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ENGINE EYE 阿部嘉昭のブログ

愁犬

 
藤のもと色のあやふし愁ひ犬



知りおほせ便座のかたち慈しむ



迅速や悪党抜けし虹のあと



滞納のひとり一梅とほく見て



はらわたや穢の幽界の迅きこと



鄙の字を行人めぐる畝迷路



四阿に蜉蝣まねき炎ゆるのみ



体熱の黄なるが睡し春の犬



征矢ひとつピエタの麓に届きかね



傾城もあるとはなしの斜め立ち



鋳剣の首斬る三度をヨハネ知らず



聖骸衣もて鐚つつみ往生す



うつしみの舟のごときに寝を掛けて



己れまで片づけ晦日たれもゐず



結願やこなたかなたに白き花



(※採点作業ノ息抜キ、一気呵成ニテ上十五句ヲ詠ム)
 

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2009年01月30日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)

辞書開き即吟、ほ-を

 
本土佐といふべきものや春小波



枡呑に魚なるここち溯上川



見せ衣に別季節あり地獄佳し



愛しあふ朝のなべてや麦日和



眼上の目薬を見る春近し



木匠の木の手うながし棒となる



薬籠の蓋をとるごと性愛す



行符もち春のみの春往きしのみ



逃散のありどころかな宵明星



春雷の来謁つづき浄くなる



六徳の何か一徳闕けてをり



類音を霊とする日の詩三昧



黎民に黎明はある黒葡萄



胡坐して身の陋狭を愉しまん



矮躯には梨のたかさも麗しゑ



黄熱しきのふの滝もをみなかな







九牛の九以てする一足らず





例によっての辞書開き即吟。
うち「ほ」「ま」「め」は
「なにぬねの?」近藤弘文コミュに発表した。

辞書開き即吟は
どういうものかジジむさくなる。
俳味を感じる言葉が眼につくからだろう。
コツを以前、三村京子に訊かれた。
あまり偉そうな稀用語を拾うと
語彙自慢になるので
そこを注意すれば、といった。

ラストの「九牛」だけ、
こないだ風呂で詠んだ一句を加えた。
以前にも類句があるのだが。



詩をアップして、のち俳句もアップ。
べつだん閑というわけでもない。
今日はベランダの水漏れ工事に
職人さんたちが入っていて、
なんとなく通常の仕事をする
気運とならなかったためだ。

とはいえ、そろそろ立教三授業の採点に入らなければ。
しかしそれをせずに、ドゥルーズのあとは
ずっと古本サイトで安価購入した
『安西冬衛全集』をこのところ読んでいた。
第四巻まで。

安西冬衛にはこれまで
新潮社の「日本詩人全集27」で接していた。
村野四郎、北川冬彦とカプリングのやつ。
しかしこれでは
代表詩集『軍艦茉莉』も『座せる闘牛士』も抄録で、
心許なかった。
その不充足感が一気に払われた。
『軍艦茉莉』は全集第一巻に全篇収録、
『座せる闘牛士』は第二巻に全篇収録されている。

安西冬衛は以前の日記にもしるしたように
満州在の混合型モダニストとして出発した。
地図狂(とりわけ満州地名が集中する)にして
ミリタリーおたくという個性だった。

蒼古とした漢語を使用するが
形象性を追求しているので
近代詩とは径庭がある。
この地図狂の資質が戦後、西班牙に飛び火して、
僕の大好きな詩集『座せる闘牛士』も成立する。

松本秀文くんが悦びそうな
美学的並列性によって
見事に緊迫した詩空間をつくる。
成功した詩篇にはさすがにうっとりとしてしまう。



全集第三巻・第四巻が「未刊詩篇1、2」。
これらを容れると冬衛の生涯詩篇制作数は
西脇にも劣らないとおもうのだが、
別に出ている『全詩集』が全一巻に収まっているのは
いったいどうしたわけだろう。

第三巻は衝撃的だ。
彼の戦争詩篇が網羅されているため。
モダニストが戦争詩に移行した好例で、
瀬尾育生『戦争詩論』の着想は
『安西冬衛全集』を追うことで生じたのではないか。
じっさい瀬尾さんの本では
冬衛に大量の紙数が割かれている。

この巻に博覧強記の連作、
「死語発掘人の手記」も収録されていて、
これがモダニズム研究の必携文献。
戦後に書かれたものだが、
箴言とバロック文の中間的文章で、
断章リズムには詩が着実に現れる。

第四巻もある意味、衝撃だ。
じつは安西冬衛は『座せる闘牛士』のあと
詩集を公刊せずに、
昭和四十年まで生きて、
テーマを決められた依頼詩篇を
旺盛に書きつづけた。

詩集が統一性をみずに、
まとめられなかったのだとおもう。
大阪市を礼讃する詩篇など
首を傾げるようなものも書いている。

しかもそれは、戦前の戦争詩執筆と
まったく同じ構造の反復だった。
モダニストのモダニズムが「風俗」にすぎず、
だから詩魂も風化された、というわけだ。
それで戦後の未刊詩篇も
現在の新聞詩と同様の無残さをもつものが多い。
語感抜群なのだけど。

西脇との差とは何だろう。
西脇だって新聞詩も書いたが、
何か長篇詩への意欲が強靭で、
詩世界全体が構成的だったといえる。

いっぽうの冬衛は詩篇内部の構成のみに満足して
外延性をもたなかった。

もうひとつ、西脇は賢明にも戦時中、
戦争詩の作成から逃げおおせた。
『Ambarvalia』からずっと過ぎて詩作もなかったので
もう世間的に詩人とは
みなされていなかったのだろう。
それが幸運だった。

安西冬衛はたぶん戦争詩を量産したことに
戦後、魂の傷を負っている。
彼の対応策は独特だった。
かつての依頼原稿への失敗を
新しい依頼原稿の失敗で重ねようとしたのだ。
自ら痛ましさを招く自傷性をそこにみる。

その精神性って少し現在の詩人にも似ているなあ。。。
 

2009年01月28日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)

詩の都市性

 
昨日の池袋ジュンク堂イベント、
前田英樹vs吉田文憲対談では、
現代詩の閉塞を破る「外部」として
「自然」が注目され、
それでイベントのきっかけになった
三省堂刊行『生きのびろ、ことば』のうち
花の生命にふと触れ合って詩魂の生ずる
最近の自身の変化を綴った小池昌代さんの文章が
壇上対談で言及されることになった。

このくだりにつき、僕の意見を付け加えておきたい。

僕の考えでは、詩には都市性と自然性の対立があるとおもう。
たとえば西脇順三郎は花の学名から性質まで
植物学者のように詳しく、
しかも「花の名」にはかぎりない崇敬を感じ、それを詩に織り込む。
さながら西脇の詩篇のコーダ部分は
花の名の交響として読む者をふかく魅惑してゆく。

以前の西脇展の図録をみると、
西脇は散歩のまにまに大量の花のスケッチ、
そして押し花帖をのこしていて、
それらは詩集のありようと相補的であるともいえる。
圧巻で、何かいいようのない細部がひしめいているのだ。

「散歩」と書いたが、西脇の詩行の「散歩」は微妙でもある。
たとえば西脇は開花季節に詳しいはずなのに、
一散歩を契機にしているようにみえた長篇詩は、
春の花、夏の花、秋の花・・と季節またがりでつながり、
実現されている詩行の旅が
実は空間ではなく時間軸に伸びているともわかる。

いやその散歩詩は「足」を動機にしていない。
むしろ「聯想」を動機にしているのだった。
となって西脇の内在律動にみちた奇跡的というしかない詩が、
ある種の「都市性」の達成としてこそその正体を現してくる。

季節にまたがる、というのは、ブッキッシュな脳髄の賜物だということ。
そうなって、季語句を、雑句を緩衝にして自在に連接させ、
月の座・花の座をも用意する(とくに挙句前の花の座では
春が象徴的・抽象的な次元でことほがれる)歌仙は、
全体が時間=季節礼讃の円環的巻物であっても
そこに如実に都市的感性が浸されているという理解も生ずる。

小池さんの書く――あるいは前田・吉田対談で
「外部」として待望される「自然」「季節」は、
たとえば往年の「田園」派の独占物ではもうないはずだし、
吉本隆明が『日本語のゆくえ』で現代詩人にないと難詰した「自然」も、
同様の視座で捉えられるべきだろう。

どういうか、「有限性が無限になっている外部を詩に対象化して、
それで詩の方向・世界内定位性を確定しなければ
詩が自家中毒に陥る」ということが示唆されているのではないか。

詩の都市派ということでまず僕が聯想するのがボードレールだ。
ボードレールは、韻文詩、散文詩、評論を通読すると
どんどん印象が都市性へ傾斜してゆく。

韻文詩は「歌」を起源にしていて、
となるとそれは相聞を最大の眼目にした
田園を故郷にもっていたと形式的にはいえるはずだが、
周知のとおりボードレールが娼婦などにおもいえがく恋情は
すでに都市性の刻印を受け、それは善悪の軸で「ひん曲がる」。

となって、ボードレールは都市環境のなかに
逆説的に「自然」を発見していたともいえる。

彼の散文詩集『巴里の憂鬱』には
僕の大好きな「不埒な硝子屋」がある。

リアカーでやっとこさ硝子を運ぶ物売りに
四階の高層から現物を近くでみたいと声をかけ、
細い階段での硝子運びを物売りにしいながら、
結果、一個も気に入る硝子がないとつき返し、
やっと硝子をもってふたたび階下に辿りついた物売りに、
四階の高みから一種の悪意を落下させ、
リアカーに乗る硝子全体を破砕させてしまう詩の主体。

このとき、硝子が詩の主体にとって
かつての詩の「自然」の位置にまで昇格していると
感じたのだった。

都市的環境は視覚に、聴覚に、皮膚感覚に、
素早い点滅や蓄積物をもたらし、
それは性的感興とともに、
一種の怒りといったものまでもを付加する。
体感と環境の齟齬が物理的に窮まってゆくためだ。

ただしそういう詩篇が連続すると都市のリズムがそこに定位され、
詩集全体が都市幻影をつむぎだすようにもなる。

ベンヤミンがスポットを当てるボードレールは
かならずこの点を経緯にしていて、
つまりベンヤミンはボードレールの詩の総体に
パサージュをみている。

この感覚を全面化すると、そこにはごく当たり前に、
混成と「感受性の一律化不能」という符牒にみちた
モダニズム詩も生ずるだろう。
そしてそれは「言葉だけを詩のモチベーションにする」
言語構成主義を席捲させることにもつながる。

都市の本質は「成員の相互弁別性」の弱体化だ。
結果、詩は烈しい競争原理のなかに置かれつつも、
むしろ相互差異をなくしてゆく逆説を描き出すことになる。
現代の詩はそういったものが重なっていって逼塞を生じた。

前田・吉田対談では、
たぶんそうした逼塞を解く「外部」からの恩寵として
今度は「歌」に言及が移されていった。
前田さんは「歌」の本質を暗誦可能性と捉えてもいたようだ。

どんな「歌」にも往年は確実に「節」があったとおもう。
古事記に挿入された歌謡は国家神話経緯を綴る文字を、
歌の文字というより、節=音楽性で荘厳する効果があったはずだ。

歌の素朴な様子とは前言したように
田園を舞台にした相聞に最もうまくイメージ化ができる。
その歌の段階にあったのは万葉までだろう。
すでに古今・新古今にして、
歌は声ではなく文字芸術に変貌しはじめたのではないか。

歌の初源状態が都市的感性に凌駕され、
歌が都市的リズムを苛烈にまといだした様子は
手近な例ではカントリー・ブルースに見ることができる。
素朴な労働歌・相聞歌だったブルースの初期段階では
リズムは鷹揚さのなかに一定している。

やがてアメリカのruralの様式化にかかわるラグタイムブルースでは
リズムの内在分割がはっきりしだし、
ロバート・ジョンソンのブルース奏法では
ボトルネックであろうとそうでなかろうと
自己暴力として、つまり自己裂開としてリズムが刻まれ始める。

リズムの方向は「自身」。これが都市性の符牒なのだった。
そうなってそれがロックンロール成立の予告となる。
そして現代の詩におけるリズム、歌も
こうした経緯なしに考えることができないとおもう。
これが受け手に転化する。

詩にたいする歌の必要がいわれるのだけど、
感性が不可逆的な都市化をこうむったという「所与」を
現在の詩に等閑することはできない。

前田・吉田対談では、詩の媒体変遷が語られることはなかった。
じつは最も複雑なリズム、内在性の歌を形成するのは、
紙に印刷された詩だろうとおもう。
そこで躍動してくるリズムは眼から身体の根底に訴えられて、
躯を共振とともに分裂にも導くものだ。

都市景観が複雑性を帯びて市民の眼に迫ったようすは、
明治開化期・小林清親の都市画を立証材料にして、
前田愛がすごく精密にドキュメントもしているが、
詩のリズムは音声内在性のみならず、
字配列のリズムをも材料にしていたのだった。
ただしそのリズムは最終的には共感覚へ響く。

