ENGINE EYE 阿部嘉昭のブログ

写真家

 
 
【写真家】


くしけずられた眼でみだれるすがたをまなざすと、あまりのくらさにからだまでくらむ。うかぶ肋骨によって肌がうごきだし、いつしかくろい色も境をこぼれる。こうして一斉を否んだとき垣間みえるちいさな発端で、みえるひとすべてがくらくうみだされている。それはとても名づけられない。
 
 

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2012年05月31日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)

喩でつくられた眠り

 
 
【喩でつくられた眠り】


塩をふいたきらきら。身に直立する帆柱すらなく、肩幅そのままの全身は、一艘の舟のかたちをねむりつづける。それでも寝返りはうごきの襞をなし、やがてそこに朝がはいってくる。ほのかなことがひろがり引けば、かわりにあるうつくしい灰色の肌が、織り布のように(起き)を予感させる。
 
 

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白井明大・島ぬ恋

 
 
白井明大の新詩集『島ぬ恋』は活字で組まれ、フランス装となっている。紙面にふれれば印刷された文字の物質感がゆたかで、同時に、ペーパーナイフで頁の上端を切ってゆく過程は、そのまま詩篇をゆっくりと読ませながら、即座の再読をもうながす。そうなるととうぜん詩篇も一瞥了解性からはなれ、相応の時空、その奥行をもたなければならないが、その要請に応える詩篇が見事に列んでいる。

江代充、貞久秀紀の「語調」を髣髴させる詩篇が目立つことはじつは何の問題でもない。白井の「語調」は先達の詩性認識との共通性に、自作をも「さしいれる」、それじたいは謙譲の行為だからだ。つまり先達へのオマージュではなく、詩性の「束」を、自作をも介在させて強化する思考そのものが、白井の(メタ的な)詩作モチベーションになっているということだ。むろん彼のモチベーションは、まずは「体験」からみちびかれている。

くりかえすが、彼がおこなうのはパスティーシュではない。先達の「語調」には白井特有の、どこかsweetnessを感覚させる文法破壊が多くとけこんで、一定位が即座に別定位になるズレの動性が仕掛けられている。とりわけぼくがおもしろいな、とおもったのは、「助詞」が一定座に二重使用されることでうまれる、独創的な像と韻きのブレだった。なにが独創的かといえば、重複があるのに吃音性が排されている点ではないだろうか。それは発語が充分に再帰抹殺されて、像が脱像化し、同時にそこに音韻が代位する、ことばのわたりによってこそ保証されている。

まず、助詞の斡旋ではなく、白井のことばのわたりそのものの静かでうつくしい異常を、以下をみることでかんがえてみよう。

みつめていると
手にふれるとおりに
しろい砂浜が
みちひきのあかるさを
すがたとなって
あらわれる
(「すがた」最終聯)

通常なら《みつめていると/しろい砂浜が/あらわれる》という構文が発想されるべきところ、①《手にふれるとおりに》と②《みちひきのあかるさを/すがたとなって》が「過剰」挿入されている。「過剰」なのに煩雑さがない点を銘記したうえで、②では、視覚的浮上はかならず形姿をともなうのが自明だとすれば、自明性が再帰的に挿入されていることになる。ところがその視覚性はあらかじめ①によって触覚性に転位されている。このとき、現れているのは砂浜の物質的与件というよりも、砂浜の領分、その境目性そのものではないかと、読者は判断の方向性をずらし、その境目の物質性なき物質性の、量感に打たれることになる。

くわえて、白井が現出させている砂浜の光景とは「そのもの」でなく、白井との関係性によって「すがた」をあらわした、白井だけの内密的な真実だという判断も付帯する。ではここで最もうつくしいものは何か。じつはそれが語の物質性の極点なのだ。具体的にいうなら、掲出中の一行、《みちひきのあかるさを》のなかの「を」がそれだ。この「を」は構文中の帰属先を探して不安定にゆれている。その「ゆれ」そのものがそれ自身の帰属先だと見とったとき、再帰性による詩作は、極点こそをゆたかにするという見解がうまれる。

それにしても詩集最後におさめられた「この世に半分の身をあけて」の素晴らしさはただことではない。引用しようにも、その浮力をあたえられた措辞が、二、三行の各聯の連用つなぎによってどこも割愛できず、「不足」がそのまま「全体」だということがどういう厳しさなのかをおもいしらされる。動員されているのは再帰性と脱像化と音韻、そしてそれらをつなぐ、ことばの張力そのものの一種の「思い」だ。つまりこの詩を割愛引用することは、そのまま蹂躙や抹殺を結果させてしまう。それでも読者の実地検分をうながすため、あえて省略を介して詩を引用してみよう。



あかねの薄い羽ほどの
往き来のみちに身をさしいれて
入っていけるむこうがあり

〔…〕

すすきの透きとおりそよめく茅に
指をとめ

指がふれさしぶれるだけ
あいだになれと思いなしたら

〔…〕

〔…〕

胸の めぐりのあたたかさに
なくなっているあるひとと向かいあう

この世に置く身の同じここで
かげかたち ひとを
見なすことなく ともにあるたわまりに

すすぐ水ほどの流れをあけて
往き来のみちをあちらこちらもへ



文法破壊あるいは通常文法への負荷によって、あやうく全体破裂へといたりそうになるところを、おしとどめているのは、ここでもことばのわたりの静かな相互張力だった。「そよめき」「たわまり」といったぎりぎりで成立する和語だけでなく、「あいだになれ」といった自分への呼びかけそのものが不安定ゆえの驚きをつつみかくしている。これが全体の設定基準になって、最終行、「も」という助詞の過剰斡旋を、そのまま「うつくしさ」ととらえる感覚の転位が起こるのではないか。読めば読むほど、ことばの対象化と脱対象化が同時につのるこの詩篇は、ひとつの奇観だとおもう。そしてこのときやはり「往き来」そのものの、「領分、その境目性」がいわば不可能な物質性として浮上してくる。これもまた白井と世界の関係性がなければありえなかった浮上だろう。

引用二行目の「さしいれて」のさみしさ・うつくしさには息をのまなければならない。ぼくは赤尾兜子の次の名吟を想起した――《さしいれて手足つめたき花野かな》。
 
 

2012年05月29日 日記 トラックバック(1) コメント(0)

歴史哲学

 
 
【歴史哲学】


しんがりをあるいて、すすみまよう列ぜんたいを冷やしている。花冷えがあるなら葉冷えもあるだろうそこ、先頭が森の区分にはいって、列のうしろへ森気がながれてくる。期待とはなんの刑罰。けっきょく腕状になった隊列は、下草を折りながら這いあがって、植物の瘤をつかもうとしている。
 
 

2012年05月29日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)

白刃

 
 
【白刃】


咲きたれる藤は、そのゆれている静止によって、真空をつくりあげる。いちずに地をさすゆびというには、いろに弔いのにぶさがありすぎて、だから余念にしずむ藤花下部には白刃がこまかくみえるのだろう。たちまち分裂四散するのだから、そこをとおりゆく蝶も、まるで蝶ではない奇怪にすぎない。
 
 

2012年05月29日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)

ワルツ

 
 
【ワルツ】


すきまのある組みが大気をよびいれておのれを響かすのは、物象の楽器性のつねだ。それでもたとえば樹々を四の拍子にのってあゆませないために、律をかえ起点へもどるワルツのようなものを記憶に聴きだしている。拍ではなく箔をかんじながら、内をみたす接触で耳に密をつくるわたしなのだ。
 
