ENGINE EYE 阿部嘉昭のブログ

高原耕治・虚神

俳句は、「一行棒書き」形式にこそ
その親和性を負っていたとおもう。
たった十七音で形成された世界最短の詩型は、
むろん記憶がしやすく、
だから容易にひとの口端にのぼるうちに
いわば相互「交易」の流れにもつく。

当然、たった十七音しか内包しないのだから
それが詩性を満足に発揮するには様々な条件を必要とする。
ひとつは二項を空間断絶のうちに「配置」し、
そこから詩的スパークを喚起するということ。
これはシュルレアリスムの考えとも共通するが、
俳句の通常には俳味があっても奇矯さがなく、
語的分断は「読み=詠み」の流れのうちに
断絶を緩やかに縫合させてゆく。
この時点で「分断」によって拡がりを約束されていた世界に
「時間性」までもが複合され、
受け手=読者は世界の生成に直面したような感慨を得る。

一般には俳句は文芸の盆栽的ミニチュアと受け取られがちだが
世界生成の動力はさらに長い詩型である短歌よりも大きい。
圧縮こそが余剰を巨大化するという逆説が
そこには確かにみとめられるだろう。

季語もまた俳句の形式的矮小を
永遠に向かわせるための古来からの叡知だ。
天体自然のみならず、
人事俗界にも四季推移の刻印を受ける民族的日常は
いわば「いにしえ」からの「永遠」循環のなかにあり、
だからこそ少ない音数のなかに盛り込まれた季語も
詠まれたものの土台に普遍をもちこむ保証となるといえる。
季節推移そのものに人が既に感慨をもっているのだから
季語は一句の俳句体験に
民族的感銘の拡がりをもたせる魂の形代ともなる。

俳句はしかし変貌する。
親和性から違和へ、がそのヴェクトルだ。
まずは自由律、次が無季――
有事色が増してゆく新興俳句の時代、
魂の緊張が従前の結社俳句の有職故実に飽き足らず、
言葉それ自体が言葉を喚起しつつ、
そこへ語の存在論的な現前を呼び込もうとしてくる。
近代詩型ではなく、現代詩型への賦活。

富澤赤黄男から高柳重信への流れがある。
それぞれ代表句を順に一句ずつしるしておこう。



草二本だけ生えてゐる 時間



身をそらす虹の
絶巓
    処刑台



僕は最近、高原耕治さんの加わっている「未定」の
句会に顔を出すようになったのだが、
高原さんは会合でも自分の精神的血縁・先達が
赤黄男、重信である点を一切隠さない。

《草二本》の句、「時間」の前には一字空白がある。
時空の転調や経緯といった文字運びの配慮を超えた次元、
いわば「存在の亀裂」を高原さんはこの一字空白にみる。
この一字空白がさらに深化して、
重信の多行形式が登場したのだという俳句史観
(ただしこの書き方は語弊がある--
掲出した赤黄男の句は彼の一字空白の完成だが最晩年の作で、
重信の句のほうが実は成立が早い)。

重信《虹》の句は、単純には
虹の空間性を紙面に定着したものだとはいえる。
虹の「絶巓=頂上」は
版面天ツキの位置になって空間上の高さをそのまま表し、
虹の弧形下降を衝撃をもって示したさきに
喩の完結として、字間空白を与えられて
句が一瞬にして形成した空間の底に「処刑台」が出現する。

助詞「の」に注意が要るかもしれない。
「の」はいわば絶対的同格をもたらす魔の接合剤で
《虹「の」絶巓》であるとともに《虹「の」処刑台》でもある。
このとき、精神的高みの象徴、虹が
おのれ自身を処刑している――という
喩形成の衝撃的な複合が起こるのだとおもう。
この喩は地上的雑事の何事にも貢献せず、
だからこの《虹》一句は描かれた虹同様に孤絶してしまう。
「この虹は消えない」。

ともあれ多行形式の俳句は一行棒書きへの叛逆だ。
語が空間的に配置されることで
語と語のあいだには単純な読み下しにない審問喚起が生じ、
同時に一句の記憶にもさらに複雑な付帯事項が入ってくる。
語に強度の霊性をもたらすために
俳句形式に強圧がかけられたということだ。



さて、先日の句会では高原さんから
句集『虚神』のご恵贈を受けた。
以下はその書評記事という体裁をとることになるだろう。
頁を順に繰りながら、感銘を受けた句への
自分なりの注釈を披瀝する手続きをとらせてもらいたい。



憤怒り
憤怒る

全身舌ののつぺらぼう



「憤怒る」で「いかる」と読むのだろう。
異様な負の電圧が伝わってくる。
一行空けて最後の垂れ下がる三行目、
その物理的長さに強度があるが、
「全身」が憤怒によって理性的な分節を失い、
しかもそれに舌と似た異形も伴われる。
アルトー=ドゥルーズを経由した現代的読者ならば
「器官なき身体」の出現といってしまいたい誘惑に駆られる。
以後、「のつぺらぼう」は句集に
特権的語のひとつとして頻出する。句自体は読み下せば
《憤怒り憤怒る(6)/全身舌の(7)/のつぺらぼう(5)》と
一応は定型律の少数幅の変型として読める。



氷ラム ト シテ
日ハ 怒涛
白焦ゲ ノ
羽バタキ ノ



熱を体現する日輪が凍結するというだけの撞着句想ではない。
氷結のかたちがここでは「怒涛」なのだし、
それを「白焦ゲ」「羽バタキ」とさらに重複形容してもいる。
そうした喩形成の重畳のみならず
カタカナ表記による違和、一字空白による違和があって
「異様さ」に読者は息を飲みつつ、
「ノ」の反復によって律動が生じているとも体感する。
ただし先の《憤怒り》の句とはちがい、
これは五七五の定型律にどうしても還元できない。
一行ごとに加算して「七五五五」自由律として読むしかない。

七五の快感に乗っていると考えてはいけないだろう。
二句が一句に凝縮されて、余剰が不足になっている
この畸型体の出現にこそ戦慄すべきなのだとおもう。



四人称へ
火事である





「三人称」までは関係性のなかで考えることができるが
「四人称」は意味論的にありえない。
絶対的な人称関係を考えて「神の位置」が
僕の場合は浮上してきた。で、ゾッとする。
これは「しにんしょう」と読み、
「死人称」と二重視覚すべきなのだ。

文脈の連環が完全に不明となる。
「四人称」は「火事」の属性を示しつつ
同時に「火事」は「[自らの]瞳」の属性を示す。
罠のように配置された方向性を表す助詞「へ」が、
火事を見る瞳、という位置関係を錯綜的に暗示するが、
切断が尋常ではない。
「火事」の季節が不明どころか昼火事か夜火事かも分明でない。
もっといえば「火事」の実在性も確実でない。
「火事」を作者が凶事、慶事どちらの枠で捉えているのか。
つまり「切断」の異常だけを浮き上がらせるべく、
付帯的に、「律」も減少したと考えるべきなのだ。凄い。



闇 靡き
血 靡き
ひこばゆる
脊髄白髪菩薩らよ



富澤赤黄男は「切株」の句を連続させた。
たとえば《切株やじいんじいんと ひびくなり》。
句に喩がなく、言葉だけが意味の外に自立して
呪文のような名句だと学生時代、賛嘆した記憶があるが、
鈴木清順の映画『春婦伝』のラストをみて
木村威夫の配した「切株地獄」が
樹の成長可能性をスパッと断ち切った
「時間停止性」「無時間性」を表現しているとおもった。
それで「無時間性」が「じいんじいん」で擬音されると考えた。

「ひこばえ」は切株の断面や倒木樹皮から
新たに植物が生えそめるさまを謂う。
死を母胎にした再生=ルネサンス。
それだけでも「不気味」なのだが、
高原はさらに、「脊髄白髪菩薩」という異様な漢字連鎖により
ひこばえてくるものの「異形」、同時に「かそけさ」を示す。
「時間停止」を打ち破るものは自身、怪物性の烙印が捺されるが、
それよりもその正体がもっと幽体的だと嘯く趣。
その「幽玄」に当該句の一、二行が「からまる」。

《闇靡き(5)/血靡きひこばゆる(9)/脊髄白髪菩薩らよ(13)》の
上中下・三分節構造として僕は読んだ。
「13音」の異様さ・鬼気はいうまでもない。



この旅
恐ろし
うみは うみ噛み
そらは そら噛み



重信俳句中、《この河/おそろし/あまりやさしく/流れゆき》が
高原の念頭にあったとおもうが、
換骨奪胎して「恐ろし」が文字どおりの恐怖を喚起した。
整合的解釈を施せば、
悪天候をおしての海岸地方への旅行詠ともとられよう。
自己再帰的に用いられる動詞「噛む」が
それ自体の荒々しい流動を暗喩しているという考えだ。
だがそう考えれば、「自己再帰性」そのものが自身を蚕食する
存在消滅=恐怖の領域にあるという発見も付帯してゆくはず。
僕は重信句《虹/処刑台》は
虹自身を虹が処刑している錯視を導く、と前言した。
高原も同じ考えなのではないか。
『虚神』には次のような句もみえる。
《思惟きはまりて/巌は//巌噛み》。



さあ かす たけ なは
立つ
抽象の
絵ろうそく



一本の蝋燭によってサーカスが挙行されるのは
孤独者の脳裡においてだと相場が決まっている。
「サーカス酣」と書かれるべきところ
ひらがなと一字空白を用いた一行目の異常表記は
「抽象の絵ろうそく」の文字的還元だろう。
ひらがなによって淡さが生じ、
一字空白によって細りや断絶や揺れが生まれる。
「抽象の」の限定が凄い。
つまりいま僕が綴ったことは「抽象」の属性だという主唱がないか。
とすれば高原は幽体たる己を生きていることになる。
ただし「絵」の一字には絢爛も籠められる
(句集どおりの正字ならもっと効果が出るのだが)。
読み下せば「八七五」の律に還元できる。

脳裡の異常はたとえば次の句にも露わだ。
《笑ふか/鯰/わが脳髄の/鮟鱇大陸を》。
「鯰」は当然、「地震」の縁語でもあるが、
結果、鯰と鮟鱇の睦みが高原の脳裡を舞台に上演されるという
――空間定位の不可能な畸想が呼び込まれる。
《妄想獣は/蜂の巣状//さへずりやまず》も同根と考えた。

それと「鯰」には次の名句もあった。
《深井をぬめる/黒鯰/神断ちの/このむらさき髭は》。
鯰の生態描写であるべきところ、
句の生じた場所を「不可視性」にズラす。
この手続きのなかで「黒/紫」がどっちつかずで揺曳しだし、
何層にもわたった動物的幽玄の気配が迫ってくる。



死に真似の
裏山黒し

死んでゐる



「裏」にあるもの――振り向けば感知できるもの。
永田耕衣には《後ろにも髪抜け落つる山河かな》の句がある。
それと同等の「背後幽玄」を感じた。
しかし高原句にある一行空白はより魔的だ。
この「経過」を挟んで、
「死の真似」が「死の完全状態」へと変化してしまうためだ。

句意を教科書的に考えてはならないだろう。
「死んでゐる」に一人称主語の省略を見るという考え方だ。
「裏山」に「死に真似」を振り、
それを背後にした「(我)」に「死の完全」を分けるというのは
理の勝ちすぎた読解で、面白みがないとおもう。

この一句は読み下せば例外的に五七五律に還元できる。



死して
無二の
谺   が
  のぼる
寝釈迦山脈



前掲句から導かれるような句だ。「裏山」が「山脈」に変じた。
「寝釈迦」は「山脈」の姿の形容として見事だが、
立像座像の多い日本の釈迦姿から
「寝釈迦」を冠したことで中国~インドへの風景の拡大が生じた。
そしてこの「谺」は重信の「虹」の眷属だろうともおもう。

「死して/無二の」とは何か。
形容は同格的つなぎでありつつ「死=無二」を錯視させるだろう。
響かうものは自身の幻像を自身に内包し、
それ自体が単純に生の範疇にあると呼べない。
「それ自体」が「他」を含んでいて
それを言語に移すと、言語をもゆるがしてしまうもの
――高原の詩想(句想)はこの領域に集中するのではないか。
同着想の名句がほかにもみえる。
《一瞬にして 無は/組まれけり//山彦内部》。

さて掲出句へ戻ると「死して」の主語が句から脱落している。
これも俳句文法的に考えれば、主語省略とみるべきだろうが
主体「我」が死ねば、この句を詠んでいる者の実体がなくなる。
幽霊しか書けない句――そう考えて幽邃な幻想光景に
若干、恐怖の痛点が入り交じってくるのではないか。



すすきには
すすきの暗黒
風と
日と



いい忘れていたが、高原耕治『虚神』は
黒箱、黒帯、黒本体、正字歴史的仮名遣いの
贅沢(貴族的)にして重厚・幻妖なつくりだ。
版元は沖積舎で、99年刊、高原の第一句集。
箱と帯がつくりだす黒の諧調が出版美術的に素晴らしい。
本の外形にある「黒化=ネグレド」は
当然、高原の句の多くにも舞い込み、それは
「憂鬱」や「死の哄笑」や「焦げ」といった一次元のみならず、
「異世界」の瀰漫を体感的脅威として伝えてくる。
「黒の詩人」たることは間違いない。

掲出句は意外や「五七五」律に還元できる。
句の美しさによって抒情裡に愛唱されそうな気分もある。
だが高原は風に揺れ、陽光に銀を輝かす薄にこそ、
「暗黒」を感知する超感覚の持主なのだった。
光なくして、何物もみえない。
銀薄に心を奪われることも光のまやかしに過ぎない。
「物」は光がなければすべてが暗黒の相をわかちあっていて、
ならばそうした認知を導く光それ自体も
それが白くあっても銀であっても内実が「黒い」のではないか。
異端的思考はそうして次々へ伸びてゆく。
この場合、句の間口が抒情性によって広くなっている点が曲者だ。

この名吟の隣にはもうひとつの名吟をもってこなければならない。
少し頁を飛ばす。



存在や

目がなつかしき
霊日和



前の《すすき》の句では、
「すすき」とそれを見やる言外の「我」が、
いわば同調反響していたと捉えることができる。
一方この句では、高原は敢えて理路を奪っているが
「存在」と「霊」がここでは同調している機微がまずわかる。
次に「存在」が「霊」をみている関係性を考える。
そのときの「(自分の)目」が「なつかしく」、
取り巻く空気や光も「日和」と肯定的に形容されている。
だが冒頭の「存在や」とは何か。
自身が「のつぺらぼう」「無名性」となり、
ただ「存在」としてしか自分を形容できない感慨が漏れていないか。
この「存在」の実質こそが「存在」の見やる対象に写っている。

