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ENGINE EYE 阿部嘉昭のブログ

 
 
【伴】
 
 
やわになった伴の字のように
うすやみへうすいろおびて
からだのほかをくりひろげる
うすいろでうすあかりするから
ともなうことをするからだは
すわる長椅子にながさをそわす
ふたつあるひとがひとつあり
ひとつある身をわかれもさせて
しずかながらあげる双の脚に
かいびゃくひとつゆらめかせる
 
 

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2015年11月29日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

明眸のゆくえ

 
 
【明眸のゆくえ】
 
 
眼のものでいたそんざいは
くさのさいぶがおおわれ
はだかぎのかたちだけがのこり
町のひみつをけしてしまった
ゆきふりのひどさにあえぐだろう
ふった途端の塗炭のくるしみ
それがひとみをくろくして
やがてをこがれつめられるのだ
ゆきのみずけがうしなわれ
よりいのちのない粉となって
こなのまへいたずらに粉のまう
くうかんのひわいでくずれながら
ぎこちない路上キスをかくす
ふたつの失視へうつりきるまで
 
 

2015年11月28日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

ながい

 
 
【ながい】
 
 
ひとよにしてとつぜん
ばくだいな雪をひばくした
あさとなればあしもとを
こおりの瘢痕がへびめいて這い
おずおずと髪へこまかなしろふを
かんむりしてゆくさいわいでゆれる
みなくなればなるほどにうすく
しずかな天もおのれをみたす
ほろびは反映にやどる法則だが
ゆきなかをゆくことでは
なんらの反映もないこころがなしさがつきまとい
ぶかっこうにしてみなの二行はながくなってしまう
 
 

2015年11月27日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

指呼

 
 
【指呼】
 
 
套にまもられたむなぢがあり
からだの汽水域と呼んだ
しおめの濃さ淡さがながれ
冷たさ温さをわかつ場も
しらないゆききとなる
そのつぎになづけるべきは
むなぢをかかげあげる
ありさまのくびれだろう
おんなめいたかくれの
ぶんかつはかたちみなへ
ひそんでいるのではないか
しおと水をしわけてゆくかたを
みめとみるめそれらのものの
しずかな想起とさえ呼んで
あさせのへりをゆかせた
 
 

2015年11月25日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

 
 
【庇】
 
 
(以前も夢にみたごとく)という
丸括弧でかこわれた留保と比喩の節が
あさくつづくゆめのなかにあって
ことばをなかだちされたそれは
夢の原質とはかすかにちがってみえ
ちがってさえおもえるのだろうか
たとえばふしぎとうすくかんじられる
ひさしがたてものへむすばれていて
そこが夢のゆめをたくわえているなど
 
 

2015年11月23日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

ラーゲ

 
 
【ラーゲ】
 
 
かくれぼやけてみえないからこそ
そこをうごくものが惹きつける
ひかりのころもにつつまれて
はだかもまたそうあったはずだが
ゆきがふりだすころからだは
しゃがむくるしみをあたためる
葉をおとしきった樹のあいだ
裾のひらいたかつてのホノカを
ただのホノカとつまみあげるまで
みとおしは裏庭をとおくぬける
ひとつのおもいのかけら、ラーゲ
 
 

2015年11月21日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

逢瀬

 
 
【逢瀬】
 
 
まなざしがしののめへむかう
糸のようなものだとすると
もつれたそれが曲馬のひとを
うつくしくおもわすことがある
けさのホノカはふゆの毛の
ふさふさあるきでおとをしずめ
やますそにかくれるしとねも
あらかじめホノカのいろをして
移動そのもののあいだをふかめた
ならびあう朝はそうしてたどりつく
まととした、かれくさのしとねに
 
 

2015年11月20日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

有限

 
 
【有限】
 
 
ここからほねをかぞえながらみとおすと
だいすきなホノカのひみつがしれた
枝状の肉がまどをこすりつけるようにして
おくゆきにあるものはいつもみだれ
うごきも展開へと翻訳されてしまうので
りったいからとおさでは風姿がとけて
みとおすもののだいすきすらかわり
あることがそのまま囲いをつくりあげる
そんなホノカともおなじ有限がゆれた
記憶を撮る、罪をおかしたまさにそのとき
 
 

2015年11月19日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

旅のすすき

 
 