 

2012年05月29日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)

仏性

 
 
【仏性】


わたしらは廃墟のうえに廃墟を建て、それでおんなをつくる。もともとあらゆる建立におんなが立ちのぼっているのだが、わたしらはおんなを惟うための内側すらもたない。からだをかさねることが遠い日からみて蝕なら、いたわりは建てた廃墟の、かさなる高さだけをみえるものにする。けむりのかわりに。
 
 

2012年05月23日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)

数学の解法

 
 
【数学の解法】


そのはだかがうつくしくあるために家具を除く。壁に数着のワンピースを提げ、からだとえにしのあったものだけを関数にする。風を入れると、カーテンがふくらむ。アルベキダロウそのひとの架空。みずからをいつも傍らにするそのマイムがにじみ、暗いなか、はだかはつながってゆく。
 
 

2012年05月22日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)

職場浴場

 
【職場浴場】


おんなの髪を洗ってやるときは、うつむいてかがんだハーモニカを、この全身からくるしげにあまらせている。ひとすじの毛が線譜にもならず、天上のかずが泡だつゆびにきこえ消えてゆく。煩悩がうかびそうになる。それで遠さをかまえて、みおろした虹が輪、とおもいだす――そのシモーヌに。
 

2012年05月21日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)

日蝕


 
札幌は部分日蝕。ピーク時は7時50分で、ほぼ80%の太陽の欠ケとなった。その時間を挟みこむように近所をあるいていた。月の位置が地球によりちかい皆既日蝕になると、地上にわかに夜へ変じて暗色が支配し、犬も恐怖のため吠えまくるのだろうが、金環日蝕ではあかるさはたもたれる。TVの各地報告でも世界はあかるいままだ。それでも札幌の部分日蝕では晴天下、物象の影がしるくあるのに、地上の明度と輝度がしずかに落ちこみ、全体がなにかの内部になったような、不吉な空気感につつまれた。この気配を満身に吸いこんだ。天体から核爆発の残影がひろがったあとに浸潤してくる体感。迂回と遍満が空中ぜんたいにある。
むろん専用の鑑賞眼鏡をもっていないので太陽そのものを見上げることはないが、それでも薄目にして擦過させる視界に太陽方向を混ぜると、太陽の重大な欠落を、一瞬感知できたような気がした。太陽そのものを視る、というのは見者になるための試練。たしか中沢新一は若い日にその試練をチベットで負わされたのではなかったか。ぼくは自分の弱い眼をまもる。
札幌の大きな通りは四車線で、歩道脇にクルマをとめて四人連れ親子が専用眼鏡で日蝕をみあげ、興奮していた。のどかだ。散歩中の犬は何の異変もかんじていないらしく、飄々と歩道を横ぎってゆく。ただしそれはもっと光量のおちる金環日蝕ではないからかもしれない。むろん犬は「蝕」の字をおもい、その本質的な怖さにからだを染めることはない。月蝕だって奇怪だ。あるいは星蝕は本質的な予兆とやはりおもえる。
柳町光男『さらば愛しき大地』冒頭の葬列シーンで、皆既日蝕が捉えられていた記憶があるが、たしかではない。そういう前例を考えるも考えないも、本能でいま映画人はロケ撮影にこの日蝕を生かそうと晴天地を走りまわっているのではないか。朝狩。象徴的にはその時間に、光の規定が急に解除されて、一瞬の「泥棒」がおこなわれる。撮影はもともと盗みだが、日蝕時にはそれが二重になるはずだとおもう。撮影はみずから不吉になることをのぞむのだ。いろいろな「群盗」的友人の暗躍を想像した。
もうひとつ、皆既日蝕が印象的な道具につかわれる映画をいまおもいだした。ピーター・プロッセンとドルカディン・ターマンによるモンゴル映画『ステイト・オブ・ドッグス』。暗鬱な傑作だった。
 
 

2012年05月21日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

女の子映画

 
  
風邪で休養しているあいだ、来週からはじまるリレー講義の準備で、ある時期の邦画を細々とチェックしていた。佐藤淳二さんの第一部、応雄さんの第三部の中間にあたる、第二部計5回がぼくの担当。佐藤さんはヒッチコック、応さんはキン・フーその他がテーマなのだが、中間のぼくは、全体を正反合のながれとするべく、作家ではなく「ジャンル」を論じるつもりでいる。それが「女の子映画」なのだった。

日本映画ではヤクザ実録物以降、明確に現れた「ジャンル」はJホラーだけといえるかもしれない。ポストヤクザ映画も、「人の生死を賭け金にした感動感涙映画」もジャンルとしては覚束ない。なかでJホラーだけが突出したのは、心霊写真や投稿心霊ビデオのどんな類型が怖いのか、いわば映像社会学的な検証がジャンル成立を下支えしていたからかもしれない。

私見では「女の子映画」も映像社会学的な裏打ち材料をもっていた。じつは90年代中盤、雑誌「スタジオ・ヴォイス」が点火した「女の子写真」ブームがあった。Hiromix、長島有里枝、川内倫子… カメラ機器の簡便化・軽量化によって、「女子のリアル」に典拠した「日常」がメディアの支えをうけて撮られ、幾人かの女子写真家の作品がひろく共感を博していったのだった。

この「女の子写真」の特徴は、それに後続する「ち●かめ写真」とおなじだ。こうなる--①「女子→女子」のヴェクトルをもつ同属回帰性(この極点がセルフヌード)。②内在的・自体的(「女の子」的なものはそこで外部に晒されず、うちに「潜み」「自足して」いる)。③不如意(バブル崩壊後、という指標)。④偶有的=日常的=「現実」のかけらが散乱している(「空」の写真/料理の写真/友だちの写真)。⑤「かわいそう」につうじる「かわいらしさ」の創造的発見(男性的・欲望的なグラビア写真が度外視してきたもの)。⑥触覚性(窃視的欲望の不在は対象全体の肯定に一挙に向かうことで対象のもつ視覚性を触覚へと転位する=それはいわば「時空への接吻」ともいえ、接吻瞑目時の網膜結像のような親和性をもつ)。

この「女の子写真」の、映画への隔世的な「飛び火」こそが「女の子映画」だったのではないか。その極点となるのが、A廣木隆一『ガールフレンド』、B安藤尋『ココロとカラダ』、C風間志織『せかいのおわり』の三作だとおもう。上記「女の子写真」との共通項をそれぞれもちながら、それぞれのあいだに部分的な共通項がさらにある。AB=カメラマン鈴木一博の共通。AC=脚本家・及川章太郎と俳優・渋川清彦と英語題名の共通(Aは『Girlfriend:someone please stop the world』、Cは『World's end : Girlfriend』)。

ともあれ「うまくいかない女の子たち」が、それでも自分が身体をもっている点に肯定的な価値を見出すストーリーラインを、それぞれの作品がおおきな意味でもちながら(『ココロとカラダ』はアプローチが陰画的になる)、彼女たちの平凡な「日常性」がときにドキュメンタリータッチといえるほどに転写され、かつ画面全体の内密性がそのまま「女性性」を指標するような選択がおこなわれていた。しかも「女子」の真実に行きつくために、どの作品でも男女の性愛が中心化しない。男性が性愛の対象にのぼりつめても、それはストーリーの口実だった。あるいは男性はそこで女性化を蒙り、それでヒロインとの同属連続を形成した。代わりに特権化される趣のあったのが、のちにしるす作品もそうだが、「接吻」もしくは性交内接吻だった。それらがまさに「女の子」たちの世界観の結実だったはずだ。

