ENGINE EYE 阿部嘉昭のブログ

今といふ過去八句

 
梅林や今といふ過去嗤ふべし



霙降る誰が啼泣ぞ去年の川



世も暮れてほかなる肌をとほく愛づ



葦牙の牙、西班牙の牙をなし



冥土では愛、アダジオの腐蝕かな



花照りて瞬時いぶける生如来



一朝に一夕感ず迅きわれは



微醺なら筏牛蒡で下る夢





昨日は、歌人盛田志保子さんの
お母様からお送りいただいた
鮑を女房と堪能しきった。
新しく濃厚なその美味を、
刺身に、ステーキにと贅沢に食べた。
六枚の立派な貝殻がのこった。

酒を伴走させてゆくと
吉田健一ではないが
次第に「海を食つてゐる」錯覚に陥る。
殻にへばりついた肝をフォークでこそげるときは
蟹を食すときの執念と似たものも生じた。
眼福という語があるなら胃福もあるだろう。

さて上の句はまたまた引き続き、
なにぬねの?コミュ「失われた時を求めて」の投句群。
冒頭句中「今といふ過去」は、
昨日読んだ西岡兄妹『救済の日』の主要概念だ。

今日はこれから女房と買い物に出る。
その気持のはやりのなか
四句目から八句目は
広辞苑をアトランダムに開き
目に付いた語に触発されて即成したもの。
「葦牙」「アダジオ」「生如来」「一朝」「筏牛蒡」。

このやりかたは即吟の練習になります。
 

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2008年12月27日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)

狂馬十二句

 
海坂へ胸坂向けて肺の春



水死せよとふ暗示あるらしこの火野に



いざ一揆、犢奔らせ北狄へ



打擲がわが生、風も八尾に割れ



馬車駆りてかなた山査子、ジルベルト



酢をかぶり朝餉とるごとわが胡坐



枯柳浮霊往来小江戸雨



秘書秘書と土筆崩るる音もして



仄白し嫉妬も失視もスワン氏に



樹々に馬齢あれば馬充つ霧の世は



跋扈中抜刀一閃馬齢薔薇



馬馬馬馬と菫の虚偽は踏まれゆく





昨日のつづき。
なにぬねの?コミュ
「タイトルで詩歌句・失われた時を求めて」への投句群です。
他の投句者の影響を受け
クレイジーな気分がずっと横溢している。
結社俳句のひとが読んだら卒倒されそうだ(笑)。

おかげですっかり俳句モードになってしまい、
詩篇が書けなくなった。近藤君を恨む。

本日は二日酔いをいさめつつ読書デイ。
小池昌代『タタド』ののちは
来年のシラバス書きのこともあり
積読マンガを読みだした。

福満しげゆき『僕の小規模な生活』1・2、
福島聡『鵺の砦』、
近藤聡乃『いつものはなし』、
西岡兄妹『救済の日』。
どれもに感銘。

いっぽう面白く読み続けているんだけど、
ジジェクのドゥルーズ論は小休止してしまった。
一年の疲弊が蓄積している、ということかも。
 

2008年12月26日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)

浚渫十二句

 
人肌の西を船もて浚渫す



狂明やとりわけ頭上を枯葉舞ふ



レンズ磨けど事物の繞りおもひでは



惜別の音もとめんと手洗ひへ



落椿紅白この狼藉の異類婚



人刺して瀉血すずしき金の夕



一猿にある往昔や谿白し



魔の位置の高きに猿をり否をらぬ



猿面の瘡もつ樹々に冬ゆれて



貌なき人牛(くだん)の顔に吸はれて問ひはかな



擾の痕いささかもなし神河原



隻に雙、欠けたるものと鳥を惟ふ





「なにぬねの?」恒例、近藤弘文君のコミュ
「タイトルで詩歌句」が再開した。
今回のお題は「失われた時を求めて」。
そこへの十二投句を上にとりあえず披露した。

学校が終わり、落ち着いた日だなあ。
晩の酒まで、賀状の宛名書きに励んでいる
(拙句はその合間に書いたものだ)。
ただいま「タ行」。
BGMにはずっとザ・バンドをかけています。
 

2008年12月25日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)

連句B班完成!

 
昨日は今期最後の授業日だった
(曜日の関係で年が明けての授業がない)。
3コマ連荘が終わって、やはり開放感。
会合などはあるが、これで
レポート採点まで大学の用事もほぼなく
これからは読書三昧と行けそうだ。

二限の「連詩連句演習」は
念願だったB班の連句も
直しと挙句がついに確定した。

連句は直しを入れることで
季の約束、付けの心などを受講生たちに
再確認してもらう運びとなって
それで連句の緻密さと愉しさも伝わったようだ。

直しはコンペに拠った。
宗匠が立たず、差し戻しも終わりまでしなかったのは
運びに遅滞が生じることを恐れたため。
これはこれでいい判断だったとおもっている。

ようやくスタートラインに立ったここで
本来は新たに歌仙を巻いてみたいところなのだが。

このB班では春・秋三句以上、
雑句を挟む同季句は駄目、といった
季節を寿ぎ季節を運ぶ
連句の智慧ある約束が
直しにより、完全に守れることになった。

当初は季節を合わせた
「なんとなく」付けにすぎなかったものも
受講生の自覚がました名残の折の裏あたりからは
前句にたいして機智で付けるような
目覚しいやりとりが連続した感もあり
僕自身、出来に満足している。
歌仙の醍醐味もここに脈動しているとおもう。

完成版のみならず、
直しの過程を明記するかたちをとったのは
たぶんこの「直し」に歌仙の実質、授業の中身が
凝縮されていると考えたため。
みなさんも元句と訂正句を
連句の流れを確認するとともに、見比べていただければ。

同じ様式のA班連句、C班連句とともに
近々、「阿部嘉昭ファンサイト」のコラボ欄に
全体を解題付きでアップする予定です。



【連句B班】 



肌寒の寄り合ふ声の開く窓に        三村京子1



 微光を分けて小鳥の泳ぐ         望月裕二郎2(望月直し)
  元句:雲間の微光ガラスを暖む    


満月の形をケーキになぞらへて       春木晶子3(月の座)



 小宇宙(コスモ)のごとく一呑みにせむ  輿水英里4



新海苔を齧りて口も海の香に        水野 桂5(阿部直し)
  元句:空部屋が凛となる日の陽だまりに  



 漂ふことすら絹糸の熱          三角みづ紀6



「冷奴始めました」を見つめゐて      望月裕二郎7



 向きあふ眸の酒に滲むや         三村京子8



さきはひは盃の底きんの砂         輿水英里9(阿部直し)
  元句:繋いだ手温い夜風に汗ばみて  


 考へもせず洗ひ流して          春木晶子10(春木直し)
  元句:でもまだ足りぬと握りなおして


連綿と行き交ふひとと芝焼きぬ       三角みづ紀11(三角直し)
  元句:後悔の航海故の波の距離


 薄氷渡る乱反射の黒           水野 桂12(水野直し)
  元句:水面に描く乱反射の黒  


屋根低く燕かすめし眼くらみて       三村京子13(阿部直し)
  元句:雛菊や燕かすめし眼くらみて


 朧月とふ輪郭かなし           望月裕二郎14(月の座)



三椏も雌蘂隠して眠りけり         春木晶子15(阿部直し)
  元句:朝顔も花びら萎めて眠りけり


 街の足音固き芽ひらく          輿水英里16(松岡直し)
  元句:明日にならば笑顔戻らむ  


見上ぐれば花の向うの天白し        水野 桂17(花の座)(阿部直し)
  元句:ソーダ水越しに開ける箱庭


 見果てぬ春蝉鳴き足らず鳴く       三角みづ紀18(三角直し)
  元句:あかるみの天わけながら咲く   


バスジャックせらるることのなき市バス   望月裕二郎19



 少年ひとりが枯野へ下りて        三村京子20(阿部直し)
  元句:少年が聞くNovember Steps


密やかな二輪の白菊つみにけり       輿水英里21(輿水直し)
  元句:天高くぽかぽか陽気に油断して


 秋蚊帳ゆれて睦める夫婦         春木晶子22(三村直し)
  元句:時雨を吸ひて布団重たし


鷺なども吸ひこまれゆく鰯雲        三角みづ紀23(三角直し)
  元句:湿り気に泣くおとうとの骨の音に


 西の彼方は浄土か滝か          水野 桂24(阿部直し)
  元句:共鳴はせぬと母の沈黙


寒水に泥鰌掴んで痺れるを         三村京子25(阿部直し)
  元句:縁台に蜜柑を突つく朝雀


 浪速の巷に皹薬買ふ           望月裕二郎26(阿部直し)
  元句:ドン・キホーテにて皹薬買ふ  


つるすべになりて落つるは白磁の花瓶    春木晶子27



 欠片を他所にあやめ咲きたり       輿水英里28



冴え返る水の粒子が虹をかけ        水野 桂29



 雲間をしづかに月渡りけり        三角みづ紀30(月の座)
  元句:霞月すら明滅さす


傷俟てる運動会の膝小僧          望月裕二郎31



 水を斬りゆく鮭のレースも        三村京子32 



塩辛し門出にかはす酒の味         輿水英里33
  元句:一面の豆を踏み踏み春立つ日


 鶯のいろ声と見分けず          春木晶子34(阿部直し)
  元句:鶯告げし新たかな出会い


花衣とうとうと捲り歩めれば        三角みづ紀35(花の座)



 孕める馬に朝の光背           水野 桂36(三角直し)
  元句:朝寝の跡が川と流れる      
 

2008年12月23日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)

牛の胃七句

 
本日(正確には昨日)は「未定」句会だった。
忘年会を兼ねていたので帰宅していま酔っている。
句会では「袋回し」(説明が面倒なので詳細は省く)で
即興句を七句つくった。以下。




牛の胃に種ある頃よ東風流る



イベリアの蔦もてわらべ溺愛す



草焼きに日本武尊のおもかげや



悲恋後は水照りを前に脚なくて



十二月十二単衣を順に剥ぐ



失せしもの羽衣その他湖(うみ)に佇つ



水すまし過去へ往くもの限りなし




最初の一句では自分で兼題を「牛」と定めたが
以後は「溺愛」「草」「水照り」
「十二単衣」「衣」「水すまし」を
即興兼題にされて詠んだもの。

自己判定では、「牛の胃」が
最高点をとるのではないかと手ぐすねひいたが、
あにはからんや、他句と最高点をわかったのが
「日本武尊」の句だった。
ほか次点句(二点句)が「イベリア」。

どうも自分の主観とご参集の評価のずれるのが
おもしろく、面映い。
まあ、これが句会というものだろう。

飲み会でいろいろ話したが一点だけ。

僕自身より三村京子にたいし
俳句を継続的につくるべきだと
「未定」重鎮の意見が僕に向けられたのが
こそばゆかった。

明日の授業で演習、連句B班の全貌がいよいよ確定する。
次のアップはこれかな。乞うご期待!
 

