ENGINE EYE 阿部嘉昭のブログ

ザ・トライブ

 
 
【ミロスラヴ・スラボシュビツキー監督『ザ・トライブ』】
 
去年のカンヌ映画祭で批評家を、その独創的な映画文法で驚愕させたウクライナ映画『ザ・トライブ』に心底、戦慄してしまった。形式に前例のない暴力映画といえる。わずかに、かたちはちがうがこれまた独創的だったガス・ヴァン・サント監督『エレファント』を想起したくらいだ。高校生を主軸に、一国家の腐敗を鷲掴みにする握力がたがいに似ているのだ。
 
全篇、聾唖者しか登場しない。したがって科白発声がない。手話は画面のうえで人物からしるされるが、多くは複数人数が画面に収まり、同時多発的に手話が繰り出されるので、ひとつの手話を中心化して翻訳する手話字幕が機能できるわけでもない。結果、全篇は日本版でもどこでも字幕なしの上映となり、手話が慌ただしい仕種のみへと減殺された「ことばのない世界」が衝撃的に現出することになる。
 
冒頭、バスに乗ろうとしている少年が、クルマのゆきかう四車線越し、簡易なバス停ちかくにとらえられる。幌で二台分を連結された、日本では見たことのない長い車体のバスがやってくる。画面はロングのフィックス。長回し。フレームにインするものとアウトしてゆくものの交錯が、ぶっきらぼうにとらえられる。少年がバスに乗車したのちも、赤ん坊を連れた、別の行き先の主婦がバス乗車するまでが、(のちに判明するが)「物語」に無関係にそのまま画面へ把捉される。もちろんクルマの走行音など現実音はそのまま画面の音声トラックにおさめられている。
 
この映画のスタンスがわかる。世界はうごきで構成されている。音で構成されているわけではないと。少年が建てられてのち経年劣化した建物にやってくる。入館したいのだが、窓越しにみえる掃除婦は入口として横方向を指さす。その指示どおりに画面手前の少年がフレームアウトすると、カメラはガラス窓越しに建物の内部をみつめだす。一階エントランス。画面内フレームのむこうでは、手持ち楽器をちいさく鳴らしながら、学齢期の子どもたちの卒業式とおぼしきものが挙行されている。
 
式のすべてが終わり、縦構図は校庭から校舎へともどってくる子どもたちのながれを、うごかないままに記述しだす。校長、教師たち、さらには挨拶し、花を手渡す子どもたち。そこでのひっきりなしのコミュニケーションがすべて手話でなされることから、そこが地域に立脚した大規模な聾唖学校だと見当がついてゆく。さらにそれらうごきがすべてしるされたのち、やってきたあの少年が縦構図でとらえられた画面の最もロング位置、校庭の一角まで迂回して、ようやく校舎の敷地にはいりこめたと判明してゆく。少年は転校生なのだろう。
 
注意しよう。場所、関係性、動機、物語展開などは、字幕という文字情報が一切ないなかでは、「見たもの」を帰納し、さらに演繹するこの二重性により、かならず遅延の体系として成立するしかない。冒頭ふたつのシチュエーションは、このことを端的にしめす。物語に属する領域、その因果性の了解は、むろん言語表象が存在しないのだから不全になる。関係性の予想が、普遍的な図式と照応され、ぼんやりとわかるだけだ。もともと詳しい審級の了解を映画じたいがもとめていない。「うごき」、それの基盤となる多数の身体を、みえるままに画面の瞬間瞬間で把捉せよ、というように、映画はただ「見えるもの」を自己展開させる。
 
校長室での転校手続き。授業中の教室に呼ばれての、教師による、とても説明的にはみえない転校説明。地図をひろげて、手話のやりとりでなされる静謐そのままの社会科授業。授業時間終了はサイレンやチャイムではなく、黒板上の照明器具が点滅することでしめされる。やたらに広大な学生食堂。まだ孤立無援の、定食をトレイにとった転校生の少年が、席をテーブル群の端にみいだす。坐ると正面にいるのが、ややダウン症めいた風貌の同級生。そいつに食べ物を奪われてしまう。それら変転もまた、音のないままに連続してゆくだけだ。
 
画面文法の基礎としては、フィックス=固定ショット以外に、人物のうごきをひたすら追いつづける前進移動もある。後退移動はない。つまり画面は静かに立ちすくんで人間によってなされる世界内の分子運動を受動的、もっといえば茫然とみつめるか、人物のうごきに遅れまいとそれを追わされるだけで、カメラのうごきによって人物のうごきを使嗾するような錯視をみちびくことがない。世界はカメラにたいし先験している――その鉄則だけがまもられるとすれば、暴力をえがく映画なのに、立脚が謙虚きわまりないという、いわば二重性のようなものがこの映画に透明に浸透していると了解されてくる。
 
ダウン症めいた風貌の同級生に食べ物をとられたのち、転校してきた少年は、見た目に不良グループとわかる少年たちに、食事に一切手をつけないまま連れだされる。校舎裏での強制的な持ち物検査。喫煙。やがて校舎内に画面が移ると、廊下を挟んで相部屋が並ぶ建物構造があらわになって、そこが全寮制寄宿舎だとわかってくる。相部屋のベッドのどれに眠るかで更新される学内ヒエラルキー。ひとつの扉があけられると裸身の女子生徒が着衣の女子生徒とともに捉えられるが、カメラにからだをみられたことの抗議があまり出ない。学校全体が「悪」にわだかまり、荒廃の臭気を発し、希望なき状態にあるとわかる。
 
「希望性の欠如」はなにから出来しているのか。まずは聾唖という身体上のハンディキャップからだろう。だがそれよりも領域のひろい荒廃がおおいつくしていると映画が進展するにしたがって判明してゆく。不況。汚職。売春。麻薬。あっけない死。堕胎。労働疎外。低賃金。暴力連鎖、報復連鎖。こののちあたえられてゆくシチュエーションはこれらどれかのなかに位置づけられることになる。
 
さて、文字指標のない「この世界」の具体的な場所とはどこなのだろう。ロシア文字が字幕説明なしで表象されればそこが旧ソ連圏のひとつだとはわかる。降雪のある土地。純粋に映画のみを観る一回的体験では、エンドロールの終わりに「ウクライナ」の文字がみえるだけだ。転校してきた主人公の名前だって明示的に発声・字幕処理化されないから、それが「セルゲイ」とわかるのもエンドロールのうえだし、彼が恋することになる同級生少女の名前「アナ」も同様だ。この映画では固有名はすべて潜勢の域にしずんでいる。それを寓話性への配慮といっていいかもしれない。
 
校庭隅の倉庫めいた場所のまえで、転校生の少年(以下、面倒なので、指標がないのを承知で「セルゲイ」と表記する)が通過儀礼に遭う。日本式にいえば「根性試し」だ。殴り合いが強制される。発声の一切ない静謐のなかで、ゴツッ、ゴツッとこぶしがからだにあたる物理的な音だけが響く。周囲を生徒たちが取り囲んで、複数の手話を多方向に交錯させて「評定」がおこなわれている。
 
現実音があるといっても発声がないのだから、映画の表情はサイレント映画と共通するとおもわれるかもしれない。それがあるとするなら、うごきに間合いがとられず、連続的に展開することで、時間進展に遅滞のない点があげられるだろう。あるべきものが提示されると、それがうごきの連続によって「無駄なく」進む。容赦のないほどだ。そこではうごき本来の夢幻性が漏出される。
 
映画が荒廃の蠱惑を真に発揮するのは、深夜、運転手が睡眠をとる長距離トラックの駐車基地が現出するあたりからだ。扉をあけられ裸身をさらされた前述女子学生と着衣の女子学生のふたりが、ワゴン車に乗り、後部座席で、街娼用の衣裳と化粧に鞍替えしてゆく。ひとりの男子学生がいわば黒服のポン引きの役割となり、女子学生ふたりをひきつれ、蝟集しているトラック群の隙間を練り歩く。彼らをはこんできたクルマからのヘッドライトの投射により、暗闇におんなふたりのミニスカートによって露出された若い脚が強調される。ポン引き役がトラック群のフロントガラスを次々にノックし、就寝中の運転手たちから「需要」を喚起する。筆談による値段交渉。交渉が成立すると、女子学生がそれぞれの場所(トラックの助手席)にはいりこんで、たいした前戯もなしに性交を開始する(それはのちの同一シチュエーションでわかる)。
 
ここでも駆使されるのは、人物たちのうごきを後追いする切れ目なしの前進移動だ。こういうショットが『エレファント』との類縁をもしるしづけてゆくのだが、暗闇にうかびあがる娼婦の夢幻性ならたとえばニール・ジョーダン『モナリザ』などを、トラック運転手へのからだの提供ならば、廣木隆一『ヴァイブレータ』などもおもいだしてしまう。
 
やがて転校生を中心にしながら、それでも学生世代の聾唖者の「群像」、その荒廃をえがいてきたこの映画は、人物の中心化をむかえ、物語とよべるものを滑走させることになる。序破急の呼吸が生じはじめ、音のない世界特有の催眠性が、事態の急迫にたいする覚醒にとってかわられる。物語作法ということでいえば、「起承転結」は構築的で、じつはそこに人工性を嗅がせる。とつぜん終幕に向けて叙述がエンジンをふかす序破急こそが、語りにリアルをあたえると確認すべきかもしれない。
 
ポン引き役の男子学生があっさりトラックにより轢死する(その描写のぶっきらぼうさは、その信じられなさがかえって現実的だといえる)。代役をセルゲイが担うことになり、売春する女子学生のうちのアナとのあいだに、「解消されず」「昇天しない」ラヴストーリーの骨格ができあがるのだ。セルゲイ役の少年がメドベージェフ・タイプの風貌なのにたいし、アナ役の少女が、おんなながらにプーチン・タイプの風貌なのは、なにか意図があるのだろうか。
 
セルゲイがアナにたいし恋に落ちた具体的な瞬間は画面進展のなかに特定することができる。トラック運転手への売春交渉が成立したアナが、車内ライトをつけられているなかで、後背位で運転手に突かれ、フロントガラスにへばりついて「音のない」歓声をあげているすがたを、もうひとりの女子学生を斡旋したわずかののちに、セルゲイが「見た」ときだ。いわば共苦のようなものが作動した。わたしたちはなぜこんな苦界にいたままになっているのか。その共同認識が、アナの実在性によって灯されたとき、その認識がわかちがたく恋に変貌したということ。これが心情の純粋性を裏打ちする。
 
娼婦商売の掟を破り、トラック基地の脇、倉庫めいた建物の内部で、セルゲイとアナは初交合する。最初キスを迫るセルゲイに、アナは応じない。たぶん手話で熱烈な恋情告白がセルゲイからあったのだろうが、アナは決まりどおりのフェラチオでセルゲイの欲望を処理しようとする。それが次第に体位変化をともなう白熱した性交に発展してしまう。ぼかしがはいっているのでわからないが、実際に挿入されていた気配がある。オール素人の実際の聾唖者が画面に狩りだされている作品の結構から、そのように予想するのだ。
 
観客のだれも登場人物の声を聴くことはないはずなのに、じつはアナだけには声の発露という特権がゆるされている。言語化されず、脱分節性をしめしているだけとはいえ、そのよがり声=喘ぎを画面にひびかすのだ。アナはのち、麻酔なしの乱暴な掻爬手術での痛みに嗚咽する叫びも、聴く者をゆううつにさせずにはおかない強度で、画面進展に刻印してしまう。
 
商品としての女子学生を、ポン引き役の男子学生が我有化するのは、悪の世界ではたえず掟破りにちがいない。俄かにセルゲイのいる周囲に緊張の気配が兆しはじめる。アナは妊娠してしまった。相手がセルゲイか客かはわからない。トイレで検査薬をつかい、妊娠の判明した彼女は、やがて組織(トライブ)の手配により、集合住宅の一角、その風呂場で前言したような痛ましい掻爬手術を強要されることになる。下半身が裸体のまま両脚がふといゴム紐で固定されて持ち上げられた横からの位置でとらえられるアナ。子宮内部が文字どおりに「掻きだされ」、嗚咽とも悲鳴ともつかぬ叫びをアナは抑えることができない。このときの施術者の中年女も聾唖者で、やりとりはすべて手話でなされていた。聾唖者が正規の産科医になることはありえないだろうから、この女は聾唖学校のOGで、後天的に掻爬技術を取得した、俗にいう闇医者だろうと見当がつく。
 
アナやその同室者の熾烈な売春の動機が想像裡ながら判明するのは、とつぜんイタリア大使館の入口まえの歩道に、さまざまな年齢の人びとがならび、そのなかにアナと同室者、さらには書類手続きのために労をとっているセルゲイのすがたが横移動してゆくロングショット全体でしめされるときだろう。イタリアへのパスポート取得の「代金」のため、彼女たちはおそらく学校内の元締の中間搾取にあえぎながらも売春行為に堕ちていたのだ。「類推的に」このことがわかる。パスポート取得には硬直した外交組織への賄賂が要るのかもしれない。ともあれ売春少女たちの夢は、閉塞する世界から陽光の世界への脱出だったはずだ。
 
作品は終幕ちかくの「急」の部分で、惨劇のめまぐるしい連鎖になる。セルゲイとアナがどのように将来を提案しあったかはわからない。蓋然性から解釈すれば、聾唖学校から脱出するためのカネは自分が捻出する、だから妊娠の危険のともなう売春行為から抜けろ、一緒にここを出よう、とセルゲイが提案し、それにたいしアナが懐疑的な言明をしたにちがいない。ふたりの仲には脆くも暗色がたちこめる。
 
希望と欲動を相手にじかに封印されてしまったセルゲイが、相部屋で就寝中のアナをレイプまがいに手籠めにするシーンがある。部屋に侵入したのに、同室の女子学生は気づかずに就眠をつづけている。あるいはレイプの実際に変化したときにも、アナがたてる悲鳴や安ベッドのはげしい軋みにも気づいて起きるようすがまったくない。理由は知れている。「耳が聴こえない」からだ。これがいわば、終幕ちかくの惨劇の連鎖、その伏線となる。
 
ネタばれになるので、作品の終わりの帰趨はしるさない。セルゲイはひとつの通過体、それもみてはならぬ通過体だとのみ、暗示的にしるしておこう。それでも「通過」は希望にのみゆるされる運動なのではないか。
 
以下、焦点化――。振り上げられたベッド脇のサイドワゴンによって、就寝者の頭蓋骨が次々に破砕される運動が持続するのは、それが「音のない世界」だからだとはいえる。ところが登場人物には音が現象しないが、観客はいわば「その場」に証言者としてひきずりだされて、「音を聴いている」。鈍い物理的な音が、黒沢清のぶっきらぼうな暴力シーン同様に、しかもこちらは連続音としてつづく。静謐の前段があるからひとつひとつ現象する暴力音が初回的なのが悩ましい。しかもこの作品の長回しの法則によってカットが割られていないのだから、就寝者の頭部から血が流れだす連続性が生理的な恐怖を増幅してゆくままになる。ほんとうに怖いのだ。
 
暴力は粉飾なし、カット効果なしの「丸ごと」でとらえられて、なにか理知の産物から、理知いがいの動物性へと不気味に回帰する。その表象の中心が「音」で、それは証言者の場所に立たされた観客だけに作用している。意味的に孤立する音が、観客の集団性を個別に孤立させる。ひとつの脳裡ごとに音の暴力がごつごつ鳴りひびく。息をのみこんで、そのまま窒息へと導かれる臨場感さえある。とはいえ、わたしたちはどの審級の真理にむけて「臨場」しているのか。そこでこの映画を観ている体験そのものが内在・遡行的にとらえかえされることになるだろう。
 
凶行連鎖のまえ、図工教科があって、そこで男子生徒たちが、設計図どおりに木槌をつくらされている局面がある。セルゲイのつくった木槌は精確で及第点を得る。まさにその木槌で、図工教師への凶行がおこなわれる。その図工教師はじつは売春組織の根幹のひとりだった。つまり生徒のみならず教師がらみで腐敗がかためられていた。セルゲイはその教師のアジトともいえる図工教材室に木槌殴打ののち侵入し、金銭を荒々しく物色する。そのなかにビニール袋詰めの白い粉を数々発見する。覚醒剤だとおもうが、なにしろ科白内容が明示されないので確証はない。ともあれその戦利品をもとに、セルゲイはアナの寝る相部屋へと、真夜中に侵入したのだった。
 
監督はこれが長篇第一作のミロスラヴ・スラボシュビツキー。この作劇で製作が合意をみるとした見透しまでふくめ才気は疑いない。むろんゆるぎなく、たくらまない視覚性だけで映画の意味がつたわるという、映画への信義もうつくしい。しかも作品はウクライナの全土的な腐敗を、寓話的に圧縮していて、それが作品の公然化の動因ともなっているはずだ。衝撃作、という形容は、こうした全体からもたらされる。
 
5月30日、札幌シアターキノにて初日鑑賞。土曜午前の時間帯にもかかわらず、中年以上の観客が多くつめかけ、なかには聾唖者グループと判明するひとたちもいた。池澤夏樹さんがちかくに坐り、端正な姿勢で鑑賞していた。
 
 

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2015年05月31日 日記 トラックバック(0) コメント(1)

近藤久也について 1

 
 