廣木『ガールフレンド』は「女の子が女の子を撮る」という「女の子写真」的な設定をそのまま話の主軸にしていた。山田キヌヲの撮った河井青葉の写真は撮影の刻々、その現像形で画面挿入されることはない。だからこそ鈴木一博の刻々の映像が、山田キヌヲの写真を内密化していた。『ガールフレンド』は、些細な相互達成感が自殺念慮とつうじてしまう不思議さを語り、持ち前の生のよわさにたいし至福の瞬間に地球がとまってしまえばいい、というじつは逆転的で不穏な願望を女子たちに語らせた。風間『せかいのおわり』は「穴」のテーマ反復のあと、「死んだ穴」(アイスクリームに汚染された水槽)が底から青空を見上げることのできる「生きた穴」に転位して、「世界の終わりは眠く、その時間を共有できるものが《友だち》だ」という、これまた捉えようによっては危険な思想が結論となった。女子→女子の再帰性は風間志織が中村麻美を撮っているという図式のほか、中村麻美の少女性と渋川清彦が隠しもつ少女性が相互反射的な細部に出現していた。

このジャンルはたぶん、「女の子写真」が女の子たちに受け入れられたようには受け入れられなかった。たぶん宣伝が通じなかったのだ。それと、鈴木一博をカメラマンに起用したその後の大谷健太郎『NANA』が、女子ふたりの主役から相互反射性を期待させながら、原作マンガを改変できず、「リアル=日常」と「内密性」を欠いた、男の映画になって、ジャンル定着の腰を折ったことも大きいだろう。

だが試用期間を試されていないのだから、このジャンルはまだ生きてもいないと同時に、死にもしていない。それでついこのあいだ、隔世遺伝的に吉田良子『惑星のかけら』が「女の子映画」の最新の更新として登場する。ジャンル意識も明確。それで俳優には渋川清彦のほか河井青葉も起用されていた(というか、河井についてはもともとその女優キャリアを促したのが吉田の『ともしび』だった--私見ではこの作品は近似的「女の子映画」に属する、とおもう)。

「女の子映画」の導線となったものは何か。そうかんがえて思い当ったのが田尻裕司『OLの●汁』だった。その現実砕片性は、主演佐藤幹雄の感性と発語の「美大系ぶり」を武田浩介の脚本が完全転写していることからもわかる。では「女子的内密性」はどこにあるのか。まずはヒロイン久保田あづみのナレーション、つまり「女声」が作品時間を刺繍している。そのほか、作品では久保田の内密感覚が「拡張」され、久保田の視覚に映った佐藤幹雄が画面の客観として「そのまま」転位されているという、のちの『ガールフレンド』に通じる交錯も起こっている。そのうえで美大生役・佐藤幹雄の撮る写真が、まさに彼の女子性を補強するように「女の子写真」なのだった。

ピンク映画がこれほど文化論的にリアルな昇華をみせたのは稀有だ。よってこの作品は99年の公開直後から絶賛を受けたが、当時、「女の子映画」のジャンル勃興可能性とむすびつけることは、ぼく自身をふくめ誰にもできなかった。

このほか、「女の子映画」としてイメージするものには、安藤尋監督『blue』(魚喃キリコ原作)、井口奈己監督『犬猫』(とくにその8ミリ版)があるが、まだ細部再検証にはいたっていない。また廣木隆一の新作『River』は中村麻美出演と撮影行為、という女の子映画の材料はあるが、ヒロインとその相手役の類型が「女の子映画」とは径庭があるとおもう。
 
 

2012年05月20日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

 
 
【雲】


つぎつぎあらわれてくる音のながさを、たなびく帯にさしかえて、空がいっぱいになる。あふれてくるむらさきが、そそぐ手の多さをさらに夢みさせる。遠望のうらがわにあるそんなもの。じぶんをかたむける樹に会うために、香滴をひめた小壜をもちあるき、音のしない花の下、ついに立ちどまる。
 
 

2012年05月20日 現代詩 トラックバック(0) コメント(1)

湯水

 
 
【湯水】


ひたひたせまってくるものにからだが同調、それに似ようとするのが夜だが、風邪をひき蒲団にくるまった昨日は、自分が湯水のようにたぷついていた。寝返りのたび正中線がずれた。液体へまとめられそうになって幻をみる。星夜を背景にブナが大量の湯水を、樹下へおとしつづけていた。
 
 

2012年05月18日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)

加藤郁乎追悼

 
 
加藤郁乎が亡くなった。83歳。聖三角形をなした澁澤龍彦も土方巽も同年代だったから、みな生きていればそんな年頃だったのだな、ともおもう。その加藤郁乎はぼくの大学時代の偶像だった。澁澤よりもそうだ。土方ならば死後、郁乎よりも偶像になった。

郁乎が絢爛たる才能に輝いていた天才肌だったのは否めない。『球体感覚』『えくとぷらすま』たった二冊で、高柳重信ら前衛俳句の面々と丁々発止の均衡を演じていて、通行手形がすくなすぎるともおもったが、どこまで知見がひそむかわからせない不良型の「知的ハッタリ」が爽やかだった。『膣内楽』などは日本語で成立しうる唯一のシュルレアリスム小説だったのではないか(ほかに平岡正明の『皇帝円舞曲』もあるが)。修辞と思考と引用のスピードに酔いしれながら、知的な笑いがとまらなかった。

当時、郁乎はTV局につとめていて、蟄居をこととした晩年とちがい、日々の行動力があった。新宿の飲み屋での、映画人までも対象とした大喧嘩の武勇伝など数知れず。それに一穂、足穂、西脇などとの神話的交流が伏流していたのだから、たしかに文化英雄だった。それが朋友・土方、澁澤の80年代後半の相次ぐ死が転機になって、たぶん戦時期石川淳のように以後「江戸に亡命」してしまう。

彼の書く本は「偏屈」になる。罵倒対象を明示していたころはよかったが、論じるに値しないものが数々の欠落をつくる。半可通が理路を得ることができない。つまり名文なのだが、「野暮」「いわずもがな」を取り去った高濃度(それでも見事な音韻感覚だった)は、いわば知るひとのみへの目配せを刻々投げて、読者の多くには排除的に映ったとおもう(たとえばフッと永田耕衣の俳味的・禅味的俳句観が、まがいものと否定されていたりする)。『坐職の読むや』『俳の山なみ』、貫流している郁乎の美意識に納得しながら、窮屈も感じた。

加藤郁乎の詩的想像の型は瞬間的結晶化だったのではないか。松山俊太郎の『球体感覚御開帳』の解釈も有名だが、たとえば『球体感覚』の一句、《桃青む木の隊商の木をゆけり》は桃青(芭蕉)の句的行脚総体を、「木=季」の二重写しのなかに凝縮し、「木」の二重使用によって脱像化した偉業と、「凝縮的に」約言できてしまう。地口、ダブルミーニングの数々まで動員されてもいるが、『球体感覚』は一種の「反復」が、「時間」そのもののもつ大きさと切り結んでいたのではなかったか。郁乎の詩は結晶性を詩行がつくってしまうゆえに、西脇のようには流れなかったが、『球体感覚』では一句内が、句間がながれていた。

