ENGINE EYE 阿部嘉昭のブログ

音列

 
 
【音列】


ひとの世できみわるいものは
にくたい、だったりする
にくたいは夕焼けからでてきたばかりで
みなぞろぞろとあかく照って
美女だ、臓器だとひとさわぎになる
あの系列はなんと煩いあぶらだ
音無川の脇でむらさきにおしだまる
犬の寝そべりのゆううつな賢さに
片やながくとおりすぎるにくたいが
オルガン曲のようにぼろり欠けてゆく
 
 

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2011年10月31日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)

野の扉

 
 
【野の扉】


まねきいれる手のようなまなこがあって
その顔がただ機能になったとおもう
野の北限に似てくらいなにかへ接続された
結界のむこうを誘っているといえばよい
顔を手にかえたそのひとのあゆみでは
からだ全体がろうそくになり足がきえる
ういているうしろすがたの髪にのみ従おうとして
同道するからだのなさけもくろくなってゆく
それにしても野に扉をつくるものの何たる遅々
遅速には神があらわれすべてがしめっている
 
 

2011年10月31日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)

お知らせ


 
本日より、新宿K's cinemaにて、
大浦信行監督、辻智彦撮影のドキュメンタリー
『天皇ごっこ 見沢知廉・たった一人の革命』が公開。

三里塚闘争→新右翼に転向→内ゲバ殺人→
十二年服役→ベストセラー作家→自殺、

と振幅の多い人生を走りぬいた見沢を、
紹介ではなく「思考=志向」する傑作です。
見沢の同行者・設楽秀行さんの語りがとりわけ凄い。
必見​! 

なおぼくはその劇場プログラムで
監督とロング対談をしているほか、
本日店頭の「図書新聞」終面でも
六枚の作品評を書いています
(こちらも大浦監督の
見沢知廉『背徳の方程式』書評と仲良く並んでいます)
  
 

2011年10月29日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

横顔の分光

 
 
【横顔の分光】


よこがおのうつくしさはそれをみる
わたし以外の方向を指示しながら
それがとおさにむけて蕩けているか否かを
一瞥ではわからせない点にあるだろう
窓辺のひとはほそいくびで顔をたてながら
半消の、とおさのなかにしずんでいる
まつげが高さをともなって目許にみえれば
その顔もたいする日照への分光器になる
なにかが形影でしずかに濾されつつあるなら
多様さえその者にとっての多様にすぎない
 
 

2011年10月28日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)

 
【鉄】


廃線になるまえにはずっと海岸線を沿った奥に
いつもあおぐろいとどろきをうけている
「鉄〔くろがね〕」というほそい駅があって
ひとらは駅前で鉄魚や鉄花をほそくあきなっていた
もう鉄にぬわれた肩すらあおく糸をだして
鉄路が道にのりあげた洋館の面する五叉路では
ひざ立ちになった女も臍下から鉄をひきずりだし
位置とはそういうものだと諦めをあたえていた
じき鉄冬がくるという予想がからまわりして
それが最期の鉄の走りにみえ、鉄へみなきえた
 

2011年10月27日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)

手が足になる

 
 
【手が足になる】


ひとのかたちのあわれはそのおおむねが
ほそながく地にたちすぎる点にあって
それではひとも木陰からでてくるしかない
このゆえに四つんばいが例外になって
例外を愛すことに負荷がしいられてきた
きみの四つんばいがすきだったのだが
ゆうぐれの部屋でそのうごきが気配として
かんじられる瞬間をとりわけこのんだ
すがたは木陰からでなくまさに
くらい自身から出てきていたのだ
 
 

2011年10月27日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)

お知らせ

 
 
「現代詩手帖」最新号(11月号)が届く。

十行詩連作まえのぼくの長めの詩篇「鯉」が
四頁にわたって掲載されています。

松下育男さんの「詩の教室」で提出され、
参加したぼくが絶賛した柿沼徹さんの詩篇「コロ」と
掲載が一緒なのが嬉しい。

ほか、佐々木安美さんの
阿部岩夫追悼詩篇も掲載されていて、
わ、詩風が変貌している! とびっくり。

いっぽう投稿欄では
依田冬派くんがトップになっていてこれも嬉しい。
一読、読み筋をつくりにくい詩だが、
書かれている対象と主体にまたがる意味の分光が、
詩行の音楽性と相俟って魅惑的だ。

特集は二本、「福間健二、詩と生きる」「追悼・清水昶」。
いまはまだパラッと覗くことしかできないが、
誌面が充実している。

なんと今号は、チェスワフ・ミウォシュの選詩集を
俳優・渡辺徹が朗読するCDが付録に。
「詩手帖」も付録時代になったのか! 

