ENGINE EYE 阿部嘉昭のブログ

秋通り

 
 
【秋通り】


うつくしいおんなは秋の日
べつの場所にすばやくむすばれて
みずからの像を映すが
あのすばやさそのものが
むしろ気配的にうつくしく
だからいつも空どうよう
鏡や写真へと入りこむだろう
かの女らは折れて底なしになった
傘のように逆まき、きらめいて
じぶん以外のかたちまでつたえる
 
 

スポンサーサイト

2011年09月30日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)

琥珀

 
 
【琥珀】


あるとき厖大さの感触は
雨のあがった草はらでみた
数かずの蜘蛛の巣だった(盲目1)
めぐる風がかぎりないなら
風をつかむものもかぎりなく
蜘蛛の巣のやぶれもかぎりない
それでも飴いろのひかりをつかもうと
地上の一角が一斉にくちをひらきつづけ
わたしも一部ではなく一如として
よぎるべき身をとめられる(盲目2)
 
 

2011年09月29日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)

うすあお

 
 
【うすあお】


くりやにゆうやみがかさなってゆくと
きみの、つちふまずのくぼみこそが
わらいに似たほんとうのくぼみにみえてくる
「ふまず」の否定形そのものがくぼみなのだから
いつにあっても足裏と地のあいだには
きみの部分をくらくするわずかなかげができて
きみはそれをしたがえ、あるいていたと祝う
ならばそのからだにあるくぼみの否定にすべて
うすあおをぬりこめようとさすりはじめ
くらしのきみもいつかは白湯のようにひえてくる
 
 

2011年09月28日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)

西脇

 
 
【西脇】


眼鏡をしているいくつかの床しさをみて
ああ眼の位置がわずらっているとおもった
漂着のための表情は二重性のなかにあったが
奥のほうがてまえにけっしてむかわず
その意味で久遠につづく頭頂からの光の落下が
秋の皮膚をかんじさせるに充分だった
眼鏡の奥では感光そのものが階段となり
みえないことが、宝石のように壮麗になる
顔らしきものも蛋白のかがやきを明滅しながら
うつくしいの奥にうつくしいをひめつづけた
 
 

2011年09月26日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)

からだの喘鳴

 
 
【からだの喘鳴】


ひえてゆくものの秋には
しろくほころびてゆく内核があり
とおざかる自分にみせられて
やがて行き来も橋だけを経るようになる
いつからちいさくなるながれに執したのか
かつてひとをして縛った右腕左腕があり
それも一本にみたて風へ置いてみた
けれど一切を讃仰してもひえてゆくとき
たがいの袖袂が空気でひろがっていて
ならびたつにはもう鳴りすぎていた
 
 

2011年09月26日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)

マーク・ボランの詩(続)

 
  
キンクスの材料が揃わないので、
来週火曜、後期ロックバンド講義の開始は
T・レックス=マーク・ボランでやろうと決意、
それで木曜に訳した分に「追加」をおこなった。

「20世紀の少年」は歌詞が単純すぎて訳しにくいが
浦沢直樹のマンガ『20世紀少年』とのからみから絶対に外せず、
「fine」「good」がどんなニュアンスかを考えた。
これらを「ごきげん」「最高」と訳すことが
ぼくにはできない、というわけだ。

「ティーンエイジ・ドリーム」は
T・レックスのバラードのうちぼくが最も好きなもの。
ディランに影響を受けた象徴詩だろうが、
ニュアンスがとりわけつかみにくい。
これについては『マーク・ボラン詩集』での中川五郎訳にたいし
とりわけ批判的なポジションから訳した。

とりあえずご覧あれ



【トゥエンティース・センチュリー・ボーイ】


みんないう、「やったじゃん」
みんないう、「ピッタリだ」
みんないう、
「まるでロックンロール」

動きは猫のように、突撃は羊のように、注入は蜂のように――
そうしてぼくはおまえのおとこになりたいんだ
はっきりしたこと、きみはぼくに綴られた詩
だからぼくはきみのおとこに、きみの20世紀の玩具になるんだ

みんないう、「やったじゃん」
みんないう、「ピッタリだ」
みんないう、
「まるでロックンロール」

飛翔は飛行機のように、走行はクルマのように、跳躍は猟犬のように――
そうしてぼくはおまえのおとこになりたいんだ
はっきりしたこと、きみはぼくに綴られた詩
だからぼくはきみの玩具に、きみの20世紀のおとこになるんだ

