ENGINE EYE 阿部嘉昭のブログ

植草甚一本が届いた

 
昨日は『詩と思想』の原稿執筆用に
当て込んでいた日だったんだけどスルーした。
夏バテかなあ。あるいは初老期鬱。
午前中の気分をうまく調整しないと
こうして何もできなくなる。
けっきょく「だらだら読書」が
怠惰な僕の性に合っているのはたしかだ。

自分のサイトを自分でクリックして、
これまでの句集・歌集の出来を再吟味するうち
午前が終わってしまう(朝寝もしたし)。

そうこうするうち、
B5ムック本『植草甚一 ぼくたちの大好きなおじさん』の見本が
晶文社から届き(僕も原稿執筆者のひとり)、
嬉しくなって拾い読みしているうちに
ずるずる午後も終わってしまう。
ありゃ、時間進展が早い(加齢の徴候)。
昼飯ののち眠たくなった頭を叩いて歌作をしていなかったら
あやうく自己生産上ゼロとなってしまった一日だった。



植草本、もう手に持っただけで馴染みがいい。
目次をみると隙がない。
「隙のなさ」と「隙間の存在」が仲良くニコニコしているから
本当のところ「隙がない」――そういうことだ。
本の発想、手触り、内容、デザインの一貫性、
柔らかさ、センス、遊び――ひと目で編集者が達人だとわかる。
たとえば見出しは往年の植草本と同じ書体、字間。
そう、編集は僕の『僕はこんな日常や感情でできています』の編集、
あの倉田晃宏さんで、かつ歌人・盛田志保子の旦那。
いつも精確さと余裕を兼ね備えた仕事をする。ルックスどおりだ。

装丁も僕の本と同じ小田島等くんで、
倉田-小田島コンビはいつも柔らかく偏差値の高い仕事をする。

この小田島くんのエッセイマンガも掲載されていて、
僕は本を手にとって、イの一番に読んだ。
あいかわらずのふにゃふにゃ。省力化の中に潜むケンカイな哲学。
むろん植草体験の面白さや関連イベントの紹介など勘所もおさえている。
小さく笑みを漏らすとマンガ自体が笑みを返してくれる、そんな感じ。
マンガ中のコアラのキャラ、ほしいなあ。

そういえば僕はデザインをやってもらった機縁で
小田島くんのマンガ本『無 FOR SALE』
(これも倉田編集の晶文社本)を知り、
一遍で大ファンになってしまった
(いつか大学の講義で彼のマンガを扱おう)。
で、感動の余勢を駆って、三村京子のCDのジャケットデザインも
彼に頼んでしまったのだった。
コアラキャラがほしい、というのは
次の三村アルバムのための言葉だったりする。



倉田さんからは「いまJ・J氏が存命だという前提で
彼の目になってサブカルの何かを書いてほしい」という依頼だった。
で、僕は「じゃ、(日本の)音楽やります」と。
倉田さん「映画っていうとおもってました」。
まあ、僕は最近、洋画にほぼご無沙汰だし、
三村京子の新譜の宣伝もしたいからそういう選択をしたのだったが。

植草本だから一応、植草文体を自らに課す
(結果的には、お里の知れる文体も漏れでたけど)。
自由連想でダラダラ書きをする。
それとサイケデリックとかポーノグラフィとかジャズとか
植草アイテムをも盛り込んで「同じ匂い」を出す。
しかも最終目的は三村京子の紹介だ。

結構アタマをつかったが、
結局はジミ・ヘン→ゆら帝→戸川純(ゲルニカ)→三村さんの
数珠つなぎになった(つなぎの原理は読んでのお愉しみ)。
本当はゆら帝の前にはRCの「忙しすぎたから」が、
あとにはサイケ脱力パンク、シスター・ポール(会見記つき)が、
三村さんの前には椎名林檎(東京事変)も入っていたんだけど、
「さすがに長すぎます」と倉田さんにたしなめられ、
それらを削ったら、
なるほど他の原稿と肩を並べるに足る「締まり」が出た
――実際に本を手にとって、そう確認した。
倉田さん、やっぱり「物が見えてる」なあ。

本のハイライトは北山耕平が生前のJ・Jにおこなった
ロングインタビューの一挙大掲載だろうが、
「雑知識の全人」植草甚一ならば
専門諸家からの多彩な角度からの照射を――そんな気色ともなる。
この人選がやはりニクかった。

旧友筒井武文さんの
植草さんのヒッチコック考察の変遷を捉えた文章。
やはり植草本のなかの一文という条件から肩の力が抜け、
エッセイとしての良い流れを保ちながらも
映画そのものについての深い考察が底流している。
僕は映画雑誌をいま全く読まなくなっているので
筒井さんの文章にはご無沙汰だったが
こりゃ彼の最良の文章のひとつで
往年、彼に原稿依頼していた日々が懐かしくもなった。

筒井さんの原稿の良さは実作者ならでは考察の一方で
情報量の濃さが出たときに最も発揮されるが
たぶん分量の少ない原稿では寸目が詰まって活きない。
それが今回、豊富な紙幅をもらって指先が跳ね回っている。
ヒッチの予告篇論というマニアックなツボを押さえ、
同時に「未見の映画を最も書いてしまった」J・J氏の、
大文字「映画」の言葉の使い方に若干の疑義も挟む硬派ぶり。
双葉十三郎、小林信彦と最初に対比軸をつくることで、
植草映画論の位置づけを確定したのも手法的に素晴らしかった。

いかん、この調子で書いてゆくと膨大な分量になる。
もっとスッ飛ばして拾い読みした諸家の文章の紹介をしよう。



大好きな春日武彦の文には意外なエピソードがあった。
春日さんの実母はJ・J氏とお見合いをした経験があったのだという。
それを母上は断った――なぜか。
(当時のJ・Jは)「水野晴郎に似てたから」(笑)。
そっか、例の胃潰瘍手術後、痩身へとすっきりする前のJ・Jが
まったく別の(おシャレでない)風貌だった点、すっかり失念していた。

「おしゃれ」といえば、岡崎武志は古本マニアとして
『おしゃれ』という本を掴んだエピソードを披露している。
むかしそういうインタビュー番組があって、
ベストドレッサー賞を受けた植草氏が出演していて、
その語りが他の出演者とともに併録された、いわゆるTV本なのだった。
当時のインタビュアーは杉浦直樹で、いい仕事をしていたとわかる。
そこで植草さんの文が、語る文体であると同時に
植草さんの語りが、書く喋りだという分析が出てきた。

で、植草文体について書かれた文をふたつ読む。
寺山修司のことを書いて元気な元(角川)『短歌』編集長・杉山正樹、
僕には未知の千野帽子の文、それらを立て続けにこなす。
ふたりとも野崎孝訳、サリンジャー『ライ麦』の文体が
J・J文体を範にした事実をおさえていて、
だからふたつの原稿が一本線上に並ぶのだった。

なかで、千野帽子さんの原稿は植草→野崎『ライ麦』の影響下に
庄司薫や村上春樹、昭和軽薄体の文体が開花し、
それが現在のライターたちの
「男子カジュアル文体」に継続する、としている。
たんに雑誌文体とみられる領域に入ったこの分断線がするどい。
もうひとつの手柄は文中に
往年の植草文体のパスティーシュが満載されていて愉しいこと。
川端『雪国』冒頭を植草文体に換骨奪胎した和田誠さん、素晴らしかった。



ちょっと文体について。
喋り口調を文体に移す傾向は
ワープロ→パソコンと筆記用具が移行し、
「喋るように書く」風潮がつよまったのち
さらにブログやSNSがメディアとして生じ、
もはや文章書きの完全な趨勢になってしまった。