ぜひ
 
 

2011年10月26日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

羽毛

 
 
【羽毛】


スープのさめないうちに話したことがらには
匙に掬われる滋養のあたたかさがまつわり
ことばと食べ物のそうした混ざりからは
羽毛のようなものさえけむっているとかんじる
食べた皿が山鳩のスープであればもっと
匙の影も、森の網へとながく伸びただろう
かこまれるひとつの食卓とは人みながやがて
わかれゆくためにある歩廊にすぎないが
ことばではなく、ことばに似た血のながれは
いつまでも眼にのこって山鳩をみさせる
 
 

2011年10月26日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)

遠方の秋

 
 
【遠方の秋】


ひとに質量というものがあり
それに一空間が占められているのならば
とおさへむかってさらに曲がってゆく
延長さえそこにうまれているらしい
からだがすでにみえる事実のかわりに
ひかりのひろがりが遠方で呻いていたと
報告するのはおそろしいことだろうか
ひとをみてそうおもったのではない
たかさのなかにひえきって住まう
柿のいくつかを見上げてそうおもった
 
 

2011年10月26日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)

 
 
【馬】


ものぐるうべく短日は
両手を秋野へさしいれる
ひえてゆくうまの
下着にふれた気がしてあたまの
くもまをひかりがまう
はこばれる身であっても
ひとつとしてくるまの
うつらない幻燈みたいだ
さいているとみえたのも円
みな、ばしょうの穴にすぎない
 
 

2011年10月24日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)

 
 
【の】


古木のうろからのスズメバチの襲いに
とつぜんわしの意味をました山腹から橋への
歌唱のようにふくれあがったくだりの
その緊急がもう音階の聖歌集にきこえて
雌雄の区別をそれぞれの生に混ぜあわせる
アナフィラキシーのかさなるうなりの
刺繍の階段すらものうくもくずれ
ひかりの十月が針の下にただながれるのだから
遍満の音をぬったそのあおくぬれたからだで
ぞうしょくのときをいまここへかけおりてこい
 
 

2011年10月21日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)

 
 
【泪】


おんなのからだにもあるのかしれないが
しずかな内部をみつめつくす眼とは
葉にあいた穴のようなものだろう
けさ山椒の鉢植えに山からの水をやると
葉の穴はたまった泪の表面張力により
ただちに瞳をなして葉脈の占拠に痛みを発する
おびただしい穴にできたひかるおもみで
あるものがもてるかぎり視界を内部へめぐらせば
ついに同調だけが己にすぎなくもなるだろう
うすい無が音楽の如くすでにあるのだから
 
 

2011年10月21日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)

ザ・バンドの歌詞(2)

 
 
さきに「ザ・バンドの歌詞」をアップしたが、
『ステージ・フライト』と『カフーツ』からの選曲が手薄だった。
それでそれぞれから一曲ずつ採って歌詞をあらたに訳出してみた。
う~ん、授業二回分の材料をそろえるつもりだったのに
三回分までふえてしまった気もする。どうしよう…





【オール・ラ・グローリー】
(『ステージ・フライト』〔70〕より)

ぼくは雨のパラパラふる音がひとり聴きたくて
きみの梯子をのぼったところ
〔屋根の下では〕きみは自分のみる夢のなかをながれているだろう
昨日はなんともたいせつな一日だった
きみは自分のしたいことをみんなやりとげたのだから。
栄光あまねくそのなかで
けれどぼくは一番目ではない物語にすぎない
背ばかり伸びた気がする、監獄を囲う壁のように