20世紀の玩具だ、おまえのおとこになりたい
20世紀のおとこだ、おまえの玩具になりたい



【ティーンエイジ・ドリーム】


いったい「10代の夢」に何が起こったんだ

なんたること、少年たちは蟄居していた
ぼくの守護天使が電話を鳴らした
「圧力が近づいている、その叫喚が聴こえないのか」
いったい「10代の夢」に何が起こったんだ

夜の裂け目ごとに夜間禁出令が出される
あわれに老いたアル中どもは恐怖そのものを放蕩し
アホなヤク中どももバイクでぶわんぶわんブッ飛ばす
けれどいったい「10代の夢」に何が起こったんだ

かび臭い世間から出現した壊れた神
それが縞瑪瑙の少女にやさしく語り、ふれる
「彼の牢屋の鉄格子はあまりにも堅牢で取り外せない」
けれどいったい「10代の夢」に何が起こったんだ

なんとかしてくれ
ぼく自身にこそ、
「10代の夢」を起こしてくれ

オズの魔法使と青銅の泥棒が
チュートン騎士団の歯で噛み、ぼくの恋人を支配した
けれど彼女のくちびるから血の気が引いてすべてが失われた
いったい「10代の夢」に何が起こったんだ

年寄りの放浪者とボロ服の少年
彼らは哀しみのうちに錆びつく、「何てこった、馬車すらない」
けれどもローマ法王よ信じてください、
「〔出かけてないから〕ぼくの爪先はきれいです」
いったい「10代の夢」に何が起こったんだ

いまや黒は黒、白は白でしかない
天国へ逝ってしまった者もあればスターになった者もいる
不道徳な叫びなしには誰も承認すらしない
いったい「10代の夢」に何が起こったんだ
 
 

2011年09月25日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

九字

 
 
【九字】


とうとつに嘔いた「くびだま」が
紙へみだれちらす墨蹟のようだ
おのれは書かれおのれに吸いあげられ
ただちに出所をなくしてゆく
雨戸をしめたくらやみが気圧ひくく
身の人穴をただ凝らしつくす
異様とはすべてにことなるさまを謂うが
球根にして咲く人声の、何たるふきつ
ない声帯でおのれがうめいている
タイフーンに九字差で唱和しようと
 
 

2011年09月22日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)

マーク・ボランの詩

 
  
昨日のローウェル・ジョージ(リトル・フィート)に続き、
今日は後期講義の準備で
T・レックス、マーク・ボランの歌詞を訳した。
彼らの最も売れた『電気の武者』『スライダー』からピックアップして。

マーク・ボランの歌詞は
「ぼくは古代エジプトから来たロックンローラー」的な
自己神話演出が多く、「他者」がいない――そうおもってきた。
それにファンタジー文献からの固有名詞や
彼特有の造語がくっつくのだから、
いまでいうサブカル詩とも位相が似る。

それは確かだが、原語歌詞を見ながら
T・レックスのアーティフィシャルにメタリックな
隙間だらけの「熱狂」(実際には音は愛らしくボロい)を聴いていると
児戯に通じるその歌詞が単純な分だけ
何か神話的な含みをはらんでいるとも理解される。

語の連関に意外性があってそれが刻々に耳を打つのだから
とうてい倒置的には訳せないし、
あるときはぶっきらぼうに響くことばに
文脈の補助をおこなわなくてはならなくもなる。

いずれ長持ちしない詩法ではある、
自己言及と自己神話化、殉教願望、それに少女詩のように
奇異な語彙がときたま繰り出されるだけでは。

ところがマークの歪んだギター音と人工的なビブラート唱法、
さらにはトニー・ヴィスコンティの妖しい襞のような
ストリングス・アレンジのなかでは
マーク・ボランの「詩」はクラヴェリナのように
限定的な生気にあふれ、これこそロック詩の本流という気もしてくる。

ホモセクシュアリティの示唆、反世界住人の列挙、
さらには反語的な愛情吐露は琴線を引っ張って
少女たちの顔色を変える。
マーク・ボランの歌詞をかんがえ、耳に引き寄せると
ひとは「少女になる」だろう。
このこと自体にロック神話上の価値があった。

