現代詩 ENGINE EYE 阿部嘉昭のブログ

現代詩のカテゴリーです。

空への梯子

 
 
【空への梯子】


樹の果の生る樹をゆうぐれにみあげれば星をしのぐ。みのりはみぢかな生死をみなめぐっているのに、みえがたく隠れ、わずかなひかりを散らす音までひびかせては葉のかげになかば泣きやぶれている。はかられることがすでにあばかれる、かたちの性のめくれ。空にある熟れは天上へいたるみちに縊れた閉じのある、こころのあらがいをうつす。とどめた息をうれいでおもくするゆうぐれの見上げは、おんなめく桜桃にはじまり梅の実がつづいて、しびとのあけびのならぶ森もあるかもしれないが、祝言なら葉のすべてない柿で終わる。かたちにとなりのなくなる澄みをつうじ、一年はさみしく空への梯子をいなむ細みになってゆく。
 
 

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2013年07月22日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)

 
 
【歌】


歌であるあかしが成るとき、ことばが声にとける。歌であるあかしが立つとき、一曲という囲いが終わる。ひとやにいるなら、とけることはさいわいで、終わることがただものさびしい。だからひとやでは歌というものが口とのどをみたし、もう歌をやめられない。胸にはなだらかなまるみができ、歌のかまえともよばれる。死ぬまでのえらび、これがねずみとちがうところだ。
 
 

2013年07月20日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)

トナー

 
 
【トナー】


無関心が法則となっているそのひとみを
みごと鳥影が射当てると
うちがわをくろい粉が
ほこりをたてるように舞う
そんなふうに水は土でできているが
おそろしいながめとは内部を
ちりばめているものがとび散って
むすぼれがあやしくなることだ
キャンパスのなかのハス池
眼の断面と鳥の断面がちがうのに
おなじにおもえるのは
すぐまえであるわたしが
眼と鳥の中間だからかもしれず
みたものをつげるまえには
やわらかな転写がさけられない
 
 

2013年07月18日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)

凱歌

 
 
【凱歌】


だれかのからだが落ちている
木立というものがある
きっと木立が産み落としたのだから
そのまぶたをひらいて
わかみどりの香をかがねばならない
ふかしぎなり
おもわず声から口が出る
植物をへんれきしてきたものは
おもったよりみどりがふくざつで
まみそのものがホトに似ている
すじにおいても
けだかく負けが凱歌をあげている
 
 

2013年07月17日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)

窓枠

 
 
【窓枠】


きょうも灼けているしろい空
窓をおおきく開け放っていると
たてものの横がぐらぐらして
ひかりを背に劣化したともだちが
窓にぶらさがってくる
その顔が椅子なのですこしおどろいた
そこは肋木じゃないって
というまにカーテンレールへ身をうつし
うぶげでひかるはずかしいはだかを
カーテンにつつもうとしている
まわっているようにもみえる
椅子の絵ばかり描いてきたんだろ
ならおれを描けよといわれるのだが
口をあいたぼくからは微風がでていて
かるい土蜘蛛みたいなやつもゆれやまず
クロッキーだってできはしない
いつまでつづくんだろうこんなおとずれ
つかれながら振り子にてとまらないやつは
支えたいんだ棒をくれとついに懇願する
椅子の顔のままでいればいいのに
よけいなことで時計に似ようとまでするなら
しんせつに棒をあげるふりして
いっそ砕こうかとおもいたつけれど
それは窓枠をひろげるだけかもしれない
 
 

2013年07月15日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)