原田ひ香・東京ロンダリング ENGINE EYE 阿部嘉昭のブログ

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原田ひ香・東京ロンダリング

 
 
女房が読んで褒めていた原田ひ香『東京ロンダリング』を昨日読了。貸間や借家で自殺や孤独死や殺人などが起こり、その後気味悪がられて借り手のつかなくなった不動産を「問題物件」というが、ヒロインはそうした住居に不動産業者からカネをもらって住み、前住者の問題性を「ロンダリング」するという変わった職業に就いている。瀬々敬久の『アントキノイノチ』で描かれた、無縁死者にかかわる「遺品整理業」は実際に成立しているものだが、それと連続すべき不動産ロンダラーは虚構の職業だ。

瀬々の映画では残されたアパートの部屋は遺留物のみならず死者の体液のシミや蛆までもが綿密に描写されていて息を呑んだが、原田ひ香はそういうリアリティは女性らしく度外視する。けれども「おとなしく問題物件に住みつづけるだけ」の女(30代バツイチ)の感性と身体の稀薄については、真空性、孤独、切なさ、気味悪さをうまくブレンドして設定してある(さらりと描かれた離婚原因の提示が見事だ)。そこから雑多な人間の住まう巨大な無秩序=東京、という視座を出して、「東京そのものをひそかにロンダリングする」者の生物的静謐がたくみに定位される。

そんなヒロインが明らかに押尾学事件をモデルにした問題物件(ただし六本木ヒルズではなく丸の内に設定されている)に住み、どんどん生気を失っていって、彼女をおもう定食屋の息子(店は、ヒロインがその前に不動産ロンダリング居住をしていた谷中にある)が、彼女を救出できるかが小説のクライマックスとなる。ヒロインと定食屋の息子のしずかな交情(真情吐露がずっと慎ましく抑制される)とともに、そのクライマックスも、いわば映画シナリオ的な「物語のコンパクトさ」を前面化していて、じつは不動産ロンダリングという職業成立の不気味さよりも、作品への好感の焦点はそちらに結ばれてしまう。

高円寺の駅前古本屋で借りられるミステリー小説、コンビ二食、銭湯、コインランドリーなど、「ミニマルな小道具」(つまり、ひと一人が最低生きるために必要な諸物)にも興味がある。これはかつて矢崎仁司『三月のライオン』で描かれたものにちかい。それらいずれの意味でも、『東京ロンダリング』はインディで映画化するのに恰好の小説だが、どこかがもう押さえているのだろうか(そういえば昨日女房も、ぼくから借りて読んだ中村文則の小説『掏摸』の映画化を話題にしていたなあ)。
 
 

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2012年01月27日 日記 トラックバック(0) コメント(0)












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