「すすき」には霊性がつきまとう。《幽霊の正体みたり枯尾花》。
それで「霊日和」の語に「すすき」を僕はみてしまう。
一句と一句とが間歇を挟んで、まさに「谺」したのだった。




澄みわたりゐて
闇の複眼
見下ろしたまふ



闇=黒に執着する高原ならではの異常感覚が伝わる。
しかも闇という「生き物以外」の自己再帰視線が抉りとられ、
かつ闇の単眼が闇の複眼を見ているという
異常さを上乗せするおまけまでもついている。
四行目、《見下ろしたまふ》に最大の句意が潜んでいる。
「たまふ」と敬語であしらわれた動作の主体「闇」とは
「神」の別名で、高原の感覚では「闇=神」なのだった。
その神は自己再帰性をもち、内部分岐し、
内部分岐しつつ、虚無のみを反復的に生産しつづける。
句集題「虚神(きよしん=むなしがみ)」はこの句に亙っている。

同様の、闇の物質化としては以下のような魅惑句もみえる。
《真闇老いたり/貘の/恐るる/貘のごときもの》。



一匹の
目高死にゆく

水一匹



あえて句意を教科書的に分解してみよう。
「一匹の目高が死んでいった。すると水が《一匹》分のこった」。
こんな作業をしてみると、「世界」が一匹の目高と
それを包む水でしか形成されていないとわかる。
峻厳なのに、認識のさせかたに俳味のある極上句だとおもう。
「目高」が「我」の喩となるか否かなどどうでもいことだ。
「一匹」の語の反復によって「世界」が少なくなり、
それが俳句的な畸型縮減に通じている機微に襟が正される。
そしてここでの「目高」と「水」の関係は
上述、《死して無二の谺》《山彦》の反響生成関係にちかい。

僕の好きな赤尾兜子には、
《硝子器の白魚 水は過ぎゆけり》の句があった。
ここでも「魚」と「水」が反響している。



遠流十年
鬼の
小島の
瀕死の鸚鵡



「十年」の語に読者は高柳重信の句集名『前略十年』を想うだろう。
重信の有名句《船焼き捨てし/船長は//泳ぐかな》同様の、
「虚無の物語性」をこの句からは味わった。
やはり重信句同様の冥いダンディスムがひかっている。
僕の解釈はこうだ。
「鬼はもともと遠島に棲むものだが、
世が転倒して島流しに遭う。爾来十年。
小島は孤絶して人の姿も鬼の影もなく、
ただ持ち運びを許された鳥籠の鸚鵡のみを友としてきた。
鸚鵡は鬼の伝える言葉を憶え、孤独の慰みとはなった。
だがやがて鳥の命は鬼よりも早く尽きる――。
鸚鵡はすでに鳥籠に瀕死だ。
さて《鬼》とは無論《私》だが、
この《瀕死の鸚鵡》もまた《私》なのだった――」。

句集『虚神』は掉尾に近づくにつれ、
重信から受けた影をつよめる感触がある。
とうとう巻末句、もはや説明不要となった以下が到来する。



虹自身
虹に焼かれてゐる

こころ



この前の句会での高原さんの教えで僕が唸ったのは
(真格の)俳句においては喩を解いて一義的解釈を施せば
句自体も読む自らも死ぬ――と語った点だった。
俳句は特殊な定型だ――それは《喩を形成しつつ
「同時に」喩を破壊してゆくもの》。
そしてこの同時機能をもつものだけが
俳句形式と呼ぶに相応しいのではないか。
みられたように、高原さんの句はすべてがその証だった。

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2007年12月27日 現代詩 トラックバック(0) コメント(1)

三村京子、録音完了。(2)

(承前)
前項の書き方でおわかりいただけたとおもうが
ベースの船戸博史さんは、二日間という「ありえない」録音日程を
プロデューサーとして乗り切ることを最大眼目としていた。
三村家の予算枠の遵守。

それでいて、「妥協」もない。
つまりミュージシャンとしての技量がひたすら高く、
かつ引き出しが多く、自身の作業も速い。
何よりも現場判断にはフレキシビリティが発揮される。
少年のような風貌の中年男で、照れ屋さんなのだが
観察眼、観察「耳」が怖いほど鋭い、といっていい。

録音二日目には、また別の問題もあった。
まずは、三村さんの咽喉が
前日のレコーディングで痛み出していないかということ。
彼女は前晩の呑み屋でも熱いお茶で通し、
またホテルでは加湿器を用意してもらうなど万全を尽くし
結果、咽喉の痛みも疲労もない、と朝一番に語って安心させた。
と言いつつ、焼き芋を黙々と食って、ヘンなヤツだとおもう。
ホテルの朝のパン食は回避したという。

二日目は参加ミュージシャンが増える。
ミュージシャンが増えるということは
録音に関わる「身体法則」がその人数分だけ増えて
結果、NGの機会も増す、ということだ。

二胡の吉田悠樹君については
前項のように船戸さんと共演経験がある。
二胡は小さな楽器でチューニングが不安定、
ピッチを保つのも難しいという固有の危険を抱えている。
その東洋的音が朗々と響けば、ものすごくプラスになるのだが。

ドラムスのあだち麗三郎君(俺はこんなもんじゃない/タラチネ)は
三村さんとは「京子と二郎と麗三郎」を始め、
共演経験が多いが、船戸さんとはなく、
船戸さんにとっては未知数の存在だったろう。

吉田君、あだち君とも船戸さんとは年季がちがうので、
崇敬が萎縮に変化してしまう惧れだってある。
船戸さんの現場での差配はだから前日よりも複層的になる。
なので翌22日の最初の段階では
船戸さんは前日よりも思案顔をしているような印象をもった。
ジャズメン的楽天主義の気配が薄くなっていたのだ。

一曲目の録音は、「しあわせなおんなのこ」。
三村さんがウィスパーヴォイスでネオフォークっぽく唄うこの曲は
阿部が女子学生に書いたメールの一節がそのまま歌詞になった。
おんなのこは多幸症という不遜なマニフェストが
4度転調の美しいメロで唄われる。
可愛いのに無気味な細部が、簡単な言葉遣いには仕掛けられていて、
本当は居心地の悪くなる曲なのに、評判がいい。

三村さんは仮ギターとウィスパー歌唱を一発でクリア。
高い声域だがウィスパーだったので咽喉に負担がかからなかった。
「仮ギター」と書いたのは最終的にそれを消すため。

次に吉田君の二胡のダビング。
吉田君も事前のサンプル音盤などで自分のフレーズを決め込んでいる。
彼の二胡が弓弾きで唄いだした。東洋の悠久。
三村さんの歌メロにたいしコード上の別音をつないで
裏メロをつくると事前に予想していたのだが
吉田君の旋律には意外にユニゾン部分と反復が多い。
あ、これが東洋的発想か、と気づいた。

小雨混じりの当日の底冷えする寒さが祟っている。
二胡の音の響きが震えて掠れすぎている気がした。
船戸さんはしかし別テイクではなく、
二胡の音をダブルにするテイクをやろう、と吉田君に提案。
吉田君は同じ旋律をもう一回弾いた。

次が船戸さんのベースのダビング。
伸びる音で三村さんの歌唱を囲むと予想していたのだが、
船戸さんは指弾きだけを選択した。
吉田君のメロに歌メロとのユニゾン部分が多く、
転調曲なのにコードが不明となる箇所が多いのではという
阿部の指摘を、船戸さんが忖度したのだろう、
音数の多い指弾きとなった。

ジャジーで複雑なシンコペ、全体がスイングしてゆく。
コードの構成音を分布させつつ、
その分布のなかで飛躍的なメロをつくりあげてゆき、
フォーク伴奏なのに、ジャズ精神が横溢、という圧倒的な演奏。

「空間」的というか座標数学的で、
「現前」の迫力がありながら、独特の抽象美を発散しつづける。
あまりの巧さに、スタジオのこちらにいた全員がのけぞった。

三村さんのギターを抜いた仮ミックスを聴く。
すごくいい。「音世界」が深みをもって確実に自立している。
ダブルにした吉田君の二胡の音色が藍色に深い。
石崎さんが微妙に施した二胡と歌唱へのエコーの匙加減が抜群だ。

前篇で書き忘れたが、石崎さんはどんな魔法を使っているのだろう。
マイクをセッティングし、バランスを調整し、
拙速で作業を進めているように見えながら、
録られた音のすべてが生き生きとしている。
生きている音が、生け捕りにされ、鮮度抜群に滴っているのだ。
レベルはいつも丁寧に確認していた。

次は「ジプシーのとき」。
三村さんが学生時代、同題の映画に感銘を受け、作詞作曲した曲。
転調を繰り返す東ヨーロッパ的なAメロの縹渺とした印象が
Bメロではリズミックに変わり、一挙に高揚する。
ジプシーの異端的で厳しい日常が見事に空間的イメージとして浮ぶ。

これはAメロ、Bメロの対照性提示が命。船戸さんはどうしたか。
Aメロには縹渺そのままの弓弾きを加え、
Bメロには躍動的な指弾きを加えた。
ともに三村さんの歌+ギターの同時バッキングのかたちだったが、
A、B部分に「分断」して録音を進めていった。
しかもB部分は三村さんの同じコードストロークが
オーバーダビングでトリプルになるよう
三村さんのギターをさらにオンリーで2回弾いてもらった。

すごくクリアな発想。
ジプシーバイオリンは自分の弓弾きが代位する。
ところがBメロの「ジプシー」性は
単に三村さんのギターリズムだけで体現させたのだった。

一刻の時間も惜しむ船戸さんは、
石崎さんに「あとでつなげといてください」と依頼しただけ。
信頼しきっている。
実はこの日スタジオはバンド練習が入るので
5時ごろまでしか使えないという条件だった。

次は「もうじきあんたは1人で立てるはずだ」のドラムダビング。
曲の転調部分、船戸さんが前衛的な弓ベースを入れた箇所に
ドラムがスッと介入して、「以後は曲の終わりまで叩いてください」。

船戸さんはロック的なドラミングを予想していたとおもう。
しかしあだち君はシンバルの金属音を微妙に浮びあがらせ、
次第にバスドラを目立たないように打ちだす
ノンジャンル的なドラミングを叩いてみせた。
クリス・カトラー的、というべきか。

一瞬にして船戸さんはあだち君の創意と柔軟を見切ったようだった。
注文がつく。「もっと遠慮なく叩いていいよ」。
あだち君はそれで先刻のドラミングを
よりリズミックに強調するように打った。
曲の流れの変わる部分の「巻き込み」が見事。
シャーン、と音全体が銀色になって、そこから
スコーンスコーンとリズムが舞いおりてくる。
このテイク2がOKとなった。

次が「平行四辺形」。これは最もギターが複雑な難曲。
ハイコード位置に指をずらす三村さんは、オープン弦も弾き、
コードに還元できないアルペジオを複雑に響かせる。
歌詞はそのなかで女の子の躯が
屋上にあって空と混じるような儚さや
蛇苺からゴルゴダの丘までもを繰り込んでゆく。
抒情と叙事の混交したような象徴詞だが
聴き手の同調性が高い。三村さんの代表曲のひとつ。

いつこの難曲を録るか。船戸さんはここだ、と判断した。
ところが、やはり三村さんの咽喉が平常ではなかった。
歌は高音を続けて、そこに掠れが目立ち、声量も一定しない。

船戸さんはやりかたを変えた。
三村さんにギターの先録りを提案したのだった。
「ギター+歌唱」同時主義の廃棄。
録音行程のなかに初めて生じた暗雲といっていい。
三村さんは不安に感染してしまったのか
この曲の複雑なアルペジオを弾いていったが
ラスト手前でとちってしまう。

いままでなら感情の続いているうちに直ちに録り直すが、
阿部が「間違えた箇所のみツギハギしてはどうですか」。
船戸さんも「ウン、そっちのほうが速い」。
三村さんは三番の最初からギターをまた弾いてOKテイクとなった
(スタジオ内にギターの音を流して、それを次ぐギターに
石崎さんがさっと切り替えた)。

三村さんに咽喉を休めてもらうためにここで昼メシ。
船戸さんはあだち君と吉田君の緊張をほぐすためミュージシャン話。
三村さんは、声を取り戻そうとスタジオ内で柔軟体操を主に。
石崎さんと阿部は外でオッサン丸出しに煙草を吸っている。

録音再開。
まずは船戸さんが三村さんのギター演奏に
弓弾きベース①をカブせた。低音中心。レンジが広く空間が震える。
次が弓弾きベース②。高音中心。今度は情感が空間に溢れ出す。
鋭い無調旋律の数々がそれらには潜んでいる。

次に吉田君の二胡の出番。
朝一番の二胡とちがい、音量が増し、震え・掠れがなくなって
そこからは圧倒的な情感が湧きあがる。反復が物をいっている。
長江上流を旅する心持。船戸さんが絶賛した。

次にあだち君のドラムダビング。これはその場で決められた。
あだち君を信頼した船戸さんは、自由に音世界を広げてほしいと依頼。
あだち君は鈴やぶら下げ金琴やトライアングルを用い、
『もののけ姫』のコダマに似たカラカラ音を鈴で出し、
五線譜とは別音階の金琴でキラキラ音を出し、
トライアングルでキーンコーンというリズムを控えめに打った。
いわばリズム楽器だけのミュージック・コンクレート。
しかも金琴はたくみに三村さんのギターと調性がとれている。

「もっと叩いていいよ」、と船戸さんはあだち君にいい、
あだち君はテイク2。二つのテイクのどちらかを選択するのではなく、
これもテイク二つを重ねる方法を船戸さんは即座に採った。

このように船戸さんの判断の早さがとんでもない。まだあった。
ダビングのための演奏をする奏者にたいし
「返し音」にギターアルペジオとともに
何をどの音量で入れてもらうのか石崎さんに即座に指示する。
そうして、「オケ」が見事に完成してしまった。
仮ミックス音源を聴くと、幽邃というべき音世界が出現している。

このかん、三村さんはカイロその他でずっと躯を温めていた。
スタジオはそれほど寒かった。
いよいよ三村さんの再度の歌録音となる。
船戸さんが三村さんを勇気づけた。
「これでやってまた歌が充分でなかったら、
ミックスのときに歌録りだけすればいいよ」。