反復の例――《考ふる手に侘助の手がふれる》《天文や大食〔タージ〕の天の鷹を馴らし》。あるいは句間反復ならば《六月の馬上にのこる鞭の音》《栗の花馬上にのこる決闘や》。「この」「かの」の斡旋も、郁乎の独自境だったかもしれない。《海市この頬杖くゞるおもかげや》《象牙かの高まる滝の反性や》。

『えくとぷらすま』収録の作品を俳句と呼ぶべきかわからない。モダニズムの一行詩に通じるものがあるからだが、郁乎節はやたらかっこいい。ならば、作品ジャンルや範疇も度外視していいだろう。ここからは二作(句)。《遺書にして艶文、王位継承その他なし》《三位一体とは女に向けた遊牧感であらう》。掲出の一つ目は加藤郁乎の「生」そのものへと拡がるうごきがある。

『後方見聞録』『旗の台管見』といった雑文集の類にはいる交友録、書評集は愉しんだが、『江戸の風流人』正・続あたりを皮切りに、郁乎はぐんぐん「江戸の奥処」にわけいってゆく。相手が平賀源内なら読めるが、徐々に書誌もたしかでない風流人へと視界が移ると、読解が遅滞してゆく。しかも作句も排除的に江戸回帰していったとき、例の「目配せ」あるいは「目利き」の問題が現れて、加藤郁乎にふれることが急に重くなった。むろんそれは読むこちらの教養不足がもたらしたものにすぎない。しかしこのあたりの郁乎には、精査してゆくと、「わかった」うえで慄然とする異様句がやはりある。忘れられないのは『微句抄』の巻頭句、《かげろふを二階にはこび女とす》。

江戸回帰した郁乎の句、その勘どころがわからないというのは、くりかえすが読む者の怠慢にすぎないだろう。郁乎はたぶん焦れていた、文弱軽薄のなんと横行することよと。それで砂子屋書房の『加藤郁乎句集』や『俳の山なみ』には自註自解が組み込まれている。かつてなら松山俊太郎が代理したことを自分でやらなくてはならなくなった郁乎。それが凄愴かといえば、じつは彼の自註自解がおもしろいから、また厄介なのだった。
 
 

2012年05月18日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

樹々の女

 
 
【樹々の女】


シミリ―は眼路を橋わたす残酷。あらゆるものが似て、ながめとひかりがおなじとおもうときには、樹々は自らの盲目にみどりを出血している。みあげれば枝もまじわり伸びながら、かたち以上に涯をつくる。ほんとうはシミリ―がそこで発火、類似がこわれているのだ。それでこの山道を畏れる。
 
 

2012年05月17日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)

通り雨

 
 
【通り雨】


訊くと、通り雨がおれの餌だと言った。ひとつところにとどまるなまずならそれも仕方ない。うまれて水中の弔意とよばれたものは水中の敵意となり、とまらない今をうつろいおよぐ。それはしかし遅いふるえだ。むろん水だけが気象でもない、かなたへと追うべきながれの雨は水上をよぎっている。
 
 

2012年05月16日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)

えくりぷす

 
 
【えくりぷす】


こころを灼くため手足を内にくりこんでゆくと、肉塊の悪になってしまう。わらおうともするが、もはや声帯がない。つまり管以下のからだになってしまった。この出口なしが寺だ。けれどもはじまりがおわるのはどうだろう。ぶきみに浮いていたことで、天文の正体だってあばかれる。
 
 

2012年05月15日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)

書記速度

 
 
自分の書きものを「作文」と執筆家人生の当初、自嘲したのは幸田文だったが、むろんその自嘲は父・大露伴を想定してのものであって、語彙や文体の不足を逆手に、幸田文は晩年に近づくにつれて『台所の音』『木』『崩れ』などといった独自境をうちたててもいった。瞠目すべきは、みるみる融通無碍を獲得していって、小説とエッセイの境界を過激に無化していった点だろう。

「作文」とは何か。換言すればそれは、小説の小説性、詩なら詩の詩性をイメージして、その埒内に自らの作成をただ「置こう」とする限定性の謂だろう。蓮實重彦が前田英樹のソシュール論を批判して「イメージのソシュールが描かれているだけで」「ソシュールのイメージが描かれているわけではない」と批判したこと(けれどもこの批判には重大な疑義がある)がふと頭をよぎるが、「イメージの小説」「イメージの詩」ではなく、「小説そのものが小説を思考する」「詩そのものが詩を思考する」ときの「媒質」の位置に、「作者」はいわば無名的な実体として身をしずめなければならない、ということだ。

このときにいわば現代的な自己再帰性の問題が出来する。前回日記で話題にした川上弘美の例でいえば、「作文」というナイーヴな要約で括られてしまうような一節は彼女の小説細部にまったく存在しない。小説の小説性を新規化するために、再帰的に作者が小説空間に参入してゆく。このためにたとえば主人公の属性と文体の相即、といった「人工的な」苦行ももくろまれる。すべてを安閑に・俯瞰的に語りうる、作者の自己位置はそうして剥奪される。「作者」が無謬性を想定されないのと同様、小説ジャンルの既存性も疑われている、ということだ。これはたとえば詩にも映画にも音楽にも類推しうる創作精神だろう。

「書くこと」の自己再帰性は、「書くこと」が「書くこと」に折り込まれていった果ての、表面の「傷」の露呈によって読者からは算定される。川上弘美が信頼できるのは、そうした自己再帰的推敲がいわば「彫琢の鬼」といった重さをもたず、素軽さの印象を終始あたえる点だろう。推敲彫琢の綿密は重さをしぜん分泌してしまうが、川上弘美の「書くこと」は小説的再帰性を内在化させて「そのまま」書くこととしてただ表れているのみという気がする。作家的個性のなかからそうした「習慣」の要素を見抜くこと。つまりは作者の個性的な手元を見抜くこと。そのとき執筆速度がどの程度のものかを、読者は自分にひきつけて想像する。ここからいわば実在性への憧れのようなものが湧き起こってくる。

この作者への想像が、詩の鑑賞の場合にはどう変成するかが、実はここで書きたかったことだ。「書き急いだ詩」では発想力の持続性とヴァリエーションと驚愕が算定されてゆくだろうが、じつはそれはロマン主義時代の「天才」神話のような突飛さの印象をもってしか迎えられない。「飛躍的発想の無限持続」など、すこしも信じてやいないのだ。だから推敲的自己再帰性の「傷」をもたない詩篇など、まともに鑑賞できなくなってしまう。

一方、遅滞感にみちた彫琢詩もまた、その手元の自己再帰性の鈍重をつたえてしまう。ここでは「それほどまでにして詩を書くべきものか」という怖気が生じる。どだい自分の書くものをみずから価値化したいためにそういう所業にいたるのだろうが、そこに透けている功名心こそが忌避の対象となる。いいかえれば功名心の露呈は、想定される書記の「あまりの」速さと「あまりの」遅さ、その双方に分岐的に感覚されるということだ。それはどちらも「適度」を逸しているということなのではないか。