映画雑誌に多く原稿を書いていた時代の僕は、
寸目の詰まった原稿にどう流麗感をあたえるかで
語尾変化やリズムの研究をしていたきらいもあるが、
河出の「サブカルチャー講義」シリーズで、
とうとう喋り言葉を前面に擬制して、物を書き始めた。
ただし稲川方人さんなどは「あれは口語体じゃないですよ、
まったく新しい人工的な文体」といっていたなあ。

こうしてブログ文を書くいまも、人工的口語風がつづいている。
このようにエッセイ的な文章ではなく、
評論的な文章でもじつはそうで、
たとえば前々回アップした「視線について」などを確認されると
すごく文体に中間的な何かが発動しているとおわかりいただけるかも。

まあ、文体論というのはあまり生産的でないと僕は敬遠する習いだが、
先にしるした『僕はこんな日常や・・』などでは
僕なりのブログ文体が追求されたとおもう。
滋味と思考スピードを口語に注入して文自体を静かに騒がせた、
数々の中間的文体にあそこではお目にかかれるとおもう。
未読のかたはぜひ。

話を戻して植草文体のパスティーシュでいうと、
鏡明の文章が植草さんのノンシャランを完全再現していて目を瞠った。
植草さんの散歩術を示唆する標題は
意図的に「腰砕け」になる。
この「腰砕け」に豊饒感があって、その柔らかい策士ぶりが眩しい。
それでも結果的に、散歩とは何かに行き当たるのだった。

そうだ、やっぱり「散歩」だ。
散歩するように詩歌や文を書くというのは最近の僕のテーマで、
結局、「話体」「饒舌体」というより「散歩体」というと
文の組成が身体論的により明らかになるような気もする。
問題は口ではなく脚なのだった。だから西脇。

その他、植草さんの音楽観を綴ったものなど
あと二、三の文章を読んだが、いずれも素晴らしかった。

B5サイズでのmy原稿掲載本のストック棚は
いま僕の本棚にスペースがなくなってしまっている
(A5サイズの自著の置き場所がないように)。
それなのにもうひとつ、B5サイズ
(精確にいうと変型で、縦も微妙にB5以上)の
掲載本が増えてしまった。
『d/SIGN』16号(特集=廃墟と建築)がそれで、
そこでは杉田敦さんの『ナノ・ノート』(彩流社)につき
比較的長い書評を僕は書いている。

ふつうはこの書評と、晶文社・植草本の僕の原稿が
同じ筆者とはおもわれないかもしれないが、
さっきしるしたような処理により
同じ中間性が生じていると見抜かれる公算もあるだろう。



晶文社・植草本には例のごとく薄土色の、
「『植草甚一 ぼくたちの大好きなおじさん』の読者のために」としるされた
自社刊行本の栞が入っていて、
そこに小田島くんのマンガ本の案内とともに
僕のブログ本の案内もちゃんと入っていた。
そういうかたちで晶文社の栞に自著が載るのが夢だったので嬉しいなあ。
 

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2008年07月31日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

忘却について

 
【忘却について】


忘れじよ透写画面に梁なした侠情の色、あふるる異常を



盲目の日は光ふるそのなかを往年逝きし犬の影狩る



観念の天使がよぎりふと俗なこの水髭も蒼く火傷す



ピタゴラスの徒は星間を埋めむとし数みちびくも零に至らず



嗅覚をもつ指先をうろに挿しひと晩妻と死後を話した



別段の嘆くに当る今もなく詩友と訣れしのちのひまはり



夏は鞄に真水を詰めて巷ゆくさや走る声「割れるなら今」



攪乱の因がもとより躯にあればあを星まはる音も楽とす



夏などはヴェクサシオンに肖たるかも限定反復ただ嗤ふべし



年どしに胸乳の蒼く暈けしかば忘れし季節なべて秋いろ
 

2008年07月30日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)

視線について

 
AからBもある。
CからDもある。
――視線の話だ。
しかも視線では人から人へのみならず
動物から人へ、物から人へなど
多様な方向・線も考えられる。

仮定的に無限な視覚(それが世界の内容ということだ)を
自己の感覚器官によって「縮減」し、
世界像を自分の身体基準で取り込むのが
人間の感覚だとベルクソンは強調する。

しかし「縮減」のない
万能・全方向の視線は技術により実現が可能になった。

いっときの吉本隆明が語った「世界視線」は
ランドサットによる地表映像、
それにニアデス体験者が離魂して
自分の臨死病躯を
俯瞰視線で捉えたという共通体験とから導かれた。
その次に対象の実在性・それとの距離すら介在しないCGが
造型に内在させている視線の無限性を示唆した。

視線の無方向性蔓延という事態は
直接身体的ではないという難詰を
発想力に富む吉本はあらかじめ封印している。

たとえば風景。
風景はもはや
人一個の身体を基軸にして捉えられるものではなく、
現代都市なら想像が無方向に蔓延した
動きやまない立体運動として捉えられるものだ
――精確に『ハイ・イメージ論』を引用すれば
もっと吉本の詩的な修辞にも出会えるだろうが、
(書評以外は
書物を開いて文を書かないというのが
僕が自身に課したミクシィでの自己原則なので)
吉本の意見は要約するとこの近似値になると
おもっていただければいい。

一元的世界像の否定。
「重層的非決定」などの用語もこの範疇に当然入る。

吉本は七十年代終わりから
「〇〇的現在」という言い方を量産した。
詩を書く者にとってとりわけ大事だったのが
『戦後詩史論』に収められた「修辞的現在」だったろう。
戦後詩的モチーフを失った日本の詩においては
詩篇個々の差異は修辞にしかもとめられなくなったという、
それ自体は正当な認識だ(これもここで略言している)。

廿楽順治さんなどはこの吉本の画期的視界によって
石原吉郎と荒川洋治が「同列」に――
言い方を変えればフラットに――論じられたのを
同時代的に接し本当に衝撃を受けた、と述懐していた。
無論いまなら人は、
山口晃とダ=ヴィンチをフラットに論じられるし
モーツァルトとパーカーとザッパをも同様に語りうる。

こういう認知状況の変容を確定するために
永江朗などはインタビュー集『スーパーフラットの時代』を
著したのだろう。

しかし無時間的多様性は吉本的倫理でいうと
かならずしも善ではない。
そうした眺望は必然的に「無」に似る、という認識をもつはずだ。
ましてや、吉本が「世界視線」をいう傍らでは
フランシス・フクヤマなどが「歴史の終焉」を言い出していた。

ちょっと文意が飛んだが、
ランドサット的俯瞰視線から地上をフラットに見うる時代というのは
歴史の内在進展を必要としなくなったということだ。
芭蕉と永田耕衣、ビートルズと椎名林檎などが
進展的二項ではなく隣在的二項として語られていい根拠となる。

こういうのがポストモダンのありようだと胡坐をかくと
では資本主義の終焉にたいし
物事がどう弁証法的に進展してゆくかの想像力が鍛えられない。

僕がおもうにしかし吉本が九十年代に出しかけていた方法論とは
脱弁証法的なそれだったのではないか。
名著『母型論』では胎児の発生、喃語から言語への分離などで
『言語美』に先祖帰りして「自己表出性」が
どうも記述のモデルになっているようにおもう。

吉本は往年の『初期歌謡論』では
古事記の歴史記載部分と歌謡記載部分を分離した。
その歴史記載部分に特殊日本性ではなくアジア的共通性があり、
なおかつ、歌謡部分の抒情は叙事に無限に先行する
――従って国家よりも抒情が根源的であるという認知に届いた。