【近藤久也について 1】
 
初期アガンベンがその詩学=言語学で換喩とともに強調したのが、シフターだった。「こそあど」ことば、あるいは一人称からはじまり三人称におわる代名詞としてつうじょう理解されているそれは、文の連鎖(位置関係/継起)を関係づけ、展開させる因子や触媒となる。ぎゃくにいうと、シフターがなければ文は生起ごとに新規化する苛烈さをおびざるをえない。その意味でシフターは了解にむけて進展を緩和させる、送り手/受け手間の架橋でもある。たとえば「あの」と名詞に冠がつけば、とおさにたいし送り手/受け手が一瞬にして共同化する魔法まで生じる。
 
シフターがなく、たとえば空間内の了解性がたえずきびしい審問に付されるのが江代充の詩だとすると、近藤久也の一部の詩では、無媒介に語りがはじまり、語調のやわらかさにはんして了解が遅延する定則がある。これはシフターのあるべき位置が抹消され、シフターの出るべき衝動が一種の倦怠感により減殺されているためだ。詩行の連鎖はたしかにその瞬間にそれ自体でありながら、数行後に「読後了解」も生じてくる、いわば「是正のひかり」を反復させる。それだけではない。詩行は隣接をのばすように進展するというより、まえの部分をうしろが併呑してゆく、「入れ子の外延化」として無輪郭にしずかに膨張するのだ。このながめがとてもふしぎで、これは目立たないながらも近藤久也の詩の特許ではないかとおもうことすらある。
 
近藤の第二詩集『顎のぶつぶつ』(1995、詩学社)から、詩篇「釣の夢の記憶」をとりだし、この近藤の詩法を吟味してみよう。意味形成の区分ごとに原典を引くが、じっさいは聯が存在せず、ぜんたいが空白行なしにぶっきらぼうにつながっていることをお断りしておく。
 
どこにいるのか
解らないんだ
陸〔おか〕の上で竿を握っているのか
鈍く光がさしこんでいる水の中で
息をひそめているのか
海底の泥にもぐりこんでいるのか
目や耳ってやつはどこにあるのか
つまり俺は
釣っている人なのか
釣られようとする魚なのか
震える竿先なのか
あるいは海の中の釣糸なのか
 
「どこにいるのか/解らないんだ」というぼやきには、日本語特性が活用され、主語が省略されている。「だれが」「なににたいして」そうおもっているのかが欠落したまま無媒介に書きだされ、しかも「ある」ではなく「いる」としるされていることで、事物ではなく動物の気配がうっすらとたちのぼってくる(これはその後の修辞でもつづく)。そのあとは疑問文の連鎖で、「のか」の語尾がつづき、フレーズの繰り出しにリズムをつくっているのは見やすいが、じつは連鎖が空間の明瞭化ではなく惑乱をしるしづけるような異変がはたらきはじめている。
 
「陸の上で竿を握っている」から釣の光景がうかび、いったんは一人称とおぼしき「位置」が常識内に定位されたのち、視点というより発話位置がどんどん潜行してゆき、「水の中」「海底の泥」と想像領域がくらくひらけてくる。在ることを根拠づける空間上の座標がぐらぐらしていて、詩を書いている主体ではなくむしろ座標のほうが動物化してうごきだしている逆転がある。
 
そのなかで主体は、部位のない身体となる。まず「目や耳」の分節が不明瞭化してヤツメウナギのように形状そのものが退行し、結局「主客」が不明性のままに均衡する。つまり「釣っている人」なのか「釣られようとする魚」なのか、という疑念。それでも主体から客体への把握をいなみ、主体と客体双方の共同から主体と客体の存在を配分し、「あいだ」をもとらえる西田幾多郎的な「主客一如」の明晰や幸福と認識はつうじあっている。むろん「釣人」といわず「釣っている人」としるされる修辞の間接法は、微視的にはぎょっとさせる。そこにも離人症的な自己把握が揺曳しているためだ。しかもそれが現在形だという点になにかの侵犯がある。
 
ともあれ引用部分のうしろから五行目の「俺」で、冒頭の無媒介性が是正される。シフターが遅延してあらわれ、疑問文の連鎖における「疑問発信地」を定位させたのだった。ところがそれに抹消線が引かれかかっている寸止め感のほうが、むしろこの詩の立脚点であることに注意しなければならない。
 
たとえば「(俺はじぶんが)/どこにいるのか/解らないんだ」というふうに、自己再帰をしるすシフターが冒頭から脱落したのか。たしかに無限定性こそが限定(の期待)にフォーカスをあてはじめるという叙述の「こつ」もあるだろう。けれども自己再帰性をしめすシフターこそが減少や欠落にさらされなければならないという哲学がここに伏在しているのではないか。
 
ひとはとつぜんおそろしいことに気づく。たとえば「麦秋をあるいた」と書きだせば、おうごんにゆれる麦畑をあるかせている動因が「わたしのわたしへの再帰性」であり、それは影のようにあやふやで、この可視化が深甚な不可視性をあわせもつのだと。たとえば芭蕉《朝顔に我は飯食ふ男哉》に出てくる「我」ですら「我に飯を食わす再帰性」であり、同時に朝顔に反照されて不可視性の域に溶けだしている。この句に隠れている「I am a man」の構文が日本語として奇異で、だからこそ代替的に不可視性が分泌されるというべきかもしれない。
 
むろん「釣」も「釣をする自分自身こそをくらく釣っている」。魚信=「当たり」を待つ自分が「的中」を待っているのはむろんだが、カフカ的にいうなら「一致」は死なのだから、待つ主体が解消されることで待つことそのものが霧消するまでが「魚信待機」なのだということもできるだろう。ブランショのような物言いだが。さてそれまでの連鎖が上の引用部分なのだとすると、この連鎖はじつは連鎖性を欠いている。連鎖性があるとすれば、主体の抹消可能性においてのみ連鎖が演じられている。その意味で「減喩」的展開とも連絡しているのだった。
 
でも
総じて釣の夢なんだ
釣の夢はいつだって
おちつかず
どきどきしてるんだ
永遠に
釣る、あるいは釣られる寸前なのだが
その瞬間はついにこない
朝なのか昼なのか闇なのか
そんな事もわからない
 
「でも」の二字で一行が形成され、まえの文脈からの逆転があわく、かつ、つよく印象づけられる。転調は語尾のもたらすリズムの面にもあらわれる。疑問形をしるす「のか」の連鎖は、冒頭の「どこにいるのか/解らないんだ」の「んだ」に復帰して、この復帰により、それまでの連鎖が無化されるのだった。
 
主客も、場所も、魚信期待の可能/不可能もわやわやに溶解していた、意味論的には危なかった「以前のすべて」は「総じて釣の夢なんだ」という包含的な位置づけによって、いろいろな付帯作用を分岐させてゆく。まずは釣がつよい慣習となっているひとの、慣習から夢への、抵抗できない浸透。たとえばおなじく釣が趣味の佐々木安美の詩では、釣は夢にまでは浸透しない。それは川釣りにゆく自分の妄執が寂寥のうちに客観視され、釣をする自分と周囲が物侘びて世界化されているためだ。ところが近藤久也のこの詩では、主客一如がひとつの病相を呈し、結果、みる夢がゲル状の壊滅状態にまで組織をかえられている。
 
ところが、その「釣の夢」が、「おちつかず」「どきどきしてるんだ」と述懐されるとき、自己破滅、あるいは自己の位置の破砕がマゾヒスティックなスリルをともなっている点が問わず語りとなる。音楽好きの近藤ならたぶん絶対に一旦執着したはずのボブ・ディラン、その歌詞にある「大丈夫さ、ママ。血をながしているだけなんだから」と似た境地をふと聯想してしまう。
 
むろんやさしい語調にみえて不安定な近藤の詩は、「減算」を使嗾する。「釣の夢」から「釣」が引かれて、「夢はいつだって/おちつかず/どきどきしてるんだ」という構文が自然、錯視される。夢の属性そのものが不定の鼓動性につらぬかれてエロチックにあえいでいる、と事態が不穏当に歩をすすめる。しかしなぜそうなるのか。
 
夢に「朝」「昼」「闇」の弁別がないのは、夢が観察能力をうばわれ、関係性だけに意識をはらう徹底的な主観世界だからで、じつはそこに客観世界など現前していない。ところが現前は「寸前」におさえられていて、それが夢から脱出できず受動態でいる当の者を「どきどき」させる。釣る、釣られるの「一致」は主客の配分を割り、自己再帰性の媒質である鏡を割り、いっさいが破壊されてゆくおそろしさを予定するが、それがみられる夢であるかぎり、あるいは存在が意識として存続するかぎり、「その瞬間はついにこない」。
 
この言い方には諦念がひそむが、あたかも綜合すれば、「予感」は「諦念」に裏打ちされて〔裏箔されて〕、ほんとうの動悸的な「予感性」を完成させる〔鏡面化する〕、といわれているかのようだ。事態は「釣」を媒介に、意識論の真諦にまで突入した。単純化していえば、限界が無限界的なのが――あるいは無限界が限界的なのが意識だという、融即の法則が、近藤久也の詩文にはたらいているのではないか。
 
なぜそんなことまでもがいえるのか。それはやわらかい詩の、やわらかい徴候を蒐集することで可能になる。シフターの後置は、シフターの当面不在な局面を、一致の期待によってつなげる。不在がこうして連鎖の前提になるというのは、そのまま融即的であるといえる。主客区分の溶融の予感もそうだし、前段を後段が包含的にのみこんで、詩行が進展ではなく、入れ子の外延として現象する組成じたいも融即的だといっていいだろう。
 
もちろん、やわらかさが一筋縄ではゆかず、哲学的思考の断片をきらめかせる詩作者はおしなべて、その秘儀の位置に融即性が機能している。男性詩作者の例をだせば、前言した佐々木安美のほかに、現存者では松下育男、高階杞一、大橋政人、柿沼徹らがいる。すべて語彙から詩語性をとりはらい、「減少」をもって詩の内在性を空間化する厳密な詩作者たちだ。むろん減少は語彙だけではなく、省略というかたちで修辞をも織りあげる。「やわらかさ」と「熾烈さ」が同時に出来する関係性こそに、詩ほんらいの逆転の幻惑があるのだ。
 
ねえ、
もしかして
生まれる前って
こんなふうでなかった?
 
「それ以前」をすべて括弧にくみいれて、「その後」の文言がさらに入れ子の外側をつくるというこの詩の法則は、この最終四行によって完成をみちびかれる。夢の渦中の「こころもとなさ」が、なにかの圏域に内包される意識の通例だとすれば、それは母胎内の意識化できない体験に淵源があると示唆されているのだ。
 
麦秋をあるけば、からだをつうじて自分自身をあるかせる自己再帰性が運営される。朝顔にむけて飯を食えば、からだをつうじて自分自身を食餌にみちびく、可視性のなかの不可視性がゆらめく。ところが母胎内に「いる」ことだけは、自分自身をそこに「いさせる」再帰性ではなく、「いることじたい」であるほかない。なぜなら「いないこと」と「いること」の融即性に、母胎内存在が充実しているためだ。
 
「釣」→「(釣の)夢」→「母胎内体験」と、この詩は展開領域を入れ子状に変化させてきたが、最後の「母胎」にいたり、遡及的に「それまで書かれていたこと」を変質させる。すべて「生まれる前」とおなじではないかという、疑問じっさいは比喩によって、「いること」と「いないこと」のあいだに融即が生じ、結局、魚信を待つ「釣っている人」も「釣られようとする魚」も無差異性を完成させ、釣の実景も釣の夢も同一になり、「一致」と「寸前」も等価となる大融合がおこる。つまり「意識」は大融合の寸前にある不如意をかこつことにより、逆に意識として完成されるという哲学がみえるのだ。
 
これは達観だろうか。ちがう。やはり近藤久也のほかの詩のありかたをみても「不如意」というべきだ。それこそが近藤の詩の「味」なのだった。
 
(この項、つづく)
 
 

2015年05月30日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

愛が生まれた日

 
 
【愛が生まれた日】
 
最近の講義で時間論的なはなしになり、ヴィスコンティ『家族の肖像』でバート・ランカスターがつぶやくことばを紹介した。《いま「ない」ものが、かつて「あった」と、どうして信じられよう》。逆元の位置にある《いま「ある」ものが、かつて「なかった」とどうして信じられよう》であれば、存在の持続に価値を置く、うつくしい述懐だとおもうが、現状の非在性から遡行して、すべての潜勢力を消去してしまう冒頭のランカスターの言い方はなにか認識の脅威と接しているとおもう。そんな映像をまのあたりにして、ゆううつに暮れてしまった。
 
歌手、大内義昭。経歴はウィキペディアにある以上には知らない。特徴的なのは、地味なロックアーティスト風のルックスながら、独特の声をもっていたことだ。ハスキーでかつウィスパーを駆使するイマどきソウルな唱法で、予想をくつがえす音域のひろさがある。日本的な文脈でいえば、おミズ(水商売イメージ)と黒っぽさの融合。その後のつんくにも共通するが、つんくは裏声に変わる瞬間に声に反転のフリルが生ずるし、シャウトもする。大内義昭はウィスパーのまま声量が茫洋とひろがって、音場に湿潤性のたかい「空気」をひろげ、聴く耳をひたすら戦慄させるのだった。声そのもののムード歌謡的なペダルスチール。幽霊性。
 
その大内義昭が一週間ほどまえの5月22日に逝去する。死因は食道癌。食道癌や咽頭癌で「独特な声」を冥界にもってゆかれる例が多いのは、やはり発声で咽喉が酷使されるためなのだろうか。けれどもみずからの声に「殉死」した忌野清志郎の存在をかんがえぬいたのだろう、「声」の才能でもあったつんくは、作曲と音楽プロデュースにもみずからの使命がのこっていると捉え、咽頭癌手術で声を喪失しても生き抜くことを勇敢に決意した。代わりに墜ちたのが、大内義昭という「ちいさな星」だった気がする。
 
90年代前半は日本のヒットチャート音楽の無産期だった。まだJポップブーム突入前で、歌詞のことば数と、跳びのおおきい歌メロのあいだにゆたかな葛藤が起こっていないし、ジャンルがロックでもポップスでも穏当なジャンル意識がヒットのために遵守され、ぜんたいの演奏音そのものにも特異性が生じていない。歌詞もまた、リスナーの自己愛をあてこんだ空疎な励起ソングといえるものが大手をふるっていた(いまもそうだが)。変化への欲動が足りないまま80年代音楽を縮小再生産していたのみならず、チャートを牽引するアイドル歌手まで不在になっていた。
 
むろんそのなかでも名曲はある。それがどんな理由によるのだろうか、大内義昭が女優・藤谷美和子とコンビを組まされたデュエット曲「愛が生まれた日」がたとえばそれだった。歌詞は初交合を男女双方から運命とかたりあうロマンチックラヴがテーマになっていて、しかもキャンドルライトなどの荘厳要素がある。バブル時代の恋愛のおもかげをひきずっているだけともいえる。作詞は秋元康で、じつは仕掛けは奇天烈ともいえるほどの男女ヴォーカルの配合のミスマッチのほうにあったのではないか。一聴、鳥肌が立つのだが、それがやがて得難い新奇性と納得されてゆくとおもう。
 
声の配合。ビートルズのジョン・レノンとポール・マッカートニーなら、ふたりの声がまざりあえばヒップな幸福感を発露した。ザ・バンドのリチャード・マニュエル、リック・ダンコ、レヴォン・ヘルムなら悲哀にみちた幸福が混声の空隙をゆらした。ところが(一瞬「雨音はショパンの調べ」をもおもわせる)ユーロ・ロマンティックなメロをもつ羽場仁志作曲の「愛が生まれた日」では、順繰りにだされる藤谷/大内の発声がハーモニーで融合するとき、融合のままになにかが蕩尽状態でバラけてゆく崩壊感覚が生ずる。藤谷からのことばの粒がのびようとすると、それを大内の声の空気が包み、ことばは抱き合いながら、ゆるやかな錐もみ状に落下してゆき、「狼藉」の幻想がいろどられるのだった。初交合の主題に合うようにみえながら死のにおいがつよいから、その融合はことばそのままが予定する幸福とはけしてつながらない。
 
唄うすがたもミスマッチで、演奏音ぜんたいに隠れて音の聴こえないアコギを、椅子に坐ってストロークしている大内にたいし、藤谷はスタンドマイクの軸を両手でかるくつつみ、直立して唄っている。藤谷は63年生で、この曲は94年だから30歳をわずかにこえたところ、通常はアイドル視される年齢ではない。ところがいかにも「拍子をとる」ように顎をちいさく上下にふる仕種の少女っぽさが、年齢を超越してこころをうつ。大内の個性的な唱法にたいし、誠実で、下手をいえば唱歌作法どおりの、ふつうの優等生的にして無個性な唱法。声質もなんら突出していない。ただし、にごってはいない。
 
ところが藤谷がステージやスタジオに立てば、唄うのは声ではなく、「顔=ルックス」なのだと気づく。二重瞼になった藤谷は、眼をすずしく聡明に、しかもどこか悲哀をおびて「わらわせる」表情が稀有にうつくしい女優だった。うつくしさの領域はつつましくちいさい。たとえばオーラといったもので絢爛に外延せず、うつくしさは自分の領域に「のみ」、精確にかさねあわされる。だから実在性が映画などではあった。それは彼女の平面性をも把持する顔の骨格に、原日本人性がただよっているからかもしれない。30歳前後の彼女の顔は、おんなの顔のうち、もっとも好きな類型のひとつだった。
 