2008年12月22日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)

巨匠・魚返一真

 
ハイハイ、プロフィール写真、変えました。
妄想写真家・魚返(おがえり)一真さんに撮っていただいたものです。

先週の木曜日、じつは魚返さんに
インタビュー取材がおこなわれている僕の研究室に来ていただいて、
僕の今後出る本のカバー見返しやチラシなどに使用する
念願の「近影」を撮っていただく成行となったのだった。

近頃は著者近影で図柄的アイデンティティをしめさなければ
読者の受けもわるいらしく、
またその写真がイケてなくともそれは同様で、
女房などは遺影も兼ねてプロの写真家に顔写真を撮ってもらうべきだ、
そうして本の部数倍増を狙うべきだ、とずっと主張してきたのだった。
しかもそれを女房は、なぜか密かに「小池計画」とも名づけていた。
う~ん、てごわい妻だ(笑)。

そんなとき絶好のターゲットが出現した。
飛んで火に入る魚返さんだった。
じつはこの「巨匠」のお嬢さんが僕の卒論予備演習の受講者で、
しかも僕は2001年の「悪趣味」テーマの立教サブカル講義で、
素晴しい妄想写真家と「巨匠」絶賛の1コマすら設けたこともあり、
なんたる縁(えにし)、ともなって
この「小池計画」が着々と水面下ですすめられていったのだった。



まさか知らぬ者もいるまいとはおもうが(オッとハスミン調!)、
魚返巨匠の作風を以下にしめしておこう。

彼の「妄想」シリーズとして、僕が所有している写真集は、
『妄想カメラ』(青林堂)、『妄想サロン』(ぶんか社)の二冊だが、
それらはすごくJフォトの「サブカル的現在」を射当てている。
たとえ脱力的に映っても、するどい着眼をそこに感じるべきだといいたい。

まず巨匠は街や郊外を彷徨する。
それから独特の勘で道行くギャルや女人に声をかける。
「僕に撮られてみませんか?
日刊ゲンダイ(当時)に載りますよ」。――つまり、スカウト。
ただし条件がある。「となると、貴女がギリギリ許してくれるまでの
【チラリ】をやっていただきたいのですねー」。
どういう催眠術or誠意大将軍をつかうのかは知らないが、
たしか成功率が一割弱といったか、
たいへんな確率で女たちを吊り上げる。
女体エロスの太公望、いかがわしさの図像搾取人だ。

その写真がいい。まず日常的な外景のなかに彼女たちは配され、
乳首露出であろうとパンチラであろうと胸の谷間誇示であろうと陰毛開陳であろうとTバックの尻っぺた見せであろうと、、、
素人エロスの一瞬の「恥しい神々しさ」がそこに晒されている。
無防備な素人の「善意」による恩寵――それがヘンに動悸を誘うのだった。

不意打ちということもある。
女のもともとの好色と顕示欲が露になっているということもあろうが、
むしろ何かが「目出度い」のだった。
地球が脱力系に織られている――その確認をうっすら強いる、というか。
それで、見せる阿呆に見る阿呆、といった嬉しいパラダイスが出現する。
こころの温泉を感じる。

魚返巨匠の視線は確かだ。
たんなる中年の女性讃美に収まらない何かがそこに組織されている。
写真があたえる動悸は、おっぱいのひろがりかたなど
整備されない女体のどこかがたえず無秩序だと明かす。
グラビア写真的でない「真の写し」。
そういうものがこちら側を、常識の隙間から突き刺してくる。
「不意打ち」と綴ったのはまさにここだった。

これはロラン・バルト『明るい部屋』の概念をつかうとわかりやすい。
その本でバルトは写真の記号機能を、
「ストゥディウム」「プンクトゥム」に二分する。

前者は学習可能な文化的文脈といったもので、そのうちに社会化される。
グラビア写真の大方はこういったもので織り上げられている。

いっぽう後者は決してそういった既存性に回収されず、
終始、個人にとっての愛着を形成するもので、
その愛着は「突き刺される」ことでこそじつは結果されている。
「プンクトゥム」の語源は「棘(とげ)」だった。
魚返巨匠の写真は、エロスをアリバイとしつつ
内実はこの「プンクトゥム」の野心的な展覧だったのだ。

巨匠は写真一点主義。「対象」の真実に肉薄できたものを選びとる。
それはいちばん露出のはげしいものとは限らない。
ポーズ、恥辱、挑発性、
女体細部の無秩序の露呈などさまざまな検出項目があり、
かならず不意打ち性のつよいものが選ばれるだろう。
その一点の写真が、撮影経緯全体をも雄弁に集約してしまう。

しかも巨匠は、スカウトから撮影過程にいたる印象記を
一点写真掲載の脇に、端的な集約名文でウルウルっと綴るのだった。
「スカウト→脱ぎ→恥しさ」というのは
AV的なサブカルのもつ時間性だが、
その時間性を巨匠の印象記もあやまたずもつ。
その磁力を受けて、一点写真が「動き出してしまう」妙味。

ドキュメンタリーは凍結され、「同時に」うごいている。
そう、「写真は動く」。
それで写真が押し殺した喘ぎを発しているような錯聴にもいたる。
映画、アニメ、音響再生装置への「欲望」が
魚返写真の表面に、サブカル的な多層すらなしているのだった。

むろんAVに本番疑惑がつきまとうように、
巨匠のモデルが偶然スカウトされた素人ではなく、
「仕込み」の可能性だってあるだろう。
ところがそうした真偽の幅は、眼前にしているものの「厚み」となって
いかがわしさの徳へとむしろあっさり反転してゆく。
巨匠の作品はAVでいえば美少女単体の要請をみたしつつ
同時に企画もののもつ「いかがわしさと悪」の社会性をも具備していた。

一枚の写真で、一本のAVと同等の価値をもつことの意味。
つまりそれは縮約の精神が礼讃されるということだろう。
むろんそれは衰退資本主義の原理にかなう。世界は縮まねばならない。
世界の女は日常性においてボロくならねばならない。
脂粉の匂いよりも、
尿臭に代表される動物臭があったほうがさらにいい。

そうした縮約が無限並列されて何かの動勢を形成しだす――
そう考えてアッとなる。
それは、ベンヤミンの静止的弁証法、アレゴリーと
すごく構造が似ているのだった。



――僕自身の撮影当日は、こんな流れだった。
別口のインタビューを利用して僕の「喋る姿」を撮ったのち
(しかも巨匠はその編プロの女性編集者のほうに欲情していた!)、
お嬢を連れて立教キャンパスをロケハン、恰好の撮影スポットを確保した。
それでインタビュー終了を機に研究室で僕をさらに撮ったのち
僕を連れ出し、
お嬢を助手にしてものすごい数のショットを連打しはじめたのだった。
たまたま僕の研究室に舞い込んだサラギくんとアコちゃんも
その様子を熱心に覗いていた。

巨匠は外光を徹底利用する。
光と影という世界の偶然のなかに対象を置く。置ききる。
照明器具もレフ板も、さらにはフラッシュもアンブレラもつかわない。
つうか、根がゲリラ撮影向きの存在だから
その写真も「世界を掠めるように」撮られなければならないのだろう。
光の調子は、すべて連写前に撮るポラロイドから確認する
(じつはプロティールにアップしたものはそのなかの一枚だった)。
光と影と対象の、偶然の「おめき」みたいなものを看取しているのだろう。

普段の巨匠の女人撮影の型を、僕は撮られつつ想像した。
巨匠は「お、いいですねえ、実にいい感じです」とか何とか
僕にとっては巧言令色ともとれる言葉を軽やかに撒きつつ
そこに不思議な「仁」をも発散させ、
自らハイテンションへといたるのだった。
しかもヤラセにちかいポーズをしいることを厭わない。
目線をカメラに向けてくださいと依頼することも多かった。
世界を掠めつつ、「対象との対話型」が指向されているのだった。

僕はやさぐれ編集者の経験があるから、
モデルたちを雑誌カメラマンがどう撮るかも実地に見ている。
「いいねえ、可愛いねえ、すっごいイケてる、来ちゃう」とか何とか
シャッターを切りながらさんざん褒めちぎってゆくのが常だ。
傍でみているこちらも、
「あ、モデルがジンと来ちゃった」という瞬間に必ず行き会う。
以後、モデルの眼(眼だよ)は濡れ濡れとなる。
なんというか、「撮られることが嬉しい」という本能だけの存在になり、
自意識が消え去って、いわれるがままになってゆくのだった。
そういうモデルは大体、カメラマンに「お持ち帰り」されるのだが、
こっちは平衡を保つため「アホたれめ」などと心中で悪態をつく。

で、あろうことか魚返マジックに引っかかって
その「アホたれ」にこの50男までがなってしまう。
ジンジンしちゃっているのだ。
しかもお嬢も生徒もそんな僕を見ている。
恥しい。恥しいが――この自己顕示が「停められない」。
そうしてわたしはあられもなく みだれていったのでした・・・

↑まあ、冗談ですよ♪

ともあれ、巨匠の視覚は、対象の本質を見抜く。
その確信に向け、対象の存在の質をゆるやかに移行させてもゆく。
撮られた写真をみると僕の化け物性とケンカイさが迫ってくる。
巨匠は「先生(阿部)には僕(巨匠自身)よりアブナい面がある」と
撮影ののち、さんざん褒めてもくださったのだった。

