ENGINE EYE 阿部嘉昭のブログ

片渕須直・この世界の片隅に

 
 
片渕須直監督『この世界の片隅に』は、ことし最高のアニメ映画だ。のんの声優起用、その奇蹟的な成功により、作品の「口調」がふんわりふわふわしている。それと同様の「ふわふわ」はコトリンゴの音楽(声がのんに似ている)、パステル調ともいえる淡い色彩設計、ある悲劇的な瞬間にその本質を露呈する輪郭線の、「定まらなさ」をふくみこんだうごき、ときに二拍子にまで短縮されるフリ-オチ形での挿話の連鎖などにもみとめられる。そうした「ふわふわ」から戦争による残酷=「欠損と死と喪失」が予想外に舞い込んでくる。「まいこみ」に「ふわふわ」があり、現実の表情とはそんなものなのだろうとおもう。もちろんそれに息を呑む。これほど残酷の実相をえがきえた作品など、ほぼ存在しないだろう。
 
実写なら、黒木華を主役して、亡くなった黒木和雄さんが撮りたかった映画だろうとおもった。フェミニンさによる戦争の転覆。坂口安吾がやりたかったことでもある。ところがアニメだから実現できる精度に作品が達している。作中のおんなたちの世界認識のふてぶてしさ、あるいは嫁と小姑の定番的対立、それらの可笑性にくわえ、旧い日本家屋の捉え方の多彩さ(とくに室内)、玄関土間の台所のかまどによる料理の実際、戦火に壊滅するまえの呉(とくにその遊郭の「ふわふわした」幻想性)、広島の「実際にあった」建物の実際、さらには「欠損」の生じたのちのヒロインの身体の仕種、そのアフォーダンスの徹底、ヒロインと夫が出会ったのが寓話だった種明かしなどには鳥肌が立った。絵を描くのが得意というヒロインにかかわる設定は、作品のメタモルフォシス能力を何重にも倍加し、しかもそれがやがて悲嘆の濃さにもつながってゆく。監督の片渕須直は、宮崎駿と力を傾注するアニメ表現の重心がちがうようにいっけんおもえるが、こう書いてゆくとその可能性の一部を果敢に拡大しているといったほうがいいとおもう。
 
ストーリー形成も見事だった。45年6月期以降だったか、空襲日記挿入の名目で作中に日付がしるされるようになる。とうぜん原爆投下の8月6日までのカウントダウンになるが、とつぜん掟破りの「9日後」という表示がイレギュラーにはいって、6日当日となる。無時間性の表現。この無時間が玉音放送、原爆投下後の広島にも適用される。直截的な原爆の被爆表象がないのかとおもったら――あった。そのさいの戦災孤児を物語の中心となる一家がひきうけるのは、むろん寓意の達成からだ。かわりにヒロインの姪の死、ヒロインの実妹をやがて見舞う死が釣り合うのだろう。透徹した運命観だ。
 
片渕須直監督は60年生まれ。原作コミックの作者・こうの史代が68年生まれ(こうのの画柄は、その世代らしく高野文子とさくらももこの中間にあるようにおもう――もののうごき、画角の生成もこれら二作者の最良の部分を継承している)。60年代生まれが戦争記憶の継承と壮絶に闘った記録がこのアニメ映画だった。結果、『この世界の片隅に』は世界中のひとが観るべき重大な負荷を帯びることになった(それでも作品は向日的なユーモアを手放さない)。この作品は題名からして『この国の空』をすこしおもわすが、その原作の高井有一(32年生)、脚本・監督の荒井晴彦(47年生)ができなかったことを60年代生がなしたとおもうと、世代布置の変化をかんがえざるをえない。
 
――12月29日、女房とともにテアトル新宿で鑑賞。朝いちばんの興行なのに、初老夫婦などで客席は満員だった。
 
 

スポンサーサイト

2016年12月30日 日記 トラックバック(0) コメント(1)

近況12月25日

 
 