ぼくは詩では意味を読み、音韻を読み、驚愕を読み、文法逸脱を読み、ジャンル更新性を読み、作者身体を読む。同時に書かれているものが書かれているときにもっていた「速度の質」を読む。この速度が人間的な中庸をたもっているときに、初めて胸襟をひらくのだ。たとえば江代充さんは一般には彫琢を繰り返す詩作者だとおもわれているだろう。ところが江代さんはたとえば散歩体験ののち詩発想がやってきたときは、推敲もせず一気書きしてしまうと述懐していた。そこでも推敲が書くことに内在化されているのだ。石原吉郎にいたっては、まずは自分の詩篇を脳裡に想像して、それを確定させ、やおらそれを紙に転記するだけだったという。記憶できる量しか詩を書かないという自己限定も素晴らしい。これらの逸話は、現代的にあるべき詩作速度が、どんな姿をしているかを伝えているとおもうが、いかがだろうか。
 
 

2012年05月13日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

川上弘美・どこから行っても遠い町

 
 
何日か前に読んだ川上弘美『どこから行っても遠い町』(08、新潮社)の「さみしい体感」がいまだに蘇ってくる。からだがしずかに感動していたのだ。短篇連作集。前の短篇に登場した人物が、現下の短篇のどこかに現れ、時空が断続を経由しながらそれでも連関してゆく。読み手は或る「厚さ」を、川上の配備する人物の心情・身体の「薄さ」をプレパラートに透視しながら読むことになる。マンガファンなら浅野いにおをおもうかもしれない。『素晴らしい世界』の話法で、『ひかりのまち』の空間性が踏襲される。ただしその川上の空間は「ふるくうるみ」「もっとさみしい」。

もともと『センセイの鞄』と『真鶴』での川上の文体がまったくちがうのはヒロインがちがうからだ。つまり、小説の三要素、①人物、②物語、③文体、のうち、①と③とを関数化してしまう川上は、実際は小説の「与件」を熾烈な審問にかけていることになる。ところが②が、引力とともに斥力も孕むそうした対立可能性を見事に緩和する。川上的な技術はまさにそこに賭けられていて、成功が導かれた結果、小説の最終要素、④味、までもが付帯する。前衛的なありようがそうとは受けとられないこの川上の技術に何度慰められてきたことだろう。声高でなく小説の小説性が「更新」されているから、読む側の信頼が慰められてきたということだ。小説は終わらない、と。

『どこから行っても遠い町』における諸短篇の形式は、主人公の一人称語り。老若男女の縦横無尽性がそのまま「語り」の身体性へと展開される。語彙分布の調整、若い男の子の一人称語りの場合は、年齢相応の、文章の不恰好さまでがそこに実質化されてゆく。つまり諸短篇にはそのようにして別の文体が貫通されているのだが、それでも共通性類推、反照、綜合化が起こるのはなぜかというと、空間の共通が判明すること以外に、「わたし」「僕」という、いわば無名の代名詞で語りだされた短篇が、他の登場人物から「呼び名」を呼ばれてその場の時空が定位されたり、また先の短篇の人物の「呼び名」が呼ばれて連関が判明する、その構造(法則)が一役買っている。

物の名・人の名。プルーストが無名的な「わたし」をほぼ貫きながら、ほんの数カ所で「わたし」が「マルセル」と呼ばれる場面を召喚したのはなぜかというと、「わたし」という一人称にして非人称が、それでも「物の名」の引力圏にいることをしめしたかったからだろう。このとき「ほんの数カ所」が問題となる。「ほんの数カ所」があってこそ小説が小説となる。なぜなら作者の意識によって堅牢鉄板化しがちな小説空間は、そこに通気坑をあけて、作者の埒外、非知、つまり世界にひらかれる必要があるからだ。小説が設計図ではなく「生き物」(→土本典昭)だという保証は、じつはその亀裂部分から生じる。

諸短篇の細部をここで召喚する時間的余裕はないが、少しだけ。母親との離反と相似にゆれる女子高生を主人公に置いた短篇「夕つかたの水」の「味」の素晴らしさなど忘れられない。「うれしい」をあらわすとき《電信柱の電線を、電気がものすごい勢いで走っていくみたいな感じ》になるひとと自分はちがうとして、母親は娘にこう自己規定する。自分の「うれしい」は《水の中に沈んで〔…〕ゆっくり水をふくんでいって、しみとおっていって、でも最後にはね〔…〕ふくみすぎちゃって、かなしくなるような、そんなふうな感じ》。二項対立は「うれしい」の体感を基盤にそのようにして設定される。このとき読者の誰もが自己査定するのではないか。そして沈思をこととする観想者は、浸潤と沈降と対立融合の運動をしるす母親のほうの体感にかならず加担してしまう。そのことがこの短篇集に魅せられることと同位だ、という点に気づく必要がある。

べつの短篇、「長い夜の紅茶」では、「平均」と「平凡」が二項対立する。何もかも期待通り予想通りに仕事と生活とたとえば着衣をそつなくこなす夫の「平均」はじつは数量化したあとの平均値に現れてくるものだが、そこには実質がない。ところが妻「わたし」の「平凡」は何事にも個性を発揮できないという、いわば「能動的な」不可能性を刻印されていて、そこには肉厚で不透明な、身体的実質がある。こう対立図式をつくられると、夢見がちな読者は自己診断を導くのと付帯させて「平凡」のほうに加担してしまうだろう。ところでこの淡い不透明性をもつ身体、というのは、この短篇が描いた母-娘の系譜、読者そのものであるとともに、「やはり」この短篇集全体の肌触りなのだった。自己再帰性は通常、「詩の問題」なのだが、川上弘美はそれを「小説構造の問題」へと高度に接続する。これは作者の「わたし」が不注意に嵌入してきてしまう小説ともちがうし、作者の「わたし」をコンゲームで明滅させスリルを呼ぶ、一見、構造的な小説ともちがう。いうなれば川上だけが「構造の構造」を小説にしている。

語り手がうごき、時空が飛ぶこの諸短篇の連作性のなかで、言及が最多になることで結局、事後反応のようにひとりの男の人生が中心化される。魚屋の「平蔵」だ。ただしその人生は他人物によって語られるし、しかも悲惨極まりないはずが本人の行動が奇妙に「おかしい」ので、実際に読者にあたえる感覚は「混在的」になる。これが川上『どこから行っても遠い町』の「味」だった。いろいろな色や声がひとに保証される。それはしかし全部混ぜられると「かなしい色や声」になる。いろいろな「近さ」がひとに現前する。しかしそれは物理的-空間認知的な還元を介するとすべてが「遠さ」なのだ。

それにしても連作全体の人物混在性のなかで、混在の最終的な色合いに、燻し銀の渋さと淡彩の悲哀を同時にあたえるのは、いろいろな初老女、老婆が描かれているからだろう。とりわけ板前(こちらが語り手)と十五歳上の仲居(のちおかみ)の、くっついて離れて、やがて老齢、という腐れ縁を描いた「四度めの浪花節」でのおかみ「央子さん」の行動原理のさみしさが忘れがたい。川上弘美は自註にあたる位置で『前略おふくろ様』の罠をしかける。つまりこれは「あの」萩原健一と「あの」八千草薫が交合を繰り返す転位なのだと。だが実質は成瀬巳喜男的なのだった。しかも成瀬巳喜男のディテールの具体性と「どこも一致しない」ような成瀬巳喜男なのだった。そういうのが「味」だ。