スタジオに入った三村さんが懸命に唄う。
ほぼ完璧だった。「ほぼ」というのは一番と二番の唄いだしだけ
どうしても声が掠れるのだった。ほかはいい出来だ。
声が透明に伸びて、歌世界がイメージとしてくっきり伝わってくる。

船戸さんが、咄嗟の判断。「石崎さん、ツギハギしちゃおう」。
三村さんは、一番と二番の唄いだしだけを唄う。
しかしどうしても声が掠れ、震える。
謝る三村。阿部が「おい、もっと高い声、ちゃんと出てるんだぞ」。
「わかってますよ、そんなことっ!」と三村がいきなりタメ口。
それを聴いてみんなが笑う。
「間があいての唄いだしだから声が出ないんですよ」と船戸さん。

しかしスタジオに笑いを導いたのが奏効したのか
ついに三村さんはそれら「部分」を唄いきる。

船戸さんが「OK」を出すと、それからの石崎さんの作業が神業だった。
三村さんの部分歌唱を元の歌唱にツギハギし、
合計五つの楽器のバランスを調整しながら歌に合わせ
アッという間に仮ミックス音源を完成させてしまう。
歌唱のツギハギでは歌唱部分のバー表示の時間区分を拡大し、
カウンターを見ながらクリックで縦線を指示し、
それをもとにバー同士を画面上で繋げると、編集が完成しているらしい。
僕はそんなパソコン画面をずっと見ていて、
何て面白いんだ、と嬉しくなった。

石崎さんは生音を生け捕りにするのが好きなのだが、
実は打ち込みだらけの複雑アレンジの録音・ミックスもお手の物。
だからこの程度の編集などお茶の子さいさいだったのだ。
ともあれ、最大の難関はこうして突破された。

最後に残ったのが、「別の肉になるまで」。
失恋ソング。美しいがゆえにダウナー、という佳曲。
「遅刻者」のメランコリーも盛り込まれている。
この曲を最後に残したのは、シャウト部分があって、
三村さんが咽喉を潰す惧れがあったためだった。
しかもこの曲、「アレンジがわからない」と船戸さんもいっている。

直前に難関を乗り越えた三村は
ここでは気が大きくなって、普通の8ビートのリズム隊でいいですよ、
などと半可通の呑気発言をしている。
「バカもん、んなわけないだろ」という阿部発言とともに
やりとりはふたたび漫才方向へと進んでいった。

最初の録音は三村さんの歌唱+ギター。
もう終了時間がカウントダウン状態に入っている。
歌は若干のツギハギ作業をしたが、一発OKとなった。

次があだち君のドラミング。
自由な解釈でやってほしい、と船戸さん。
終了時間が迫っているので、あだち君にも緊張が移った。
あだち君はここでもノンジャンル的なドラミングを披露した。
静かなAメロ部分では、キラキラ音を中心にして
バスドラは一切打たずに、ノンリズムで通す。
打撃音を空間的にちりばめ、
薄い絨毯をつくるようなアプローチ。

それでリズミックなBメロ部分で
さんざん溜め込んだうえのリズムを打つが、
いわば宇宙的な拡がりを生じるような付帯効果を出した。
「夜が明けてゆく」といった遥かな感覚がある。

船戸さんは、妥協しなかった。
あだち君はまだ遠慮しているのか、ドラムの音数が少ない。
「もっと打っていいんだよ」。
テイク3つめで船戸さんはついにOKを出した。
「快心の出来だった」とあだち君を褒め、
あだち君も本当に嬉しそうにしていた。

実は船戸さんはあだち君のドラムが加わった状態に
さらに自分のベースをダビングする予定でいた。
ところが、それをあっさりオミットしてしまう。
あだち君のドラムだけで音世界が自立していると判断したのだ。
全体にシンプリシティを船戸さんは貫いていて、
あとでそれがアルバムの得がたい美点とわかる。

ということで、信じられないことに
12月21日22日両日で録音の全行程が終了してしまった。
何度でもいうが、これは奇蹟だった。

打ち上げでしこたま酔って帰宅したはずなのだが、
石崎さんがつくってくれた全体仮ミックスCDが気になって
翌未明に起きてしまう。

ベース音を最大限に上げ、部屋を暗くしたまま
ヘッドホンで聴いた。
途中の曲でとうとう涙腺が壊れた。
参加者全員の音がつくりだす情感にやられたのだ。
「いい」なんてもんじゃない。「存在論的衝撃」だ。

フォークでもない。船戸さんが領導するジャズ感覚でもない。
それらが確実に融合され、
新しい音楽としか呼べないジャンル革命が起こっている。
このジャンル革命の実現が、つよさの第一だ。

実に「女っぽい」アルバムなのだが、
船戸さんを始めとした演奏力と一緒に
石崎さんの録音は三村の感性の鋭さも生け捕りにしていた。
その鋭さのなかで収録曲には理想的に振幅があって、だから
印象される第一は「三村って天才だ」ということだった。

コード進行がJポップと似ていない彼女の作曲能力にも
むろん、とんでもない独自性があるし、
その声の個性も、「これは三村でしかありえない」。
ハンデがあったのにすごくいい声に録れている。

お蔭で歌詞がぐんぐん躯に打ち込まれてくる。
それでも泣けてしまった。歌の歌詞がどうあるべきか、
信念が一気通貫していて、アルバム聴取の時間性が得がたい。
自分で歌詞の概ねをつくったのだから
自画自賛バカといわれてもしょうがないが、泣けた。
三村さんのこれまでの苦節をおもってさらに涙が流れた。
アルバムは感性的に「やさしい」のだが、
『ジョンの魂』のような存在論的な鋭さと圧倒性を兼ね備えている。

このアルバムは「売れなければならない」。
ということは、「売らなければならない」。
あとは大中君や須山君を含めた我々の仕事でもある。

船戸さん、石崎さん、本当にどうもありがとう。
あなたたちの技量と人間力で
音楽キャリアがまだ浅い者たちに光がもたらされた。
お二人が指導した現場だったことは大きな幸運でした。
来年アタマのミックス本作業が本当に愉しみです。

2007年12月25日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

三村京子、録音完了。(1)

12月21日(金)、22日(土)の両日は
高円寺のパル音楽スタジオで三村京子の新アルバムの録音だった。
僕がずっと歌詞その他を提供してきた早稲田二文の教え子。
初日のスタジオには、三村さん、僕のほか、
プロデューサー+ウッドベースの船戸博史さん、
録音+ミキシング+マスタリングの石崎信郎さんが集まった。
録音は圧倒的な出来で無事終了。
近頃、これほど嬉しかったことはない。

実はこの録音前の1週間半ほど三村さんは咽喉の痛みを感じていた。
痛みだしてすぐ医者に診てもらったところ、
歌手の職業病であるポリープの出来かけ、という。
三村さんは医者の指示どおり家庭内で療養をつづけ、
投薬しつつ、ほぼ日々を喋らないで過ごす不自由をしいられた。

練習を重ねることで力を発揮し、集中を高めるタイプだし、
体調も柔軟体操からランニングまで気配りして
ようやく思い通りの歌唱に至る神経質さもある。

それが自宅蟄居をしいられ、いきなりの録音本番だ。
当然、不安だったし、もし咽喉の痛みが戻ったり
十分な声が出ないようなら、即座の録音延期も覚悟していた。
だから何もかもがうまく行ったことは
奇蹟や恩寵のようにもおもえたのだった。

三村さんのようなギター+歌のアーティストならば
通常、ギター演奏を先に録って、歌をダビングする。
そのほうが作業効率も演奏歌唱精度も高まり
録音リスクが軽減すると誰もが考えるからだ。
ところが不器用な彼女は自分でギターを弾きつつ唄わないと
十全な力量を発揮できない。

事前に三村さんと僕は船戸さんにその「特殊条件」をいい、
そういうスタジオライヴ的なやりかただってある、
と船戸さんには納得をしてもらっていたのだった。

船戸さんは、関西ジャズのウッドベースの第一人者。
一方でフォーキーな音楽への理解度も高く、
さまざまな歌のタイプを軽快な歌唱で展覧する奥さんとは
「ふちがみとふなと」というユニットをつくっているし、
同じくフォークジャンルの長谷川健一さんへは
その見事なプロデュース作業で最近の話題をつくった。

どちらもフォーキーな歌唱を
ものすごくレンジの広い船戸さんのウッドベース音が支える。
ジャズ奏法に依拠した指弾きのベースラン、
あるいは時には現代音楽的な弓弾きなど、奏法も自在だ。
音の存在感はジャズだが、それがフォークと異種交配して、
歌のフォーク性を見たこともないかたちに新規化するといっていい。

何しろ、「音の魂」を歌に注入するジャズマンなので
三村さんのギター+歌の録音でもその場での船戸さんの力がほしい。
船戸さんの(音のうえでの)誘導や励起をもらって、
それを三村さんの歌唱やギターに
上乗せ材料として反映したい、ということ。
だから録音の基本はスタジオに三村さんと船戸さんが同時に入り、
三村ギター+歌唱、船戸ベースを一発録りする、というものだった。
録音リスクは高まるが、それがいい意味での緊張感持続につながった。

パル音楽スタジオは基本的には練習スタジオなのだが
スタジオ内の壁面がデッドで、録音スタジオにも転用が利く。
スタジオには石崎さんがワゴンで持ち寄った機材が
セッティングされていた。
マイク、コード、さらにはミキサー、録音ソフトを入れたパソコン、
録音状態を確認する小型スピーカー・・・

石崎さんはワーナーに長年勤務していた録音&ミックスのベテラン。
中森明菜の黄金期をずっと手がけていたが、
だんだん歌謡曲の音が
人工的で刺激過剰的になってくるのに嫌気がさし、
自分の好きな音楽、とりわけジャズを録りたいがために独立した。

去年の暮には、その石崎さんが現場ミックスをするライヴとして
三村ライヴが京都だったか関西でおこなわれた。
もと「はちみつぱい」渡辺勝さんが集めたジャズジャンルの
気鋭ミュージシャン(みな三村よりかなり年長のおじさんたちだ)、
彼らが自在の演奏で三村さんをサポートする。

そのライヴを三村さんに聴かされ、
僕はベース船戸さんの力量に唸った。
三村さんのアルバムはこのひとに託すしかないのではないか。
そのライヴには今回の録音に参加する
二胡奏者の吉田悠樹君も数少ない若手として参加していた。

録音の実際に話題を移す。
何しろ発声に危険を抱えている三村さんなので
21日の初日は咽喉に負担のかからない曲から
録音しようということになった。

録音一曲目、「月が赤く満ちるとき」。
今回の録音曲では比較的古い段階でつくられた曲。
3コード曲で、三村さんらしい曲調のやさしさがある。
リズムギターのカッティングにファンキーな感触がある。
月光の力をもらった「女性性」が
狂ってしまった世界へナチュラルな提案をする、という趣の曲。
三村さんの声がだんだん出てきて、テイク3でOK。
船戸さんのジャジーでファンキーなベースもすごく安定的だった。

録音二曲目、「女子高生ブルース」。
これは三村さん一人の弾き語り。
スピーディなラグタイムブルースの演奏に、
女子高生を皮肉に揶揄するオヤジ歌詞が乗る。
この歌を唄う若い女歌手の精神的位置が謎、という
お笑いも狙った曲で、高田渡調丸出し(笑)。
ただ、まだ躯が温まりきっていないのか、
歌はいいのだが、三村さんはどこかでギターミスをする。
テイクを三つ重ねて、船戸さん「あとにしましょう」。
僕はこのときから以後ずっと、
船戸さんの途轍もない現場判断力に舌を巻き続けることになる。

録音三曲目「自殺のシャンソン」。
まだ芝居に関わっていた阿部が
20代の前半、劇中歌候補曲としてつくったもの。
戦前ヨーロッパ映画のイメージで
少女の自殺志向をものすごく暗く濃厚に盛った。
ただ、「歌唱」はそれ自体が活力なので、
実はこの自殺が最終的に誘惑構図から外れる、という読みがある。

船戸さんはあっと驚くアレンジをすでに提案済み
(全参加ミュージシャン+石崎さんには
サンプル音源、歌詞、楽譜、コード表が手渡されていた)。
三村さんのギターを外し、
船戸さんのウッドベースのみを伴奏音にしたいというものだった。
三村さんにはシャンソンの演劇的唱法ができない。
いまどきの若い子っぽい、どちらかといえばフラットな唄い方
(そこに独特の存在論的な個性も宿っているのだが)。

テイクが始まる。
船戸さんのウッドベースはジャズっぽく、
黒い砕片を音にちりばめてゆく。ビートは4でかつファジー。
複雑なシンコペーション。ときに二音弾きでコードを明確にする。
ベースが「唄って」いる。ベースがサックスみたいだ。
そこから夜の気配がたちあがる。
歌世界が異様な深度を帯びて、艶々としてゆく。
その超絶テクニックにスタジオのこちら側にいた僕は鳥肌が立った。

船戸さんのシンコペ弾きに三村さんのピッチが狂わないか心配したが
テイク3で完璧に「決まった」。
三村さんが上り調子になりだしたな、と感じる。

録音四曲目は、三村さんの弾き語りの「孤りの炎」。
クラシカルなバロックギター演奏に
転調や、歌と単音ギターのユニゾンを持ち込んだ曲。
演歌なのかどうか帰属不明の歌詞により、「北のまぼろし」が生じ、
かつ孤独な女歌手の気概が象徴詩的に定着される。

船戸さんのベースはそれを比較的少ない音数で支える。
二番の「ユニゾン」部分では船戸さんもベースメロをユニゾンした。
どの曲も、三村さんが一人で演るときよりももっと、
歌世界に縹渺とした奥行が加わる。船戸さんのベースのお蔭だ。
この演奏だから「八戸の向こう」が
くっきりと海風の匂いまで感知されてしまう。
いい出来だとおもった。テイク4で終了。

五番目の録音曲、「岸辺のうた」。
セックスにたいする女性の繊細で実存的な不安と愛を唄い、
転調を繰り返す美しいメロと相俟って感涙必至の曲。
三村さんはサンプル音源提出段階でこの曲のギター演奏を
すごくバロックなアルペジオ演奏に切り替えている。
この曲は三村さんの歌+ギターに、
船戸さんがベース演奏のダビングを重ねるという方法を採った。
三村さんは三回録ったが、船戸さんはテイク2をOKにした。