ぼくはまたたくひとつの星をもとめている
それがきみのランプに火をともし
こどもたちをみたし、ぬくもらせるだろう
彼女にとっては絵空事かもしれないが
ぼくにとってはそれが奇蹟なんだ
栄光あまねくそのなかで
けれどぼくは一番目ではない物語にすぎない
背ばかり伸びた気がする、監獄を囲う壁のように

木の葉が茶色に枯れ
地面へと散るまえに
きみは〔散るものと〕一致するだろう
そのときを待っていてごらん

ひびきだした小夜曲に耳を澄ましてみて
少女たちも片足をあげて回っている
きみの髪も陽光をはらんでかがやき
とうとう甘美な日々が訪れるだろう
そうなればきみも銀河をあるいて渡れる
栄光あまねくそのなかで
けれどぼくは一番目ではない物語にすぎない
背ばかり伸びた気がする、監獄の囲う壁のように
すべてはそれだけのこと



【リヴァー・ヒム】
(『カフーツ』〔71〕より)

淑女たちがテーブルに果物籠を置けば
紳士たちもその木陰の席につくだろう
子供たちも寓話に耳を傾けるだろう
けれど何かべつのものがそのときぼくを貫いた
曲線をえがき絶え間なく渦巻く川音が聴えたんだ
即座におんなたちもなべてそれに和し
川へのほめうたを唄いだした

信徒たちはみな川のほとりにたつ
川へのささやかな謝意を捧げんと蝟集する

急流からわきあがる水の声がこだまする
古井戸のなかの水のように跳ね返って。
だれがその場から腰をあげようとするだろうか
ひとたびその場の魅惑へ金縛りにあったなら。
暗く広く深く、川は海へとゆるやかにそそぐ
ぼくも歓喜にみち、たずさえたマンドリンをとりだして
川へのほめうたを奏ではじめた

川には舟も浮べられる、川の水を呑むこともできる
川を毒することもできるし堰をつくることもできる
魚をすなどることもできるしそこで洗濯もできる
むろんそこで泳ぐのも水死するのも自由だ、川よ永久にながれたまえ…

息子よ、おまえはまだ自身の姿を知らぬ
川面はつねにながれ透明な鏡面となりえぬからだ
息子よ、おまえはまだ自身を慰められぬ
川底の寝床にその身を安らえるまでは。
おまえが淋しい持続音を聴いたとしても
一石同様の、ありふれているものにすぎぬ
けれどあたりが薄暗くなってくるとその音もいまやしに高鳴ってくる
それこそが川へのほめうただ

信徒たちはみな川のほとりにたつ
川へのささやかな謝意を捧げんと蝟集する
 
 

2011年10月20日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

遠近

 
 
【遠近】


とおくがあきらかにみえるようになると
それにしたがい眼前もゆれをしるす
自分を自分へとながすものうさにあって
偶然の今日とはなんの漂流なのだろう
十月九日、こくぶんじのはずれで
たいせつな旧さすら愛着とよべなくなる
水をみつけそれでくちびるを湿らすと
自分と水が酌み交わしたとはおもう
わきおこるもの、からだの近隣が
いつも遠望に遅れてあらわれ消える
 
 

2011年10月19日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)

レトロヌード

 
 
【レトロヌード】


うまれてくる女たちにしたがって
世界があたらしくなってゆくのだから
レトロヌードとはあきらめにおちた
時間の眼の位置にふかくあって
かたむく夕光をとらえる網にもみえる
葉に似たわかい裸と較べかがやかないが
母なるものと隣りあう禁域にそれは坐って
みずからの髪にどうふれるかにかかわる
ものもいわぬわすれたポーズ集として
棕櫚にもぐる根のしずけさだけをもたらす
 
 

2011年10月17日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)

空気牛

 
 
【空気牛】


あるときは水のうえをあるいた
あるときはみずうみの波打ち際にいて
だんだん模様が渚になっていった
行きつ戻りつからだにゆめをおぼえつづけて
見透そうとするさざなみにも秣をかんじ
眼からは重荷がなくなってただ頬に溶けた
どこから来たというあたりまえの問が
何頭いるという問におのずからかわって
かつては九牛だったと応えたかったが十年間
気配みたいなわだかまりが身に余って甘い
 
 

2011年10月17日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)

ザ・バンドの歌詞

 
 