【近況12月25日】
 
本日の朝日新聞の読書欄「売れてる本」コーナーに、韓国系アメリカ人ピーター・トライアス〔中原尚哉・訳〕の『ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン』をあつかったぼくの書評が載っています〔との由〕。実は札幌は積雪量96センチ、12月としては50年ぶりの大雪を記録しているのですが、ぼくの住むところは、近隣のコンビニが次々つぶれ、現在はあるいて20分ちかくのところが最寄となってしまい、とてもこの細い凸凹、ざくざくの雪道では向かえないので、東京の女房に買ってきてもらった次第なのでした。
 
だれにでもわかりやすいことば、すくない字数で、面倒くさい対象を端的、かつ展開的に論じなければならない新聞書評、その宿命のきびしさを痛感した書評ではありました。というのも、この小説は、第二次世界大戦で枢軸国が勝利、敗戦したアメリカの東をナチスドイツが、西を大日本帝国が分割統治しているというP・K・ディックの高著『高い城の男』の設定を踏襲していて、この厄介でバロック的な歴史改変SFとの比較を必然的にしいられるからでした。この手続きが圧縮の必要、難解化、内容の面倒くささをよびださずにいない。アタマを抱えてしまいました。以下は、ラクに書きます(笑)。
 
『高い城の男』の主舞台のひとつがサンフランシスコの古物商だという設定は良く効いています。「敗戦」前のグッドオールドアメリカのがらくたが、戦勝国のマニアックな日本人の蒐集対象となっているとされたうえで、古物の偽物が現れ、同時に本名ではなく偽名を、しかも本当の任務を隠しもつ世界各国の「人物の偽物」が作中を跋扈、ノワールな不安をディック作品はかもしだします。ゆびひとつおせばすべてがひっくりかえるだろうディック特有の「贋物世界」。しかもボブ・ホープのギャグなど、それらがしずかに魅惑的なのです。
 
ディック作品の手柄は、入れ子構造が導入されていることです。作中に、聖書にタイトルの由来をもつ『イナゴ身重たく横たわる』という発禁小説がひそかに流布していて(「高い城の男」ともよばれる作者は命を狙われている)、その「さかさま世界」では歴史改変SF、つまりアメリカなど連合国側が勝利した設定になっている。ではわれわれの現実の歴史そのままなのかというと、これまた歴史的事実からは微妙に、かずかずズレているのでした。つまり「信憑」が多元的界面で半崩壊している過激さがそこにある。しかもディックの寸止め記述に、じつに味がある。
 
『高い城の男』では意図的に日本と中国がごっちゃにされていて、中国の古典『易経』が支配者にも被支配者にも猛威をふるい、みなが筮竹から出てくる卦で、日ごとの行動を判断する妄挙におかされています。それは作品での「表層」です。では深層にあたる小説内小説『イナゴ身重たく横たわる』はどうなのか。やがてヒロインは作者のもとを訪れて会見をする。すると、作者はその小説もカード使用によってだが、卦をつうじて『易経』下に書かれたSFだったと告白します。
 
歴史改変SFは偶然世界の探求です。だが偶然がいったん設定されてしまえば、物語はそのなかを、必然を標榜してうごく擬制をとる。これが「構想」というものです。ところが『高い城の男』では入れ子の中身をなす仮想小説が偶然に支配されていると暴露される。結果、「いま読んでいる」テキスト自体も偶然による狂った恣意ではないかと「内破」を起こすのです。ディック『高い城の男』ではこの内破の哲学性が、読後じわじわと迫ってきます。つまり恐怖は遅効的なのでした。
 
『高い城の男』を踏襲した傑作エンタテインメント『ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン』ではこの内破の構造はどこにあるのか。アメリカなど連合国側が勝利した歴史改変ゲーム「USA」のもつ感覚支配効果と同時に、より即物的には特高課員であるヒロイン・大槻昭子の身体が物語設定により「内破」してゆく蓄積にもあります。脳の内破と身体の内破が必然的に相即し、そこにエンタテインメントが宿るという、実際は恐怖にみちた託宣が、血沸き肉躍る驀進型の語りのなか不敵に装填されている。
 
書評はそのあたり(読解上の中心)を平易なことばで書こうと最初アプローチをしてみたのですが、読者にはむずかしいですと担当から相談を受け、『高い城の男』の記述を少なくし、より『ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン』の「美味しさ」を展開的にちりばめてゆきました。もとの記述じたいは平仄があっていましたが、ある部分を削除すると、途端にそれに遠隔対応する箇所が難解性をおびる(「詩作」に似ている)。この点についての担当編集者の指摘がじつに適確で、実際は書き直しの回数も多かったのですが、さほど苦労することなく完成稿を確定しました。このときに女房のチェックも一役二役三役買っています。
 
