ENGINE EYE 阿部嘉昭のブログ

野村次郎写真集・遠い眼

 
 
昨日は女房と等々力~自由が丘あたりを
ウォーキングした。
じつは尾山台は小学校二年三年に住んでいた。
そのころの住居「尾山台コーポ」は
立て直されたものの同じ区画に建てられて
往年のおもかげを残している。
近所で大好きだった「竜造寺さん」の家も
いまだに立て直されて残っていた。

九品仏の紅葉黄葉は、来世のようにきれいだった。
自由が丘のチゲ鍋定食屋「コチュ」も美味だった。
自由が丘では、20代カップルのように店を冷やかした。

往年の慶応生は、自由が丘にはよく立ち寄ったものだが、
もう30年以上前のことで
餃子センターのある、あの長細い建物以外、
ほぼ町並みが変わってしまっている。

学園通りをかなり進んだ「モン・サン・クレール」で
ケーキを買う。
店の売り子がみんな可愛くて聡明そう。
ケーキを売るのに最高の顔をしている。
駒沢公園からは恵比寿行きのバスに乗った。
このころになって空気が冷えた。

帰りに松田行正の本を買うため
新宿ジュンク堂に立ち寄る。
そこでフッとみつけたのが、
野村次郎というひと(72年生)の
『遠い眼』という写真集だった。

第七回ヴィジュアル・アーツ写真賞受賞作品。
オビ表、森山大道の推薦文に惹かれ開いたら
一目ぼれの状態になってしまった。

写真一点一点に日付がある。写真集空間では
その時間軸はシャッフルされているが、
「私のみたもの」「私の行った場所」「私の家族」
「私の恋人」「私の結婚」など
撮影者を取り巻いている現実が徐々に判明してくる。

そうつづれば、大橋仁のかつての傑作写真集、
『目のまえのつづき。』を想起するひとが多いかもしれない。

しかし大橋のそれは父親の割腹(自殺未遂)、
恋人を取り替えてのハメ撮り、
鯉、日本海の荒い波濤、紅白歌合戦の画面撮り・・
など、展開が劇的要素にみちていて、
だからこそ冒頭、蛍光サーベルを振り回す
大橋の連写自写像から写真集も開始されたのだった。

野村はちがう。
まず「彼自身」は結婚式の記念写真として
ようやく写真集空間に気弱げに顔を出す。
しかも事件が起こらない。
恋人「茜」ちゃんも脱がない。慎ましげな一般人にすぎない。

野村が出没する場所も
大橋の浅草のように有徴の場所ではなく、
秩父~坂戸近辺、どこともしれぬ林道、
上流すぎてそれとはみえない多摩川など
「それ自体が消え入りそうな場所」ばかりだった。

多摩川の川底に沈む自転車。
川底の泥がまつわったそれは車輪のかたちのみを
あらわにしている。
その次、脈絡なく
白髪が焔のように周囲を噴き上げている祖母の耳の、
ウルトラ接写の写真が続き、
その写真がさらに拡大トレースされたものが反復される。

(泥)煙、漸減消去を約束されてしまった儚いもの、
あの世に近づきつつあるものらの異相・・・
野村の「遠い」眼はそういうものに固定され、
異変を予感し、破滅におびえる。
静かにものにのみ「徴候」が見出される。
詩でいえば高貝弘也のような資質かもしれない。

すべてモノクロで、
丁寧に焼付けしなければ成立しない繊細な質感の写真群だが、
野村の撮影行為は現像行為とかならずセットになっていて
焼きあがってくる印画紙も
糸状の霊性を噴き上げるようすべて調整されている。

芒のゆれている山腹が剥落しそうになっている。
崖崩れ防止措置の林道の山肌が波打つようにゆがみ、
またガードレールの湾曲が、
規則曲線のヘンな幽霊性という概念とつながってしまう。

そうおもっていると実際に崩れた林道があり、
火事のあと黒焦げになった土地もある。

眼路前方、林の木立は、そのまま黄泉のようだ。
あるいは彼の見下ろす川面も黄泉のようだ。
何かそれらはみな「糸」に関連していて
一枚の紙なのに「紡績的な」厚みをもっている。
薄暗いのに眩しい。そして奥が怖い。

そうおもっていると昼寝ばかりをしている楽隠居の父も
皺だらけなのに輝く肌をもつ祖母も
みな「生きながらの黄泉」にみえてくる。

撮影行為に特有的に付帯する消音によって
物事の実相が減算的に捉えられ、
それらの正体はみな「減少の一休み」なのだ。

しかし野村の眼は「減少」という残酷ではなく、
「一休み」というわずかな安心のほうに
実際は向かっていて、だから写真群はほの明るい。

埼玉県西部あるいは北部特有の「土地柄」もあるだろう。
僕は松江哲明の『童貞をプロデュース。2』を想起した。
クルマでなければすべての移動がままならない
文明上の僻地(街道=ロードサイド文化しかない
----しかもチェーン店ばかり)。

それを考えると野村の撮影行為も実際は
クルマでの移動に負っているはずなのに、
自らのもふくめ、すべての自動車は画面から消去されている。

それでこの野村次郎が
「土地から何を抜いたか」が
象徴的にわかるだろう。

素晴らしい写真集。
つまり「われわれ」は質感を見て、
その質感という、実質のわからないものにこそ
魅了されてしまうということだ。
それは「われわれ」の幽霊性の証。

質感は模様としても現れる。
野村が継起的に捉える、窓外の光景。
あるいは木立の影が
まるで「上映されたような」障子表面。
物事に表面があり、表面化が起こることの魅惑と恐怖。

それを考えると野村は
自身の写真のみならず
メタレベルの「写真自体」をも
付帯的に浮上させていることになる。

う~ん、この写真集、
東京新聞の「今年の三冊」の候補だな。



「ユリイカ」タランティーノ特集の拾い読みは
前々日に終わっていた。
とりわけ蓮実-黒沢清対談に倦む。
相変わらずの、口調のシニシズムの応酬。
タラちゃんへの愛は、自分の目利きと対になる構図のまま。
だからずっと逼塞を感じる。

「突き抜けた発言」「対象を本質的に射抜く言葉」が
どこにも見当たらないのだ。

そんななかでキーワードが「才能」「育ち」になる。
つまり19世紀の精神的貴族性が反復されているにすぎず、
21世紀的倫理がどこにもなかった。

いま誰がこんな言い方で、
自分の好きなものを語っているというのだろう。

この二人はもっと周囲を見回したほうがいい
 
 

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2009年11月30日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

急告:訂正!!



前の日記で今日開催とご案内した
立教での入不二基義くんの講演、
じつは12月12日(土)の誤りでした。
僕のうっかりミスです
申し訳ない

時間と場所は一緒です。
僕は行きます

一応、概要を
立教のサイトから下にペーストしておきます



日時 2009年12月12日(土)16:00~17:40

場所 池袋キャンパス 12号館第1・2会議室

講師 入不二 基義 氏(哲学研究者)

《講師略歴》
1958年生まれ。神奈川県立湘南高等学校卒業後、東京大学文学部哲学専修課程卒業、同大学院人文科学研究科哲学専攻博士課程単位取得。山口大学助教授を経て、2004年から青山学院大学文学部教授。ヴィトゲンシュタインを中心とした英米系哲学の研究から、自我論、時間論、相対主義論などに関して活発に議論する。

《主要図書》
『相対主義の極北』(春秋社 2001、ちくま学芸文庫 2009)、『時間は実在するか』(講談社現代新書 2002)、『ヴィトゲンシュタイン 「私」は消去できるか』(NHK出版 2006)、『時間と絶対と相対と 運命論から何を読み取るべきか』(勁草書房 2007)など多数。その他、雑誌『現代思想』(青土社)や『思想』(岩波書店)に時間論に関する論考や対談を何回か寄稿している。

対象者 本学学生、教職員、校友、一般

内容 論理哲学・科学哲学を背景にした相対主義論の立場に立つ講演者が、時間論研究の蓄積をもとに、現代における運命論の可能性について語り、討論を行う。

受講料 無料

申込 不要

主催 立教比較文明学会
立教大学大学院文学研究科比較文明学専攻

問合せ先 人文科学系事務室
TEL:03-3985-2479

○懇親会 18:00~19:30 *別途会費

2009年11月28日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

お知らせ

 
 