マーク・ボランの歌詞の最良部分には音韻性が
無意味と境を接するまで組織される。
それは「感情」を漂白した列挙体へと変貌する。
「テレグラム・サム」が好例だろう。

訳出にあたっては既刊『マーク・ボラン詩集』(シンコー・ミュージック)
を参照にした。
ただし中川五郎さんの訳は意訳と口語的語尾が多く
これらの点を中心に、ぼくごのみに改めさせてもらった。



【マンボの太陽】
〔『エレクトリック・ウォリアー』より〕

ビバップの月光のもとでこそ
ささやくように、きみへ唄いたい
マンボの陽光のもとでなら
ぼくはきみにたいしぼくのままでいられるけど

ぼくの生活は影をなくして奔る馬
きみに気持ちがつたえられないなら
鰐、鰐とふりしきる雨のなか
心臓はきみがために、うずき痛むだろう

ガール、きみはすごくしっくりくる
きみがために膝が野生化して
山岳地方でぼくは
きみへの「ドクター・ストレンジ」になる

獰猛な湖水のうえでなら
まちがいなくぼくはきみを愛せる
ぼくの脚は一触即発
ぼくの鬘はきみをおもい犬のクソをたれる

帽子を手にささげもち
ぼくはきみがほしくてたまらなくなっている
鬚のなかで星がきらめき
ぼくの心はきみがために不気味になってゆく

ビバップの月光のもとでこそ
愚者のように、きみをもとめて吠えたい
マンボの陽光のもとでなら
ぼくはきみにたいしぼくのままでいられるけど



【コズミック・ダンサー】
〔同上〕

12のとき、ぼくは踊っていた
それどころか喃語時代にも踊っていた
子宮から滑り落ちてくるときすら身を躍らせてたんだ
すぐに身のこなしが踊りになるのは奇怪だろうか
子宮から滑り落ちてくるときすら身を躍らせてたんだ

8歳のとき、ぼくは踊っていた
夜が更けて踊るなんて奇怪だろうか
踊りながらぼくは墓のなかへはいった
すぐに身のこなしが踊りになるのも奇怪だろうか
踊りながらぼくは墓のなかへはいっていったんだ

理解しようなんてまちがっている、
ひとの心にひそむ恐怖なんて理解できない
愚者になるってどんな感触だろうか
フワフワ浮かぶ風船になぞらえたいが

子宮から滑り落ちてくるときすら身を躍らせてたんだ
すぐに身のこなしが踊りになるのは奇怪だろうか
踊りながらぼくは墓のなかへはいっていったんだ
けれどそれからはずっとこの繰り返し
子宮から滑り落ちてくるときすら身を躍らせてたんだ
すぐに身のこなしが踊りになるのは奇怪だろうか
踊りながらぼくは墓のなかへはいっていったんだ