その顔のもつ、「空間の内面」へのあわい反映性が、実際の藤谷の声や唱法にも見分けがたく浸透している。顔と歌の分離できないがゆえに、即製であり、しかも永続しないとおもわせる反世界からの偶然。初交合のよろこびを、すずしいひとみの笑みで、振りもない不器用な立ちすがたで唄う彼女は、画面をみると、「そのあたりにいる」が、しかしその実感が映画などとはちがい、こころもとないのだ。大内の声の空気感にたいし、藤谷は存在感そのものが、きれいな中空だという気がする。
 
総じていえば、「愛が生まれた日」の大内と藤谷は、顔・声・唱法・歌唱姿勢など、あらゆる面にミスマッチで、ふたりのデュエットは映像にのこされていても、それじたい「実在しているのだろうか」と疑念をいだかせるていのものだった。
 
そこに冒頭の感慨がくわわる。《いま「ない」ものが、かつて「あった」とどうして信じられよう》。周知のように藤谷美和子は、2005年より芸能活動を停止している。精神を病んだというふうにつたえられる事実が痛ましい。あのころのすずしくわらうひとみは、心情のつつましさにむけてあたえられたとおもえ、精神の苦患などと親和するものではない――だれもがそのようにとらえたはずだが、後追い的な言い方をすれば、その予想の調和が、「愛が生まれた日」の映像のなかで、「うたと同時に」くずれてゆくとみえる。うたが「歌ではない原理的な憂愁」を堆積させてゆく。ものみな歌ときえる。なみだが出てくるような気さえする。藤谷はわたしたちから共苦をひきだす起源の位置にある。おまけに、画像の大内義昭だって死の遠因となった声の特異性をのこすだけでいまはもういないのだ。ふたりがとりあわされることはもう永遠にない。
 
いま「ない」ものが、かつて「あった」とどうして信じられよう。
 
 

2015年05月28日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

望月遊馬・水辺に透きとおっていく

 
 
待望の望月遊馬さんの新詩集『水辺に透きとおっていく』(思潮社刊)がとても良く、再読をたのしんでいる。ぜんたいはぼくのみるところ、三パートに分割されている。
 
第一が冒頭の詩篇「ありうべき家族に宛てた手紙」で、数年の家族サーガが年と季節にまたがって叙述される。詩的でおとなしい文体から、母を喪失した感覚の、にじむような悲哀がたどられてゆく。虚構性を前提にしているのではないか。小説の叙述と相通じるものもある。
 
第二が本日これから語る行分け詩のパートで、ここでは静謐な詩的文体で脱物理的な運動がかたられる。脱物理的運動とは理路のうばわれた変容ともいえるが、望月的なそれは消滅にも漸近する。ところが消滅性が結末ではなく、どこかで蘇生の予感がぼんやりと読む眼をあかるませてゆく。詩作者の感情の質が良い。むろんこれが現在の良い詩の条件のひとつだ。
 
第三はシュルレアリスム小説をもおもわせる散文体。「少女」「少年」のときあかしがたい秘密の物語がさまざまな立脚のもと、いささかきらびやかに、万華鏡感覚までともなって展覧されてゆく。それでも話体の各所に自由関節話法的な脱意味の緩衝帯があって、どうじに詩的リズムが幾度も押し寄せてくる。箴言的な魅力が内挿されるばあいもある。脱物理的運動をともなう「変容」という点ではこのパートの目盛が最もこまかい。しかもこうした叙述法が採択されても、ことばが勝ち誇って跳ねないのが望月遊馬の得難い特性なのだった。
 
三つのパートは文字どおりには分割性を体現している。統覚できないゆれがそのまま詩集トータルの脱規定性をつくりだしながら、同時にそのことがことばのつらなってゆく組成に時空の幅をあたえている。望月さんの詩集はこれまでも再読誘惑性がたかいのだが、それは「読みきれない」残余が、あわいなにかを読後に差し向けるためだ。詩集編集の手練れだとおもう。
 
それでも三パートはフォントのおおきさのちがいをもって分立するだけではない。おなじ静謐、おなじ透明、おなじ語彙、おなじような変容が相互連絡の内孔によってパートをまたがってゆく有機性を確信させる。そこにある哲学的な意味をつかむため、今後もぼくはこの詩集を再読するだろう。
 
かたるべきことがとてもおおい詩集なので、第二パートの考察は、詩篇「真冬の葬列」の精読で代表させる。そこでいえたことは他の詩篇でもいえるとおもってもらえればよい。聯ごとの引用、そのたびの考察という形式をとってみよう。
 
木馬の
目に映る河のほとりで
あたたかな水がせりあがってゆく
わたしは
真冬の葬列にならんで
ことばもなく
ただ手を暗くおとして
口を結んでいる
感覚の先端では白い海岸が浮かんで
これは肌にかくされていたが
くだける雨にふいにひらけて
わたしを追いぬき冬の闇におちてゆく
夜を綴じるのはあなたのためで
それを知っていたのは

わたしの生理的な青を
毀れてゆく傘がうけとめている
もうすぐ
来るだろうそれを
ただ待っているのだ
ただ
 
「木馬」の木材性は、それにかたどられた眼が反映作用をともなうことで、即座にうるわしい湿潤性や光沢性をおびる。しかし無媒介に定位されたこの木馬は遊園地の回転木馬なのだろうか、それとも拷問具のたぐいなのだろうか。冒頭三行はしずかな語調のなかに、ものすごく速い位相の変転をとりこんでいる。「木馬」→「目」→「河」→「水」。ひとつめの「→」は部分化、ふたつめは周囲喚起、みっつめは再度の部分化で、結局、「木馬」と「水」は空間のねじれで離反しながらも情緒が照応しあっている。もうすでに変容が出現している。水は動詞をおびる。「せりあがってゆく」。そのことから水が主体的な意志をおびた生体とかんじられる。この増水は雪解けが原因だろうか。
 
「わたしは/真冬の葬列にならんで」で、とつぜん切断的に位相が変化する。「木馬」「河」「わたし」の位置関係がわからないこの「編集」は、映画ではジャンプカットとよばれるものだ。葬列時期は真冬。一定の隊伍をなしてゆるやかに、たとえば畔をすすむ葬いのひとびととして、わたしも参列しているのか。「ことばもなく」「ただ手を暗くおとして」「口を結んでいる」わたしの態度選択からは追悼の悲痛、厳粛がつたわってくる。
 
「木馬と河水」「わたしのいる葬列」の場面変化は並列としてとりあえず了解されるだろうが、そのあとは「モノそのものが変化し」「空間そのものに穿孔がひらいて別時間が湧出してくる」常識では了解できない変容が、強調をおこなわないしずかな口調で連続してくる。イメージにえがけない不穏当なものがことばをおおう。「感覚の先端」が葬儀参列者の追悼の情をくるみこんでいる外郭をなしているとすると、そこで「河」が「白い海岸」に変容し、しかも「尖端」なのに「かくされ」、海岸の白は肌にも反映してくる。
 
「かくされていた」ものは「ひらける」のだが、動因要素は雨で、それは「くだける」ように降り、それまで読者の意識にのこっていたはずの葬列を受難化、暗色化させる。葬列の成立する時間帯はつうじょう白昼のはずだが、そこに矛盾撞着する「闇」が示唆されて、時間の定位までぐらつきはじめる。1ショットに多時間的な衝突と展開がある(そこにディゾルヴもくわわる)実験映画的な溶融画面を聯想してしまう。高速が静謐にとじこめられている。それにしても――
 
《感覚の先端では白い海岸が浮かんで/これは肌にかくされていたが/くだける雨にふいにひらけて/わたしを追いぬき冬の闇におちてゆく》は動詞の複数にたいし、主語は「海岸」(「これ」も「海岸」を受けた代名詞ととれる)で通貫している。だから「海岸」になにが起こったかの把握が読解の主線をなすことになる。ところがたとえば最後の「おちてゆく」の主体が「わたし」だという錯視も起こってゆくはずだ。魔術的文体なのだった。
 
「夜を綴じる」は「夜を閉じる」の誤変換なのではないかと一瞬おぼえてすぐに是正の意識が生じる。「夜を閉じる」なら闇夜をたとえば扉のむこうへと遮断して身辺に朝や昼を恢復する運動を想起させるが、「夜を綴じる」なら、夜は枚数となり、それを蛇腹状の開陳可能性として「わたし」に組織する。わたしは各ページが夜である本のようなものになって内実を複数化されるのだ。ところが一行一字(転換に驚愕、別言すれば強調があたえられている)でしるされる「朝」で、「閉じる」「綴じる」の弁別がまたあやふやになる。
 
その朝は降雨の状態にある(とみえる)。わたしはおそらく戸外にいて、葬儀参列の時空とは切断されて、「ひとり」はげしい雨にさらされている。それでも濡れからは除外されているようだ。ただし以前にあった「くだける雨」という語の斡旋のつよさから、間歇的作用が起こり、「傘」は「毀れてゆく」。
 
ところが注意しよう、その「朝」では雨の字がじっさいはひとつも書かれていない。降っているのは文法的には「わたしの生理的な青」なのだった。あおくささ、あるいはブルー=かなしみだろうか。いずれににせよ、「わたし」は青に傾斜し、青に親炙する。その状態で、わたしは「それ」を待っている。「それ」は「朝」を指示しているというかんがえもなりたとうが、同時に中也「言葉なき歌」の「あれ」につうじる非限定性/限定不能性を発散しているようにもみえる。聯のおわりの「ただ」の反復は語調の抒情性を揺曳させる。
 
朝とはほどける水のこと
けれど
ゆるんだ靴紐のように夏を予感させるものではないから
わたしはてのひらをかさねて
目のうすい光に
祈りを捧げている
葬列は西日に遂げてゆき
ただかたちのないひとの列として
木馬のさきを無言ですすむのだが
そうかとおもえば
夢に
あらわれたあなたが
あらがえない呪文をちいさくつぶやいて
葬列を右へとそらせる
わたしは左へふりきれて
黒服のままで
みえないものに迎え撃つから
待っていて欲しい
 
「水」の主体的な変容意志がまたあらわれる。「せりあがる」のあとは「ほどける」。ところが「せりあがる」が意志の充実を印象させるのにたいし、「ほどける」は脱力や弱体化を紙面にのこす。「ほどける」は「ゆるんだ」を召喚し、それが靴紐をも具体化させるが、直喩でむすばれて「夏を予感させる」事物となったとき、作品が前提していた季節「真冬」に、撞着的な風穴をあけもする。読者はこれを「見消〔みせけち〕」と了解するだろう。なぜならとつぜん葬列の場面へのフラッシュバックが起こり、離反もしくは孤立していたこれまでの細部に、間歇をはさんだ同調がおきるためだ。
 
葬列の行進はながかったのではないか。陽は西日の位置に傾いている。わたしは「てのひらをかさね」る敬虔なしぐさで「祈りを捧げて」参列者のなかにいまだに存在している。「目のうすい光」は半瞑目を示唆しているのか。
 
ところがここで葬列に脱実体化の荒業が付帯してくる。「かたちのないひとの列」。葬列は視覚現象だから「かたちのない」はずはない。そうかんがえると、列を葬列として認識している読解の前提がくつがえられざるをえない。これは葬列ではなくじつは光列のようなものではないのか。望月遊馬の詩では「変容」によって脱視覚化が起こり、「あるもの」と「べつのもの」の中間態がひろがってくる。詩はイメージを生産するという古典的な詩観がとりあえず創作原理とはなっていない。
 
それでも「木馬」で葬列の位置が恢復し、「あなた」の再登場で抒情の紐帯ができる。「あなた」は夢にしかあらわれず、疎隔性をわたしに上演している。この「あなた」は、葬列に関連があるなら葬列の存在理由である当の死者になるが、判断はできない。死者と無縁な、たとえば特定の女性のような感触もあるのだった。「無言」「ちいさくつぶやいて」と音響の指示があり、「ちいさくつぶやいて」によって「無言」が際立つ仕掛け。いずれにせよことばのはこび、強調のほとんどの不在によって望月詩が静謐であるばかりではなく、具体辞により音響の水準がやはり楽譜指定されているのだった。
 
「あなた」の「呪文」は位相変転を作用させる。ちいさなつぶやきでしかないそれが、「葬列を右へとそらせ」「わたしは左へふりきれ」る。ところがこの左右は空間のなにを基準にしているのだろう。道の中央が座標を形成しているとして、ところが正対視線からと列の内在者からとでは左右の意識がまったく逆になるのだから、むしろ左右の明示はじつは空間をあいまいにする逆説まで生じさせていることになる。とりあえずは「わたし」の疎隔化、孤立化が、あなたの呪文により生じた。
 
それでも「わたし」は葬列参入者にふさわしい「黒服」でいる。隠されたこころざしもある。「みえないものに迎え撃つ」と迎撃の意志がしめされるのだが、いっぽう「みえないもの」という措辞の間接性により、「わたし」にとっての攻撃対象はついに正体をあかさない。たとえばそれは死なのだろうか。とりあえず「わたし」の迎撃の瞬間を「待っていて欲しい」と聯の終わりで告げられて、この呼びかけの相手は「夢に/あらわれたあなた」と近接するから、遡行的効果として、一聯のおわりちかくの「待っている」「それ」に、「あなた」までもが混色してゆくことになる。いずれにせよ、関係性の連絡はすべてこころもとない。それでも曖昧詩が曖昧に志向されているというより、あいまいが積極的に運動性のなかに転写されているという判断がこのあたりで生じてくるとおもう。
 
葬列
いまにもきえゆくまぼろしの時間のなかで
靄のように薄淡く
けれども確固たる意志により
行く先々でことばをあやつる
死者のことばだろうか
白馬がふいに二頭かけだしてゆき
先を争い
草原をひたはしる
そして
もつれて
雨にもつれて
光は溢れて掌におもみをおとしている
そして
濃き葉影を
水面に映している
やがてみずのうえを葬列は音もなく
すすんでゆき
ひとはだれしも肩をゆらしている
折節の移りかわるこそ
ものごとに哀れなれ
 
葬列は死者のことばの列状へと転位され、それの現象する時間は「まぼろし」で、その形状は「靄のように薄淡く」、それでも意志が貫かれている。ところがそのことばは、「ことばだろうか」と自問形を伴ったとたん、「二頭」の「白馬」になって詩の空間をほとばしる気色になる。
 
「かけだしてゆき」ののち、速さが改行所作に物理的に連結される。《先を争い/草原をひたはしる/そして/もつれて/雨にもつれて》のはこびでの一行字数のすくなさが速さの表象であり、同語・類語の降誕が制御不能性を印象させ、そこでも速さが累乗されている。むろん「速さ」と「遅さ」に弁別などない。つまり「木馬」はようやく=遅れに遅れて、「白馬」へと変成したともいえるためだ。
 
ところがカット変換は、なにかほとばしったものを一挙に回収してしまう。「白馬」の翔〔かけ〕りは、「掌におもみをおとす」恰好にふいにずれて、けっきょく白馬もまた葬列に近似する光列だったのではないかと納得のあらわれだすはこびとなる。図式に注意しよう。葬列=ことば=白馬=光列という等号連鎖なのだった。
 
「掌」の「おもみ」は像的には寸時に解消されてしまう。「白馬」は「光」となって、さらに「葉影」へと変容し、「水面」に映ることになる。確定的な物量も外容もすべてないというのがこの詩の法則なのだが、それらへ追いつくために記述そのものが脱物理化し、畸語化するともいえ、結局はヴィジョンと発語が緊密な均衡をたもっている。
 
「水面」の一語で葬列は「みずのうえを」「音もなく」「すすんでゆき」、いよいよ葬列と光列のくべつが溶融してくる。ひかりのなかにひとの像は残影となり、どうじに粒立ち、あゆみにつれて肩のゆれるようすが微視的にうかがえる。ひかりとひととの等値化。そこにこそ無常迅速がある。もしかすると古典に出典のあるかもしれないこの聯の最終二行はこうしたものの堆積の場所にみちびきだされる。どうじにイエスの特権だった水上歩行が、普遍的なひとびとによって分有される、一種の権利拡張がほのめいている。
 
柩はしずかで
なにも解さない
雪はふいに降ってきて
ひとの手に抱きかかえられた遺骨のような冬は
ただ寒々と
そこに転がってある
 
葬列じたいの自己凝視のような、ヴィジョンの内挿。冬は遺骨に直喩され、しろさをみちびきながら、ぶっきらぼうに、たとえば葬列の眼下に、「転がってある」。「転がっている」ではなく「転がってある」という修辞の斡旋に、ずんぐりとした物理性がよこたわる。うつむいて歩まれている視界を雪がかすかに荘厳しながら、葬列の参加者はみずからの影をみて、それも遺骨としているような感触がうまれるが、なぜか望月遊馬は、この聯をずれの連続により、展開しようとはしなかった。この聯の一行めの「しずか」は、断念の副産物のようなふくみを音響させているといえる。
 
いまはもう
訪れない
ただ
喪われた季節を
病めるときも健やかなるときも
あの冬の写真のように
おともなく
すすんでゆく
わたしはそのことを知っているから
数すくない遺書を
その文字を
胸に温め
ゆく
わたしは葬列をゆく
 