三村さんは感情を入れようとするために、
コード切り替え箇所で一気合入れる、という唱法。
それで全体にピッチがファジーになった。
曲が終わりに近づけば近づくほどテンポがゆっくりしてくるという
いわば「逆グルーヴ」。
悪くないのだが一定テンポのほうがよくないか、と僕が提案すると
船戸さんは、「いや、これでやれますよ」。

石崎さんの仕事の仕方について、記述を忘れていた。
石崎さんは録音をはじめると
用意された手許の歌詞カードに、
「区切れ」となる箇所でカウンター数字を書き込んでいる。
それをただ飄々とやっている。
パソコン画面ではバー表示が映っていて、
演奏進行とともにバーが延長し、そこに音波形が記録されてゆく。
すべてが手馴れた作業で、ひとつも混乱を見せない。

船戸さんのベース録りが始まる。
この曲はA-B-Cメロの三部構成を二回繰り返すというもの。
船戸さんがたとえば二番のBメロを、と指示すると、
石崎さんが録ったばかりのその直前の音をスタジオに流す。
石崎さんの作業がものすごく速い。この二人、「阿吽」だ。

船戸さんはメロを区分単位にして、そこだけを弾いてゆく。
三村さんには乗せるよう自然に近い条件をつくるのだが
自分の演奏作業はひたすら効率を高めるため分断化する。

船戸さんはベースをどう入れたか。
表形式でしるしておこう。
1)1B・1C/2B・2C=低い音域を中心にした弓弾き
2)2B・2C=高い音域を中心にした弓弾き
3)2A=ジャジーなシンコペによるベース指弾き

前言したように船戸さんが合せてゆく三村さんの歌+ギターは
ペースが一定していないので合せるのが至難のはずなのだが、
船戸さんはリズムの変調を瞬間的に汲み取ってゆく。
時差、0.1秒ぐらいか。変調を記憶してもいるようだ。
どれもが一発テイク。

弓弾きは、歌の底をものすごく大きなレンジ、
圧倒的な抒情性で支える。
上記でわかるように、音は終わりに近づくにしたがい、
より多層性を増す構成がとられている。
一箇所、2Aの部分で入る「転換」がまた見事だ。

全部の演奏を三村さんの歌に重ねたものを流し、みんなで聴く。
船戸さん「どうですか?」
阿部「テンポの緩徐化、全然気にならないですね」。
このやりとりで、すべてがOKとなった。
至難曲なのに、アッサリ終わってしまう。
その一方、船戸さんの録音のあいだは三村さんが休んでいて、
その間、彼女は咽喉飴などを舐めて、声の疲れをとってもいた。

船戸さん、三村さんの表情が完全に明るくなりだしたのをみてとる。
さっき、中断していた「女子高生ブルース」再開を提案。
三村さんがスタジオに入り、あっさりと録音一発OKとなった。

続いてラグタイムに依拠ということで(フレンチポップ要素もある)
同タイプの録音曲、「CRAZY TUNE」。
女の子の日常を四音オノマトペで連鎖的に記述しながら、
フッと深夜の孤独や欠食を唄う、曲が可愛いがゆえの「騙し曲」。
リフがポップですごく憶えやすい曲で
僕がこの曲をつくっていたとき女房が傍らにいて、
そのあとの買い物で女房が鼻歌で唄ってさえいた(笑)。

この曲を何と三村さん、一発テイクで決めてしまう。
いい地声が出て、ラグタイムギターがキラキラと軽快だった。
明らかに船戸さんの一発テイク連続に影響されている。

それともう一個、テイク1OKを導いたのは
曲テンポをサンプル音源よりその場で速めたことだったろう。
実はこの曲、僕は意地悪していた。
わざとブレスをできないようにし、
それでやっとみつめた間で喘ぐようなブレスをする
三村さんの可愛さを狙っていたのだった。
ところが三村さん、テンポを速めたことでこの企みをかわした。

次が「深夜の猫」。これは三村さんの作詞作曲。
不協性を交えたコードがつかわれ、曲にストレンジ感がある。
猫の深夜の彷徨に、ルイス・キャロル的イメージがつかわれ、
それが導火線となって、ジョン・レノンまで飛び出してくる。
歌詞には、にゃいにゃい言う、「猫部分」がある。

こんな至難曲を、三村、船戸で別録りせず、
二人同時の演奏で撮ってしまうのは無謀ではないかとおもったが、
船戸さんはどこ吹く風だった。
三村さんも緊張して、演奏を途中でミスるへまを三回繰り返したが、
初めてノーミスだった4回目が一発OKとなった。
僕は唖然とした。

唖然というなら、このときの船戸さんのベース。
曲のストレンジ感に合せて、
出だしは音の欠片をピチカートでノイジーに散らし、
一瞬にして弓に持ち替えて猫の鳴き声をベースで表現し、
曲の解決部ではしっかりルート音で三村さんの歌、ギターを支える、
という前衛的「三段論法」をとった。
何という柔軟な演奏発想。
実はその柔軟さに面食らって、
三村さんも演奏を一旦はミスったのだった。

三村さんはこの面白い自作曲をなかなか満足に唄えなかった。
サンプル音源作成のとき、僕が歌唱指導して、
発声法、歌のふくらませどころなどをようやく掴んだ。
吃驚したのは船戸さんのベースも曲の出し入れを全く同じように掴み、
それを精確に増幅し、表情づけを豊かにしていたことだった。

次に挑んだのが「有為転変ブルース」。
金持ちが顰蹙を買い、転落する過程を
これまた高田渡的に笑いのめしたラグタイムブルース。
「女子高生ブルース」同様、三村さんのギターに聴かせ所がある。
今度は船戸さんのスインギーなルート弾きがともなう。
これは完成テイクを四つ録った。
四つといっても一分強の演奏なので疲れはない。
最初は声が元気すぎて歌の飄々感がうまく出ない。
ラスト、「及第点だなあ」となって、一応仮OKとなった。

やや三村さんに疲れが見え出したか。
11時半にはじまった録音が調子よく続いて
さすがにもう2時半を回っていた。
船戸さん、食事を提案。三村さんは、コンビニへおにぎりを買いに。
食べると眠くなる石崎さんと僕は食べない。
食後、船戸さんは近くを散歩。
三村さんは主に、スタジオ内で躯をほぐしたり、咽喉の薬飲んだり。
石崎さんと僕は明菜のことなど、オヤジ同士の雑談。

休憩後、子守唄のようにやさしく
子守唄のように怖い、愛と波の曲、「百億回の愛」。
咽喉に負担はかからないが、気持を乗せるのが難しいので
後に置いていたこの曲から午後の作業をはじめた。
休憩で緊張がやや途切れ、三村さんはリテイクを繰り返す。
テイク6でOKとなった。
船戸さんはこの歌の一番は弓弾き、二番は指弾きだが、
瞬時に弓を置くので、三村さんと一緒に弾いていた。
そういう運動神経が作業効率を確実に呼び込んでいる。

OKテイクをみなで聴き、
この曲はやっぱりアルバムのラスト、という意見一致をみる。
歌が終わったあとの余韻が、すごくいいのだった。

次が「母親を取り返しに」。
ブリティッシュ・トラッド・スケール+コード曲だ。
歌詞はその曲調に合わせ、
野や海岸を渡り、母親の屍を取り返しにゆく部族の娘を唄った。
母親にはMother Natureも懸けているから、
三村さんがイメージにもつ「エコ調」も付帯する。

まず三村さんの歌唱+ギターで3テイク録った。
聴き較べる。初めて船戸さんと僕の意見が割れる。
僕はフラットだが「いい」「軽い」地声の出てくるテイク1を主張。
船戸さんは重いがより抑揚のついたテイク3を主張。
ベースダビングが入れば抑揚がつきます、という僕の意見を
やがて船戸さんが飲む。
このとき速攻でベース・アレンジを考えなおしたのかもしれない。

船戸さんはどうしたか。「岸辺のうた」と同じやりかただ。
石崎さんに頼み、自分の弾く部分の直前を出してもらう。
1A、1C、2A、2Cはまず、指弾きでルート中心に音を構成した。
1B、2Bは弓弾きで音を伸ばし、「抑揚」を膨らませた。
しかも1C、2Cをダブルギターにしたいといい、
三村さんには先に弾いたギターと同じフレーズで弾いてもらう。
一瞬にして石崎さんがそれらを仮ミックス。
出来上がったそれは見事な情感が膨らみ、
同時に三村さんの地声のよさが伝わってきた。

次が「ダラスについて」。
ケネディ暗殺とディラン公演、
60年代を二つの時間で切りながら
アメリカ保守の牙城、ダラスについて唄う。
「ネオ」のつかないリベラリズムへの希求。
ランディ・ニューマンのような歌詞発想だが
曲がすごくキンクスっぽい。
ディキシーランドアレンジが予定されるような曲だが
当然、クラリネット、トランペットなどホーン隊に加わってもらう
予算も時間的余裕もない。

僕は1940年代の電気化前のシカゴブルース調を提案していて、
船戸さんはアレンジに事前の確信をもっていないようだった。
とりあえず三村さんに阿部のいうスクラッパー・ブラックウェル
(20年代、リロイ・カーのギタリスト)的なリードギターの
事前練習を指示。
泡を食った三村さんは阿部に弾き方を学ぶ。
途中でラグタイムから4度上のブルーノートスケールに変えろ、
と教えたのだけど、ペンタトニック一本槍の三村さんは
なかなか飲み込めない。
その練習すべき時期に、咽喉を初期ポリープでやられ、
三村さんは研鑽を積んでこなかった――そんな経緯があった。

不安だったが、三村さんのギター+歌は、すぐOK。
船戸さんはザ・バンドのリック・ダンコのような
陽気で男らしいベースを弾いた。
レイ・デイヴィス調の「若干オペラ」唱法もうまく実現できた。

次、三村さんのリードのダビング。
彼女はそれなりに、懸命に弾いた。
音外しが少し目立つし、フレーズが創意的でなく唄ってもいない。
弾き終わってすぐに「ダメっスよね?」といいNGを覚悟してたら
何と船戸さん、「いいんじゃないか」。

阿部が「納得できない。下手すぎる」というと、
調子こいた三村が「じゃ、先生、弾いてみなよー」。
船戸さんも「弾いてください」。

スタジオ外部を決め込んでいた僕にいきなり風向きの変化。
焦った。とりあえず弾く。とちる。肩に力も入っているし、
三村さんのギターなのでチョーキングもしにくい。
奏法伝授時とは較ぶべくもない散々の出来とわかっていて、
もう一回テイクを申し込むと船戸さん、「それじゃもう一回」。
今度も若干の音外し、へろり、ピッキングミスがあったが、
船戸さん、「面白いじゃないですか」と笑っている。
何を考えているのか、よくわからない。
何かを考えだした気配だけが伝わってくる。

船戸さんは三村、阿部どちらかのリードギターを選択するのではなく
石崎さんに両方、入れちゃおう、といいだした。
石崎さんは三村のリードギターを左に
阿部のを右に振り分ける。
仮ミックスしたできたての音源を聴いてみると
音はぐちゃぐちゃだが、妙に雰囲気が愉しい。酔っ払いのジャム。
ビートルズの「ユー・ノウ・マイ・ネーム」の『アンソロジー』ver.
と感触が似ている。

船戸さんは自分の鞄から「オモチャ楽器」を取り出す。
こんなのも入れちゃいましょう、といって
今度は船戸さん、三村がスタジオでそれらを鳴らし、
テイクが完成した。
これはジャズ的な「遊び」の精神だった。
ジャグバンドのようなボロさもある。
この時点で、アレンジの方向性がはっきりと出ていた。

次が「もうじきあんたは1人で立てるはずだ」。
三村さんお得意のトーキングフォークブルース。
「ミスター・ボージャングル」のコードを髣髴とさせる出だしだが、
夜から朝、街を活写してゆく歌詞が多言で、
しかも三村さん特有のゴツゴツ感がある。
船戸さんは最初、その三村さんの歌唱+ギターに
ルート弾きがスピーディに反転するようなベースをつけた。
これはテイク2がOK。

次に船戸さんはこの歌のものすごくカッコいい
(しかもコードが複雑な)転調部分に、
アッと驚くアヴァンギャルドなベース弓弾きをダビング。
無調に聴えつつ、ちゃんとコードに合っているという離れ業。
くるんくるんフレーズが翻る。
この難しいベースを一発で決めてしまった。
仮ミックスしたものをじっと聴き、
明日来る手筈のドラムのあだち君にも
ここに加わってもらおう、といいだす。

次、「昔みたいに」。
ポップでリズミック、女の子の言葉遊びがやがては
昔への追想へと変化してゆく、ジャンルでいうとロック曲。
歌詞をつくったとき阿部は、すごく荒削りなスピードを欲し、
ラストはジャカジャカギターが、
機関車が停車するように終われ、と三村に指示していた。
その意図を船戸さんは考えていたようだ。

船戸さんと三村さんの一緒の演奏。
船戸さんの提案にびっくりする。
ウッドベースのめくるめくソロから開始される。
ジャジーな音の欠片が空中を飛散する印象。
そこに三村さんのストロークが「割って出て」
リズムが切られだすと、船戸さんが跳ねるようなベースに弾き変える。
ゲ、カッコいいアレンジ。
ラストはベースとギターの一騎打ち・スピード競争みたいになり、
やがて機関車が停まるように終わった。
終奏はいままでのなかで一番長いがいい演奏だった。

この曲、船戸さんが急に入れようと直前にいいだしたため、
三村さんは声を一番いい高さにすべくキーを変える余裕がなかった。
必要がないほどエラく高い声になっている。
僕はキーをこの場で変えたほうがいい、と言い出そうとおもったが、
仮ミックスした音源を聴いてみると
この高い声が「少女」ぽくてすごく新鮮だった。
歌詞と同じようにフッと声が翻る瞬間など、
「ガーリー・ポップ」でエロい、といったほうがいい。

テイクは3つとった。
高い声を使うので三村さんの声がテイクごとに掠れていった。
結局、最初のが一番いいね、と意見一致。

そろそろ三村さんの声帯が心配になってはくる。
ただし時間をみるとまだ7時過ぎだったので、
先ほど仮OKにした「有為転変ブルース」だけ
声に負担がかからないのでまたやろう、ということになった。

