登仙 ENGINE EYE 阿部嘉昭のブログ

登仙のページです。

登仙

 
 
【登仙】


ぬれ髪がおのれじしんをとわに
濡れつづけるだろうと気づいたとき
ひかるぼくらにあらわれたのは
とどまらない羽化へのおそれだった
やがて眼の生をはがすべく
湯気でふえた顔をすべらせた
瞑目のそばから髪をもつれあわせて
しずくにより相愛も研いでいった
その登仙のかたちがくちびるを接点に
水をけずるうごきまでともなった


「入浴詩篇」をさがす過程で句集も渉猟した。すると微妙な語彙にであう――「濡髪」だった。浴場から出た身体の位相をただちにあらわすことばだが、入浴の事実はじつはそこに潜在し、ひとはたぶんむしろ奥行ある体験のうつくしさこそを感知する。つまり「濡髪」は入浴の縁語だが、入浴に否定斜線を引く上位性をももっていた。目にとまった「濡髪」句で秀吟とおもうものを以下にふたつあげておく。《ぬれ髪のまま寝てゆめの通草かな》(赤尾兜子『歳華集』所収)、《濡髪の女闌けたり桃の昼》(中村苑子『四季物語』所収)。兜子さんの句は女手としかおもえず、苑子さんの句作と錯視してしまう。
 
 

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2012年01月19日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)












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