10月25日と11月1日の立教・ロックバンド講義では
ザ・バンドをあつかう予定になっていて、
その配布プリントのためザ・バンドとその関連の歌詞のいくつかを
あらたに訳出してみた。
すでに訳してあるものは「阿部嘉昭ファンサイト」
http://abecasio.s23.xrea.com
の「未公開原稿など」中、「ロック訳詞集」のなかに収録されています。



【イン・ア・ステーション】
(ザ・バンド『ミュージック・フロム・ビッグ・ピンク』〔68〕より)

駅の通路をあるいていたとき
だれかがきみの名を呼ぶのが聴えた
町なかでは子供たちの笑い声がさざめき
その声にだれかの声がまぎれた
戸惑ってしまう、きみはぼくをみつけられるだろうか
ぼくが生きている理由もわかるだろうか
ぼくにくれる啓示はなにもないのだろうか
人生はあたえるにはふくみがすくない

山を正面からのぼったことがあり
そこで野生の果実をほおばった
腹くちて眠ったのち月光が差して起きると
きみの髪をあじわった気がした
これがだれものみる夢なのだろうか
のちに声を聴いたが夢じゃないようだった
怠け者の腹黒さからぬけだせば
ぼくらはなにかを感じあえるのだろうか

かつてぼくはむなしく、とりのこされた
もう明日という日も訪れなかった
きみの笑い声をぼくの歌声にすることもできたが
じつはいまでもきみの名前を知らないのだ
きみへはなにかを支払わなければならない
きみがあたえてくれた「よきもの」のお礼に。
噂ひとつできみの遠慮がもし生じているなら
愛なんて倹約する価値もない



【ウィ・キャン・トーク】
(同上)

いまならぼくらは説明できる
あいかわらず古いあの謎を。
それは半分到達したところでたんに始まった
いっときは混ぜ返したが、やはり持て余した
そう、ぼくは論理的に判断しようともしたんだ
けれどきみはそれを背信ととらえるかもしれない
ひとつの声が全員をもとめ廊下にこだまする
父なる時計の存在を断念せずに
それについていまこそ話しあおう

きみに教えてあげたいんだ
車輪を回しつづけるには
エンジンをはげしく燃やさなければならないと
きみは牛を搾乳したことがあるだろうか
ぼくにはその機会が一度あった
でも日曜(礼拝)のため恰好をつけていたにすぎない
きみが思い悩む誰にたいしても、どこででもそうした
こうべをまっすぐにあげて歩けば
いまこそそれについてぼくらは話しあえる

ぼくにはおもえる、ぼくらはみな
自分の舌下になにかを隠していると
きみに背中をかるく叩かれてさえ
もしかするとぼくの肺腑が破裂するんじゃないか
落ち込んでいるようにみえるならどうぞ助けてくれ
でもむしろぼくはカナダで焼死したい
南部で凍死するよりも

永遠の土地を耕すなら
ぼくらはより鋭利な刃をみつけるか
さもなくば新しい土地をもちなおすしかない
しばし休息し、あたまを冷やすんだ
必要ない、慰藉など必要ない
〔われわれを鞭打つ〕御者など身罷ったのだから。
塩辛さなくして恍惚もなし
いちど後戻りしてしまえばもう安心だけど
それでは木の葉がチョークのように白変する
だからいまこそ話しあわなければ
いまこそ話しあわなければ



【アイ・シャル・ビー・リリースト〔わたしは解放されるだろう〕】
(同上)

万物は置換可能らしい
すべては遠く近づきえないらしい
だからわたしは自分を拘置した
すべての者の顔を思い起こすこともできる

わたしは自分のひかりが輝きわたり
西から東へとあかりだすのをみる
いつの日かいつの日にか
わたしは解放されるだろう

万人には保護が必要らしい
万人には転落も必定らしい
けれどわたしは罵りつつ自分の鏡像をみる
この獄壁のはるか高みのいずこに

ほら、孤独な群集のはるかかなたに
ひとりの男が佇ち、無実を口汚く言い募る
一日中、彼がおめきつづけるのを聴く
冤罪だとただ叫ぶのを聴くのだ

わたしは自分のひかりが輝きわたり
西から東へとあかりだすのをみる
いつの日かいつの日にか
わたしは解放されるだろう



【ミンストレル・ボーイ】
(ボブ・ディラン『セルフ・ポートレイト』〔70〕より)