詩の応募サイト「文学極道」10月応募分、
僕の選考選評のネットアップがなりました。

ここ↓

http://bungoku.jp/blog/20091127-179.html

何度でもいうけど、
これが自分の詩作以外、
詩の分野ではいまいちばん力を傾注している仕事かなあ。

「ネット詩のゆくえ」を傍観するだけでなく
その方向(彷徨)に意義をあたえる、という
これはすごく影響力のある仕事なのです。
こういう仕事をいずれ「思潮社のふところ」でもして、
詩のフィールド全体を攪乱できたら。

ネットのことをネット自身が褒める再帰性が
論理的な信用をえていないのなら
そうなります

「文学極道」は選評形式(レイアウト)が良い。
当該対象詩が見出し語になっていて
(クリックすれば中身が覗ける)、
その後に、それぞれの選評が読めるからです。

むろんネット空間だから
応募詩篇にも選評にも字数制限がない。
しかも応募詩篇には
たとえば「詩手帖」の応募欄とちがい、
もっと原初的なモチベーションがはっきりしている。
つまり技術過重でない。
それで、必然的に「良い選評」が
書けるようにもなっているのです。

とくに僕の生徒にいいたいのだけど、
「文学極道」一ヶ月分の僕の選評を
対象詩とともに精読すれば
たぶん半期分の詩作演習と
密度が匹敵するとおもう。

あとマイミクさんの現代詩作者関係では
いまだネット詩に偏見をもっているかたも
いるかもしれない。
ただし田中宏輔さんだって岩尾忍さんだって
投稿している!
彼らをアテに他のひとの詩篇も読みだせば
必然的にネット詩への偏見も解けるとおもう。
そして、こういう結論が出るはずだ。

・それはポエムから遠く、しかも一律でない

・それは詩のフィールド全体を転覆する力を秘める

・そこではモチベーションなき技術、
 難解さのための難解が認められていない
 (現代詩の屈折点・反省点がネット詩に現れている
 と認識していないネット詩把握のお目出度さ!)

・だから10年代詩の趨勢もそこに生じるだろう

僕はその選評で宏輔さんの詩篇を絶賛したけど
(彼は送ってくれたメールですごく喜んでくれた)、
ニュートラルに他の詩も絶賛しています

なお「文学極道2009年10月分月間優良賞・次点佳作」は以下↓

http://bungoku.jp/monthly/200910.html

ちょっと納得できない部分もあるけれど、
広い視野から優秀賞以下が選ばれているとおもいます。
多数決的選定は、かならず平準化するんだよね。



今日の夕方はマイミクの学生「たくろー」くんが薦めてくれた
立教での入不二基義くんの講演会に顔を出すことにしました。
『時間は実在する』(講談社現代新書)という名著のある、
時間論(哲学)のするどい論客で、
僕の高校時代の友達です(ともに文芸部所属)。

会場で僕に会いたいひとはどうぞ。

立教池袋/@12号館第一、第二会議室
16時から17時40分まで

終了時間からいって、その後は飲み屋行かなあ
 
 

2009年11月28日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

帽子についての幾つかの質問

 
 
今日の午後は、立教の椎名林檎講義のため
まずは久しぶりに東京事変『教育』を聴いていた。
林檎はここまで--
つまり『無罪モラトリアム』『勝訴ストリップ』
『加爾基 精液 栗ノ花』から『教育』まで--が
完璧なアルバムだった。

それから林檎の曲にとりあわす
別のアーティストの曲を物色した。

僕は『教育』の中央部分、
「現実に於て」「現実を嗤う」の流れが大好きで
そこでは英語曲のドイツ風発音とともに、
スラップ・ハッピー/ヘンリー・カウが大成した
12音階ポップスへの意識も感じられる
(ほか「駅前」にも同様のものが伏流している)。、

なのでとりあわせる曲も
戸川純「ブレヘメン」、
それに石橋英子&吉田達也、パニック・スマイルも考えたが、
やはり御大のハッピー/カウに出馬ねがわないと
何かが締まらない。

それで辞書を引き引き、
ハッピー/カウの「Some Questions About Hats」を
手ずから翻訳することにした。

稀用語彙と類音連鎖が多く訳出には苦労があったが
つきあってみて意外だった。
12音階ポップスの不可思議な感じからして
「帽子」は超現実的に捉えられていると高を括っていたが、
英国帽の非装飾性美学の堅持主張とともに、
帽子に「女性」全般の暗喩を交錯させた
フェミニズム的歌詞でもあったのだった。

ただし歌詞の組成が変。
原詞は「Can one・・?」疑問形の単純連鎖にちかく、
それで歌詞を成立させようとしている点がダダだった。

ところがどうしてもこの疑問文連鎖を
そのまま日本語に移し変えると意味が通じない。
それで大幅に原詞を「意訳」することにした。
それが以下。
まあ苦闘の跡を読んでいただければ。



スラップ・ハッピー/ヘンリー・カウ
【帽子についての幾つかの質問】
(アンソニー・ムーア/ピーター・ブレグヴァド)

どうして人は帽子を薄気味悪くするのだろう?
それを風雨にさらし、
さらに羽根飾りまでつけて。
帽子の怒りに耳をかたむけるべき、
帽子に熱を出させるべきだ。
形が崩れれば、帽子も駄目になる。
屋外の水門が
驚きの声をあらわにする、
濡らして帽子の姿を良くすることなどできようか、
帽子を火にくべるのも無理なのに。
帽子自体もっと気高さを望んではいまいか?
人は帽子を競わせもできるのではないか、
邪まなものごと、有害なものごととも。
いったい甘草魚に翼が生えるだろうか?
人は帽子を遠ざけえない、
それは単純でもないし
退屈でもない、
よわく華奢でもないのだ。



実はこの曲の収められている『Desperate Straights』
(大学時代の僕らは「絶望一直線」と呼んでいた)では
原詞がLPアルバムの裏面に印刷されていた。
僕がもっているのは輸入版で、
友達のもっていた日本版には歌詞対訳がついていて
それはもっとダダ風に訳されていた気もする。

CD化に当っては、アルバムの収録時間が短いので
スラップ・ハッピー単独名義の
『Casablanca Moon』とカプリングされた。

これがじつはレア音源。
スラップ・ハッピーのなした本質的で静謐なポップアレンジに
プロデューサーが「地味」と判定を下し、
弦楽等を加える「甘い」オーバープロデュースをしたものだった。

スラップ・ハッピーの面々はそれに怒り、
プロデューサーに対抗し原盤をリリースした。
タイトルは逆さ綴りの『Acnalbasac Noom』とされた。
僕の大学時代には、
こっちの盤のほうが輸入レコード屋に出回っていた。

そのカプリングCDも、僕のもっているのは輸入盤。
日本盤は出たのかなあ。
そこにライナーノートと一緒に対訳も入っているのだろうか。

何か知る人ぞ知る、マニアックな情報を書いてしまった。

ともあれ12音階ポップスのオンパレードに
授業はなるはずで
受講生はさぞやその機知の高さにびっくりするのではないか。
ただし、この部分は次々回の講義になるけれども



夕方、ポストをみにゆくと
前にも書いた「ユリイカ」のタランティーノ特集が
詩集と同人誌それぞれの寄贈とともに届いていた。
僕の原稿は
編集部が「キメラ的映画のほうへ」とタイトルしてくれた。
タランティーノに「影響を受けた」日本映画についての、
列挙的考察だ。

まずは自分の原稿だけ読んだ。
情報量が多く、しかも考察が端的で、
偏差値が高いのに読みやすい原稿になっていて
われながら満足の出来だ。

行間からは、映画批評の変換点の示唆という
かなり過激な主張も拾えるはず。
蓮実-黒沢清対談と同居、ということに
のちのち意義が出るかもしれない。

その他の寄稿者に、
菊地成孔、稲川方人、丹生谷貴志、
山崎高裕、樋口泰人、陣野俊史各氏ら。

タランティーノ・インタビューは
西島大介がおこなっていて、そこが「ユリイカ」ぽい。

「次号予告」に名前の載っていた、
青山真治は原稿を落としたようだ

ともあれ多彩な執筆陣。ぜひ書店で♪
 
 

2009年11月26日 日記 トラックバック(1) コメント(1)

犬・草・猫

 
 
昨日は虎ノ門から銀座にかけ
いろいろ用事があった。
移動はスムースだったが
あいだの空き時間が多くて
ドトールに這入り替え、這入り替え、
ずっと本を読んでいた。
おかげでコーヒーも計五杯、飲んだ。

読了本は二冊。
やがて手持ち本がなくなって
銀座のブックファーストへ行き、本の補充。
けっきょく前々から気になっていた
グラフィックデザイナー松田行正の本を買う。