そうそう、僕は自分の写真につき
「可愛く映っている。眼がつぶらで色白に見えたらgoo」と好みをいったら、
「そんな軟弱なこと言ってはなりません」と
こちらのへっぴり腰を言下に否定されたのだった。



その後の飲み屋では、巨匠の写真家成立伝説をうかがった。
岳父ご所有のカメラをいじくりまわす少年期を過ぎ、
その後いろいろ職についたのち
ファミレスで働いていた30代半ば、
巨匠は突如、家族の制止を踏み切り、
啓示を受けたごとくに写真家転進をおもいたたれたのだという。

原資ゼロ。設備ゼロ。職業化のための体験ゼロ。根性だ。
いきなり雑誌社に売り込みを開始。
当時、たった一回の海外旅行経験が
奥さんとの四泊六日のハワイ団体旅行だったが、
巨匠の口吻のなかでは自身が「海外旅行写真の達人」に底上げされ、
たまたまその旅行雑誌の次の企画がハワイだったから
カメラマンに起用されるなど
ペテン師的な綱渡りの連続で急場をしのぐ。

スタジオに入ってモデルを撮れば
勝手知ったる写真学校卒業者を
勝手知らないビギナー時代の巨匠がアシにつかい、
照明環境については、雑誌の頁をビリリと破り、
「ハイ、こんな感じに」と指示して素知らぬ顔。
うっかり露出などを失敗しようものなら
相手を泣き倒してこっそり撮り直しをするなど
薄氷踏みを繰り返したという。

人を食っている。
それで人を食う写真もますます得手となったのだろう。
専門教育一切なしに一年経てばいっぱしのプロ顔をしているのだから
世の中、舐めてかかったほうがいいのかもしれない
(ただし巨匠並みの心臓の剛毛の持ち主など滅多にいないだろうが)。

巨匠が巨匠化したきっかけは、自費出版とナマ写真売りだった。
巨匠は自分の作品を写真集にまとめるのにたえず情熱があり、
無名時代はいまでいうオンデマンド出版的に写真集を続々つくった。
手先の器用さにも恵まれているらしく、
「妄想」系の写真集は当時も現在もすべてデザインが自前。
それと無名なのに展覧会をやるという無謀も平気の平左だったらしく、
いつしか口コミでマニアが集まってくる。

そのときの写真はもうすでに『妄想カメラ』と作風が同じだった。
つまり――チラリズム、素人、生々しい、の三幅対。
生々しいから、ナマ写真も飛ぶように売れる。
スタジオ内ではなく外景で、しかもスカウトで撮った原資ゼロの写真が
化けるわ化けるわ一枚八千円也。
しかも巨匠、被写体とはあらかじめ使用範囲につき了承もとってあって、
権利関係でのちのち被写体とモメることがない。しっかりしている。

むろん現在の巨匠はふつうのグラビアもインタビューカットもやる。
だが鉄道風景に女の子を配して
そこはかとないエロを連打する展覧会をやったり、
巨匠の写真に憧れる中年男たちを中心に写真塾を開いたりもしている。

写真集の企画もいつもその頭のなかに沸騰している。
エロアイデアと写真アイデアに区分がないから
輪郭のはっきりしたお手軽+実用企画もまた量産されるのだった。



最後に、そうした巨匠の企画による最近のプチ写真集の紹介を。

タイトルは『デパートガール』。
副題部分に「魚返一真作品集vol.1」とあるが、「2」はいまのところ予定なし。
デパガ=淫乱=篭絡容易、という都市伝説に乗っかった、
巨匠らしい、いかがわしいキッチュなタイトルといえるだろう。

で、内容はというとシチュエーション別にモデル(素人ギャル)たちが
以下の条件でカタログ的に整然と撮りわけられている。

何個ものデパートの紙袋をまんま型紙的に切り取り、
発注してそれらをミシンでワンピースに縫ってもらう
(一枚のワンピースで使用されるデパートの紙袋は一種という鉄則)。
で、その素材的に不安定なワンピ(何しろ紙製だ)をまとうモデルたちを
当該デパートの前、決めポーズで撮る、という嬉しいほど安直なものだ。

国内有名デパートを網羅。
海外有名デパートも幾つか。
それもまたそのデパートのファサードのところで撮影が敢行されている。
ゲ、海外撮影なんてカネかかってるじゃん、とビビってはいけない。
その設定での写真は、明らかな合成なのだった。

発想は、小田島等くんがわざわざスーパーの店内BGMを
無国籍性を交えたテクノ音でつくってみせた営みに似ているかもしれない。
女房がその写真集を見て、「なんてアホなんだろう」と讃嘆していた。
僕はとくに、OD★KYUギャルが可愛くてならない。

しかしその作品集を見せられて僕は巨匠に文句をいう。
「紙製ワンピをギャルたちに着せたのなら
カタログ的な静態に押し込めずに、【展開】も可能じゃないっスか」
――「エ?」。

「少しずつ鋏で切って露出部分が増えてゆく経緯を押さえるんですよ。
オノヨーコのハプニング「Cut Me」の応用、
ヨーコの前例もあるから、アートって強弁もできるじゃないスか」。
巨匠の眼光が閃く。「うーん、その手がたしかにあるなあ」。
「パラパラ漫画化も可能です」。「う~ん」。
巨匠の眼がさらに輝く。
それはむろん、酩酊のためだけではなかった。



今日はこの文章を書くまえも、いろいろ働いていた。
「阿部嘉昭ファンサイト」は
最近は題名未定句集の内容更新をするだけだったが、
本日、四文書を一挙にアップしました。以下。

・連詩『買えない思想』の巻=「コラボレーション」からクリック。
立教連詩連句演習A班の完成品。三角みづ紀さん参加。解題つき。

・ 連詩『親指止まって、指紋失う』の巻=
同じく「コラボレーション」からクリック。
立教連詩連句演習B班の完成品。三村京子さん参加。解題つき。

・「新詩集(題名未定)」=「未公開原稿など」からクリック。
最近の七行五聯詩篇連作をまとめはじめたもの。

・ 短篇『道の真ん中のウェディングケーキ』=
「未公開原稿など」からクリック。
立教卒論予備演習での副産物。
石倉優希さんの短篇を阿部が改作したもの。解題つき。

――お閑な折には、これらもぜひ覗いていただければ
 

2008年12月17日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

08年度代表詩選

 
「なにぬねの?」近藤弘文さんの日記、
それとミクシィ都市魚さんの日記を真似して、
「現代詩手帖」年鑑号収録の「年度代表詩選」から
眼についたものを拾ってゆく。
寸評も少々。

ただし単純なルールをもうけた。
情実を邪推されるのが厭なので
マイミク、マイフレンド、知己は除外。
とうぜん自分のものも除外。
それ以外では老若男女に偏りを設けない――というもの。
では行きます。



○中尾太一「カーサ・デスペランサ」
標題「絶望の家」の出自は知らず。
情景がシャッフルされ、そのシャッフルに苛立ちがあるから
「フレーズ」が独自に成立しだす。音律も良い。悲哀が底流している。
《くさい光が渡っていく》にドキリ。
「詩手帖」での連載詩よりずっと良いとおもう。

△朝吹亮二「作品(贈りもの、そっとさしだされるための)」
意外なものを選んだ、という自覚はある。ずっと苦手だったひと。
南島での抒情。少し濡れすぎているとおもったので△。
《金管楽器が爆発しないように》という1フレーズで選んだともいえる。
ただ半分に切れるのではないか。

△藤井貞和「神田駅で」
新聞詩ならではのゆるみ(しかしこの詩選、新聞詩が多すぎる)。
それでも最後の一聯がさすが貞和さんだとおもう。

△奥津ゆかり「とうめいな赤い実」
女性詩のしなやかさ。
《半月とよばれるそのなかのひとりと
恋に落ちる(ふりをする)》という恋情の屈折にウルッ

△山本哲也「消しゴム」
惜しい詩人を失った。その気持も籠めて。
終盤には死を予定された者の抑制された慟哭を感じた。
《どこかへ
行こう、と、して、わたし、は、
いくつの町を壊してきたのだろう。》

○中本道代「交錯」
詩篇中の「死王」に喩的解答が出ないのが恐ろしい、素晴しい。
「黒いダンス」という修辞をあっけらかんとつかえるのは
たぶんこの詩作者が言葉の残酷を知っているからだ。

△蜂飼耳「林の顔」
主題「まつげの林」に多元的イメージがあって
それにたいする解答の導線をもたない。
詩はそれ自身の導線をもつだけだ。それで清々しい。

△アーサー・ビナード「へそくり」
苦手なひとなのだが。この詩篇はいい。
すべてひらがなで書かれた、処世と心情の逆説。
ちいさな生き方の、素晴しい狡猾ということだ。

○峯澤典子「舟遊び」
死者、岸、髪――お定まりのイメージ連鎖。
詩集『水版画』を恵与されたときは
このような詩篇に代表されるような保守性から、
現在を生きていない、という否定的評価をくだしたのだが、
「舟遊び」を再読すると言葉がしなやかで
(文節が付帯的に加えられてそこから遅延的な改行原則が生ずる)、
それゆえに標題にからむ「笹舟」も
言葉の川を流れていると感じた。

△文月悠光「花火」
冒頭からの( )に挟まれた散文詩と
その後の行分け詩の二部構成というか衝突。
それぞれが分光器にかけられた花火をうたっているが
二部構成もまた衝突して花火を上げる。
若いのに、構成への意志がつよいなあ。

△塚越祐佳「まつり」
土上で踊る自ら。旅の体験をうたったものか。
土を打つ足の裏から土の魔が浮上、踊る躯を貫き、
それで身体が華やかに分離するイメージがある。
《めもくちもふさがれ/みみの中うみ/みみがはしりだす》

○中島悦子「小川」
何しろ08年中、最もポップな詩集、
『マッチ売りの偽書』を出したひと。
英断という終結形をもつ一文を
隙間をもって連鎖してゆき、
現代詩の逼塞を解く(語彙はむずかしくない)。
このひとの詩集を「今年の収穫」に挙げなかったひとは
たぶん情報感度が弱すぎる。
倉田比羽子さんのものとともに、年度代表詩集だろう。
掲出詩篇では、虚構をほどこされた「二歳の甥」「旅のずれ」がいい。
書いたことを省みず先を行くやりかたには
僕自身との親近性も感じる。

