灰汁
【灰汁】
たびの錦繡屋で画帖を買った
これからはひとの顔をかく
鹿毛の筆にうすく灰汁をつけ
ひとのほおのかがやきを
ひろがる蟬の翅のようにえがく
あしばやに夏がゆき秋もすぎ
あんなにかすかな涙痕が
ほおのおぼろをふかめている
止住者とはみえぬくらいに
あるかり、のひびきがもれた
おおうそでに哀音がゆれて
在ることのかりぎぬもかれいろ
二件
【二件】
にひきのくだんがいて
ふたとおりの破局をかたり
とおりすがりそれをいやがった
人面をおもわすながめは
星のならびであっても
かねごとをおこなうのだから
かぎられなければならない
けれどくだんがとおくであい
かたみにひかりとけあうと
可能な対がすべて征伐されて
あったもののなごりになる
非姉妹の人語すらそう聴いた
枝毛
【枝毛】
えだげ、枝毛を日になざされて
ゆたけく昔がえだわかれしてゆく
かれづののすがたのなかにいた
おもいうかぶいっこくいっときは
みなはやい岐路をかたちして
その絵にはこころおどるものの
にげみちがV字だったから
にげみちのさきではとらえられた
ならのもりに尖頭類となって
みえかくれするふるいよろこび
えだげのものとしてながれるのだ
ことばの落角もしらないままに
人称
【人称】
そよともしないゆうぐれの草
ひとつに人称のみなもとをみた
二人称や三人称でよびかえたひとが
いつかうつむきのようにあらわれ
まぢかにうれいてあるときは
かたらずともみえることがもう
ことばではないものの一人称だと
おもいわびたが、それにしても
かたちとすがたのどちらからなのか
ゆらりともしないそらのひろさで
他人のかずかずとは穿たれた穴の謂
くさからみあげればすべてみえる
堰堤
【堰堤】
かわかみのどこかおくふかくに
橋にみえる家がかかっていて
ひとがみずをみおろしているという
はげしい増水までもとめていた
われのほかすべても川となるために
さびしい築城だと秋鮭がゆらし
ささげるこころは堰堤に似た
木の実ぐらしのはしばしにのみ
あしどりがふとしずかだった
らんかんある陋屋とちいさな橋は
ひそむかわたるかのちがいだが
とおりつつとどまるすべもあった
渡世
【渡世】
おおってくるのをおもえば
ながいそではべつのいきもので
天上脚にもぞくしただろう
あまがけを身の荷解きにひめ
そでぐちはひとはだへふれ
ゆかしくもあるか、うらをみせず
天上脚のきえゆきがその肩から
ながめのしろたえをしぼりあげた
そでなががふわりぬぎわけられ
ほそいうでがただあらわに
うたの抱擁韻をかまえだすのも
ぬぐ音をわたる世にしてから