まあ、経緯はいっけん満身創痍ですが、実際は愉しく書いた短稿です。とりあえず情報量は多い。いましるさなかったこともおおくしるしているので、よろしければ本日の朝日新聞を――
 
 

2016年12月25日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

ヤン・ウソク監督・弁護人

ヤン・ウソク監督『弁護人』は、たんに社会正義を訴えかける熱烈ドラマではないだろう。チラシに引用される日本の著名弁護士たちのコメントは平板にすぎる。
 
主舞台は七〇年代末期から八〇年代初頭の釜山。高卒ながら司法試験に合格し、折からの不動産ブームを当て込んだ底辺の新進弁護士として、ソン・ガンホ扮するソン・ウソクがまず登場する。誇りのない積極的な自己宣伝をつうじえげつなく司法書士業務を代行、やがてライバル弁護士の登場で過当競争になると、大衆派の税務弁護士へとさらに露骨に転ずる。成り上がり者ゆえのソン・ウソクの薄っぺらい拝金主義は、新聞社に入りながら御用記事を書くしかない鬱屈と痛憤にみちた高校同級生との対比でも端的にしめされる。正義よりも金儲け。時代は光州事件を挟む韓国軍事政権独裁時で、冤罪、不当逮捕、拷問、不穏分子と見込んだ勢力の弾圧などを軍部=官憲がほしいままにしていた暗黒期だった。
 
半島南端の巨大な漁港・釜山は、街が斜面に形成されている。富裕層は港のある海岸部に集中し(作中、すでにモダンな高層マンションが海岸部に林立している釜山のロングショットが短く挿入される)、坂道と迷路のような路地の入り組みで移動の不便な高台には貧困層の零細な石造の陋屋が櫛比する(そうしてやがてクッパ屋一家の居宅が画面に出現する――いっぽう釜山の高台路地と階段の描写は作中、抑制されている)。
 
最初に現れるソン・ウソク一家の住居は「高台にあるがゆえ」に水道の水圧がよわく、トイレの排水に支障を来した設定になっている。そのソン・ウソクが弁護士として成功を収めたあと居住者が引っ越しの意志をもたないのに巨額のカネをちらつかせて無理やり買い上げるマンションの最上階の一室が、高台から釜山全体を俯瞰できる眺望を誇るのが象徴的だ。つまり「下層民」中の「上層」という階層をそれは表現している。やがて釜山を俯瞰するその視座は、不当な社会の実相に直面することにもなるだろう。さらにいうと、買い上げた一室のある当該マンションは、司法試験合格を目指していた往年の苦学生ソン・ウソクが、ニコヨン労働者のひとりとして建て上げた因縁あるマンションだった。
 
苦学生時代にソン・ウソクがおぼえた不如意が作品の真芯にある。豚の味噌汁のぶっかけご飯が名物のクッパ屋で、カネに困っていた苦学生ソン・ウソクは食い逃げをした経験がある。功成り名を遂げたソン・ウソクは引っ越し先のマンションと至近のそのクッパ屋に赴き、往年の犯行をクッパ屋の母子に詫び、大枚の謝罪金を渡そうとする。その誠意と、相手の社会的成功を意気に感じたキム・ヨンニ扮する「オモニ」は、涙ながらにソン・ウソクを抱きしめ、カネの受け取りを固辞、「カネは顔と足で返して」、つまり今後、店にしょっちゅう顔を出して、と語りかける。ソン・ウソクは弁護士事務所の事務を切り盛りする同僚と以後、足しげくそのクッパ屋で昼食をとりつづけることになる。
 