○浜江順子「飛行する沈黙」
このひとは詩集で、散文詩型と改行型を並存させた。
どちらが優れているかでいまだに悩んでいる。
詩文を圧縮させ、言葉の運びに隙間ができ、
そこに抜群の空間性と律動ができる。
圧縮には凶暴さも秘められていて、好きな詩人だ。
掲出詩篇は散文詩型。
ラスト、《足の指を世の因子にして、コーラする。》に唖然。
先の中島さんとともに、時間があいたら浜江さんのも
ちゃんとした詩集評を書くつもりです。

△藤原安紀子「爆音エレジー」
語の配置の間歇、誤変換活用という
藤原詩法はここへ来ておとなしくなったけど
相変わらず破天荒な言葉の運びが素晴しい。
たとえば――《土のうえでなわ跳びをしていた 土のうえに着いたことのない影法師の塊が/何弾もとおり 巣伐るのを数えていた/日付は黒曜石に焼き込まれて 像のひとつづつは薄くなってゆく〔・・・〕》
「巣伐る=すぎる」に注目。
じわり、と(要約できない)全体イメージも浮ぶ。

△北川透「窯変論」
相変わらずユーモアがしつこく、ユーモアにならない。
それでも断定文をばっと散らして、
空間がいい感じでつくられている。
《一度も原点などなかった。まぼろしの原点がはにかんで夢見た前衛。それは掘っ立て小屋の論理で精製された、真っ白な塩。》。
谷川雁が視野に入っている?

△稲川方人「カンブリア湖の岸のあなたの家」
今年の詩手帖の稲川小特集に載った同題の詩のほうがずっといい。
連作なのだろうか、はっきりしない。
最近の彼は、「詩篇を痩せさせる」ということを考えているのか。
それでもお馴染みの同音反復、その音韻性にもってゆかれる。
最近いかに頓珍漢でも、やはり否定できないひとだ。
その動物性の種類を僕は好きなのだろう。
(このひとはいちおう知己なのだが、
僕の否定者なので、あえてここに掲げた)

◎安川奈緒「必要性の丘から連絡する」
これが代表詩選ではトップの詩篇だった。
口語の猥雑を汲んだ苛々した散文形で、
時代にたいする身の置きかたには真摯な危急性がある。
文法破壊が「必然的に」伴われ、
第一詩集からはそうとうの距離を踏破したのではないか。
見直した。
フレーズがヘンであればあるほど輝く。たとえば――
《「宥子」という名の女の影響下ですべての事が進んでいる、と見えます このナンバー・ワンを倒してみたいのですが》



選定にあたっては老若男女境なく、と書いたが、
女性に寄り、しかも若手に寄った、とおもう。
「大家」「団塊以上」はかぎりなく弛緩している。

だいいち詩想が明確でなく、雑記にちかい詩篇がなぜこうも多く、
散文原則から詩が分離されていないのだろうか。
音韻が目茶目茶。
それで「フレーズ」すらない(僕はフレーズ主義者でもないのだが)。
世界発見なんかもう遠い境地だ。
痛ましい、これが代表詩選だとおもうと。

アンケート「今年の収穫」での選定の濁りもあって、
「詩手帖」のこの号は潜在的な詩作者を抑圧する、と
詩の好きな学生が僕の研究室ですごく憤慨していた。同感。
みんな代表詩選に掲げてはいけない詩には気づいている。
それならばせめて
ネットの応募サイトで賞を取った詩篇を載せるべきだろう。

それと編集部の見識をも疑う。
いちばん良い詩がとられていないのだ。
斎藤恵子さんと岸田将幸さんと
渡辺玄英さんと奥田春美さんがそうだった。
恐らく高岡修さんと杉本徹さんもそうだろう。
知己では廿楽順治と三角みづ紀がそうだった。

それとこのかたちで抜かれても当人が不本意だろう、
という無神経ぶりも跋扈している。
ここでも知己もふくめ割を食ったひとを掲げると、
薄井灌、柴田千晶、倉田比羽子、高貝弘也がまさにそう
(杉本徹はこちらに挙げるべきかもしれない)。
みな台無しのようなかたちで載せられている。

知り合いではやはり杉本真維子の詩が抜群だ。これは切断詩。
いっぽう小池昌代は、散文と詩の連携がやはり詩で、
実は難度の高いものを素晴しい勘で書いているとおもう。
このことはあまり語られていない。

で、結局、「詩手帖」年鑑号は
二三の展望記事とこの代表詩選を読んだだけで
全読了を放棄してしまった。
はっきりいうと、吐き気がするので。
ただしそれだけを語ると問題も出る。
やはり良い詩は載っているから。
それでまあ、この日記を書きました
 

2008年12月09日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)

小糠雨十句

 
死にかはる凍鶴もなし小糠雨



海馬には落丁ありぬ人が美(は)し



来し方も枯野なれども野は尽きず



幻聴を嘉せん揺るる天女草



主を売りて冬の脱衣に縮むのみ



みだらとは死野の噴きあぐ湯煙ぞ



灰赤の熾ならびゐる隠岐が沖



得心せず銀貨がユダを擁かざれば



変転のさなか火となり生徒灼く



語れども枯葉へ枯葉擦るに似て
 

2008年12月08日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)

落雁十句

 
落ち雁に逆さ比叡が迫り来る



黒門を抜けて渇虎となる身かな



始まりを鎮めて我は汝の上



何と何睦む岩打つ濤ありて



寂魂が生(な)れども雨は樹をとほる



愁殺後円不完全紫生活



湖心ひとつ睡らんとして雲映す



幼生や楽として生く数時間



貝のごと遠浅の世に交むのみ



雁数羽黄泉を見せ合ふ落下まで
 

2008年12月07日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)

馬糞十句

 
東風ぞ吹く粉となりゆく馬糞かな



詩怨などヘブライの産いろはにほ



首抜きて霧に真向かふ睡ければ



冬蜂の眼の昼のほし正午の野



水洟も飴粕となり縁者消ゆ



坐臥なぜか水になりゆき細魚顔



蜆蝶を汁にあしらふ腐蝕日は



廃位よりおのれ瞰下ろす鳳の惨



脇見にて花王(くわわう)眺めん死ぬる迄



静住を事とし蝋梅陽に揺るる




最終一句は蕃兄、解酲子兄と巻く
「なにぬねの?」歌仙からの反故。
 

2008年12月05日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)

沢田研二・東京ドームライヴ

 
三万人、六時間半、八〇曲、六十年――
これが、憶えておく数値。
昨日の15時から21時半まで
東京ドームでひらかれた
「人間60年 ジュリー祭り」で
沢田研二がつくったものだ。
ゲストなし、ツインギター、シンセ、ドラムという小編成のバンドのみで
単身の沢田がつくりあげた数字だから、恐れ入る。

満席の会場が冬の到来もあって地味な色に感じられた。
むろんそれは1940年代から50年代に生まれた女性が
大挙、会場に繰り出したこととも関連している。
客席の雰囲気を総括すると、
新宿コマのそれと変わらないという結論が出るのだろうか。

いやちがう――周囲を見渡し、どこかではにかみをずっと保持している
「元少女」のはかない面影をもつ女性が客席にとても多いとおもった。
たとえば「ジュリー!」と歓声をあげる声が
思春期のそれのようにかしましくなく
どこかで弱々しい含羞にも翳っているのだが、
これがヘンに永遠の少女をおもわせて生々しかったりする。
結局はずっと、「大人になれなかった女たち」。
こちらは六〇前後のそんな女性たちに妙な色欲さえ覚えてしまう。
彼女たちは「永遠の王子」ジュリー=沢田研二にたいする
「動物的」反射現象のなかにいた。
そこに性的な――肌の微妙な湿り、喉許のうわずりも感じられた。



いまの若い子たちに、
往年のジュリー=沢田の輝きを伝えるのは難しい。
六〇年代後半から八〇年代初頭まで
「単独アイドル」になっても日本のポップスの基盤を
歌唱・衣裳・ルックス・アイドル自覚・ブレインたちなどをつうじて
からだを張ってつくりあげ、
他の歌謡ポップスともちがい、どこかで日本化を拒んで
欧米ロックとの連絡性を深層では強化したこと。
しかもそれを美しさと、歌謡界的「けれん」「派手さ」のなかで
微視的に検討できる厚みのなかに常に繰り広げたこと。

そのようにして彼はずっと「歌の中心」にいたのだった。
むろん華やかさにおいて比肩できる人材などいない。
そう、彼は唯一神だった。

会場には同世代の女性グループのほか、
母-娘カップルも目立った。
「お母さんの若いころ好きだったアイドル」の凄さ、
それを伝えるには実物を見せるにしくはない、とおもったのだろう。

ジュリー伝説が伝わりにくいのは、
ずっと「トップを張りつづけ」、
ついに加齢からそれが維持しえなくなった八〇年代初頭、
沢田研二の活動の迫力が低下したのと軌を一にするように
彼のナベプロ脱退が沢田をTV画面から放逐するような流れをつくり
沢田自身もそれで間歇的な俳優活動に基軸を移し、
歌手としては往年のヒット曲の宝蔵を潔く封印してしまったためだ。

要請があっても、
彼は経済基盤が弱くなりヒットしなくなった
「新曲」しか唄わない(つまり「昔の名前で出ない」)と突っ張ったはずで、
この長い自己封印が、ついに「還暦到達」という機縁を得て
「往年のヒット曲をすべて唄います」の表明に変化、
これが今回の客足の伸びにも跳ね返っていったとおもう。

俳優としてのジュリーは『悪魔のようなあいつ』『太陽を盗んだ男』と
アイドル期にもっていた微妙な陰翳を拡大するようにキャリアを重ね、
八〇年代後半からは眼の下の隈の深化、疲労の蓄積と顔色のくすみを武器に
「冴えない中年」の役割で、ずっといい味を出していったとはおもう。
それでも肥満化による体型の崩れが否めなく、
歌手としての往年の栄耀を
そこから摘出するのは至難だったかもしれない。