この根源と「自己表出」が同体と考えないと
吉本の倫理性を見誤ることになると僕はおもう。
このごろはずっと吉本(関連)の著作を旅先までふくめて読んでいて、
吉本は実は幸福論の評論家なのではないかと考えるようになった。
拒否・糾弾の思想家というラベルはとっくに剥がれている。
ついで明視の思索者というだけでも平板という判定が出ているだろう。



吉本は近著『日本語のゆくえ』で、
現代詩の作者すべてが「無」だと定義した。
詩壇の多くは「衝撃」を演じたが、健忘症というものだ。
これは「修辞的現在」での彼の揚言の単純延長にすぎない。

問題はなぜ「無」か――その後の吉本の思考にある。
稀用語彙をつかい他者に向けて書かれていない閉塞性、
イメージ形成の放棄――そんなのはどうでもいい。
吉本が例示として語った、神話創造力と自然の不在のほうが
僕は事態としては大きいのではないかとおもう。
詩が内在すべき本来の自己表出が
詩作者の実在性が弱まり機能していないということだ。
それでたとえば「自然」までがその詩から消える、と。
気をつけよう――自然は例示だ。

吉本が「無」と定義した(若手)現代詩人には
廿楽順治さん、小川三郎さん、杉本真維子さんなど
僕が敬愛する知己がたくさんいる。
たとえばこの三人を一律に並べ無差異に「無」と断じる点に
とうぜん問題もあるのだが、
それよりも視像の形成力を放棄することで
彼らの詩に聴像が新たに成立していないか、
この考察を怠った点にさらなる問題があるだろう。

視像的無差異と聴像的差異のせめぎあい
――そこで生じる個性差。
あるいは現在の詩はそこで差異の豊饒を
保っているかもしれないのだった。
個人性の枠組のなかに沈潜しきっているとはいえ、
この「個人」が時代の要請により溶融しかかっていると
肯定的に捉えることもできる。
『日本語のゆくえ』の吉本にはたしかに
そんな動体視力が欠落していた。

「無」断定を
『ハイ・イメージ論』の吉本にまで引き戻してみよう。
吉本は永江朗が悪訳したような
スーパーフラット時代の到来という認知を
ギリギリでは回避し、
しかし身体を基盤にした縮減的認知だけでは、
無方向に蔓延している視線立体としての現在を捉えられない、
だから新たな認知基準が要ると語っただけだった。

視線にはたしかに
機械的拡張がなければ一定の方向性がある。
しかし聴覚は無方向だ。
左右上下からの音を耳は難なく聴く。
これはしかし耳の自在性ではなく、「耳の盲目性」による。
現在の詩は、たぶんこの方向に傾斜しだしていて
これが時代的要請なのではないかと僕はおもう。
詩は起源に立ち帰り万能性を放棄しだしている。

「世界視線」という概念装置を
「無」断定に短絡直結させるように
吉本の『日本語のゆくえ』が動いたとすれば、
それは吉本のために遺憾だということだ。
聴像はあらかじめ「世界視線」的だった。
そこでは盲目と明視の弁別すら不可能になる。

僕の考えでは資本主義の終焉では
物事は弁証法的な発動をしてゆかず、
「自己表出」的な発動をしてゆくのではないかとおもう。
吉本『母型論』の先見性もそこにある。
この先見性を吉本は『日本語のゆくえ』に接続すればよかった。

いや、視線そのものにだって盲目性と明視性の
弁別不能が予定されていると考えるべきではないか。

ベンヤミンは書いた。
ひとつの眼差しは見返されることを期待する実質である、云々。
この言葉を噛み締めれば僕のしるしたこともわかるだろう。



以上は今月末〆切の『詩と思想』の原稿、
その思考メモとして書きました。
書くべき原稿は編集部の要請で
もっと「無」=ゼロに傾斜しなければならないのです。
 

2008年07月29日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

悲しい瞳

 
【悲しい瞳】


SAD EYES、
視線を繭にこもらせて
内側に木霊が響かうなか
二色に春秋を明滅させれば
女の時もやがて失せるので
冠に巡りなんてものもない
最後の星辰のかわりに
女らしい青霧が
ゆっくりと川を渡って
眼は現れた朝に単純に添う
添うだけだ、
この信州

これが時計だというのか
この眼が。
液体を流しているのは
しかし生誕を誤った臍で
こぼれないように
砂でできた橋を踏み張るのみ
半分に切った紐に
左端があるなんて誰がいえる
そんな橋であるから
以後だっていえないことが
唐辛子の並ぶ道につづいて
犬の気随な歩みも
軸が振れるだけで炎上
それがたとえ
足跡を隠す方便だとしても

左円と右円という具合に
Eがふたつあるなら
あいだのYが瞳孔
そこに埋もれていった
女の連なる季節もあった
「こぼれるもので
時間を測ってはならない
時間までこぼれてしまう」
これこそ眼の根拠だとおもうが

計算尺で解答を合わすように
鋸か女の瞬きをしながら
視野に葡萄棚を殖やしてゆく
(スティリターノ、)
世界が実数で割れなくなって
田の字のかたちを元手に
四つの領地も入れ替わるが
配膳に似たその動作の
時間規則がついにわからない
SAD EYES、
眼は鄙に着いて憂う
木道で渡された
複雑な地形を流れてゆく

答が「半盲」となるよう
歩ミノ間 ニハ
瞑目ヲ繰リ返シテ 進ンダ
答に通ずる薊が
いっぱい咲いていた
 

2008年07月28日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)

ネット上のニヒリズムについて

 
四泊五日で湯治にいってきた。
といっても躯が悪いのは僕のほうではなく
五十肩で連夜「痛い、痛い」といっている女房のほう。
場所は、松本と上田の中間にある鹿教湯(かけゆ)温泉で
古くから湯治場として知られたところだ。

療養病院、リハビリ施設なども温泉街に完備されていて
もともと地味な町並みに老人湯治客が多く
それでいやましに印象も地味にもなる。
およそそんな場所なので、お湯に入ったり昼寝する以外は
ひたすら女房と黙々、読書の日々だった。
自分でもびっくりするほど本を読めた。
高地ということで期待された涼しさは空振りだったが。

昨夜、帰宅してパソコンを開く。
数日家を空けると受信トレイが迷惑メールで
爆発していないかがいつも心配となる。
爆発はなかったが迷惑メールが4日でほぼ400。
ひたすら消去する。
この時間ロスが意外に大きい。

これほどまでにこの手のものがふえたのは
僕がエッチサイトをパソコン購入の初期段階で覗き見した以上に
女房がこのパソコンで海外と通信するため。
だから迷惑メールの大部分も
バイアグラとかローレックスのまがいもの紹介とかの関係となる。

この迷惑メールの着実な数量的拡大に暗澹とする。
これはたぶん迷惑メール排除の思想・技術が
グーグルの理想形から離れてゆくことを示唆しているからだ。

新技術に細菌的なノイズが仕組まれるようになったのは
資本主義停滞の宿命かもしれない。
経済向上→人件費上昇→競争激化→
新技術成立(たとえば冷凍技術、輸送技術、海外生産技術)→
第一の悪(たとえば偽装)→
第二の悪(たとえば人件費や労働条件の非人間的悪化)
→経済下降(企業の社会性の放棄)

「中心」資本がこのような悪循環に喘ぐなかを
ゲリラ的な小資本(ならずもの資本)はネット的利便性を悪用して
世界中に一日億単位のメールを送付する。
これがダイレクトメールならば郵送費だけで潰れるところが
無償と利便性と広告効果に釣り合いをもたせようとした
ネット社会ではそうはならない。
スパム排除のあいだをくぐって、
今後もこの手の「悪広告」は増大を続けてゆくだろう。