「一宿一飯の恩義」とは、孟嘗君をはじめとする中国の食客制度が根源だ。東洋的な精神性と身体性に裏打ちされている。それがやがて日本の任侠映画に残存するように、侠者社会に飛び火して俗化する。映画『弁護人』では、この点が閑却されてはならない。侠――弱きを扶け、強きを挫く突発行動。そのための情勢への覚醒。ふだんは市隠にあまんじていること。ところが侠気は身体的な「義理」によってもともとがうつくしく傷つけられているのだった。この傷は不当な拷問によってしるされた体傷とも蒼白さにおいて拮抗する。そう、「共苦」とは具体的な傷の共振ではないだろうか。それと「侠」が仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌の中国八徳目にはいらないのは、「侠」が侠者=ヤクザにつうじる、不安定な内破性をもふくむからではないか。平岡正明にしたがい、ぜひ魯迅「鋳剣」中の「黒い男」の再吟味を。
 
大企業の顧問弁護士に抜擢されるなど職掌をほぼ順調に伸ばしていたソン・ウソクを襲った不測の事態とは家族同然に親睦していたそのクッパ屋の息子がおそらく不当逮捕による拘禁で失踪状態になったことだった。悲嘆と不安にさいなまれ、身元不明の死体の度重なる確認までしいられる「オモニ」。「オモニ」の慈愛に報いることこそが正義行動の理念だという半島的=アジア的規範。
 
前段には、高校同窓会の二次会で、クッパ屋を舞台に、新聞社勤めをする旧友と、喧嘩狼藉をはたらいたのち、下層者たちが集まって自発的におこなっている読書会の社会的な意義を、金儲けと拝金主義、ニヒリズムに染まったソン・ウソクが理解せず、その不誠意を非難され、母子から出入り禁止を通告される悶着があった。やがてヤン・ウソクは前非を悔い、拷問の痕跡をあらわにした不当逮捕者たちの弁護に専心することになるのだが、「一飯の恩義」というアジア的な動機が根底にあるからこそ、ソン・ウソクの闘いは社会正義を抽象化する西洋的な脳ではなく、情でみちあふれる(観客の)東洋的身体こそを直撃することになる。「一飯の恩義」とは「われわれ」のからだが、もともと乞食のものだという真実をかたっている。
 
浮薄な弁護士を軽快なリズムで演じていた前半のソン・ガンホは、後半、苦難の、しかも不屈の弁護士へと変貌する。監督のヤン・ウソクは裁判の進展に、ソン・ウソクの調査活動、クッパ屋の拷問をめぐる陰惨な回想シーンなどを点綴しながら、「裁判劇」の進展リズムを濃密化させてくる。ノワールな雰囲気も、検察官、裁判長、検察側の証言者の「悪」も、新聞社で働く同級生の自らの無力に関わる慚愧も相互昂揚してくる。アップ構図が多くなり、俳優たちの顔の物質性が強調される情感のたかまりが見事だ。クリント・イーストウッド的な筆さばきともいえる。
 
韓国映画の優位は、「顔の政治」が画面進展に十全に機能する点にある。主役ソン・ウソクを演じるソン・ガンホは、ポン・ジュノ『殺人の追憶』『グエムル』をおもいおこせばわかるように東洋的な愚者を演じれば天下一品だ。『弁護人』では痩身化に励んだとおぼしく顔ぜんたいがやや引き締まっている。それでもたっぷりの肉質におおわれた不細工さのなかで、理由のわからない酩酊感と悲哀をしるすその細目が、やがて仏像の半眼へと昇華する特質がやはり強調される。その彼が裁判官に感極まって迫るときの涙目の情動がすばらしい。それとともにクッパ屋の「オモニ」役、キム・ヨンエの加齢によって疲弊した、それでもうつくしい顔が作品の中心にある。ポン・ジュノ作品でいえば『母なる証明』のキム・ヘジャをも想起してしまう。だから『弁護人』は、基本は裁判劇なのに「オモニ映画」なのだった。
 
この映画は実在の事件をモデルにしている。八一年、釜山で起こった釜林〔ブリム〕事件だ。細部はおなじ。したがって主人公ソン・ウソクのモデルものちに大統領となる盧武鉉だった。人権派弁護士として知名度を獲得し、改革派の清新な印象で大統領の座に上り詰めながら、経済面での失政などでやがて与党内からの支持もうしないレームダックに陥ったこの大統領には、さらなる悲劇が最後に襲う。権力を笠に着た係累の汚職続出で大統領の座を失った盧武鉉は、自らの逮捕も目前といわれる危機のなかで、韓国史上初の、大統領経験者の自殺という衝撃の結末に至ったのだった。
 