では歌はどうなったか。
当然、朴訥なだけの歌というのは
そう演出されなければ現在にもう舞い込んではこない。
歌は産業化され、複製性のなかからしかもう殆ど出現しない。

しかしそうした歌は、聴覚にたいして詩よりも優位性をもつ。
前田英樹が歌の必要の根拠とした、暗誦可能性が
それがどんなに複雑化したにせよ(たとえばJポップ)、つよいためだ。
ただ歌は暗誦容易性をもつにせよ、
像を都市環境同様、複雑に連接し、
結果、身体に吃音・亀裂・分裂など複雑な効果をもたらしてくる。

それが詩の朗読にかつてはともなっていた旋律・リズムを付帯するから
歌詞は強度となって享受者の身体を直撃する。
そう、はじめのほうにしるした「節」もまた
音楽の発展にともなってさらに複雑に音楽化した。
現在、その意味で音楽はもう「混成の痕跡」となっている。

そういった破壊性をも用意する自己愛を転写するのが現在の歌で、
となったときその「歌の富」を現代詩に奪還することもありえる。
いずれにせよ、メディア論・都市論的考察から
詩作も離れることがもうできなくなっている。

簡明な詩が朗読に供されて感興を呼ぶ、という素朴主義から、
とうぜん現代詩は離れなければならないだろう。
詩にはすでに三種がある。
(1)紙に印刷される詩、(2)朗読に付される詩、(3)歌詞。

現代詩の閉塞・難解に顔をしかめ、
詩における「声」の復権を目指し、
結果、(2)の朗読に付される詩のみを顕揚してゆくというのは、
「都市」の成立という歴史を度外視することになる。
それは詩の歴史にとっても「反動」の危険と隣り合っている。
実際すぐれた現代詩はそれが難解に映るものでも
すべてつよい「声」をもっている。

次回、三省堂の詩の本のイベントは1月31日(土)、
同じ池袋ジュンク堂にて小池昌代と藤原安紀子の対談として開かれる。
昨日のイベントでは朗読CDと朗読された詩のカプリングだった
『やさしい現代詩』が俎上にあまり乗らなかったので、
今度のイベントでは詩の朗読可能性を言及するという
修復が図られてゆくだろう。

僕がここに書いた視座で対談が展開されればいい、と望んでいる。
聴覚で理解できる、
「しかもなお」聴き手の身体を「複雑に寸断する」詩が
音楽性・演劇性から離れて存在するか、がテーマにもなるはずだ。

じつは朗読に似合うのは現在の日本語環境では
言葉の指示性の高い小説のほうで、
それすら歌詞のもつ強度と時間性創出に
比肩しえていないというのが実感。
そこで「針の穴を通すような」詩朗読が、
たとえば白石かずこの達成ののちにありえるだろうか。

ひとつだけキツいことを書くと、
『やさしい現代詩』に入っている詩朗読のCDは
この疑問にたいし解答を提示するものにはなっていない。
 

2009年01月25日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)

(改行)詩の原理・その後

 
※先の日記ののち、
ミクシィ・コメント欄で生じた
三村京子とのやりとりを以下に順番に貼ってゆきます。



【三村京子】

「欠性」の加算の運動が、詩行を推進する力であり、
そうして推し進められた詩篇は時間性そのものとなる、
これが詩性である、ということでしょうか。

「混成」というのは断片が複数、合わさっていることか、
あるいは、
複数のものが合わさったために、
それらが断片性を帯びることになってしまったのか。

「混成」(が縒り合わさった姿?←混成そのものとの違いはありますか)そのものも、
詩性とほとんど同義ということは、
詩を書き進めるために加算されるものが「欠性」だから、ということで
そのように断言できるのでしょうか。

欠性というのが重要になるのはなぜなのでしょうか。
それは近代以降の芸術のありかたと深い関りをもっているように思います。
また、ビートルズやフランク・ザッパの作品の編集性にはどう関係していますか。

現在、存在する地上の万物が断片であるということでしょうか。



【阿部嘉昭】

あなたの注意は
フラグメントに集中しすぎているかもしれません。

フラグメントによって詩行をモンタージュすることはできる。
映画の類推でいうと、
ジガ・ヴェルトフの『カメラをもった男』。
ヴェルトフのその作品は、
空間を鷲づかみにし、なおかつ情動の罅を入れることに成功していて、
たしかに映画史上の大傑作ですが・・・

そう、フラグメント詩というのは
モダニスム詩にもみられた技法です。
ただしそこでは断片の集積=世界の現前、
というのが信仰の段階にとどまっている。
むしろ真の世界は集積によってではなく、
欠性によって明かされるのではないか。
この場合、字数的に散文より少ない詩文が
優位をもつことにもなります。

それと、ヴェルトフ的な詩行加算というのは、
森川雅美『山越』などにもみられるけど、
有効的なものとは到底おもえない。



「混成」は、単純には詩篇が
二原理の明滅/伸縮によって進むということです。
たとえば私性の開陳と「私の視野」、
それだけでも詩を進めることができるのです。
ただ、それではたぶん独善が生じてしまう。

ひとつ新たな視点を出すと、
「しなやかさ」の問題がある。
一詩行内部に確保される「空間」とは
隣接性によらず、単純飛躍にもよらない、
いはぱ関係の親和性をさぐる語同士の連関によって生じますが、
この「しなやかさ」は当然、行をつなぐ原理にも出てくる。
そこでも「空間」が一定の生成感をもって刺繍されてゆく。

この「しなやかさ」が詩集が再読される鍵です。
だから詩篇内部の構造が、
複雑であっても親和的でなければならない。
単純な列挙的大砲撃ちでは「退屈」が生じてしまう。
その一打一打に「空間」がなければ、なおさらだとおもいます。

僕の詩篇に明確な特徴があるとすれば、
この「しなやかさ」の創造が多元的だということではないか。
あなたの言を借りれば断片が文法化され、
しなやかに反りかえり、
しかもそれが作者への強制に閉じず、
一定世界へのやわらかい誘因となること。

ビートルズやザッパの音楽的時間は
たしかにあなたのいうとおり「編集的時間」です。
ただそれだけに終始すれば、
それは美学に奉仕するだけ。
そうではなく、一編集単位に「空間」が仕込まれ、
そうした「空間」が連結連鎖されることで、
一種の身体的多角形が生ずる点こそ肝要なのではないか。

なるほどザッパは往年は頭脳派といわれた。
ただ、絶頂期ザッパは、脳髄的であると同時に
着実に「身体的な音楽」を披露しています。
だから再聴にあたいするのです。

その「空間」には、ザッパの脳髄-身体を幻想することもできる。
僕がザッパにたいしてよくいう「美味しい」も
ここにかかわっているとおもいます。

ビートルズの場合、もっと単純でしょう。
二原理交代、多くて三原理交代という単位が
アルバムに集積されている。
『ラバーソウル』はその集積式に
なおかつ光にあふれた「空間」がある。
あの空間性がすごく聴く者を夢想に誘うのです。

で、そうした「空間」と「物質性」に
関連があることを想起してください。
「楽器の音」「声音」にはすごく注意が払われています。



あなたが僕の詩篇と懸命につきあっているのは
よく理解しています。
できれば、都市魚さんのいう「閉じ」が錯覚で、
詩篇はしなやかさによって空間化されている--
そう書いてもほしかったけど(笑)、どうもありがとう



【三村京子】

断片を単位にして、操作的に詩を書こうとするとき
「ヴェルトフ的加算」となってしまい、

その書き方では、作者の身体という要素まで含めた、
「書かれたもの」を立体的に魅惑的に
---つまり「美味しく」、は、生み出さない、ということですね。

空間を生み出す、という、
その作者の(身体という即物的な)存在が基点となって
リアリズム的な次元で、
現実界にたいしても美しい記述が施されている、ということ

これは、ほとんど目の前の現実状況の逼塞を越えていくことの、
実践、挑戦ということになるのかと思います。

リテラシーの低下と、ディスコミュニケーションという
社会全体での問題があり、
既存の文化状況は、その形骸だけが守られて
内部が腐敗しているのかもしれません。
「詩壇」にもとうぜん問題があり、
それをどう変えていくかということが、
阿部先生の、詩も含めて書いていらっしゃることが、
発していることのひとつだと、感じます。
こういった営みは、やはり同業者で隊伍を組んで
取り組んでゆくということしかないのでしょうか。

わたしは歌詞のあり方を考えているということもあって
つい、メロディと一緒に皮膚で理解できるような言葉で作られたものを、
どこかで探してしまいます。

多くの人に好かれて、買ってもらう、ということが
作品作りを続けるために必要と考えます。
それで、
訴えかける対象として
ふつうのひとのふつうの感覚、というのは考えます。
そういうことに付き合っていると、
印象としては、阿部先生の詩は倦厭対象になるかもしれません。

たぶん、この詩篇はしなやかである、
と、いうためには、読み手に、
解釈を超えたレベルでの読解力が必要な詩だと思います。

「閉じ」と感じるのは
詩篇の顔つきが厳しく、
読み手に、
「個」=「孤」としての厳然たる完成度と屹立とを要求するからだと
思います。

「個」が曖昧で無責任なままでも
流れに任せられるようだったのが、ここ30~40年の社会だったのかもしれません
これから、そうはいかない倫理感、道徳性が
社会で求められるべきであるし、そのようになればと思います。

同じようにしなやかに、
空間を組織した詩篇でも、より「好かれやすい」ものはあると思います。
顔つきが、もっとひょうきんなものとか、
書いてくださいませんか・・・
橘上さんみたいなやつなんかどうでしょうか。

しかし先生がそういうのやったらもしや会田誠さんのような感じに、
超悪辣な、悪趣味大全のようになってしまうのか・・・。



【阿部嘉昭】

何か批判されているなあ(笑)。

前提をいっておくと、
言葉と人間は相互疎外的ではなく、
親和的である必要がある。
それで詩的言語には、
いわばそこに入り込む「空間」がもとめられる。
そして一旦、その「空間」に入ったとき、
言葉と言葉が一種の親和力を介して
スパークする姿がみとめられるようになる・・・

三村さんは「リテラシーの低下」
「ディスコミュニケーション」と
問題を摘出する。
楽観的に考えると、「リテラシーの低下」にあらがうのは
言語組織の魅惑です。
謎めいたものに近づき、魅了される。
このとき、「リテラシー」が着々と強化されてゆく。

みんなそれをしてきた--というのは
僕の大学時代までの神話かもしれない。
現在では、効率性がもとめられ、
理解の困難は、それ自体が忌避されてしまう。

媒体論の問題がかかわっています。
僕は実は森川さんと今朝、
マイミクの関係をふたたび切りました。
もう二度とマイミクに戻ることはないでしょう。

彼はミクシィに「作品」を読むことは面倒だ、
そこは挨拶と習作の場でいい、と公言したうえで、
昨日の自分の日記であからさまに僕の日記を揶揄し、
かつ論理矛盾だらけに自分の詩作の優秀さを
神経症的にではあれ、強調したからです。

僕は忌避されようと、ミクシィに「作品」を書く。
そうすると、互いに日記アップをみる僕と森川さんは、
不公平なほどに非対称な関係、ということになります。
おまけに彼は「他人に依存し」「短気を起こす」という
僕のもたない資質まで保持している。

僕は彼を、「世間」の象徴として捉え、
何とか彼を誘導しなければ、
詩--言語環境の変革がありえない、と一時期考えた。
ところが、そんな彼が
ごく数人のマイミクの支援を想定し
卑劣な揶揄を日記行為でしでかしてしまう。

「あ、この非対称性は
相互の性格、善に関する知見の問題であって
矯正不能なのだ」と確認したとき
僕はあっさりと彼とのマイミク関係を切ってしまった。

媒体に「作品」を発表することで
「媒体」属性に変化をもたらすというのは、
メディア論的な講義もまかされることも多い僕にとっては
一種、倫理の基軸になっています。

だから、そこで「より好かれやすい」ものでなくとも、
「作品」が書かれることで、
メディアに一種の騒擾をもたらし、
その基底を振るわせることもできる。
そういう「混成」もあるのです。
これが反論の一個め。

ふたつめ。それは三村さんが自分で吐露してしまっている。
「リテラシー」の問題です。
僕の書くもの、その組成の親和性、という主題を
いわばリクエストしたのに、
三村さんは「好かれにくい」という中間結論を出してしまう。

しかも論理の道筋は「逸脱」によっていて、
否定意見であれ、正しい手続きによっていない。
そこでリテラシーの低さが問わず語りされてしまっている。
そういうポジションで「好かれにくい」と書かれると、
自分の書いているものが親和的だという自覚と照らして、
発語が禁じられてしまうことになる。

僕は具体例示をして自身の擁護をしようとはおもわない。
できますが、それでは逼塞的言辞に陥るからです。
う~ん。

意見を共有できないものにどうやって近づくのか。
「訓育」の気概をもってして、か。
でもそれではいつも同じことの反復になってしまう。

ひとつだけたとえ話。
前期入門演習履修者のひとりが、
あなたの音楽を旧い、と結論づけた。
それにたいし、新旧の区別は価値の基準とならないし、
同時に、結論も間違っていて、それは新しい。
音楽の携行可能性、肉声の前面化、
音楽全体の脱電圧化などの観点から
往年、フォークと呼ばれたものが
フォーク性を堅持したまま楽曲・歌詞の表現力を豊かにし、
「新たな」ジャンルを形成しだしている--
そういう動向に無縁だということが旧い、
とその生徒に反論したと
あなたに伝えたことがあります。

問題は、覆せる言辞が
ディスコミュニケーションによってはびこり、
改定不能となってしまう現在の神経症的な様相です。
ミクシィという媒体に
たとえばあなたが、
まだ自身の音楽を拡充させる機運があると考えるなら、
やはり「混成」によって
場の活性化が図られなければならない、ということでしょう。
『サージェント・ペパー』のように
「要素」のつまった日記の応酬・集積が実現できないものか。。。

発奮を期待します。

ともあれ、出自のちがう言葉を
僕の詩篇にチェックすることから始めるべきでは?