数万分の一の成功確率のために億単位の悪広告メールが
全世界に自動的に送信され、
個々人の受信トレイから明視性が刻々奪われてゆく。
これが現在のネット社会の象徴的光景だ。
事は外部ブログでも同じで
僕も連日、スパム書き込みの除去をおこなっている。

グーグルメールは個人アドレスではなく
グーグルサイトのなかに
個人がメール受付のアイデンティティをもつという発想だ。
グーグルは約束する。
語句検索を機械的にかけてそこからスパムを自動的に排除する見返りに
「あなた」の属性に合わせ役立つ広告メールを
「あなた」宛てにじかに、
あるいは「あなた」へのメールの余白に入れさせてください、と。

さらにはブログライターの報酬の多寡は
「あなたの」商品紹介ブログにしめされた商品説明アドレスに
どれくらいのクリックがなされるかで決定します、と。
個人発信の情報が親和的で正しいと誰が決めたのだろう。
それは個人ではなく、
個人が抽象的な広告主体になった逆転にしかすぎない。

ユビキタス社会において
たとえばケータイ所有者の行動の刻々に
ケータイの空間ナヴィゲータ機能と連動して
広告メールが入ってきたらどうなるのか。
悲観論者はいう、人間の行動選択の自由が奪われる、と
(鈴木謙介らの視点:
欲望は管理されつつ恣意的に再創造されるということ)。

経験則的にいうとこれは間違いだろうと誰もが気づく。
僕が迷惑メールの消去という味気ない作業をつづけたように
多くのひとも自分の生活範囲外から来た情報をただ無視し、
それらが記載容量を超えるようなら
消去という防御策をとるしか道がない。

問題なのはそうした日常が決定することで
疲弊による情報遮断も増強するということだ。
新聞を読まない者、TVを観ない者、
音楽聴取にiPOD以外の手段をとらなくなった者、
本屋に行かず、本屋で本すら探しだす技術を失った者・・
そうして結局は、自身が自分を温存できる狭い空間のみに入りこみ
「外」を遮断してしまう。
タコツボ化は情報過多に対抗する要件となってしまっている。
おたく、腐女子の個人的属性に帰するものではないのだった。

たとえばmixi日記は誰にでも記載できるような日記を書いて
空虚な賛同を書き込み欄で得てゆくか
情報タコツボ化の露わな日記を書いて
他者排除を自省せずに選別効果を反響で確認するかに傾斜しだす。
ミクシィをオピニオンの形成の道具とする発想は
韓国にならあるが日本にはない。
日本のミクシィ日記のすべてに近い割合が
「ナルシシズムがナルシシズムに反射する」論法に則って
書かれてしまっている。

こういうのもむろん広告資本の手つきだが、
それを個人がなぞる倒錯があるということだ
(事態は自発的なバンド音楽が
音楽資本が定式化した「売れ線」をなぞることと似る)。
その一方で情報過多を遮断する振舞もふえていて
結果、このダブルバインドがニヒリズム、
もしくは統合失調をもたらす動きに直結している。

秋葉原の無差別殺傷事件では自分の生を無価値と信じ、
周辺状況もたぶんそれを支持した者の、
ケータイ掲示板への書き込みのありかたが社会問題となった。
ケータイへ自ら書き込んだ呪詛がさらに自分の行動を呪縛し、
絶対悪への境域へと当事者の行動を促進してしまうと。
ただこれは半分本当だが半分は嘘だ。
彼は自分の決死の書き込みにたいし
有効的な書き込みがなかった点で追いつめられたにすぎない。
空疎が切られた。だから自らが空疎となり無関係者を切った。
そこには彼独自の歪んだ応報意識がある。

聖戦による死者が死者の数にカウントされないのは常だが、
彼のように倫理神をあらかじめもてない者には
悲劇を創造する資格などは一切ない。
あんな低劣な思考しかできない者に
同調を表明した若い世代のネット利用者も不愉快だが、
事を経済格差社会、蹉跌者の社会的なリカバリー不能に結びつけて
得々と解説をおこなった者もどうかしていた。

ネット上のニヒリズムを社会空間的に「翻訳」すると
あの事件のような「型」が即座に生まれる。
犯人がトラックで秋葉原の歩行者をなぎ倒したあと
クルマを下りてさらなる凶行に及んだとき
奇怪な叫び声をあげつづけていたというが
それはネットという想像空間を眼前の現実に翻訳した無理無体が
身体に強要した抵抗圧から出てきた叫びだろう。
強度をもって秋葉原にいるのに
同時に現実的には秋葉原に存在できなかった者の悲劇。
想像が災厄のかたちにしか現実化できない者の、
躯が感知しない想像レベルでの痛覚。

読まれるべくあるものが
正当性をもって読まれないこと。
世界はひとつの書物に収斂すべきだったのに
グーテンベルクの印刷発明以来
一世紀もたたぬうちにヨーロッパでは数万種の書物が登場した。
ただ当初それは砂漠を潤す慈雨だった。
それがやがては個別差・分節性すら定かでない
単なる情報洪水へと性格を変じはじめてしまう
(商品とはすべてラベルへと還元されるしかないものだ)。
秋葉原事件の犯人は個人としてそのサイクルに入った。
こういう錯誤を資本主義の特有性とせず
彼自身は「有名になるために画期的な事件を起こす」衝動を
自分が組織しつつあると思い込んだ。
致命的な思考力の弱さ。

しかもマスコミは彼の実名を事件報道で露出しまくり
結果的に彼に有名願望の成就という「褒美」をあたえてしまう。
マスコミにも罪を批判するという倫理神が欠乏している。
視聴者の「知りたい」欲望にこたえる義務がある、
云々が用意される弁明だろう。
だが彼らは再発防止のセキュリティを考える国家の根幹と
境を接している情報資本の寡占体という自覚に薄い。

しかしあの犯人のメール文の垂れ流し報道は
付帯効果をたしかにわずかながら持った。
あの下品な自己卑下と疎外感・不安感の吐露とでは
正統な書き込みがそれ自体、準備されないだろうということだ。
「お前の人生なんて知らないよ。
いま考えていることを言え」という切迫性が
冷静な書き込みの要件で、
それが犯人の有機的吐露をもさらに呼ぶ要件となるだろうが、
犯人は思考力の弱さにより、
このような切迫性を誤解しつづけたのだった。

人が個人ブログよりもSNSを重宝するのは
その書き込みがされやすい環境のゆえだろう。
ただ正当な書き込みは日記の記載者を疎外に追い込むことも多い。
この自己抑制意識からたとえばミクシィが空疎な社交場となり、
結果的にひそかなニヒリズムが育成されてゆく。

たぶん韓国型のオピニオンの自由飛翔は無理だ。
僕がそこでおもうのは、前言した個別性・分別性の定まらなさを
「切迫意識」だけをトッコに逆用することだ。
ひとりの日記は、その書き込みによって「共同制作」となり、
ひとりの日記が個別性を喪失し、
無個性な質ではなく、分節できない量となってゆく。
しかもそれを促すのは「死にたい」という虚言ではなく
社会認識のなかに鉛を下ろした切迫性だけなのではないか。

ネット詩誌にもとめられる「共同性」もまた
こうした認識から類推できるものだ。
ネットが何かを考えない者に
ネット詩誌を構想する資格などない
(それにしても詩人たちの何というネット考察の脆弱さだろう)。

ネット上の悪広告のような虚数ではなく
無名ながらも実質的な数となるように
ネット上の言説が再組織されること。
ここで秋葉原事件の犯人が陥っていた
「他者への技術のなさ」が徹底的に糾弾されなくてはならない。