【旅のすすき】
 
 
旅にでたときしばしばガイストにであうことが
しずかなたのしみをおりなすとはみとめるが
旅にでたときのからだのこころもとなさが
けしきのすきまというべきものになかだちされ
山の褶曲、すすき原のてまえなどで茫ぼうと
てらされる身のまわりをただひろげながら
それでも身がちぢまってゆくのをおぼえ
なにでもないながめにたったひとつじぶんの
やすらかな息のまとまりがこぼれるとして
旅とはべつのおんがくをそう聴く分身がいて
とりまくすすきともすべてないまぜになる
 
 

2015年11月16日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

闇の伴走者+浅野いにお

 
 
【闇の伴走者+浅野いにお】
 
本日の北海道新聞夕刊5面に、ぼくの連載コラム「サブカルの海泳ぐ」が載っています。今月は映画『バクマン。』のマンガ創作シーンのくわしい説明を皮切りにして、つぎのものを串刺しにしました。
 
1) マンガのアシスタントの世界を蠱惑的にフィルムノワール化したWOWOW連続ドラマ『闇の伴走者』。

木石のような「堅さ」がかえって可愛い松下奈緒(調査員)と、露悪家でクセのつよい古田新太(ベテランのマンガ編集者)が、巨匠の作品としてのこされた奇妙な性犯罪テーマの短篇と、それに連動する実際の女性失踪事件の解明に挑む。TVコードギリギリの女性監禁映像の官能的なうつくしさ、マンガ現場に即した専門的推理、疑惑の中心がつぎつぎに変化してゆく不安定な物語など、さすが浦沢直樹と『PLUTO』をつくりあげていった長崎尚志の原作といえる。今月末にDVDボックスも発売される。
 
2) ETV『浦沢直樹の漫勉』シリーズ中、浅野いにおの回

マンガ家の仕事現場(とくに修羅場中)を複数の定点カメラで捉え、編集した映像をもとに、浦沢直樹が当該マンガ家にインタビューするというよりも経験談をぶつけあう。これはマンガファンにとってはコアな企画で、しかも浅野いにおの回で浅野は、惜しみなく自分のコンピュータ作画技術のなかから、とりわけ写真スキャニングによる風景画作成の方法を開陳した。マンガ創作の最先端はクールさと同時に、熱狂的な「執拗さ」がある。
 
――とまあ、コラムとはべつの書き方をしてみました。まあ、一部50円なので、コンビニかキオスクで本日の道新夕刊をお読みいただければ。
 
 

2015年11月14日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

形姿

 
 
【形姿】
 
 
形姿としてしかひとがみえないのは
かんがえなおせばまがなしいのだから
あさもやからでてくるこいしさが
こいのままときにすがたへふくらみ
いっときはかたちにまでやせゆくのを
きりのながれることわりととらえて
みることなどするひとのたかさにいる
 
 

2015年11月13日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

教室の動物

 
 
【教室の動物】
 
 
かたりかけるわたしをみていただくのは
ふだんのなかではかなりほこらしく
それは連用にちからをいれた構文のつながり
ないしは硝子ばりの深秋教室のなかでは
ときに川にみえるぎんいろのながれへおさまる
かたりかけるはずかしさからはなれるには
くりかえさずただうつりとなる合理が要って
ひとなのにそうとみえないみえかたのまがりは
じんたいのあらたな関節のようかもしれず
関節と発音するたび骨が発掘されるひとまえは
それじたい場にすぎぬからはずかしくなどないが
声帯だけがのどからはなれどうぶつとみられる
 
 

2015年11月12日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

人質

 
 
【人質】
 
 
じぶんを質屋にいれるのもたいそうなので
じぶんを人質にしてまどわくにおくと
きのうからわいている情がきょうもわき
さかいめのおおくでまざっているとおもった
まとまらないおとこのからだをもつのが
すごくはずかしくなったときすでに
崇高なおんながじぶんにあらわれていて
それがかたちへわかれて均されたのだから
すみながらかすんだまどのおくゆきにも
または借入のあの世までのびる罫にも
しょくぶつのまがりはつづられていった
 
 

2015年11月11日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

なかだち

 
 
【なかだち】
 
 
身をうすくするなかだちが水で
ほとりをゆくことじたいあやうい
ゆれる枯れ蓮どうしがこすれあえば
ねこをなして瞳孔もほそまり
なかだちの者みなおそれにそまる
ひゆによって、ひゆのさなかで
 
 

2015年11月09日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

しごと

 
 
【しごと】
 
 
よふけにわたしをおこなっていると
いつのまにかあしもとは銀になり
羽虫があまたしんでいると気がつく
とぶはかなさなどいずれもえるし
残りと消えにもふたわかれするから
ちぐりすゆーふらてすのようなものは
双の耳それぞれへめぐりながれる
 
 