【ゲット・イット・オン】
〔同上〕

薄汚くて可愛いヤツ
黒装束
振り返ってもくれない
けれど好きなんだ
薄汚くて可愛いヤツ

細身で弱々しいヤツ
おまえはヒドラの歯を
王冠に戴く
薄汚くて可愛いおまえは
ぼくの占有物

 覚醒しろ
 鐘を高鳴らせ
 からだに乗らせろ

おまえはクルマのように組み立てられている
ホイールキャップを装着され
金剛石の後光が星とかがやく
おまえはクルマのように組み立てられている

おまえは手なづけならないほど若い
ほんとうだ、
鷲が飛び交うマントでたぶらかしているのも。
薄汚くて可愛いおまえは
ぼくの占有物

 覚醒しろ
 鐘を高鳴らせ
 からだに乗らせろ

そうさおまえには風が吹き荒れている
ブルースがおまえにある
ぼくはおまえの靴や靴下にすぎない
おまえには風が吹き荒れている

おまえはクルマのように組み立てられている
ホイールキャップを装着され
金剛石の後光が星とかがやく
おまえはクルマのように組み立てられている



【プラネット・クイーン】
〔同上〕

惑星女王はふとしたきっかけで夢をみる
ぼくのアタマを爆発させて夢をみる
惑星の女王

この世とはぼくが責めを負うべき場所におなじ
彼女はぼくの頭をもちいリボルバーで連射する
けれどこの世は何もかわらない

そう、それで充分
愛だけが欠乏している
 空飛ぶ円盤がぼくを連れ去ってくれれば
ぼくはあなたの娘が手にはいる

機械の先陣を切る龍の頭
キャデラック王、すなわち真夜中のダンサーが
龍の頭

惑星女王はふとしたきっかけで夢をみる
彼女はぼくの頭をもちいリボルバーで連射する
けれどこの世は何もかわらない



【メタル・グル】
〔『スライダー』より〕

金属的導師、あんただね
金属的導師、あんたなんだね
そこに座っているのは
装甲板でできた椅子に腰掛けているのは

金属的導師、ほんとうかな
金属的導師、本当なのかな
孤独のなか
電話ひとつおかず悟達しているとは

金属的導師、可能であるなら
恋人をぼくのもとに運んでください
知ってのとおりその恋人は野生種
ロックンロールの子供なんだ

金属的導師、ずっと
銀のちりばめられた、サーベルの歯で噛まれていたのですか
ぼくも憑きものを落として
ただの防御マシーンになろう

金属的導師、あんただね
金属的導師、あんたなんだね



【スライダー】
〔同上〕

ぼくはまったく理解できなかった
なにが風なのかを。
それは球形の愛情のようなものだろうか
ならばぼくは見たこともない
宇宙の海なら
それはぼくにとってむしろ女王蜂に似ていた

 哀しいときには
 くずれてゆくだけ

ぼくはくちづけたことなどなかった
クルマへなど
それはたんなる扉だから。
ほくは以前いつも自分じしんを
大きくなるようにしていた
〔だから規律をしいる〕学校が奇怪だった

 哀しいときには
くずれてゆくだけ

ぼくは鼻ひとつたりとも
釘で打ちつけたことなどない
そのようにしてしか庭園はしげらない
ぼくはまったく理解できなかった
風がどんなものだかを
それは球形の愛情のようなものだろうか

哀しいときは
くずれるだけ
気をつけろ
ぼくはくずれてゆく



【スペースボール・リコシェ】
〔同上〕

ぼくはただのしがない男
だから風のながれを理解するし
すべてのこと
たとえば子供の泣く理由だって理解する

レスポールを抱えていても
ぼくはチビにすぎない
けれどもこの生は享楽する
どんな手をつかっても

本に本を読み継ぐと
すべてが腑に落ちてくる
作者は友だちのように
ぼくに語りかけているんだ

ぼくになにができる
ぼくらはただ動物園に住んでいるだけ
ぼくは遊びくらすのみ
宇宙球を球形宇宙へ跳ね返して

ぼくの心の奥処には
一軒の家があって
その家がほとんど
きみのすべてを縛りつけている

ぼくはクルマひとつ買った
旧いが馴染む車種
一時期は夢中になったが
やがてきえてしまった

ぼくは少女ひとり愛した
彼女は不易の天使
都市にして、あわれ
ちょうどぼくがそうであるように

そんな子とどうして一緒に寝られるだろう
ぼくは遊びくらすのみ
宇宙球を球形宇宙へ跳ね返して



【テレグラム・サム】
〔同上〕

電報配達人サム
電報配達人サム
きみがぼくのいちばん大切な男

金色鼻のスリム
金色鼻のスリム
きみがずっとどこにいたかは承知

紫パイのピート
紫パイのピート
きみのくちびるは稲びかりして
少女たちをその熱で溶かす

 電報配達人サム
 きみがぼくのいちばん大切な男
 電報配達人サム
 きみがぼくのいちばん大切な男

ボビーは大丈夫
ボビーなら心配要らない
彼は生来の詩人
たんに途轍もないだけ

ジャングルの顔したジェイク
ジャングルの顔したジェイク
何をいってもまちがいなし
ジャングルの顔したジェイク

 電報配達人サム
 きみがぼくのいちばん大切な男
 電報配達人サム
 きみがぼくのいちばん大切な男

自動歩行靴
自動歩行靴
それがぼくに立体視覚と
カリフォルニア・ブルースをくれる

ぼくはファンク臭いっぱいだけど
気にしちゃいない
ぼくはぜんぜん正方形でもない
だって髪が螺旋に渦巻いてるんだから

電報配達人サム
電報配達人サム
そしてぼくは遠吠えするオオカミ



【ボールルーム・オヴ・マーズ】
〔同上〕

きみは素晴らしく見栄えがするだろう
ダンスに行く用意をしているのだから
きみはトリップし滑空する
ちょうど小刻みにふるえる飛行機に乗るように
きみのダイヤモンドの手が
薔薇の花のかさなりになる
風やクルマ
そして人びとが過去へときえてゆく