事態は意外に単純なのだがしかし実行は難しい。
たとえば僕はこのミクシィでの言説行使のなかで
たった千人、絶対に僕の新刊を出れば必ず買うという保証をとりつければ
現在の出版事情からいって
評論集も詩集も難なく出せるのだが、
このこと自体がすでにままならない。

そういうことで、今度は現在的「数」についての所見を
ヒマができたときにでも綴ってみようかとおもう。
 

2008年07月28日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

小だらぼっち

 
【小だらぼっち】


眼を閉じた箱として
わたし歩くあるく箱
足許の水溜りの論理で
頭のなかのもやしが
黄色くびしょ濡れになる
わたし歩くあるく箱
(こんなのが給水なんて)
ぜんまいはわたし撫でた
少し湿って寂光土の皺々
蔦が疑問符をひねりだす
風景も鏡だらけに照り返し
皺いがい何事も嗅がない
わたし歩くあるく箱
虹の根がみたいなあ
八幡平から追分山へ
実る青林檎に沓をかけて
点在の愁いと鐘の音
ゆっくりと昇ってゆく
百歩で粥の世など抜け
わたし歩くあるく箱
 

2008年07月21日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)

ずっととおくにある

 
【ずっととおくにある】


まだ消えかかったままだ
空に眼つぶる白いまぶた
物質が「おもうもの」となる
から真夏の階段も重い

よぎってゆく数多く
斜線だらけに長望が
斬られたそこが宮殿で
憧れ以下眷属も棲む

桃色の発疹詩がきれい
綺羅は内側から秘密を襲う
面白いようにガタがきて
水すら下顎が合わない

水は接合箇所も合わない
せっくすが寝床に崩れる
お揃いをビショビショにして
午後一杯 体の乾杯となる

ねえ眠りの底は甲斐かい
蛙が閉じているそこがある
昼寝すれば発語もぼやける
ねえ下りの底は攻め甲斐かい

溜息のかたちをした座敷童
部屋はくるんくるん飾られる
お蔭を以て眼で欠伸した
体はまだ消えかかったままだ

ゆびさきも真珠をこぼす
えだまめが掴めない日々
白くなった舌を石油で洗うが
光速はずっととおくにある
 

2008年07月20日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)

三鷹

 
【三鷹】


さみだれ式とは何の梯子だったか
鯊の世は三日で見事に干上がった
眺める、炎熱が裸木を覆うはごろも
犬の明眸も気楼ののちを去った

陰を守ってはしばみに身を寄せる
実に負う来世の小さなきらきら
憂えた図が殷う天下ともなり
その八寸のものを遥かに遠望した

まなつの裂だらけのチョウザメ
左に泳ぎ右に乱れる真ん中を
冥視内の冥視が切れて入れ子する
あさっての画は諸姉が振り向かない

懈怠して瘢痕をえがく水は
退老により三鷹を動かないでいる
晩の百合湯のため桶を買った
輪郭もまた毒気濛々に流れるだろう

めわらわがいう「髪の毛をあげる」
まだ乳が淡く暈け先も尖らない
此世の勲章もずっと木蓮にあって
白でも紫でもないものを消した

夕暮れは行人の唇を盗みはじめる
無口のまま万人が還ろうとしていた
後ろ姿の町とおもう一瞬があって
爾後がところてん式の個々だろう

外れながらまた天文台を見つけた
 

2008年07月17日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)

からだのこと

 
からだとは何か、と考えることがある。
意識や思考とは別の、アイデンティティの根拠。
田中宏輔さんなどは最近の詩的思考メモ日記で
からだは空間における(移動可能な)固有の場所(容積)、
それだけが第一義、という考えをいよいよ深めているようだ。

からだには一種の「難儀」がひしめいている。

発語の場所と栄養摂取の場所がなぜ重複しているのか。
排尿の場所と精液放出の場所がなぜ重複しているのか。
脳と眼がなぜちかすぎるのか。
乳房と臀部がなぜ相似したのか。
四脚状態から腕と脚が分立して
それがなぜ相似と背反を同時に運動として描くのか。

ひとは、なぜ自分の顔を視認できないのに
ある瞬間の自分の顔をたえず意識できるのか。
対象を愛するとなぜひとの眼が不本意に耀いてしまうのか。



いまロボット工学では、AI(人工知能)を装填して
その知能を無限化するのではなく
配備された電気的神経叢と筋肉の連動によって
AIではなく身体に
経験則を蓄積させる方法が選択されだしている。

人間のように神経と筋肉と骨格と関節を完全配備して
たとえばロボットにでんぐりがえしをしいる。
当然、最初ロボットにはそれができない。
やがて不細工に――ついには完璧に――それが可能になる。
筋肉同士が一瞬のあいだに刺激の電導を成し遂げるのだが
それが筋肉連動として筋肉組織の「内部」で
アフォーダンス的な経験則を蓄積し、
より運動を流暢におこなうよう自己改変を遂げるのだそうだ。

つまりそこにはAIを起点にした
上部→下部ヴェクトルの「指令」が発生していない。
筋肉自律的だということ。
ロボット工学では知能ではなく「筋肉が考える」可能性が
いまこうして追求されている。

産業ロボットが物をつまむだけならば
手のかたちが抽象的にそこにあればいいが
未来型ロボットが人型を選択するのは
べつだん数多のSF作品に敬意が表されているからではない。
ロボットの身体は当然占められる「場所」なのだが
その場所のかたちが恣意、もしくは単なる機能性に終始するなら
ロボットもまた抽象、機能しか表現しない。
むしろそれが人間のかたちをとることで
身体の人間的な思考も実現される、ということだ。
「からだが考える」ということはかくも普遍的なのだった。



美人なら美人のひとの存在感があるが、
それは畢竟するにその思考の型が美人型という点に行き着く。
短躯のひとなら短躯型の思考を研ぎ澄ましているだろう。
身体の個性差が思考の個性差にも行き着くから
たぶん人間世界に無限のヴァリアントができる。
虎の顔に似た者の虎的思考。鼠の顔に似た者の鼠的思考。
僕のルックスなどはやんちゃで
だから僕はやんちゃな思考をするのだともおもう。

このあいだ研究室で僕の授業にもぐっている大中真慶君が
僕が出した評論集『マンガは動く』の感想を述べてくれた。
彼にとっては魚喃キリコの章が圧巻だったそうだが、
彼がとりわけ感動したのは、僕が
魚喃の「日曜日にカゼをひく」で
擬似的三角関係をおりなす男女三人のうち
最も美人の「大田」に同調をしめしている点だったという。

大中くんのいうことはわかった。
彼は僕の身体同調力が無方向で
しかも「強いもの」にも触手を伸ばす点に
一種の力を感じたのだとおもう。

身体はしかし認知の機能だけではない。
それは不透明な多層で、その奥処まで自覚できず
(たとえば生物は自分の内臓の動きを認知できない)、
つまり「忘却」は身体機能のなかに予め装填されている。
意識だけでは窮地に陥ってしまう人間を手助けしているのは
身体に備わっている忘却「能力」なのだということ。

たとえば宿酔は前夜の飲酒意識を「切る」ことで克服されるが
それは味噌汁などを飲んで胃や肝臓が通常性に復し
血中アルコール濃度が減少することによる。
これは意識レベルでは「忘却」としてしか自覚できない。
宿酔をひたすら睡眠によって打開するのも忘却作用に関わる。

こういうものを文学化したのがプルーストだった。
プルーストは身体の複層性を対自的に不分明なものと規定する。
それゆえにこそ無意志的記憶や「心情の間歇」テーマを
その長大な小説細部へ多元的に開花させた。
身体においては自己救出のかたちが受動性を帯びる点が肝要で、
身体を積極的な作用域とする思想はすべてどこかに無理がある。