たとえば同じタイガース出身の岸部一徳が悪辣さ・軟体性をふくめ
その演技に存在論的深みをつよめてゆくのにたいし、
俳優としての沢田は、どこか居所のなさに付きまとわれた感もある。
中年俳優としてもっと出番が多ければそれも打開できたかもしれないが、
どこかで彼は「労働」「頑張り」を
斜に見る習いもできてしまっていたのではないか。

ただ長年のジュリーファンは
やはり彼を「太陽的光源」と捉えつづけたい希求をもちつづけたはずだ。
この「太陽」というのは、僕が岸部一徳からじかに聞いた言葉。
映画『ラブドガン』パンフ制作でのインタビューに当たり
ベース奏者が俳優に転進する例は
存在論的、「本質的」な演技に結実する場合が岸部もふくめ多いのにたいし、
歌手出身の演技は――と視点が移って、沢田研二の話題へと自然に動いた。
このときに岸部が遥かな視線にいきなり転じ、
「あのひとは太陽ですから」とぽつんと語ったのが印象にのこっている。

沢田の「太陽性」については、
実はその美貌以外に、「声の美貌」が関わっているだろう。
「王子の声」とずっとひそかに呼んできたのだが、声がすごく艶やかで、
唱法のロック典拠に、なにか綺羅を刷く要素もそこに加算されるのだった。

唱法のロック性に関しては
声がダウン気味に入ってゆくことがまず挙げられる。
次に、ディープソウルシンガーのように、一定の長さの歌唱フレーズを
分節として演奏のなかに「置き」ながら、
そこでは基本的に声を伸ばさず、発声を間歇状態にさせる
(これらには沢田の深いロック理解がある)。

ところが勘所ではジュリーの声が華麗に伸ばされる。
クライマックスの高音域でそうなるのはむろん自然だが
中音域でも彼はそれをおこなう。
それをたとえば布施明のようには横に平べったく全開にしない。
この中音域の声の伸びにこそ独自の艶があり、
これがエロキューションの良さと相俟うのがジュリーの武器だった。

ジュリーは決して、同世代のロック系歌手のように
アメリカ音楽へのコンプレックスを起因に
発声にビブラートをかけたり、下品な巻き舌をつかったりはしなかった。
元は京都の不良少年ロッカーという資質もみえたのに、
どこかで端正さにより歌を練り上げてゆく精神的な傾きがあった。

露骨に芝居的な感情移入性がない、という点のみを抜きにすれば
上記のジュリーの歌唱特質はシャンソン歌唱に通じる面もあり、
それがジュリーの美貌と相俟って、
彼をロッカーにして「宝塚スター」にも近似する「聖なる怪物」に変えた。
彼の歌にはそれで、「アイ・ラヴ・ユー」とともに
「ジュ・テーム」も組織され、ここに違和感がなかった。

このことでジュリーにはトランスセクシュアルという役割も
追随者の郷ひろみとともに付加された。
グラムロックの隆盛を横目にジュリーが化粧をしても、
誰もがその声の美貌と、姿の美貌とを、分離できないと知っていて、
そのバサラな振舞にもしごく納得したのだった。



このライヴを前に、歌手としてのジュリーの近況を伝える、
二回にわたるNHK『SONGS』での放映を見ていた。
歌唱の艶は往年の姿を取り戻したものの、
その肥満体型を女房と僕は「沢田彦麻呂」とわらいあってもいた。

ところが今度のライヴでは、
やがて綺羅綺羅しいステージ衣裳の重装を解いた彼が
往年の痩身を再獲得したとわかってくる。
ステージの花道も袖も走りまわるにふさわしい、抑圧のない体型。
皺だらけの老犬のようなミック・ジャガーの現況に較べ、
この「人間60年 ジュリー祭り」の沢田は身体レベルでの精神性が強い。

ジュリーは、最初、ビジュアル系ヴォーカリストに紛う、
全身白、歌舞伎的な連獅子をおもわせる派手ないでたちで現れた
(ただしルックスが良いのだから隈取の化粧で顔をごまかす必要がない)。
そのたてがみ部分が、身体を側面・背面から覆う。
つまり肥満体であってもその体型の弱点が隠されるステージ衣裳だ。
しかもそれは、よくみると「たてがみ」を模写しておらず、
どちらかというとアメリカ先住民族の「酋長」の様式、
つまり、羽根の集積を表現していた。
もしかすると美空ひばり「不死鳥ライヴ」での
あの衣裳が念頭にあったかもしれない。

一曲目から彼はステージから飛び出した花道にどんどん繰り出してくる。
だんだん歌唱に熱を帯び、拳が演説者のように前面に突き出されるに及んで、
「カリスマ」に接しているような鳥肌も立ってきた。
番組『SONGS』とは電圧がまるでちがう。
そして七、八曲が続々披露されたのちその装飾的な覆いをとると
前記のように彼が自身のからだを細身に鍛え上げているのが明らかになった。
その体型的「自信」が裏打ちする電圧だった、ということだ。

途中、約20分のわずかな休憩時間を挟んだとはいえ、
ジュリーが六時間半に及び八十曲を唄いあげるというのは
「往年のヒット曲網羅」だけでは理解できない事柄だ。
ヒット曲はタイガース時代のものからソロアイドル期のものまで
確かにほぼ不足感のないまでに惜しみなく披瀝された。
一方で、一部の熱心なファンを除き
大衆がジュリーの曲から離れていった受難の時代にも
佳曲と見事な歌唱が目白押しにある、と実証するために
沢田研二は半ば「意地で」、八十曲を延々唄いつづけたとも思しい。
実際、「掴み」は弱いかもしれないが、
僕の知らない曲にも素晴しい作り・歌唱が続出していた。

第一部の最初、ジュリーはずっと知られない曲を連打してゆく。
中年後期の女性を中心にした客席はうまく自分の場所を定位できない。
ジュリー自身は受難期までふくめてその全貌を明かすのだから、
得意であるはずのMCも最小限度にしなければならない。
一曲が終わって彼が語る言葉は、
決まって「ありがとう、サンキュウ、アリガトね」。
くるっとからだを回す場合もある。
最後の「アリガトね」は田舎のお婆さんのような発声というべきか
フィリピーノの片言の日本語というべきかで、滑稽味もあり、
何度繰り返されてもおもわず笑ってしまう。

第一部、七曲目、とつぜん聴き知ったイントロが流れてきた。
意外や、既知の曲の最初の披露は
タイガース時代の『銀河のロマンス』だった。
往年とまるで変わらない「王子の声」が「王子的な曲」と
寸分もなく合致してきて、
僕自身も「友達のお姉さん」と一緒にジュリーに憧れた、
往年の甘い感情になってくる。眼が潤んできた。
以後、『モナリザの微笑』『青い鳥』(これらのGS様式の曲の、
ポップ文脈での、なんという変わらぬ新鮮さ)なども立て続けに唄うが
加橋かつみがリードをとった曲をジュリーはきっぱり回避した。
『シーサイド・バウンド』では客席全体が
「GO! GO!」の掛け声で揺れた。

また、知らない曲の連打に少しジュリーが戻ったのち、
今度はソロデビュー『君をのせて』(宮川泰作曲の
隠されたジャズコードの素晴しさ!)を皮切りに、
『許されない愛』など、ソロ時代の初期曲が立て続けに唄われた
(『六番目のユ・ウ・ウ・ツ』など例外もあったが)。
上述『君をのせて』には「ア、ア~ア、アア・・」という
ジョン・レノン『イマジン』とそっくりの間投詞的歌唱の一節があるのだが、
この部分でジュリーの高音歌唱が
還暦を迎えた男とはおもえないほど色気がある、と鳥肌が立った。

それは、第一部のアコギやクラシックピアノ音だけをバックにした
短いフォークコーナーでのジュリー歌唱の驚きにも引き継がれてゆく。
ヴォーカルに適度にかけられたリバーブの特質を知りつつ、
最も音域の高い発声では声にひずみをかけ、
それを反響のなかで適切に伸ばしてゆくのだが、
そこでディープソウルの「絶唱」に似た効果を
沢田は「ジュリー文脈」で独自に実現していたのだった。
やはりジュリーは稀代のヴォーカリストだったという思いをつよくしてゆく。

ジュリーが還暦を迎えたのは今年の六月。
以後、彼は小規模な「ジュリー祭り」を地方でずっとやってきた。
それでたぶん痩身を取り戻した。
この東京ドームでのライヴの三日前には
大阪・京セラドームでドーム公演も敢行していて、
この流れのなかでたぶん声の調子をずっと上向きにしてきたはずだ。
ハードスケジュールでも声を潰さないというのは
往年の彼が歌手としてノウハウをずっともっていたことの反映だろう。
同時に「復活」に向けヴォイトレを敢行していた裏事情もみえる。

第一部の終わりはタイガースの解散コンサートでの主題曲だった、
隠れた名曲ともいっていい、『Love Love Love』。
忘れられない、ブルーアイドソウルなサビメロが抜群で、
おまけにその部分でジョン・レノン『愛こそすべて』と同じメッセージをもつ。
会場で沢田と唱和していたら、
やはり後ろから前から
中年女性たちも低くだが同じく唱和していると気づいた。
ジュリーはさすがに客席への転写能力が強い。

この女性たちは当日、家庭も仕事も自営業もほっぽりだし、
祭りに駆けつけた「翔ぶ中年」でもある。
ジュリーもまた、会場の女性の中心が自分と同年代だという点を意識していて、
やがて始められたMCでは「ご老体を労わる」口調で彼女たちを擽り、
自分の「頑張り」がいかにしんどいかを自己申告することで彼女たちを笑わせた。



休憩を挟み、第二部。往年のヒット曲とともに
新アルバム収録曲を網羅するというので相変わらず、知らない曲も多い。
ただし『SONGS』でオンエアされた曲は知っている。
「わが窮状を守る」という一見右翼的なメッセージに見えつつ(曲調もそうだ)、
内実は「窮状」と「(憲法)九条」を引っ掛けていると気づき
そのリベラルぶりで唖然とさせるフォークバラードや、
最良のクイーンにたいするようなマッチョな掛け声がふさわしい
シングルカット曲と思しい『ロックンロール・マーチ』など佳曲も多い。