詩文のながれの論理構造をゆっくり咀嚼してゆくと、「訪れない」ことと、「すすんでゆく」ことが離反していない点が了解される。「訪れる」と「すすむ」は動作的には類縁関係をつくるはずだが、来訪地の目標がないとき、「訪れ」は「進み」へと動作上の意味を減少させるといってもいい。むろん「おともなく」が第三聯とは表記をかえて最小単位でルフランしていて、「おともなく/すすんで」が、「おと/ずれる」を類語的に換喩している機微もつたわってくる。
 
一瞬を擦過する「あの冬の写真」。その内実はしめされていないともいえるが、逆もいえる。葬列を主題とする詩篇の真逆の層に、《病めるときも健やかなるときも》と婚儀の誓文の典型が挿入され、写真は婚礼写真ではないかという予想も生じるのだった。
 
いずれにせよ、「わたし」は、「すすみ」「おとずれない」の無差異、あるいは「葬列」「婚儀」の無差異を「知っている」。それがこの詩篇の中心にある感慨ではないか。無常迅速が相反物や近似物の接着剤となり、せかいでは、とりかたによっては乱暴な溶融が横溢している。
 
「遺書」はこの詩集に頻出することばのひとつだが、その遺書は「芸術品」へときたえあげられるまで「文字」で「かたど」られ、「胸に温め」られる。ひとの死をみてわが死をつくれ、ということだろうか。《ゆく/わたしは葬列をゆく》の最終二行。余情のある呼吸がのこりつづけるが、普遍的な等号世界が成立してしまう。つまり、すべからく死すべき生のあゆみは、歩行者のなべてを葬列者にしているのだと。ところが感慨は、「訪れない」ことが「すすんでゆく」ことと等価になる同一性のほうにあるのではないだろうか。つまり人生全体の彷徨性よりまえに、「その場その場の彷徨の脱臼」が存在していることのほうが意識にのこるのだ。
 
望月遊馬の詩法では、像化できない関係性の変容、その叙述が、そのまま修辞の独創性に直結している。ところがその達成を誇る気配がない。その気配のために狩りだされているのが、語関係の静謐なのだということ、それがこの詩篇解釈からつたわればいいのだが。
 
ぼくが詩集に付箋を入れるのは、ぜんたいの味読を完成させ、それを過去形へと定着するときだ。だから「つきあい」のただなかにある詩集には、白紙の再読を反復させるため、なんのしるしもいれない。それでも清潔さに打たれて付箋を一箇所だけいれてしまった。散文詩「都会的な情緒へ」の最終部分。詩篇「冬の葬列」をも統合するマニフェストだとおもうので、最後に転記打ちしておこう。
 
感情は中和され、わたしたちはわたしたちの実現を生きる。それが尊いものとしてある限りは。
 
 

2015年05月27日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

北大短歌第三号

 
 
ぼくが顧問をつとめている北大短歌会の機関誌「北大短歌」の第三号ができました。特集は果敢にも「短歌と性愛」。座談会、論考とも充実していて、ぼくはそのなかへ「性愛的に――、初期の大辻隆弘」という文章を寄稿しました。岡井隆さんの性愛歌を前置きして、タイトルどおり『水廊』『ルーノ』『抱擁韻』と、第三歌集までの大辻隆弘さんの短歌を鑑賞しています。直截な性愛歌から、いわば自己内在的な感覚上の単性生殖歌へと変化していった大辻さんの歌風のエロチシズムをかんがえました。ご一読いただければ。
 
「北大短歌」は一部500円。ご購入窓口は、
hokutan09@gmail.com
になります。
 
昨日は、その北大短歌会の歌会にひさしぶりで出席。兼題「青春」で出詠歌をきそいあいました。ぼくもいたずら心を起こして投詠。「並選」ひとつのさみしい評価でしたが、立教での短歌演習いらい約五年ぶりの作歌だったので、記念に下記しておきます。
 
青春の兼題わらひこもれびはあをいもみぢのなかにもゆれゐる
 
兼題の語を入れる義務があると誤解してつくった歌です。ご覧のように最初の九音以下はひらがな使用で、いっけん読みを迷宮化させる。この齢で「青春」の兼題もなんだかなあ、という慨嘆を前提に、いまの季節、透明さをもってかがやく青紅葉の葉のなかにも、樹下とおなじく木漏れ日がゆれていて、たんじゅんな木漏れ日が青春期の翳りのあらわれとみえるのにたいし、枝の葉にもおのれの木漏れ日の浸潤しているのが、初老期のながめではないかと喩的にとらえました。
 
初感は《青春の兼題おもしこもれびはあをきもみぢのなかにゆれゐる》だったのですが、塚本短歌的な喩的対照をきらい木漏れ日を主語化、「わらひ」を動詞にして一文構造にしたほか、「あをき」を「あをい」と口語化、第五句を一音余りにして完成上の潔癖さを消しました。
 
おもうこと。詩作もそうですが、歌作もぼくのばあい、短歌についての短歌というふうにメタ化せざるをえない。そのときメタ意識上はじめにおとずれるのが「難易度の調整」なのですが、口語短歌の名手たちがいならぶ北大短歌会ではそこのさじ加減をまちがえた。むずかしく歌意をとらえきれないという意見が歌会ではおおかったです。猛省。
 
ちなみに最高点は、三上春海くんの
 
階段の手すりをすべり台にして男子はひとりふたりと消える
 
ぼくは高校の校舎が舞台で、女子生徒が観察者だとおもいました。男子たちの稚気、それに憧憬する女子に「青春」の思いが揺曳する。踊り場を中継して折れ曲がる死角だらけの階段空間がみえるようです。そこを漏刻のようにきえてゆく男子たちの身体がある。
 
石井僚一くんが指摘したように「り」音の間歇により、ひとりふたりときえる時間のながれが強調される。「り」の字面と音そのものに、もともと「すべり感」がある、とぼくも補足しました。これは平明で、かつ、まぎれもない秀歌だとおもいます。
 
それにしても北大短歌会の面々は実作能力と批評能力が均衡よく共存している。なので歌会出席の気持ちが良い。これは北大の院生にはみられない景色かもしれません。
 
 

2015年05月25日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

 
 
【髪】
 
 
洗い髪のずっとかわかない
ようなひととならんでいると
庭さきの夜が良夜になった
ひくく這うこえがひくく這う
うたへかわりどこかをぬらした
ならんでいることはたがいに
しずけく坐りあっておれば
それでもきっと中くらいには
たかくおもわれたのだった
さきの塔がたおれたのか
ゆっくりと風がひろがって
坐るままのたちすがたが
えんがわにふたつ影をゆらし
肩となせるところがふれた
やわらかいからだどうし
ずいぶんながくおもいあった
よるを透かしすこし北へゆけば
白楊の地もあるらしくそこの
どろのきの髪も隣るひとに
しずくをこぼさせてやまない
 
 

2015年05月23日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

ビリギャル

 
「実話」をもとに映画化された作品がひどく嘘臭かったら、どんな態度をとればいいのだろう。「現実」が生起する感触をおもいだし、これは「実話の殻をかぶった嘘だ」と断定、「でも実話だから」という作品側からの弁解などすべて遮断してゆけばよいのだ。じっさい『フラガール』『抱きしめたい』などにたいしすべてそういう態度で臨んできた。
 
おもいだすのは、カフカが弟子のヤノーホに語った、「真にリアルなものはリアリスティックではない」ということば。むろんこれは逆元がとれる。虚構であることがあきらかなのに、それでもリアルなものこそが「表現」だということだ。「実話」売りの嘘臭い作品は、リアルでないのにリアリスティックと主唱する、設計上のひとつの錯誤にすぎない。
 
かんがえつくされたフレーミング、蠱惑的なカッティング、人物をそれ以外に変える照明、いずれもどこにも見当たらない映画『ビリギャル』は、とりあえず撮影上の映画の叡智すべてをその弛緩状態のなかに見失っている。一刻一刻が中庸で個性化のしるしがない。観客心理の音楽的な増幅に自らの組成を賭けただけの「感覚への政治」が気味わるく通貫している。
 
有村架純はたしかにかわいいが、物語効果をたかめるだけの作為が連続するので、有村のからだを物語のなかに有機的に定位できない。凝り固まったように男系重視だった父・田中哲司が、母・吉田羊からの説明という伏線があったにせよ、たとえば雪のなかにクルマが埋まり困惑している老夫婦を、有村を試験会場へはこぶ渦中で手助けするときのディテールのくずれはなんだろう。これが「実話」だろうか。
 
ハードワークという身体的な自己犠牲を払いながら、しかも子どもたちに何も強要しない吉田羊の崇高、これも「実話」だろうか。こんな母親はいないとおもう。スポーツ私立校に野球入学して挫折、不良化する弟もいる。それがヒロイン有村の慶應入学への夢をふたたびかためる、反転のための都合のよいバネになるのだが、これも「実話」だろうか。けれども原作本を当ってみる気はしない。
 
高2にして「聖徳太子」を「せいとくたこ」とヒロインに読ませるなどは映画的デフォルメと受け流してもいいだろう。ただし慶應文学部に合格するため、偏差値30の女子が「英語」「小論文」「日本史」に特定し、徹夜の猛勉強をはじめ、学校の全授業を寝てとおす「受験機械」となるディテールをみて、その人格形成のいびつさに嘘寒くなる。いくら伊藤淳史が世界へのひろい視野を示唆していたとしても、画面に起こっている現実はすべて目的論的に特殊化されている。
 
もともと父・田中哲司への反発、教師・安田顕への反発、母親・吉田羊への恩義、さらに塾教師・伊藤淳史への尊敬など、他律的な動機から慶應合格を目指しはじめたこの「ビリギャル」に、自己形成の内在的なよろこびがあるようには到底みえない。たとえば良書にとつぜんふれる偶然のひろがりだってすべて閑却されている。つまり近視眼的な狭窄だけがあるのだが、それがバカの剽軽さで希釈されているのだった。この構造は詐術的でヤバい。
 
演出の最たる無策は、受験に必要な労力、教養の蓄積を、自宅階段脇の英単語メモ貼り紙や、模試判定結果などすべて「紙」に還元してしまった点だろう。かんがえる表情、なにかを得てよろこびにいたる表情などは約束事のようにしか出てこない。説話的に無駄がないと褒めることはできない。この手の題材なら、描写の無駄こそがたぶんリアルなのだから。この映画でひとは寓話的なうごきをしない。
 
伊藤が手渡した「合格」缶コーヒーを試験会場で呑むと有村がいい、その缶コーヒーで有村が下痢をするだろうという予想が「まんまと」的中してしまうとき、「実話」のもつ現実性を「いまみている」ドラマのどの層に見いだせばいいのだろう。近大合格、慶應文学部不合格と結果のながれがかさねられて、最後にのこった慶應総合政策学部の合否結果がパソコンで確認されるその瞬間に、合格判定に接した歓喜の叫びが即座に現象せず、観客心理を操縦するためだけに「いったん」秘されてゆくくだりの、叙述への加工性、これが「実話」なのだろうか。
 
欠点をあげつらってゆけばキリがない。娯楽性という粉飾をまとい、観客のリテラシーをひくく設定する映画の驕慢に鑑賞中ずっと鼻白んでいた。もちろん映画が娯楽性を実現するためには最深の叡智がひつようだが、それが不在だったのだ。予定調和の物語に乗ったディテールのすべてがうすく、この映画の監督を映画作家とよぶことはあいかわらずできない。
 
有村をふくめた女子高生たちの名古屋弁とギャル語の混淆だけが耳におもしろかった。エンドロールをみると、方言指導者にギャル名があった。
 

2015年05月21日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

お嫁さんにしたい女優

 
 
いま発売中の「週刊現代」の特集「もし生まれ変わったらあの女優を「妻」にしたい」にぼくの談話(電話取材によるもの)が掲載されています(北海道は発売が今日)。いろんな女優を話題にして30分ちかく喋ったのに、木村文乃ひとりだけにたいするコメントとなり、しかもその内容が歪曲されていていささかがっかりですが、これは週刊誌取材のつね、手軽な小遣い稼ぎと割り切っているのであまり気にはなりません。
 
ただし喋ったことを記録にのこしておく意味はある。取材者は「現在、「お嫁さんにしたい女優」というキャッチフレーズのひとがいませんが、ほんとうにいないのでしょうか」という切り口で迫ってきたので、まずは往年の「お嫁さんにしたい女優」を分析しました。以下――
 
竹下景子、市毛良枝。ルックスは和風ふっくら型(着物も似合う)、良妻賢母、とりわけ母性がつよくうつくしい。辛苦にたえつつ、亭主を間接的に操縦する聡明さもある。ふたりに共通するのは、ドラマの役柄から導き出された、そんな先入観といえるでしょう。
 
現在の売れっ子和風ルックス女優といえば木村文乃になりますが、四万十市のまちおこしをテーマにした『遅咲きのヒマワリ』でお嬢さんキャラを大成させたのち、彼女は『銭の戦争』『マザーゲーム』とアグレッシヴなキャラへのイメチェンを図っていて、その緊張感が災いして「お嫁さんにしたい」キャラから滑落しました。
 
ドラマ上のキャラから理想の「お嫁さん」をみちびけないのは、現在のTVドラマが全般に往年のホームドラマとは離れてしまったという、ドラマ上の理由もあります。現在、ドラマチックな「妻」は、好き(結婚)、きらい(離婚)でゆれる。そこに女優演技が発揮されるのです。したがって好き・きらいのゆれで見事な演技を披露した『最高の離婚』の尾野真千子、真木よう子が、「お嫁さん」の理想形とはみなされない乖離が起こってくることになります。
 
この微妙な境界線で注目したいのが比嘉愛未です。『DOCTORS』でスーパードクター沢村一樹を「一途に」好きな看護師をさわやかに演じた彼女は、現在、『恋愛時代』で満島真之介相手に「好き」/「嫌い」のゆれを抒情的に演じているのですが、それでも尾野/真木とちがい、ひとみの輝きが怖くなく、やはり「一途」で、「お嫁さんにしたい」欲望をかんじつづけさせるのです。惜しむらくはやや痩身なこと。
 
「お嫁さんにしたい」女優では豊満(とくに胸もと)が似合う。それで念頭にうかぶのは倉科カナですが、せっかくの「妻」役だった『残念な夫』は壊滅的な失敗コメディだったので放映一回の途中で早くもリタイア。彼女の妻役の感触がよくわかりません。『dinner』の「一途な」すがたがおもいうかび、それに好感をもつだけです。いささか心もとないのですが、それでも彼女を「お嫁さんにしたい」のは、「あさイチ」での彼女のインタビューで無類の性格のよさ(それは呑気さにとくに現れていた)がつたわってきたからです。
 
献身的なキャラで「お嫁さんにしたい」とおもわせたのは、難病とたたかう三浦春馬を介護で支えた『僕のいた時間』の多部未華子です。童顔お嬢さん女優の規範のようなひとで、じつに可愛い。ところが彼女は現在、『ドS刑事』で「特異なキャラ」になっています。彼女の「地」と「演技」の乖離が笑え、しかも萌えさせるという、微妙な隙間をドラマが狙い、それに成功している。「ファニー・キャラ」という要素が加わって、さらに彼女を「お嫁さん」にしたくなってしまう。クライマックス、スローモーションでの「鞭打ち」シーンでみえるおへそがとくに可愛い。
 
ともあれ演技力がすべての判断の前提となる女優といえども、素(す)、現実の素材性のほうが、「お嫁さんにしたい」幻想を生みだすことになる。その意味で、注目したいのは、ややマイナーになりますが、以下の女優たちになります。
 
石橋杏奈。健康優良児のようなプロポーションにおおきな頭部がのっている外見そのものが、もう「お嫁さんにしたい」。石橋杏奈は『たべるダケ』のOL役、制服姿の神々しい「腰高」でまず注目しましたが、以後は役柄に恵まれておらず、彼女出演のドラマには付き合っていません。ところがコント番組『LIFE!』で「結婚したい」願望が彼女にたいして沸き起こってきます。コント上「マドンナキャラ」も多いのですが、ルックスとは異なるファニー・キャラにも果敢に挑戦して、ギャップで笑いをとっているためです。おもえば「結婚したい女優」に現在、「ファニー要素」は必須かもしれない。ちなみに『LIFE!』で判明する彼女の「素」のキャラクターも、「英語ラップ歌唱能力」「適度な速さで走りつづける能力」「暗い店をこのむ性癖」など、すべてルックスからは予想できないファニーさをもっていて、ひとを空想に誘います。
 
科学情報バラエティ、ETV『サイエンスゼロ』で聡明なMCをやっている南沢奈央は『高校受験』の音楽教師で注目したのですが、やはり教養番組での安定的なアタマの良さ、興味の上品さから「お嫁さんにしたい」幻想を抱かせます。ふっくらした顔、意外な鷲鼻は、そのまま往年の竹下景子を引き継いでいます。
 