僕は今度の『マンガは動く』では
プルーストからの援用をさかんにおこなった。
これは現在のマンガ表現が身体的にリアルになったゆえの
必然的な措置だったとおもう。
就中、安永知澄『やさしいからだ』への考察は
身体の本質的な曖昧さによって
対立項が身体内で溶解する意義をつきつめ
そうしたからだを「やさしい」とした安永への賛意をしめした。
ぜひ読んでいただければ。



今期の音楽実践演習では結局、最終的には
授業参加してくれた三村京子さんのラララ音源に
音数に合わせて受講生が「歌の言葉」をはめ込む、
というのが最終課題となった。
三村さんは全11曲のラララ音源を提供してくれた。
僕自身もその課題に参加し、結局幾つかの曲は
三村さんの作曲にたいし幾つかの作詞が競合するかたちとなった。

ラララ音源への作詞は
メロ、コード、リズム、ジャンル、歌声などの「感情」に
どう歌詞を嵌めて一貫性をつくるかだ、と僕は演習で説いた。
相即的、背離的、とりあえずは二つの方法がある、とも
(最終的には「混在価値的」が最も正しい、
だから歌唱の一行も独立すると個人的にはおもっている)。

石川大輝君は例によってのアナーキーな言葉の展開で
三村さんの歌唱パフォーマンスに新機軸をあたえる挙に出る。
青木麻衣子さんはJポップ的な詩法を三村仕様に変え
より間口を広げてみれば、という提案をしたのだろう。
それぞれが僕にはおもいもつかない方法論で、感動した。

僕自身は、20代半ばに達した彼女のなかで
それ以前とはどう歌詞世界に変容を来すべきかを考えた。
一個は唄う身体に苦さを盛ること、
もう一個は普遍的古典性を盛ることで対処した。
俳句的な語の背景展示が大切だと考えもした。

この演習はまさに受講者の全員が
三村さんの個性を考える具体性の磁場のなかにあった。
そうした個性は畢竟、「彼女の身体」でしかない。
随分、逼塞的な成行きだったと反省もするが
「身体」を考えることはそれ自体が「愛」で
だから半面ではすごく滋味もあって、良い演習だった。

惜しむらくはたとえば
パンクバンドで現在活動している、などの受講者がいて、
その者の作詞なども受講生が手がければ
もっと作詞技術に幅が出ただろう、と予想が立つことだ。



そういえば最近、詩は思考ではなく身体が書くという
考えをますますつよめてゆくようになった。
身体が駄目で詩も駄目だという実例はすぐにわかる。
詩も短歌も俳句もすべて同断だ。
なにか「乖離」「無理」のしるしがあって、
これは技術以前の問題だともおもう。

昨日アップした僕の詩篇につき
「なにぬねの?」では倉田良成さんが
僕の身体挙止を髣髴させる、と簡明な言葉で褒めてくれたが、
これがすごく嬉しかった。

さて僕はどうやって身体自覚を錬磨しているのか。
ひとつは歩くことによってだ。
もうひとつはたぶん、身体自体が衰勢していることによってだ。
これらふたつの感覚が蓄積しなければ
詩を書くこともなかっただろうと今更ながら考えている。
 

2008年07月16日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

鬼没

 
【鬼没】


喘鳴王の最期はやはり
喘鳴に終わった
気息を日没に病んで
己れのなかをただ歩いた
悪い冗談だ、身中が巷
敷き道の風合は好んだ

喫煙と肺が癒合する
肺は縮み肋の破れ袋
犬が紫になる日暮れは
ゆっくりと煙を吐いて
空の梯子のからくりを
己れに向けて挽回する

老いでは薄い楼閣が
こうして身中に建って
夏蝶を白狂のため舞わせた
着物の裂ける音となり沈む
あまたの葉裏のような王
減算への減算を仕掛ける

揺らぐ半袖が飛鳥だという
飛翔物質を野に数えれば
一日の沈降が鳥より迅い
何事も身を抜ければよく
運命も正面からと定めて
神出なくただ鬼没した

ないのだろう、もう余滴も




ヘビースモーカー詩篇をアップしたついでに。


●田中宏輔さんのmixi日記に最近書き込んだ短歌


わたくしがひとつの場所なら陽光にこの骨の梁、微塵に砕けよ



あかるくて禾原にいま南風(はえ)が充ち地球をはふる往古を葬る



葵公園にて蒼愛も発展す人間犬と犬人間と



少年型サイボーグらが極光を見て凍結後砕いたまなざし





立教の前期授業は昨日でおしまい。
「音楽実践演習」「映画講義」「入門演習」それぞれに収獲があった。
今日は解放感に導かれ朝から長電話と詩書読み。
やがて峯澤典子さんに送っていただいた『水版画』を読了した。

無駄を刈られて綺麗になった言葉が隙間ある空間をつくり
散文性に傾斜しそうなところで詩に反転する。
この呼吸の場所で、彼女の躯がいつも実感される。
生も死も花も風も水も記憶も同一になる場所として
彼女の肉体(つまり言葉)があるのが明白で
そういう詩法を眩しくおもう。
自分もやってみようとおもったら
なぜか上の「鬼没」となったのだった。
 

2008年07月15日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)

無灯火

 
【無灯火】


袖を風にまかせて
自ら悪運を祓ってゆく
真夜中の無灯火自転車だ
地球の自転と等速、
数条の影になって
町の自分という位置をも
この擦過で傷つけてゆく

紫陽花はもう灯りを落とし
以後を沈んでゆくだろう
伸びるものを数かず算えるが
まわるものが見つからない
自転車、車輪なくして
僅かな空中を音なく滑る
深大寺公園に忍び込んだんだ

胸に交差する骨の梁から
地球儀の基礎がつくられる
地球儀師は中心に心臓を潜ませ
それを銅製、粽の俤にした
外形をもたない球ともなって
朝までリボンの道を乗っている
ペダルを踏めば美味しさも軋んだ
 

2008年07月13日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)

明星

 
【明星】


千人トナリテ
夏野辿リユキ
暁ヘ遷移シテ
革命境ト定ム




上の四行詩は
八・八・十・十という
馴染まないリズムを盛ってみた。

少しアレンジすれば
即座に一行棒書き短歌に転位できる。
以下。



千人となりて夏野を辿りゆき暁(あけ)へ遷移し革命地と定(き)む



露骨に初期・岡井隆調。

うーん、どっちがいいだろうか。

ちなみに「千人」は
「八王子千人同心」にみられるように
ひとつの単位。

 

2008年07月11日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)

撮影

 
【撮影】


全刺青を世界のここに現すために
川明かりするネオンを始末する
蛇ていどの恨みの反映に
使役される映写幕もない

拷問は決して終わらないとくねる
フランク・ザッパのギターのように
小節ごとに角度をつけかえては
それら鬼籍をただ男の背にした
絶後にすぎないものこそが空前となる

絶望の誰何はかんたん
こういえばいい――「絶望だろ?