ぼくはきみに呼びかける
月が唄いだすまさにそのときに
きみの顔を石のなかに置き
星の丘陵にかかげる
それは治癒不能の狂人の
腕にきみを固定させることだ
ぼくらは踊り、自分の生を解き放つ
火星上のダンスホールで

きみが昼日中のことをいえば
ぼくはチグハグに夜のことをいう
怪物どもが呼びあげる
男たちの名前を
ボブ・ディランだけがその名を知っている
アラン・リードもそうだと請合う
夜のなかには「ものごと」があふれ返っているが
それには眼を凝らさないほうがいい

きみは踊る
トカゲ皮のブーツをはいて
はりつめている糸を引っ張って
並み居る男たちの顔色をかえる
きみはダイヤモンドの眉をしたオナベ
きみは貧民街の痩せさらばえたヤクザ
ジョン・レノンがきみの名前を知っている
ぼくだってそれを知っている
 
 

2011年09月22日 日記 トラックバック(0) コメント(1)

ローウェル・ジョージの詩

 
 
台風で蟄居がしいられるなか、
後期のロックバンド講義のために
リトル・フィートの曲のなかから
ぼく自身の未訳のものを訳していった。
「好き」ということもあって
すべてローウェル・ジョージの曲。

彼の詩はロック詩のうち最も訳しにくいものではないか。
口語のみならず、隠語が入っている。
それでも黒人音楽の淫猥な(艶笑譚的)発想が
放浪者の抒情で浄化される点に個性がある。

「失恋主題」「寝取られ幻想」「麻薬傾斜」も加わりながら、
「um」などほんの少しの語の加算と
一行ごとの立脚のズレ(その奔放)によって
全体が素晴らしくダンディに仕上がる。
ほかのリトル・フィートのメンバーの曲は
ファンキーだが、こういう要素が稀薄だとおもう。

「ダウン・ビロウ・ザ・ボーダーライン」は
メキシコ国境付近の烈女を唄ったものだろうが、
どうもぼくの英語力のなさが出てしまい
訳出には自信がない(変えるかもしれない)。
それと「トラブル」中の「you」とは
ローウェルの、ローウェル自身への呼びかけではないか。

いくつか歌の対象もしくは第三者の位置に
「fat」という形容詞が出てくるのが面妖だ。
周知のとおり、コカイン中毒だったローウェルは
やがて異様な肥満に陥りながら
その黒人由来の畸想才能を蚕食していったのだから。

なお、訳出済のローウェル曲の歌詞は
「阿部嘉昭ファンサイト」中「ロック訳詞集」をご参照あれ



【イージー・トゥ・スリップ】
〔『セイリン・シューズ』より〕

ひとは簡単に足を滑らすし
簡単に転落してゆく
思い出なんか流しさって
なにもしなきゃいいんだ
きみが失ったすべての愛情も
きみが思い出せないすべての人々も
ちゃんと実在してはいるんだが

いまは世間のすべてが冷たくみえる
魔法はみな消え去り
一緒にすごしたときも
ぼくが演奏する哀しいメロディのように
溶けさった

そうだ、ぼくはもうこれから先、生きたくない、
きみがぼくを置き去りにした影のなかでは。
だからぼくはメロウな煙草に火をつけて
すべてを忘れようとしているんだ



【トラブル】
〔同上〕

きみはクルマのエンジンがかからないのでわめき
すごく苛立って、悲嘆に暮れる
きみはすごく肥ってしまって
もう靴も足に入らなくなっている
トラブルだ、仕立て屋のせいだ
そんなとききみのママは
きみの頭を逆さにして木陰に隠した

だってきみの眼は疲れていたし
きみの脚もそうだった
世間もおなじくらい疲れていればときみは思うが
ぼくはきみに手紙を書き、送る
きみに今日生じたトラブルなんか
この手紙にみな置き去りにさせたいんだ