08年3月、NTT出版刊『和力〔わぢから〕』。
デザインの日本性を多元的に考察した本で
見出し語ごとに項目分けされている。

それが何か
「歳時記」を読んでいるような刺激を呼んで、
結局、懸案だった
「かいぶつ句会」50号記念号のための
句作までドトールではじめてしまった。
できた句は小さな手帖に、くちゅくちゅ書いた。

今回の「かいぶつ句会」の特集は「見る俳句」。
例の横長変型判の冊子で
見開きスペースをあたえるから
そこで絵でも写真でもヴィジュアル要素をかませ
視覚連動した句をつくれ、というお達しだった。

最初僕はカリグラフ俳句を構想していた。
字で図形をつくり
その角を句頭と句終わり、同じ字で一致させるみたいな。
しかし気合が不充分。
で、結局、画像に句を当てることにした。

月曜日、研究室にいた三村京子に相談する。
「あんた、絵を描くか」。
けれども三村嬢は書棚にあった
松本人志『松風96』(書名、正しいか?)を取り出し、
そのなかの犬の写真を指差し、
これで句をつくったらどうですか、という。
そんな乱暴な提案にのってみようとおもった。偶然は大切だもん。

この『松風』は忘れてしまったくらい以前に
古本屋で購入したものだった。
彼の「一人ごっつ」ライヴの副産物だとおもう。
つまり例の「写真で一言」に使用した
写真素材集(結果的に写真集)ではないか。

ただし松本の「一言」は印刷されていない。
もともと二巻セットだったのかもしれない。
奥付裏には古書価格のシールが貼ってあって
僕は百円でその本を購入したとわかる。
たしか三鷹の古本屋だった。

松本は、瞬発的にスライドで拡大提示された写真に
「見立て」を加え何事か一言を語る。
それが動物写真の場合は
それをマンガひとこまと見立て、
「フキダシ科白」を「成り切って」語ることもある。
当時の彼のクレイジーな「没入」は
本当に素晴らしい運動神経で、
しかも俳句の俳味もあったのだった。笑えた。

犬の写真は人面犬。
無加工ながら、おっさんのように与太っている。
その写真にあわせる僕の俳句は
往年の松本の「一言」をなぞるようであってはならない。
ズレのズレ、が必要だった
(何しろ俳句はそれ自体がひとつの画像になりやすいのだ)。

で、僕はその犬を名倒れするような「菊紫」と名付け
犬のいる海を、秋から冬の野に置き換えて
その死までの六句を一気につくってしまった。
爆笑ではなく微笑を誘うズレがそれで出て
しかもなおその見開き頁では画像のズレが
メタレベルで演出されるはずだとおもう。会心の出来。

どんな句ができたかはいま書かない。
縁のあるひとには「かいぶつ句会」のその記念号を手渡ししよう。

ただ、以下だけは書いておく。
先述した松田行正さんの本、「方(ほう)」の項目はけっきょく
「まんだら的なもの」の考察に費やされていて、
しかもその観念連合がじつに過激だった。
じつはそこから着想をえた。
遠く鳴り響いていたのが
例の安井浩司の名吟、《犬二匹まひるの夢殿見せあえり》だった。



昨日は帰るとネット注文していた
松岡政則さんのH氏賞受賞詩集『金田君の宝物』が届いていた。
これは古本サイトでは高値がついていて
やむなくはじめてアマゾンに加入、
その安値本をオーダーしたのだった
(書肆青樹社という版元なので、03年刊でも書店で見たことがない)。

その後の松岡さんの詩篇よりも青春の匂いがつよい。
彼はある限定地にいる。
その感慨を詩篇にする心意気がここからつよく響いてくる。

場の象徴になるのが「草」。
この「草」は今年の詩集『ちかしい喉』では「艸」と表記され
より抽象的な奥行きを獲得するようにもなった。
もともと「草」はその限定集落の伝統的な生業に関わり、
むろん景観にも関わる。

しかも「詠草」などという言い回しを考えれば
「草」は言葉でもあるだろう。
こうした「草」の多元性に向け、
松岡さんの詩はずっと深度をつよめているのだった。

その限定地を「あるく」松岡さんの感慨が
誠実につたわってくる詩篇を紹介しよう。
のちの彼の歩行詩篇の原点にあたるようなもの。
松岡さんは動詞の名詞化という必殺詩法をもっているが
この詩篇では「歩く」はまだ括弧のなかに鎮座して
文法破壊的になってはいない。



【それはもう熱のような「歩く」で】
松岡政則


この頃「歩く」が気になる
「歩く」ばかり考えている
ぼくの「歩く」は保護区域に収容された飼い馴らされた
 「歩く」ではないのか
土からどんどん遠くなって
もうどこにも帰れない「歩く」ではないのか
ときどき他者の熱がする
ペタペタと恥ずかしい音がする
それでも「歩く」でしかいっぱいになれない事があった
「歩く」でしか許せない事があった


児童労働の空にも繋がっているのかそれでも真っ青い夏
 の空だ
公園の土手の斜めから
突き上げるようにツクツク法師が鳴いている

遠い日の濃い緑を抜けてきた「歩く」
あなたの事がみっともないくらい好きだった「歩く」
ぼくは「歩く」の本来の在りようを
「歩く」の少し前を考える
母の母の
そのずっと昔の母の「歩く」のあとを
ぼくはこっそり追尾〔つけ〕てみたくなる
〈走り〉や〈逃散〉の野っ原まで
〈一向一揆〉のあとの〈身分貶下〉の空まで
〈南無阿弥陀仏〉〈南無阿弥陀仏〉
ぼくはどうしても歩いていかなければならなくなる

怒りまくるだけの「歩く」があったような気がする
どこかで約束した「歩く」があったような気がする




わかるように、空間歩行がいつしか時間歩行にすりかわる。
しかも「被差別製造」のひとつのポイントに思いが伸びる。
一向一揆の参加者のうちの一定割合が身分貶下に遭ったのは
敗走後の雑賀衆を、被差別民に固定した歴史の罠と同じ。
往年の柄谷行人が中上健次論にあたり
とりわけ強調したポイントでもあった。

詩篇中で「アッ」とおもうのは、「母の母」という修辞。
「母の母」「母の母の母」と女性性を遡行していったとき
(歴史の)(液状の)闇に逢着すると語った
『エロス+虐殺』の岡田茉莉子が念頭に置かれてはいないか。

それでも松岡さんの詩は「歩行」の劫初の爽やかさ、
同時に、その心許なさを、
最後の二行、複雑な感慨でつたえてきて
眼がうるんでしまう。
「気がする」の措辞が良いのだ。
岡田茉莉子の巫女的なつよい託宣とは真逆の位置の選択が良いのだ。

松岡さんはともあれ自らの生を
喩法にかけ、そこにさらに抜群の音韻化をほどこす。
とはいえ詩心の出立がそうであれば
ドキュメンタルな芯も詩篇読解にのこる。
そうなると、彼の詩集は「順に」「編年で」読まれる必要が出てくる。
「現代詩文庫」に入らないだろうか。
僕はまだ彼の第一詩集を読んでいない
(このあいだの『詩のガイアをもとめて』で
野村喜和夫さんがその第一詩集を論評していた)。

そういえば、現代詩文庫に入ってしかるべき詩人は数多くいる。
そこにこそ70年代以降の「現代詩」を
読み替える文脈も新規に形成されるだろう。
思潮社の編集者も真剣にならざるをえないはずだ。

僕がいまおもいつく現代詩文庫登用候補は
松岡さんのほかはだいたい以下だ。
泉谷明。河野道代。中本道代。倉田比羽子。西中行久。
下村康臣。萩原健次郎。貞久秀紀。小島数子。
(ほかにも名を挙げるべきひとがいるでしょう。
たとえば廿楽さん松本くん高塚くん、何かリクエストありませんか?
亀岡さんには、「みんなで」かけあってみたいものです)

そんななか詩集単位で読みたくてたまらない
女性詩作者がもうひとりいる。
海埜今日子が、もしかすると浜江順子も
「僕に読め」と薦めた支倉隆子がそのひと。

海埜今日子が同人誌「ヒマラヤ」に発表した散文に
その支倉さんの詩篇「夢の虎」が部分紹介されていて
それを読んで以来、僕は一種、「狂恋」状態になってしまった。
孫引き引用してみよう。