芒を背後に空騒いだけれども
「映っている光が駄目だ
「近代は光をまだ克服していない
収束とは自身にかかる梯子を落とし
空中の足場のまま動かないことだ

カメラは歩く女を背後から追う
むろん主題は女ではなく背後
それは極東では産卵して変わる
女が男に擾れる筋道もできる
いずれも静かな午後のことだ

運命の落下の代わりに抱く
空中の万の乳房のなかにあって
俺は喰えない玉蜀黍のまぼろし
地味な髭根を垂らすように
時間の女陰にただ花火した
ムーヴィカメラをもつだけ
映写幕が規定するこの昼間を




今日観たある映画をもどかしくおもって
上の詩篇を書いた。
その映画監督と自分との共有事項とおもわれるものを
ことさら詩にしてみたのだった。
具体性を飛ばすことで詩は屈曲したとおもう。

盛田志保子さんのミクシィ育児日記に書き込んだ短歌も
ついでにこの欄に記録しておきます。


部屋ぬちにきなこを蒔きて幼童の奇しき支配も麹のかをりす
 

2008年07月09日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)

天和

 
【天和】


二度と死なぬために
あれから天和を画策した
天使の髪毛ともいう
そんな領域に顔を隠して
小さなものの輪郭に生ずる
光暈を眼で数倍にした

密約が蜜薬と同音なのが
せめて日本語の救いだが
耀きを得るため摩すべき
言葉の屍体などもうない
粒となって脱引力飛翔する
天軍を遥かに見やって
同盟の文なら草書に流した

私の内奥に私を隔つ
旧往からの二川がある
この分岐のために
手始めから和了して
以後共謀の局面を
笑い流すこともできず
灰のようにしらばっくれては
胸の白紙を明日にしてみせる
「綺麗な三色を流した」

意外に身通った恐怖は
この腕と脚のあいだに
鈍く深く共鳴していて
私は全身の鋏となり
歩行のまにまには
草原をまた斬ってしまう
ことに運悪い曇り日には

牌すら砕く
バラバラが足跡だったな
人生音楽の私は





この詩篇のアップのついでに最近の書き込み報告も。


●なにぬねの?倉田良成さんの食日記に書き込んだ短歌


紫陽花球語るに百の語り方しづかにまはる色幻なれば



鬱球(うつだま)といふは世外の水ふふみ退転ほかなきあぢさゐの花




●ミクシィ依田冬派くんの詩日記に書き込んだ歌


午前四時東京の空に摺り手して手を冷やすこのマイナスイオン
 

2008年07月08日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)

麻綿原

 
麻綿原といふはしづかな炎熱に万の紫陽花顕はす魔の山



段丘にあまた紫陽花並びゐて揺れひとつなし蜜も感じず



紫陽花は泛く球なればその万を白く眺めて浄土の心地す



多く死域の湿地にありて紫陽花は毒葉繞らせ己れ泛ばす



紫陽花と山蛭の縁ちかきかな紫陽花に血なくて蛭は人待つ



紫陽花にむしろ嬰児も音楽もなければ虚ろの大群とすべき



よろづなす白紫陽花が陽を享けて恐鳴のごと色泛べそむ





昨日は早朝から家を出て
外房線・安房天津駅まで一挙に行った。
麻綿原(まめんはら)という紫陽花の名所に行くためだ。
南房総といっても高原で実は東京より気温が低く、
紫陽花の時季は数週間遅れる。
サイトでは来週末が見ごろだとしるされていたが
来週は女房が多忙なので、
昨日紫陽花見物を決行したのだった。

安房天津駅からのバス便が一時間半待ちだったので
最初の目的地の清澄寺にはタクシーで向かった。
日蓮上人が立教に到ったという古刹で
左甚五郎の牛の一刀彫があるなど由緒がある。
花の寺としても知られているらしく
咲き終わった躑躅が境内周囲の山腹に数々見えた。

そこからハイキングコースへ入り、
一時間以上の徒歩で麻綿原に辿りつける。
この季節は山蛭注意の案内が数多くある。
ひとの靴あたりに上ったり落ちたりして
あの小さな蛞蝓状の下等動物がやがて
足首あたりから血を吸いだす。
躯は血を満喫して数倍に膨れあがり
球形にまで近くなる。
吸血中は振り落とそうとしてもはがせない。
――というのはアフリカ蛭の生態らしく
僕も実際吸われたけど、すぐにはがせた。

麻綿原に辿りつくと眼を疑う。
山腹というか段丘というか
ともあれ斜面に紫陽花が異様な数の多さで
咲き誇っているのだった。
咲き誇っていると書いたが
時節がやはり一週早いらしく
ほとんどの紫陽花が球形であってもまだ白い。

紫陽花の花色を決定するのは土質だそうだ。
酸性なら赤系、アルカリ性なら青系になる。
最近は目覚しく派手で深い
藍の品種が目立つようにもなった。
麻綿原の紫陽花は「日本アジサイ」。
そこに額紫陽花が可憐に混ざる。

紫陽花は中国渡来だが、江戸時代、例のごとくの
日本人の交配趣味と結合し、
世界の紫陽花品種の八割くらいが日本にある
と聞いたことがある。

紫陽花は花型をなした最初が
野菜のように淡い緑色をしている。
それからそれがより肥った白球になり、
やがて赤系や青系へと色づきはじめる。
しかも一種で白→淡青→濃青→紫→赤→薄紅→黄→枯れ茶、
と色彩の旅をするものも多い。
まさしく吉岡実の詩句のように
《アジサイは音楽のように色が変わる》のだ。

ところが前言したように麻綿原の現在の紫陽花は
まだ一面白一色というにちかく
清冽というより冥府的な冷気が漂ってくる。
山蛭の気配も手伝って、怖いくらいだ。
高原に似つかわしくない炎熱のなかにあってもそうだった。
地元のひとに聞くと
「今日のような陽光があともう一日あれば
紫陽花は全体が一挙に色づく」そうだ。

昨日の日記で、この紫陽花群を原生と書いたが、
実は清澄寺の奥津城に属するこの高地に瀟洒な寺があって
この寺の上人が戦後、紫陽花の植栽をなして
今日の二十万株の紫陽花の
大幻想庭園にいたったのだという。
丘の中腹に紫陽花の球が隙間なく浮ぶ光景には
確かに悟達後の浄土的なものもあるだろうが、
半面でそれは人界から一切隔絶した
地獄の相とも受け取れた。揺れない。

紫陽花の群落が斜面に続く見晴らしスポットへの道を
暑さにあえぎ、大汗をかきつつ上り、
眺望を味わったあとまた細道を女房と下っていって
「アッ」と声を出した。
たったそれだけの短時間(10分くらい)に
上りでは白かった紫陽花が
淡青へと色づきはじめていたのだった。
それも数万株の単位で。
だから吉岡実の詩句も嘘ではないのだが、
そこにやはり音楽的至福よりも恐怖を感じてしまった。
自然の気配というのは霊的というか磁気的なのだった。
これは人の躯の芯を病ませる。
この見聞は一生、自分の体感に蘇るのではないか。



紫陽花の気味悪い共生を満身に染ませたあと
二時間半かけて安房小湊駅まで
舗装林道を女房と下りていった。
クルマとも人ともほとんど行き交わない。
紫陽花はところどころで群生をなし
(このことは往きの電車の窓からも気づいていた
――南房総は紫陽花の地だ――
紫陽花は日当たりの悪い湿地で多く北に向けて咲く)、
途中の人家でも紫陽花が丹精こめて咲かせられていた。

標高が下がるほど紫陽花も多彩に色づいている。
円い紫陽花が密集し、
なおかつ株全体が円く大きくしつらえられた
球形幻想みたいな
見事な紫陽花栽培も幾例かみうけられた。

安房小湊駅に着くと冷たい海霧が
視界を塞ぐように流れている。
高原が陽光燦々の炎熱だったのと対照的。
その駅前の魚料理屋で
ビールと鰹刺身と魚定食という
晩い昼食を女房と摂った。これが猛烈に旨かった。



僕が好きな紫陽花吟をふたつ。

《昼の視力まぶしむしばし 紫陽花の球に白き嬰児ゐる》
(葛原妙子『原牛』)