黒人の真似をするミストレル小僧に
小銭を投げる者なんているものか
だれがミンストレル小僧に賽を振る?
ミンストレル小僧にはだれも祝儀をださない
彼の魂を救うのは簡単なのにだれもが彼を失望させる

ラッキーはずっとずっとクルマをころがし
いまじゃエンジン切れ、山のてっぺんで立ち往生
前進ギアで苦労しながらやっと登りつめたというのに
――最初はレイディたちもあまた従えていたというのに、
いまじゃ彼はひとりぼっちで山上にとどまっている

彼は集団の奥にいて働きづめだった
彼――マイティ・モッキンバードは
ひどい重荷を背負ったまま境界線にも押しつぶされる
ほかに言いようなどない
彼があんなにつらい旅をしたというのに
ぼくもまだ旅をつづけている

黒人の真似をするミストレル小僧に
小銭を投げる者なんているものか
だれがミンストレル小僧に賽を振る?
ミンストレル小僧にはだれも祝儀をださない
彼の魂を救うのは簡単なのにだれもが彼を失望させる



【オールド・ディキシー・ダウン】
(ザ・バンド『ザ・バンド』〔69〕より)

ヴァージル・ケインがわしの名
ダンヴィル鉄道でご厄介になった
嵐村の苦難がきて
鉄路をひきさいてしまうまでは。
1865年のことじゃった
わしらはみなひもじく
飢え死に寸前じゃった
5月10日までには
リッチモンドが陥落した
あのときのことは
何度でも憶いだす
旧き南部が舞台からひきずりおろされたあの夜
鐘が祝福を鳴らしつづけた
人びとも和して唄った
行進しつつ、ララララと

女房を連れてテネシーにもどったら
あるときあいつが呼ぶんだ、
「ヴァージル、来て来て。ご覧なさいな
ロバート・E・リーが凱旋してゆくわ」
いまじゃわしは薪割り仕事も辞さない
給金が安かろうが気にかけない
ひとは必要分だけ稼ぎ
のこりは受けとるべきでない
けれどそれは最良賃金を得ている者の言い分さね
旧き南部が舞台からひきずりおろされたあの夜
鐘が祝福を鳴らしつづけた
人びとも和して唄った
行進しつつ、ララララと

わしの親父が以前していたように
わしも地に足のついた仕事で一生を終えようか
あるいはわしの兄貴のように
敵愾心をおもてに出そうか
兄貴は18にして
高慢で勇敢じゃった
だが北軍ヤンキーの手にかかり落命
わしは血にかけて報復を誓った
ケイン家の名をとりもどさねばならぬ
一敗地にまみれたままではおられんのじゃ
旧き南部が舞台からひきずりおろされたあの夜
鐘が祝福を鳴らしつづけた
人びとも和して唄った
行進しつつ、ララララと



【ウィスパリング・パインズ】
(同上)

きみが風にまかれるぼくを見つけても
ぼくを夢のなかにとらえても
そこはぼくのひとりぼっちの部屋のなか
どっちでもかわりなんかない

大木の松がささやきながら
永遠の時をそびえたつ
たったひとつ星のかがやきさえあれば
何とかその内側にもはいりこめる
ぼくは星天が大きくめぐるのを待ちつづけた
心のなかにきみを映しながら
満天の星が悲泣していた
ならば行こうか、ひと晩をかけて
声をとばす海へ
自分のちっぽけな生活に固執しても
いちどは彼女はぼくのものになってくれた
波よ打ちあげよ
カモメも高鳴け
ぼくの命がよみがえりさえすれば
これらの時また時も死ぬことはない
きみがそこに立っていると感知した
きみは可視的でなくても
遍在しているのだ

枯井のわきに立ち
むなしく雨乞いをする
雲をつかもうとしても
雲いがいの何も手残りがえられない
白昼夢のなかをただよう
夜が回帰すれば
旅の夜も涼気にみちる
すべてが大きくめぐるのを待ちつづけよう
心のなかにきみを映しながら
孤独な空の果てまで見透そう



