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ENGINE EYE 阿部嘉昭のブログ

手すり

 
 
【手すり】


散った花びらをてのひらにうけて、きみはそれらをかんがえにしただろう。けれどそのなかにカタクリのさみしさもまざり、てのひらはただれていった。からだと平行するものがかぎりなくあるとつたえる手すりでは、階段をよろけ、みちびかれきみは自分のただれをつかむ。あたりは閑か。
 
 

2012年05月02日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)

大通

 
 
【大通】


むかう眼路にY字路がきえた。そのたいくつな格子の巣で、緯度は風のなにをとらえようとするのか。おんなのYもきえた。うしろすがたのしろくなるながれを追って、リラおんなのすずしい音へ澄んでゆく。えらばないだろう。なびく帯のひとつとなり、ひかるゆらめきでただ沿うてゆく。
 
 

2012年05月01日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)

 
 
《犬をあらわす秘密文字〔ヒエログリフ〕は特に、脾臓、予言者それに「聖なる文字〔サクラス・リテラス〕」――アリストテレスの時代から、憂鬱質の人と密接に結びつけられてきたすべての観念――を意味すると書かれている。〔…〕それゆえ、「最良の犬はときとして、民衆から、ひどい憂鬱症だといわれるような様子をしている」、と同時代の秘密文字の研究家は言っている――その言及は、まさしくデューラーの銅版画の犬にあてはまる。》

――レイモンド・クリバンスキー、アーウィン・パノフスキー、フリッツ・ザクスル『土星とメランコリー』(田中英道監訳、晶文社、292頁)

連休開始からメランコリー学の必須文献である上の本(買い置きしていた)を読みはじめた。膨大な著作で、読んでも読んでも次々にことばがあるが(とくに註)、ようやく終わりがみえてきた。その過程で、むかし武村知子に出典を訊ねた「最良の犬」の典拠がやっとみつかった(彼女はチェスタートンのことばだといっていた)。この「犬」=メランコリーの直観と呼応するように、ベンヤミンも『ドイツ悲劇の根源』で以下のフレーズを書いている。

《時代の思弁は、ほかならぬ教会の絆によって、被造物界の深みに結びつけられていたのであるが、そこから憂鬱が立ち昇るのを見れば、憂鬱の全能ぶりも説明がついた。実際、観想的な志向の中で本来被造物的なのは憂鬱である。そしてその力が、思いわずらう創造的精神の態度ばかりではなく犬のまなざしにも同様に作用していることはつとに知られている。》

――ヴァルター・ベンヤミン『ドイツ悲劇の根源』(川村二郎・三城満禧訳、法政大学出版局、173頁)

同書は『ドイツ哀悼劇の根源』と改題され浅井健二郎によって改訳されたようだが(ちくま学芸文庫)、異同をたしかめていない。

それにしても「デューラーの犬」に匹敵する犬がいる。『タルコフスキー日記』に挿入された、タルコフスキー自身による犬の素描だ。しかもそこでは犬の横臥形に、ウロポロスの様相がさらにつよめられていた。とうぜんタルコフスキーは、クロノスの支配というサトゥルヌスの役割をも念頭に置いていたとおもう。
 
関連をかんじた加藤楸邨の句も掲げておく。《天の川後脚を抱き犬ねむる》(『野哭』)。
 
 

2012年05月01日 日記 トラックバック(1) コメント(0)