それと不意にジュリーは第二部で一曲だけタイガース時代の曲を演った。
ラストシングル『美しき愛の掟』。
シングル音源では狂奔するギターが遠くに入っていて、
奏者が森本太郎ではなく成毛滋ではないかと噂された、
ドラマチックな設定からロック的反復呪文に入るいわくつきの名曲だ。
ジュリーは自分の名曲が何かを見事に検討しているとおもった。

この第二部にいたってもジュリーの声が枯れない、潰れない。
それどころか歌声の天性の「王子的」艶やかさが曲を追い、増してくる。
ああ、このようにして八十曲が唄われ終わるのだとおもった。

第一部で温存されていたソロ・アイドル時代の、
ロックンロール的スピードのある曲は
『危険なふたり』『TOKIO』など、この局面でここぞとばかりに披露され、
客席の手拍子、挙手の波、唱和の度合いがぐんぐん高まってゆく。
それを機にジュリーは正式な唱和も提案した。
対象となった曲は『あなたに今夜はワインをふりかけ』。
意外だったが、これが素晴しい選曲だった。
ジュリーは自分への、観客のマニアックな執着を知っていたのだった。

相前後して新曲群と往年のヒット曲群を交互させる構成も続き、
『サムライ』など、阿久悠作詞時代の、
歌詞に代理店的な仕掛けのあるバラードの歌唱が中心となる。
アンコール後は、満を持して
『勝手にしやがれ』『時の過ぎゆくままに』が披露されたが、
それでもラスト数曲は、ノリのいい曲が選ばれながらも、
観客に馴染みの薄いもので通したのには上述のジュリーの「意地」をみた。

体力抜群、気力の充実抜群。時に軽快に走り回って唄う姿には心底驚いた。
大体、ジュリーは八十曲の歌詞を、記憶しきって暗誦で唄いきったのだった。
それだけでも常人の能力を軽く超えている。
歌詞が跳んだのは一曲の小さな一箇所のみで、
それもふくめ全てにわたり、これは圧倒的なライヴだった。

聴きのこしたとおもった曲は『魅せられた夜』くらいか。
音色を変型させたキーボードのイントロにたいし
ジュリーが最良の歌唱で放つ声の「湿気」が調和し、
ジュリーの資質が英米と欧州大陸に魅惑的に分裂する、あの憂鬱な曲。

衛星が先だろうが、NHKがやがてこのライヴをオンエアするという。
ラインで録った音に差替え、
多すぎる反響を適度に殺した音で放映されるだろう。
ねがわくば、全曲を割愛しないで出してほしい。
それがメドレー方式に圧縮せず、
すべての曲をフルコーラスで唄い切った
ジュリーにたいする敬意の表明ともなる。



時代をつくったジュリーを素材に、このようなライヴ評をものすれば
当然、最後は世代論で締めくくらなければならないだろう。

最も留意すべきは、団塊の世代の、老いを兆す現在の身体が
その青春期には「ロック的身体」として熱狂的に組織されていたという点だ。
女性に限っては、ポップスヒットにロックの真髄を潜ませていたジュリーが
そうした身体組織を領導した面がつよいということが無視できない。
そこで彼女たちはロック的なものとロマンチシズム的なものの
不思議な融合を自分の身体にすらみたはずで、
そういう絵空事にもちかい幻想が若かった彼女たちの感性をつくった。
つまり彼女たちの身体は、「幻想」で織り成されていたのだ。
身体が実在だった前世代とはこの点が大きく異なる。

それでその後「世界」がある方向へと傾斜してゆき、
最終的にはこのことで現在のネオリベも母娘癒着も、あるいは
「おひとりさま」の自裁と最終連帯に向けての「独善」もあるのだとおもう。

会場は僕にとっては、年長女性にたいする往年の甘い幻想を確かにもたらした。
いまでは見受けられなくなった「友達のお姉さん」の自由への憧れや
性的な自己責任を負わされている躯の、甘い匂いが
ここにはいまだに漂っている――そのように知覚したのだった。
「68年の女たち」の残存。
そういう身体の実質とジュリーに代表される「ポップス」の実質が
実は見事に拮抗していて、
これこそが、戦後民主主義と並ぶ、「日本的条件」なのだともおもった。

若い世代も、この点につき、体感を研ぎ澄まさなければならないだろう。
だから母から娘への「ジュリー伝説伝承」が大きな意義をもつのだった。
 

2008年12月04日 日記 トラックバック(4) コメント(81)

連句C班完成!

 
立教連詩連句演習、連句C班も
歌仙一巻を完成させた。
こちらは四人と小ぶりの連衆だが、
その理由は
第一回授業欠席者を中心に形成されたため。
阿部はここに参加した。

ABCD、BADCの順。
四人なので出句頻度は高い。

先にアップした連句A班の歌仙は、
初折表~初折裏前半に
約束事の季語が少ないという弱点をもつ。
それでも直しをみなでやらなかったのは、
季節の気分でつけられていて、
連句的な推移が不十分ながら
表現されているとおもったため。

このC班は僕が参加しているため
そのあたりは磐石なのだが、
内堀・伊藤という「停滞」の達人がいて、
途中、遅れを取り戻すため
授業のなかで連句を運んだこともあった。
第十三句から第二十二句までの流れが良いのは
授業中の阿部の容喙があったからだ。

メーリス到着後、
語かぶりなど初歩的ミスを直すうち、
勘所も僕自身が工事してしまった。

それでは以下を--




しまひまでそぞろ往く日も藁の王   阿部嘉昭1



 遥かに見ゆる曲がり路の秋     伊藤浩介2



黄金にはなれぬと落つる金木犀    石井洋平3



 舞を踊りて服に染み付く      内堀亮人4
  元句:舞を踊りて路に染み付く


一筋の呻きおもはす周波数      伊藤浩介(阿部直し)5
  元句:一筋の呻きに似たる周波数


 ラジオ修理も夏の月下に      阿部嘉昭6(月の座)



目が覚めて周囲見渡す一匹の蝉    内堀亮人7



 蟻に食まれむ末はわが身よ     石井洋平8



半玉の請け先に梅らんまんと     阿部嘉昭9



 そよかに流る沈丁花の香      伊藤浩介(阿部直し)10
  元句:そよかに流る冬の残り香


手荷物の息を潜めし風鈴の      石井洋平11



 涼しき懸想に我が身を削る    内堀亮人(阿部直し)12
  元句:夏の懸想に我が身を削る


月恋し曇天をゆく鐘の哀       伊藤浩介13(月の座)



 見えなくなりぬ肥馬の背中も    阿部嘉昭(阿部直し)14
  元句:見えなくなりぬ馬車の背中も


種をまき芽吹く陽気に走り寄り    石井洋平15



 キャベツに似たる脳の数々     伊藤浩介16



たつぷりと花も重たき頭山      内堀亮人17(花の座)



 寄席の帰りを茶漬けで流す     石井洋平18



粥腹に力を込めて西瓜剪る      阿部嘉昭19



 研がんとすれば砥石に黴よ     内堀亮人20



五月雨の露滴りし原始の蒼      伊藤浩介21



 田中の線の縦を横に見       阿部嘉昭22



空と地をひつくり返さん手をついて  石井洋平23



 天に張り付く我は蜘蛛なり     伊藤浩介24



汝が髪は憤らずとも愛衝つく     内堀亮人(阿部直し)25
  元句:我が髪は怒らずとも天を衝つく


 抜けども抜けぬロックの色素    石井洋平26



まぼろしは紺屋と囲む藍の鍋     阿部嘉昭27



 煙と消えて腹満ち足りず      内堀亮人(阿部直し)28
  元句:煙と消えてわが腹満ちず


かすみ目を底まで撃てり冴ゆる月     伊藤浩介(阿部直し)29(月の座)
  元句:かすみ目に朧を纏う月麗し


 すすき野にある馬糞が都      阿部嘉昭(阿部直し)30
  元句:をちこちにある馬糞が都


薄羽の蜻蛉のひかり衣装とぶ     石井洋平(阿部直し)31
  元句:薄羽の透ける光の衣装とび      


 夜の寒さに足ばたつかす      伊藤浩介32



明け方や筍を見る土湿り       内堀亮人(阿部直し)33
  元句:喧噪も無ければひとり夜さみし


 吟行小ぶりに春空ひくし      石井洋平(阿部直し)34
  元句:目覚めの行軍ひとには小さき


菰を茣蓙にしのぎて酌まん花のもと  阿部嘉昭35(花の座)



 琴瑟そろひ歌ごゑ潤む       内堀亮人(阿部直し)36
  元句:酒に色付く頬と紅梅       
 

2008年12月03日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)

岡井隆・ネフスキイ

 
日録として歌作する。
一日一首という鉄則は設けない。
想が赴くままの、連作の欲求もあるためだ。
歌作では、魂のうつつと清澄が均衡した朝を多くこのむ。
これらが岡井隆の近来の短歌態度となりつつあるようだ。

――こう書いて判明するように、
岡井隆の歌作ではあらゆる歌の可能性・蓄積経験を手中にしたうえで
そこに随筆性をさらに巻き込んで
それで歌型の強靭さがゆらぐか否か見極める歌への距離がある。
随想の対象は身辺だから「私」をあからさまにするが
上記のようにそうして「距離」があるからその「私」が保たれ
視覚化にも近いかたちで「私」は塊として定位される。

あるいは――随筆=エッセイとは、
短詩型文学や詩や戯曲や小説と並ぶ定立ジャンルではなく
それらを美しく弱体化しジャンルから自明性を消す
一種の、書法的媒質だともいえる。ジャンルではないのだ。
むろん「私性」の客観的書記への介入は通常は「弱さ」として発露するが、
「私」がそれでゆるぎなく情と思考の主体ともなれば
「私」自体には強化と魅惑化という副産をもたらす。
『彼自身によるロラン・バルト』などに照らせば
すぐにわかる書記の二重化だ。
弱さと強さのアマルガム、岡井隆の歌作はいまその域に入っている。
このアマルガムの感触が、しなやかなのだった。