日記欄では、改行詩法を普遍的にうまく検討したつもりだったのに、
論点が「ミクシィ的に」ずれだしてしまいましたね。
こういう成行を僕は採りません。
散歩的寄り道の楽しさとぜんぜん似ていないから



【三村京子】

批判したつもりではないんですが、すみません、
「好かれやすい」という書き方が失礼だったかと思います


だから、そこで「より好かれやすい」ものでなくとも、
「作品」が書かれることで、
メディアに一種の騒擾をもたらし、
その基底を振るわせることもできる。
そういう「混成」もあるのです。
これが反論の一個め。

↑この騒擾、充分感じます。
わたしなどは書くことそのものの倫理性に立ち戻らざるをえず、
いまは日記の更新さえできておりません
むろん、それが自分のリテラシーの低さと顔をつきあわせた、
ということなのです。
わたしの省みを導いた、という意味では
ここで具体的に先生のおっしゃる騒擾が効を奏しているということです。
ただし森川さんのことも同じかもしれませんが、
どうしても変える、ということが難しいのでは、と感じることも多いです。

組成の親和性の問題、充分に読めているとはおもいませんが、
「譫/毛」「嘉/膿」と最近2作続けて発表されましたが
とくに前者は、
「深閑とにっぽんの煙草」 「黒鍵三兄弟」
などの奇妙なイメージや、

「漠然とした不安というやつが。」
(と、芥川が嵌めこまれている)
「いずれをいまの酒にする。」
「鬆だらけになったうつしみ、爛々と鬆敵。 」
などのヘンな文が、おかしみを感じさせます。

「嘉/膿」は、初読時に入ってゆけず、
そういうアップされる詩篇は、
いつもそのままにして更新される新しい記事に埋もれてゆきます。
が、サイトの方などで読み直したいと思います。
『頬杖のつきかた』も
通しで読むと、日記のときに読みきれていなかった部分が
鮮やかに感じられたりもし、違って感じられました。
それは、詩集単位で、使われる言葉同士に関連があって
詩篇相互でも意味がスパークしているせいですね。

塞がれている耳にどう語りかけるか。
相手の痛いところをつくと、
相手はへそをまげて、より、殻に閉じこもろうとする、
と、思います。
なので、相手の機嫌も損ねないようにしながら
ではないと、伝わらないのではないか、
という、卑屈さなのか恐怖感なのか、が、常にあります

私は他人を「訓育」はできないから
作品で魅了できれば、という考えもありますが


前期入門演習履修者のひとりが、
あなたの音楽を旧い、と結論づけた。

こういう、抱えている現実はキツイ事態でしかない。

そういう事態を生き抜く、というか
責任をはたすのに、
その出自の違う言葉、のような
「混成」によって組成された、要素のつまった、
ゆえに親和的な言語組織が必要なのだとおっしゃているように思います。

また仕方の無い方向に話がいってしまったかもしれません
今後はこういう言説空間にふさうような
読みと書きこみができるようになりたいとおもいます



【阿部嘉昭】

ミクシィなどは、無資本で「作品」を発表できる、という点で
経済的に恵まれないひとたちの
「公器」的媒体というべきだとおもいます。
「ミクシィ的な抑圧」というのは多々指摘できるのだけど、
状況的には「とても面白い」ととりあえず感じざるをえない。

森川さんが、ミクシィに「作品」を発表されても
面倒臭い、ちゃんと読まない、自分も習作しか書かない、と
僕以外、彼自身のマイミクにも失礼なことを書いてしまったのは、
おそらく自分が同人詩誌のいろいろに作品を発表でき
それらと触れ合えるという「担保」があるためです。

しかしそれは特権意識のさもしい裏返しでしかない。
公平性を欠く。同時に同人詩誌は完全に詩壇にしか流通しないから、
彼の特権意識の基盤もまた脆弱で、
媒体論政策が突き詰められていないとしかいえない。

みょちんが最近、僕のネットアップされたインタビューにつき
注意喚起をしてくれた。
そのなかで「喋ったけれどもアップされなかったこと」を
僕は彼女のコメント欄に書いた。

現在、若い世代の環境は
①「商品」②「徴候」③「作品」に囲まれていて、
①には「広告的言辞」、
②には「データベース消費」が対応してゆくが、
③に関しては「描写」が必須になり、
そのこと自体が疎まれている、といったことを書いたのです。

ミクシィでは暗に、
生理的即応が生ずるような日記書きがもとめられる。
そのための利便性をミクシィ資本は追求し、
そこからケータイアクセスをより増やし、広告価値を高めようとする。
これは「資本」だから当然の成行です。

となって「広告的言辞」があふれ、
同時にその早読み傾向は、その最大の果実に
「データベース消費」を置くことしかできなくなる。
これがミクシィの閉塞の実情です。

ところが商業資本によってあたえられた「公器」は、
その利用者によって変貌可能なのです。
いい例が北京オリンピック前のチベット紛争。
中国軍の専横壟断暴力をしめす映像は
報道管制が敷かれていたにもかかわらず、世界中に配信された。
一般人のケータイで撮られた映像が
YouTubeにアクセスされ、続々配信されていったからです。
このような媒体性の拡張がないものか。

ミクシィで問われているのはこういうことです。
このとき自分の言葉の組織内部にある親和性を、
他人の言葉の内部にも「同等に」感じることができるか。
つまり、偏狭な自己優位性を捨象しろ、ということが命題になる。

詩文もまたそういうところに赴きやすい。
となって、「連詩」などの試みが
詩作そのものを賦活する叡智としてクロースアップされてくる。

自分の言葉の組織内部に親和性がないというのは
本当に本当に痛ましいことなのではないか。
また森川さんの話になって恐縮ですが、
彼は『山越』の校正時に、
自分の詩集なのに「なぜか」校正が疲れる、と書いた。
つまり、無意識ではわかっていたのだとおもいます--
自らの詩文の組成に「空間」がなく、
それで親和性が醸成されない、と。

そうした言語にたいする幽体離脱意識というのが
たぶん他人の言葉にも不用意にしか反応できない
彼の資質を規定しているし、
自作の評価をめぐり幾度も逡巡して再帰思考をし、
他人の容喙をもとめる彼の営みにもつながっている。
僕は友情から、それに気づいてもらおうとしたのですが、
けっきょくさまざまな挑発が空振りでした。

この森川さんの事例は「徴候の事例」です。
だから僕は暗に森川さんの(稲川方人も入っている)長篇詩を示し、
そのフィニッシュが決まらないのは現代的病弊としたけれども、
そこには非難の意図をこめなかった。
たぶんそれを彼は誤読し、短気を起こしたのでしょう。
ここでも「リテラシーの低さ」があからさまになっている。

他人の書いたものに、正しい読解が導入されなければ
たとえば僕の詩の演習授業などは即座に壊滅してしまう。
そういう真剣さが実際はどんな局面にももとめられている。

「データベース消費」は記憶・体験のデータベースにたいする電気的反応で、
それは直観的かつスピーディで、
現代社会においてはそれ自身が非難に値するものではない。
ただしそうした反射神経だけに傾斜していって、
いま「作品」が無理解のなかで喘ぎだしているのです。

自分の詩作を「作品」と強弁する意図はないけれども、
僕は「作品」ではまず「物質的」描写を先行させ、
その次にそれを思考し、最後にそれを文脈化してみせた。
少なくとも僕の授業を受けていてマイミクでもある(元)学生たちは、
僕の分析態度に
そういう「励行性」があるのも知っているはずなんだけど、
あなたをふくめ「作品」(僕以外のものであってもいい)にたいし
モチベーションを形成することができなくなっている。

「現代病」ともいうべきこの事態は何か。
たぶん、自分の発語に地上的空間性を自覚できず、
それが疎外として彼(女)自身に反射している、
というのが大きいのではないか。

自分の発語に空間性が孕まれていて、
それが自己親和性の根拠になる、ということは大きいです。
これがないと、インスピレーションが連続せず、
「長い発語」も不可能になってしまう
(この「長い発語」をとりあえず確保しようとして、
「2000」という「数値」〔何と神経症的事態!〕に向け、
延々、長篇詩篇内で「自己模倣」を繰り返していった森川さんは、
詩作行為のなかでの「反動」を演じてしまったことになります)。

となって、詩作の面白さが何かがわかってくる。
それは「へんてこりんな言語組織」のもつ統一体で、
同時にそこには「思考の萌芽」が骸骨の瓦礫であったり、
光を発する可能性の集積であったりしながら「畳まれている」。
織り込まれているものの本然の形態としてのgift--
この素晴しさが享受され、流動していかなければなりません。

いまドゥルーズ『シネマ』の読書は
二巻目の200頁強まで来ていますが、
こんなに面白い本はない、とやはりいえます。
ベルクソンを契機にした哲学思考に映画が接続され、
映画自体が哲学されるこの本の結構はたしかに重量級ですが、
すぐに映画の具体性を文が喚起し、
映画性がさまざまに分類され、
しかもその分類がディレッタントの気まぐれに堕さず、
即座に哲学的思考のなかへと再編成されてゆく。
そうしてたとえば「運動」「時間」「イマージュ」にたいし
読者の注意力が研ぎ澄まされるようにもなってゆく。

実はこれに似た本は、たとえば蓮実重彦であっても存在しない。
「織り/折り込まれる」「織り/折り込んでゆく」、
この自己運動の頻度が前代未聞だし、
したがってドゥルーズは主題系列挙という
説話論的サスペンスも採用しない。
思考があふれるまま、書かれるものが生成・変成してゆくままです。
とうぜんこの『シネマ』は分類上は評論に属しますが、
現在にもとめられる詩文の何たるかを解き明かしてもいます。

こういうものに「親和性」の根拠が
もとめられなければならないのです。
何か「詩壇」詩のほとんどは、すごく鈍い感性で、
一般のひととは関係のない場所に向け、書かれすぎているとおもう。



速読を体感的にしいられてしまうミクシィでは、
たとえば僕の型のような詩篇を発表することはすごく不利です。
僕も「煙草をやめる」や
「沢田研二・東京ドームライヴ」のような日記を書くほうが気楽。

ところが「速度にたいする反抗」というのは
たぶんすごく現在的問題を構成する。
僕は詩篇をアップし、一旦はゆっくり読まれることを念願する。
そのうえでそれが速読されていったときに
そこにリズムが再編成されることを立証しようとする。

ドゥルーズは逆。哲学書なのに読み手に
いつも速読(またそれに従った再読)を要求する。
こうして「脱領域」が完遂される。
ドゥルーズの「綜合体」のなかに
いろんなものが「混成」していると気づくには
実は「速読」のほうが体感的に有効なのです。

案外、リテラシーの崩壊とは、
こうした読解速度の選択が
自然にできなくなった点に起因しているのかもしれません。
これなどは、依然、底流をなす教養主義の悪作用か。



苦労して、僕の詩篇を具体的に吟味してくれてありがとう。
詩行一個から詩行の流れに、そしてトータリティへ向かうことが
今後のあなたの課題になるとおもいます
(それは僕以外の詩集にたいしても同じです)。

そのトータリティという点で、
サイトアップされた僕の詩集なら、
可読性も親和力も増すと書いてくれたのも心強かったです

(以上、三村さんの書き込みを契機に
ふだん考えていることを列挙的に開陳しました。
導入剤となった三村さんの言葉に感謝します)



【三村京子】

重量級のコメント、ありがとうございます。
自分や友人のことも思い、また
ふと、「モールス」を思い起こしました。
あの、酒井さんの「瞬発力」と、「脱力系であること」は、
「商品」「徴候」の強いる「読み方」が、
「自分の言葉の組織内部に親和性がない」、
言語に対する幽体離脱を導く状況のなかで、