となると、光州事件の学生闘士だった韓国内の一私人が、軍務、警察への就職、バブル期の慢心により精神崩壊し、最後に自殺する姿を「逆順」でえがいていったイ・チャンドン『ペパーミント・キャンディー』の経緯を置き換え、その純粋期までを限定に、「正順」でとらえ、「破滅」を暗示域に飛ばしたのがこの『弁護人』という見立てになる。個人の人生変転が、国民の年代記にそのままなってしまう韓国的政治映画の熱い構図は変わらない。日本映画には不可能なことだ。
 
クッパ屋の息子たちの裁判は、最終局面で劇的逆転の連続となる。貴重な証言者としての若い軍医の召喚。その身分資格の吟味。ソン・ガンホの熱演が沸騰する。そこがドラマの中心なのでネタバレを防ぐが、その後、エピローグ的に時代は八八年へと飛躍する。盧泰愚が民主化移行に踏み切った時代。民主化を推進する熱血弁護士として活動したその後のソン・ウソクが、やがて裁判で無罪をかちとるだろう予感が、裁判所の傍聴席にいる支援弁護士の「数」の増加により演出される(それは呼びかけ、応答、起立の視聴覚性、しかもそのアレグロにより実勢的な感動でしめされる)。
 
つまり作品は韓国民主化の渦巻きをとらえたその瞬間で寸断される。これはどういう意図なのか。自分たちの国の民主化が、「一飯の恩義」をはじめとする、東洋的な身体の定立によって成った、その原点確認だろう。それは西洋的理念にさえ先行したのだ。映画『弁護人』が韓国で封切されたのは二年前だが、この原点回帰があるから、朴槿恵スキャンダルでゆれ、大規模な大衆行動がくりかえされる現状の韓国にも、作品がするどい訴求力をもつことになる。その意味で生命力のつよい映画なのだった。
 
――12月24日、札幌シアターキノにて鑑賞
 
 

2016年12月25日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

 
 
【翅】
 
 
さみしく放心しているこどもをみると
こころがはるかうばわれてしまう
その子はかならず一角に身をおいて
ふうけいの折れをじぶんにたばね
そのせいか放心にあるべき呼気のきだが
くりかえす吸気へせばまってゆくのだ
まわりからのおもわれがめぐっても
うすいままじゃばらはとじられている
 
 

2016年12月23日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

冬至

 
 
【冬至】
 
 
このせかいのしずかな開眼が
いちばんみじかい冬至では
このせかいの法悦する薄目こそに
つつまれなければならぬだろう
ならしていったのに最少がうまれ
からだがしんじつ哀しうなれば
お湯のゆずにすっぱくけずられて
からだもまぶたをひらきとじた
 
 

2016年12月22日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

くずれて

 
 
【くずれて】
 
 
あと数分でしぬとさだまれば
あらわしにめだまえぐられ
ほおをかじられてかまわない
そうおもうのは身の持続が
もはや玉条でなくなって
くずれてもみたいためだが
身はこころのなんなのだろう
すがたみすらいまをうつさない
 
 

2016年12月19日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

雨たっぷり

 
 
【雨たっぷり】
 
ぼくは朗誦に接するのは苦手で、歌を聴くのならだいすきだ。ボブ・ディランは朗誦と歌唱の中間、その可能性を、自分の歌詞=詩のために発掘する才能でありつづけたから、畢竟、ディランに耳をかたむけることは、朗誦から歌を積分することになった。
 
詩=歌詞ではなく、歌に注意すると、ディランはキャリアのなかで不安定な進展をとげた。『フリー・ホイーリン』『時代は変わる』ではその渋い歌唱は存外ていねいで、連辞は精確にひびく。『ブリンギング・イット…』『追憶のハイウェイ61』では沸騰する詩想の凶暴さに歌唱ものぼりつめようとする。ロックをかんじた。『ブロンド・オン・ブロンド』ではそこに不穏な溶解が侵入、歌の像が、語義矛盾だが不安定なキュビズムになる。『地下室』では歌唱がぼろくなり、おもいがけなく悲哀化した。後年の歌唱ヒステリーをすこしだけにじませて。以後は、声をいじり、「復活」までディランの歌唱は力をうしなった。
 