2015年11月08日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

係恋

 
 
【係恋】
 
 
よつばいしてふかく野にひそむと
ひじとひざのよっつがつたわり
まとまらない秋を身におびるので
いよいよすがたがよわくなった
けものをからだにおもいおこすのは
こしかたへのものぐるいをなして
かたちじたいもほねがちにする
この係恋は吼えればいいのか
 
 

2015年11月07日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

戯れ言の笹舟

 
 
【戯れ言の笹舟】
 
 
詩の味方から詩集がとどき
いきをとどめてよみおわると
あたりはゆるやかにうるみ
ひとのにおいをはなつおのれを
端居へつるしおくことにした
詩からひろったけしつぶを
左右の耳それぞれのうちらで
気泡となるまでころがして
なみに揉まれるあたまをふり
おのまとぺもてころころと
おくりぬしらへかたりかけた
 
 

2015年11月05日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

かしぐ

 
 
【かしぐ】
 
 
立ちがあんていしていないつぼの
そのなかぞらというべきうちがわへ
かれくさをたばねひろげて活けて
むかしよろこびあったおんなとして
こころのそばでゆるがせてみると
ゆれのなかにゆれの層あるけはいが
おもういぜんすらふやしてきて
ところどころはかしぐようになる
 
 

2015年11月04日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

石のくずれ

 
 
【石のくずれ】
 
 
石がそこにあるさまはみえるが
あることの持続じたいはみえない
しずかさへのおびえとはそんなもので
ひろってなげるうごきをつくりあげ
わずかなとおさを野へ設計すると
くうきが波紋めいたおのれをゆらし
ずれたがるこの世がたしかにずれ
音のさそいであるしずかな石も
うるわしくうちがわがくずれだす
 
 

2015年11月03日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

近況

 
 
渋谷ユーロスペースで公開がはじまった池田千尋監督・脚本『東京の日』の劇場プログラムに原稿を書いています。ひさしぶりに稿料のいただける映画評。風景と心情の「放心」に焦点を当て、稀薄さが何によってうつくしいのかを綴りました。池田監督といえば『東南角部屋二階の女』が著名ですが、来年公開予定、黒沢清監督の『クリーピー』の脚本も、監督と共同で手がけています。
 
それにしても、どんどん映画評論家としての活動が減ってきている。ほとんど北海道にいて試写会に行けず、ビジネスチャンスがつくれないのだから当然なのですが(札幌にも試写があり、案内もいただくのですが、いつも日程が合わない)、なにか札幌の風土が学術研究的なアプローチのみをうながすようで、授業準備以外にこのんでみる映画も、DVD鑑賞による、ふるいものばかり。ときたま札幌のロードショー館やミニシアターで観る新作につき、ネットで映画評をしるすだけになっています。それでも(長い原稿なのに)外部ブログで意外な拍手数をいただくこともあります。
 
そんな不完全な立ち位置なので、仕事がどんどん詩に傾斜してくる。自発的に書いている詩以外にも、詩にまつわる評論、詩誌から依頼される詩稿で、なにかひっきりなしに〆切をこなしている感触があります(北海道新聞の月イチコラムもあるけれども)。一人暮らしのしずかさ、学生の地味さなどが環境の大半なので、どんどん東京発の情報にも疎くなってくる。現代思想系の本を読むことが多く、内実も世俗ばなれしてきて、このさきどうなるのか、自分でもよくわからない。とまあ、気弱なことを書いているなあ。
 
今日はオールデイ授業&オフィスアワーなので、〆切前倒しで昨日、「現代詩手帖」の年鑑アンケート回答原稿を作成し、編集部にメールしました。これが終わるといよいよ年末という感慨。例年だとこのあと所属講座の機関誌「層」の長稿作成という大任に臨むのですが、前号の発行がすでに半年以上遅れていて、今年はどうなるのかわからない。扱いたいものは長短それぞれ二案あるのですが、引用文献を中心に、そのどちらの準備をすべきなのか。これが定まらないので、不安定な感触がいやましています。
 
それにしても今年はこころ惹かれる新作映画がすくなかった。当たりは十分の一の確率ではないか。東京の、映画学校系の若手作品が観たいなあ。依頼してDVDを送ってもらうこともできるのだけど、出来が意に添わずノーメンションの不義理になってしまうのが怖くて、以前のようには積極的なメールのやりとりをしなくなっている。札幌の自宅に届いてくる東京での試写状の束に、ためいきをつくばかり。しかももうじき、雪だ――
 
 

2015年11月02日 日記 トラックバック(0) コメント(0)