【夢の虎】(部分)
支倉隆子


結びめというむすびめに
虎のおもいでがまぶしい。
虎の時間は虎に食われて
まだゆれている和毛〔にこげ〕を
虎のひとみの底に沈める。
この熱い塩にしずんで
それでも泳ぎつづけたい
虎がわらえば浮かぶだろう
対岸のながめは
笑うおとこの口のなかだ。
ことばと木の葉がもつれて
言葉でその色どりを言いつくせない
あたらしい旋回のゆくえだ。
虎といっしょにまわるだろう
振りかえりたくなくても
とおい水仙畑は焦げている。


〔※『詩集 音楽』より/75年、黄土社刊〕



支倉さんというひとは俳句につうじているかもしれない。
この一篇の奥に富沢赤黄男の名吟
《爛々と虎の眼に降る落葉》をどうしても感じてしまう。
季節はちがうだろうが。

あるいは草森紳一の虎縞のデザイン考察集『だが、虎は見える』(75)、
その第一章は現代詩作者二人の「虎の詩」と
李賀の「虎の詩」から開始されたのだが、
そこらあたりにもこの支倉詩篇の意識があるかもしれない。

草森さんが紹介したものを順に下に紹介してみよう。



【虎】(部分)
白石かずこ


私の意志の中に虎が生える
バケツが生えるのと同様に
風が生え
街が生え その街にビルの眼が
空しく 空ののどにむかって生えるように




【虎】(部分)
長谷川龍生


虎よ
恐怖王の使者の中の
たった一匹の勇者
赤外線の虎よ
てれくさくねむっていた内気な心臓
よごれたむしろをかぶっていたニヒルな毛皮
牙ばかりをみがいていた自虐の名誉
その虎が いま おれを喰いやぶり
獲ものめがけて 太陽への道をはしる
虎 はしる
虎 はしる
すべての色あせた獲ものの世界
虎 はしる




こういう達成があって、
支倉隆子の詩篇ではさらにそこに強圧がかかり、
「像」も「述懐」も複雑に乱れていったのがわかるだろう。
それで上述した「狂恋」に陥った。

矢も楯もたまらず、小池昌代さんにメールする。
「もっていない? 貸してほしいんだけど」。
小池さんは「大好きな詩人で、深川の実家に
全部の詩集が揃っているとおもう、ちょっと待ってて」
云々と返事をくれた。

そうか、たぶん小池さんの初学時代にも力を及ぼした詩作者なのだ。
小池さんの20代がどういう実質を帯びていたか
何かすごくリアルなものも返事からは伝わってきた。



上で、草森紳一について書いたついでに。

今日午前、東京新聞文化部(書評欄)から速達がくる。
お馴染み、「年間三冊」の原稿依頼だった。

一冊はすぐに決められる。

その草森紳一の『中国文化大革命の大宣伝』(上・下)だ。
該博な中国学の知識、「人民日報」への強靭な調査力によって
歴史の影に沈んでゆこうとする文革の局地・動勢・方法・運命変転が
手に取るように眼前に現れて、興奮はかぎりなかった。
メディアリテラシーの先駆本でもある。

草森さんの死後は、生前彼が手入れをしないままだった
雑誌連載文が続々と刊行されていて嬉しいかぎりだが
いまのところの真打は芸術新聞社が採算もかえりみずに出した
この文革本だろう(ナチスを扱った『絶対の宣伝』四巻本の続篇でもある)。

対抗するものが今後出るとすれば
「文学界」の気絶的な連載、副島種臣論と
「詩手帖」の往年の連載、李賀論だろうか。
篠山紀信論もあるはずだし、
「クイック・ジャパン」連載の自伝〔未完〕もあった。

のこり二冊のうち一冊を何かの詩集にするとして
もう一冊がまだ決められない。
『カワイイパラダイムデザイン研究』を入れたいのだけど
東京新聞の書評〔11月8日付〕に書いちゃったしなあ。
じつは詩集以外は旧い本ばかりを読んで手薄なのだった。
そうそう、出版ラッシュの松田行正さんに
今年刊行の本はないのだろうか。

――ということで、とりあえずは松田『和力』のつづきを読もう。
 
 

2009年11月25日 日記 トラックバック(1) コメント(0)

連句B班途中まで

 
 
昨日は休日授業(振り替え日)。
二限三限のあとは
卒論卒制指導で夕方まで研究室に。
晩は、三村さんのライヴビデオの打ち上げ。
編集の小島裕梨さんの労をねぎらう。
そこに短歌の望月裕二郎くんが乱入した。

このごろは卒論卒制の指導範囲が
どんがん広がってきて、
月曜日がすげえ疲れる。

今日は午前に目医者で緑内障の視野検査、
昼に牛を扱った韓国のドキュメンタリーの試写、
夜に12月6日の黒木和雄イベントの打ち合わせ。

あいだの時間はドトールで本を読もう。
草森紳一『フランク・ロイド・ライトの呪術空間』
(あと50頁まできている)と
港千尋『洞窟へ』を鞄には入れておこう。

あ、僕が「ネット時代の書簡」という長稿を書いた
桑瀬章二郎編『立教大学人文叢書5・書簡を読む』は
外装をほどこされ書店売りの本になった。
春風社発行で、本体価格2200円也

三限、B班の連句も、昨日までに仕上げた分を
下にペーストしておきます



1 あふれたる晩のしめぢを言祝ぎつ        鈴木寛毅


2  鶏なき鍋に雁鳴くを聴く           久保真美


3 外〔と〕の面〔も〕には風の夕月窓に佇つ    牧千尋


4  ポラのレンズで鰯雲撃つ           川崎健輔 


5 さんま焼く煙はるけし秋隣           三村京子


6  脚絆を巻きて早朝〔つとめて〕に出づ     鈴木寛毅


7 金平糖響く霜夜に仇多く            久保真美


8  「おちゅんはどこぞ」と血の跡を履む     牧千尋

 
9 声もなし野火に焚かれた円い篭         川崎健輔


10  春日影〔ひかげ〕ふる椀の蛤         三村京子


11 貝合はす暖かき夜に袖ふれて          鈴木寛毅


12  神鳴らす鼓を真似る指先           久保真美


13 われティンパニの化身となれり大合奏     牧千尋


14  竪琴もちて月見れど雲            川健輔


15 うどん屋がうどん出す間の秋しぐれ       三村京子


16  新酒の銚子蒲鉾と寝る            鈴木寛毅
 
 

2009年11月24日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

てんまど

 
 
【てんまど】


てんまどをあけると
ふってくるひかりで
へやのうつろがひろくなる
木のかおりがして
みおろした自分の腹にも
みほとけがいる

時間でないなにかが
あふれでるように
正午なのだろう
ひかりの滝にうたれている
身のまわりはひきしお
はなれたくりやでは
伴侶が菊を煮ている
おるがんの秋だ

うみのような
ものおとをきいて
きぬずれのゆくえだけ追う
ものみな砂かもしれない
てんまどからは
菊のけはいもふってきて
黄色にみえる
おのれの五臓も

ひかりというものはしずかだ
てんまど うつろ 身 わた
その経路で入ってきてしずかだ
 
 

2009年11月23日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)

ふぅ。

 
 
いま「文学極道」の選評書きをやっと終わり
(けっきょく一日半の仕事だった)、
「文学極道」スタッフルームにメールした
(平川さん、ちゃんと入っていますか?)。
来週くらいには一般公開されるだろう
(「文学極道」に出たらアドレスつきで
またみなさまに案内します)。

そうそう、いまからいっておくけど
僕の扱った詩篇をまずクリックして読み、
それから書かれた選評も読めば、
今回なら今回のたった一ヶ月分だけで
半期分の詩作演習ぐらいの内容があるとおもうよ。
詩に興味あるひとはぜひ。

さてこれから食事。
またスパゲッティにするか。
そのあとちょいと昼寝して、
起きて立教・新座での
映像コンペティションのため
送付DVDの鑑賞(つまりは下見)という算段となる。

そうそう僕はそのコンペの審査員なのです。

忙しい忙しい。
じっさい「ユリイカ」への原稿準備から寧日ないぞ。
さすがに11月だなあ。

ちなみにそのコンペは、
今度の土曜(11月21日)、
13時から19時の予定で開かれます。
@立教新座キャンパス・ロフト2

僕は新座に行くのは初めて。
東武東上線の志木で下車、
スクールバスを利用するのが便利だとか。

土曜日、前田英樹さんにも久しぶりに会えるかな

よろしければ遊びに来てください。
僕は12時13分発、池袋発の
東武東上線急行に乗りますよ
 
 