「復活」期のディランは、歌唱が理想的に朗誦性とからみあって、多彩な表情をたたえる。あふれたり、ちぢんだり。『プラネット・ウェイヴ』『血の轍』『欲望』、それと低迷期のリターンマッチの役割も果たした『激しい雨』のこの時期こそが、ディランのピークだったのではないか。今朝は原稿準備で、ひさしぶりに『血の轍』全曲を聴きなおし、ものすごくうつくしいアルバムだと感銘した。リリース直後これを聴いた高校生時は、恋愛の機微が土地とどうからむのかなど幼すぎてわかりもしなかった。『血の轍』は齢をとらなきゃわからない。
 
どの訳詞をみても気に食わなかった最終曲「バケツ・オヴ・レイン」、その試訳をかかげておこう。
 

 
【バケツ・オヴ・レイン】
 
雨たっぷり
泪たっぷり
それらがぼくの耳穴からまんまんとあふれる
手にもたっぷりすぎる月光がかがやき
すべてこの愛をきみはうけとれる
ぼくもそれにたえられる
 
ぼくはずっと内気
樫のようにかたく閉ざしてきた
可憐なひとらが煙さながらきえるのもみた
ともだちはきたる ともだちは去りゆく
でも とどまってほしいときみがねがうなら
ぼくはずっとここにいるつもり
 
きみの笑みがすき
ほそいゆびさきも
きみのおしりのうごきだってすき
ぼくをみつめる熱のないまなざしも
きみの相反するあらわれすべてが
ぼくをみじめなおもいにさせるけど
 
ちいさな赤いワゴン
ちいさな赤いバイク
猿じゃないのだから自分のこのみはわかる
ちからづよく、でもゆるやかなきみのセックスがすき
きみをはるかへつれてゆく
イクときはいっしょなのだから
 
人の世はかなしい
人の世はからさわぎ
できることが しなければならないこと〔可能が当為〕
しなければならぬことなら うまくやるだけ
ぼくはきみのためにそうする
きみのきもちは?
 
 

2016年12月18日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

ろすとろすと

 
 
【ろすとろすと】
 
 
てばなしたものがとてもおおきければ
手はその穴にすぽりはいってしまう
ゆきのうえとおくあるほしぞらへ
そうしつをえがきつづけるよう
みぶりをいれてまぜるうごきさえも
きえたものと抹消者がともどもに
あいだをかたちしてほりこみがふかく
てばなしたよるだけたえず手に添う
 
 

2016年12月17日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

くちよせ

 
 
【くちよせ】
 
 
みこ「一音が次音をみちびくことを
あさなゆうなほしいままにしてゆくと
おんびんのようなものこそが
そのかくれた単位となるのだから
かんのんがかたるくちのなか
よだれめいてかがやいていった
きづかず意味をなしてたしかめれば
舌のぎんいろもきずついていた」
 
 

2016年12月16日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

懸想

 
 
【懸想】
 
 
てのひらをふるゆきへさしだしても
はだのぬくみで結晶はくずれる
あいまいにゆきぞらをささえながら
けれどてのひらこそがあきらめふかく
うすじろい六角形にとがりゆくのだ
けそうをおびたそんなきかがくで
まぶたをおおうしぐさのおわり
みえなさがおのれへの捺印となる
 
 

2016年12月15日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

雪のイエス

 
 
【雪のイエス】
 
 
あなたはとおくふかくゆきをゆるし
そのそうはくでくちをすすいだ
とうめいなほのおが顔からゆれると
からだのふゆがおもいでになった
ないからだのまま顔をよせてゆけば
かなしくもあなたは対手にかわり
しんくろとかんがえがほそくつながる
ゆきも肺腑へおりてうすぐらかった
 
 

2016年12月14日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

眼病

 
 
【眼病】
 
 
たえまなくふるゆきのなかでは
くうきのふくむひかりがまずしく
たいくつな催眠だけにかかる
うえのゆきがしたのゆきにもたらす
こもれびのようなものすらなく
みあげるのがただおそろしいのだ
はいせつするそらの臀をかんじ
まなこへ乳酪がこごってくる
 
 

2016年12月13日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

朝湯

 
 