地上的空間を孕んだ、自己親和性の確固としたことばを生み出している。
自然体の佇まいを歌のなかに定着させることで、
思考の溢れるまま、生成・変成物の生み出されるままの状態を呼び込んでいる。
それを瞬発力によって、その場その時にしかないものへと編み直す。
のだ、と、おもいました。
なぜ脱力のたたずまいがかっこよかったのか、
それが整理されました。

むろん、同様なことを言語だけで行っている阿部先生の詩作も
それを、より原理的に行っているものだとおもいます。
ときに難解に感じることもありますが、
後になっても役立てることのできる計算式(公式)のようなものとして
読んでいきたいと思っています。

それから、媒体の拡張のために
自分の言葉の組織内部の親和性と「同等に」、
他人の言葉の内部にもそれを感じ取る、ということですが、
そこでは言葉への厳密さが要求されます。
厳密、正確でありながら、
多要素の「混成」的な「コミュ」を、つくってゆけるのか
今後考えたいとおもいます。
混成的な、情報工学的な、東大的思考に負けないような。

詩行一個の読みからトータルの読みへと発展するためにも
そういった努力が必要になると思います。



【阿部嘉昭】

そのとおりですね。
モールス酒井泰明さんの例示が
「お、まさにそのとおり」という感慨もあたえ、
論点がすごく精確になったとおもいます。

たしかに、言語組織、
あるいは表現組織に「空間」があるということは
たたずまいとしては、
僕の言葉でいえば「しなやかさ」、
あなたの言葉でいえば「脱力性」があるということです。
それは「余裕」のたたずまいにも似ている。

「余裕」とは、言葉への、人間の関係性への、被読解経験への
一種の自己信頼があるということにもつながり、
親和性とはそこで、書法以上に、生の選択にもなってゆく。

僕は「詩人」という言葉づかいをすごく忌避しますが、
「詩人」のたたずまいというものを感じることはある。
何か生のどこかが「へんてこりん」なもので組成され、
その滑稽感が可愛く、素晴しく映る、というか。
同時に野蛮な力といったものがその躯から湧き上がっている。

そうね、たとえば最初に廿楽順治さんに会ったときなどは
その風貌にまず信頼を寄せてしまった記憶があります。
躯の芯がつよそうだなあ、と。

「へんてこりん」とは何か。
一個は用語の変転にあらわれる。
もう一個は、とくに日本語の特質に関わっていて、
それは70年代詩から気づかれたものです。
つまり「助詞」。
助詞のブレによって語法を破壊的にする、ということです。

ところがそうした助詞の用法拡張は
80年代男性詩の「高度な文学性」のなかでは
なぜか通常性に復帰してしまっている。
ひとつも「破壊」の生まれなかった80年代詩は
それでいま俯瞰するとほぼ退屈にみえるのかもしれない。

ある分類ができます。
先のコメント欄で話題にした詩集は
助詞の用法に発明がひとつもない。

廿楽順治は初期は語尾に工夫を繰り返していたが、
いまは構文の内在関係をしめす助詞の変格に
その興味が移りだしているとみえる。

杉本真維子の目覚しい詩は、助詞による破壊性を更新する。
彼女のやっていることは小さな構えのなかに
80年代詩以上の「破壊」を圧縮し、
同時にそれを自分の「声」でつなぐことだ。

小川三郎の助詞のつかいかたは精確で繊細、
そこで詩行連鎖にあたらしい突破口をひらこうとする。

田中宏輔は助詞による「詩変」の企てを下品なものとして省みず、
詩単位ともいうべき一構文に認識のふるいをかけつづけ、
涼やかな短文連鎖で異世界を清潔につくろうとする。
もしくは口語性をとりいれて、ひたすら「だらだら」しようとする。

近藤弘文は、助詞による破壊性を行頭とか別次元に配置しなおし、
詩行連鎖そのものの自明性を危機に陥れながら、
なおかつ詩行連鎖がぎりぎりで一性をもつ着地点を探求する。

中島悦子は・・・云々

なぜ破壊されゆくものが心を惹くのか。
その破壊のなかに「私」をも組み入れ、
そんな「私」を構文化することで
「私」の記憶や思考や言葉づかいの解体が指向されるのか。
それはみな、どこかで「私」が厭だとおもっているから
とまずはいえてしまうのではないか。

うまく書こうとする詩や、詩壇的野心のある詩には
「私」に関わる奇妙な「温存」があって、
詩壇以外の大方はそれを「大時代的な退屈」としかみない。
いまためしに例示した書き手は
そういう均衡感に富んだ認識をもっていて、
それで言葉のアキレス腱に噛み込む。
それが面白いことに「助詞」なのですね。

酒井さんにもそういう破壊性がある。
あなたのいうとおり、脱力性をつくりながら速い、というのが
彼の二重性タイプの破壊性だということでしょう。
それと彼の歌詞は、モダニズム詩の今日的転回でもある。
これがメロディと歌唱と演奏に乗ってゆく姿は
奇蹟的としか呼べない眺めともなる。

それは詩作者が織り成す「奇妙な手芸」と
何ら眺めの異なるものでもない。
そういうひとたちが、世界の多数性組成への信頼をつくりだす。



このコメントを書く前に、
「連詩大興行」に出されたあなたの新詩篇を読みました。
すごくいい。
僕がここに書いた「破壊」と同じ機微がありました。

自分が何を書いたのかという計測は大切です。
何が自分にとっての「新規」で、
そのことによって自分の思考がどう更新されているのか。
その更新部分は、
自分にとっての「他者」が介在したものではないのか。

そういうものを虚心に眺めたときに
あなたもあなた独自の詩論の確立に向かうのかもしれないね



【阿部嘉昭】

今日(というか昨日)はその後、夕方から
池袋ジュンク堂で開かれた、
三省堂『生きのびろ、ことば』『やさしい現代詩』刊行を記念した
前田英樹さんvs吉田文憲さんのトークイベントに行ってきた。

対談は前田さんの言葉で口火を切る。
現代詩は、詩を書くひとが詩を読むだけの、
ジャーゴンにみちた特殊な文芸領域にいまやなってしまっている。
そこにはもう詩に予定されていた
「外部」がなくなってしまっている、と。

それから対談は美しい方向に進展した。
上記を受け、では外部性とは何か、となって、
自然、歌、といった前田さんにしては意外な信念吐露が続いて、
結果、詩作者の使命とは、
宇宙的な歌・風・呼吸=プネウマを
リズムをつうじて翻訳するものだという結論も出る。
それに応接する吉田さんは、
いろいろな現代詩史からの文献的補強を繰り返し、
対談は前田さんの直観・倫理、
吉田さんの受動・倫理により、
美しさをずっと印象づける見事な流れともなった。

出席メンバー、関係者とその後、打ち上げへ。

前田さんにその席で話したこと。

詩を書くひと=詩を読むひと、
だから詩に外部性が欠落してしまっている、
現代詩は閉域だという立論はそれ自体、正しい。
だが、その図式を温存したまま
閉域性を解く魔法もある。
「詩を書くひとを無限大に増やせばいいのです」。

そう、僕はまあその信念で
授業をやったり、こうした日記/コメントを書いているのだった。
まあ、そのことをこの一連のやりとりの最後にしるしたかった。

そうそう、前田さんと打ち上げの席、
ドゥルーズ『シネマ』の話を畏れ多くもした。
詳細は書かないが、前田さんは訳語が不十分だ、といった。
「イメージ」と「イマージュ」はベルクソンに立脚すればちがう、
「運動イメージ」「時間イメージ」と訳されるのではなく、
「イマージュ=運動」「イマージュ=時間」と訳されなければ
本の根幹が脱落してしまう、とも語っていた。
 

2009年01月25日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)

(改行)詩の原理

 
「現代詩手帖」一月号に掲載された、
川上未映子の詩篇につき
「なにぬねの?」近藤弘文くんと
一週間ほど前、意見交換をした。
彼の日記のコメント欄には、
おおむね以下のようなことを書いた。

詩の要件:
圧縮・切断。リズム(身体)。
飛躍。再読誘惑性。
言語関連性(組成)自体の提示。
(そのうえで)他分野との間テキスト性。

こう書いて、書き方がまだ乱暴だったなとおもい、
「その後」についてここで書いてみることにする。
便宜上、改行詩を中心に、俎上にのぼせる。



詩が読み手を魅了するとき、
その最小単位は、詩語ではなく一行だ。
詩語使用はむしろ否定されなければならない。
その魅惑のしかたも独特で、
そこで俳句の特性などを考えてしまう。

語配置には隙間があり、
見えない衝突がある。
詩行はそのかぎりで空間を指示する。
またこの空間性の確保されないものは、
「目詰まり詩」として忌避される。

衝突は語の語性自体から生じ
(つまり作者の実人生などメタレベルのものではない)、
したがって論理的な解きほぐしも可能になる。
ここで直観的読解が行き当たらないと
その詩が即座に「難解」の印象を得る。

詩はおおむね修辞密度が適切でない。
指示性のたかい散文にたいし、
組成が過剰だったり、稀薄だったりする。

詩のほうが散文より歴史上、先験的なのだが、
散文が文明内に支配的になって、
詩は散文からの逸脱をとりわけ志すようになった。
詩文は散文よりもその「奇矯性」によって
動悸を導くものでなければならない。
それでないと思考に接続されないだろう。

よって散文脈のみに彩られた詩文は、
詩史理解において欠落的とみなされる。
またそのおおむねに再読誘惑性もない。

現代的詩文は、組成の稀薄さに利点をもつ。
語のもつ余白がつよい意識対象に入っている、といってもいい。
語関係がその空間性によって読み手を魅惑しながら、
語自体にこそいわば余白のアウラが生ずる。
これは語が語であるかぎりの、原型的なものだ。

そのアウラは別の語自体のアウラと融合し、
宇宙性に届こうとする(不可能な試みだが)。
そうなって、当該一行が次行に連結されてゆく。
一行内で融合がやりとげられないためだ
(書き方が大袈裟のようだが、
これを普遍的真理とする詩作者は多いだろう)。

詩行加算は隣接性によらない。
意図的な飛躍にもよらない。
何か、欠落の拡充といったものによる。
こうした欠性の有無の測定が
その詩篇の評価にも有効だろう。

こうした二行単位を眼中に置いた場合、
すべての語が一定の不可知性を孕みながら
喩構造のなかでついに電極化することになる
(短詩型の喩構造を吟味したはずの日本の詩作者には
こうした言葉の事態を慮外とすることができない)。

行は連結されてゆく。
それは「語」の、
あるいは「語がしめした意味・空間」の、単純要請による。
不足が補われようとして
新たな不足が生じてゆくこの様相はたしかに病んでいるが、
そこで空間が拡がる。
同時にこの連結加算そのものに「推進力」も露呈し、
詩行連結は時間性へと着実に変化してゆく。

むろん改行が、詩世界に最も切断を入れるリズム強圧だ。
結果、改行的詩行加算は、
空間、時間、リズムを渾然一体化し、
言語組成の親和的複雑体を表出してゆく
(改行原則に関連するものを他分野で探すとすると、
最も有効なのが、モンタージュ論となるだろう)。

ただこう書いて、まだ指摘が片面的だという危惧もある。
まず詩中の「連辞」が本質的に伸縮自在なことは、
詩の単位を一行とすることを難詰するだろう。

それととくに現在的修辞には哲学的認識がからまる。
そこでは語に詩作者特有のおもいいれが加算され、
結果、語(関係/認識)は強圧にひしゃげたりもする。
読み下してゆく刻々に
事後性に蹂躙された破砕済みの言葉が
読み手の眼前に、脅威として現れてもゆく。
現代的詩篇が恐怖に近づく理由がそこにある。

同時に語の起源も計測される。
旧い語、新しい語、超俗的な語、世俗的な語。
旧い語が詩篇に混入する場合は、
語源論を詩自体が想定していることが多いから要注意だが、
それ以外に、それら出自の異なる語(文法)が「混成」し、
そうした「混成」が縒り合わされている姿に
詩性そのものを見ることもできる。

そして、この「混成」を詩の根拠とすると、
詩文と散文の混成もまた、詩的化合物の保証を得るだろう。
川上未映子の詩篇などはこの位置にあった。

逆の面からいってみる。
小説は文明的=文学的=商品的産物だから、
「自身が小説である」とメタメッセージをもつ。
そこから自由なのが実は詩だった。
誤解されがちだが、詩は文学性のなかにはなく、
詩自体のなかに「ただ」ある。
そうなっていない詩は偽物と斥ければいい。

むろん詩作者の人生・教養とも直接関係がない。
その人生・教養はむしろ詩によって切断され、喩化され、
それ自身の謎となって断片的に散らされる。
語関係に元手となった人生が奉仕されるとき、
その詩は人生的だが、しかも人生とは無縁という二重性に輝く。
とりあえず詩は、そんな無関係な二項同士の緊張として
組織されることが多い。

詩の語/行連関は語に意味があることのみならず、
イメージ、音声、不可知性、奥行、空間、自体思考性、
他の何かとの親和性などがあることを
「物質的に」自己組織している。