きみの電話が鳴って、きみは苛立つ
こまごましたあれもこれもが手につかない
いましていることに没頭しなくちゃならない
わるいひらめきにも、あの厭な奴にも別れを告げて

ぼくは孤独だから自力でやってゆくけど
きみは苛立ってわめく
ストーブが破裂してひっくりかえったんだ
どうして受け入れられよう
でも天井についたきみの足あとは
ほとんど消えかかっている
それできみはきみのママが
頭を逆さにしてくれたのはなぜかと考える

泣くなよ



【ロール・アム・イージー】
〔『ディキシー・チキン』より〕

ああ、ぼくはただの放浪者
クルマでずっと漂流している
口八丁の卑猥なことば
それがぼくの口をついて出る
ぼくは宮殿を否定したが
王や王妃とともに酒をのんだ
けれど愛する者よ
きみこそがぼくが知りえた最良だ

気軽にアハンとはじめないかい
ゆっくりと ゆったりと
ぼくを尊重して
不安も緊張も捨てて
きみは楽園、あまい楽園を歩き、語ったらいい

そう、ぼくは各所をさまよってきた
デンバーから海にもいった
ぼくはこんなに甘く唄える少女に会ったことがない
きみはヒューストンに住む天使のようだ

気軽にアハンと唄いださないかい
ゆっくりと ゆったりと
コンサーティーナを弾いて、ゾクゾクさせてよ
そうなればぼくも警戒がとれる
ハーモニーをユニゾンで唄おう、甘美な和音を
国旗をかかげなよ
ぼくがきみの太鼓を打つから



【ファット・マン・イン・ザ・バスタブ】
〔同上〕

抜き打ち検査は四つん這いになってしなくては
奴は言った、ヘイ、ママ、俺はちょっと家を出るよ
わかったわ、と女は言い、でも今晩だけ外泊じゃなくて
月曜に帰ってきて、火曜だっていい
それなら外泊を許すわ

俺は言う、ヤニータ、俺の愛するヤニータ
おまえは何をたくらんでるんだ
ヤニータ、俺の愛するヤニータ、あまいテキーラ
おまえは何をたくらんでるんだ

怪しげな酒場で数十セントつかう気もせず
ヤクをキメる気もしなかった
だって時間がなかったんだ
やれやれだ

だって肥った男が
バスタブにいたんだ、ブルースまで唄って
俺はおまえの呻きも聴いた、悶えも

ホント、哀しくなったぜ
探偵は帽子をかぶり
走りだして、通りまで出た
肺腑をしぼりだすようにわめいた
俺はただ自分の人生が
なにか佳き愛であってほしいだけだ
俺はこの生活と時間が
ほんとうの愛であってほしいだけだ

おまえのメーターにカネを入れて
夕日は転がり落ちた
けれどおまえはスクイズプレイ〔芝居じみた抱擁〕をつかって
俺を引きもどした
ケバケバしい街角で
いやはや、いやはや



【ダウン・ビロウ・ザ・ボーダーライン】
〔『ラスト・レコード・アルバム』より〕

南の国境からちょっと逸れたところは
ここから曲がり道に行こうとする
バカどものホットスポットだった
そこで公平な扱い
公正な取引をもとめていた
彼女には拳銃が要らなかった
彼女自身が最後通告だった
彼女は急に曲がることができる
乱暴な運転をする
ヤツらは気の良い男たちにすぎず
あなたたちはそこであればどこでもぼくを下ろすことができる
国境線をくだって
国境線をくだって
国境線をくだって

きみは手を差しだすが彼女は注文が厳しい
彼女はきみを勃たせるためにあらゆる手段を講じる
きみがここに何回か来てもいいとおもうなら
もう国境線をくだっているんだ

オノマトペによる詩、進行中のシンメトリー
彼らは少女が見事に海を渡るのを聴いた
そんな彼女に惚れるとスリリングだ
それが本当だといってくれ
彼女は逃げだすだろう、
泣いているきみを一時停止の標識に取り残すだろう
国境線をくだって
国境線をくだって
国境線をくだって

きみは手を差しだすが彼女は注文が厳しい
彼女はきみを勃たせるためにあらゆる手段を講じる
きみがここに何回か来てもいいとおもうなら
もう国境線をくだっているんだ
 
 