一発OK。録りなおしてよかった。
三村さんの演奏は精確になり、歌唱には飄々感と力感が共存した。
ただ、阿部がグズる。
三村さんが僕のつくった歌詞のラスト、
「安穏を得る」を「うる」ではなく「える」と発音してしまったのだ。
「かうかう」「うるうる」の脚韻詞だから僕は譲らない。
「える」のほうが、意味が通じやすいとはいえ、だ。
「どっちでもおんなじですよー」と主張する三村に、
「俺が川内康範だったら、ここにあるもの全部ブチまけている」
といったことが全員に冗談にされて、
笑い声のうちに「今日はこのくらいにしておきますか」と船戸さん。

数えてみると、全17の収録予定曲のうち、
なんと13曲の録音を三村さんベースでは完了してしまっている。
信じがたい効率で一気に録りおえたのだった。
三村さんの咽喉が変調しなければ
明日の録音で、終わりがみえる。

録音はもともと船戸さんの上京に合わせ
(23日が門前仲町でのライヴ)
21日、22日の二日間を予定していただけだったのだが
僕は倍の日数に延び、録音完了は
次に船戸さんが上京する来年一月に持ち越すと覚悟していた。
ましてや三村さんの咽喉が完全でないのだった。
それが、理想的に段取りがこなされてしまった。

さすがに全員が嬉しくなった。
クルマで来た石崎さんにはお詫びをいい、
「腹が減ったあ」となり、このあとは
船戸さん、三村さん、僕で居酒屋に向かった。
(この項、つづく)

2007年12月25日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

黒瀬珂瀾・黒耀宮

今週月曜夜、「松本秀文さんを囲む会」で
現代短歌界のヴィジュアル系と呼ばれる、
黒瀬珂瀾さんと初めてお会いした。
伝説の「お化粧」はその顔になかったけど(笑)、
憂い、やつれといった美丈夫のさらなる特質も兼備した
品行方正の「やさしく生ける貴族」で、挙止も静謐、
ホモ疑惑を語られてしまう阿部はすごく動悸した。
たしかに溜息を耳寄せて聴きたいタイプだった(笑)。
共感覚して、僕の視界には蒼みかがった桜色が漂うはず。

事前メールのやりとりで
珂瀾さんの歌集『黒耀宮』と
阿部のがさつなブログ本『僕はこんな日常や感情でできています』を
物々交換することになってもいて、実際にその席でそれがなされた。
僕自身は今日の未明に『黒耀宮』読了。
以下ではその感想を書きます。

この02年12月刊行の歌集には
ご存命だった春日井建さんの委曲を尽くした序文がついている。
絢爛抒情的たる珂瀾短歌の「両性具有性」を
「男権性」「女性型精神」相互に目配りして、段階的に分析、
文意もまったく間然とするところがない。
短歌界の異種(貴種)を厚遇する師匠の愛にも満ちて、
僕が何を書いても屋上屋を重ねるの愚に陥ってしまう
(春日井さんは自身の第一歌集『未青年』の風合いを継ぎつつ、
かつその影響から厳しく遮断されている『黒耀宮』を嘉している。
過たず、黒瀬さんの歌からサブカルの出自を指摘してゆくのは、
春日井さんの歓迎精神の一斑をしめしているともおもう)。

話をもどす――分析の重複は忌避されるべきだ。
なので以下はピンポイントで書く。

歌集は前言したように、02年の刊行。
そこから「5年後の眼」でみてみよう。
この歌集の中心域から現在的可能性にどのような触手が伸びているか、
それのみを計測してみる、ということだ。



「自己愛」「自負」のありか。

一般に「自己愛」は己を灼きつくす魔でしかないだろう。
眼前世界への判断に脱倫理を生じさせるもの。遅滞と撞着を招くもの。
そうした災厄もを自己への愛に置換させる陋劣な営みは
詐術というより死病にちかい。

ただし、自己愛には唯一、救済路が設けられている。
それが、ジャン・ジュネやロートレアモンなどのおこなった「怪物化」で、
彼らのなかでは自己愛は通常水位から無気味に沈潜し、
此世の位階を転覆させる不敵な精神の具として機能する。

彼らは「自己愛」を自己同定的に用いない。
「自己愛」の着ぐるみをまとい、
「自己愛」を貶めるために自己愛を揚棄し、
その姿を別物に変えるために自己愛を暗黒界へと流通させる。
「自己愛」を自己同定的に用いなかった類型としては
ほかに僕は絶頂期の大島弓子を考える。
黒瀬珂瀾はこの精神一族の裔で、
彼の美貌は、彼の主題を運用するための必須の道具でもあった。

うるはしく汚名がわれに立つことも寒の世界のよろこびとせむ

ダンディスムの「自負」ともみえるこの歌は、
「汚名」「寒」といった負の語彙を転換させる装置を一首に含んでいる。
結びの七音、「よろこびとせむ」がまずそれで、
同時に「うるはしく→汚名」「寒の→よろこび」というふたつの認識逆転が
それらがふたつあることで相乗され、
マイナス同士の乗算が正領域に移行するような感慨が生じている。

読者は「汚名」の実質が何かを訝るだろう。
むろん、その前の掲載歌20首程度を読者は既に読んでいる。
「男色性」「驕慢」、そして何よりも「自己愛者」の烙印を
読者はすでに『黒耀宮』の作歌者に捺そうとしている。
それに先んじての価値の翻転。
というか、「翻転」こそが価値、という見切りも生じてくる。
「寒の世界」の語で空間が拡がるからこの一首が屹立している。

屹立。一首の屹立性。ファロスの屹立性。
珂瀾短歌は、春日井さんのいうように、半面で女性精神の展覧でもあって
ならばファロスの屹立は化合されて、霧の、魔の領域から印象されてくる。
無翼天使の翼のような位置に陽根がある。
あるいはいずれ人魚となる女童の最初の鱗の予兆のような位置に。

男権中心主義[ファロセントリズム]ならねど身にひとつ聳ゆるものをわれは愛しむ

たとえば往年の岡井隆なら、「聳えたつ見ゆ」と名指したものは
「われのなかの」「右翼の木」だった。
この黒瀬珂瀾の一首も気配としては
屹立は「われ」に外在するものではなく内在するものだろう。
彼の自己愛の魔法も、それを屹立の気配にしている。
つまりは霧状のものが語義矛盾的に聳えたっている、といえる。
そこに人は魔法の実質を感知する。
よって男権中心主義からは実質が差し引かれる。

珂瀾さんは塚本邦雄、あるいは三島由紀夫が引いた定家の名吟、

見渡せば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の秋の夕暮

の、
「花」「紅葉」の見消(みせけち)、
虚無の実質的な刻印こそが歌だと信じているだろう。
歌それ自体もまた、唄われて即座に空中に消えるのだから
見消は歌が歌として推進する内在法則のようなものだ。

血の循[めぐ].る昼、男らの建つるもの勃[た]つるものみな権力となれ

わがために塔を、天を突く塔を、白き光の降る廃園を

勃起=屹立が希求されつつ、歌はその屹立箇所を極点に
「世界」を招いて、ロマンチックに朧化してゆく。
屹立の実質がここでもやはり見消になってしまう。
もっというと、陽根には女性性を証しするような
逆転が内在されていて、
だから黒瀬珂瀾の男性吟は空間のなかへと希釈されてゆく。
希釈の動きが三十一音の音の流れと一致する。
彼の音韻のいい歌はみなそうした機微を生きている。

「自己愛」は「朧化」と関わる。
「自己愛」はそうした経緯を通じ、
「何か別のもの」「名指せないもの」へと転化してゆく。
転化装置としての歌。

地下街を廃神殿と思[も]ふまでにアポロの髪をけぶらせて来ぬ

空間の逆転は、「地下街→廃神殿」のヴェクトルで表される。
自らに付した「アポロ」の形容に自己愛が一旦露わとなるが
それもまた「けぶる」のだった。
そして歌の動勢は末尾「来ぬ」が受け持って、
結果、三十一音の音の流れが接近の相で実質化する。
驕慢はまたも「見消」となったのだった。

「接近」は距離を介在した「接近予定」にも変わる。

隣街に火のあがりたる夜更けにてほの白く散る粉を踏みたり

凶兆を待つ、少年期三島のような立ち位置。
しかし凶兆はもう実際に眼前に生起している。
火の粉が夜風に舞って自らの足許へ。
それを踏む足は、濛々と炎える火事に近づこうとしているのか
凶兆の「かたみ」を踏み、戦慄して滞っているのか。
歌は明かそうとしない。ということは「分裂」が主題になっている。
そしてこの「白い粉」は同時に麻薬性物質だとも読者は戦慄する。
珂瀾の身の、空間の屹立はこうして「割れる」。
だが確かにその「割れ」こそが凶兆に近づこうとしている。
いわば「まぼろしの接近」を読者はこの一首から
最終的に受け取るのではないだろうか。

躯は確定しない。
確定しないから「自己伝説」が躯から無限に分岐する。

吾[あ]はかつて少年にしてほの熱きアムネジア、また死ぬまで男

まなうらに残りし極彩の都 そのかみ僕は娼婦であつた

いま掲出した二首の着想が真逆だ、とすぐわかる。
だが珂瀾の魔術的作歌では、「死ぬまで男」と綴られれば
その語句が即座に彼の女性性変貌を言外に洩らし、
「娼婦の出自(前世)」が嘯かれれば
彼の前世は屈強な兵士だったのでは、という対偶(補色)視認が起こる。
なぜか――打ち出され打ち出されてゆく「自己愛」に
(それがそれである)同定性が剥奪されているためだ――そう考える。

いずれにせよ、一旦打ち出される「自己愛」には
かならず空間的拡がりが伴われて、それが歌の時間性の実質となり、
同時にそうした時空性によって自己愛が変性する付帯効果が認められる。
こうしたことどもが黒瀬珂瀾の短歌の「眼目」なのだということ。

イジドール・デュカスあるいは溶け初むる胎児にて死後受けたる爵位

太陽に黒点 塩の林にて歩む吾こそ悪人ならめ

掲出第一首はデュカス[ロートレアモン]と自己の
不敵な同一視が主題、と一見おもえて
なおかつ歌全体の時間性が迷宮化している。
「私」はロートレアモン、あるいは溶け始めた胎児だった。
では死後爵位を受けたとして、その「生」はどの次元へと飛んでしまったのか。
いや考え方が間違っているのか。
胎児は母胎のなかで水子として死に、しかもなお、
矛盾めいたことにその水子に爵位が授けられたのか。
それは貴顕の子だったからか。
判断がこのような宙吊りになる「不可思議」が味として素晴らしい。

掲出第二首は同性乱倫のすえに「塩の柱」となったソドムの町の伝説が
下敷きされているとおもう。
「悪人」の自負。それが「歩む」ことで、読者に迫ってくる。
ところがその自負は「悪」が「悪」として罰を受けたあとの孤独な悪、
もっというと悪の同定性を外すメタ次元の「悪」の感触を帯びている。
「悪」がやはり変容、メタモルフォーゼしているのだった。
「塩の林」という卓抜な変容空間を示す辞はそこと「同調」している。
しかも歩む者には脳天を天(太陽の黒点)から引っ張られ、
機械的に「歩かされている」、そんな悲哀も伴っている。
三十一音すべてに無駄がなく、その音韻自体が歌の実質になっている。

変容の器、それが黒瀬珂瀾にとっての短歌だろう。
以下、一挙に掲出する歌は、すべて変容の秘儀に関わっているとおもう。
この欄の読者はそれぞれを熟読玩味いただきたい。



魚より音楽的な夜であれ脊髄のなか心流れて

エレベーター沈みゆくとき思ひ出す一人の腕に溺死の印

違ふ世にあれば覇王となるはずの彼と僕とが観覧車にゐる

男にも身をひさぐ術[すべ]のあることが涼しくていま黄金休暇

少年とシチュー食みつつ馬鈴薯は貧者のパンといびつに思ふ

父一人にて死なせたる晩夏ゆゑ青年眠る破船のごとく

死刑廃止論さながら春の夜の蛤[はまぐり]の鍋ふきこぼれたり

エドガーとアランのごとき駆け落ちのまねごとに我が八月終る

A.M.の水族館[アクアリウム]は幽族に囲まれ独り言が似合ふと

短命の風信子[ヒアシンス] 夜の校庭に集ひ星座を肺に含むも

天与といふおそろしきもの纏はせて少年座せり真冬の居間に

タクシーの後部座席が祭域となる 沈黙のぼくらを乗せて

暗闇に慣れざる視界持つ君はバタイユの最後のやうに苦しめ



《違ふ世に》の《彼と僕》、
あるいは《タクシーの》の《ぼくら》という複数形。
その「自己愛」の由来は三島の『仲間』、足穂『彼等』等と共通するだろう。
世界の醜者を否定する彼岸の媒介だ。
ただし《ぼくら》は品行方正、だからタクシーの後部座席で接吻・抱擁、
さらには性交をおこなっているわけではない。
「魔族」の風韻だけが顕っている。

《父一人》では《破船のごとく》の比喩が美しい。
葛原妙子『鷹の井戸』中の以下の歌と「破船」使用では双璧だろう。

めぐすりを差したるのちの瞑目に破船のしづくしたたりにけり

《エドガーとアラン》は春日井建さんも指摘しているが
お馴染み、萩尾望都『ポーの一族』が出典。
《暗闇に》の(ジョルジュ・)バタイユの死因は梅毒だった。



黒瀬珂瀾の歌で僕が最も好きなタイプは
奥行をもった空間が「変容」(の予感)を湛える、というものだ。

蜂の巣に針を恐るれどその奥に族[うから]の整然たる秘密あり

蜂の巣の恐怖と幾何学形。
それは分離できない。
分離できないから、死を賭けるに値する魅惑となる。
歌はそれだけを過不足なく唄う。
その「過不足のなさ」が一種、「謎」となっていて、奥深い。

月の生まれし森ゆ流るる幻の汨羅[べきら]に浮ける友のエレキを

中国の戦国時代、能力を疎まれて流謫[るたく]した屈原。
楚辞の創始者といわれる天才的詩人だったが
ついには絶望して汨羅に身を投げ水に死ぬ。
あしらわれるのが「エレキ」(ギター)。
中国の古典時代と現在日本がそうしてつながる。
連接の媒介物質が「水」だ。そうして空間が無限(夢幻)化する。
この一首は最後の七音「友のエレキを」の歌の主体がどうしたのか、
その「動詞」が欠落している点が命だ。
「欠落」ゆえに歌が、異域に伸びて、それで余韻を生じている。
なお、「汨羅」は阿部も一人連詩『大玉』でつかった。