ということは、詩はそこにどんな絶望的な内容が描かれても
自身をその組成において祝福する幸運が
しるされていることにもなる。
詩の不運とはそうした自己信頼から離れ、
野心や性急さや切迫や
(単純な人生の)切り取りから書かれたものといえるだろう。
詩は感情が書かない。

ところで詩は一行目から読者を歓待する。
そのために有効な手段が美しさや驚愕付与だろう。
これらは実は空間性に関連するものだ。

同時に、詩は加算における時間性を自らの身体にしていて、
そこでも美しさや驚愕が駆動理念となる。

一行目はその後の全行の象徴的漏出なのだった。
一行目はとうぜん全行が書かれていないうちに書かれるのだから
そこにあるのは或る決定的な踏み外しというべきもの。
こうして詩に、才能の問題も付帯しはじめる。

ひるがえって、詩の最終行とは何か。
そこには読まれたことの感謝、
詩行が一定の時間性を連続させたことの
自己祝福がしるされなければならない。
この要請は、詩篇が長篇化すればするほどつよくなる。

近年、「野心的な」長篇詩の上梓が目立つが、
そのおおむねに読者の外界をことほぐ余韻、
つまり「適切な終了」が欠落している。
自分に向けて、書かれすぎたのだ。
これを、現在の詩の一病弊と呼ぶのも間違っていないはずだ。



「実感」を書いた。
なので書かれたものは
もしかすると普遍性が十全でないかもしれない。
ただ僕の詩の自註機能を付帯的にもつとおもう。

日記欄に詩篇をアップすると
僕のばあいコメント欄が沈黙することが多い。
それでも「あしあと」をみると
詩篇は一定数のひとに読まれているとおもう。
それでいいのだ。
僕の詩はコメントするのが面倒なのは自明だから。

個々の詩篇にはむろん特有の「詩想」があり「展開」もあるが、
それらを抽象抽出すると
如上の所見が導き出されるだろう。
せっかちな僕は、自分でそれを書いてみたのだった、
今後アップする詩篇により近づいてもらうために。

こんな文章を書いたのは実は
ドゥルーズ『シネマ』を本腰を入れて読み始めたため。
現在読んでいる「モンタージュ」の章が、
詩論に読めて仕方なく、触発されて、つい上を書いてしまった。

僕が映画から詩に道筋を移す理由もわかるかとおもう
  

2009年01月22日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)

煙草をやめる

 
喫煙は、

自己愛の、可視的にして最小の自己延長

だ。

それは、見た目にも主観的にも自己を伸縮させる。
そういうものの魔法で生活の軸をつないできた流儀を
いま僕は否定しようとしているのだった
(何と大袈裟な書き出し!)。

禁煙地域が自分の生活空間にふえ、
喫煙可能区域をもとめる諸事万端や
喫煙渦中の自分への他人の視線が面倒なのと、
肺にブラができて気胸寸前、
なにより肺組織が「石灰化」しているという
去年の秋の健康診断の託宣が、
この禁煙決意のひきがねにはなった。
石灰化は中学時代いらいヘビースモーカーだったことのツケ。
――もう四十年ちかくの悪癖なのだ。

今日、立教内の医院に行って、
禁煙治療の相談を受けてきたのだった。
一目で見抜かれた。
煙草への依存が、振舞のうわべだけではなく
存在の芯までをも侵していると。

「難しいですよ」。

相談に乗ってくれた医師は、しかし精神科医だったので
禁煙外来の細かい実際を知らない。
ただし成功例は、徐々に喫煙本数を減らす方策ではなく、
とつぜんパッタリとやめるやりかたに集中していると聞く、といった。
禁煙パッチでも投薬でも
擬似喫煙行為のなかから実際の喫煙を遠ざけてゆくでも、
煙草を「とつぜんやめる」意志だけが成功を導いている、と。

減煙によるニコチンの減少にからだが喘ぐのみではない。
その際の精神上のストレスにどう対処するかで
身体の構えを、従前とは百八十度替えなければならない
――だからここに必要な「意志」とは
自分の躯をこれまでの生とはちがう新しいかたちで再支配する
そんな精神活動にも匹敵する――そういうことだったようだ。

相手が精神科医だったので
僕はこれまで気になっていた質問をぶつける。
禁煙が鬱病を惹起することがありうるでしょうか。
というのも「禁煙、気をつけたほうがいいよ。
アメリカでは禁煙薬の作用で自殺者が続発しているらしいから」
と以前、小池昌代さんがいっていたからだ。

医師はいう、「ありうるでしょうね」。
「何しろ依存対象の喪失という点では、
家族でも家屋でも恋人でも仕事でも煙草でもみな同じですから」。

ということは、禁煙はメランコリーの危険を侵しつつ、
心身の大工事を設計すること――僕の場合はそうなるのだった。

結局、医師の精神的処方は、
「さまざまな禁煙方法や禁煙外来を
ネットなどで事前調査したのち
いちばん合ってそうだ、という方法を「とりあえず」確定し、
準備万端にして、なおかつ気軽に
指示されている禁煙方法に挑んでみること」
「いますぐ始めようとしたら逆に失敗する」
「一方法に失敗したら次がある、という心構えを事前につくること」
「実際は悲壮な改革を心身に施そうとしているのに、
そうではない、という逃げ道をあらかじめ設定しておくこと」だった。

喫煙は生活時間の節目に到来する。
起床直後。食後。風呂後。講義後。映画鑑賞後。
ただこれらは苦労すれば省ける。
省きにくいのは、憤怒時の喫煙や
飲酒行為の彩りとしての喫煙だったりする。

さらにとうぜん最も難題なのが、執筆渦中の喫煙。
これをどう廃止するかだということも歴然としている。

往年の、不良少年の自己顕示から、
もっと大きい、自己保全にちかい自己愛へと、
もうとっくに喫煙の効用領域が移っているのだった。
これをたんなる後天的な習慣とは他人にいわせない。

執筆時の僕は、「興奮気質」だろう。脳が過激に興奮している。
その興奮をなだめてくれる喫煙が存在している一方で、
他方、喫煙の持続性が、執筆行為のその場の持続性を下支えする。
喫煙は、執筆の歩く絨毯を敷くのだ。

僕の文章は喫煙の冷却効果と持続励起性の中間に出現しており、
その意味で僕の文章を書く主体はもう僕自身ではなく
喫煙行為だという見立て替えすら可能なのだった。
これは執筆は他人が書いている、という僕の日頃の考えにも馴染む。

想起の行き過ぎを中和するのは僕のばあい
喫煙によるニコチン摂取と、その際に生ずるリズムの遅延だ。
顔から身体全体に煙状のものが補填されてゆき、
そこで生ずるちいさな身体的・仕種的シンコペーションが、
書き物のなかでは生産的な「踏み外し」をする。
あとで自分の文章を見直し、
「あ、ここは煙草が書いたな」と再認できる箇所すらたくさんある。

よく執筆中の喫煙は、機関車における石炭動力にたとえられるが、
喫煙の効用は、そんな単純機能ではない、ともいえる。
冒頭、喫煙を、「自己愛の、可視的にして最小の自己延長」と綴った。
この文言中の「可視的」を「体感的」としてもいい。
執筆中の煙草は、「私以外の私」が「ともにある」保証であって、
煙草は無意識のなかでは「もうひとりの自己」にすら昇格している。
喫煙は「ひとりでは書かない」擬制なのだった。

私自身「だけ」から生ずる執筆行為での狭隘な導きを
ちいさな別方向へと転轍してくれる恩寵が、煙草。
執筆において私と煙草は「共依存」になっていて、
本当の執筆者は、私ではなく
むしろこの「共依存」なのだとしてもいい。

しかしたぶん、こういう自意識こそまずいのかもしれない。
僕の知っている、物も書く禁煙成功者たちは、
異口同音に「煙草をあるときから突然、「フッと」やめた」という。
つまり実際は禁煙に成功しているのではなく、
奇術師のように、煙草を意識対象から外すことに成功しているのだ。
彼らはからだのなかのニコチンの減少とも闘っていない。

一種の形而上学で、煙草に自己まで投影してしまった自分には
とてもそのような唐突な「中止」
(それは、エポケー=思考停止、といってもいい)が考えられない。

おまけに。禁煙の本質がやはり「対象喪失」であって、
それはメランコリー要因ともなる、という医師の言葉がやはり気になる。
僕の場合、禁煙は「生活の」リズム、彩り、節目、歯止めを、
あるいは「無為の」リズム、彩り、節目、歯止めを失うことよりさらに
部分的/全体的、内在的/外在的に「自己を失う」ことなのではないか。

存在に根がらみになった生活習慣だ、もう喫煙は是正の対象以上だ。
逆側からいってみるとよい――
禁煙は自己の嗜好癖を失うことではなく
自己愛持続の文明的な一本質(それは執筆に集中的に現れる)を
不可逆的に失う悲劇なのだ、と。

ただ、資本主義の終焉可能性をこのところよく語る僕としては、
禁煙が植民主義的身体、国家帰属的身体の終焉を
告げるものだという「思想」も当然ある。

周知のように煙草は15世紀あたりの西欧列強が
植民地から採りあげ、勝利の旗として拡大した嗜好習俗であり、
国家は煙草の販売独占と煙草税の間接徴収によって
喫煙者をさらに「財政的に」是としてきたのだった。
喫煙者こそがアンシャンレジームに馴致された
「下層の」身体だったといっていい。
それは文芸的ロマンチシズムには関係しない。

そういう身体はもう旧い――「消滅していい」、というのが
現在のネオリベ風土での、「清潔主義」の帰結。
ならば、煙とともに、
この旧い身体も消滅していい、とまで考えてしまうが、
それが自死と再生のどちらを結果するのか、
その分断線がつかめないでいる、というべきなのかもしれない。

いずれにせよ、鬱病発生の危険を侵し、
自分にとっては優雅に感じられた自己愛の型すら変えてまで、
いま僕は、自分の心身に「意志による」大工事を施そうとしている。

ここでの構図は、「心身による心身を対象とした変貌」。
ありうるのだろうか。
自分の靴紐を上に引いて自分の躯をもちあげるようなことは。
同一主客のあいだの自己再帰的干渉は、前論理的である、と
つねづね僕も語っているのだぜ?
ともあれ、外延性の見込まれない孤独な闘いが
今後、一箇月のあいだに僕自身にはしいられることになるだろう。

――とまあ、大袈裟なことを書いてしまったかもしれない(笑)。
書いたな、たしかに。

病院から出て研究室に戻ると、
なんと禁煙自殺説の張本人、小池昌代さんが別件でいた。
僕は今日の学校への来訪目的を彼女に語ったのち、
以上綴った次第を、より端的な言葉でだが彼女に語る。
で、「禁煙が下手をすると自殺につながる」と小池さんがいった、
という話のツボとなって――

小池「え、あたし、そんなヒドいこといったかしら」
阿部「いったってば。だからすごいプレッシャーなんじゃん」
小池「だって阿部さん死んじゃったらやりきれない。
(同じ研究室で)煙い、ってブツブツ怒ったけど、
そんなら別にやめなくていいよー」。
――昌代め。

ということで、こういう個人的な日記末尾の常なのですが、
どなたか、「抜群に効果のある禁煙方法」というのをご存知なら
ぜひ愚生にご教示ねがえないでしょうか。
ご自身、知人の美しい成功例をとりわけ待っています。
なにとぞ書き込みしていただければ
 

2009年01月16日 日記 トラックバック(0) コメント(1)

辞書開き三十句

 
九族の旧草のごと菊の庭



得恋は雲形定規をもつに似て



沢山とふ山から下りし椎葉人



弔文を懐に巻き脱腸中



水脈(みを)を引く汝が褄外れ女川に



点綴がわがこと六腑にがく縒る



説き分けて金言の辺に朽葉置く



内妻に外ふさはずて鉄を着さす



七草の七廻りくる身の内外



西風(にし)に聞く仏も絮になりしこと



糠雨に身も糠となる田打ちどき



菊男らは根接(ねつぎ)競つて散るばかり



長閑にてひねもすを倦み波停まる







浦菊も裏菊もある水のうへ



孤立なら円錐花序の意志ならん



横断の昨日をもつて故地も消ゆ



かんばせが花明かりして一軽羅



花けぶり酣のまま地上果つ



牛黄(ごわう)を掌(て)に汗牛なりし日々も追ふ



夕鬱を遠見する眼や荒(さ)びるまま



美(は)しきもの四土を廻れる馬車の燦



水理なき水の彼方のはるもにあ



舌骨が穢の源泉か詩書を舐む



胡瓜(そばうり)や私(し)を啼く声に土痩せて



煩に堪へ内観の花やがて奇(く)し



をみなこそ春着のかるさ哀しまん



野に酌んで火の見梯子の身のゆるさ



不機嫌も機嫌のうちや詩を矯めん



ペネロペの連夜ののちこそ旦(あさ)待たるる



昼の不思議なるかな母衣(ほろ)武者と遭ふ



★ ★ ★

昨日、武田肇さんの句を通覧して、
俳句モードとなった。
ただし心が逸っても、想が結ばない。
それで例によって、
辞書をアトランダムに開き、
触発された語を偶題にして句作にせこせこ及んだ。