最後は清水富美加。現在、朝ドラ『まれ』に出演しているようですが、ぼくは未見です。バスジャック事件に巻き込まれるなかで唯一お嬢さんだった『ペテロの葬列』で注目しました。正義感と聡明さ。不偏であること。ところが「素のキャラクター」は勘が良く、斬新、ファニーで、さらに可愛いということを最近知りました。グラフィックデザイナー佐藤卓を中心にしてETVで放映されたデザイン演習バラエティ『デザインの梅干』。彼女は司会と生徒双方をその番組でこなしました。ビニール傘が盗まれないようにその柄に香水をふりかけた彼女はデュシャン=ケージ系列の天才肌でした。
 
「お嫁さんにしたい女優」は、演技力はあまり強烈でないほうがいい。ルックスがお嫁さん型だった高峰秀子と、ルックスが美女型だった原節子、そのどちらを往年の日本人がお嫁さんにしたかったかというと後者でしょう。高峰秀子は演技力がありすぎて、狡猾にみえた。それが、たとえば尾野真千子の現在とかぶってきます。ただし尾野さんはコメディセンスも卓越しています。藤山直美のメソッドがはいっているからです。
 
 

2015年05月20日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

「近藤久也」「柿沼徹」

 
 
【「近藤久也」「柿沼徹」】
 
 
あたらしい詩論をさらに書こうとおもい、昨日からは近藤久也さんの詩集をふたたびよみはじめた。『頬のぶつぶつ』(1995、詩学社)、『伝言』(2006、思潮社)、『夜の言の葉』(2010、思潮社)、『オープン・ザ・ドア』(2014、思潮社)。近藤さんのものでは『生き物屋』(1985、竹林館)と『冬の公園でベンチに寝転んでいると』(2002、思潮社)が未読だが、たぶん前者はご本人にリクエストしなければ入手不能だろう。後者はアマゾンで一冊、一万円で出ていて怯んでいたが、なんのことはない、思潮社に直注文すれば、定価で買えたのだった(昨日の朝、ネット注文した)。
 
いわゆる詩人論を契機に詩論をかくのが正統だとこのごろはかんがえている。それでこそ詩論が個別化具体化すると。いいかえれば詩作概念は作者別にひらかれていて、特異性こそが対象化され普遍化されなければならない。もうひとつ課題があるとすれば、「やわらかい詩作者」を考察することだ。やわらかさを哲学化することでしか詩作精神の活路のひらけないのが現状ではないだろうか。ドゥルーズ『襞』でまなんだ。
 
その意味で近藤さんの詩も誘惑性にみちているが、やわらかさがじつは最も考察が困難だという単純事実を近藤詩は詩篇ごとに体現する。どれもがみごとな構成だが、修辞論的な着眼はその自明性のまえにゆきまよってしまう。近藤さんの詩は省略は熾烈だが自明だ。だが省略の衝動となっているリズムが解析できない。自明性とは不可視性なのだ。かといって悲哀、悔恨、無為、ペーソス、ユーモア、記憶傾斜などといった「主題系」で近藤詩をさばくだけでは、詩の具体的なあらわれから離れてゆく。なにか咀嚼しにくい身体がよこたわっている。このハードルを跳ばなくてはならない。失敗するかもしれないが、こうして公言することで、怠惰な自分を操舵することができるだろう。
 

 
【某日の境】
柿沼徹
 
今朝の雲さえ
なにかの結末なのだろう
日々の終わりに竹箒が立てかけてある
 
蝶を採ってくれたのは
ずいぶん年上の男の子だった
大きな虫籠は
はげかかった翅でいっぱいになった
 
名前も顔も思い出せないのに
その子の原っぱには
ヒメジョオンが咲いている
 
とどいたばかりの「repure」20号に掲載されている上の柿沼さんの詩篇に感動した。行間空白をかぞえなければ10行とぜんたいがみじかいことがまずはうれしい。
 
ずれが各所に仕込まれている。ずれは隣接しえないものが重複しようとして、瞬時その寸前にひらく傷口のようなものだ。読む側はこのひだをひろげ、空隙の空間性そのものをさまよってゆく。
 
一聯目は措辞の恰好の良さにいったん説得されそうになるが、微視的にみれば、「今朝」と「日々の終わり」とが同調しない。この「終わり」は二行目の「結末」から変異が起こった結果だと、作者の想像の移りを忖度することはできるが、「今朝」(単数のいま)と「日々の終わり」(ゆうぐれの複数)の噛みあわない接合面、そのすきまに、いわば時空の層が奥行をかさねている。このねじれた時空に、「雲」と「竹箒」が解答のでないまま配合されている(詩は間歇する二物に対照が起こってぼんやりと俳句化する――むろんそうした錯視には明示性がない)。「むらくも」の黄金を帯びた灰と、「ひともと」の竹箒の、玄関脇のしずんだ孤独。この方程式をとくために架空の視線が時空をよこぎってゆく。読者はその視線の運動のなかに身体をほそめてゆくのだ。
 
二聯目は「記憶の直叙」だろうか。ここにも罠がある。「ずいぶん年上の男の子」という措辞により、一聯目に消失していた詩の主体が関数的に相対化されてゆく。「ずいぶん年上の男の子」がたとえば小学校高学年だとすると、詩の主体は「かなり年下のこども=学齢未満」となるのではないか。一聯目の述懐者を柿沼さんの現状から練り上げると、聯は切断的に遡行したことになり、なにかの飛散まで意識する。この飛散の位置を「(蝶の)翅」が埋め、虫籠が埒のようにとりかこむ位相。ただし「はげかかった」の斡旋が、記憶の感慨を褪色にみちびいている。それでも「いっぱいになった」という言い方に、身体域を超出してゆく「あふれ」があって、語調にせつなさがただよう。
 
三聯目、このせつなさと「名前も顔も思い出せない」像化の不如意がこすれあって静電気をうむ。意識されて、三聯目と一聯目はおなじ三行で形成されている。しぜんに対照せよという誘いがはたらく。どうなるか。たとえば――
 
「名前も顔も思い出せない」「なにかの結末なのだろう」
 
「その子の原っぱには」「竹箒が立てかけてある」
 
「今朝の雲さえ」「ヒメジョオンが咲いている」
 
ともあれ、二聯の「ずいぶん年上の男の子」から受けられた「その子」が「その子の原っぱ」とつながっていって、その愛着のあるよびかたが、「どこにもない原」を指標している感覚がうまれてくる。「どこにもなさ」が「ヒメジョオンを咲かせている」のだ。愛着と不在の架橋。

架橋、と書いて気づく。この詩篇の断絶とずれは架橋的読解をさそうが、とどのつまり空間をわたりつつ「つながらない」「ゆきまよい」が、そのままなしとげられていった架橋なのではないかと。
 
上にスクロールして改めて詩篇を確認してほしい。この詩の主眼は空間だ。空間はずれて断絶をしるすが、ずれの面積のはかれないことが空間性の本質で、それが深淵とよばれるのだと。この着眼が図柄だとすると、その深淵が「なにかの結末」のように「はげかかっ」ているのがこの詩のタッチなのではないか。それでも三聯の語調は祝言のようにかがやきゆれている。
 
となると、さらにこうもいえる――この詩の主体は空間である以上に、「語調」だったのだと。「語調が詩を書く」。そのように書かれて、むろん感情の質も良い。
 
 

2015年05月19日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

「永田耕衣」「松井啓子」

 
 
【「永田耕衣」「松井啓子」】
 
 
「減喩」という説明しにくいものを例示解析するには詩ではやわらかい詩作者たちがいろいろ存在するが、俳句では永田耕衣がいちばん近道かもしれない。それも耕衣とくゆうの禅臭にみちた衝撃句や諧謔句ではなしに、句的均衡のとれた非有名句をさがしだすのがコツだ。
 
両岸に両手かけたり春の暮
 
『殺佛』(1978)にみえる。均衡はとれているが、なにか世界認識の根源にであわされた震撼をおぼえる。話題になったことはなかった気がするが、耕衣の生涯句を最新集成した『而今・只今』(2013、沖積舎)の栞に中村苑子の往年の一文があって、それで生前の高柳重信が絶賛していたと知り、さすがの慧眼をおもった。
 
句意はいっけん不明だ。まあ「両岸」としるされて川をおもう読者が多いだろう。その川の左右の岸に「両手をかける」には、身体が川面に仰向けに浮き、膨張し透明化し、それで両手が磔刑像のようにのばされなければならない。
 
となると句の真諦は、句作者の自己身体幻想を読者自身のものにする読みから生じることになる。ともあれ句の主題が身体なのにそれは「両手」という部分でしかしめされず、場所の明示もないといった、ないないづくし、減少づくしで一句が組成されている。しかも初五と中七の「両」が換喩的な頭韻をかたどるというより、同字のせいで十七音のヴァリエーションを「減少」させているようにもおもえる(耕衣はこうした再帰性が自在だった――たとえば有名句《死蛍に照らしをかける蛍かな》)。
 
減少による欠落が、そのまま句意や「句の身体性」となって内在余白の位置から反転的にもりあがる。かたちであり、空間だ。この機微を「減喩」とよびたい。読者の心理にうかびあがったからだは、春ゆうがたの疲れはじめた川水と一体化して、しかもその疲労を全身で受けながしている。掉さしている。このとき世界内事象にたいする達観が身体経由でみごとに、かつ恐怖裡にもせまってくることとなる。
 
耕衣型の減喩は種類豊富だ。最晩年の直前期にそうした佳句があふれてくる。《減つて行く我や夕顔の遠近[おちこち]》(『葱室』1987)。破調がうつくしい。「我」の減少が明白に主題化されているが、夕顔のひらきあう不気味な原をまえにしている光景そのものが重要だ。夕顔の開花の無限。しかしその無限は無限のまま夕光のなか茫洋としてくる。幽霊化してくる。欠落的なまだらもある。その「多」に照射されて「我」の「一」が「一以下」に減少する体感が詠まれている。なんという照応図式だろう。
 
《朝顔の時間の高さ思わるる》(同)。「時間」に「高さ」という矛盾的な配合。どこにも蔓の「ながさ」への措辞がなく、読解がゆきまよう。朝がくれば朝ひらくその花を統べているのが「時間の高さ」なのか。それは花の鮮明を片方でもたらしつつ、蔓を朦朧化し、結局は朝顔の総体を「減少」させてしまう。
 
《曲ぬちに曲の滅〔めつ〕あり桐一葉》(同)。虚子《桐一葉日当たりながら落ちにけり》などの従来作が念頭にあるだろう。耕衣は桐の落葉を微視して、そこに音楽を聴いている。その音楽の「うち=ぬち」に、滅亡の芯まで聴きとる。視えているのは桐の落葉であり、音楽の減少、もっというと減少を内在させることでさらに音楽化が再帰する音楽のメタ次元なのだった。
 
《娑婆白うして黒白の牡丹哉》(『人生』1988)。色覚の減少。この世は白一色にしかみえない。そのなかに白牡丹が気配として咲くが、同時に「黒牡丹」もその陰画として隣在し、結果、「世界」は白黒=モノクロームのみずからを達成する。いずれにせよ、色彩世界は理不尽にも減殺されている。「白」といったん宣言・措辞して、しかもそれが「黒白」へと加算されるのは、「減少」世界ならではの図式なのだ。おなじ論理のゆくたてが「三つある」ではじまるカフカの箴言にもあった。
 
《六百年ざくら拝むや六秒弱》(同)。樹齢六百年のさくらは偉容と、おそらくは彎曲による妖気にとむ。とうぜん礼拝価値をもつはずなのに、句の主体は「六秒弱」しかそれを拝まない。六百年から六秒弱への縮減。だが「六」百-「六」秒の頭韻は、なにか本質的な同位性を掘りあてている。つまり六秒は同韻により六百年化するのだ。一瞬の礼拝は永遠の礼拝につながる。それにしても耕衣の「六」の数値にたいする親和はなぜかくも奇怪なのか。有名句《少年や六十年後の春の如し》をおもわざるをえない。
 
《女一人二少年と化す貝割菜》(『狂機』1992)。「一」が「二」になったのだから主題は増加ととられそうだが、時間は進行遡行が自在だ。しかも微視的にみられているのは茎が根もとから分かれているあおい貝割菜だった。したがって一単位=双葉状の貝割菜にあって「二少年」は総体では「女一人」であり、そこでは性が飛躍するほか、「一」と「二」がおなじという脱論理まで付帯させている。増加すなわち減少。貝割菜への嘱目詠をおもわせる結構は一見ちいさいが、減少にかかわる認識の深遠にまで届いている句柄は哲学的におおきく、これまた耕衣の代表句とよぶべきなのではないか。
 

 
松井啓子の詩作の総体的な印象は、詩行的な加算のズレがユーモラスに、かつリズミカルにうまれてくるながめだろう。だからそれは換喩的とひとことでいえるが、真骨頂は以上のべてきたような減喩、その生動の瞬間にこそある。これがなかなかつかまえがたい。というのもその瞬間には、「みえるもの」「みえないもの」の葛藤があり、そこに身体が出現する定則があるからかもしれない。
 
いまのところ最後の詩集刊行となっている『順風満帆』(1987、思潮社)。いっときの彼女は競輪ファンだったのだろうか、冒頭収録詩篇「先頭固定レース」は競輪を題材にしている。発想が奇怪だ。たぶんファンだったM選手(このイニシャル表記は、詩集末部ちかくに収録された「順風満帆Ⅲ」で、たぶん「三木選手」と同定される)が頸部裂傷(骨折?)事故による意識不明で入院していて、その病床で彼と詩の主体がありえない会話を交わし、その後、M選手不在のレースが観戦されるという入れ子型の経緯をもっている(しかもそれが無媒介にしるされる)。
 
前段を説明しておくとM選手の現実味のない譫言からは「ぎおう」「とじ」「しゅんかん」「あわのないし」「これもり」「ときこ」(これらは「祇王」「杜氏」「俊寛」「阿波の内侍」「維盛」「時子」と、『平家物語』ゆかりの語に漢字変換できる)などと選手名がかたられ、それらが出場しているレースが何層にもわたる変換(たとえば選手たちはイヌ化される)を介在させて超絶技巧的に描写(実況)される。その聯(最終聯)――
 
(見てな
先頭を走っている犬
あいつはレースに関係ねえんだ)
Mが前に言ったとおり
風よけの「ぎおう」一匹
弧を描いて
コースを大きくはずれ
Mが前に言ったとおり
残りのイヌが
全力で走り始めたら「M」
次のレースも私は「M」
(きょうのレース
おれ出てねえんだ)
ただ M選手だけ
呼びつづける
 
不在のM選手の車券を買いつづけ声援を送る主体の逸脱のほか、レースの先頭を走りつづけるイヌも示唆され、そのイヌが先頭のゴールをいつも切っている見切りが間接的に生じるが、だとするとそのイヌこそが主観的にはM選手ではないのか。ここには不在者がたえず勝利するという鉄則があり、同時にその事態には配当金がないという絶望もある。

それとともに、レースという伸縮性のある帯状の配列に、不在者の加算が起こっているのだが、そのことがじつはその配列を意味的に減少させている逆説もうかびあがってくる。耕衣が貝割菜に「女一人」と「二少年」を同時に視たように、ここでは「犬たち(多数)」と「先頭を走る(レースに関係ない)犬(一匹)」の等価性が示唆されているのだった。競馬では騎手の落馬した失格の裸馬が、騎乗体重がなくなった自由さから先頭でゴールを切ることがよくあり、その馬に賭けていた客が「勝った勝った」と客席からよく冗談を飛ばす。
 
本稿の冒頭で引用した耕衣「両岸」句であきらかになったように、減喩では「身体」がみえなさのなかでうっすら実質化する。この点は松井啓子でも詩作の主題系のひとつをなしている。一般に「書き足りている詩」がすこしもこわくなく、また「書き足りないとなげくことでじつは書き足りている詩」も自意識過剰でめんどうなのだが、松井的措辞はいつでも耕衣とどうようの無媒介性によって「書き足りなさ」=「減少」が、身体を造形する深遠をひらく。現在の多弁な詩作者たちへの薬となってもらいたいくらいだ。
 
『順風満帆』所収「霹靂」は《落雷で割れただけなら 心配ない/たとえ粉ごなになったとしても/あとでまた もとの大甕にもどるから と/野に出て/ばりばりと/稲妻を浴びてみたのだ》という、クライマックス感のある聯から無媒介にはじまり、あとは時と場所をかえて自他の弁別なく、「身体」異変の光景が淡々と並列されてゆく全体構造をもつ。いずれも風雲急をつげる状況ながら、書かれかたにユーモアや脱臼があって、しかも「冗長」により可視性まで低下してくる。詩篇全体が「外れた場所」から書き換えられている二重性の感触があるといっていい。このとき要約不能性のなかに一瞬、おそろしい「俳句素」が閃く。こうした不如意な構造は、意志的な韜晦をふくんでいる。この詩作上の毒素が、松井啓子から以後の詩歴をうばっていったのだろうか。第六聯――
 
私は走った
最後のひとりの私として
屋根のあるところまではと
油紙になって
飛びこんだあの店の
ビッグ・バーガーがあまりにも大きくて
どれくらい大きかったか
というと
「この世も
すこし遠出すると
あの世そっくりになるでしょう」
店の主人が言ったのだ
それっきり
店中の電気が消え
いくら呼んでも誰も出て来ない
 
