森達也ほか・311 ENGINE EYE 阿部嘉昭のブログ

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森達也ほか・311

 
 
このあいだの木曜は、東日本大震災をあつかったドキュメンタリー映画『311』を試写で観た。森達也、綿井健陽、松林要樹、安岡卓治という四人の中年男(この四人がそのまま作品の「共同監督」としてクレジットされてしまう怪しげな体裁にもなっている)が、地震発生15日後、「闇雲に」東北の被災地にバンを駆らせて、「拙速に」被災地の惨状を映像「採取(搾取?)」してゆき、ノンナレーションでただ投げ出したように編集された作品、とひとまずはいえる。

この意味で(TV局などのつくった震災ドキュに較べ)「非物量的」「非物語的」「非道義的」ともいえ、場合によってはひとの逆鱗にふれる危なさをもつ。むろん四人の男のなかにはオウム真理教の90年代後期をその「内部」から記録した『A』『A2』のコンビ(監督=森、プロデューサー=安岡)もいて、「タブー」とは何かという問題も立ち上がっている――これを真芯に置かないと、作品は連打されてゆく震災の惨状によってただ観客を打ちのめす、「非情なドキュ」というふうに要約されてしまう惧れがある(事実、試写でぼくの隣に座っていた中年のご婦人は、衝撃にヤラれたのか途中退席してしまった)。

福島県三春町から第一原発半径10キロのギリギリまで近づこうとした動きが、全体の第一パートといえる。しかし低装備、ヘリなし、低予算、低物量の四人(+若いカメラマン)では、むろん原発の事故映像じたいを収められるわけでもない(道路には検問と結界線が張られている)。彼らは線量計を複数保持していて、放射線量表示のためそこから始終ピーピー、と発信音が出る。

ブームを振る録音スタッフはおらず、録音はカメラ内蔵マイクでなされている。そうなってできあがった作品ではレベルをあげざるをえず、ノイズをふくめ画面に鳴り渡る音がやたらデカくなって音の契機の一々に聴覚を逆撫でされるのだが、そのなかから確実な伝授/転写が起こる。つまり線量計の「警鐘」が聴覚をつうじて観客の身体を恐怖方向へと覚醒させる、ということだ。この段階で観客はおそろしく「敏感」になっている。

原発取材はとうぜん断念された。それで津波被災地の惨状を捉えようとバンは北上する。ここから観客は息を呑むことになる。陸前高田手前。瓦礫の集積のもつ「物質性」がただ事ではないのだ。瓦礫は折れた板木の厖大な「からまり」だが、それらは一連運動の結果として眼前に「停止」している。運動は、大規模流動、大規模集積、部分倒立、被破壊、部分置換、脱文脈化、湿潤化、「泥」による逆説的塗装化――などといった物理現象の、物理的帰結(そこにたぶん「偶然」もふくまれる)から帰納されるものだ。この瓦礫は、実際は津波発生後15日段階では、その「生動痕跡」をも如実に直観的に測りうる。ただしそれはクルマからの移動ロング撮影ではただの「抽象的体積」と堕すだけだ。歩きつつカメラで捉え、その細部一々のもつ「具体的痕跡」に眼を停め、いわばカメラ視線が「等質的受容」から「分節形成性」へと再組織されたとき、実際、瓦礫=廃墟は、ひとの裸体のように「読める」ようになる。

停止しているのに生動しそうな予感。知覚されないのにそこから湧き上がってくるはずの油臭、磯臭さ、腐臭、粉塵臭までもが、魔物のように、観客にたいする「捕捉」を開始する。それで結局、打ちのめされて、ぼくの隣の女性は退席してしまったのだとおもう。このように瓦礫を生き物として「撮る=採る」運動神経の「ミニマリスム」は、TV的な震災報道には、ほぼないものだった。

瓦礫撤去の遅さ、予算づけ遅滞の失政により、民主党政権は当時頻繁に叱声を受けた。ただその瓦礫の「量」は、撤去へと容易に接続しない、何か「死に絶えた」巨大な物量、その帯状分布だったと、『311』の映像は精確に伝えている。瓦礫下の生存者探索のため投入される重機が極度に少なかったのは、小泉構造改革によって東北の土木事業が壊滅したからだ。したがって自衛隊、あるいは(撮影隊が出会ったかぎりでは)さいたま市役所などからの「応援部隊」が重機操作に従事している光景が捉えられることになる。瓦礫は(或る物質的な)「どうしようもなさ」の符牒集中のはずなのに、じつはそれに向かって働く人間を多数吸着させていた。

ところで重機は瓦礫の撤去などを一切してしない。瓦礫を部分的にもちあげ、ショベルの「手」が空中でひらかれる。そのときの瓦礫の落下状況のなかに「遺体」がまぎれこんでいないか(あるいは瓦礫引き上げで一瞬あらわになった暗部に「遺体」がまぎれこんでいないか)、その「確認」が低効率でつづくだけなのだ。作業の質は、底のない桶で水の永遠のくみ上げを命じられた、「ダナイスの娘たち」への懲罰に似ている。

そのショベルのうごきそのものに「遺体」の予感がわきあがってくる。つまり「被災映像」とは「見えるもの以上を見させる」想像力の組織に関わっている。その点で『311』の映像はNHKを始めとした震災ドキュメンタリーよりもつよい作用性をもっている。なぜそうなるかといえば、身体性に限界づけられた撮影行為、という枠組がよりあらわになることで、むしろ観客の身体への転位がより活性化されるからだというしかない。