ほかにも見事な「老婆」が、連作中、成瀬映画のように出てくる。嫁(こちらが語り手)にやたら凛と接する姑が深夜の時間、嫁に自分のふしだらをあっけらかんともらす前述「長い夜の紅茶」の姑「弥生さん」、たこやきも出す気取らない飲み屋にやとわれている「あけみ」の共約不能な美意識をその写真への空間感覚から暗示してみせた「貝殻のある飾り窓」でのその「あけみ」…そうして最後の短篇で文体が変わる。初めての「ですます調」。読者はそれまでの時空進展を手中に収めていて、最後に語られてくる内容に慄然とする。いや、内容ではない、「誰が」「どの位置から語っているのか」、その「ありえなさ」を予感して慄然とするのだ。とうぜん「思ったとおり」にその語り手が誰だかが判明する。このとき「一致」そのものが「死のようにさみしい」と理解する。このときの体感がずっとのこりつづけたのではなかったか。

映画を観るかわりに、小説を読む。そうした代替体験が正当だったとおもわせてくれる作家は、いまのぼくにはあまり多くない。小説の小説性があまりにも自動化もしくは商品勘定化されてしまったからだ。川上弘美は「小説の臨界」を瞬時、亀裂としてみせることで、小説の小説性、つまりは映画との代替可能性をたもつ。だからぼくにとっての希望なのだった。

最近、もうひとつおもしろい小説を読んだ。没後出版されたマンディアルグの若書き『猫のムトンさま』(98年、ペヨトル工房)。猫を溺愛する老嬢の一生を、マンディアルグ特有のバロックな螺鈿文体で描いた、読みながら時間がずるずる後退もしてゆくような素晴らしい中篇なのだが、こちらでは別の「希望」があった。原文忠実性によって自由を奪われ、水増しとなったはずの小説翻訳(これが海外小説の売行き不振を招いた一因だ)に、彫琢とダンディズムと「文体化」が復活していたのだった。訳者は黒木實、『城の中のイギリス人』の澁澤龍彦訳を継承する、反時代的な「正統異端」だ。
 
 

2012年05月13日 日記 トラックバック(0) コメント(1)

栞文の極北

 
 
橘上が緻密だ。金子鉄夫の初詩集『ちちこわし』での栞文のことだ。

金子の詩集全篇から任意の一行を大量にとりだし、それを撹拌機と増幅器にかけ、にょきにょき出てきたものを一定の抒情にむけ捌いて整序化する。金子が改行進行の脱規則性、膠着と連打力の身体的矛盾撞着によって韜晦していた「感情」がそれで明白になる。これは大した「批評」なのだが、結果がすごい。橘上の「明晰」にたいして、金子のもつ肉厚な「脱明晰」もまた再価値化され、総じては橘と金子の双方が「痛み分け」になるような、絶妙な謙譲的位置がえらばれているのだった。栞文の極北だろう。

昔からおもっていたけど、橘上、頭がよくて、なおかつ倫理的だなあ。そこに膂力への評価もいまくわわった。愛情のなせるわざだろうが、ぼくにはこんな活力がもうない。以前近藤弘文くんの一詩篇(一詩篇だけだ)を全行シャッフルして別詩篇へと再構成したときも、からだは、ぜえぜえいっていた。

金子鉄夫の詩集を読む、その総括と別方向への生産的拡散として橘上の栞文をさらに読む。『ちちこわし』の体験はぜひともこの2セットを経なければいけない。

それにしても金子が指が滑ったように書いた現実への陥穽、「J子」の四つのうち二つまでを、橘上は、連発とはいわないまでも絶妙な場所に置く。「J子」ってほぼ「ジュン子」だろうと告発するように。まあ「ジツ子」などという名も以前はあったのだが。

最後に、橘上が引用しなかった金子のフレーズをいくつか連打でぼくなりに引き出し、金子の「意外に(窪田般弥な?)近代詩ぶり」をあきらかにしておこう。

烏賊を脱ぐ
烏賊を脱いで
どんどんおれは発汗し
あたらしい生物になってゆく
ズブズブ深い、この町の闇に
まずは四方に四肢を散らして
分裂しよう、そうしよう
刃物を所持した裸体は消えて
愛せないものだけが泡立って
ケムリのない地区
脊柱だけになって喋っている
 
 

2012年05月12日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

ただの心

 
 
【ただの心】


こよりに似たものを配るひとがいて、この朝の底がうるむ。これは総をおもうことだろうか。もどってみて、あさげのまえの湯につかり、きのうまでの花序をとかす。ただの心になってしまう。ない窓に眼をやれば、ポプラとは総称、そこに個別がない。おもかげをつなげて、じきに綿毛もとぶ。
 
 

2012年05月12日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)

川田絢音讃

 
 
次々回の北大「女性詩」講義のため(これまでは新川和江-牟礼慶子-富岡多恵子の流れ)、大好きな川田絢音の詩集を再読、配布プリントにふさわしい詩篇を、転記打ちしていった。これが至福の時間となった。

序数つきで短詩をおさめつづけた処女詩集『空の時間』は、空や鳥や暁にかかわる透明な思弁性を貫いているが(たとえば【59】、《夢の中でのように/凶暴に/ひばりのいない空にひばりを見る》)、いくら減速機がつつましく装填されているとはいえ、「68年」の時代気分におもたく拘束される一面があったとおもう。モダニズムの余映もある。

川田絢音が川田絢音に「なった」のは彼女がイタリアに移り、べつの詩法を獲得してからだ。散文脈だが、修辞と心情を容赦なく削り、「見たもの」と関係性のみをしるしてゆく。時制や場所が飛んでも、「了解」はぎりぎりでつなぎとめられる。このとき一行一行の変転がほとんど映画のカッティングのようになって寡黙にロマン化される。疎外されたヒロインのいる劇。真偽のつかめないラヴ・アフェアの暗示。最少のことばで視像をつむぎながら、書かれていない余白に、読者は「ヒロイン」の欲望の倦怠を感じて、全身を刺青されることになる。

異国中の他者であること。わかりやすい例でいえばそこでデュラスと川田は係累だろうが、反復する声の木霊によってデュラスがナルシスへのエーコーになったのにたいし、川田はことばを消すことによってあらゆる関係の「欄外」でエーコーの無言となる。時間的なデュラスにたいし空間的な川田。ところが時間と空間の合流する特権的な場所というものもあって、それで川が絢音詩には幾度となく、音のしずかな絢爛をともなって召喚される。「川」田「絢」「音」――その名のとおりの詩をつむぎつづけている、といえるかもしれない。

男性で絢音詩を好きだと表明している者を数人知っているが、どこかでタイプの同一を感じる。ロマンスごのみで、女性詩の男性化に怖気づき、同時に女性のあやつる文脈切断の刃が自分の身すら斬ることを夢み、しかも女声の寡黙を水にむかう畔で遠望する者たちだ。川田絢音が「痛ましさ」によって強者となるとき、みずから武器として痛ましさをもてない恥しい対蹠者の群れだ。その者たちは川や湖の対岸から川田絢音を読む。そうして風光にきえてゆく彼女のからだ、そのとおい雫を、不可能な対象として欲望してゆく。欲望を先行させているのは川田だが、対照的に後置されてゆく欲望は、澱、そうでなければ「層」をつくりだし、男たちはそれに囚われてゆく。

転記打ちしたものから一篇のみ、全篇引用――

【日誌】
(『朝のカフェ』〔86〕より)