「店の主人」の引用科白は俳句的な光芒をはなつが、それが奇怪な物語とありきたりな空間のなかで故意に展開され、抒情性が錯綜してしまう。いってみれば「意地がわるい」のだが、「 」内の店主のことばはそのことで逆に読者をはるかさにむけて呪縛してしまう。それは詩文の「身体性」が、抒情性の減少のなかでこそ真に抒情化される(あるいは哲学性の減少のなかでこそ真に哲学化される)減喩詩の構造をメタ的に外化しているというべきではないのか。
 
いずれにせよ、松井的身体は、詩篇「くだもののにおいのする日」で洗髪の女からふたなりの動物に女湯内の視野が移ったように変貌する。身体の変貌可能性こそが女性性もしくは人間性だという信念があるかのようだ。この「くだもののにおいのする日」の聯を延長させたかのような詩篇「情話」がじつは『順風満帆』にある。そこでは銭湯の女湯に「大仏」がはいってきて、いったんは「庵主さま=尼」と換言され、ただしだれにともなく語られる来歴述懐により越後獅子唄いとも、もしかすると瞽女ともなり、いよいよ対象性が分裂してくる。「遍歴が形象をふくんでいる」ためだ。
 
このことが詩篇の最後の聯で、詩行のわたりそのものへと収斂してゆく。減喩的な詩行のわたりは、理路に似ない脱同一性を進展力にするかぎり、じつは連句的進行を志向するとわかる。連句にいう「打越」での相似の忌避は、分岐性とともに減少の創造をももたらすはずだ。その最終聯――
 
根も葉もないうわさを あちこちに
ばらまいて
体の前を洗っただけで
女湯から男湯へと
大仏は
はしごした
 
語連関がすばらしい。名詞をひろいだしてみようか。「根」「葉」「うわさ」「体」「前」「女湯」「男湯」「大仏」「はしご」。けっして理路ではつながらない単語どうしが最短距離の簡潔な構文でつながり、その語間に「付合」的なスパークがあるとともに、不規則にみえてもじつは練られている詩行分岐そのものも連句の長句短句のつらなりをおもわせる。けっきょく大仏は「ふたなりの動物」だったのだが、その「動物」のもたらす遍歴幻想は、人間の外側をはるかに荘厳し、人知以遠の領域を線型化もしくは円環化させている。
 
ともあれ「詩そのものの身体性」と「詩のなかに現れる主題としての身体」が意味や説明の「減少」によって同時にあやふやな変貌可能性をもつ点が松井詩の真諦だった。彼女は女性詩隆盛の80年代、危険な賭けをしたのだろうか。そうはおもわない。それは趨勢を「すこしだけ」進展させた誘導だったし、女性の変貌可能性なら支倉隆子などにも共通していたものだった。
 
ただし松井詩の特有性は、変貌と減少とが相似るということだったかもしれない。たとえば「とあるからだ」からそのものの負う声とは「べつの声」が出てしまうモチーフが松井詩に散見される。それは「べつの声」を基準にすれば増加なのだが、「とあるからだ」を基準にすれば減少になるという回転双面性をもつ。意外なことにこのことは、前言したように耕衣句の展開と並行していたのだった。このモチーフを『順風満帆』から引こう。最後に収録された「私の声」の冒頭と終結部をつなぎあわせてみる。
 
 ある日ふと、出かけてこよう、そして帰ってくることにしよう、と思ったので、立ちあがりました。
 それでも、出かけてゆくところを見られないで、またここにもどってきているとしたら、どこへも行かなかったきのう、おとといと同じです。せめてそのことを声に出して、「きょうはちょっと出かけてくる。でもじきにもどってくるわ」と言ってみました。すると、その声は私の声ではありません。一度も聞いたことのない、男のひとの声でした。
       *
 やがて声は、私の口からひとりでに飛び出して、「きょうはひどくさむいな」と言い、「もっと薪をくべろ」と命令します。ときには優しいときもあり、「ふとんをもう一枚重ねたほうがいいぞ」と声が言えば、私はそれにしたがいます。
 あれから私がしみじみと考えていたことは、「どういうことについて、おまえは、しみじみ考えていたのかね」と声が言い、つまり私は、この先、私の声といっしょに暮らしていくことになっているらしいのです。
 
「私」を主体化している女性詩としては飄々としすぎ、作者の抒情否定の狷介さをかんじるという向きがあるかもしれない。この詩篇は「声」を軸にして、「差異性」こそが「同一性」だとかたっているのだろうが、それをしも熾烈にすぎるとおぼえられるかもしれない。ならば身体の変貌が遍歴性を加算して、抒情性を吸着してゆくフレーズ(これだってじつは熾烈だ)を最後に引いて、この一連の松井啓子を導入項とした詩論をとじよう。像の分岐が「減少」をも想起させるせつなさを以下にかみしめてほしい。第一詩集『くだもののにおいのする日』から詩篇「夢」の最終部分――
 
私はひとりのひとと二夜交わることがない。陽が昇るたびに、どこかの村はずれのような道端で私は目覚め、くり返しはえそろう草のようにくり返し、花嫁になることだけが決まっている。
 
 

2015年05月17日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

「ねこ」「けむり」

 
 
【「ねこ」「けむり」】
 
 
イヌの存在は境界をつくる。とりわけフラー『ホワイト・ドッグ』やイニャリトゥ『アモーレス・ペロス』などの映画を観るとそうおもう。かたやレイシズムの狂気により訓育された攻撃犬、かたや闘犬にかりだされて目覚めた得体のしれぬ万能犬が対象化されるのだが、イヌのもつそうした本来的な獣性が画面に磁気の横溢をつくりあげると、とうぜん人間「以降」、人間「以遠」の「境界」が意識されてくる。
 
人間性と獣性が対置されると、第三項の「神性」が浮上してくるのが人間の想像力のつねだが、イヌのあられもない獣性は、その身体のなかに境界を幾何学的に輻輳させ、擬人化といった想像的馴致に資するものも、神犬化といった存在の荘厳化も、もたらさない。いわば「それじたいのイヌ」が揺曳することが、けものくさい境界を、共約不可能性を、ゆううつのなかに実質化させるのだ。
 
これらはいわば、同調能力によりペット化に適しているはずのイヌの極相だが、この極相が稀薄化するとどうなるか。イヌは空間にこそ境界をしめす。イヌのいる場所/いない場所は結界をしるし、イヌは自分のいる側とそのむこうを、「こちら」に全身でかたりだす。一般に、庭飼いしているイヌを庭にみることには、そのような付帯作用があったはずだ。
 
さらに稀薄化するとどうなるか。イヌは群れ化して、音響的な外域をひろげる非人間的な遊牧性となる。このばあいの超音波には人間の限定的な感覚にとって警鐘の意味がある。エドワード・ヤン『恐怖分子』では路上の檻に入れられたイヌが写しだされるが、同時に「みえないイヌたち」の不安な遠吠えが多くの画面をかすめていた。
 
細部の記憶が溶解しさっても、わすれられない映画がある。01年のモンゴル/ベルギー合作『ステイト・オブ・ドッグス』だ。ウランバートルの砂塵にしずんだ街をドキュメンタルにとらえる映像に、詩的なナレーションがかぶさりつづける。次第に判明してゆくのは、かたられているのが、いっぴきのイヌを主体にした生成と種族受難、その射程のながい神話詩だということだ。住民の飼育放棄でやむなく野犬化したイヌを行政が「狩る」社会的要請が作品の背景をなしていて(ウランバートルの高層化と関連がある)、ロングショットなどで実際の雑種犬が写った記憶はあるが、語りの主体である神的なイヌはずっと不可視の存在にとどまっていたはずだ。「境界」を現勢化させるイヌの究極は、不可視性の空間的な瀰漫そのものへと変成することだ。イヌが空間化するのではなく、空間がイヌ化する倒錯。このとき倒錯への憧憬がひきがねになって「人間」がふかくかなしい意味で相対化されてゆく。
 
とはいえ、イヌの話ではなかった。ねこをかたろうとしてキーボードを叩きはじめたのだった。孤独にさせておくと風情と品格をますイヌにたいし、飼ったことがないのでわからないが、ねこはたぶん飼い主の触覚をその無の実体にかぎりなく吸着させる。それは飼い主とねことのあいだの「境界」を無化する使嗾として、ふかしぎに飼い主の手許に出現しているはずだ。
 
変成能力としてのねこ。「イヌ」の用字のどこにもイヌはいない。いっぽう「ねこ」の「ね」の字は、そのまま腹這いに坐る横向きのねこを象形していると、たしか金井美恵子がなにかの風俗小説にしるしていたとおもう。ねこは字にすら変成する。となれば、ねこは触覚そのものに変成して、飼い主とねこそのものの弁別を無効化して構わないことにもなる。
 
犬猫のくべつでいうと、松井啓子の特権的な動物は、ねこのほうだ(感覚内に結節する対象がくだものや野菜である点と、それは相即している――松井のねこはみずみずしいのだ)。前回にひきつづき、『くだもののにおいのする日』から、こんどは極上のねこ詩篇を全篇引いてみよう。松井の触覚が、あるいは他者認識が融即的なことが即座にわかるとおもう。むろんそれが「女性詩」の指標となる。男性詩一般なら分節化をあせり下品にあくせくするのみだ。
 
【ねむりねこと】
松井啓子
 
こうした長雨の頃には きっと
あなたはうつむいて
ねこをてもとに置いている
ゆうべの雨も
おとといの雨ももう
とおに手の届かないところに流れて行って
きょうのねこは
くつしたをはいた足音で
あなたの むねの
細長い木の階段を降りてきていた
いまは いっさいのにおいもかたちも
よそにおいて
ほんのまるい気持だけをあなたにあずけて
ねこは浅いねむりをねむる
 
てのひらをやわらかくして
ねこの背中のまるみをつくり ゆびの先で
そのかたさ やわらかさをたどり
たえまなくことばを降らし始めると
あなたはねこのぬくみになり
浅いねこのねむりをねむる
 
ときおり あなたか
ねこかの
いずれがめざめても
鳴くこともせずに
ねむりの薄い戸口に
ただねこはいて
もうあなたは
ちいさいねこの頭になり
ねこの浅いねむりをねむり続けた
 

 
イヌがとおくへ、すなわち空間的にきえるとすると、ねこは自体的=物質的=魔法的にきえる。ねこの自体性は前言のように「ね」の字にねこが象形されている確認でひとまず充分だろう。ただし「べつのものへの生成」という点では松井的な法則がある。「雨」の重畳・反復が時間的な前提となってこそ、ものの変成する条件がととのうということだ。詩篇「くだもののにおいのする日」のときにつづったように、銭湯の女湯に「ふたなりの動物」がみえるためには、「夕立」「長雨」「局地的な大雨」への意識の着地がひつようで、その「局地」が女の子の「局部」へと換喩的にずれていったのだから、長雨から観念連合される「ねこのながさ」もあるはずだ。
 
この点が表沙汰になるのは、松井のこれまたすばらしい第二詩集『のどを猫でいっぱいにして』(1983、思潮社)によってだった。集中に詩篇「長い腰」があり、そこでねこのながい腰が執拗に展覧される。ねこはまるく背骨もみじかいが、ぶらさげてのばすと腰だけながい。この点が端的にねこ的な組成の可変性をつげる。
 
詩篇「ねむりねこと」へもどろう。一聯7行めに「きょうのねこ」という限定辞がおとずれる。「きょうの水」「きのうの水」と置き換えれば万物流転のヘラクレイトスだが、ひとまずねこの可変性は川水の刻々の定着不能性と双対となる。そのねこの警戒心のつよい足音を「くつしたをはいた足音」と形容「できる」とき、松井のねこずきが髣髴するのだが(室内犬のフローリングへの足音が肉球外縁の爪が作用してチャッチャッと煩く鳴るのは、イヌの飼い場所に庭こそがふさわしい点を告げている――イヌは足下の土や芝生と同調してようやくひくくうごくことができるのだ)、一行めの「長雨」は、9-10行め、ねこの降りていった場所として《あなたの むねの/細長い木の階段》の「細長い」を換喩して、この換喩の結果、ねこの外側にあった飼い主=詩の主体=「あなた」が、ねこを内側に置いてしまう空間捻転が出来することになる。
 
そこからは内/外の弁別がいよいよあいまいになり、詩の主体「あなた」と「ねこ」は内外を入れ子状に展開しあって、けっきょく最終聯=第三聯の結語は、《もうあなたは/ちいさいねこの頭になり/ねこの浅いねむりをねむり続けた》と進展的な決着をみる。生成をあらわす動詞「なる」は、そのまえの第二聯5行め《あなたはねこのぬくみになり》にもみえて、詐術的な対象変容に作者も意識的なはずだ。
 
気をつけなければならないのは、自体性と再帰性のもんだいが、詩の修辞と哲学の双方にわたり、作者の側から強調圏点をほどこされないまま提示されている点だろう。ここで第一聯末尾にあらわれる《ねこは浅いねむりをねむる》が分析されなければならない。
 
「生を生きる」(英語ならlead a lifeとなる)、「死を死ぬ」、「ねむりをねむる」という言い方がなりたち、「まぐわいをまぐわう」「食を食〔を〕す」という言い方がほぼ成立しないのはなぜか。「生」「死」「ねむり」では人間に不可抗な同化力があるのにたいし、「性交」「食」は展開や対象をひきこまなければそれじたいが意味化しない欠性がひそんでいるということだろう。だから「ねむりをねむる」は同語反復にいっけんみえながら、ゆるがない構文とみなすことができる。ところがその主語が「ねこ」であったとき、「ね」音の頭韻で一文が急造された動勢が生じて、「ねこは浅いねむりをねむる」が同一領域の微差分割のようにぶれる。頭韻性でもぶれのうごきでもこれは換喩的なフレーズといえて、その微差分割の質をしめすために、あえて形容詞「浅い」が付加的に斡旋されているのだった。
 
この浅さは「ねむり」の質のみならず、「あなた」と「ねこ」の関係をもしめす。もっというと、「あさいものがふかい」、だからそこでは自他弁別が不能となり、相互が相互の付属物となってしまう。これは所有を旨とした男性的な愛着には起こらない、関係のフレキシビリティを指標している。「さわる」ことは大岡信の著名詩篇のように認識とエロチシズムの不分離を形成しない。「さわる」ことは「さわらないことをさわり」、「さわらないこと」も「さわらないことをさわる」と理解されれば、対象の有無のみならず、主体の有無すらゆらいでくることになる。これは松井の哲学だが、女性的聡明性の感覚でもあるだろう。
 
とりあえず「ねこ」とは、隣接性に魔法をかける媒質なのだった。松井詩では隣接性は触覚対象であるとともに可食的でもある。詩集『のどを猫でいっぱいにして』の標題詩篇では「猫好き」の「猫獲り」が対象化され、その「声」でねこをまねきとらえる神秘的なしごとがえがかれる。やがては猫の可食性を前提にした猫の嚥下により、猫獲りの声が猫に変成する結末、さらには猫の仕種への同調が勇み足となってスリッパが猫に変成する結末が二重にしめされる。ねこの体内化という主題は前掲詩篇から受け継がれるものの、いまの説明では何がなにだかわかりにくいだろうから、この散文詩の最後の二聯を引用せざるをえない――
 
《陽が沈む頃彼はもう一度起き出して、とらえた猫の麻紐をほどいてやる。水もたっぷり飲ませてやる。それから今度は彼がのみ始める。/一匹めの猫はただのひとくちでのんでしまう。二匹めはヒゲがのどをくすぐってせきこんでもかまわずひとくちでのんでしまう。そのあとは少しずつゆっくりのむので、三匹めと四匹めは彼ののどのところでかならず鳴いた。五匹め六匹めは口に含んだまま長いあいだ鳴かせ、彼の胃袋に落ちついてもまだ鳴いていることがあるという。//朝、彼の足もとにどんなにたくさんの猫が近づいて来ても、のめる数だけ獲る、「さて、今日はこれがおしまいの猫」と言って、古いスリッパをくわえ、猫獲りはひとこえ鳴いた。鳴きながら長い時間かけてのみ終った。》
 
ねこと「あなた」の同一化=重複化は、さらに詩集『のどで猫をいっぱいにして』ですすむ。詩篇「小動物」がそれだ。事前説明しておくと、詩篇のおわりで、「動物」は「うごくもの」とひらがな分解されるが、空間上視覚上それが「うごく」のみでは「うごくもの」の要件をみたさず、愛着の対象外に置かれてしまう。「うごくもの」への惑溺は、それが動物的なレベルで内在的にうごくとみとめることではじまる。詩篇ラストにあるのはそんな哲学ではないだろうか。松井は動物性を人間化せずに自体的にみつめているのだ。この認知があって、第二聯が事後的に「ねこ」か「あなた」、そのどちらを描写しているかわからない遡行作用が起こる。「ねこ」と「あなた」がかさなっているのなら暗喩とみうけられそうなその聯は、ただ動作のズレをともなう分解によっていて、換喩原理につらぬかれている。それにたいし第一聯は時間進展を暗喩する機能がある。その「小動物」全篇――
 