●印までが、最近サボっていた
近藤弘文くん「タイトルで詩歌句」への投句。
ただお題「失われた時を求めて」から離れた憾みもある。

その後は、自分の担当しなかった50音を
ハ行最後までつくってみた。
計30句、所要時間は1時間半。

午前中は爆睡ののち
黒瀬珂瀾さんから送っていただいた
歌誌『【sai】』を通し読みしていた。
「歌合せ」の採録、すさまじい。
他人への毀誉褒貶はこうでなくっちゃ。

これから買い物。
レジで、いとしの姫と会う
 
 

2009年01月15日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)

武田肇の春句

 
精神活動と季節とをとりあわせた季題に、
古来「春愁」「秋思」がある。
浅学のためかその逆――「春思」「秋愁」を聞かない。
これをもってしても、春は物憂く、思いすら覚束ない、
その空間も茫漠として頼りない一季という――
春への人心が証しされているようにおもえる。

『ガニメデ』主宰の武田肇は
詩を書くひとであると同時に俳句もなす人。
ここのところ俳句熱がとみにましているようで、
08年2月に上梓された句集『海軟風』につづき、
09年1月には句集『Bay window』も世に問われた。
どちらも銅林社発行、定価なしの私家本で
(前者は製本史上に残る縦長特殊判型のバロックセンス)、
その後者については嬉しいことに、近頃じきじきにご恵与いただいた。



詩人俳句という型がある。
詩想は鮮やかなのだが、俳味や伝統遵守に乏しいというタイプ。
武田の句にその気味がないこともないが、
季語俳句が頑なに墨守され(句集内の並びは春夏秋冬で進む)、
そのうえで俳句発想に新風を盛ろうとする気概が鮮らしく、
そこには詩人俳句からおのずと距離が置かれて、
異彩も築かれている。
語彙は絢爛、新文法追求にも真摯で、
ときに僕のような浅学の理解を超えたり、
技巧が走りすぎではと警戒をおよぼすこともあるが、
意気軒昂と鋭気が全体にわたって清々しい。

その鋭気をいい意味で曇らすのが武田の春句だ。
春季の要請によって冒頭にしるした不如意が句へとしのびこみ、
句からは俳味がおぼろのように浮き上がってきて、
その愁いにゆっくりと囚われていってしまう。
ただしい春句の一はこの不如意性の錬磨だと武田が語るようで、
たしかにその春句では鈍い痣を心に刻印されて
三年殺しの残酷を受けるような趣もある。
するどさが霞によって一旦減殺されながら
致死量の毒がゆっくりと読み手の感覚へと浸潤してくる
――武田肇のすぐれた春句はそのようにしてある。

巷も春待ちの季節に入ったということで、
以下は上記二句集から武田の春句を中心に引用しながら、
簡単な解釈を添えてその句風の素晴しさを綴る体裁をとりたい
(原著の正字は現代略字に代える)。



【海軟風】

《われに出る化転の藝〔わざ〕やけさの梅》
「化転(けてん)」とは仏教語にいう「善導」が第一義だろうが、
ここではそれが変化(へんげ)、転生の圧縮語にみえる。
妖しさこそが用語に嗅がれなければならない。
一句が俳句であるというメタ構造から
僕は「化転の藝」を作句行為自体ととった。
「けさの梅」に接して自然と作句が促されるなら慶賀だが、
「われに出る」の不随意性が修辞として怖く、記憶にのこる。
化け物が自分から幽体離脱し、それが俳句となる、ということだ。

《二分後も切り立つてゐよ春の崖》①
同じ句集には同巧発想のものがある。
《五秒後てふ時どこにある山躑躅》②
《天の川二秒後もほゞ天の川》③。
――どれもがいい。
眼をはなしたすきに「ふと」空間が
自らその確証を解いてしまわないかという不安が根底にある。
武田句の発明性とはこういうところだ。
ただ①、崖への「命法」は命法であることで
春の空間の定位性の弱さを逆証するのにたいし、
③にある「ほゞ」は秋の空間の定位性・明澄を深める働きをする。
つまり同巧発想は季節の特性に見事に振り分けられているのだった。

《春馬来て河の心に映る哉》
何と美しい句だろう。
「心」はcenter――「中心」の意も含むと一旦はとりながら、
河が擬人化されて「心mind」をもつようにどうしても思えてしまう。
「来て」の措辞にある、唐突、驚愕、開扉の感覚。
しかも像は「映り」だから間接性をも帯びていて、
それで句に「春意」そのものの喩が生じている。
この「心」の用語はたぶん一生忘れられないだろう。

《寝覚めれば鰆はゐずて色残る》
鰆の夢をみたというのか。形象は消えても色彩が心中に残る。
そう綴られて、さて「鰆色」とは他の魚色と変わらないとも気づくし、
「鰆はゐず」の要因が前夜みずからが食したためという
散文的読解すら成立するとも気づく。
このように句は遡及力をもって意味-因果を分解してゆく。
こうして「残る」としるされる最大のものが
春特有の「心許なさ」だという静かな逆転もが導かれる。
それでも魚篇に旁が春の「鰆」のからだに
魚族にあって特別の春色が漂う幻覚も醸成されてゆく。

《他者の葬ばかりなりけり藤の花》
生前葬といった特殊な例外を除けば
人は無論、自分の葬儀には立ち会えない。
知るべき主体が消滅しているから。
畢竟、葬儀も行くとすれば「他人」のものばかりとなる。
この不如意に、藤の花が二物衝突的に対置される。
藤は藤色ならば霞んだ色彩で薄い悲哀をともなうし、
白ならばよりはっきりした葬儀色となる。
しかし藤の花は、この語並びにより
自身が幻覚した自己死体にまで昇格してゆく。
鉛直方向に「垂れる」藤は、縊死体の喩ともなるのだった。
その自己に「藤色」「白色」が言外に装飾されるとすれば、
このロマンチシズムは自己愛的怪物のなしたものとも看做せる。
ところがそれを「死は存在しない」というエピキュロス的哲学が撃つ。
そう、句はそんな峻厳な二重構造を具備している。

《形あるものみな春ををはりけり》
春が終われば、そのなかにあった物象の春性も終焉を遂げる。
たとえば春の靴は夏の靴になる。それは当然のことなのだが、
こうして「形あるもの」と正面切って綴られて、
「形象」そのものにすでに
自己保全性が存在しないと作者が示唆しているとも気づかされる。
結果、一句読了後に、読み手の世界までゆるやかに崩壊してゆく。
このばあい「けり」の詠嘆がどこか女性的なのが良い。
むろんそうした修辞には悪意も潜んでいるだろう。

《木星に移さば花の鬱とほき》
「花=鬱」という等式が猛毒のように仕込まれているのに注意。
句は、それを遠くに置きたいという意志を表明しているが、
「木星に移さば」という仮定が非現実的なことから
作者は「花の鬱」に幽閉されているという裏事情もみえてくる。
「花」は虚心な読解では「さくら」となるだろうが、
同時に「木星」と同音の「木犀」の満開も浮き上がってくる。
結果、桜と木犀の満開が二重視覚化されたような不如意が
仮定そのものの不如意とさらに「二重化」される。
何という技巧だ。
だが、真情に迫るので技巧自体、技巧から離れてしまう。

《行き帰りみんな横顔桜人》
この句では「作者の位置」が問題となる。
花見遊山をする人々を「たえず」横に見る位置、
したがって花見という愉楽から疎外された位置に作者はいるのだった。
それでこの美しい一句が
(とりわけ「桜人」の措辞が植物と人間の合体を思わせ美しい)
恐怖を孕んでいると気づかされる。
「花」に眼をやらずに「人」に眼をやる作者は
桜にたいしては融通無碍の取捨選択権を行使している。
それは桜にたいする自己位置が神出鬼没であることも付帯させる。
この結果、一句を挟み次のさらなる秀句が生まれた。
《花曇り廻ればさみし人のうら》。



【Bay window】

《老女ころび鶯色の埃立つ》
「埃」も春っぽいが、季語は「色」に接合された「鶯」だろう。
「老女」への想像の残酷は(「ころばせている」のだ)、
老女が鶯の化身であるという見立ての美化とも「同時」で、
結局、句は埃のつくったおぼろのなか、二つに割れている。

《毬止まるそこまで春の裾野かな》
これも「発見」ではない。
作者の想像により「毬は止まらせられている」。
この停止=停滞にそのまま「春愁」が観測されるほか、
「そこ」という指示語、
さらには「春の裾野」という修辞の意図的な大雑把さが
俳味に変じているとおもう。
「裾野」まで転がった毬を作者が見ているとして、
作者はならば「春の山」にいるのか。
そして「春の裾野」の先は、たとえばもう夏なのか。
語関係がつくる限定性はそうした疑問に応えようとはしない。
結果、不如意とともに「空間の不可思議」も際立ってくる。

《雨含む椿より人出で立ちぬ》
遠近の景。手前に雨中にひらく椿があって、
その奥にしばし隠れていたが移動により人の姿が現れた
――因果論的な解釈はそのように落ち着くしかないが、
椿そのものから人が花の精のように現れた、という錯視も導かれる。
「雨含む」という、取り立てての限定がどうも曲者で、
椿花はそれで柔らかくなり、魔法の極点の性質を帯びだすのだろう。

《てふてふと蝶はふとりつゝ耳の中》
安西冬衛の短詩「春」、
《てふてふが一匹韃靼海峡を渡つて行つた。》中の「てふてふ」は
冬衛の自己要請によれば、「ちょうちょう」ではなく、
「テ・フ・テ・フ」と発声してほしいそうだ。
この武田句もそうだろう。
長音で馴致されないこの音反復と蝶の形姿が化合して
ひらひら翔ぶ蝶は、おのずと人の感覚にたいしふとってゆく。
錯覚にすぎないとわかっていても、一瞬はそう感じられる。
で、「ふとる」という語には恐怖の感覚がつきまとう。
「髪の毛が太るほど怖い」という成句があるためだ。
その恐怖が蝶を起点にして主体の耳のなかに入り、
耳孔-内耳をいわば「春の波動」でみたす――そう、読んだ。

《身体のどこの部位ともしれぬ春》
どこの部位ともしれぬ死体の一部を春に見たのか。
あるいは春との身体的同調を句の主体が感じていても、
四季トータルの「全身」のなかで
春がどんな身体的部位を受け持つかわからない、という覚束なさが、
この奇怪な俳句文法のなかに詠まれているのか。
「しれぬ」ののちに「切れ」を置くか否かで読解が変わるが、
武田本人はこうした二重性をそのままに提示しているとおもう。

《眼球の内部は暗き花の昼》
満開の桜が白昼の光に白く、あるいは銀に輝く。
眼はその盛りを受け止めつつ、
感覚の奥では眼球の内部の暗さこそが意識されている――と読んだ。
カメラ・オブスキュラの身体化。
しかし花の輝きが予め暗色を隠しもつからそうなるのではないか。
となって、歓喜の春が煉獄の春へとも変貌してゆく。

《十三時十分はなの昼とまる》
《二分後も切り立つてゐよ春の崖》と詠んだ武田だ、
時間推移への感覚は、病的なほど鋭敏だろう。
ここでは「十三時十分」という執拗なまでの修辞により、
腕時計/柱時計はともかく時計盤が「具体的に」見えてくる。
春はそうした時間の円満な円周運動のなかにある――はずだった。
じっさいは桜花の魔性の盛りがそれをも停止させてしまう。
時間が円周してゆく春の極点で、
最も春らしい桜がその停止要因として働くのだ。
だから満開後や散華にいたる前の桜は、
緩慢な進行をかたどるどころの話ではない、
時間進行に反逆する、反世界の実証なのだということ。
こうした直観が桜の満開を死へと結びつける、
西行しかり、梶井や安吾しかり。
このなかで最も端的な俳句的修辞をもってしたのが武田肇だ。
とうぜん「花の昼」という時空の魔性は
同語反復に罠と恐怖のある次の秀句をも生む。
《花の昼をんなと見紛ふをんな哉》。

《擂粉木に大小のある春の魑魅》
「擂粉木」は「すりこぎ」。それが厨の空間のどこかに並んでいる。
一般家庭で擂粉木を複数所持するのが現実的でないとするなら
詠まれているのは料理屋の空間ともなるだろうが、
擂粉木が一般家庭で何かの願掛けのように蒐められているととった。
それに大小があることから(長年に蒐められそうなったのだろう)、
大小を当然にもつ人間の俤をも湛えてくる。
否、それは人間というよりやはり「魑魅(魍魎)」のたぐいなのだ。
ともあれ、そんな感覚に導いたのは
やはり愁いと物憂さをしいる春という季節の特性だろう。