ホテルの入口に
骨の無いような女がいて
二足の靴をつまんで奥に持っていった
黒いレースが腐ったように垂れた部屋にはいると
仮名文字の染められたゆかたが置かれ
文字は窒息している

いつか
海岸に
丸い白い石がじっと無関心に触れあって
波があたりを刈りこんでいた
犬の頭くらいの石を拾って 鞄に入れ
べつの街で
棄てた

八月十日
琵琶湖で
男とホテルに泊まる



詩的主体が「見たもの」「したこと」が簡潔な日誌文体を模して綴られる。素っ気ないのかといえば「見たものの(不気味な)具体性」「したことの(不気味な)無為」がそれを救抜し、その流れで三聯が来て、「脅威」が定着される。男性読者の通常は、このことによって琵琶湖の対岸から、みえるようなみえないような詩の主体を遠望するのではないか(マチズモをもたなければ詩中の男に自己を代入させることなどできない)。

では女性読者はどうか。詩の主体に「沿う」ようにして詩に入ってゆけるのは彼女たちが水性だからで、結果彼女たちは詩中のディテールに刻々変貌してゆく。「骨の無い女」に、「二足の靴」に、「腐ったような黒レース」に、「部屋」に、「ゆかた」「仮名文字」「窒息」に、さらには「海岸」「石」「べつの街」「廃棄」に――。絢音詩がドゥルーズ的な「生成=なること」を連接している点に留意しなければならない。

通常、「散文の達人」は詩作に不向きだという認識がぼくにはある。吃音や強勢や饒舌や描写的内破など、散文にあらわれる病性のほうが、詩作に転化するための近道となるのではないか。ところが川田絢音のように、自己切断によって達人化する文章書きには、詩と散文の区別など無用で、あるのは改行形か非改行形かという、形式の相違だけとなる。授業では扱わないが、散文形で書かれたものも、川田のばあいしずかにひたひた迫ってくる。もともとぼくは「夢の記述」は読まない、という自己原則を設けているが、だから川田絢音だけは別だ。91年の『空中楼閣 夢のノート』から、短いものを二篇引こう。そこにぼくのかんがえる「散文」の理想が体現されているので。

《【余ってしまう気持】――プールで泳いでいると、泳ぎながら余ってしまう気持が、海草か切り紙のように微妙な色彩を帯びて息づき、躯のまわりに浮きあがってくる。》

《【二枚の布】――「こねて混ぜあわせるように」と指示されてやってみるのだが、よく見るとそれは薄い二枚の布で、とても混じりあわず難しい。》

川田絢音を読むと、「散文が下手なゆえに詩の下手な現在」がしずかに告発されているような気もする。そういえばありようはちがうが、辻征夫だって「散文の達人」だった。

ちなみにいうと、ぼくがもっとも愛読している絢音詩集は『雲南』(03)かな。旅行詠が基本的に苦手なのだから、例外的というべきだろう。中国の景物それ自体に惹かれるほかに、ことばがふかい領域をさまよって、くるしさのひかりがある。この詩集は「現代詩文庫」シリーズ中最も「満載」感のある『川田絢音詩集』には入っていない(収録後の刊行なので)。
 
 

2012年05月11日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

こっちだ

 
 
【こっちだ】


潮干狩りの日、ものしずかな浚渫機になった群れのわきで、ほそい銀線のあゆみを編んでゆく。実態ではないが、浅蜊のにおいならこっちだ。浅瀬そのものが、蜊、蜊、蜊と泣き、その声と和してついににぎらない、てのひらのばけものならこっちだ。手は浅蜊の盲目を潮へながしてゆく、みとられることなく。
 
 

2012年05月11日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)

花汚

 
 
【花汚】


のこり一割というところで、おわりからしのびよる開放にそめられ、自分が九割がた、花人となったおぼえがうまれる。いつも現下とは足して十割、その刻々で相反がわかれゆくのみだ。白木蓮ににじみだすよごれもまたあかるいものだが、書く顔をふと中断すれば、この花の汚に眼がつつまれてとくに無理数化してゆく。
 
 

2012年05月10日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)

飛形

 
 
【飛形】


ときをつうじて複雑な美はくずれ、ならぶ平屋にはただ飛形がのこる。おおどかに地上が飛びさればいい。たいらな世のうつくしさは、そんな祈念を負う。佳日、物音とともに人らもつれだつ。こうして人を載せ、通りが持ち前の飛形をきわだててゆく。さきには藍のゆうべが高くひろがって。
 
 

2012年05月10日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)

五月

 
 
【五月】


すべてみえるものは光速を発しているが、かたちそのものは影とむすんだ、位置の占拠にすぎない。さらにみれば排中律が、季節がら若葉色を得たそのひとをすずしく建てている。そんなひとの上衣をとり両眼のような乳をとおくにすると、非形はさらにまぶしさをおび肌をめぐっている。
 
 

2012年05月09日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)

詩の朗読について

 
 
廿楽順治さんがH氏賞受賞の余波からか「朗読」をしいられていて、その難関にあの手この手で(つまり四苦八苦で)どう対処しようか、ドタバタしているミクシィ日記に微笑んでしまった。いわば朗読に向かない詩を書いてきた「現代人」のツケが彼にもまわってきたわけだが、とうぜんぼく自身だってこれを他山の石と達観する場所になどいない。おなじ難関はいずれ自分にも訪れるかもしれない。

最近、詩とは何かという原理的問題をかんがえている自分とよく出会う。短い散文詩型(改行形ではないからとくに詩の「保証」ができにくい)を綴りながら、それが散文ではなく詩として発露するための「要因」をそのまま詩にしているような感慨すらある。

「朗読」を基準にすれば、詩は歌ものの歌詞と同様に、メトニミーの組成を露わにする。フレーズ(=全体にたいする「部分」)の刻々の変転が(たとえば行単位の時間的隣接関係で)享受者の耳朶を打つ時間芸術的要素に、さらに可聴性が相俟って、それでたとえば「朗読」提供の条件もできあがる(この後に出てくるのは廿楽さんがやんわり示唆したように「声」の問題だろう)。

むろん「視読」による一挙通覧性と内的音韻効果、それに可聴性から可読性への領域拡大によって、詩の作用域が心的に拡大してきたのは歴史的事実だ。ただし原理的な「朗読回帰」主唱ではなく、「現代詩病」からの詩の方向転換に、「朗読」を再定位する必要もかんじる。これを具体的にいえばこうなる――音韻と、伝達時間上の意味加算性、それに加うるにもしかするとリトルネロ(ルフランの反復)こそが、「散文」とはちがう詩の成立与件だという歴史的絶対条件は、詩が詩である以上、変更不能なのではないか。

ぼく自身も廿楽さんとは異なる場所で四苦八苦している。詩の成立要件、あるいはその組成の解読条件としてメタファーではなくメトニミーを置くべきだというのは現在の自分のいわば学術的規定になっているが、それだけでは詩の現在性にたいして何か足りず、対抗要件(補足要件)をかんがえる必要があった――こうして行き当たったのが「自己再帰性」だった。

詩はたぶん、「書くこと」を「書くこと」に向けて再帰的に折り返す、しずかな瞑想性を生きていて、この痕跡を詩は、たとえば小説や論文とはちがい、自己否定的な推敲の痕としてその進行に刻印しているのではないか。換言しよう――たぶん詩に特有なのは、推敲が加算の型ではなく、たえず抹消の型で現れ、そこに生じた欠性によって、表現されているものの規定力を脱対象的にする「余白」生産力が、メタファー効果ではなく、フレーズの「それ自体」として賭けられている、そうした奇観なのではないか。