2009年11月19日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

途中

 
 
立教の演習授業がいよいよ連句に入りだした。
まずは僕の所属しているA班、
その中途までの展開をペーストしておきます。



1 十月の透明国を雁わたる           阿部嘉昭


2  紅葉黄葉〔もみぢ〕世を同じうす      江口菜美


3 沢庵にかやく弁当月の下           佐藤拓郎


4  身熱の朝薄氷を撫づ            高安美智


5 雛流し聞かぬ聞こえぬ膝小僧         落合彩夏


6  遊びの庭に小手毬あまた          阿部嘉昭


7 耕牛や桃李の里に糞〔まり〕踏みて      江口菜美


8  運尽きて行く古道の熊野           佐藤拓郎


9 滝飛沫かかる衣装の飾り落つ          高安美智


10  啄木鳥の音も木琴と聴く           落合彩夏


11 ローマ字で日記書く手も冷えてゐつ      阿部嘉昭


12  長夜にまとふ黄衣〔くわうい〕梨の香   江口菜美


13 陽を受けて来世の涯に銀杏燃ゆ       佐藤拓郎


14  墓参帰りに椋鳥来たる          高安美智


15 月の成す鎖骨の影はなほ黒く        落合彩夏


16  払暁までに棚に帰らん          阿部嘉昭


17 朝ぼらけおほやしろへと向かふ花     江口菜美
 
 

2009年11月17日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)

不調

 
 
先週は「ユリイカ」へ入稿、
読書生活が戻ったタイミングで
女房が映画見本市から帰国したのだが、
以来、感覚としてはずっと不調が続いている。
時差ボケ振休の女房とは金土日ずっと一緒にいたのだけど。

早い時間に晩酌して早寝をすれば
ふつう未明に起き出して
詩なんかも書くのだけどそうならない。
詩想が妙に枯渇しているのだった。
かわりに積ん読本に手を出すのだが
これまた気持があまりフィットしない。
詩語満載の美しい女性詩集なんかを読むと
能天気だなあ、とかなりつよい反撥を覚えたりしている。
こんなものが好きで
詩の世界に俺は舞い戻ったわけではないのだ、と。

してみると先週半ばに読了した
稲川方人・瀬尾育生『詩的間伐』の
後遺症も大きいのではないか。
実作者実感を真摯に繰り広げ
詩作の現場に精密に切り込んでいった感のあるこの本だが
読後、この本の「弱点」もじんわりと浮かびあがってきた。

時評対談にしては毎回とりあげる詩書の数が少なすぎる。
結果、詩作の趨勢変化が迫ってこなかったという憾みもあるが
(つまりのちのちゼロ年代を調査するのに
この本はほぼ役立たないだろうということ----美点は別にある)、
やはり二人の「生真面目な」資質により、
「しなやかなもの」への注視に
物足りないものを感じ続けたのだった。

下村康臣、あるいは杉本徹、飯田保文、さらには藤原安紀子など
応酬が軟らかくなるべき対象がとりあげられていても
結局はそうならない。
下村康臣などは言及する詩篇に誤りもしくは偏奇があるとおもった。

ゼロ年代詩は90年代詩と同じく
依然、80年代詩に萌芽した詩風の継承と反撥とに
位置づけられるとおもっている。
ライトバース、私性、女性詩・・・
それらが男性詩にも織り込まれ詩が武装解除される流れと
厚顔無恥に難解と拒絶と恫喝を貫く流れ、
このふたつがずっと輻輳を繰り返しているのだった。

後者に加担しない流れは事実上、顕著になりつつある。
だから僕などはゼロ年代、詩作を再開した。

たとえばふたりの対談によって
萩原健次郎さんの詩的ピークが90年前後にあると
中間結論が出る。
その是非はどうでもいいのだ。
しかしその中間結論の「意味」は考えられるべきではないか。

あれだけ語感がするどく対象攻撃力があって
なおかつ拉鬼体の改行詩篇が得手だった萩原さんが
私性に閉じたのか、マニエラに陥ったのか
そのことを検証すべきだろうとおもう。

私見では、関西圏特有の詩性というものがある。
90年代は永田耕衣なども現役で、
その磁力圏で萩原さんの活動も考えるべきなのに
稲川・瀬尾の二人はそうしていなかった。

中央的という難詰とともに
男性的という指摘もできるだろう、二人には。
井坂洋子『箱入豹』が俎上にのぼせられる。
精密さにおいてこの上ない詩集という意味で
二人の意見は一致していたはずだが、
あたかも「この精密さはわれわれの欲するものではない」と
いいたげな表情が紙面から感じられた。

これは何だろう。肝腎なことがいわれていない。
『箱入豹』は「わからない詩篇」が多いのだ。
「わからないのに」「魅力的で」「しなやか」なのだ。
音韻、あるいはその逆の散文性、どちらにも
井坂洋子独自の加工が加わっている。
このことを語る勇気がじつはふたりにない。

ふたりは大魚を獲り逃してもいる。
倉田比羽子『世界の優しい無関心』。
当該行を読むうちに前行の印象が溶出してゆく詩法によって
詩の権威性が倉田にあっては除外される。
音韻感覚がまずのこり次いで引用出典などから文学的喜びが来る。

つまり当時書かれつつあった稲川『聖-歌章』とは
形式的に似ていてもちがうものが書かれている
---そういう分析がやはりないのだった。
ふたりは形式の分析には拘泥しているのだが。
あるいはこの詩集の芯を掴むことは不可能ではないかという
瀬尾の予感も写ってくるのだが。

そういう女性詩の最も重要な場所を
批評的に流産することで
『詩的間伐』の性質が
倫理書めいたものに定まってしまったとおもう。

二人がスルーしたゼロ年代詩の特質とは何なのか。
ひとつは廿楽順治や中島悦子などに代表される
多元的なポップ詩だろう(田中宏輔をここに加えてもいい)。

もうひとつは杉本真維子や藤原安紀子に代表される、
女性詩の厳しい「縮減」ではないか。

前者を導いた80年代詩・90年代詩の流れのひとつが
たとえば萩原健次郎や貞久秀紀だったとすると
後者を導いたのが川田絢音や中本道代だったということになる。
そうした重要な名前を稲川瀬尾はまともに口にしていない。
女性詩については頓珍漢な固有名を挙げることが多いとおもった。



話をもどす。先週後半が不調だったという話だった。
女房が帰ってから最初は録画済TV番組を見まくった。
大収穫が『笑神降臨』での2丁拳銃。
「ちょうどエエ」がいま最高のギャグだ。
『行列48時間』が面白いのは自明。
あと『クローズ』をスボコンと香里奈によって好んでいたりする。
一部で評判の新しいNHK土曜ドラマは
(『系列』『バブル』なんかがあって元々大好きな枠)
まだ録画してあるだけだ。

昨日になってようやく不調脱出の兆しが出たかなあ。

懸案だったポン・ジュノ『母なる証明』をようやく観にゆく。
出だしの芒原で母キム・ヘジャがゆるやかに
しかも猛烈な悲哀をかもしつつ踊っている(その奇妙さ)。
その芒原に画面が復帰してから以後、
シーン、カット、すべての流れを記憶に永遠にやきつけたいほど
展開が見事だった。
ラストショットの何という逆説的素晴らしさ。

ネタバレもからむし、とやかくはいわない。
ただポン・ジュノはいつも韓国的な醜さを露悪的にしめす。
それでいて「愚」の逆転力にかならず映画を結びつける。

ポン・ジュノのように撮れる、
潜在力をもつ日本の映画監督はいるだろう(誰とはいわないが)。
ただしタランティーノ『イングロリアス・バスターズ』のように
撮れる映画監督は「絶対に」日本にはいない。
映画プロデューサーはそうした端的な事実から
製作発想を開始すべきだろうとはおもう。

昨日は天皇即位20周年記念で新宿御苑が入場無料だった。
菊祭りもやっていた。ごったがえしていたの何の。

そのあとジュンク堂へ女房と。
女房は旅行書を、僕は建築書から落語書から美術書まで
雑多な本を買った。
気がついたのだけど詩書・俳書・歌書の棚には
買いたい本が「ほぼ」なくなってしまった。
しゃぶりつくしたのだ。それと何かにうんざりもしている。
ならば以前のような多彩な読書をするまで。

詩のことでいうと先週届いた詩集礼状で
峯澤典子さんのものが嬉しかった。
詩集最後のパート「春ノ永遠」を適確な言葉で絶賛していて、
「わが意を得たり」とおもったのだった。