《居間に一人納戸に一人はるのくれ》
「秋隣」の人恋しさにたいし、「春隣」の感覚は物憂い。
秋の空間が清澄に分割されるのにたいし、
春の空間が曖昧・不如意に連続するためだ。
ただしこの句の場合は一家のいる空間が詠まれている。
おそらく、「納戸にいる」のが武田肇の夫人ではないか。
夫人は夫の用事を言いつかり、夫は居間に傲然と鎮座する。
詩書のたぐいをひもといているのかもしれない。
子供も出払って、春の家屋内に夫婦それぞれぽつねんといるのだが、
先にしるした「春の空間の連続性」により、
この夫婦には物憂い紐帯が築かれつづけている。
「あきのくれ」に置き換えてみて印象の変化を計測しよう。

《春昼の真中を犬は見てをりぬ》
「花の昼」につき記したように酣の春の昼は魔的だ。
それゆえに鏡花の連作『春昼』『春昼後刻』もあった。
そこでは鋭敏な感性だけが何かの(不)変貌に直面する。
しかしこの句の主体は犬。
恐怖のなかに置かれたこの犬にはたしかな俳味がある。

《てのひらの凹み物憂き卯月かな》
春は遍満している。掌を春に差し出す。
すると、春は掌の窪みに「憂愁」として降り立つ。
「卯月」の音が「疼き」と同音なのに注意。
憂愁・倦怠とは
鈍さのゆえに識閾に入らなかった疼痛のことなのだった。



――という次第で武田肇のふたつの句集から
春の秀句とおもうものを通覧して回った。
詩的・哲学的な認識論を句体へと変化させながら、
俳句の属性に変貌をもたらす武田の着眼が明らかになっただろう。
「理」のひとなのだった。

となって、同語反復句に武田句の特性が出るとも理解されるだろう。
逆にいうと、同音反復によって意味が減少しながら、
その意味重複のズレから俳句性が姿を現すためには
熟慮と直感がないまぜになった理路こそが必要なのだということ。
最後にそれを武田の秋句から列挙してみよう。

《月うごき微塵となりぬ月のあと》
《いしぶみもいしぶみをみるひとも秋》(ともに『Bay window』)

そういえば、武田『海軟風』に最上の月句もあった。以下。
《両眼に灌がれて明月一つ》。
「両眼」は「りょうがん」と訓むのだろう。「灌がれて」は「そそがれて」。
この「一」への帰趨は清澄な秋ゆえのことだ。
それでも二つで一つを知る身体感覚が哀しい。
ただ、武田句の俳句型の論理性に慣れた僕は
いわば掲句の逆元の位置に当たる句を「妄想」してしまうのだった。以下。
《隻眼に灌がれて春月二つ》。
 

2009年01月14日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)

お知らせ+へばの

 
三省堂『生きのびろ、ことば』
(小池昌代、林浩平、吉田文憲共編)が完成した。
詩に興味をもつひとに
詩作者がさまざまな切り口から平易に語るエッセイ集成だ。

「文語」「肉体」「挨拶」「間」「オノマトぺ」「方言」「死語」など、
その切り口も多彩で、
平田俊子、藤井貞和、小池昌代、杉本真維子、田口犬男、林浩平、
高橋順子、正津勉、吉田文憲、建畠晢、伊藤比呂美、四元康祐と、
錚々たる面子の居並ぶなかで、
その末席を僕の原稿も汚している
(目次で僕の名前が誤植されているのが少々残念)。

僕の担当は例によって「ネット詩」。
ただしSNSのユートピックな詩環境を綴った
「詩手帖」の原稿にたいし、
こちらは、詩の応募サイトの活況を中心にしるしてあるので
内容にはバッティングがないとおもう。
タイトルは「ナルシスから離れだしたネット詩」。
ぜひご覧あれ。

それと、この『生きのびろ、ことば』の姉妹本としては
『やさしい現代詩』(共編者は上と同じ)も出た。
こちらは詩の朗読録音CDが付いていて、
その歌詞カード、とでもいうように
朗読されたオリジナルの詩が収録されている。
面子は、

谷川俊太郎、平田俊子、田口犬男、小池昌代、伊藤比呂美、
佐々木幹郎、岬多可子、新川和江、稲川方人、安藤元雄、林浩平、
高橋順子、ねじめ正一、吉田文憲、藤井貞和、白石かずこ、入沢康夫。

稲川方人が珍しい、といえるかもしれない。

なお、この2冊の同時発売を契機にした
書店イベント(対談)もある。
詳細は--

○1/24(土)19時~ @池袋ジュンク堂
《ことばの力》をめぐって
前田英樹×吉田文憲

○1/31(土)19時~ @池袋ジュンク堂
わたしたちはなぜ詩を書くのだろう--女ふたりの現代詩
藤原亜紀子×小池昌代

どちらも先着40名/申込み先:03-5956-6111

前田さん、小池さんともに知己(というか同僚)。
なので僕自身、どちらかに行くかもしれない。



今日は一日、DVDで、というかたちだったが、
家で映画鑑賞モードだった。

観たうちでは、木村文洋監督の『へばの』が素晴しかった。
監督は井土紀州『ラザロ』の第一部『蒼ざめたる馬』に
企画者+スタッフとして関わった79年生のインディ作家で、
今回が初の劇場長篇作品(これ以前の作品も観たい!)。

感激して監督自身にさっき送ったメールを
とりあえず下にペーストしておきます
(いずれ詳細な映画評をどこかに書くことになるとおもう)。

あ、公開は1/31(土)~、
ポレポレ東中野でのレイト、ということです。



『へばの』、大傑作でした。

下北の冬の寂寥の風景、
そこに原発関連工場をはじめとした
奇怪な異化も加わり、
全体に情感の停滞・怨念・催眠性がある
(長回しもすごく効果的です)。
しかもそれが「愛のドラマ」と見事に直結している。
人が容易に消えるドラマと覚悟していると
ラスト、人が容易にも生まれた。
ところがその児には、プルトニウム汚染という
不安な紐もついていて・・・

ヒロイン西山真来の父が死んだのちの展開がとくに素晴しい。
吉岡睦雄が撃たれたシーンの解釈や
東京でのプルトニウム・テロの
犯人が誰かの解釈には
複数の解答が出るのかもしれないとおもいました。

風景>人間

という構図がこの映画をとくに哀切なものにしている。
ともあれラスト近くのカーセックスシーンは
あまりにも哀しく、胸に迫りました。

国映のピンク映画が90年代の半ばでほぼ終わった、
と考えている僕は、
それで日本映画の興味を失った面もあるのですが、
木村さんの作品は、その意味でも待望のものでした。

それと安川奈緒さんがコメントを書いていますが、
僕もヒロインに『秋津温泉』の岡田茉莉子を重ねました。
 

2009年01月08日 日記 トラックバック(0) コメント(1)

まだ松の内なんでバカバカしいお話を・・・

 
いきなり、ですが、
TV画面に意図せずして出るかも、です。

じつは1月4日から本日(6日)まで
50肩の女房と、恒例の湯治旅行に行ってきました。
場所は群馬県四万温泉。
で、行きの長距離バスでハプニングが起こったのでした。

何とそのバスには、
テレ東「土曜スペシャル」のロケ隊が同乗してきたのです。
略称「土スペ」は、老人趣味であるウチの夫婦も
ゆっくりとした脱力進行と味のあるナレーション、
独特のヤラセ文法と、鄙びた味が素晴しいと
かねてからフェイバリットな番組です。

その4日当日は、「(元バレーポールの)大林素子さんと
お母さんをゲストに
このバスに同乗させていただいてもよろしいでしょうか」と、
四万温泉観光係のひととロケ隊に
バス出発前、とつぜん切り出されたのでした。

むろん当節は肖像権もあるし、
場合によっては人目憚る愛人同士のカップルもあるかもしれないし、で、
そりゃ懇切丁寧にスタッフたちは撮影許可を
バスの個々のお客さんにとっていったものでした。
やがてオールOKとなってバスには大林母娘も乗り込んでくる。

このとき僕がアホみたいにスタッフにたいし
「番組、ファンですぅ」と素人ぽくいったことから問題が勃発。
番組適応性が高い「安牌」と目されたのか、
われら夫婦は「大林さんがバスで親しくなった同乗者」へと
急遽仕立て上げられることになってしまったのでした
(と被害者ヅラして書いているが、実は嬉しかったりして)。

この「土スペ」の番組副題は、
女房がスタッフ所持の台本を盗み読んだところでいえば
(仮題だろうけど)、
「関東近郊 冬におトクな直行バスで行く温泉宿の旅」。
つまりここでは、直行バスがいかに便利かを
乗客の誰かに語ってもらいたい裏事情もあったらしい。

むろんウチの旅行は女房が大体、旅行日すべての計画を立てる。
泊まる宿、宿を拠点にしての昼飯の場所、ウォーキング。
女房は、吾妻線沿線中之条からバスでしか行けない四万温泉は
新幹線を使っても交通アクセスが悪い、
安くて速い長距離バスが一番、
と事前にネットで調べ僕に確言していて、
これをスタッフにもそのまま得々として語ったところ、
渡りに船とはこれだったのか、
「まさにそのことを大林さんにも話してください」となって、
「大林さんが社内で知り合う乗客」に
あっさりと仕立てあげられたのでした。

僕はというと、
ご夫婦でご旅行なら女房ひとりで画面に映るのも不自然、
ということになり、
女房の隣の席にちょこなんと坐る羽目とも相成った。

バスは関越自動車道を進行。やがてちょうどいいタイミングで
大林さんの適格な問いかけをきっかけに
女房が得々と、「長距離直行バス旅行」の利点を語りはじめる。
これが、信じられないほど淀みない。
女房が必要最小事項を大林さんにたいし
フレンドリーに語りきったのち、
大林さんが「旦那さんは?」云々と僕にも話題を振って、
撮影隊のカメラも僕にパンしてしまった。
「ゲ、モロ映りした」と僕自身、少々ビビった。

この一聯の映像は「土スペ」の通常文法でいえば、
たぶん編集カットされずに使われるとおもう。

しっかし、大林素子さん、いいひとだったなあ。
全日本女子バレーボールのエースアタッカーという前身からして
身長一メートル八十センチはゆうに超えてるともおもうけど
ぜんぜん威圧感がない。気さくなのだった。
お母さんがつくってきた、
という設定のおにぎりをバス中で嬉しそうに食べるわ、
僕らがすぐ理解できると踏んだのか、
番組の「ヤラセ部分」を茶目っ気にあふれ
こっそり打ち明けてくれるわ、で
女房などは終始ニコニコだった。

この大林さんとは不思議な縁もできた。
じつは4日当日は宿につくのが早すぎてチェックインができず、
近所にある重文の薬師堂を女房とフラフラしていると、
先にチェックインしていた大林さんたちが
そこにも撮影にやってきて、
出会いのあまりの重なりに、大林さん自身が
「エ、仕込み?」とおもわず本音をいって、
スタッフたちが「ちがいます、ちがいます」と否定し、
それで大林さんが改めてお礼の挨拶をしてくれました。

翌朝も宿を出てウォーキングに行ったわれわれと
地元名品直売所で撮影していた撮影隊が偶然出くわして、
大林さんのほうから「あ、またお会いした!」と声をかけてくれ、
さらに撮影の様子を見物する許しを得ながら、
女房と大林さんが親しげに会話をしたり、
という成行ともなって--

とうとう女房が大林さん・女房・僕の3ショットを
撮ってほしい、とミーハーにも切り出した。
僕は映画の仕事を一応しているし(ま、女房もそうだけど)、
あんまりタレントさんの前で騒がないよう心構えができている
(実は詳しく書くつもりはないけど
石田えり事件と称されて、映画の演技事務に
さんざん笑いのネタにされた映画現場の経験もあったりもして)。

まあこのときは撮影班の録音さんがその3ショットを撮ってくれた。
撮られた画面をみると、大林さんが高い背をかがめて、
僕と女房のあいだに顔を置いてくれた見事な記念写真だった。
僕のケータイ電話でのフォト。
ところが僕はまだこのケータイに買いかえたばかりで
写真の扱いに慣れておらず、間違えて消去してしまう。
撮影隊は次の場所に移ってしまい、もう後の祭り。
この事実が判明したのちの女房の愚痴といったら。

それから女房、急に不安と後悔をも口走りはじめた。
じつは大林さんの実物はものすごく細い。
それでもテレビ画面では「適格な」物量感で画面に映る。
となると女房のほうは、
テレビのなかでエラく太く映ってしまうのではないか。
「どうしよう、どうしよう」。いまさら遅いわいっ。

大林さんが四万温泉を訪れた際のエピソードは
翌日も温泉のいろんな場所で聞いた。
「やっぱり飾らないひとだなあ」とおもったのは、
翌日、いかにも温泉遊戯施設的な
四万名物のスマートボール場(「柳屋」)に
(撮影オフ時間に)大林さんがひとりで遊びに来たと
スマートボール場の女主人から聴いたときだった。
一般ピープルのなかに混ざることも嫌わず、
温泉の娯楽の中心をちゃんと射当てているではないか。
タレントである前に、一介の旅行好きなんだなあ。