《あぢさゐのあめのまどひの稚なくてさぶしき退転をかさねたるかな》
(岡井隆『歳月の贈物』)





最後にこないだ田中宏輔さんの日記に書きこんだ歌もひとつ。


脇腹に小さき帆船痕ありて海坂くらむ夏のおもひで
 

2008年07月06日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

切り落とされる

 
福間健二さん、新井豊美さん、水島英己さんが
いまネット上で展開している連詩で
素晴らしい詩句があって眼を襲った。
福間さんのものだ。第十回。
改行を少し変えて引用する。



風のなかの枝たち、
どんな美しさをおそれあって
物語の崖をとびおりる鋏に
切り落とされるのか



今日は紫陽花の大群生を見に
これから女房と千葉へ
(相変わらずウチは朝が早い)。
曇り日なのに、暑くなりそうだ。
紫陽花の輪郭も暈けるだろうか。

あすにでもこの福間さんに負けない詩句を
貧弱な指先から紡ぎだそう。
 

2008年07月05日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

あいだふる

 
【あいだふる】


あいだふる
にゃんだふる
ねことけて
みずのこす
しょうすいか
こすいか
ゆうぐれて
くれのこる
はなさきのみ
はなみずき
やたらな
ぜんしゅうで
かれいしゅうも
にんげんだもの
あいだふるになり
あいだあいだに
あめふって

またさみし
じんじん
ねこみずと
とけまされば
さあ
じんるいとも
ゆきどけかも
・・・
しこうして
かなしくたって
いいじゃないか
へじゃないか
さいごじりも
ぶっこいて
わらわらう
としどしのなつ
なのかも
しれんね
あいだふる
さて
しらんけど





バカげた詩が書きたくなって。

Aidafulは造語だが意味は通じるとおもう。
僕のような年齢の者には
精神的危機の一種であります。

今日は明日公開、
日向寺太郎監督『火垂るの墓』の
作品評を書いていた。
「図書新聞」編集部のミスで
一週間後の追っかけ記事になってしまうけど
(つまり今週ではなく来週土曜発行分に載る)。
そうして〆切に余裕ができて
野坂昭如の原作短篇、
高畑勲のアニメ版と
比較対照することもできた。

するとこれが戦争を描いた時代映画ではなく
「銃後」を現在の状態と喝破した
アクチュアリティたっぷりの映画とわかる。
日向寺さん、相変わらず明晰だ。
二つのパンニング・ショットに注意
――とまあ、原稿はこの主張で
もっとビシバシに書いた。

昨日はストレスが溜まって
午前中爆睡をしてしまった。
午後、気を入れ替えて
立教・音楽演習用に
三村京子さんのラララ曲をふたつ作詞した。
上の詩とちょっと関わるけど
猫を主題にした詩のほうの出来は会心。
もう一個は苦労のすえ問題作を仕上げた。
そこでまたふと創作共同性のことを考える。

さて今日はこれから
高原耕治さんが最高傑作と薦めてくれた
永田耕衣『冷位』を読む。
古本屋サイトでゲットしていた。
自分の句集をまとめた感がつよいので
これは虚心に読むことができるとおもう。
ちいさなしあわせなのかも。
 

2008年07月04日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)

また五句

 
●なにぬねの?柴田千晶さんの句日記に書き込んだ


犀に舞ふ蜂鳥にしてわが不純



千秋を一夜に枕(ま)けり苔菩薩



十日ほどのわが無言には海星置く




●コミュ「悲劇の誕生」に書き込んだ


小さ神旗振るごとし水けむり




●コミュ「色彩論」に書き込んだ


他界にて縞馬の縞流れゆく





また五句超過。

吟味して以前の句作から
「地の塩や」「舌を鎖す」「先決なし」
「ダブリンの」「人間は魔間」を削除。

午前中、気鬱な長いメールを
打つのに時間をかけてしまった
(一回、誤って消してしまったので)。

午後からは気分一新で仕事だい。
予定を変え、野坂「火垂るの墓」再読と
三村ラララ曲の作詞をしようとおもいます
(演習授業用だよ)
映画評執筆は明日だな。

そういえば昨日はやたらに読書していた
 

2008年07月02日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)

書き込み幾つか

 
●コミュ「悲劇の誕生」に書き込んだ


歯痛にて鞍の上より歯牙をみる



コギトから小人に変る緑闇




●コミュ「色彩論」に書き込んだ


水流に水中の耳きはだてり




●田中宏輔さんのミクシィ日記に書き込んだ


巨き手がやおら現れ犬掴む 犬、保安官バッヂにも似て




●村上昭夫についての松本秀文さんのミクシィ日記に書き込んだ


【ねずみからの返信】


苦しめられる
世界の半分にいると任じた
でもぼくらのいちばん奥では
ねずみを通り越した星が
きっとぼくらの血の闇すら
照らしてくれるだろうと信じた
信じて多数のまま投身する
ぼくらのいなかったことと
世界の半分が流れたことが
こうしてすこし似てきて
だから「苦しみを泣かせてごらん」
星もいまごろになって
消えた血の残像をしずかに射す
そう何もなかったのではなかったが
ぼくらへの視線があったとは
最初から到底いえないだろう
来世で水を呑めばいいのか
この難問に答えないままで
運命と無関係な 星も消えた
世界の半分が愛されないかぎり
あるかなきかの
ひとつの星も愛されない






註記。

僕のサイトに順次アップしていた句集は
予定収録句数の500に達してしまった。
この総句数はキープしようとおもう。
で、今朝3句をつくった見返りに
昨日つくった出来の悪い3句を消すことにしました。
「焉力に」「中止して」「基地に機知」です。

最後の詩篇は
書き込み欄に松本さんが書いた
村上昭夫の詩篇「ねずみ」の変奏曲をもとに
僕が再・変奏したものです。
村上オリジナル→松本変奏曲→阿部再変奏曲と、
変化のラインを確認していただけると嬉しいです
 

2008年07月02日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)

さらに八句

 
●柴田千晶さんが書き込んでくれた句に返す


恋すとふ掌(て)に蝶ありて煩し




●コミュ「色彩論」に書き込む


あぢさゐが魚骨を照らす何無惨




●コミュ「悲劇の誕生」に書き込む


鬱憂にうつぼ舞い込む五色海




●柴田千晶さんのなにぬねの?日記に書き込む


天刑の夢醒めやらず河馬が犀



まぐあひを疲弊の外に五夜五本



真白なるひとで奇よりも愛すかな




●新規オリジナルをつくる


可換体としてリンボと夏が在る



基地と機知縦横にして水母蜘蛛われ
 

2008年07月01日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)

新規10句その他

 
●新規10句


枯草の自洗さびしき穢(わい)の暮



鮮らしき腸(わた)花にあり霧薔薇(さうび)



韮花の段なすゆゑに昇りえず



愁ひゐてわが腸千切り風となる



恋すれば木妖を森なべてに見き



焉力に縮む雄鶏(をどり)の屈が我



中止してわが黝き「時肌」を撫づ



炎天や水へ溶くものかぎりなし



肝古りて草の酒飲む月の有無



おばけ世を万の傘ゆき起点消ゆ




●コミュ「色彩論」に書き込んだ一句


存在の門に葉が降り鹿も見ゆ




●コミュ「悲劇の誕生」に書き込んだ一句


柩寸(きうすん)にわが身固めて屋根に佇つ




●盛田志保子さんのミクシィ日記に書き込んだ一首


光る夏にトロッコをもて侵(い)りゆけばいづこの奥も不一ならざる




●田中宏輔さんのミクシィ日記に書き込んだ一首

まつらはぬ眼差しのさき石庭は石に還らぬ石あふれたり
 

2008年07月01日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)