思考の契機となる読書。地上を往来する自己身体。
生活の細部。意外に峻烈な内心の吐露。
不意を襲った語連関への新鮮な驚愕。
年齢のためかかつてそれらに伍していた性愛の実相はもうないが、
これらだけでも岡井の岡井的日々が上質に織られる。
ブリコラージュ、手作業。しかし刺繍されたものは
時間と同じく線型性のなかにちりばめられて透明だ。
「永遠」への間口がそうしてある。
岡井はこの時点で西脇の後継と考えるべきだろう。

この歌作方法ではいわゆる「絶唱」の比率も低下するが、
岡井はたぶん短歌という詩型に
「絶唱」のみを求める気持を吝嗇として戒めているはずだ。
軽やかさを演じてこそこの詩型が存続するという
どうみても「正しい信念」がそこに介在しているだろう
(これは現代詩も同じ)。
連句でいう平句のような歌群が、
岡井を媒介項に運ばれてゆき、
それでも創作の交点である岡井は、理の当然として光暈のなかにいる。
あるいは「光暈を形成する」。
だから歌のなかに綴られる岡井の身体も
視覚化されて読者の前に出現しつつ、かつ「見えない」。

歌をそのように自らに奉仕させる岡井は「歌の王」だが、
歌でもって身体を刻む律儀な「歌の従僕」でもある。
ともあれ、どう綴っても岡井の現在の歌は
見た目の平明とはちがい、
複雑な背反を豊かに組織する磁力をもつ。

その磁力に読者は恍惚と蝕まれてゆく運命にある。
このように岡井独自に形成される歌の達成境は
誰も岡井のような運命的強度をもたないのだから
作歌精神を意気阻喪させることにもつながるだろう。
だが彼はいうはずだ、「この歌作のなかの亀裂に注意せよ、
そのとき同じような作歌があなたにも舞い込むだろう」。

何しろ八四〇首程度(「程度」というのは旋頭歌が二首入っているから)を
岡井の人生の破片として収蔵する大部の歌集だ。
その物量によって拉し去られる気分ともなるだろう。
それでも読者は「量」ではなく「質」に視線と音感を投じることで
この素晴しい歌集に向かわなければならない。

筆者が好きな歌を抜き、
場合によってはそれに論評を加えるというラクな書き方で
以下を進めてゆく(キリがないので、ワードで七枚程度までとする)。



《わが妻の記憶まことにこまやかに忘却といふ救ひを知らず》
どの時点の「妻」かを一瞬考えたが、どうでもいいことだ。
忘却=救済、という通常性とは逆の認識が一首を貫くが、
歌の面目はこう唄ってみて顕ってくる「妻」の実体的イメージだ。
そこに哀しさと華やかさが伴われる。

《バルコンに降る雨脚の尖だけが肉感的でしかもしづかだ》
微細な視覚。ところが口語の介入で茶化される。
そういう抵抗圧ある微妙な厚みのなか読後も雨が降りつづける。
「バルコン」の語にあるブルジョワ性をも岡井は自己批評しているはずだ。

《おぼろなる記憶なれども数箇月まへと同じき霧の中に佇つ》
平明。またも「記憶」が主題で、
記憶の五里霧中が間歇的なシンクロ体験として唄われている。
「霧の中に佇つ」の八音の停滞感、重さが手練。

《投げ出されし道具〔ツール〕のあひに手を置けり頭はいまだ昨夜〔きそ〕をさまよふ》
相変わらずの「カッコいい」自画像。ただし不如意感か執着が唄われている。
このAorBの設問に回答がないから、歌に余韻が生じている。

《作品は不機嫌な朝に生まれ来て今日の一日を司どるべし》
《仕上げたるよろこびのあはひ草の香に泥のにほひのしづかに混じる》
実作経験を主題にした連作にちかいが、処世訓とはならない。
岡井の創作には何か不透明に独自性がある。それで草、泥の語が切ない。

《読めば飽き書かむとすれば疲れ果つ一日の夕べ手作業をせり》
上の歌群と連関。

《つきの光に花梨が青く垂れてゐる。ずるいなあ先に時が満ちてて》
棒書き中、「。」で呼吸や文節を切ったり、口語を乱入させる技法は
この歌集にも数多く認められるが、もはや堂に入っている。
美しい光景が卑語でゆがみ、なおかつ美しさが回帰する遅延として歌があって
それと「。」が呼応している。
対偶読みができる。「岡井自身にはまだ時が満ちていない」。
では「時が満ちる」とは何か――「死ぬこと」だとおもった。

《怒りさへ長く続かず 落葉焚のやうに亡んでしまつた生きもの》
「怒気」という別の動物がかつて岡井に棲んでいた。
それがもう死んだ――「不如意」はとうぜん老年を指針しているが、
安堵や幸福の気配もまたここに揺曳するから歌の像が深くなる。

《午すぎに後ろ向きになる習性がある まだ独り立ちできぬ中洲に》
謎のように吐き出された一首。「中洲」は福岡の知名ではなく
単純に中洲――川が形作るあの微妙なトポスと取った。

《縄文の人らのやうに栗食みて心をぬくめあへば夕ぐれ》
縄文文化論争(縄文人とは何か)にあえて与しない無頓着なつくり。
能天気な作歌とみえて、長くイメージが尾を引く。
無頓着さは「夕暮」の表記を回避した点にも表れている。

《クリームチーズ鍋に溶けゆく(映像に外ならぬ故)こころかげりぬ》
チーズフォンデュだろうか。何しろ「( )」の効果に参る。
最後の七音が故意に乱暴だが、
映像はひとを憂鬱にさせるという認知哲学も底流している。
すると岡井が讃えたいのは「音像」ではないのか。

《キリスト教。聖書が深くこの人を貫いてゐる 医師は手段だ》
シュヴァイツァーの伝記を読んでの感慨らしい。
「。」と一字空白によって「切れ」(何たる若々しい破天荒さ)、
最後の七音の乱暴な断言がずっと心にのこる
――なぜなら岡井も「医師」だったからだ。
「医師」である文学者、鴎外、茂吉、岡井・・
いずれも「医師」は生計ではなく「生の手段」だろう。
だが掲出首の「聖書」の位置に、いずれの場合も「文学」を代入できない。
その空白感が一首の命で、「文学」ではなく、
もっと「人間的な探求性」といったものを考えるべきではないか。
となって「医師の文学」の無限恐怖も際立ってくる。

《アジアから帰りしあしたけし粒にこもる真〔まこと〕と相向かひ合ふ》
「けし粒」が不明。服に付いて
アジア行から持ち帰ったものではないとおもう。
何しろアジア→日本の道筋を理解するために
極小のものと直面せよという示唆があって、
その示唆は仏教的だが、やはり謎めいているのが「いい味」なのだった。

《朝食ののちリンゴ屋へリンゴ買ふべく出かけたる妻の自転車》
「果物屋」はあるが、「リンゴ屋」は存在しない。それが第一の不思議とすると、
句の最後が、妻から自転車にずるっと視点がズレるのが
第二の摩訶不思議だ。
歌が真面目につくられていないという感触は
この不思議感と頭韻によって凌駕され、
「実体でないもの」が一首の読後にのこる。
岡井はここで短歌の正体を明かす――それは意味ではなく音韻だった。

《利してより寝ねたる宵は細口のさよりのごとく海に眠れる》
「利す」は「排泄行為」と、これ以前の収録歌に注記があった。
岡井得意の自画像。童話的にみえつつ
最も痩身な正統魚類に自身をなぞらえた寂寥が勝る。
しかも「ごとく」の類推は形状ではなくたぶん心情からなのだ。
嚥下に労苦が要るような不如意な生物性。
童話性否定には「利す」の医学用語が奏功している。

《午ちかき日は紙の上にはだらなるかげりを生みて われ絶句せり》
五七五七までは平叙だ。一字空白ののち意外な主体の感慨が来る。
それで鑑賞軸は、なぜその程度の「はだらなるかげり」に
「絶句」したのか――この読解となる。
解答のひとつは岡井の歌そのものが「はだらなるかげり」だったのに、
先行する何かが「岡井の代わり」にもうそれを書いていたから絶句した
――というもの。だがそう解釈しても不透明さが魅惑的にのこる。

《しやわしやわと陰嚢〔ホーデン〕の襞洗ふときうしろに大き冬の夜がある》
「しやわしやわ」の擬音の苛立たしさ。
岡井には風呂場、自身の陰嚢を唄った有名歌がある。
《うたた寝ののちおそき湯に居たりけり股間に遊ぶかぎりなき黒》(『歳月の贈物』)。
かつて自らの肉の闇を、その性愛への希求により岡井は自覚していた。
ところが現在、彼の股間は「白い」のではないか。
だが闇は収まらない――闇は彼の背後、死をそそのかすべくその場所を移した。

《ドック式検査の折りに身体と心をかすめ過ぎる矢の数》
人間ドック詠か。CTスキャンなどに接しての感慨だろう。
自身を断面集積にするため、光線が走るが、
それが現在までの光陰=時間へと転化する。
いずれにせよ、肉体と時間の関係が主題になっている。
「かすめ過ぎる矢の数」の修辞には、むろん戦慄が潜む。

《あたたかき吉祥寺の街妻とゆく一番ふかい底に火がある》
吉祥寺は岡井の居住地近隣。吉祥寺の「一番ふかい底」は
井の頭池を脇の高台から見下ろして感じられるような気がするが、
あるいは駅前やその細道の迷路を「一番ふかい底」と
岡井が感じているのかもしれない。
こう唄われて、吉祥寺という、プチブルや勝ち組の似合う街が
にわかに黙示録化するような気もする。
ただし岡井は茶化してもいる。
冒頭「あたたかき」はどう考えても代替可能で、修辞に決定性がない。
それをもって一首の偶有的位置を示唆しているのだとおもう。

《十分に熟睡〔うまい〕せし故寂しくはなくなりて坐す雨のあしたに》
因果提示が意図して子どもっぽい。岡井との実齢のズレがそれで強調され、
雨の朝、バルコン前の窓で雨を視、聴く、
岡井の寂寥たっぷりの胡坐姿がイメージされてくる。
歌は一首成立の前に何があったのか告げないが、家庭不穏の雰囲気もある。