2011年09月22日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

夕映え

 
 
【夕映え】


けむりのようなもの――はたして淫楽に
ひとをけむりにする力があるか。
宮殿のむこうの空をみつづけても
これにたいする答がみつからなかったので
腕と腕をからませ、膝に楽器を置き
息のかぎり、かおりをだして唄ってみると
いっしょの方向がしずかにともづなをとかれ
海面へずるく進水するけむりさながら
遠さにむけてとかれることがこの夕映えには
めぐりあわない二流となっていった。
 
 

2011年09月20日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)

鋸の気配

 
 
【鋸の気配】


あおいひかりが藁にさしこむ厩から
聴きなれない伝達音がする
一体であるべき馬が二体になりつつあって
砕氷がそのたましいへ作動しているのだ
たったまま星を負ってねむるからだへ
できた裂け目がそのまま眼になろうとする
このボロや歌の数があわないことから
もう一体があふれでようとして馬は
最初のからだをおがくずにかくすため
くるしくなびく、なびきつづける
 
 

2011年09月16日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)

樹下

 
 
【樹下】


いる場所がこもれびになって
なぜか葡萄のかおりがただよう
きっとあかるみだしたそのひたいが
うすすぎて骨がすけているからだろう
きみがつつむもののない皮にみえる
くたびれた袋だとほほえみながら
みかわすことも眼に竪琴をやどして
かなでるように前髪がゆれている
それでかたちとひかりがゆるやかにとけ
あたりは房なすものの重みにみちる
 
 

2011年09月15日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)

しゃりん

 
 
【しゃりん】


梨の顔いろをした女には
にぶく折れこむ襟の収束があって
それらが複数のガラスに映ると
きえたがっている世界がそのまま
しゃりんときえてしまいそうだ
梨に似た顔だからあるともいえず
ガラスのむこうで脂のない現前となり
手にもつ黄土色のくれよんをこぼす
せまる秋になろうと鳩尾の上へこぼして
その身ももうひとつですまなくなる
 
 

2011年09月14日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)

表情

 
 
【表情】


さっと食パンに朝日が
あたったのがいけなかった
蜂蜜までぬっていたので
ひらいた口の奥へうすあかりが
もうどうしようもなく入ってきて
食事も早々に頭のなかをひからせたまま
朝かぜが万物をわける野を
さまよいだすほかなかったのだ
むざんにも千々にわけられて
てりながら表情は散っていった
 
 

2011年09月12日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)

お知らせ

 
 
佐伯多美子さんと海埜今日子さんの
二人誌「すぴんくす」に、
ゲストとして詩篇「ふくろ論」を寄稿した
15号がとどいた。

表紙はぼくの大好きな
フェルナン・クノップフの「ヴェラーレンとともに 天使」。

その表紙の予感どおりに全頁が充実しているが、
なかでも海埜さんの
山種美術館での展示「日本画どうぶつえん」評が、
松下育男さんの「初心者のための詩の書き方」シリーズ
その「先」をもしめえたようで感動を誘った。
全体に濃密な展開力をもつ、
見事に具体的な文章だとおもう
 
 

2011年09月12日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

お知らせ

 
 
「草森紳一蔵書整理プロジェクト」のサイトに、
さきごろの「草森紳一写真展」へのぼくの評がアップされました。

以下↓
http://d.hatena.ne.jp/s-kusamori/20110908

短評のたぐいに属するものなので
ご覧になっていただければ幸いです
 
 

2011年09月09日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

落橋

 
 
【落橋】


とりどりのボロを着て
大空をみあげる人びとを
大空じしんが垂直にみおろしている
写真みたいだなともおもうが
やがてどちらが穴なのかわからなくなる
大空は一切をあおくしようと
みずからを東からの風でみたすが
いっぽう地上の人びとはみな橋にのり
ただひとつの余韻になろうと
落橋事故をおもいえがいている
 
 

2011年09月09日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)

 
 
【柳】


部屋の隅っこにあぐらをかき
とおく窓へからだのいちばん古い部分を
糸乱れにしてあおくむけると
部屋には中央というものがあって
それは光をみずからの外側におろしている
窓のむこうには柳の振り返る気配がして
ふりかえる唯一の植生が柳なのだが
わたしのなかの何の通過をみているのだろう
光のそそぎ柳の仲間になった腕が泳ぎだして
ほどけとよばれるものの魔性も現れた
 