少年の脱衣刻々鏡らは愛撫のごとき視線を返す

珂瀾お得意の「少年もの」だが、主役は鏡。
鏡の魔性がまず定着されて、その対位点にしか「少年」がいない。
少年は多様に置かれた鏡のなかで実在性を奪われる。
鏡に映ることがすでに死の予行だ、
という普遍的な視座が導かれるだろう。
鏡をつかった自己愛、その懲罰として死が予定されるのではなく、
鏡がまさに像を増殖させるがゆえに
あらかじめの死のありどころなのではないか。

月光を橋となしユニコーン往き形を持たぬものみなやさし

黒瀬珂瀾には当然、
春日井建や塚本邦雄の継承者という評言がつきまとうとおもう。
この一首なら処女だけが手なづけうるユニコーン=一角獣が道具立てだ。
それが月下に配されるのだから、塚本=澁澤龍彦ロマン的とまずはいえる。
だが僕が咄嗟に連想したのは、安永蕗子『青湖』の以下の歌だった。

形影のごときを遠く切りはなし月下の歩み人を想はず

蕗子の歌の「歩み」の線型、
それが月下で時間の幅をつくりあげてゆく。
それは、たしかに憧憬の的となるが、人の匂いから離れだしていて怖い。
この「線型」が珂瀾歌では「橋」となる。
蕗子の「形影」が、珂瀾では「かたち」。
「やさし」という形容が入るが、珂瀾歌でも「人の匂い」がなく
「はるけさ」だけが峻厳に望見されるだけだ。
白い幻獣は輪郭を失っている。
相互の歌は双生児の関係をなしている。

ともあれ、こうして珂瀾の秀歌では、空間変容がしるされ、
それが三十一音の実質となる、夢幻的な「一致」が起こる。
このときにサブカル好きでなくとも男色ロマン好きでなくとも
あるいは、悪の跳梁を通じた価値の転倒好きでなくとも、
彼の歌が、得がたい真の魅惑となるだろう。

世界はそうして美に昇華する。
最後に彼の、美に変貌しきった「世界の朝」を
二首分掲げて小稿を閉じよう。

世界かく美しくある朝焼けを恐れつつわが百合をなげうつ

千の朝一つの夜に勝らねば奴隷のごとく愛しあふのみ

二首目は「一つの夜」の歌だが、
その「一つの夜」によって消える「千の朝」のほうがより美しいのだった。

2007年12月19日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)

倉田良成・東京ボエーム抄

倉田良成さんの『東京ボエーム抄』をたったいま読了した。
これで二度目だ。
自負の芳香と悔悟と人生愛をそれぞれ滲ませる極上の散文が計19篇並ぶ。
07年二月刊行の私家版。

各篇の終わり、そのそれぞれの「反歌」の位置には
サッフォー、吉岡実、石原吉郎、ボードレール、堀川正美その他、
引用詩篇がザックリ斬られて、放り出されたように置かれている。

ひとつの「読み」は、この反歌提示のほうが
もとの極上散文よりも「先験」していたと考えることだ。
すると「人工性構築」が、倉田良成さんの作文の動機となる。
こうした問いというか疑念は、解決に向け実は収束しない。
なぜなら、驚くべき記憶力によってディテールを羅列しつつ、
「スッと落とす」文のサスペンスというより「狷介美」、
文が刻印する抜群のリズム、奏でられてゆく複雑な奥行をもつメロディ、
そして博覧強記の「無底」をもふと感知させる文をつうじて、
繙読陶酔のうちにも、この「作者は要注意」と危険信号が灯るからだ。

巻末の行分け詩篇の例外を除いて「自作散文」を表面上並べたとみえるこの作品集は、
だが「詩集」と、作者によってはっきり銘打たれている。
これは「挑発」だろう。
未読だが今年は、小説と多くが認知する伊藤比呂美さんの
『とげ抜き 新巣鴨地蔵縁起』に詩の賞・萩原朔太郎賞があたえられ、
一部に物議をかもしていたらしい。
何をもって、「詩」と「散文=小説」が一体分岐するのか。
これを論じないことには『東京ボエーム抄』評にはならないが、
とりあえずは、この点をのちの課題として作品の外郭から書き起こしてみよう。

タイトル「東京ボエーム抄」にすでに策略がある。
僕はクラシック音楽に極端に疎いが、
『ラ・ボエーム』といえば誰もがプッチーニ歌劇をおもうだろう。
詩と哲学と女と酒、それらの道具が揃っての
室内を舞台に置いた青春の狂奔。
誰かと誰かが熱く語り、誰かと誰かが恋に落ちる。
門外漢の僕には、その程度の理解だが、
「ボエーム」は(青春)放浪を旨とする「ボヘミア人」の形容詞。
以前、アキ・カウリスマキに『ラ・ヴィ・ド・ボエーム』という映画もあった。

「抄」の接尾辞にも作者・倉田良成の気概がみえる。
作品の全体構成は実は偶成的な抄録にすぎず、
この本の背後には「みえない全体」が控えていると示唆するようなのだ。
こんなふうに、「詩集」の体裁に自作群を切り取るなど簡単と、
どこ吹く風で嘯くような作者の表情がふと揺曳してくる。

倉田良成『東京ボエーム抄』には構成の妙がある。
慎みぶかい修辞により病名は伏せられてはいるが、
抗癌治療により頭髪の抜け落ちた男が、
小さな緩恢を得て病院から外出許可をもらい、妻とラーメン屋に入る。
そこで忘れていた春の訪れに直面し、胸に甘い痛みを拡がらせる――
およそこのように「要約」できるのが、冒頭「とんばた亭」だった。

次の収録篇がのちに詳述することにする「ゆふづつ」。
「青春終焉」の瞬間を、素晴らしい余韻の生ずるように切り取ったものだ。

以後、時間をいったん遡行して、「私」の人生の一コマ一コマを
鮮やかな回想で切り取ってゆく諸篇が並びはじめる。
克明な地名描写。友人や女たちが示した一瞬の姿の定着。
人生解決からは遠い、悔恨に値するような青春の狂奔が
文学愛、友愛、そして時々の人生の敗色傾斜などとともに語られ、
また語られた友は、人生舞台から
倉田の峻厳な修辞により、次々に脱落してゆく。無惨さが美しい。

当然、「私」の一人称がもちいられているのだから、
これら諸篇をつなぎ、読者は作者・倉田良成の「人生」を
想像裡に「再構成」しようとも努めるだろう。

典型的な「68年世代」。学生運動による高校中退。
以後は極貧の挿話も綴られる。デラシネめく共同生活の転変。
青雲の志は捨てず、「勉強会」をおこない、読書にも励む。
ただ、苦難がつづく。結果、詩を志しては、詩作も放棄する。
アルバイト先の下水工事会社での激務によって、
精神・肉体両面に失調を来す、という人生の苦患も余儀なくされる。
恋愛が成就しない日々。だがその果てに、とうとう伴侶も得る――
となって、冒頭の一篇に「作者の人生」が回帰するのだろうか。

僕はいまそれぞれの詩篇から「物語素」を抜き出し、
「要約」の手法をもちい、「ある男」の生を圧縮してみせた。
これがこの作品にたいし、「良い振舞」ではないとは伝わるだろうか。

屈曲や韜晦も孕む各収録文章から、確かに物語に還元できる材料を
尻尾として掴まえることはできる。
ただし、作者に生じているリズムが
その脈動のあいだあいだに記憶を挟みこむようにして
生態的に書かれている文の組成、これこそが見つめられねばならない。
リズムに代表されるものはむろん要約が不可能だ。
ただ、そうはいっても、石川淳でも上田秋成でも何でも、
リズムの良い散文というものが確かに世に存在している。

――だから言い方を変えてみよう。
倉田良成の文は、塚本邦雄的な美文と一見みえて、
実はそこから分解や抜き取りを促がす成行によって
「詩的な」不安定組成を隠し持っている、と。
たしかに書かれたものは牢固な文の塊にみえる。
ところがそれは一文一文の「束」の縛りが「同時に」淡く、
だから恣意的に文を抜くと、単純に詩への還元ができるのだった。
この組成の二重性が実は「詩の領域」に属している、といってもよい。

ところで僕は先刻、「ある男の生」と書き、「倉田良成の生」とは書かなかった。
つまり掲載されている文の一人称が
とりわけそれが小説なら、架空の生の描写のため導入されている
――こう考えることもできるからだ。
ともあれ、示されたものの「組成の二重性」は、
「私=倉田」という単純還元をも阻止する力となって働く。

「詩」が内在されていることの例示をしよう。
ただし、詩が脈動している点を露わにさせるため
僕の一存で、分かち書きに文を変形して
一篇から間歇的に文を抜き出す、掟破りの引用をしてみることにする。



二十歳にはまだ間があるころのこと。

海に沈んでゆく小さな太陽は
永遠が一瞬という針の
先端に震えるものであることを思わせたが、

夜には
空に懸かって小砂利をぶちまけたみたいな
強い光の銀漢を初めて見た。

突堤の夕陽は繰り返しやって来た。

海の前に立ち尽くして、
なんでこんなに禍々しいほど
美しい沈黙がつづくのだろうかと思う。

実は今でもあの浜で、
あの夏を過ごしている私たちがいるのだ。



「海」という文章から、時間と海に関わる記述を中心に抜いた。
そこに、小説的ディテールが噛み合い取り巻いているのだが、
こうして分光器にかけてみると、
あっさりと「詩」が出現してくる機微も理解されるだろう。

「私」は友人と二十歳前の夏、西伊豆の漁村にいる。
若さの特権で無謀にも同地に寝袋をもちこみ、
日々、海を前に、あるいは海のなかで極上の無聊を味わい、
それによって「精神」までもをボエーム色に灼かれたのだ。
しかも、それは幸福に終始するものではない。
「永遠」の所在を感知し、以後この体験は回想の元手となると同時に
永遠を希求する焦慮の引き金ともなる。

それで石原吉郎「海をわたる」から次の一節が反歌として引かれる。

愛することは
海をわたることだ
空を南へかたむけて
水尾の行く手へ
たわんだまま
はるかなものと
なってわたることだ

「至福」が「漂泊」への引き金を引く――
石原吉郎のしめした逆説を、
「作品に捉えられた男」は人生上、反復してもゆく。
もう一篇、事が恋愛に関わるだけに
悲痛が読者の胸を潰すような「言問い」から
中途と末尾の二箇所を引いてみよう。



初め愛されているということが
どうしても信じられなかった。
いやほんとうは、
たやすくその現実を受け入れぬことによって、
私が愛されているという驚くべき事実を
この世から秘匿し、
かつ鍾愛していたのかもしれなかった。

[…]

絶対にあってはならぬ幸福というものの実現。
そんなものに人間は耐えられるはずがない。
私は熱に浮かされ気がふれたピエロみたいに、
彼女に金の落葉の美しさについて、特権者について、
神から全速力で遠ざかる恐るべき神性について、
夜の煌きについて、語りつづけた。
同時に私は分かっていた。
そのとき彼女が私をどんな
悲しげな目で見ていたかということ。
私が彼女をどんなに傷つけてしまったか、ということ。
秋が終わりかけて本格的な冬が始まるころ、
痛いほどの星の光の下を
彼女と何も言わずに長いこと歩き、
私鉄の駅でおやすみを言った。
数日たって電話をして、
私のほうから別れを告げた。



時に修辞に平叙体が混入するから胸を打つ、とおもう。
誰しもに普遍な「恋愛不能」が唄われているがフォーキーではない。
「語りつづけた」の前の畳みかけなどは明らかな詩文だ。

「詩文」というならば、読み手の人生に深く照射浸潤する
「同調の魔」もまた、物語に拉する散文とはちがう、詩文の証ともなる
(この区分でゆくとネルヴァルの『オーレリア』もプルーストも
「詩文」ということになってしまうのだが)。

You don’t know what love is

倉田良成の肉を染めているのはその哀しいバラードの旋律だ。
このときの男の相手は、自分の真意をつたえようと男を書店まで引き
言葉なしに万葉集の相聞歌の頁を繰ってみせた女だった。
この女の無言と、文の背後に巣食っている「沈黙」が拮抗している。

恋愛は、あるいはぎりぎりの恋愛未然は
語りつづけられる男の身に、愛の不適格者の烙印を捺す。
このとき惨さを「相手」と「自身」に共有されるかたちで
倉田の文に、ボードレール的詩性が生ずる。
「深き淵」の一節――



私についたのはやせっぽちでソバカスだらけの、
中学を出て間もないような娘だ。
店に出るようになって
一週間もたっていないのではないか。
何を話すでもなく、私の水割りをつくるほかは
ただ黙って私の体を両腕で強く抱き締めるだけである。
私のどこを触るでもなく、
また自分のどこを触らせるでもなく、
顔をうつむかせ、若鶏ていどの肉のつくにすぎない
か細い少年のような全身をひたすらに押しつけてくる。
媚態というより私はまるで
憐れみ[ピエタ]の深い抱擁のただなかにいるような
感覚に冒された。



「若鶏」の比喩の効力(嘉村礒多のようなリアリズム)。
「冒」の字の奥行。そしてやはりここでも神性が出現してくる。
哀傷=キリスト降架=ピエタ。
それによって私がマグダラのマリアに抱かれる
死体のイエスへと変ずるような逆転の絵図が浮ぶのだ。
何重もの聖性反転。これを(擬似)恋愛中に経験すれば神経がやられるだろう。

これほど恋愛不能を刻印された「この男」に
前言したようについに婚姻の祝福がもたらされる。
相手との初デートは「悪い冗談のようだが」「浦安にある[…]遊園地だった」。

I know what小市民 is

逆説なのか喜劇なのか判然としない。
ただ、そのような場所に「このような男」が身を置くことに
僕自身はふかい哀しみを汲んだ。
それからは二人、遊園地施設をデート日ごとに行脚する日々が続く。
僕が「泣けてしまった」この文章のラスト。
これも分かち書きに直して引用してみよう。



