たまと嘘つきバービー ENGINE EYE 阿部嘉昭のブログ

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たまと嘘つきバービー

 
 
ロックバンド講義の期末レポートの採点をして、ますますつよく感じだしたのは、「ただ音を聴き、ただ歌詞を読んで、レポートを書いてくれ」と依頼したのに、ネット時代の通弊で、ネット文献をアレンジしそこに自分の意見を少量添える論文が多すぎるということだった。バンド履歴、チャート順位などの情報が羅列される一方で、バンドメンバーの演奏のぶつかりが有機的に分析されている論文は稀少。

この傾向はポピュリズムに支配された「音楽への接し方」ともつながっているらしく、ビートルズやバンプ・オヴ・チキン、ラルク・アン・シエルなどをあつかった論文にとくに顕著で、しかもラルクにかんしてはつよい思い入れがそこに付随するという、共通の傾向がさらにある。それで何度も同じ論文に出くわしている感触になる。またもや、お決まりのこと――多様性と平準化。バンドの属性が、そのままバンドにかかわる言説を決定してしまうのだ。神聖かまってちゃんをあつかった論文も、歌詞解析に傾斜しているものの、基本はおなじかな(以上の例示が、レポート素材の中心)。

そんななか、たまに関わる論文はいつも良いというのも納得できる傾向だ。つまり入射角が限られている音楽は、そのひかりを打ち込まれたからだを具体化する、ということ。ぼく自身は、たまは初期しかちゃんと聴いておらず、系統的に聴きなおす必要をずっと感じてきた。歌詞能力が抜群で、自己身体の縮減性という点では、じつはゆらゆら帝国に先駆していたというのが現在の印象だ。竹中労の視座をくつがえす、『新しいたまの本』が必要だろうが、よく知る学生のなかでは三年の土方真知さんと四年の山崎翔くんの文章がひとつの指針を示している。ふたりが勝利した点とは何か。ただ「聴きこんでいる」ということだ。

すれっからし採点者のぼくを、「このバンド、聴きたい」とときめかせればレポート提出者の勝利なのだが、もってゆかれた代表が、2011年にアルバム『ニニニニ』でメジャーデビューしたという、「嘘つきバービー」だった。リフ中心、ルックス気味悪い、騒がしい音楽、ゆら帝に似ているという評価、と池田ちかさんのレポートにあるが、歌詞能力が抜群なのは、レポートに転記打ちされた歌詞からすぐにわかる。たとえば以下――

《お願い事するたび アーメンの人から犬にされていく/超能力とかそういう力ではなく セロテープ はる/〔…〕/何かに巻かれるタイプの人間じゃないのに/足の先までがセロテープまみれ/こんなロマンチックな状況で僕は ボボ子に会いたいよ/〔…〕》(「パピプペ人間以外」、『ニニニニ』所収)

《やわらかい割れ目から強引に押し込んでいく/不甲斐ない裂け目から詰め込んでいく/変形してく。君の鼻は耳の裏へ移動する/説明書の12ページ目を見て、いじくる算段を整える/〔…〕/君達のやわらかっぷりには相当まいってる》(「やわらかヘンリー」、『増えた1もグル』所収)

そう、ロックの歌詞はこうでなくちゃね。嘘つきバービー、ご存知のかた、いるかな? ぼくはとりあえず買ってみよう。
 
 

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2012年02月02日 日記 トラックバック(0) コメント(0)












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