《しかし自負とはなんであらうか見る限り荒野をひとり耕すときに》
「歌の王」の「自負」だとすれば、「荒野」とは歌壇なのではないか。
啓蒙を王は望まず、農耕をそこで願う。
「しかし」と逆接からはじまる破格の構成は、
岡井自身の口語を抜き取ったという擬制により破格さを逃れる。
ミレー描く農夫の姿を、その岡井のイメージに重ねた。

《見たことは無いが逆鱗に触られたときの龍の眼のような朝雲》
朝焼けを反映して赤い雲にたいし、過剰な形容を載せ、
「それだけしかない」畸形歌。
逆鱗の由来はこうだったな、とおもいながら、
逆鱗に触れられて憤怒するのが「かつての」岡井的身振りだったともおもう。
「龍眼」は漢方薬になる植物だし、「独眼竜」の武将もおもい、
この歌は読んだ以上のイメージ形成をするともおもう。

《昨夜のみし小盞〔こさかづき〕一つ。机上には書きものの魔の影ら散らばふ》
掲出済《午ちかき日は紙の上に》と似た感慨だが、
ただしこちらは執筆の「事後」。執筆=狼藉という意味形成が生じてもいる。

《差別して生きる。差別されながら生きる。それもこまやかに差別し、されて》
同語が呪文のように反復される。
「差別」という遣いにくい言葉をもちい、
それでもそれを世情=自己の哀しみと連絡させ、
視野の広い、遥かで懐かしい光景にする。
岡井短歌ではよく覚える感慨だ。
一首をどう分節して読むかが問題となる。僕はこう読んだ。
《差別して/生きる。差別/されながら/生きる。それも/こまやかに/差別し、されて》
五・六・五・六・五・七。
見たこともない韻律だが、読み下すと不思議に心地よい。
「こまやかに」を取ると、七音の一部が六音に変わった変型短歌に変わる。
さらに「。」を一音休符と算えると六音は七音に復帰もするのだった。
岡井が金子兜太と共に著した遠い記憶の『短詩型文学論』が蘇ってくる。

《禁園の鶴をおもへば夕映えにかがやくつばさ(見てはならない)》
これも「( )」をつかった異例の修辞に動悸する。
「禁園」とは何かは、その直前の歌から解ける(連作だった)。
《皇室のあくまで遠く寂かなれわれがごときのかかはるべからず》。
鶴に隠喩して、岡井は「皇室」の何を知ったのか。
いずれにせよ散々糾弾された彼の「歌会始」への出席がなければ
岡井に舞い込むことのなかった歌だろう。

《しま馬の群が駈けてく映像をちらと見たあと〈私〉に沈む》
この「私」を前に、誰もが岡井のかつての「私」名歌をおもうだろう。
《さんごじゆの実のなる垣にかこまれてあはれわたくし専(もは)ら私(わたくし)》(『歳月の贈物』)。
だが「私」はもう庭にいる崇高な被捕獲者ではなく、
妻が見るTVの動物番組をちらと覗き見した、
室内の覚束ない擦過者にすぎない。
かつての自己神話を岡井はこのようにして破砕する。
「駈けてゆく」ではなく片言の「駈けてく」の修辞を選んだ理由もそこにある。

(以下略)



「詩手帖」の年鑑号が昨日届いた。
自分の詩篇がアンソロジーにとられ、
住所も住所録に載り、
アンケート「今年の収穫」では
多くのひと(算えてないが十人くらいだろうか)に
僕の『昨日知った、あらゆる声で』を挙げていただいた。
いよいよ「評論家専一」ではなく
「評論家兼実作者」として認知される機運が生じてきたわけだ。
望んでいたことだけに、素直に嬉しい。

ただし、僕がぜんぜん評価できない詩集のいくつかを
多くのひとが「挨拶」のつもりか
「今年の収穫」に自堕落に挙げているとも感じた。
映画のベストテンより「情実度」がぜんぜん高いのではないか。

「今年の収穫」はその意味では
透明性を欠いた場なのだった。
となって、僕と全く面識のない詩作者たちに
僕の詩集を挙げていただいたのは
反証としての透明性を結果することになるとも気づく。
これが(詩手帖のために)じつに嬉しかった。
この場を借りて、お礼を申し上げます。

一個だけ、激怒したことを。

某「詩人」が僕の詩集を挙げなかった。
そのひとは、「阿部の詩集をもう七回読んだ。
読むたびに良さが沁みてくる。
だから僕のつくった映像も送らせてください」
と今年の夏、メールしてきたひとだ。

とうぜん送られてその映像を即座に観た。
何の感銘も受けず、
前衛の方法が愚弄されていると怒りも感じた。
だからノーメンションで通した。
良くないときは黙っている--それが僕の礼儀というものだ。

そうしたらその「詩人」は返礼のつもりか
「今年の収穫」から僕の詩集をネグってしまった。

そのひとの人格を憤るというより、
「互酬」をさもしく期待する、
その詩壇的精神性を悪むのだ。
こういう憎悪は僕の場合すごくつよい。
そのひとはずっと敬愛していただけに
この小さな「事件」を機に、
詩の世界から身を退こうかとまでおもってしまった。



「現代詩手帖」のほか、
いま店頭に並んでいる「ユリイカ」では
もっと長い稿を書いています。
母と娘の現代的逼塞に考えを及ぼしたものですが、
一面、こちらも08年詩作状況回顧を兼ねた記事のつもり。
だから詩が数多く引用されています。
併せて一本です。ぜひご覧いただければ
 

2008年12月02日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)

連句A班完成!

立教連詩連句演習、
連句A班の連詩が完成した。

計六人の班。
ABCDEF、BADCFE・・
の順で回してもらった。
差し戻しが面倒臭いので
宗匠役はなし。

一旦全句が巻き終わってから
季節の推移をどうしたらよいかを
演習参加者全員で考えた。
直し案提出はコンペのかたちをとった。

もともと細かい進行表、規則をしるした
「歌仙心得」は渡していた。
月の座、花の座、
春秋三句以上の約束、
初折表での忌み言葉、
打越触れ禁止、遠輪廻禁止の原則など。
それでも歌仙は多大な注意力を要して難しく、
結果的に改築工事も
大掛かりなものになってしまった
(もともとこの班は発句に月が出るという
大禁じ手によって開始された)。

ただしこの改築工事が眼目だった。
そこでこそ、歌仙にたいする態度や技術が
受講生につたわるとおもっていたのだった。
ただ実際はあいだの数句を季節的要請を満たして
差替えるため、
相当なパズル的思考を要する。
で、昨日は名残の折以降の直しを教室でやり
短期間に数々の句をつくって
疲労困憊にいたってしまった。

学生にまだ弱いのが即吟の能力。
素早い丁々発止こそが
やはり歌仙の快楽の源泉だとおもう



●連句A班


ふんわりと虫の夜を這ふ白い月      井澤丈敏1



 浮かぶ頬頬風に浮き立つ        松岡美希2



枡酒に揺れる金色そつとなめ       佐々木綾3



 わが身の雲もはらへよ野分        都野有美4



ひとすぢの有明の灯に誘はれて      中村ふみ代(月の座)5



 からだ透きだす石のベランダ       大中真慶6



明るみにわたしのかたち置き忘れ     松岡美希7



 青春といふ汗のトンネル          井澤丈敏(望月直し)8
  元句:冷えた水鏡鳴き出すは影


思ひ出す古い口ぐせ駆け抜けて      都野有美9



 天高く飛ぶ声と流るる           佐々木綾10



あの女木犀のもと煙草吸ひ         大中真慶11



 黒髪長くストールを巻く           中村ふみ代12(中村直し)
  元句:こぼれる花のなきがらを待つ


風吹きて空しく流る時の片          井澤丈敏13



 枯野に擦られ月や羞しむ          松岡美希(阿部直し)(月の座)14
  元句:つきを呼び止めしばしとどめむ


走り去る雲を遠くに眺めやり         佐々木綾15



 しまひを待つて突つ立つてゐる      都野有美16



振り向けば霞の花も賑やかに        中村ふみ代(中村改作)(花の座)17
  元句:振り向けば霞の空も賑やかに


 寄る波の音に蝌蚪休らひぬ        大中真慶(阿部直し)18
  元句:串焼き噛みて抜きとる君と



わらわらに歩く一団蜂の山          松岡美希19



 春の旅人転がり落ちて           井澤丈敏20



針穴をとほしてたぐる糸の先         都野有美21



 夜釣りに興ず坊主の籠に         佐々木綾22



梵鐘にゑがく尼僧のおもかげや      大中真慶(阿部直し)23
  元句:市場やら近所かまわずベル鳴らし


 性懲りもなく茄子を馳走す        中村ふみ代(阿部直し)24
  元句:贈り物には年甲斐もなく


忘却は白風うらしま玉手箱        井澤丈敏(阿部直し)25
  元句:我先と舞を踊りて玉手箱


 など指の間ゆ紅葉散るらん       松岡美希(阿部直し)26
  元句:解く指先に紅葉散る


幼子の頬にも似たるあつさみて      佐々木綾27



 人肌の湯に蹠を洗ふ            都野有美(阿部直し)28
  元句:血のごと流るる小川のゆくえ



祖父母泣く二年経つての初歩き      中村ふみ代(阿部直し)29
  元句:ぬかるみに取られた足の青ざめて


 笑ふ玉兎も重ね着をして        大中真慶30(阿部直し)(月の座)
  元句:朧月すえにぎる弾丸


知らぬ間にチョコボール溶けピーナッツ  松岡美希31



 双子二回の春日珍らか        井澤丈敏32(阿部直し)
  元句:無念を横に鼻歌聞こゆ


長閑にて並び語りて筆運ぶ       都野有美33(阿部直し)
   元句:ギターたてコード起こすも筆の音


 霞む鈴音に覚ゆあかつき       佐々木綾34(阿部直し)
  元句:滑りて覚ゆ春のあかつき


猫目には花白くして大輪に       大中真慶35(阿部直し)(花の座)
  元句:醒めて園かくしの花に爪染めて


 さへづる鳥は姿見えねど        中村ふみ代36(阿部直し)
  元句:さえずる歌も陽気な道中
 

2008年12月02日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)