【ゴーイング、ゴーイング、ゴーン】
(ボブ・ディラン『プラネット・ウェイヴズ』〔74〕より)

わたしはとある場所にたったいま着いた
そこでは柳すら風にたまわない。
形容しがたく言葉すらわかない
真の終末の土地だ
だからわたしはそこを通りぬけつつある、
通りぬけ、立ち去ってしまう

わたしは本を閉じた
その頁で、その箇所で。
あとに何が書かれているかは
さほど気にもしなかった
わたしは通りすぎるだけ
通りぬけ、立ち去ってしまう

わたしは縒りあわさった糸にずっとしがみついてきた
わたしは真剣にその遊びに興じてきた
だが束縛をとかれねばならない、
手遅れになるまえに。
だからわたしはそこを通りぬけつつある、
通りぬけ、立ち去ってしまう

祖母はいった、心のしたがうままに行くんだよ
苦労があっても最後には光明が差すから
黄金だってすべてがひかるわけじゃない
おまえとおまえが真に愛するものは
けっしてばらばらに離してはいけないよ

わたしはずっと旅をつづけてきた
わたしはずっと僻地にくらしてきた
でももうわたしは行かなければならない
このままでは岩礁にのりあげてしまう
ゆえにわたしは行くだろう、
通りぬけ、立ち去ってしまうだろう



【ホーボー・ジャングル】
(ザ・バンド『南十字星』〔75〕より)

その晩とても寒かった
放浪者たちの野営地は。
みな操車場に横たわっていたが
ツルテンの外套には霜がおりた
いまはけれどだれもいない
奴らがどこへ消えたかも知らない
同時にいえる
だれもそこから消えてはいないのだと

焚火がおわってからは
夜がしじまにつつまれた
ひとりの老人の凍死がみつかる
凍てはてた冷たい地面のうえで。
彼はさまよえる鳥だった
だからゆく道が彼を呼んだ
流木から流木にとまり
満天の星空のしたで眠った
何時間も暇をつぶした
トラックが通りすぎる街道から少し離れて

葬儀に参列した
葬儀は放浪者のたまり場でひらかれた
長年連れ添ったが
籍を入れたわけではなかった
漂流者も放浪者も
遠方の友もやってきた
怒りなく悔いなく身を横たえていた
真昼かがようベッドに

男たちはその場を離れなかった
あしたまかせでゆけばよかった
けれども連れ合いはその男に誇りをもち
ずっと死の床からはなれなかった
故人はみずからの一生をあだについやした
地平線を追いかけつづけ
路上で寝起きし
満天の星空のしたに野営した
施し物を漁りつづけた
通りすぎるトラックをとめて



【アケイディアン・ドリフトウッド】
(同)

その戦さがおわり
心が砕け散った
丘もいまだに煙でくすぶっていた
兵士らが引き揚げたとき
わしらは崖のうえに佇ち
舟をみおろしていた
それが転覆し合流地点に沈むのをみていた
彼らは盟約書に署名した
それでわしらの望みが絶たれた
見放された者を〔福音主義的に〕愛しつつも
彼らはじっさいその者に関心をもつことがなかった
なんとか子育てをしてみても
子すら最後には敵方にまわってしまう
戦さに斃〔たお〕れた者が
アブラハム平野に累々としていた
アカディア地方からの流木
ジプシーの追い風
彼らはわしの家を訪れた
雪深い国の家を
カナダの寒冷前線が
むかってきた
雪道にやっとこさ乗りあげて
雪道をやっとこさ進む

それから生まれ故郷に帰っていった者もあり
司令官は彼らを処分した
けれども居残った者もいて
生活を始めた地で死んでいった
彼らはけっして離散しなかった
彼らは自分らのやりかたで暮らしをたてた
わしらは一族で南の国境にかたまったが
彼らはすこしは成長していって
一帯をめぐりつづけた
彼らはある手紙に書いた
「人生はずっと改善できる
だから子供らよ、自分の土地を境界づけるな
あとは来る者をこばまず、だ」
アカディア地方からの流木
ジプシーの追い風
彼らはわしの家を訪れた
雪深い国の家を
カナダの寒冷前線が
むかってきた
雪道にやっとこさ乗りあげて
雪道をやっとこさ進む

