遠境
【遠境】
みなみのなつかしい雨あがりが
いっせいに草の濛気のたちのぼる
獰悪なにおいのあふれなのにくらべ
きたの雪あがりは雲のおおうまま
つむゆきのくらくのこったまま
うつわでりんごの香をゆらすだけの
このてのひらのつづきにすぎない
あがりのあとさき、とのもでは
かわりなくしじまがしじまをのみ
ふかく遠境がひろがりだすと
耳翼おくことのしくじりのように
ゆきを肩におくきみがはなれてゆく
記憶
【記憶】
いちどふりかえったあのひとを
ここからいちどだけみつめた
そうして容赦なく一回性がつたう
からだのなかにからだがあると
おもっていたが、さほどでもなく
たんじゅんな一回性により
眼にされたこちらのからだが
からだごと瞑目できないでいる
とても澄むものは内実があやうく
それゆえに澄みきることの
こしかたゆくすえさえしらない
それがふりかえったのだとおもう
形影
【形影】
樹々があるく国にいるなら
わたしじしんあるかなくてよい
すなどりもせず拾いもせず
ゆく樹々のとってのわたしは
ちいさな点景とただなるだけで
みまわしながら思いをひろげ
樹のすべてがおんなである確率を
うごきのもんだいからとらえる
みな形式よりも形影にちかい
えにぐま、風には穴があり
ゆきにはまとまらない衣がある
とおってゆくのもそんなえろすだ