内側
【内側】
紙ふうせんがふくらむときの
あのくちびるのあまいかゆさを
おもいでにすまうひとらから
くちうつしにうけとって
ことばへかえて売りさばいた
点のようなものを商っていたのだ
または湯とかにじみとか翳りとかを
なじまないみちがまがってのこる
まうえをまえにしたゆえだろう
鞦韆とおなじ紙ふうせんも春の季語
かなでられないのがふかしぎだが
どちらにも内側がかつてあった
留守
【留守】
しょせんからだはしおつぼだが
うごめくのがげんわくのもと
こぼしたものがひかってみえる
じぶんのいないときをたずねると
へやでなく塩田という気がした
にしのまどべにまねきいれた
ひだまりがひだまりへかさなって
棚ではなく階段という気もした
不在を在におきかえるべく
るすそのものがるすをのぼる
きえたむかしの半二階屋で
みなみがわが舳先に似ていた
両岸
【両岸】
川はばのようなひとをくみしいた
みずからのあわせにちかかった
みずからの川だけながれて
ひとをみずとはもういえなかった
火でない魚などおよがないのだろう
それこそがてんごくの夏の川だ
ひとはだのうえ、いくつかをみた
こっけいは金魚すくいにも似た
すくうポイがとうめいにもえ
やけどか凍傷かわからないまま
いたみがわれて両岸が身にできた
岸ができれば恋もいらなかった
姉妹
【姉妹】
名のようにじゅんすいな姉妹がいる
たかこ、ながこのふたりだった
えだぶりのゆたかなけやきが
しずかにゆれる庇護下へおさまり
樹高とのちがいをそえていた
せたけのならぶ一角がただ澄んだ
からだぶん、という物かぎりで
このしたやみがふかしぎにあかるみ
みようでは事かぎりにすら達していた
あやしくゆらぐちかくの樹として
わたしもひねりのぼらせていた
ひろがる姉妹でないこどくを
椅子
【椅子】
椅子は坐るからだを模している
背もたれは背、ひじかけは腕
座面は腰、脚がせつなくも脚だった
けれどいくら眼を凝らしても
あたまがないからぜんたいはうすく
いすある先ざきが庭だったのみ
アーチをくぐっていたころだ
椅子をつぎつぎにたおし
むかうところしのいでいった
とおい脚四本が、おみなにみえて
一脚というよびかたすらみな
みずをまくようにくつがえした
開閉
【開閉】
どこまでがかおかわからぬが
顔にふるびた鋭角をたて
あいさなくなったことのあまりを
ほつりほつり開閉させる
みずのなかながれるけむりを
かつてすなどった、かつて掬った
砂嘴にもどせとうれいながら
かすかなる芹の匂ひす
とはくちばしでないはるかいずこ
われた舌もさだめられてしまい
ことばのつばさ、さびしさがとぶ
石狩がたった数羽でできている
夕水
【夕水】
自転車でゆくすがたも
移動そのもののひかる裸形
覆いなくさらされていて
しるゔぁーくらりもんどは
まちをかすめ、からだがうすい
さどるにすわっているのに
ふるめかしい立位となり
あきつのようにながれては
夕水をまわしているのだ
おともなくまがるじかんの
そここそがひずみだったのか
かけらやしずくがこぼれた
藤棚
【藤棚】
ゆうかん地をあてなくさぐって
ふと藤棚衆はしずかに足をとめる
それからみなで天板をくみたて
空間とは天からおりてくる埒だと
ひげづらを虹にしてわらいあう
苗を植え秋ごとに蔓葉を剪りにくるよ
車輪となってしねるようじゃないか
けれど稲をおえるまでは稲にいる
こがねの埒がもえつきるまでは
三年待てばむらさきの花房は枝垂れ
おちつづけるゆめをながめられる
おらびつつとおりぬけさえできるのだ
角屋
【角屋】
いくたびも角屋がとおりすぎて
くうきはあかるくゆらめいた
まがりながらカドをつくる者であり
ツノを笛にして鳴らす者だった
カドとツノ、呼びがふたつあっても
ともども角屋でしかないことは
すがたを透かせ、まがり世を聴かせた
かぎりあるつのぶえがわずかひびき
いつのまにか日々の通りも折れたのだ
選択肢にみえるただのなつかしさ
さってゆきつつあのようになる
成仏とはそれよと悉皆屋も追った