日が斜めになってきたので、
地下のワインショップやデリカテッセンで
酒と食料を買い込み、
太陽の最後のきらめきが射している
ベンチに坐って乾杯をした。
都会の真ん中なのに
白銀の虫が沸いていた気がする。
暗くなるにつれ、まわりにいた恋人たちは
一組去り二組去り、やがて誰もいなくなる。
完全な夜が来て、タワー塔や高層ホテルの影が
峻険なまでに高く伸び上がり、
私と彼女はその先の空に、
配所で眺めるような大きな月を仰いだ。
ふたりともこんなふうに逢うのは限界だと感じていた。
年が明けて、彼女は私の妻となった。



最後の二文の「圧縮」と、そのまえの伸びやかな情景描写。
この斑らもまた「詩性」と呼ぶにふさわしい。
そして僕は「こんなにもその夜を憶えている」、
ひとの記憶の切なさにさしぐんでしまったのだった。

僕が「アッ」と驚いたのは
二番目に収録されている「ゆふづつ」だった。
有志で集まり、早春に川に行き、
それから白梅見物としゃれこんだ、という文の成行が
一瞬にして、青春終焉の哀悼色を帯びてくる。
この詩が二番目に置かれたことで、
以後一コマ一コマしめされる青春断面が
風前の脆さを美しく湛える、そんな構成の妙を得たのだった。
以下、当該箇所の引用――

――このなかで、誰が誰を求めていて、誰が誰を裏切ったか、
誰が誰を断念して、誰が世界の何を断念したか、
みんなお互い解りつくしていることだ。
なにも言わない代わりに、
こうしてただ酒を飲み、歌をうたい、花を見つづける。
浅い春の、これがみんなで集まる最後の一日だということを、
私たちは痛切に知っている。
やがて暗くなり、私たちはかがやく街に降り立つだろう。
踊り、うたい、酔いつぶれて、店の灯りから、
ひとり、またひとりと消えてゆく。



この一節には、何層もの交響が可能だとおもった。
僕がまずおもったのが赤尾兜子の、青春挽歌をおもわせる次の名吟。

《野蒜摘み八岐に別れゆきし日も》

僕はこの句を一人連詩『大玉』中「てつぶり」で部分引用した。

同じ気分をもった詩は連作「動詩」中、「さる」にもあった。
十行と短いので全篇引用を許してもらおう。

起床後すぐ浅酔いになって
微風にゆれている
白をこぼす坂の浜茄子を
茎から剪りあつめては
ひとつごとにそれぞれが
すきとおる接吻をあたえ
島影をはにかんで行き交う
うすい俤も心にえがいた
我々はその蜻蛉島を去る
――以後 若さを知らない

さらには、「かがやく街への降り立」ちかたは、
「作中の男」の往年のデモ行進の熱狂とも交響している。
銀座を起点とした反戦デモ。季節は70年代初頭だろう。
デモの行程は赤坂見附、青山一丁目、神宮と伸びていって、

巨大な神宮の石灯籠が視界に現れるころ、
私たちは滝口にむかう流れの高まりに浮かんだ
舟の客みたいな気分がしてくる。
驟雨を浴びたような四月のあかるい午後、
酒も飲まないのに奇態に明晰な酔いのうちにある。
河の流れがやがて極まって、
われわれを連れて真っ逆さまに墜ちてゆく瀑布の先に、
シブヤという、痛い光の震える暗渠を見た。
(「THE CRUELLEST MONTH」最終部)

むろん、「ゆふづつ」は倉田のいつもの流儀どおり、
その終結ののちに既存詩からの「反歌」を置いている。
朝から梅見に有志と繰り出したという文の冒頭を念頭に置き、
晩に一日の慰安が果て、一人ひとりが欠けてゆく文の経緯は、
朝の世界的散乱を夜が個別性へと帰着させるという趣の、
以下のサッフォーの美しい詩篇(呉茂一訳)により
「交響的に」救済されたのだった――

夕星[ゆふづつ]は、
かがやく朝が八方に
ちらしたものを、
みな もとへ
つれかへす
羊をかへし
山羊をかへし
母の手に
子をつれかへす

すべてひとつの文が別の詩を喚起している。交響している。
これもまた書かれたものが「詩文」だった証となるだろう。

それにしても倉田良成の時代の空気と風景の喚起力とは一体何か。
僕は掲出した「THE CRUELLEST MONTH」中の
「巨大な神宮の石灯籠」から表参道一帯の姿が
時代色のなかにまざまざと見えてしまった。

それはたとえば「豊玉姫」中、「渋谷の百軒店」の「名曲喫茶」から
実名表示されていない「ライオン」の店内を導くのと同じ効果だ。
黒い壁。青い照明。同伴喫茶型に並ぶ白カバーの椅子。
一言も許されず、ただクラシック音楽が大音響で流れる店内。
僕が大学生のころは、ここで長髪族が禁欲的に読書か書き物をしていた。
誰もがビビる、文学志望者の聖地で、実は僕自身も愛用していたのだった。



大体以上で、『東京ボエーム抄』の美しさや挑発性が伝ええたとおもう。
もう文も予定以上に長くなっている。

最後に倉田さんについて少しだけ。
第一詩集は19歳時、72年の時点で上梓されたということだ。
実は倉田さんは、『東京ボエーム抄』といった詩業以外にも
多彩な書きものの活動もなさっている。
『東京ボエーム抄』ご恵贈のときには、
「付録」として、食エッセイを集めた『解酲子飲食』(03年、開扇堂)という
瀟洒で、可愛さのあまり微笑んでしまう本がおまけについていた。
そして何と今日も、『ささくれた心の滋養に、絵・音・音楽をほんの一滴』
(06年、笠間書院)という芸術論集を郵送していただいた。
博覧強記はこれらでもわかる。底知れぬ人だ。

「なにぬねの?」で倉田さんの詩への注目を導いてくれた
近藤弘文さんにも最後に深い感謝の念を捧げ、この小文を終わります

2007年12月14日 現代詩 トラックバック(0) コメント(6)

宣伝ふたつ

昨日は躯に毒だった。

まず昼ひなか、待望だった自分の新著が届いた。
『僕はこんな日常や感情でできています』。
版元・晶文社・編集・倉田晃宏さんからの郵送。
手にとると、もう嬉しくて
流し読みをやめられなくなる(笑)。
よく頑張ったな、俺、ってなもんだ。

これが13冊めの著書。
12冊めから13冊めが
運命に呪われたのか、とおもうほどの難産だった。
このまま自分もフェイドアウトかなあと、はかなんだりした。

「百冊魔人」平岡正明さんから、むかしいわれたことがある。
「きみは生涯に何冊ぐらい本を書くつもりなんだ?」
「20冊くらいですかねえ」
「オイオイ、寂しいこというなよ。きみにして」(笑)

どうやら生涯30冊の目処がつきつつあるのかもしれない。
そうしたら死ぬ前が、「寂しく」なくなるのだろうか。

ミクシィ写真を本の表紙に差替えたときに
若干、本の内容を日記で小出しにみせた。
そのとき、いずれ目次を転記打ちするとも予告。
これをいま、やります。

僕のミクシィ日記を長らく読んできたひとは、
「わお、あの記事が載っているのか」と
感慨をおぼえていただけるかもしれない
(へへん、いまはみんな削除しちゃったよ)



はじめに

1 町屋通りを歩いて考えたこと
――柄谷行人『世界共和国へ』
2 サイケの姿が仄見えた
――ヴェルヴェッツ/ルー・リード
3 ドキュメンタリーと‘ハメ撮り’をつなぐ
――松江哲明読本 裸々裸三昧
4 フォーキーな日々へ戻ろう
――ニール・ヤング『渚にて』
5 ザ・バンドの音楽には亡霊が跳梁している
――ザ・バンド
6 ネオフォークの可能性
――キャプテン・ビーフハート/リトル・フィート
7 ディランはいつディランになったのか
――M・スコセッシ監督『ノー・ディレクション・ホーム』
8 唄入りザッパ
――フランク・ザッパ
9 唄入りザッパ、つづき
――フランク・ザッパ
10 少女たちの無政府的な連接
――近藤聡乃「てんとうむしのおとむらい」
11 演奏ザッパ
――フランク・ザッパ
12 地霊出現の光景
――朝倉喬司『「色里」物語めぐり』
13 ベトナム料理×2
――下北沢~三軒茶屋
14 年収二〇〇万円で豊かな生活ができる
――ワーキングプア/橋本克彦『農が壊れる われらの心もまた』
15 戦争へのまなざし
――黒木和雄
16 夏休み旅行
――新潟~吾妻
17 彼自身による阿部嘉昭
18 詩は「息」の問題
――杉本真維子/小池昌代
19 マイベスト曲100
20 園子温を中心に、日本映画が回っていた!
――園子温監督『自転車吐息』
21 「イカ尽し」の映画に脱力する
――いまおかしんじ監督『おじさん天国』
22 眼鏡の話
23 一匹のねずみが世界の半分を構成する
――村上昭夫「ねずみ」
24 希望の原理
――平井玄『ミッキーマウスのプロレタリア宣言』
25 俳句はヤバイ文学形式なのだ
――山本左門句集『星蝕』
26 小さな画面
――マンガ/ブログ
27 鯨と鏡
――ロラン・バルト~制服マニア
28 あ、それ、私も感じたことだ
――保坂和志『途方に暮れて、人生論』
29 映画表現の可能性がどんどん増大している
――園子温監督『気球クラブ、その後』
30 彼自身による阿部嘉昭 その2
31 「私はこれほどに小さくなれる」
――蓮實重彦『表象の奈落』
32 「わたし」の疾走領域
――久谷雉『昼も夜も』
33 楽園以後の終焉
――ニール・ヤング『リヴィング・ウィズ・ウォー』
34 クリスマスのイメージ
――切通理作『サンタ服を着た女の子』
35 時間の個別性について
――YouTube/佐藤真
36 大晦日ライヴ
――七尾旅人



四六判、352頁。定価1900円(税別)。
単行本は350頁程度前後まで、というのは
最近の出版経済の原則のようだ。

章数36。歌仙の句数と揃ってる(この数字に最近はご縁がある)。
基本的にミクシィ日記の転載だとはいえ、
よくもこれだけ雑多な範囲の記事を書いたものだねえ。
よって書籍ジャンルも「サブカル」と呼ばれるしかない。
で、本の副題が「サブカルチャー日記」。
「「私」を取り巻くもの」をただ書いただけなんだけどね。

章見出しは倉田さんがつけた。
最後の「大晦日ライヴ」で若干のフライングがあるのが愛嬌。
本当は大晦日前日のライヴで、ミクシィ記載が去年の大晦日だった。
いずれにせよ、見出しセンスが見事に晶文社=植草甚一っぽい。
不当表示、といわれそうだが、嬉しい(笑)。
たしかにそういう文もあるのだ。

取扱い対象の重複をきらった。
それで保坂和志などは気に入っていた記事を一個落とした。
ただ、重複に抗っても載せたい対象があった。以下の四つ。
「ザッパ」「ニール・ヤング」「園子温」「阿部嘉昭」
――ねっ、俺らしい本でしょ?(笑)

この本、書評を書くひとは大変だとおもう。
取扱い対象の散乱のまえに立ちすくんでしまうだろうから。
それでブログ隆盛社会に即した解釈線を得てもらおうと、
冒頭、「はじめに」を書いた。
「長く書いてください」とは倉田さんの依頼だったが
出来上がった原稿を見て、「まさかこんな長くなるとは」(笑)。
常識外れが、阿部の個性です。

まあ、興味がアメーバのように伸びてゆき、その感慨を
考えられないくらいスピーディに転写してゆく現代性とは何か、
それを読者は「情報取得」とともに、体感していただければ。

いっておくが、俺の文章は酔うよ。
読むと酩酊すると切通理作君も三村京子もその他大勢もいっている。
難しいことも書かれているのに、その酩酊によって
文意がスルスル入ってくるんだとか。
まあ、リズムの問題でしょうよ。
その意味で僕もありうべきブログ文の型、
一端をある程度まではしめせたかなあと考えてはいます。

しかし「自己宣伝」つうのは「自負」めいてやはり恥しい(笑)



冒頭、「昨日は躯に毒だった」と書いた。
そうおもった理由が実はあと一個あった。
早稲田の授業を終え、飲んで、帰ったら、
僕が執筆陣に加わっている雑誌「d/SIGN」(太田出版)の
最新号(15号)も届いていたのだった。
特集は「写真都市」と命名されている。

阿部は、写真性が諸ジャンル表現、諸メディアに
どのように浸潤しているかを10本のコラムで分析したのだった。
たしか一コラムの字数が四枚。
だからたかだかトータル40枚の原稿なのだが、
10本に書き分けつつ流れをつくるとなれば作業も面倒になる。
夏前に、たしか三日をかけて仕上げた記憶がある。
チョコチョコ書きだったけど、ビデオを見直したりもした。

「写真都市」をテーマに複数コラムを書け、という依頼がいい。
本体は未読だが、それで誌面が確かにさわさわざわめいている。
目玉記事は当然、森山大道さんへのロングインタビューだが、
伊藤俊治さんはレヴィ=ストロースの写真などから
写真の「ポスコロ」を図るコラムを5本、
瀬戸正人さんは「記憶」をテーマにコラムを4本、
飯沢耕太郎さんは幕末明治に視野を固定して
エピソード的に滋味豊かなコラムを5本、
桑原涼さんは「写真伝達メディア」を歴史鳥瞰した
コラムを7本書いている。
その他のひとは、最大3本まで。
長谷正人の姿もみえる。
わーい、ともあれ、俺がいちばん多かった。

ちなみに阿部の書いた文章は
編集部が「写真都市彷徨」とタイトル(メイン)をつけた。
副題がちょっと恥しい。
〔映像の惑星を/知覚のハンターが探査する〕。
何か押井アニメ、とりわけ攻殻機動隊の一員になったみたいだ(笑)。
今度はファックスでのゲラのやりとりで若干の齟齬が生じたほかは
誤植がなくなって、そのことでも安心した。

阿部の書いた10本のコラムの標題を以下に発表
(って、前も発表した記憶があるが)。

・ 空の無名
・ ミルクティー
・ ケータイH写真は見えない
・ ハハキギの影
・ 女の三枚の写真
・ 田をみている
・ 大橋仁、組写真の情動
・ 瀬々敬久、写真の富を奪う
・ 写真を切って捨てる
・ 牛久沼界隈

ね。ちょっと見ると「一体何が書かれてるんだか」と
興味をそそるでしょ?