実は先週、歴程賞の会では浜江順子さんに
最初の「フィルムの犬」はいいけど
あの詩集はだんだんへばる、といわれ、腐っていたのだった。
僕はだんだんよく鳴る法華の太鼓のつもりでいたので。



今週は以下の二点で忙殺される。
・「文学極道」選評執筆
・新座(立教)の映像コンペの事前審査

どちらも若い世代への接近、ということになる。
首が回らず、日記を書かないかもしれない
 
 

2009年11月16日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

あけび

 
 
【あけび】


くろいはっぱのかげにしずむ
はいいろとあおとむらさき
いろがまだらにもならずとけて
かがみのようにくもっている
くものあさににあうおまえあけびは
かぜになぐられてできたあざ
ゆれなければただけむたいだけだ
みめぐりをしぬるけはいでみたすのも
そのなりがくびつりにみえるためで
くるしみはただみのったことからくる
ひとのからだやおもいでにもにるおまえ
たいねつさえもっているおまえら
かたみにくされをきそいながら
どのあきとつながっているのだろう
しろいにくとみだれのたねの
そのうちがわもすごくみだらで
いつもたねからわれようとしている
それがおんなのかくしどころめいて
おまえはけしてたましいのたとえではない
そんなものはあらかじめないのだ
うえきのふきつなまほうというのか
せかいのしんじゅやとぱあずだって
そのすがたをまえにあざけられる
まずはおまえのまるがゆがんでいる
なにもうつさないあけびはともすると
うらがおもてにもなっているのだ
さかしまがふくろとなりほのあかるむ
やがてくろくなってゆくきせつには
わるいしたしみももうかくさない
せんことなってつらなりたいのだろう
そうすればおまえをただまとに
ひとじにのまねもくりかえされるが
そのまえにおまえはおのずからわれて
くるいなくおちることをおちてゆく
うれいのおまえをゆるりゆらせば
せかいのはんぶんだってゆれるだろう
 
 

2009年11月05日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)

杉本徹ステーション・エデン

 
 
キッチュ詩の美学と我慢を競う「われわれ」のあいだでは
基本的に「エレガンス」の功徳がうすく考えられている。
となって、杉本徹の詩の、地上的にして、それでも晦冥なエレガンスは
どう捉えられているのだろうか。

杉本は03年、ふらんす堂から出た『十字公園』で
果敢な詩集デビューを飾った。
稲川方人氏により薦められ即座に読んだ当時の印象では、
うつくしさが反時代的で凶暴、というものだった。

春夏秋冬の四章立てで、
各詩篇には詩語(雅語)がちりばめられている。
漢字にフランス語を付すルビの多用によって
仏文学的素養もただちに明らかになる。
季語をしるす植物や古典語も挿し挟まれる。
イメージ結像を「半分」のこしながら
おもに、都会を彷徨する者が世界にたいして抒情を繰り広げ
そこに謎も加えられる――印象としてはそんな詩篇群だ。

それだけなら気障とか高踏派とかと難詰されそうなのだが、
「…」や「……」の多用によって詩文の流れが
内側に籠もって断続する感触がある。
口ごもり、内省――どういってもよい。

体言の束は連鎖性の弱さのなかでそうして浮遊し
用語の晦冥さも相俟って詩情を中心化しない。
あるいは改行のタイミングを意思的にずらすなどして
快適さのみに詩文を着地させない。
読点で吃音性というかシンコペーションを意図する点もそうだ。
つまり既存のエレガンスから離脱しようとする不機嫌が同時的にある。

あるいは構文が疑問文や目的格終始など、ひとつの型を連鎖することで
詩行の運び全体がニュートラルに浮遊してゆく場合もある。
あらゆる詩的文法が吟味された結果、
不安定さがこころざされ、そこにこそ再読誘惑性が賭けられる。
たとえば以下のように――



午〔まひる〕、ほそ道を横切るとき
奥まった木の間がくれの家の、梨いろの閂、消えた
ここは二度歩かない道、…ね、そこの、鳥を連れた人
敷石に打たれて水の黒く、刻々、お別れさ

〔…〕

横切るのはそこが、ここが、鏡だから?
滑るように射す陽を避〔よ〕けた、さわさわ、袖が波打ち
振り返らなくとも、そう、西の電柱には蔓草が纏わり……
ほそ道を、横切るのはそこが、ここが、鏡だから?

(「夏の鏡」部分)



夏、主体は細道に舞い込む。
油照りで木の葉が鏡のようにひかる白昼の静寂時間。
ならば「鳥を連れた人」の幻想とも行きすぎるかもしれない。
そして真夏を歩くこととは鏡中を歩くことなのだ。
鏡中――(神の)胸中?

それにしても語はぎりぎりの正常性で並べられている。
いったん空中飛散していた諸語が再着地したとき
ある種の僥倖が働いて、詩文が正常性に復帰したような
どこかで禍々しい「事後性」の感触がある。

ただし詩なのだから時間が交錯しなければならない。
つまりこの「事後性」の感触は
この詩篇の次段階でもちよられる
「遠街〔おんがい〕」の語によって未来性とも刺繍され、
そこで詩の主体らしき者が諸時間中を彷徨する都市的人格だと明かされる。

上記引用の中間には省略した三行があった。
そこで杉本徹は、言葉の運びが正常性に向けて再着地しないがゆえの、
情感の原型をまるごと提示してみせる。
この聯があって、他の聯も「仮構」になる、ということだ。



鳥は、緑金〔りょっこん〕… 影も啼く、フーガ季の、枝から枝へ
(手紙一葉の、ような虚〔うろ〕は、空に、きっとある、のだから…)
角〔かど〕で靴の音、小さく、カペラ、カペラ… あ、点った



「フーガ季」という語の奇異。
「フーガ季=遁走曲の鳴り響く季節」という予想できる第一義に、
「風雅期」という造語が加わり、
なおかつコノテーションとして「氷河期」も複雑に参入する。
主体は、暑気に冷気も知覚しているのだろう。
混乱ではなく「対立を同時に相渉ること」こそ、感覚の真実なのだ。

それは変異可能性をさまざまに知る、ということでもある。
だから葉と緑鳥の弁別がなくなって
さらには手紙を数える単位「葉」から、
木々に生い茂っているのが手紙という見立ても潜在してしまう。

あるいは靴音に擬される「カペラ」。
カペラは馭者座に位置する冬の巨星だ。
ここでは昼-夜、夏-冬の反対共存が可能性として実現される。

この詩集からもう一部分、ぬいてみよう。
「だろう」の連鎖によって詩想が浮遊的になる見事な二聯だ。



光生〔な〕る匙、受け皿に棄てた白い生涯…
かわいた音だけが後の世の秋を、渡るだろう
あの錆びた門から… 轍と鍵、不実な歌い手など

後の或る秋、狂い咲きの花が靴底を訪うだろう
踏みしめて、睡りながら梳る陽は、もの言わぬだろう
ゆるゆると舟漕ぐ、後背のように、遠ざかるばかりだろう



イメージは如上あきらかにうつくしい。
しかも「後の世」が「後世」のみならず「死後の生」まで含意していると
ここで錯視されるのではないか――それが「秋」で、
そこには門があって
車なき轍、用途なき鍵、そして誠実なき歌手が解放されてくるのだ。

太陽はもう髪を灼かず、微風となってひとの髪を梳るだけ。
その澄んだ冷気のなかで舟に乗った別れが演じられると感じるが、
それはじつはたんに太陽の遠ざかりなのだった。
秋は春を回帰させるが量的に少なく、それは「返り花」に過ぎない。

杉本徹の詩句のうつくしさが
不安定性と境を接している点は銘記されなければならない。
それはつまり、現れのうちに仮構性も宣言されているということだ。
だから引用した第一聯で「匙」に「些事」を
「生涯」に「障碍」を錯視しても何ら構わないだろう。



その杉本の第二詩集が
今年六月、思潮社から刊行された『ステーション・エデン』だ。
まずは詩篇「if」を全篇引用してみよう。



【if】
杉本 徹


凹面鏡の奥へ、路地を入りこむと
草の葉の黄褐色に揺れていた、if ――
崖下の髪に薄陽こぼれ、窓ガラスの青空に問うた
そう、……あなたのほどく結び目の蝶の、ゆくえを

暮れかかると遠い火が、消えてゆく息のように凝る坂
遠い、陽に血はあかるみ、あかるんだ――晩い秋の奸計として
(コインランドリーの前を過ぎ、すずかけの木をめぐる)
このたいせつな楕円軌道、靴先に湖水も滲んだ