【朝湯】
 
 
つましいひかりのみちびきなのか
この朝湯のはだかも柔和とおもえて
ながれるようなすがたにかまえた途端
身を繃く縄がきえかかってしまう
へることでおんなになってゆくんだ
おおゆきのとどこおるまちとおなじい
あてなるかけらもろもろをながして
けどおく「だれあらぬ」がうごく
 
 

2016年12月12日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

近況12月10日

 
 
【近況12月10日】
 
札幌はこの時期にしては記録的な豪雪で(積雪量60センチ!)、学生たちに買いに行って、とおねがいするのも酷だが、本日の北海道新聞夕刊に、ぼくの連載コラム「サブカルの海泳ぐ」が載っています。
 
三題噺で串刺しにしたのは、ボブ・ディランのノーベル文学賞受賞、その影に隠れてしまった感もある大好きなレナード・コーエンの死と遺作『ユー・ウォント・イット・ダーカー』、それにプロミス・ザ・リアルを従えたニール・ヤングの二枚組CDライヴ。新聞を手にとってみて気づいたが、ニールのアルバム名『アース』を原稿で書き落としていた。ぼくはおろか、チェック役の女房も担当編集者もスルーしてしまったのが可笑しい。
 
原稿では、ニール・ヤング&プロミス・ザ・リアル『アース』が農業大資本へのプロテスト・ソング集となっているが、これは字数制限のためで、同時にアルバムは、遺伝子操作などのない真の農業エコロジーをも渇望している。エコ・アルバムなのだ。新曲以外に往年の曲も入っているが、ポイントは歌詞に「アース」のあること。「アフター・ザ・ゴールドラッシュ」のほか『渚にて』の「ヴァンパイア・ブルース」も収録されていて(ブルースのリードギターが弾けないニールが可愛い)、そこから「農地の幽霊」というニールのヴィジョンもみえる。これがヒッピー世代や西部劇の英雄と接続されるときに、アメリカにかかわる彼の時空観が窺える。むろんヒッピー=「ニューエイジ」は、似非サイエンス、美容フィットネス産業などの確定者・起業者であって、それが逆側に飛び火すれば土地集約を画策しての農業産業化の推進者となる。したがってニールの「プロテスト」はすごく多方向的なのだった。彼の眼力をかんじる。
 
字数調整で削除してしまったのが、ボブ・ディランの歌詞の質についての言及だった。たとえばニール・ヤングの往年の名曲は鼻唄で唄えるが(「ハーヴェスト」とか「メロウ・マイ・マインド」とか、とても気持ちいい)、ボブ・ディランの過剰多言な歌詞ならそうはいかない。いちどカラオケで「ライク・ア・ローリング・ストーン」を唄おうとして、歌唱が忙しくなりすぎ、閉口したことがあった。
 
たしかに、ディランの歌詞は、時空を運動能力のあるショットで切り取り、多様な類型が出現するパノラマをつくりあげるときに、圧倒感がある。拡がるものがおおきく、幻影の幅がひろいのだ。「廃墟の街」がその典型だろうが、「激しい雨が降る」「アイ・ウォント・ユー」など、ビート・ジェネレーションの詩よりも鮮やかなこの手の名曲はじっさい枚挙にいとまがない。ただし「唄う」と、詩の朗誦となってしまう点に難がある。微妙な歌唱により歌詞に微妙な命をふきこむことが、ニール・ヤングのようにはできないのだ。「マイ・バック・ページ」のみ例外かもしれない。あの分裂型、難解な歌詞は、曲調とスローテンポの助けを借りて「何とか唄える」。唄うといまでも、60年代特有の政治的に分裂した身体がよみがえるのが奇妙だ。
 
ディランは、ライヴではアレンジはおろか、曲調まで変える。傑作ライヴ『激しい雨』では「レイ・レディ・レイ」「アイ・スルー・イット・オール・アウェイ」などがそれで圧倒的な蘇生をしるした。初の日本公演の記録からつくられた当時LP三枚組のライヴ『武道館』ではアレンジにレゲエリズムが加えられた曲が多かったのみならず、マイナー曲「ゴーイング・ゴーイング・コーン」がメジャー曲に変わり、「アイ・ウォント・ユー」ではロックンロールがバラードへと転生した。既存の歌詞に、あらたな作曲がほどこされたといってもいいほどだ。これが何を意味しているかといえば、「歌詞の独立性」だろう。むろんこのことが「詩の明証性」につながってゆく。ぼくはそれがディラン音楽の弱点だとおもう。
 