実はバケモノじみたことをしている。
コラムの多くはそのなかで話題をジャンル無視で飛ばしつつ、
しかも文章の柔らかい連接によって、
それが飛躍のしすぎと感じさせないようにしていたのだった。
たぶんこれが今までの自分の雑誌原稿で最高峰だとおもう。
話題の新しさ・豊富さと、雑誌文章技術が
年齢に見合うかたちで溶け合っているから。

ちなみに「ケータイH写真は見えない」なら、
話題も以下のように飛んでゆく。
「映画百年」→「クールベ『世界の起源』」→「ラカン」→
「デュラス」→「ケータイH写真」→
「松江哲明『ハメ撮りの夜明け』」→「古谷実『シガテラ』」。
こんなアクロバティックな七題噺、ありうるのか、
とおもう向きもあるでしょう。
まずは現物をお確かめあれ。

このコラム群のいくつかは、
ミクシィをやっていたから書けた。
「ハハキギの影」では「エビちゃん」さんの名を本名で出し、
謝意を捧げています。
また、貞久秀紀さんの詩に言及した「田をみている」では
僕を貞久狂に導いた廿楽順治さんに感謝が捧げられています。
お二方、ぜひこの最新号「d/SIGN」を手にとってみてください。

「d/SIGN」の定価は1700円。
判型、頁数からすれば決して高くない。
何よりもこれはエディトリアル・デザインを思考し、
その果てに先鋭な「美術書」となったものなのだから。



以上、「自己宣伝」を二個でした。
久谷君、「自己宣伝」はこうやってやるもんだ(笑)。

あ、立教のお子たちへ。
次の月曜日、僕の三つのコマで
新著のサイン即売会をやります。
頒布価格は、税込み価格8ガケで1600円。
おカネを用意し、胸膨らませ登校するように。
授業をとっていないひとは、
昼休みor16時半以降、僕の研究室でも即売会をやります。
ToBeくん、たくろーくん、若草その他諸びとおいであれ

2007年12月06日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

清水あすか・頭を残して放られる。

二十代の女性詩人・清水あすかさんご自身から
今年六月、南海タイムス社から出された
詩集『頭を残して放られる。』をさきごろ送っていただく。
数日間この詩集と付き合ってきて、
彼女の棲む島、「八丈」の匂いと夜と時間に
自分の鼻が芳醇に濡れてゆくおもいとなる。

詩集名からわかるように、「異言」の詩人だ。
言葉の運びに無二の「紋章」がある。
たとえば詩篇「目をつむらずにある日々。」の書き出し。

やわらかいことをかんがえた。
何もすな、とおじは言ったから。

この一見の、意表を突く脱論理に
視線を縛られてしまわないひとは詩のファンではないだろう。
ただしそれは、読み込むと「やわらかく」状況や意味を結実させてくる。
「おじ」は詩の主体「わたし」の、幼年からの親身だった。
「わたしの島」はその「おじ」と結ばれていつも濃厚にあった。
ただ、その「おじ」が何かの異変でそのご病床に結ばれ、
幼年の「おじ」と繋いだ「わたし」の手のやわらかさを
「おじ」は「おもうな」と病床に置かれた存在自体から語っている。
「語っている」と書いたが、実際の言葉のやりとりはないのではないか。
破調な詩行なのに、静謐が覆っているのだ。

清水さんは、撞着を提示するときに、一緒に、
ねじれに哀しみも混ぜて、読者を人生大に潤ませてゆく。

「おじ」の 状態はこの一篇だけでは読者に明瞭な像を結ばない。
幼い日をともにした「おじ」を病床に見守る現在は
詩篇「おじが日と日を生きる日は。」でも反復される。
幼年の作者の記憶がもっと混在してくる。
「おじ」が氷いちごを食べる夏のわたしを
暖かく「放生(ほうじょう)」してきた過去も脈々と伝わってくる。
ただし、次の不吉な聯は何か。

排泄物、少々の血。かわいたよだれ、めくれた皮ふ、時々膿が出て
誰もいない左足は、何も言わない左手は
つぶれない。

これは左右の躯のシンメトリーを悲惨にも欠いてしまった、
「おじ」の状態描写ではないかと僕は受け取った。
脳溢血だったのだろうか。
「おじ」に対する「わたし」は髪を二つに結わえる齢に達している。
言葉はリアリスティックで残酷。
ただどうしても傾斜してしまう詩性が
作者の言葉の運びから「明示」を遮断し、
対象の苦衷を共有するように内側へと折れてゆく。
「残酷」とおもわれるこの作者の言葉からやさしさを嗅ぐ。

詩篇「おじが日と日を生きる日は。」はそのタイトルからして
時の同一な循環を遥かな視線で見やっている気配だ。
その最終聯――

麦わらをなぞり
山の線をおじに渡す。

わたしは動けない「おじ」の「代わり」に
山野の前に立ち、「おじ」の感覚器となる。
その代理性で、自らの感覚器を濃厚に、するどくしたのだ。
たぶんその自己分析によって、「おじ」に深い謝意が告げられている。

詩篇の並びは、部分的には時制錯綜型だ。
事実、「おじが日と日を生きる日は。」の前に置かれた、
この詩集では例外的に一行の行数が短く揃っている
スタイリッシュな詩篇「いつとも言わず。」で
非明示的ながら、「おじ」の臨終が描かれているのではないか。
「おじが日と日を生きる日は。」ののち幾つかの詩篇を挟んで
さらに「おじ」との幼年が
「見る先の冬へ手をかけて。」では回想されている。

先に引例した、「排泄物」から始まる三行一聯は
躯の分離容易性、躯の覚束なさにたいする
作者の特異な詩想を告げているとおもう。
この詩想がそのまま独自の詩法へと変幻を遂げている。
噛み分けるように読んで、躯の哀しみが伝わってくる
詩篇「波紋の鳴って雨を知る。」の次の四行はどうか――

ともすれば歩いている足を忘れる程の、
とびのくことばが体から飛び散る時に、
しかしそれは右手ではらう、
その単純なしぐさでも消えられる。

この詩篇全体の書き出しは、
《水位が高くなってくちびるの上にも来る時は》となっていて、
それは一瞬、潜水の動作を喚起させる。
だが、僕はこの島に特有の驟雨が
誇張的な喩でしめされていると読んだ。

「わたし」は傘も差さず驟雨のなかにいる。
足許の数々の水紋によって、「わたし」の居場所が
水のはげしい圏域のなかに定位できなくなる。
だがそれこそが「わたし」の歓びなのだ。なぜか。
作者はアニミスティックな一体性のなかで得られる
躯の「充実」をいつも志向している、と見えるからだ。

「島」にいる「わたし」は「島」に閉鎖され、
「水」に閉鎖され、「風」に閉鎖され、「夜」に閉鎖され、
その内側に充実して満ちて、いつしか「島」と同じ大きさになる。
同じ大きさになると悲哀と隙間が「わたし」に溢れてもゆく。
「わたし」とはたぶん、そういう大きな循環なのだ。

詩篇には見たことのない方言がある。
試しに詩篇「ふくふくとしてやらかいもの。」から取り出してみよう。
「はんけ」「わらいして」「まるぶ」「ぼうくなって」「ねぇこくて」。
晒された方言は野蛮を伝えない。
同時に方言周圏化に要した時間からの古語の響きも伝えない。
密接に閉じた島の時間だけで独自に発達した言葉の
その身体的な温もり、つまりは閉鎖的親和性だけを伝えてくる。
そうした言語的風土のなかにいるから
だから作者は誇らしく眷属や周囲を詩で唄いきるのだ。

そう、それは「おじ」だけではなかった。父母だけでもなかった。
「乃志おば」「みとせ婆[ば]」「男衆」「女衆」――
「同じ土地」を体現する者たちの誇らかな恃み。
それは「島」の「ヤギ」や「牛」、草木にまでおよぶ。
全体がアニミズムの環となる。
日本でありつつ環太平洋である息吹。

方言の効用には山口哲夫のかつての偉業が参照されているのか。
風土上の眷属の恃みには中上健次の文業が揺曳しているのか。
いや、見事に係累を欠いた、詩史上の「孤児」の言葉だろう。

詩は世代連鎖にもやがて行き着く。
親からわたしが生まれ、「おじ」と親しんだのなら、
「わたし」も時の循環的進行のなかで「子ども」をいずれなす。
詩集が終わり近くになって
詩篇「置きっぱなしの動物は。」に「子ども」が登場した。
ならば最終詩篇「夜は、おなかの中。」で
「おまえ」と呼びかけられる者もまた、
作者の「子ども」と取るべきなのだろう。

わたしが垂直線となるよう保ちながら、裸足でおまえと歩く。

「わたし」が背筋を張り、
手をつないでくる「おまえ」の姿勢を確保する。
ふたつの密接な「線」が、夜のなかで印象を読者に放つ。
だが、それらはさらに
「島」の外部=内部とアニミスティックに結ばれてゆく。

枯れた植物と同じ列のにおいをして、
もうその頃は月の甘みしかなくて、
[…]//
自分の髪の色を思い出す。
今の空の色よりも、それはあたりを黒くして夜さえなびく。

「枯れた植物」、そう、南海にも冬が来るのだ――
ただその冬の到来は深甚な「曖昧」を伴っているのではないか。
南海の冬こそが季節の鈍い悲哀を伝達するのだと考える。
それが時間で窮まるとするなら、「夜」なのだろう。
この作者の「夜」の把握が独自だった。
すべての詩篇から「夜」を抜き出し、
この作者にとっての「夜」の作用力を味読したい誘惑にも駆られる。

これほど野太く壊れた言葉は女性の言葉だからこそ壮観だ。
けれども哀しみは、風呂に入る自らを描写したとおもわれる、
詩篇「色があって初めて見える線の形。」にとくに明瞭だろう。

安永蕗子なら風呂場の自分の悲哀を端正な分節推移のなかに置いた。

《朝に麻夕には木綿[ゆふ]と逆はず生きて夜ごとの湯浴みさみしゑ》。

清水さんは自分の裸身に一旦狂言綺語を導いて、
そののちにさびしさを復帰させる。冒頭はこうだった――

髪をすく欲望を置いて、
くずれた正座でつめたく、床に貼りついたりするから
わたしはこんなに、さびしいことを思うんだろうか。

三行目の平易さに、より濃厚に狂言綺語が滲んでいる。

この作者特有の畸想というものがある、と感じた。
いちばん不可思議だったのが「歯」だ。
成長を願って、とれた乳歯を子どもが屋根に投げるという習俗が
この作者には延々取り巻いて離れない。
歯はやがて奇怪な「骨」へと成長してゆく。
歯と骨の物質的類縁。
投げられた歯は、植物の種子のように蒔かれ成長して、
夕方の広場で「牛の頭蓋骨」になる。
それが人を廃棄せしめる「穴」ともなる
――この詩篇には、そんな奇怪な読み筋が取り巻きはじめる。



【人捨て穴、来ますよ。】(全篇)
[※タイトルも文中も「穴」は「ヤァ」とルビが振られている]

 ―――お母さん、歯はどっちの方に投げるんですか。
 ―――あっちの、新しくない棟のね。そう、その屋根の上に。
    青く錆びかかったおまえのお父さんがいるんです。
    おまえの乳歯を見せてやりなさい、その時には少しは目もあけて、
    おまえも大きくなったと言って、歯の方を見やるでしょう。

夕方になったら広場の空は、
夜に向かって染みていく色に、木のりんかく線だけが残ってく。
あそこにあるのが、骨。
広場の真ん中に、この額くらいまである大きな牛の頭の骨。
白は土がふれるところで茶色く、場所によってはこわい色をしている。
この歯の一つ一つ、うす歯からして、しっかりと濃いかたさを持っている。
ふくらびて、ずいぶん広場におぶさるようになった。
今はもう熱いにおいも消えて、まろくやわらかいだけの白の骨。

小さい時は向こうは崖で、ここからも鉱石の色がはっきりと見えた。
片手を谷にしながら、手が届くだけ伸ばし集めていった。
黒よう石、石英、黒よう石、石英だとおもう石、石英。
石の名前は二つしか知らない。

 雨雲の日に広場で一人、牛の骨にかぶさりながら、
 背景に向かってこの広場の歴史を説明しながら、
 昨日お母さんは金属の、青く錆びかかったお父さんをもいで、
 あとさえ見れずに走った事は
 広場の前の道に落ちていた、大きさのちらばった石英でわかるのだ。
 なぜ黒よう石は落ちなかったのか。
 いつの間に鉱石を自分のものにしてたのか。
 今日まで聞かれずにいた事も、今ならはっきり見て言える。
 はずまない骨をひろった。
 牛の目の下のところだ。
 口に入れてなめる限り、これは乳歯ではない。

 ―――お母さんはお父さんと、もう行かなくては。
    おまえの言うあの骨が、
    お母さんにもずいぶんはっきり、見えるようになってしまった。


お母さん

人捨て穴が来ますよ。



青錆とむごい形容を付される父。
父母の仲は通り一遍ではない。
その父を母が「もいだ」という奇怪なイメージ。
しかも母はそんな父を運び、逃走したとも読める。
消えてしまった父母なのだろうか。
その位置から最後、母が娘に語りかけているのだろうか。

父母につき「東京出奔」といった明瞭に読み取れる物語などない。
ただ牛の頭蓋骨に成長した幻は父母の消息と何かの関連があって
「わたし」の喪失へと肥大し、
しかも「わたし」はそこから取り出した歯を舐めて
それを自分の乳歯ではなかったと確認するだけだ。
口腔、必須の、しかし寂寥の穴。歯はかつてそこにかかっていた。
いまは「人捨て穴」が代わりに相互が離れている位置を襲ってくる。

この詩の修辞は乱暴に過ぎるのだろうか。
ならば、「小さい時は」から始まる四行一聯の
「語調」の天才ぶりとは一体何なのだろう。
かつての稲川方人に感じ、いまの杉本真維子に感じるものを
僕はここではっきりと認めてしまう。

「歯」の幻は「甘白い夜をいたただきなさい。」で一瞬よぎって、
最終的には詩篇「見る先の冬へ手をかけて。」に行き着く。
その第一聯――

歯を舌先でなめる時には、
これが一番近い骨の風味と思われる。
十四歳は自分の骨格を、
冬にできる枯れた枝でなっていると言い
今は枝をくわえながら、
わたしだけで青く湿気た道を歩いている。



ともあれ大変な脅威(驚異)が南海から現れたのだった。

2007年12月04日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)