零下15度
めぐりくる日々が脅かしとなった
わしの服は雪に濡れ
わしのからだは骨の髄まで水浸しになった
氷湖に釣り糸をたらしても
釣りは無駄のくりかえしにすぎず
結局ひとはその地を去りたがった
彼の知られるただひとつの家族も
渦を越え、漕ぎだしていった
聖ピエールの土地へと。
宣言するもの何ごともなし
わしらはみな消え去った
食い詰めて海岸地方へ落ち
しかもそこで最も傷を負った
みかねて人びとがいったものだ、
「あんたらはずっと放浪するほうがマシなんじゃないか」
アカディア地方からの流木
ジプシーの追い風
彼らはわしの家を訪れた
雪深い国の家を
カナダの寒冷前線が
むかってきた
雪道にやっとこさ乗りあげて
雪道をやっとこさ進む

永遠につづく夏が
瘴気にみちている
この政府はわしらを
鎖につないだままあるかせる
これはわしらの芝生でもないし
わしらの季節でもない
ひとつたりともかんがえられない、
ここに居残るべき、よき理由など。
わしらはサトウキビ畑で働いた
ニューオーリンズから出向いて。
一面が緑いろだった
洪水がそこらをおおうまでは。
これが予兆と呼ばれるべきかもしれない
小僧よ、おまえがどこへ行こうとも
羅針盤の指す北をめざせ
わしなら自分の血圧で天気がわかるが。
アカディア地方からの流木
ジプシーの追い風
彼らはわしの家を訪れた
雪深い国の家を
カナダの寒冷前線が
むかってきた
雪道にやっとこさ乗りあげて
雪道をやっとこさ進む

アガテアにいう、
〔※フランス語〕「故郷が恋しい」
〔※フランス語〕「太陽の涙を流す」
〔※フランス語〕「いまそっちへ行くよ、アガテア」
ディダラム、ディダラム、ディダド…



【サイン・ラングエッジ(手話)】
(エリック・クラプトン『ノー・リーズン・トゥ・クライ』〔76〕より)

きみは手話で
ぼくにかたりだす
ぼくがサンドイッチをほおばっている
ちいさなカフェで。
3時15分前だった

ぼくは応答ができなかった
きみの手話に。
きみはそれをいいことに
ぼくを失望させていった
声にだしてなにかいってくれよ

パン屋のとなりの店だった
彼女はぼくのインチキを水浸しにし
ぼくのでっちあげの話にも耳も傾けなかった
それでもぼくはその場にとどまっていた
あのときのことをずっと気に病んでいるのを
彼女はわかっているだろうか

リンク・レイの音楽が響いていた
ぼくがコインを入れたジュークボックスから。
ぼくが語ったことばのせいで
誤解がふかまっていって
うまいほうにもってゆけなかった

きみは手話で
ぼくにかたりだす
ぼくがサンドイッチをほおばっている
ちいさなカフェで。
3時15分前だった

ぼくは応答ができなかった
きみの手話に。
きみはそれをいいことに
ぼくを失望させていった
声にだしてなにかいってくれよ
 
 

2011年10月14日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

耳と眼

 
 
【耳と眼】


外にテオ、内にヴィンセントがいて
世界はまるくあふれている
あたりには風にゆれる麦畑もあって
ちかづきすぎて星と月までがゆれようとも
思考の韻律が色彩の韻律であれば
すべてが個者の眼にゆるされてゆく
「テオ、ななめのおれは耳を切ったよ
自画像を描くためそうしたのかも」
そのテオは家のなかなど耳にすぎないと
外の暗さに佇ち眼をただ澄ませている
 
 

2011年10月13日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)

ロザリオ

 
 
【ロザリオ】


数珠状のものはいかにカーヴをえがこうと
その中途が無名のかたちにしずまるゆたかさで
みずからをやさしくおさめているから
ぼくも町なかでは連珠のひとつになろうと
よわいひざしをまつ一群にくわわる
それでやがては気づく、このカーヴは
ここにはなく無限にかかわる曲線で
もともと酔馬のように神がかっていると。
だからぼくらのつくった円のまん中に
馬がおち、すべての連珠が緊張する
 