さてこの「土スペ」のOAは
今度の(一月)十七日(土)、19時から。
僕の顔は編集でカットされるかもしれないが、
たぶん僕の女房の顔は確実に映る、とおもう。

女房の「横に爆発した顔」を興味本位でも見たい、
という人はぜひ、ごろうじろ。
僕も編集次第によっては映るかもしれないし。

大林素子さんとそのお母さんが
群馬の四万温泉に長距離バスで赴くパートです。
むろん我が家では録画してDVDに落とし家宝にする所存であります
 

2009年01月06日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

阿部嘉昭の2008年・再増補改訂版

 
※以下、備忘録として


【2007年12月】
・「恐るべき演出力」
――横浜聡子監督『ジャーマン+雨』評(図書新聞07.12.8付)
・晶文社より、『僕はこんな日常や感情でできています』刊行。
編集=倉田晃宏 、装丁=小田島等
・写真性をもつ現代都市(表現)空間を
10本のコラムでしるした「写真都市彷徨」を「d/SIGN」15号に発表
・三村京子のアルバム録音に立ち会う。船戸博史さん、石崎信郎さんと懇意に
(録音の様子についてはドキュメント風の文章をSNSにアップもした)
・当月の主なミクシィ(なにぬねの?)アップ記事=
「清水あすか『頭を残して放られる。』評」「倉田良成『東京ボエーム抄』評」
「黒瀬珂瀾『黒耀宮』評」「橘上『複雑骨折』評」「高原耕治『虚神』評」
・なお高原耕治さんが同人に加わる俳句誌「未定」句会に遊びにゆくことが多く、
奇数月句会の総括となる「未定通信」への寄稿も2008年は励行した。
ただし原稿はすべて匿名掲載という鉄則が守られているので、
この欄での記載を割愛する。
句会には同人のほか廿楽順治、森川雅美、三村京子、倉田良成など
客人扱いの出席者もある


【2008年1月】
・詩作についてのインタビューをまとめた「詩大陸への接岸」、ネットアップ
・三村京子のアルバムのミキシング作業に立ち会う
(この様子もドキュメント風の文章にしてSNSにアップ)
・書誌山田より処女詩集『昨日知った、あらゆる声で』刊行。
編集=大泉史世、栞文=藤井貞和、小池昌代。
たくさん頂いた礼状ではとりわけ金石稔さんのものが嬉しかった
・神田三省堂で、『僕はこんな』刊行イベントとして切通理作君と壇上対談
・解酲子さん、蕃さんと歌仙を巻く。「歌仙「うすらひノ巻」」として当月終了
・小池昌代さんの薦めで、明治学院大学での詩の朗読イベントに参加。
以後一切、朗読者として舞台に立つことをやめようと決意(つまり失敗した)
・当月の主なミクシィ(なにぬねの?)アップ記事=「廿楽順治『くっている』評」


【2月】
・三村京子につき、大中真慶くんからインタビューを受ける
(のち、「阿部嘉昭ファンサイト」「三村京子オフィシャルサイト」に記事収録)
・当月の主なミクシィ(なにぬねの?)アップ記事=
「小池昌代『ババ、バサラ、サラバ』評」「倉田良成『金の枝のあいだから』評」


【3月】
・ミクシィ18条問題勃発で、ミクシィへの日記アップ中断
・その間「なにぬねの?」で長篇詩『春ノ永遠』を連作として発表しつづける
(当月了/サイトアップは10月)
・草森紳一さん逝去。追悼文をネットアップ。
のちこの文章は評判となったらしく、「偲ぶ会」でのテキストのひとつとなる
・ミクシィ再開、「箴言」シリーズを書き始める
・当月の外部プログ(ENGINE EYE)への主な記事=
「三村+阿部五十行詩」


【4月】
・「箴言」シリーズ続行
・作詞協力をした三村京子『東京では少女歌手なんて』発売、
プロデューサー=船戸博史、ミキシング=石崎信郎、デザイン=小田島等
・立教前期授業開始、月曜2限「歌詞をつくろう演習」、
同3限「大教室授業=現在の日本映画を短篇から探る」、同4限「入門演習」。
2限では三村京子をゲストとして申請、
結果的に「恋するモドキ」、「敗けたい気持をもつと」などの曲もできた
・当月の外部プログ(ENGINE EYE)への主な記事=
「万田邦敏・接吻(補足あり)」


【5月】
・「箴言」シリーズ、200作でアップ完了
・田中宏輔さんがミクシィで「卵」連作を開始。書き込みが活発化する。
書き込みが詩篇にたいする返歌となることも多く、
いつしかこうした機会的歌作をまとめるべく
「阿部嘉昭ファンサイト」に歌集『卵帝』をアップした。
このネット歌集は、現在は曖昧に収束中(「未公開原稿など」の欄で閲覧可能)
・小池昌代『ババ、バサラ、サラバ』書評(「立教」205号)
・「映画的純白」を貫く――キム・ギドク監督『ブレス』評(図書新聞5.17付)
・当月の外部プログ(ENGINE EYE)への主な記事=
「実録・連合赤軍(アイカワさんへの応答)」


【6月】
・秋葉原連続無差別殺傷事件勃発、
のちこのときの犯人の掲示板書き込み文章を対象に
紀要原稿を11月に書くことになる(現状、未刊行)
・立教の教え子、鈴木香奈子が急逝
・「なにぬねの?」で近藤弘文君がコミュ「タイトルで詩歌句」を立ち上げ。
以後、トピックを連続させ、
そこでの投句に僕自身、柴田千晶などとともに意欲を燃やすようになる。
「未定」への関わりなどもあって、
句作もこうして自分の詩作活動の一環をなすようになり、
それが詩の細部へとさらに逆流した
・杉本真維子のH氏賞贈呈式に出席
・「慙愧の念」が貫く多項対立性
――野本大監督『バックドロップ・クルディスタン』評(同作劇場プログラム)
・マンガ評論集の追い込みで、脚註を馬車馬のように書く


【7月】
・泉書房より『マンガは動く』刊行。編集=明道聡子
・女房と千葉県・麻綿原に赴き、紫陽花の群生に圧倒される
・立教前期授業終了。3限での論題展開は以下のとおり
「古澤健『怯える』」「合田健二『ANA LIFE』」「大工原正樹『赤猫』」
「井川耕一郎『伊藤大輔』=井川耕一郎ゲスト」
「佐藤寿保『芋虫』=佐藤寿保ゲスト」「木村有理子『犬を撃つ』」
「西山洋市『稲妻』」「岡太地『トロイの欲情』後半」
「斉藤淳『手紙』+高木駿『その秋のために』「港博之『月猫に蜜の弾丸』」
「松川八洲雄『鳥獣戯画』」「遠藤協『写真をよろしく』」
・女房と長野県鹿教湯温泉にて四泊五日の湯治。何もしない夏休み旅行だったが
「詩と思想」の原稿用に、大量の吉本隆明(関連)本をもちこむ
・提示される現在的「銃後の思想」
――日向寺太郎監督『火垂るの墓』評(図書新聞7.19付)
・「音楽について植草さんがスゲエことを書いていた」
(晶文社『植草甚一 ぼくたちの大好きなおじさん』所収)。
これについては長めの紹介記事をミクシィ等に発表した


【8月】
・「ナノ=極小の思考と身体」
――杉田敦『ナノ・ノート』書評(「d/SIGN」16号)
・50歳となるが、いささかの感慨もなし
・立教後期授業用に、手塚治虫の大量再読開始
・ネット句集『草微光』のサイトアップ完了。
一旦は句作を中止する予定だったが
「未定」句会と近藤君「タイトルで詩歌句」が契機となって句作続行となった。
現在までの作例はサイトに
「新句集(タイトル未定)」として暫定的に収めてある
・「光芒化する現在性」
――小川三郎『流砂による終身刑』書評(「現代詩手帖」9月号)
・当月の主なミクシィ(なにぬねの?)アップ記事=
「小川三郎『流砂による終身刑』評」(別バージョン)
「柴田千晶『セラフィタ氏』評」「黒瀬珂瀾『街角の歌』評」
「三角みづ紀『錯覚しなければ』評」


【9月】
・遠近両用眼鏡購入。これをもって読書時の不機嫌、直る
・一行の長い詩を連作で書き始める
・それまでのネット詩篇を詩集『あけがたはなび』としてサイトアップ
・吉本隆明についてしるした「無から空隙へ」を『詩と思想』10月号に発表
・立教後期授業開始。2限「連詩連句演習」では三角みづ紀・三村京子らがゲスト。
3限は「大教室授業=手塚治虫vs浦沢直樹」、4限は「卒論予備演習」
・当月の主なミクシィ(なにぬねの?)アップ記事=「近藤弘文さんの詩法」


【10月】
・一行の長い詩の連作をネット詩集『頬杖のつきかた』としてサイトアップ、
加えて、先にアップしていた『あけがたはなび』を再編集
・連詩大興行第一巻『身頃の巻』をネットアップ。
ただちに第二巻めのメーリス上の興行がはじまる。
メンバーでは久谷雉くんが退任、
代わりに小川三郎さんが従前の連衆に加わるという、
相変わらずの十二人大陣容
・上の連詩と同様の運びの原則
(前詩篇の発想・語句をずらす/現実を織りこむ/30行厳守)をもつ
独吟形式の連詩『大玉』(前年に完成していた)をサイトアップ。
ただしもう一方の完成済詩集『動詩』は失敗作として封印した。
この措置は、リクエスト者にワード添付送信する
「詩の産地直送」がはかゆかないと考えたため
・「『HANA-BI』以降の北野武vsビートたけし」
――北野武監督『アキレスと亀』評(「キネマ旬報」10月上旬号)
・三村京子レコ発ライヴ。小池昌代さん、SAYAさん、船戸博史さんら参加。
モールスの酒井泰明さんと親しくなる
・「ユリイカ」原稿用に女性の書いた母親についての表現を、
「現代詩手帖」原稿用に大量の詩集を、読み継ぐ日々
・当月の主なミクシィ(なにぬねの?)アップ記事=
「連詩の即興性はどうあるべきか」


【11月】
・「チンピラ女優に惹かれるのはなぜ?」
――北野武『女たち』書評(「週刊文春」11月6日号)
・女房と「はとバスツアー」で赴いた袋田の滝と笠間菊祭りに圧倒される
・解酲子さん、蕃さんと再び歌仙を巻き始める
・「世界は一人の女に集約される」(「ユリイカ」12月号)
・当月の主なミクシィ(なにぬねの?)アップ記事=「買おうとしている手袋」
「川上弘美『風花』評」「カンガルー→中沢新一」「小説の要件」


【12月】
・「ネット詩と改行詩のゆくえ」(「現代詩手帖」12月号)
なお「現代詩手帖」のこの号では代表詩選欄に
詩篇「昨日知った、あらゆる声で」も併載された。
「詩作者元年」としては一息つけた恰好
・「快走感に満ちた時代証言」
――榎本了壱『東京モンスターランド』書評(「東京新聞」12.7付)
・「大島映画の呼吸、白土劇画の線」
(「DVDボックス大島渚1」中『忍者武芸帖』リーフレット原稿)
・沢田研二の東京ドームライヴ評を書き、外部ブログで異様な評判を得る
・魚返一真さんに著者近影用の写真を撮っていただく
・ちひろ、おとめ、ハナちゃん、かめの日芸卒業生と高円寺で飲み、
ケータイコンテンツ産業の隆盛と派遣業界の実態を聞く。かなりのショック
・解酲子さん、蕃さんとの歌仙が「垣の山茶花ノ巻」として満尾する
・立教後期授業終了。連句B班の歌仙がとりわけの収穫。
なお3限の題目展開は以下だった。「手塚治虫の昭和20年代前半の作品」
「同『鉄腕アトム』」「同『バンパイア』」「同『どろろ』」「同『アラバスター』」
「同『火の鳥/復活篇』「同『アドルフに告ぐ』」「浦沢直樹『20世紀少年』」
「同『MONSTER』1」「同2」「同『PLUTO』1」「同2」
・クリスマスイヴに立教で卒論・卒制の指導教官振り分け会議。
卒論では水戸部真理の「押井守論」、
卒制では望月裕二郎の歌集、松岡美希の詩集など完成が愉しみなものも多い
・「/」を組み込んだ7行5聯詩の連作を開始する
・三角みづ紀、モリマサ公企画のイベント「シップス/家族」に出演、
パフォーマンス的朗読の可能性に耳目を開かれたほか
渡辺玄英さんなどと旧交を温める
・当月の主なミクシィ(なにぬねの?)アップ記事=
「岡井隆『ネフスキイ』評」「08年度代表詩選」
「詩作と日記書きについて悩むマイミクに書いた励まし」
 

2009年01月02日 日記 トラックバック(0) コメント(0)