【小動物】
松井啓子
 
片手にも
かすかな重さの ねこは育ち
もう育たずに
陽だまりの
熱いあきびんを追い抜いていく
みじかい背骨だ
 
坂道を走り始めた捨て水のはやさ
こもれ日のこまかさも ひくいところで
みとれたくて
さわりたくて
ひとかけの しょうが色の
猫の目になっている
 
ねこもあなたも
まよこに切れば
にぎわかな断面がこぼれ出る
そう思って
うごくものを
あいさずに
いる
 

 
ねこの可変性は本質的には人間とおなじだ。イヌのままでいるイヌにたいし、ねこのなんたる特権性だろう。いや、イヌもそうかもしれない。そうおもわせるのが、やはり『のどを猫でいっぱいにして』所収の詩篇「煙」だった。ねこが可変的だとして、なにへと「最も」かわるか――松井の用意した解答が「けむり」だ。とりあえず死してねこはけむりとなるが、いきてうごいているあいだも、ねこはけむりではないのか。そんな一首が葛原妙子の短歌にあったような気もするが、いまはしらべるのが億劫だ。
 
ところで「けむり」が話題となって、記号学上のもんだいも起こる。ねこはイヌとちがい本質的には対象化できない――「自分」なのだから。しかも欠性、かけら、無意識、余白、内在する不可知性、触覚などに諸還元される、それは自己内域に現れる斑点や周囲なのだった。ここでチャールズ・サンダース・パースのなした記号の二大分類をおもいだしてしまう。対象を対象外部との類似性からながめられる記号「イコン」(これなら距離を介在させて「描写」することができる)にたいし、それじたいであるしかない記号「インデックス」という対比。このとき「インデックス」は火が煙と不分離になるような自体性を展開する。松井啓子はねこをインデックスととらえているのではないか。そうもおもわせる詩篇「煙」を最後に全篇引く。松井特有のユーモラスなひねりが結末にあるが、それは松井特有の無常観と不即不離でもある。
 
【煙】
松井啓子
 
むきは風で
長さは
焼きあげるものの大きさできまる
 
かまはそこに二つあった
ひとつは人間のためのもので
もうひとつは犬や猫のようなものを焼く
今も昔も変わりなく
死んで生まれた子や 産まれなかった子供の体は
犬や猫と一緒に
小さい方のかまで焼く
 
焼くほどのかたちに育っていないものは
そのまま裏山の土に埋め
掃き集めた草や木の葉に火をつけて
煙をあげ
焼きましたとだけ伝える
 
 

2015年05月16日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

「すこし」「なにか」

 
 
【「すこし」「なにか」】
 
 
76年にリリースされたストーンズのアルバム『ブラック&ブルー』に、よれよれで、ときに場違いなほどロマンチックな内省もこめられ、それゆえに感涙必至となるラヴ・バラード「メモリー・モーテル」が収録されている。ミックの不良っぽくダルな訛り、曲テンポよりもさらになにかをスロー化させる「粘着映像的な」エロキューション(口跡)が至宝で、この年齢になってもわすれられない。その出だしの歌詞に、高校時代のぼくがすごく動悸したことがあった。訳してみると――
 
ハンナ・ハニーは
桃みたいにフルーティなギャル
ひとみはハシバミ色
歯がすこしだけ反っていた
 
四行目の英語原詞は、“And her teeth were slightly curved”なのだが、美質としてかたられる「歯の反り」の微少さslightnessがどの「程度」なのかまったくおもいえがけず、それゆえに自分の感覚の不可能な深遠に接した気になったのだった。反っ歯というハンディキャップがかわいらしさにかわる「反りの具体性」は果たしてこの世に存在するのか。言い換えると、「すこし反る」と綴ったとき、それはほんとうに顕在的に反っているのか。むしろ心情的に反っているのではないか。
 
ここで「すこし」という副詞(節)の不思議な作用におもいいたる。「すこし+動詞」という配合は、むろん動詞そのものを微細化・微妙化するのだが、それはその動詞効果を否定するぎりぎり手前までの極限化すら出来させるということだ。たとえば「すこし嘔く」でも、「嘔く」と「嘔かない」の中間域があいまいにひろがり、「嘔かない」のぎりぎり手前の微量を、像的に湧出させることがあるのではないか。これは「大量」をなにかべつのものでかすませる、否定よりも効果のたかい根源的否定、というべきものだ。ここで差異の本質を敵対ではなく微差としたドゥルーズ『差異と反復』がおもいだされる。
 
この「すこし」の特性を完全に意識したのは、1980年発行の「夜想」2号でだった。カルト&文芸カルチャー雑誌として東京ニューウェイヴたちに注視されていたこの今野裕一編集の美的刊行物は第2号でシュルレアリスム系の人形作家=写真作家のハンス・ベルメールを特集する。そのベルメールが挿絵を書いた周縁的シュルレアリストにして少女狂、ジョルジュ・ユニェの詩集『枝状に刻みこまれた流し目』が若干26歳の東大院生・松浦寿輝さんによって翻訳されていて、《彼女たちは非人間的に見える/妖精たちを隠しているから。》《彼女たちは四つん這いになる/青い砂糖を手に入れるために。》といった吉岡実的なフレーズのちりばめのなかに、以下のような決定的な詩行がみえるのだった。
 
少ししか夢を見ない、しかしいつも夢見ている女たちよ。
 
夢は見られている、継続的に――しかしそれが少量の継続という限定をともなうときに、この「すこし」はべつな形容詞に変成する。たとえば「ほそながさ」などに。それで少女的な容積のちいささのなかを、なにか銀色の川が一定のしずかさでながれていて、それが夢といわれているような感触になる。これは、夢状のものと川状のものを、許容性のすくない少女的身体のなかで出会わせる、詠嘆とともに微細な暴力なのではないか。このときの「夢」のつくりだす、ほそいひろがりがすばらしい。そこから夢見ているようで見ていない、少女たちの倦怠のひとみが意識されてくる。
 
前回、復刊された松井啓子さんの伝説的な詩集『くだもののにおいのする日』から、「見たこと」が連打される表題作の一節を話題にした。その詩集には、同様の主題の極限をしるしながら、詩篇「くだもののにおいのする日」とはことなり、語彙がさらに減喩的にひきしめられた見事な詩篇「誕生日」も収録されている。以下、全篇――
 
【誕生日】
松井啓子
 
あの日は映画を見た
その前に 切符もぎのおばさんの手と顔
その前に 切符売りのおばさんの手と顔
その前に 切符切りのおじさんの手と顔
その前に 知らない人の靴裏を下から見た
 
あの日は映画を見た
バルドウが
ブリジット・バルドウの役をする映画を見た
『ぼくはブリジット・バルドウが好き』
という映画を見た
 
せんだって金魚売りを見た
少し歩いて
走ってもどって
金魚も見た
 

 
一聯で視覚記憶が遡行してゆく。「切符もぎ」「切符売り」「切符切り」と微細な偏差をくわえられてゆくそれらは、順にモギリ嬢、切符売り場のひと、駅にまだ自動改札のないころの改札駅員ということになるだろう。つまり繁華街の映画館で映画を観る行動が、「見たもの」によって逆回しにされている。とすれば、詩の主体は、遡行そのものを、順行のあとに「見返した」ことになる。そうした再帰性が視の体験の本質のひとつだと作者がいっているようなのだ。となると「知らない人の靴裏を下から見た」のは映画にむかう駅の階段での体験だろう。このときの仰角視こそが遡行を促したとすると、仰角視線と遡行記憶になにかの関連を作者がみとめている予想が立ってくる。
 
第二聯はフレーズ「映画を見た」が、反復による律動効果以上に、冗語的同質性を発散させていて、それでなにか体験=空間が入れ子化する感触がある。観られた映画は、ベベが本人役でカメオ出演する『ボクいかれたヨ!』だろうか。いずれにせよ、映画のなかの本人役は関係性の入れ子をつくりなす。そのことがこの聯の詩法をメタ的に決定しているとかんがえると、このなんでもないような冗語にひそんでいる哲学性がすごいとかんじるようにもなる。冗語を「見る」ことと「入れ子」を見ることがおなじ――作者はそういっているのだった。つまり冗語は空間的な奥行に「たまる」。
 
脱論理的な体裁ながら、「遡行を見ること」「入れ子内包を見ること」と論理的にすすんできたこの破天荒な詩篇は、第三聯=最終聯でしずかに爆発する。「せんだって」という語の斡旋の軽快さ。少女語が期待される文脈に、「せんだって」という「おやじ語」もしくは「公用語」が混入し、それにより詩のわたりに微妙なひねりが生じ、それが詩そのものの「動作」を動物的に生産するのだった。夏の風物誌、「金魚売り」がいつごろまで見られたかはつまびらかにしない。だからこそ読者の曖昧な記憶に、「せんだって」という時制が密着する。
 
金魚売りは、リアカーに金魚鉢、それに金魚を満載させて夏の日盛りを「金魚、金魚」と呼びかけをくりかえしつつあるいていたはずだが、「金魚売り」のもつアナクロニズムを意識し、主体は動悸しながらすれちがい、結局、金魚売りという「ひとの属性」だけが意識に刻まれ、その商売の物質的な証左となる「金魚」を見逃してしまった。だから《少し歩いて/走ってもどって/金魚も見た》。この「走ってもどって」の動作が、子どもじみていて、それは「せんだって」が相当の往年を指示しているか、金魚売りにより詩の主体が子ども返りしたか、それらどちらかの事態をしるしているだろう。
 
むろんこの文章の眼目からいうなら、「少し歩いて」の「少し」が「歩く」動作の実行範囲を朦朧化させる機能があげられなければならない。主体ははたしてどれだけ歩いたのか。それは第三聯が何を見たのかにかかわってくる。文字上では見られたものは「金魚売り」「金魚」になるが、実際は「客体」とその「付属関係性」、あるいは「往昔」そのものが見られていたのだ。
 
見ることは動作的には回帰(あともどり)をともない、その回帰がたぶん身のひねりtwist程度で充分であるなら、「少し歩いて」の「少し」はかぎりなくゼロにちかい歩行距離、じっさいは足でなされる方向変更ではなく、視線でなされる方向変更だったのではないかという気もしてくる。つまりここでは足の動作が書かれることで首の動作が無効化されている。身体部位間の消長がしるされているのだ。しかもその消長こそが「少し」と形容されているのではないだろうか。「すこしだけ」首と足とに奇妙な連携が走り、それで身体がざわめいたのだ。こんなに微細な身体哲学が、こんなにたくらみのないことばで書かれて、びっくりしてしまう。「うまい」のではない。「すごい」のだ。
 
「すこし」が動作の曖昧化をもたらすなら、名詞で曖昧化をもたらすのは「なにか」や「もの」など、間接性をつくりだすことばづかいだろう。その実例として、おなじ詩集から最後に詩篇「夜 あそぶ」全篇を引いておこう。ここでは詩篇「誕生日」(しかしこのタイトルがなぜつけられているかについては、いくつか予想をたてたが、結局かんがえがまとまらない)の意志的な抒情性低下とちがい、抒情性がたもたれている。「見た」という動詞がつかわれなくても、見たものが列挙されながら、時間が魔的にすすんでいったのもわかる。
 
【夜 あそぶ】
松井啓子
 
日暮れの庭で
母子が白く動いている
なにか している
 
頬をよせて
あちこち地面を指でなすっている
わたしには見えないものを
しらべたり
運んだり並べたりしている
 
けさ 四階の窓から
わたしは洗濯バサミをとり落とした
一緒になにか
あっと落とした その
下の方で
今は木琴の音がしている
 
のぞきこむと 暗い庭に
母と子の姿はもう見えない
 
深いところへ
もっといいものをさがしに
二人で降りて行ったのだ
 
 

2015年05月15日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

本日の北海道新聞夕刊

 
 
【本日の北海道新聞夕刊】
 
 
本日の北海道新聞夕刊5面に、ぼくの「サブカルの海泳ぐ」連載第14回が掲載されています。今回串刺しにしたのは、エドワード・ヤン監督『恐怖分子』、ロベール・ブレッソン監督『やさしい女』、それに松井啓子さんの『くだもののにおいのする日』。そう、80年代上映作品と80年代刊行詩集の「リバイバル」を論じることで、日本の80年代がなんだったかをつたえる仕組になっています。とりわけ上記映画2本は新聞にゆるされる語彙で解説するのが難しい作品ですが、その難関をどうクリアしたのかをみてほしい。
 
さてこの5面では異様な「占拠」がみられます。ぼくのコラムは左上に位置していますが、その下が札幌シアターキノでの学生映画感想文募集のイベント告知の記事で、先日のイニャリトゥ監督『バードマン』での上映後のトークイベントが、ぼくの壇上写真とともに紹介され、しかも次回のヤン監督『恐怖分子』のトークイベント(これもぼくによる)まで告知されています。
 
それだけではありません。なんと5面のトップ記事は、ぼくの同僚(文学研究科、映像・表現文化論講座)の中村三春さんが、林洋子、クリストフ・マルケ編『テキストとイメージを編む――出版文化の日仏交流』(勉誠出版)を懇切に解説、しかもその下にはやはり同僚の水溜真由美さん(サバティカル休暇中)が、内戦の記憶を展示の方法で作品化してきたコロンビアの前衛アーティスト、ドリス・サルセドの個展を紹介しています。これはアメリカからの寄稿。つまり映像・表現文化論の面々で、公的な新聞のひとつの面すべてをめずらしくも占有してしまった恰好。なにか機関誌『層』の飛び地がいきなり道新に生じたようです。とうぜんこうして同僚どうしの記事がならぶと、文体比較など、想定外の「誘導」も起こるんだろうなあ。
 
というわけで、本日の北海道新聞夕刊は、映像・表現文化論の学生には必携。読んでないとモグリとよばれるかもしれません。たしか一部100円だったとおもうので、日のかわらぬうちにキオスクやコンビニなどでご購入を。
 
 

2015年05月13日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

「あおい」「ながい」

 
 
【「あおい」「ながい」】
 
 
詩文を不定にゆるがすやりかたは、つくりだせば数多くあるとおもう。まずかんがえつくのは、省略というか欠落をことばのわたりにおしこんで、多義なりあいまいなりをみちびきつつ、空間に生じた隙間のかたちを、そのまま空間にしてしまうこと。これはじつはことばにとって怖いことだ。ぼくはこれを自分の用語で「減喩」とよんでいる。
 
俳句骨法にあるのが、二物間の衝撃や、もっとゆるい対比だとすると、そこでは飛躍量が詩の量に転ずるような方程式化が単純に起こる。ただし詩文のばあいこればかりを連打すると、詩そのものが疲れてしまう。だから行のわたりに理路の狂いなどを容れ、詩篇のなす空間を「欠落によって」円滑化したりする。これは俳句素の横溢する忙しい詩にはできない相談だろう。
 
最近、小峰慎也さんの副羊羹書店から、加藤健次さんの第一詩集『その翼から海がこぼれる』(1991、雀社)を入手した。詩集ごとに敬愛のつづく詩作者だが、やはり第一詩集にはそれ特有の清新さがある。ほとんどの詩篇で、「欠落による円滑化」がみごとに起こり、見えがたい抒情が一篇をつつましく、ぶきみに、親密に、かなしくとおりつくす。読み手は詩にうながされて通過を体感してゆくのだが、欠落を調和させる書き手側の抑制、その遍満が逆に不吉なほどだ。知られておらず、しかも知られていい詩篇集なので、なにかを全篇引きたいが、冒頭詩篇をえらぶことにする。
 
【おもり】
加藤健次
 
小鳥を飼っていた
胸のなかに
いまは鉛が垂れている
「わたし」について
語りつづけた
ひと晩中
つらい時には
からだがすこし傾いて
鉛は皮膚の
びんかんなところに触れている
 
そんなときも
「なんでもないふり」をして
見えないがわで
揺れている人の
きもちがすっかり空っぽになるところから
ひくい声がとどく
部屋のなかにも
こまやかな雨がふっている
「感じ」から
病んでいく胸の小鳥たち
 
モーニングワイドをつけたまま
とてもありふれた生活の
底のほうに吊されて
揺れている人の顔は見ないで
目玉焼きを食べる
「もう、心配はいらない」
すぐに陽がさしてきて
きみの傾ける牛乳パックから
青空がこぼれる
この胸のなかに
まっすぐ
今朝のおもりは垂れている
 

 
「傾けられた」「牛乳パックから」「こぼれる」「青空」というディテールに、感覚的な衝撃がおとずれるだろう。牛乳ほんらいの「白」と空の「青」とが分裂して、何色を感覚すべきかで読み手が不可能域におとされるためだ。ツェラン「死のフーガ」の「黒いミルク」からの転位だろうか(このツェラン詩篇については最新号の「びーぐる」で細見和之さんのするどい論考をよんだばかりだ)。
 
ところでかんがえてみると、形容詞そのものがじつは、詩文を不定にゆるがす媒質だと、さらなる整理もついてくる。いまの「青」「黒」にしてからがそうだ。たとえば「あおい」とひらがなでかけば、「青い」「蒼い」「碧い」にぶれて、結果、「中間」がひだをひろげそこが定義不能性の棲処になる。「くろい」としてもどうようで、「黒い」「玄い」「黝い」ていどにはブレて、しかも「くらい」との読みちがえまでそそのかす。白にくらさをかんじることもあるのだから、白とは黒のことではないかといった感覚ショートさえおこる。
 
「ながい」はどうか。ナノ単位からみれば1センチでも気絶的にながいと気づけば、長さがじっさいは観察される世界に内包されている相対性そのものにきびしい審問をかけていることになるし、紐のようにほそいものに長いを上乗せ形容できる条件がとつぜん不確定になったりもする。
 