 

2011年10月13日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)

にんじゃ

 
 
【にんじゃ】


サイゾウがあふれています
ひぐれは忍者の気配です
まちが蔵をもつことが
すでに霧隠れになっています
そこへ金満の音波をとばし
だれにも帰属しないものになるために
コウモリがコウモリのなかを
ひたすら金いろにながれてゆくんだろ
周囲とはあやかりだな 粉の数かず
個体も自体をうみだす忍術の最中です
 
 

2011年10月12日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)

かんむりびと

 
 
【かんむりびと】


かずかずの不妊行為が
なかみのないむくろのように
ゆうぐれの部屋を輝きわたっていた
はるかなゆうぞらにはいつも
川がながれていたということだ
枝が背景のたかみにささって
そこのみうるんでみえるというのは
いったいなんのふくろだろうか
王冠めいた灯りをかかげて
かんむりびとの顔はふたつの遠さ
 
 

2011年10月12日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)

仏座

 
 
【仏座】


あけがた明けのこるのはいつも顔で
たかいじぶんに顔があると
それでまた知ることになる
風にわずらいながら金木犀のあたりを
あおざめて踏みまよってみると
においが千々にくだけ、はじけて
仏界というように四方が撹乱される
この顔のくぼみもなんの定位にならず
ひかる眼だけが奥にいきのこって
金木犀が散り敷いた黄金にのみなじむ
 
 

2011年10月12日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)

かさなり

 
 
【かさなり】


ふたりとはけしきのゆれる
そのさなかでの分裂だろうか
もともとがひとりの影なのかもしれない
しきしまのやまとの国の人ふたり、
この配置に距離の無限がすでにあり
ゆうがた浮世のあおくなるのも
月を生むように葦がさわぐためだった
ゴーストよ ものの奥を問うなら
こころにもすぐとおさがうがたれる
だからふたりではなく重複が畔にいる
 
 

2011年10月08日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)

ハクビシン

 
 
【ハクビシン】


ハクビシンの眼は怯えの兆しとともに
みずからのゆたかな背をいつもみているが
それらが肉から削がれた茶銀だとは
もはや繁みにすら誓えないでいる
ひかりの落下する大きな天秋のもと
その毛ゆえに存在までへらしてゆくのなら
なにかのやまいの媒介であることも
この世でのたしかな滞留にすぎないから
ひくいけむりのあの白微神だって
名を負うままに生暖かく反るだろう
 
 

2011年10月07日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)

ちぎり

 
 
【ちぎり】


ましたにあるきみの眉をよくなめた
そのおおむねは泣き眉だったが
時をつぎ、それらをなめることで
まぶたからしずかに眼の存在がきえて
かたちの弧も空のようなものへ散り
いつかは虹をぬらしている気になった
つばをそわせて顔の中心をかんがえないと
たしかな天秤がぼくにかたむいてくる
ひたいをかぎるあんなひかりがあるなんて
なんという薄さだったんだきみの秋は
 
 

2011年10月07日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)

金木犀の坂

 
 
【金木犀の坂】


ここまでゆくとあとは
なだらかな山腹へつづくだけの
人家の脇、坂のこまかい錯綜となる
ほそい道は地面のもりあがりをたもち
しずかな城のように視野の奥まであるので
曲がるものはそのふくみがうつくしいという
人体にもつうずる感慨をもたらすが
その曲率を金木犀の香がかすめて
においそのものまであまく曲がっているのも
添う今が無限となるあかしだろうか
 
 

2011年10月05日 現代詩 トラックバック(0) コメント(1)

萩と人

 
 
【萩と人】


きゅうに斜めがなつかしくなる
まむかうと斜めの空をみとおさせるものに
ひとのゆく通路が冷ややかにあふれだし
しかもそれらの色がくすんでいるのだ
そうして空は澄みながらおもさをへらし
だれもの息がガラスごしの遥かさをおびて
となりをたずねるようなことばになる
もうアレハ何ノ塔、とすらコトあげしない
みると舌先にはビー玉がころがっていて
それがくずれる萩の全身を映している
 
 

2011年10月03日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)