月曜、脆くあなたがささやいたのは、……if?
銅板の闇を疵つけるように、囮の小鳥の、ように
すると顛末を弄ぶてのひらで、孵る最後の光があった
ナナカマドを七度訪い、絶えるつむじ風があった

あれもこれも、鉄筆の刻み目から腐蝕してゆく
(草地でタクシーを降り、手を振った人影も)
筋かいに、記憶の泥濘のかがやくのなら、……もしも
凍りついた蝶のうかぶ、夜の水が、……底なしに深いのなら



四行四聯、定型感覚のある詩篇といえるだろう。
第四聯、最後の二行が素晴らしい。
仮定節、語尾の「なら」の並列によって
詩世界が並行性と不安定さを相俟って浮遊する感覚がある。

主体は枯葉舞う晩秋の路地に踏み迷っている。
愛に失敗したのは確かで、それが踏み迷っている理由だろうが、
蹉跌の具体は、魂の秘密保持のため描出されない。
ただ、国構えのなかに「化」の「囮」の字によって異変の感覚が伝わる。
囲った対象は囲ったその唯一事によって
ただ「化成」してしまう――この生の残酷を主体は知らなかったのだ。

季節推移の終焉まぢか、主体は
囲われた過去が「最後」にさらに孵化し輝く可能性に心を奪われている。
この想念が「もしも=if」という仮定を祈願するのだが、
第一聯二行目を遡行する効果はそこで出てくるだろう。
この「if」は世界事象の現れに、すでに組み込み済なのだった。
それで詩篇は最終的に、世界肯定性へとつながってゆく。



ただしこの『ステーション・エデン』では
このように明快にとりあつかえる詩篇が
前作『十字公園』に較べ減少している。
詩篇中の構文が長大化・複雑化し
意図的に言葉の運びに冗長さ・重たさがまとわれているのだった
(それと、ルビの使用も減少した)。

構文はどこかで過重部分をもち、折れそうになっている。
「という」という同格の不恰好な濫用により、関係節も輻輳する。
この感触は稲川方人における『聖-歌章』の文体変化と相即だ。

そしてそういう素地があるからこそ詩行の運びの一瞬が電光化し、
捉えがたさの印象の残存によって再読誘惑をあたえられる。
そう、稲川的ないかめしさ(の魯鈍)を杉本徹はぎりぎりで回避し、
抒情の不安定に復帰するのだった。

詩篇「走り書きの炎のように」のなかに
《わたしが希うのか、希うのはわたしではない》
というフレーズが間歇反復される。
これは希望の不在をいう修辞ではなく、
「わたし」起源でない希望がすでに先験的に世界にあふれている示唆だろう。
このとき「わたし」は希望の実在によって逆に「無化」する。
こういう慎ましさがあるから杉本詩には再読誘惑性があるといえる。

意味/非意味のあいだを明滅する詩行を
次々に解読するのは手に余る。
逃避というわけではないが、
以下、杉本的詩行の輝きをたんなる列記の束にしてこの小文を終えよう
(出典詩篇名の明記は省略)。



やがて薄紫のセーターにくるまれた、この一羽の鳥のために
鳥の、錫の心のために



ふと、果実をすら一個の牢獄と、呼ぶ、呼んでみる



わたしが植えたイデュメアの樹は
音のない天体に揺らぎ
……いつか人影のような昼を告げるだろう



寒冷地で売られる惑星の花が、ときにララと吹きこぼれる日を
路面の光輪を踏むことで思い出す――



しんじつ場末の銀幕に映る永遠もどきの、青など知れている
ふいに西陽ひとさじ、露店で購った濃いコーヒーにうかび
微笑もまた暮れてゆく崖と知った



いつも、いつまでも
此岸では澄みきった残酷な遠近法が、痛いくらいに懐かしいので
それは割れそうな時刻を水の遥かさで満たすので
朱の、記憶に打ち上げられた舗石、舟板、……
そこだけがたしかな約束であるように、足を鳴らして



不意の光は、暗転と消失の境界に息づいたまま
川の流れを人さし指ほどの幅で(絶えることなく)示唆してゆく
水には水の、相貌というものがあると
迷うなら時間に、と



地平をさえぎる風景は恒星に曳かれつつ、流れ
いつか地を鋭角で截るビル影に、光年の谺をかえすため
わたしの一秒を、翔ぶものの骨となす――



「ひとすじ――腐りゆく果実のしずく、秘めたナイフをつたうと。やがて
時間の檻で、鶸の秋も啼くと」
古い歌はくりかえした、くりかえしわたしは信じた



地下水は手すりを遡る



飛び石を踏んで、きのうへ翔んだオナガは
遠い小駅の窓からなら見える
反故のようなかがやきが見える



暗い廊下の歌わない窓が濡れる
だから一瞬だけ降下する鳥の群れの思惟は、いまも美しい
崖下の蛇口から空だけが、いまもしたたり
点々と……、まみどりの音の群れは一滴の、この昼を満たす
一滴の、まひるのがらんどうの言葉を満たす



あれがセタガヤのスギナミの、夢のように入り組んだ抜け道



真冬の射し入る文字盤に針の、ようにふれた指は
そのまま語らない――
表情もなく別れ
やがてうつむく雑踏の涯てで
風になる人もいるだろう



舌の痺れる酒に朝が、射し入ると
そんな光の縞模様もまた記憶ほどに狡猾で、甘く
人は置き場のないアリアを、掌からそっと放つのだ
 
 

2009年11月05日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)

馬の海

 
 
【馬の海】


疾駆する馬のかずだけ
野はらが縦横にながれている
馬上がうまれ馬上がきえる
秋は日に日に
水平におしこまれてゆく
まるめろの位置だけが高い

もうずっと
天でも地でもない領域を
そうして語りつくそうとして
発語を舌でふさいできた
嘔くために白いものが
口腔にはひろがっていて
しかもこのからだへの
なつかしみとなるのはなぜ
それもこれも祈りからだろう
ほのかにひかるものを追う
追うだけの、ゆく足だ

身だって馬性を滅ぼさず
電線と切り結ぶ線となるが
わたしの送信は
わたしが身であるかぎり
すすきの地まで限定してしまう
たれもいない懐旧の場所に
わたしの嘶きがいるか
つむいだ糸が逆算されて
糸ぐるまをそのようにまわすか
ただ、からからからと

馬たちは縦に走りを割って
想像をさいなんでくる
噛む噛む噛む草
走行も咀嚼に似るだろう
世界は機械がうごかしている
だから紙の裏が恋しい
わたしもわたしを
いったんは折ってみせ
内側にくりこんだ矛盾でこそ
この仰角がえられる

天にある馬のかずを
名づけようとはしたのだ
個々に火を吐く馬の表情をみたが
それらは翼を出して走りつづけ
ついには世界となって流れさった
秋にあるのはそんな変色
冬の黒までそれは存続して
とりわけ近眼にとっては
馬の海が沖に集まってくる
なんたる色彩だろう

水平もやがて遠望に変わる
反作用のわたしが倒れる
 
 

2009年11月04日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)

山田亮太のこと+お知らせ

 
 
たいへん時宜を逸していて申し訳なく
「今更」感もあるだろうが、
今年五月に思潮社から出た
山田亮太さんの『ジャイアントフィールド』は
客気にあふれ、かつウルトラポップな詩集で
もうとても大好きだった(刊行直後にどこかで
そのことをチラッとだけ書いた)。

同語(同フレーズ)の波状攻撃。
そのときリズムが生き生きと生起しつつ
同時に脱論理も入ってきて
同一的構文が主客や正負の軸で
アクロバティックなズレを起こしてゆく。

詩とはまずリズムであり、
同時に意味と脱意味の弁別がなくなる場所で
豊かな混乱をしるしてこそ
成就を迎えるという信念が
山田さんにはあるだろう。
何か意味と音韻にまつわる峻烈な装置がいつも働いている。

結果、山田さんの詩篇の最良のものには
同じ名前、同じ事物が脅威としてあふれかえる。
ただしそれは同一であって同時に差異でもある。
それを哲学として語るのではなく
語りの陥る豊かな逼塞として山田さんは語る。
これによりポップで現代的で、見たことのない時空となるのだ。
そこまでをふくめドゥルージアンの呼気を感じる。

