ENGINE EYE 阿部嘉昭のブログ

こぼれる

 
 
【こぼれる】
 
 
かならずうるんでいる
けしきがあるとするなら
それはおくのほうで
みずのあかりをうけて
ひとのさったあとだろうか
二〇一七年なつのおわり
けしきにほそさがあるのは
そこをうすめでみやる
ためらいがかかわっていて
ゆらぐ線のかずでこそ
そこ以外からのうつりも
はかってゆくしだいなのだ
ああひとのいないことは
きえたことにずいぶんかよう
まなざしをなげうてば
みえているとみているとを
わけいるてだてばかりだ
みているくるしいおもいは
はるかをおもくこがして
まなこのあやまりまでいうから
みえているにこのかおを
あわせるひつようがあった
さんだるのすきまから
しろいあなうらがきらめくと
わたしはあるいているのか
そんなうたがいもわきおこる
なにびとかのまばたきのなかに
身をおいているありかから
なみだのこぼれるさまがみえ
みんなわたしじしんだと
こぼれるがくつがえってゆく
わたしでかかれたものは
きみをかならず代入しうるし
それがきっとやわらかい詩法だ
しろいあなうらがきらめくと
きみはあるいているのか
そんなきぼうもわきおこる
天使ということばを詩に
つかうのをとうにわすれたが
わたしときみとを架橋する
くうかんのなかだちとしては
いきものでなくわるくない
きみの鳥がとびさって
みずのなか骨をのこしたが
いきものでないしわるくない
波紋はきえるいまのため
あやうくおのれをこぼれるが
おおくみなもにはうすいだけだ
 
 

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2017年08月21日 日記 トラックバック(0) コメント(0)

彎曲

 
 
【彎曲】
 
 
わかいころにあった
まじわるという感覚が
あわくほぐれてくる
かたるにしても美酒が
まじわりをつないで
からだがとけかかるだけ
ねんごろはわすれていった
おのれにこそわだかまり
まむかうゆめなどしらない
すくないものを想定し
それごしにはるかを
ながめる気にもなって
むしろせかいをあみだす
視点はふえているが
さきざきで花にであうと
花の眼でみつめられ
さわになめられることの
うつろもかんじられる
つづく花蕎麦の白を
ここからさきへ追うと
はじめられておわりまで
カーヴをえがく詩を
しるしたいとかんがえる
捷径しかたどらない
もののまなざしがいやで
こまかくひろがる面は
なですてるにしかないから
想像がおこるおりには
カーヴがかたちとなるのだ
おんなをこのむのと似る
ながれをまがるときの
体側めくつづきへと
なつのいろがあたたかく
あつまってくるようで
それらと風とをわけるのが
大曲りするはなやかな
おわり紀行といえた
のぼりみちと海岸線でだけ
たどるさきがカーヴする
ナヴィの機械とかたりあう
運転席と助手席の姉妹
そのうしろにすわり
じぶんのねむけをみている
ものみはものいみにもなって
すぎてゆく、るべしべ
おとふけの名がきれいだ
後部の者はカーヴにゆられ
しずかにしんだようにしずみ
なまえの寸刻ではなく
そのまえうしろにはせる
きのうもそうだった
きりたっぷ、あっけし
みずとむすばれたきしの
てごわいカーヴぜんたいを
みすぎるまでにみていた
 
 

2017年08月06日 日記 トラックバック(0) コメント(0)