 

2011年09月08日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)

俳諧

 
 
【俳諧】


浮世のおかずに飽きれば
かいやぐらになった纏綿街が
あけがたの東空に段をなすので
そこから「諧」ということを
妄想しだすようにもなって
陰毛にたいするように植生を
ふるえながら賛美するのだ
――あれはなんの女の名や菜
朝つゆにぬれる俳の者となって
おかずは脳油にただ浮かべあるく
 
 

2011年09月06日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)

かいな

 
 
【かいな】


ただよい疲れて撓っている部位が
しぐさの体側にはあるものだ(つまり腕。)
回顧的にいうとそれらは渚や湾でもあって
音のないままくずれてゆく波形として
きらめいているものを塵芥型に抱き寄せる
その身ぜんたいが円没する楽器にみえて
腕の双数性は身の芯へしずかな奥行きをなすが
期せずしてひとになしてしまう「おいで」が
まねきよりも物足りないのも、撓りにかたちの
減数があるためだ(それらこそ伝染する。)
 
 

2011年09月05日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)

夏休み旅行

‎ 
 
8/29から昨日9/1まで女房と九州旅行。

今年の眼目は北部九州のバスが
高速・路線とも
三日間8000円のトータル金額ですべて乗れる
「SUN Qパス」を駆使すること。

おかげで
福岡→小田温泉(黒川温泉の隣)→
平山温泉(山鹿温泉の奥)→熊本→
小倉→田川、などと
北部九州を「神出鬼没」した
(今度は福岡から長崎、天草に
足を伸ばそうかと女房といっている)。

特筆すべきはまず平山温泉の湯。
ph9台の強アルカリ、湯の花だらけの硫黄泉なので、
そのぬるぬる湯によって肌が異様につるつるする。

往年は「瘡かき」になった娼婦が湯治していた
子供禁断の場所だったが、
近年は「美人の湯」として人気急上昇、
旅館も林立してきた。
ここは「ひなびた温泉ファン」要チェキだとおもう。

田川は、田川市石炭・歴史博物館が目的。

常設展のほか
「世界記憶遺産」山本作兵衛の炭坑記録画が特別展だった。

漫画家・安部慎一の拠点として
どうしても行きたかったところで
(もうボタ山も炭坑長屋もないが)、
バスで片道90分かけて行ってみると、
極度にシャッター率の高いモール街に背筋が寒くなった。

バスで安部慎一夫人「美代子」さん似の初老女性を見かける。
まさか…? 口許にホクロはなかった。

土産の明太子は
天神・大丸(だけ)で売っている
昆布屋さんの「西昆」のものが好きなのだが、
買っている時間的余裕がなかった。

そこで似た明太子の昆布漬を売っている
「蕗」のもの(最近、人気上昇中らしい)を空港で買う。

これが西昆に匹敵する美味でした
 
九州、暑かった・・・

重たい旅行バックをかつぎ
熊本城を階段のぼって見物したときは
気温35度だった
 
小倉の旦過市場はそんなに規模が大きくないなあ。
京都・錦市場や大阪・黒門市場の四分の一くらいか
 
小倉では
松本清張ファンの女房につきあって
「松本清張博物館」に。
そこでおもわぬ長居をしてしまう。

館内上映されている
『日本の黒い霧・遥かな照射』(藤井忠俊構成)が
過去の記録映像満載で迫力があり
その全部を観てしまったことが原因。

さらには松本清張の高井戸の豪邸で
「増殖していった」書庫、
その書棚を逐一的に撮ったビデオも
最初から最後まで舐めるように観てしまった

(草森紳一の写真展と同じことがおこったわけだ
--ただし、あちらは写真だったが)
 
清張さんの蔵書は図書館のように体系的で
(テーマ別に綺麗に整理されている)
冊数は10万冊を超えていたかもしれない。

ただし「小説資料」アーカイヴとしては
あんまり面白みがなかった。
古典、学術書、史書中心、というありがちなもの。
清張さんらしいとはいえようが
 

2011年09月02日 日記 トラックバック(1) コメント(0)