけだえんの丈がのび
けれどそらはなにごともなかった
 
 

2016年12月01日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

2016年鑑号

 
 
「現代詩手帖」年鑑号は、居住地が北海道なので届くのが遅く、昨日、郵便屋さんからうけとった。自分の原稿にかんしては「詩書展望2016」という副題がつくのは知っていたが、年度回顧をおこなわず、詩集刊行ラッシュとなった9月10月分の「月評」という体裁を単純にとることとした。あたえられた字数になるべくしたがったが、カニエ・ナハさんのをみるとだいぶ超過している。あらかじめ許容幅をしめしてくれれば、カニエさん同様、あと5、6冊は取扱い詩集をふやせたとおもう。すこし残念。前任者と較べ、書き手と編集者のあいだがやっぱりディスコミュニケーションになってるなあ。
 
連載最後の号で書いたのは、「変型ライトヴァース」と「譚詩」が詩作の趨勢になってきたのではないか、という観測だった。ただし前言のとおり、年度回顧という枠組ではあまりそれをしるしていない。というか欄の性質上、1月からの連載全体を集積して、年度が回顧されるしかない。それで1月から12月に取り扱った詩集を改めて、以下に列挙してゆくことにする(何かの役に立つだろう)。そのさい、「変型ライトヴァース」の佳作が掲載されている詩集を○、「譚詩」の佳作が掲載されている詩集を★でしるしておく。くわえて今号のぼくの原稿の鍵語、「恥辱」意識のつよく見受けられるものを詩集名のあとに※でしめす。
 
【1月】
○稲川方人『形式は反動の階級に属している』※
・カニエ・ナハ『用意された食卓』※
・石田瑞穂『耳の笹舟』
○平田俊子『戯れ言の自由』
★日和聡子『砂文』
 
【2月】
・平田詩織『歌う人』
○蜂飼耳『顔をあらう水』
○大江麻衣『変化(へんげ)』※
・宿花理花子『からだにやさしい』※
★紺野とも『擾乱アワー』
・鳥居万由実『07.03.15.00』※
 
【3月】
○宗清友宏『霞野』※
○久谷雉『影法師』※
○久石ソナ『航海する雪』※
・野村喜和夫『久美泥日誌』
○相沢正一郎『風の本――〈枕草子〉のための30のエスキス』※
○冨上芳秀『蕪村との対話』※
 
【4月】
○吉﨑光一『草の仲間』※
○平野晴子『黎明のバケツ』※
○沢田敏子『からだかなしむひと』
○筏丸けいこ『モリネズミ』※
○平井弘之『浮間が原の桜草と曖昧な四』※
 
【5月】
○瀬戸夏子『かわいい海とかわいくない海end.』※
・榎本櫻湖『metamusik』
○松本秀文『環境』
○大野南淀/藤本哲明/村松仁淀『過剰』※
○青石定二『形R』※
 
【6月】
○高橋留理子『たまどめ』
○かわいふくみ『ひとりの女神に』※
○mako nishitani『汚れた部屋』※
○伊藤悠子『まだ空はじゅうぶんに明るいのに』※
○来住野恵子『ようこそ』
○最果タヒ『夜空はいつでも最高密度の青色だ』※
 
【7月】
・岩成達也『森へ』
・手塚敦史『1981』※
・荒木時彦『要素』※
○稲垣瑞雄『点滅する光に誘われて』※
 
【8月】
・山田亮太『オバマ・グーグル』※
○廿楽順治『詩集 怪獣』※
○夏石番矢『夢のソンダージュ』※
○川上明日夫『灰家』
○宇宿一成『透ける石』※
 
【9月】
○永方佑樹『√3』
○高塚謙太郎『sound & color』
・谷澤理衣『世界観をもとめて』
○黒崎立体『tempo giusto』※
★野崎有以『長崎まで』
 
【10月】
○金井裕美子『ふゆのゆうれい』※
○河口夏実『雪ひとひら、ひとひらが妹のように思える日よ』
★中森美方『最後の物語』
○★荒川洋治『北山十八間戸』※
○北原千代『真珠川 Barrocco』※
 
【11月】
○大木潤子『石の花』
○神尾和寿『アオキ』※
○坂多瑩子『こんなもん』※
○★林美佐子『発車メロディ』※
・萩野なつみ『遠葬』
 
【12月】
○小峰慎也『いい影響』※
○大橋政人『まどさんへの質問』※
○能祖將夫『魂踏み』※
○武田肇『られぐろ』
・和田まさ子『かつて孤独だったかは知らない』
○★瀬崎祐『片耳の、芒』※
★草野理恵子『黄色い木馬/レタス』※
★加藤思何理『奇蹟という名の蜜』
・カニエ・ナハ『馬を引く男』※
・齋藤恵美子『空閑風景』
○清水あすか『腕を前に軸にして中を見てごらん。』※
 
付けた符号そのもので詩集の良しあしがはかれるわけではない。絞った書き方をしたとはいえ、とりあえずつごう68冊。フーッ。もっとも、このみでいえば「○」と「※」のあるものがぼくのストライクゾーンかもしれない。むろん12回であつかったものはすべて傑作とおもっている(わずかに話題性でえらんだものもある)。
 
年鑑号ぜんたい。まだ流し見の段階だが、相変わらず。自社出版物中心、「中堅」を軽視しての、ベテラン/若手中心、意味のない男性・女性分離などはもう年中行事だろう。詩作フィールドのほんとうの容積部分は伏流状態のままだ。巻頭鼎談では稲川方人さんの発言に筋がとおっている。彼がだれのことを具体的にいっていないかがおもしろい。可能なかぎり詩書に眼を通した、と語っているが、もっと眼を通せば見解もかわったとおもう。詩の例の「特需」が2016年度の話題ではないのも自明だ。稲川さんは気づいていないかもしれないが、ほんとうは「恥辱意識」のない詩作者を批判している。
 
自分自身のことでいえば、『詩と減喩』『石のくずれ』の話題が「適当比率で」さまざまなひとからのぼり、まあ、こういうものだろうなあ、という感じがした。自分とだれのソリが合わないのかは、ほとんど例年変わっていない。
 
それにしても、「今年の収穫」アンケートの回答者数が年々減っているのが気になる。詩の資本は、「年度代表詩集」に集中させたいのだ。そのほうが整理をつけた販促ができる。東宝的な論理。あるいは麻のようにみだれた詩作フィールドの多様性を、70年代ぐらいの水準へと復したいのだろう。それで回答者数を少しずつ、少しずつ、こっそりと絞る。詩の資本が本当に敵対しているのはネットかもしれない。旧弊な「紙の優位性」誇示。巻頭鼎談、稲川方人さえそれを無意識になぞってしまっている。「無意識」はきらいのはずじゃ…
 
 

2016年11月30日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

一軒家

 
 
【一軒家】
 
 
まどはたてもののかおをつくるが
そのいえはねむっているようにみえた
ゆうがたのまどのなかへ象嵌されて
わたしはわずかにながれることで
すむひとともども紙くずとかわった
なんのよくあつもない分身だから
のぞきこむエゾシカもそこへ映った
なああれを八方とよんでいいのか
 
 

2016年11月29日 日記 トラックバック(0) コメント(0)