けれどもこんな抽象的な物言いでは
山田詩のポップ感が矮小化されてしまうだろう。
なので例証としていくつかのフレーズを引用してみる。



【ポチたち】(部分)
山田亮太


夢はありますか。
はい、ふたごを生んで
両方に同じ名前をつけることです。
そんな会話を最後に留学生のリサは帰国した。
彼女がくれた赤いテレビはイトーヨーカドーカートに載っている。
それを押して家まで歩くことは一週間分のイヌの散歩をするようだったから
ポチと呼んだ。

〔・・・〕

坂口さんの家の近くに小さな橋があって
その橋の下でイヌを二匹ひろった。
黒いほうをポチ、白いほうをコロと名づけるか、黒いほうをコロ、白いほうをポチ
と名づけるかで意見が分かれたので
あいだをとって黒いほうをポチ、白いほうをポチと呼ぶことにした。
坂口さんは毎日、ポチとポチと散歩に出た。
ポチとポチはよくけんかをした。
ポチのほうがポチよりも少しだけ大きかったけれども勝つのはたいていポチのほうだった。
ポチとポチはいつも並んで眠った。
叩くとピアノのようだった。
ある朝ポチが死んだ。
悲しみにくれる坂口さんは見境なくイヌをひろってきてはポチと名づけた。
次第にひろわないイヌさえもポチと呼んだ。
やがてイヌでないものまでポチと呼ばれた。

全世界ポチ

けれど恐怖とはつねに個別的なものだ。
自分以外のすべてがポチと呼ばれて何がいけない?
〔・・・〕



同一的テーマはさらに別局面に伸びてゆく。
今度は詩篇【双子の誕生】から部分引用しよう。
このタイトルは『国民の創生』に似ているとおもうのだが。



【双子の誕生】
山田亮太


一九八二年の秋、一組の双子が誕生した。
父は、兄を太郎、弟を次郎と名づけることに決めていた。
母は、生まれたばかりの二人の赤ん坊でお手玉をした。
母の両の手の上で兄と弟が回る。
そのすさまじい速度が、兄と弟を見分けられなくした。

〔・・・〕

太郎一歳、次郎一歳のある朝、太郎は次郎に話しかける。
最初に覚えた言葉は「太郎」。
太郎は次郎を「太郎」と呼び、次郎は太郎を「次郎」と呼ぶので、
太郎と次郎は取り違えられる。

〔・・・〕

太郎三歳、次郎三歳のある朝、太郎は次郎に提案する。
きみの顔に生涯消えない傷をつけてみてはどうか。
次郎は拒否し、太郎は眠る次郎を狙う。
以後、双子は同じ部屋で眠らない。



リズムに既聴感がある(とくに引用した第三聯)。「あ」と気づいた。
吉岡実の「僧侶」に似ているのだった。

この詩篇の結末は引用しない。
ただ(脱)論理により、あらゆる子供は双子として生まれる、という
中間結論が出るとだけ指摘しておこう。
それは先に引用した「ポチたち」で
ポチと名づけられるすべてが世界を跳梁するのとも似ている。



山田亮太さんは首都大学東京の瀬尾育生が指導した
詩の講座生たちが組織する「トルタ」という同人集団の面子だ。
僕がもっている「トルタ」は部分的にしかすぎないが、
安川奈緒さんだったかの「詩の読解試験風の詩」を組み込んだ
国語教科書をパロディにした「トルタ」の増刊号を出し、
さきごろも話題を呼んだばかりだ。

その代表、これも意欲的な詩作者である
河野聡子さん(詩集に『時計一族』)から
詩篇創作の依頼があって
じつは今日の午前中、愉しみながら詩篇をつくって完成させたところだった。

先の山田亮太『ジャイアントフィールド』寄贈者への公平な依頼で、
詩集に感銘したひとに
同詩集から抜いたキーワードにつき
新たな詩篇をつくってもらい、
トータル百詩篇で「トルタ」の増刊ともいうべき
『ジャイアントフィールド・ジャイアントブック』を出すのだという。

キーワードは自分では決められない。
僕については
冒頭二詩篇「エコシステム」「雪だるま三兄弟」(これらも傑作詩篇!)に
出てくる「電話ボックス」でどうでしょう? という提案で、
一も二もなく賛意のメールを送ったわけだ。

まずは「電話ボックス」が詩篇中どう使われているかを精査する。
それに山田亮太特有の想像力(同一性連鎖)を加味し
夜にひかる「電話ボックス」にいるのは何か、
声はどこに飛ぶのか僕なりの考えを加え
最後にその電話ボックス詩の生起する場所がどこかについては
完全に僕の独壇場とした。――千葉市だ。

出来上がりが幻影的な女性描写詩にして
チープな援交詩となって
満足している。

言い換えよう。
僕がやったのは山田詩に登場する「電話ボックス」、
その登場の矛先を替え、時制的にも意味的にも
別ヴァージョンをつくることだった。

ちょうど先に書いた日記のように、
「タランティーノ的なもの」を思考していたので、
そういう思考可能性により、別の時空を接木するのが愉しかった。

それで気づく。山田亮太の詩はリズミックに読み手の身体内を打つから
読むだけで錯視のように自分の言葉もそこから湧いてくるのだった。
僕は規定どおり22字×50行の詩を書いた。

この『ジャイアントフィールド・ジャイアントブック』、
発行予定日は本年12月6日のよし。

しかし何という意欲的な同人誌増刊の発想だろう。鑑だ。
僕の詩集『頬杖のつきかた』にも援用できる方法だな、これは。



自分の日記に書く詩篇は俳句的欠落を抱えた難解抒情詩で、
原稿依頼された詩篇はポップ、という
二面展開は習いとなるのだろうか。

さきおととい送られてきた
池田實さんの個人詩誌「ポエームTAMA」でも
僕はポップ詩「百かばん百」を書いている。
これにも「援交」がチラリと出てくるし、
そういえば語法がちょっと山田さんに似ているといわれるかもしれない。
混乱を組み込んで「かばん」への認識がどんどんズレてゆくよう
陰謀をこらしているのだった。

「百かばん百」は、次の「ポエームTAMA」が出た段階で
「阿部嘉昭ファンサイト」中のネット詩集
『みんなを、屋根に。』にアップします。



ポップ詩というのがいまはいちばん良い方法なのかもしれない。
田中宏輔さんが「文学極道」にアップした
「もうね、あなたね、現実の方が、あなたから逃げていくっていうのよ。」
の素晴らしい出来をみてもそうおもう。
下をクリックしてご確認あれ。

http://bungoku.jp/ebbs/bbs.cgi?refresh=1256189928

これについてはあつすけさんに僕は感想をコメントした。
以下に貼ろう。



「文学極道」投稿詩、
拝読しました。
ぐわんぐわん肥ってゆきましたね。
無限の増殖形。

会話を活かしたパターンのあつすけ詩では
いつも当人というより
「都市そのものが会話して」、
どこか人が後景にしりぞいてゆくはかなさがある。

そのはかなさを「記憶」が再現しようとして苦悶する。
それで結局「生きること」「生きたこと」「あったこと」
といった主題に詩が逢着してゆく。

そのことと書式の問題。

一行アキを守りながら
字数の少ない行わけが連鎖してゆく。
読者はスクロールし、画面を下げてゆく。
何かそのときの
速度体験が精確に狙われている。
「この速度に同調せよ」と。

それってたぶん、都市や会話が
存在にたいして現前してくる速度なんでしょうね。

ここで「普遍」という問題がさらに惹起する。

「われわれ」はせつない。



あつすけ詩的「普遍」はどこに出るか。
おそらく「詩魂」の高さに出る。
部分的には卑俗な用語にみちていながら
その詩はたとえばボードレールのような
普遍的な孤愁もたたえていて
だから「人間として」感動に導かれてゆくのだった。
詩魂、これはすごく大切なことではないか。

僕がいまいちばん嫌っているミクシィ上の「批評家気取り」は
こうした詩魂がゼロの卑しさを感じさせる。
詩を商社の交易アイテムのように扱い、
すべての詩を代替可能と考えている趣がある。
そんなことはありえない。

たとえば山田亮太も田中宏輔も唯一無二、
――「だからこそ」普遍なのだということ。
彼=批評家気取り、は、僕がいましるした
「孤愁」という言葉をよく噛み締めるとよい。

その彼は自分の尺度でしか詩を読まない。
だから、読めない詩の範疇も多すぎるようなのに、
「なぜか」詩についてコメントをしたがる。
それでそのほとんどが頓珍漢、という結果にもなる。

僕はいまその彼を明らかに敵視しだした
 
 

2009年11月02日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)