あるいはぼくが最近の連作でやったことだが、長いという形容を通常もちいない対象を「ながい」と形容して、「ながさ」の概念をゆるがせたりもする。「ながい空」と書いてみたし、あるいは雪ふりにともなう乱れ切った「雪舞い」の線条を、蜂のさわぎを聴くように「ながい」としるしてみたりした。
 
もちろん空間的な「長い」と時間的な「永い」の弁別なども、もともと日本語ではいいかげんで、ふとしるした「ながい」が時間空間の弁別を溶解させる力さえひきおこす。がんらい時間と空間はわけられるのか。こんな根本的な疑問が生じれば、やはり「ながい」が相対性そのものを審問にかける感覚域の入り口にあるもの――「形容的な導入項」だとわかってくる。
 
「長い」はたしかに世界のある部分のほそながさを喚起しながら、それとむかいあう自らの所業をよわい、しかも執拗なおわりなさへも架け橋してゆく。支倉隆子さんの《柳の国から細長くお便りします》(『酸素31』1994、思潮社)というフレーズからかんじられるうつくしい重複感は、ながさにより世界を融和させる通常性からの進展だろう。
 
けれどもながさは人体に適用されれば、過度の抽象化をよびこんで、人体のぶきみさをもむきだしにする。たとえば中本道代さんの「異国物語」(『春分』1994、思潮社)にみえる以下のわたり。
 

 
うなぎeelsをあなたはきらいだと言った。
 
私はそんな長い体について考える
 
  蛇 ミミズ
ことに ミズヘビ アナコンダ
 
私はあなたの長い体について考える
 

 
蛇体は一般に長いとみられるだろうが、人体はなにを基準に、そのぜんたいを「長い」といえるのだろうか。「永い」しかいえないのではないか。「うなぎをきらう」という独白により、「長い」蛇体の数々が見消のように作用して、領域侵犯を起こし、永いからだが長いからだへと変質したのではないか。侵犯が本質的に「無のからだ」を媒介にしておこっているととらえると、じつはこのくだり=わたりで「ながい」のは、三つにわたり介在されている「行間空白」のほうなのだと、ぼくなどは感覚してしまう。そうしてさらにおもしろくなる。
 
伝説的な詩集だった松井啓子さんの『くだもののにおいのする日』(1980、駒込書房)が、うつくしい新装版(2014、ゆめある舎)で復刊されたのはすばらしいことで、そこでは「やわらかい奇想」により、女性的な日常が詩に変成してゆく経緯がゆたかにたどられてゆく。簡単なのに厳密な修辞によって各詩篇が終始一本化されていて、同時にしずかだが生々しい「息」をもかんじさせる。それは吉田健一や石原吉郎、あるいは貞久秀紀さんとはべつの流儀で反復される「同語」が、認識の再帰ではなく、息の回帰という、生命的なものを基準にしているからだとおもう。
 
詩集標題詩篇「くだもののにおいのする日」では「見た」「見ていた」「眺めていた」が適所にはいりこんで、律動のくさびをうちこむ。反復と間歇の按配がよく、たとえば「見た」の列挙が遍歴をしるしてゆく一聯のあるボブ・ディランの名曲「激しい雨が降る」と似て非なる詩興をかたちづくっている。その二聯では詩的主体が「銭湯」(女湯)で「見た」ものが以下のように列挙される。
 

 
わたしは銭湯へ出かけ
髪を洗う女のひとの
長いながいしぐさを見ていた
まだ明るいうちの湯舟の色と
流れてたまる湯水を見ていた
夕立も長雨も
局地的な大雨も
小さい女の子の小さい局部も
長なすも丸なすも
ふたなりの動物も見たことがある
 

 
男湯にいても裸身でいる他の客と照りあって性の無化、あるいはトランス化が起こるのだから(ぼくはそれを『静思集』「人乃湯」でしるした)、ふたなりの動物を女湯の湯気のむこうに感覚したとしても、おかしくはない。ただしそうした感覚を誘導するものがあって、詩行のおわりから遡行して、なにが視界をよぎったかをあらためて確認してゆくと、順に「丸なす」「長なす」(これらが女身のなにを暗喩しているかはもはや読者の裁量にまかされていて、実際は喩を形成してはいない)、「女児の陰裂」「雨の諸相」「流れる湯水」となってゆき、最後に、最初に現れていたのが《髪を洗う女のひとの/長いながいしぐさ》だと確認作業が停止する。
 
「長い」は髪そのものに移り、おんなの洗い髪の長い線型的なながれを感覚させながら、実際はしぐさにたいして「長いながい」と形容されている再認がおこる。豊富で川のような頭髪量によって髪洗いの所要時間そのものが面倒に「永く」なっていて、この長さ=永さに、詩の主体が時空の幻覚的な融解に接するように眼を奪われ、しかもそれが湯気のなかでどこかおぼろだという「像=非像のようなもの」が現れているのではないか。逆にいうとこれが最終的に、どこか戦慄的な「ふたなり」まで像=非像を展開させてゆく導入項をつくりなしていて、そこに「ながさ」という相対性幻惑の「道具」がまさにひつようだった――そういう理解になるのではないか。
 
「長さ」から起こる幻惑や減退や世界了解は、長さを達成尺度としてのみとらえる男性にではなく、女性にふさわしいものかもしれない。夭折した松下千里さんがながめやり夫・松下育男さんを「ながさ」としてとらえたときにも、厳密な幾何学性が心情の幾何学に変転してしまう不如意が、むしろよろこびとしてつづられ、そのよろこびのなかに愛着がやはりたしかに息づいていた。散文詩篇「晴れた日」(『晴れた日』1989、遠人社)の第一聯と、ことに最後の一文の構文性=語順が奇蹟的な第四聯(最終聯)――
 

 
半裸の月をかかえ込んで、老人のように、あなたは今、
光にうすまってゆくのだから、薄い血すれすれに囁きか
けるあなたの声は、もう私には聴こえない。
 
晴れた日、
あなたはたぶん何かの表面だ。
永遠というのではなく、
けれども晴れた日、
あなたは何かとても長いものだ。
 
 

2015年05月13日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

黒沢清メモ

 
 
【黒沢清メモ】


1)黒沢清の映画では行動と選択だけが中心的に転写される。

2)その行動が寓意的にもみえるように、人物からは表情や予備動作が消される。

3)世界と人間ともどもを等価にする状態として、空洞がえらばれる。そこを影のようにうごくなにものかがあること、それが「シネマ」の時空をつくりだす。それは人体内にあってもそうだ。人体内にあるこれならば幽霊や磁気とよびたい。
 
4)調和と整合性を双対にする通常の世界観にたいし、非整合性を調和的にうごかすのが黒沢清特有のリズムだ。
 
5)自己と自己との関係が内包であり外延でもあることが、存在と行動をいつも規定するが、こうした関係が非親密的であれば、カフカ的な「悪」の身体がにじんでしまう。合致という、窒息と不安。黒沢清はその身体観を、さらに世界そのものへと内包/外延させる。
 
6)上記五つの分析は黒沢清の創作の厳格さを束ねるが、そうした集中の外側を恒常的に流動するものもあり、それらは「優雅さ」「上品さ」といった、別系統の語彙でしか表現できない。その優雅さは偏奇性とも接触している。だから幽霊が撲殺される。あるいは女優がうつくしくうごめく。血もすくない。
 
7)黒沢清の映画には速さ、分散、数の過剰、反復魔力、決定不能性がつねにあるが、編集カッティングの陰謀はほとんどない。ホラー作品の一部にのみ、その例外がみとめられるだけだ。しかも彼はそれを「持続のなかの飛躍」としてのみもちいている。さらには、この7に掲げた概念ならば、すべて微分的な時間論(襞のある時間論)のなかへ編成することができる。彼の映画の機械性はこの点にこそかかわっている。
 
8)陰謀=まやかしは事物間の距離を無化するが、行動は、踏破や接触や攻撃を志向するかぎり、事物間の距離を前提とするしかない。黒沢清にあって価値化されるのは、つねに陰謀ではなく行動のほうだ。忘れてはならないのは、行動の高密度が停滞をも結果する逆説だろう。
 
 

 
昨日はMC特別入試の口述試験、その後は留学生・黄也くんによって中国の雑誌に向けおこなわれたぼくへのインタビューで、黒沢清監督の話題がつづいた。それらで語ったことを圧縮的・付加的・備忘録的にまとめてみました。
 
 

2015年05月10日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

下村康臣

 
 
いちばん再読に向くジャンルが、詩集歌集句集、それと哲学書だろう。小説ではどうしても「物語」を「消費」してしまい、その感覚がのこって再読が億劫になる。細部のおもしろい作家なら数多くいるのだが。
 
詩論の進展をもくろんで、このところ詩集の再読を自分に課している。昨日は架蔵する下村康臣の詩集全冊(7冊中5冊を所持)にとりくんだ。2000年に50代半ばで物故した下村にはどうしても伝記的要素がまつわる。歩行が不自由だった身体の障害、それとススキノでの仕事で生計を立てていた特殊環境、さらには色街のおんなたちを「リサたち、サキたち」と抽象的に呼称し、それらとの性愛を思索した作風。対象と自己それぞれの「交換可能性」をふかくとらえる瞬間に、下村からみられた視界が憂愁をおびる。それが世界そのものの実在につうじている。だから下村詩をよむと、いつもボードレールをおもってしまう。
 
方法論でいうと、下村は自覚的に詩の散文化、あるいは散文の詩化にむかった。「障害者たること」の哲学が、金銭や恋愛の哲学とむすびつく独自の思弁が、天与ともいえるリズム感で躍動し、実際は難解なはずの自己発露、世界認識が、おそろしいスピードで「読めてしまう」。ずいぶんと錯綜しているのだが。
 
経歴的印象に反して、詩の蓄財がもともと下村にはあったようで、同人誌「鰐組」に発表された詩篇にも技術がしっかりしているものが多い。特筆すべきは、みじかい余命を宣告されたのち病室でつづられた最晩年の『室蘭』『リサ、リサたち サキ、サキたち』『跛行するもの』だろう。詩的爆発としかよべない事態が起こっている。この意味では古賀忠昭や山口哲夫の最晩年に印象が似ている。そのように「白鳥の歌」をうたえる生は、たとえ環境がくらくても、ひかりにみちている。
 
ぼくは現在札幌在住なので、下村詩に頻出する地名から一定の感触をえることができる。「札幌詩人」という点で下村は最重要で、入手しにくいその詩集の全貌が北海道の有志で再編されるべきだろう。笠井嗣夫さんなどと交渉もあったのだろうか。笠井さんからなにか聞いた気がする。
 
下村康臣論はいずれ書く。ぼくの好きな江代充-貞久秀紀の系列とはまったくちがう速読可能性、爆発感、未完成感が下村詩にはあって、それゆえに詩論の拡張には必要な才能だからだ。未読のひとに方向感をしめすなら、中尾太一さんや岸田将幸さんのやろうとしている吐露に、見事な先鞭をつけているともいえる。ただし下村詩の進展は単力的で、おふたりのような自意識の痙攣はない。まだまだ再読が足りないが、下村詩の哲学性をそのフレーズからひとつだけ抜き書きしておこう。
 
比喩が剥がされると
暗闇の世界で
動詞が主語になる
(『黄金岬』「黒い袋」)
 
主体性とは主語性なのか動詞性なのか。ドゥルーズ『襞』にいわせれば、主語性を定着したデカルトにたいして、ライプニッツは動詞性を果敢に追求した。
 
 

2015年05月09日 日記 トラックバック(0) コメント(1)

近況

 
 
水分を濾し体液とするのが木なら
その精彩あるゆれは液体的にひかる
そらと地とをつなぐものとして
かつては魚もやどらせていたのだから
葉のしげりのすきに星がみえるのも
うれいをかりたてる異教ではなく
その夜その夜の異数にすぎない
影にあって影のかおをする木だちは
おんなとちがい枯れ枝をもふくむ
そんな分散をまぼろしとながめ
水のとおらない新緑も嗅いで
ひとめいた迅さで年老いてゆく
 
 

 
つれあいとすごしたGWも終わった。札幌の気候はずっとよかったが、あてにしていた千島桜観賞は花期がおわっていて門を閉ざされた。失点をおぎなうべく行った南平岸のラーメン屋が旨かった。つれあいはカンヌ映画祭のまえは資料の打ち込みで忙しく、その他はしごとをするつれあいとともに録画済ドラマをみまくったくらい。録りだめをしていた正月クール『限界集落株式会社』の出来がとりわけ見事だった。
 
このところするどく背に食い込む荷を負った気がしている。ひとつはGW突入直前にしあげた自分の詩集だが、もうひとつは現代詩文庫の『江代充詩集』の存在だ。すでに何度か読みなおしているが、「つかめない」。つかめないのに繙読すると、時空感覚が清澄になる。この江代詩の原理を概念化できなければ、つぎの詩論の構築がおぼつかない。
 
屈折、シフターの無視、想起の自由、静謐、過去の現在化、文法破壊、祈祷・敬虔、謎・曖昧……江代詩においてはそれら混ざらないものが容易に混ざる。字は「そこにあって」、なにも減っていない。けれどもひかりに透かされた像はひかりの親密さと同時に、非親密にゆがんでもいる。それが江代的な聖画だ。ようやくなす了解、その過程を自己吟味すればアフォーダンス的になって、かぎりない記述すら呼び込みそうだ。読み手のことばを詩の外側が吸着するのだが、これほど「それじたい」である構成的な詩も滅多にない。この矛盾をどうしよう。詩集構造をにらみながら一篇一篇を冷徹に玩味するしかないのか。
 
それにしても現代詩文庫にまとめられると、オリジナルの江代詩集が読みたくなってしょうがない。収録選別を確認すると、たとえばぼくのもつ『昇天 貝殻敷』でも素晴らしい詩篇の数多くがばっさり落とされている。ならば未入手の『公孫樹』『みおのお舟』『白V字 セルの小径』でもどうしても原典を確認したい。だれか所持するひとに借りようか。いずれは書肆山田が、かつて辻征夫の詩文庫化にあらがって詩集成を出したように、大冊の『江代充詩集成』を出しそうな気もするのだが。
 
江代充さんの詩は劇薬だとおもう。これほど他の詩作者を色褪せさせる作物もそうそうないのではないか。ぼくもまた自分のしあげた詩集を自分へたもつのに必死だった。それでも困難へと突き進まなければならない。自分をしばりあげるために予告しておこう。江代詩の読解はとりあえずその中期を遡行するかたちで――詩文庫収録の『白V字 セルの小径』『みおのお舟』『昇天 貝殻敷』の順で――これからはじめる。
 
 

2015年05月08日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

 
 
【迅】
 
 
せなかにくうきをおい
あるくごとに
てまえをひきぬきながら
くうげきをふやしていった
ゆっくりのなかに
はやさがおくまれば
ひかりも四方にちらばる
みちと路傍にくべつのない
あたりのたいらには
そらがたしかにおりていて
かるさをすべってゆく
そのあしどりでは
あしがなにもとらない
ゆくところはいつのまにか
とおい水上となり
たちどまれば紐のすがたで
なにかをみずへおろせる
のばすからだを垂線にして
あしもとへ幕をひろげ
はやさはとじられる
 
 

 
きょうから女房がくる。ことしはさくらがはやく、女房も札幌GWのさくらを堪能できそうだ。染井吉野より、蝦夷山桜、千島桜をいっしょに訪ねたい。北海道のさくらは多様で、その多くにさみしさと野趣がある。
 
いつものことだが、女房が密着すると、とたんに詩がかけなくなる。じぶんが吸われてしまうのだ。いまは詩集の仕上げ時期。完成をのがして、女房のいるGWにまたがってしまう不作を避けたい。亀岡さんに詩稿差し替えの無理をおねがいした以上、鬼のくるまえの駆け込みセーフをねらっていた。
 
それでこのところ、いちにち二篇にちかいハイペースで詩をつくっていった。発表がいそがしすぎてFBのいいね!も減るのだが、なに構うものか。いまのこれで予定収録数の72篇。詩集ははれて満尾となり、女房の来札まえに無事メール入稿できる。なにをやっているのか。じぶんでもよくわからない。
 
それにしても一日に詩篇ふたつは疲れる。脳髄が灼ききれるようだ。小樽の同人誌にも詩篇を、もとめられるべつの行数で書いて、三篇しあげた日すら最近あって、そのときはもうふらふらだった。
 
この最後の詩篇では、縁のふかい貞久秀紀さんのおもかげを追ってみた。詩集ぜんたいがそういうトーンだとおもったので。ぜんたいのながれは、ストックとして貼ってある原稿でこのところしつこくたしかめている。たぶん大丈夫だろう。
 
ということで、以後当面は女房に日々をささげ、ネットアップをおやすみします。
 
 

2015年05月01日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

 
 
【南】
 
 
伴奏だけがひびき
うたごえがない
はじまりつつある
くうげきのくずれに
かわらないうらがわが
とおくはりついて
へだたりをつたえる
そんなおんがくへ
はやしはゆれていった
弦を擦る弓の数千が
おなじにうごこうとも
みたとおもうものは
ならびのあいだで
たがいをすべなおす
衡りかもしれない
くらいのどがうかび
うたごえすらない
そらやみもまた
かけたあふれだろう
ひとらのみなみに
 
 

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