つまり詩的推敲は、減算であり自己述懐の不能であり、書面上は「傷」としてしか感知されない、或る痛ましさにかならず逢着させる、ということ。こう書いて詩のこの与件が「朗読」に向かないことが、現在の詩的表現者をとりまく問題になっているともわかる。現在の詩作にまつわる「真摯さ」を最大限にみつもると、かならずこうした矛盾撞着が明白化するだろう。となるとありうべき「朗読」にはむしろ、音読/視読間の矛盾を縫合する決着ではなく、さらにそれを内破する過激さこそが要求されている――そんな気にもなる。失敗する朗読こそが真摯なのだ。

朗読は詩的主体を朗読の場で定位する。じつはその簡単な事実が、無名性獲得に指針を置いてきた詩の作者には納得できないはずだ。たとえば「自己再帰性」を遥かで不可能な「こだま」にした高木敏次さんの以下の詩句を、高木さん自身がたとえばおおやけの場で朗読したとしたら、それは書かれていることの拡がりを作者自身が否定することになってしまうのではないか――《もしも/遠くから/私がやってきたら/すこしは/真似ることができるだろうか》(『傍らの男』所収「帰り道」)。むろん正当な自己再帰性は「自分が自分を語ることは論理的には自己抹消に近づく」徹底性につうじている。繰り返すが、この直観は自己定位が条件となる朗読と離反するものだ。

廿楽さんの詩は、ところがたとえば「商店街」に代表される空間的/時間的複数性(共有誘導性)がある。となると、廿楽詩は、廿楽さん個人の朗誦ではなく、会場全員で朗誦をおこなえば、共有されるのではないか。どだい詩作者ひとりにその詩を書いた「責任」を負わせようとする朗読イベントそのものが傲慢なのだ。同席者による同時朗誦――みなで読み、みなで欠性を生きる――この一点にこそ、朗読に直面する廿楽詩が危機を脱出する方途があるとおもった。このとき詩作者固有の詩発想の「速度」は、朗誦の起点である詩作者から確実に伝達されるはずだ。
 
 

2012年05月08日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

からだのすきま

 
 
【からだのすきま】


ねむることで得たものがあるでしょう、それをおもいだせ、といわれた。みんな帽子をかぶったまま寝ていたそのころは、きのこのように日々が雨だった。この世の菌床栽培の、まかふしぎ。からだにのこる、けむっている部分を胞子にして、起きたらすべてを見回した。はいりこむ空気のふかしぎ。
 
 

2012年05月08日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)

 
 
【傘】


手からなみだをながすひとがいて、その手が樹の若い芽をおおう。このとき雨は、その芽へではなくおおうひとのなかへこそふる。ものとものとのあいだにそんなあかしがあるなら、そこに色の反映がまざることも外のなりゆきなのか。おおうひとはしかし秘密をつうじ、点からはなれてゆく。
 
 

2012年05月07日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)

「自」

 
 
「現代詩手帖」5月号、吉本隆明追悼特集を読了。山嵜高裕さんの『マチウ書詩論』考察など水際立っていたけれど、橋爪大三郎+瀬尾育生(ふたりは東大でおなじクラスだったという)+水無田気流の鼎談がいろいろ興味ぶかい吉本的な問題系を露出させていた。

瀬尾さんはキーワードとして「開口部」ということばを何回かつかっているのだけど、これは『言語美』で展開された「自己表出」が「口腔の分節化」を皮切りにした『母型論』へとむかってゆく吉本思考の特異なながれを集約しているだろう。世界にひらいた身体的な「穴」がそのまま表出の根拠になる、として、吉本的な直観のすばらしさは、自身の欠性が、世界内対象からの「発語」をそのまま促進する、表出の逆説相を感知した点にあった。だから自己表出は指示表出と次元が異なる。それらはけっして「対」概念とならない。そのようにすすむべき論旨が、ハイデガー考察やネット考察の混入で不当に混濁してしまったようにぼくにはおもえた。

ぼくのかんがえではこの自己表出の「自」に、親鸞的な「自然(じねん)」(そのままそうなってゆくもの――これは肯定概念)、「自力」(これは仏からの「他力」とちがって否定概念)、それぞれの色彩がはいっていったのが晩年期の吉本ではないだろうか。そうでなければ、かつて賞賛した修辞的現在の多様性を、『日本語のゆくえ』で自然と神話の欠如、「無」と切り捨ててしまった、吉本の矛盾にみちた進展が解明できない。

吉本を「無教会派の司祭」とする橋爪は、吉本についてこう要約する。羊飼(エリート)のポジションをとらない。羊の群(「大衆の原像」?)のポジションもじつはとらない。群の趨勢とは反対側へ走ってゆく一匹の警鐘の羊こそが吉本だったと。じつはこれが親鸞的な「還相」の言い換えだと気づいた。

中公バックス『日本の名著・親鸞』から、親鸞『教行信証』における「還相〔げんそう〕」の定義(その現代語訳)を引こう。《還相とは、かの国〔※安楽浄土〕に生まれてから、心の乱れを払った精神の統一と、正しい智慧をはたらかせた対象の観察と、さらに巧みな手だてを講ずる力とを完成させ、ふたたび生死の迷いの密林に立ちもどって、ともにさとりに向かわせられることである》。悟達は親鸞においては安楽浄土に行きつく往路と、そこからの俗世への還路、その二重構造になっていて、行動性はむしろ還路のほうに宿るのだった。掲出中の「ともに」の用語にも注意が要るだろう。

この往還の行程に「知」から「非知」への様相変化がともなわなければならないとしたのが、吉本『最後の親鸞』の、戦慄的な直観部分だった。還路とは非知へのむごい旅出なのだ。実物をとりだして確認していないのだが、そうした還路で行動者は衰弱・縮減し、乞食化をもしいられると吉本はしていたはずで、そこにとりわけ感動したおぼえがある。つまり羊の逆走は認識的でありながら、自己衰弱化をともなう。このとき「自力」でひらいてゆく認識に、いわば恩寵としての衰弱=「自然」が付帯して、吉本的な「自」の問題は「相殺の無」へと壮大に昇華されてゆくのではないか(この視点からのみ彼の初期詩篇が再検証される意義が生ずるかもしれない)。

「安楽浄土」を、それ自体は変革力をもっていなかったポストモダン思考の繚乱としても、吉本自身がそのなかで余裕をもってふるまおうとした消費社会の理由なき爛熟ととってもいいだろう。ただそうした安楽性がピークに達しおわったとき、その後には還相的な、衰滅を内実にした世界認識があるしかない。だからバブル崩壊の下り坂のなかで、急激に吉本思考のリアリティがますようにぼくには映ったのだった。そうした吉本の位相変化に届こうとしている論文も、「詩手帖」五月号にはいくつかあった。

ただし「還相」は、物質的縮減ととうぜん相即している。そうなるとそれは、吉本が擁護しつづけた原発とは抵触する。この衝突を衝突のままにして彼は逝った。吉本はけっきょく巨大な矛盾、「自」でありつづけたのだった。
 
 

2012年05月03日 日記 トラックバック(0) コメント(1)