独立した歌詞に、簡単なコード展開が載る。トーキングブルースなどを念頭に、投げ出すように唄われることで、歌詞の朗誦性が手放されない。結果、ディランの曲の多くに、「歌詞>曲」という定式が成立してしまう。歌詞を大切にした初期ニール・ヤング、ルー・リード、もっといえばジョン・レノンなどにこんな事態はなかった。中学・高校時代のぼくは、音楽評論家=映画評論家の今野雄二さんが大好きだったが、今野さんはあるとき「ディランの音楽スタイルは嫌いだ」と何かに綴った。賛同した記憶がある。ただし「怒りの涙」「アカプルコに行こう」「ミンストレル・ボーイ」など、ザ・バンドのからんだ「音楽スタイル」が大好きだったから、ディランも往年のぼくにとってずいぶん厄介だった。
 
そうそう、このあいだ久しぶりに「バケツ・オヴ・レイン」(『血の轍』の掉尾を飾る小さな曲)を聴いた。モグモグいうような不思議なリズムの歌詞の出来が、ストレンジで抜群だった。むかし片桐ユズルさんは「雨のバケツ」という世紀の誤訳をおかしてしまったが、ものすごく訳しにくい歌詞なのはたしかだろう。
 
レナード・コーエンでぼくがもっとも唄ったのは、ジャニス・ジョプリンとの交情を綴った「チェルシー・ホテル♯2」だろう。コーエンの歌詞はニールにもまして省略が多く、またディランにもまして喩的技法が鮮やかだが、この曲は「事実提示」の縦糸に詩的技法の横糸が織られていて、「たんに詩的な曲」とはいえない。そのぶん唄いやすかったのだ。弾き語りすると、歌詞の「とある一節」が自分にとってものすごく催涙性をもっていると気づく。聴いているひとは、たんにきれいなバラードと感覚するだけだろうが。
 
確認のため最後にしるしておくと、レナード・コーエンの遺作『ユー・ウォント・イット・ダーカー』は冥府から届いた聖歌に接するように、ぞわぞわくるアルバムだ。最初の2曲のすごさは奇蹟的。マイケル・パーマーにもつうじる「減喩の神髄」、これはディランにもニールにも到達できない境地だとおもう。
 
息がしにくくて、平地をあるくだけで座り込みそうになっていた風邪は、今日から快方に向かいだしたようだ。息切れがややおさまってきた。新たに処方された吸入薬が効いているのかもしれない。インフルエンザではなかったので授業は強行したが、ほぼ5日寝込んでいて、じつは自分が死ぬのでないかとすらおそれていたのだ。今日から書評用の読書がすこしはかどりだしたが、集中力はまだ十全ではないな。
 
 

2016年12月10日 日記 トラックバック(0) コメント(2)

目途

 
 
【目途】
 
 
しんだらこうなることにつき
よぞらがあらかじめおこなった
わずかながらにおってみたし
おかのうえでもかなしくゆれた
なにをいれるかしらないが
ひんすればふくろめくだろう
なかみがそとみよりもみられて
たましいだけをめどにされる
 
 

2016年12月08日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

よど

 
 
【よど】
 
 
すこしでもぐあいがわるくなると
からだはいたみ、おもくなって
まどべへよせるのもはかなく
たたみのまなかでよわさをまるめる
恋の症状とは似ないにおう無粋で
ねむたくおくれるよどをたたえ
みぞのそこならちりぢりにしずむが
両岸だけひとつにさせられている
 
 

2016年12月06日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

ジンジャンの朝

 
 
【ジンジャンの朝】
 
 
ふしぎなじさつとおどろかれた
とおくひきなみへ縄をかけて
よこたわるなぎさで縊死をとげた
やがてとうめいになっていった
洗われながらしずかだったが
そのジンジャンの朝、かわりに
すこしだけだえんの丈がのび
けれどそらはなにごともなかった
 
 

2016年12月01日 日記 トラックバック(0) コメント(0)