ノンナレーションのこの作品では、個々のショットは文脈化されず「裸の単位」の投げ出しに終始している。『311』の監督たちはNHKのドキュメンタリーで福島の高線量地を取材にきた吉岡忍と宿泊先で鉢合わせている。吉岡が三春の寺に玄侑を訪ねるその番組はぼくも観たが、そこではすべてのショットは文脈上の「単位」に再組織化され、「物語の途上」という表情に枠付けしかえされた(それはTVドキュメンタリーの媒体上の要請からそうなる)。

この枠付けが『311』にはなかったから、観客には「ただ視る」ことが生成されていった。ところがこの「ただ視ること」は、現在はきっと禁忌なのであり、そのことの「気付き」のために、たとえば災厄映像や死体映像があるのではないか。とするなら、ナレーションはないものの、『311』の「主題」は、森達也が往年撮ったドキュメンタリー『放送禁止歌』とも相似ではないかと理解されてくる。

「死体」を映すことがタブーなら「死体」を予感することもタブーとなる。ところが映像は重機のショベルのうごきによって、その予感の水位を上昇させる運動を刻々繰り返していると前言した。「ただ撮ること」は予感に視線を向けたときに、すでに構造的に破壊をこうむっているというべきなのだ。

大勢の学童が津波によって流され、震災発生20日程度のこの時点で多数の行方不明児童を記録していた石巻・大川小学校に一行は辿りつく。「重装備」をして、不明のわが子を探す若い母親たちの集団がある。自分たちが棒切れで瓦礫をうごかしても空しいと知る彼女らは、探査を繰り返す重機のそばにいて手持ち無沙汰になっている。それで森達也のおずおずしたインタビューの圏内に入ってゆく。気付くべきは、彼女たちが「憤り」を伝える者として撮影カメラを直視することは一切ないということだった。

「立ち入ったことを伺いますが」――これが、森がインタビューを開始する際の、最初の発語だ。むろん森自身がこの発声の無意味を知っている。「立ち入ったこと」はプライバシーの問題圏域にあるのだろうが、森が取材する対象は、ヘンな矛盾形容だが、もう「無名性によって裸になっていて」、プライバシー論の作動に「悲惨にも」馴染まなくなってしまった人々なのだった。

彼女たちはわが子の「発見」を待っている。森はいう。「発見されることを願いながら、もう片方で発見されないことも願われているのではありませんか」。発見されるものが「ひと(という人格をもったもの)」なのか「遺体(という物体)」なのか、その弁別を放棄している点に欺瞞がある。主婦は冷徹にいう。「この時点では、もう生存状態で発見されるなんて幻想は抱いていない。だから遺体が一刻も早く発見されて火葬し供養してやりたい。いま発見される遺体は、もう顔の判別もできず、DNA判定にもちこまれることもあるが、物理的に供養のよすがとなる〈骨〉がほしいのだ」云々。「放心状態という感じですか」「遺体発見を念願しているから、放心状態ではなく気が張っている」。

森が契機となった「問答」はご覧のように意志疎通という点で齟齬を来たしている。これは価値庇護すべき対象への愛と理解が前提となる旧来の社会派ドキュメンタリーでは最大の失点だろうが、そうした質問者の「無様さ」を前面化することがむしろこの作品の眼目となっていることに気付く。

大川小学校の悲劇はなぜ起こったか。入江最奥にあって津波発生が見通せない地勢に立地。校庭を避難所とする事前約束が行き渡っていた。それでも津波接近が伝えられると、「律儀な」教師たちは点呼のため学童を整列させていた。その整列形成のさなかを津波が襲った――こんな経緯だった。ただし地震の比較を絶した揺れに危機を感じた数人の母親は、自宅から校庭に駆けつけ、児童の整列を促す危機緊急性の薄い教師たちから自分の子どもを引き抜き、自らともども即座に子どもを避難させて結果的にこれが生存につながった。先刻の母親たちの一隊は、昼間仕事をもっていて、地震発生直後、校庭に駆けつけられなかったのだった。

けれども「校庭に駆けつけても私らは先生方のいうことを聴いてたぶん整列に加わってわが子もろとも津波に流されてしまったとおもいます。自分の子どもと一緒にその場を逃げ去った母親のような適確な状況判断などできません。先生たちも事前の津波避難計画を守っていただけだし、地震規模も予想不能だったし、結局、誰に憤りをぶつけていいのかわからないんです」。

このとき齟齬ばかりで変梃りんなインタビューを繰り返してきた森が「無様にも」いう。「その憤りをぼくにぶつけてください」。ありえない。ドキュメンタリー撮影は通常は、中立的記録者による営為だから、そこには「身体が成立していない」。撮影者を怒れ、と対象に促すことは、本来ならこの中立性の放棄、ということになる。そのことを主婦たちは動顚を繰り返す森よりも精確に知っている。だから彼女たちはそっぽを向いて失語してしまった。

ところが森の眼目はドキュメンタリーにおける中立性の放棄と撮影身体露呈のほうにある。彼の作品歴を一貫しているのは、こうしたドキュの通例への異議申し立てのほうだった。ところが「自分に向けて憤りをぶつけよ」という「命法」は対象の作為性への煽動だから、これはもうドキュがドキュにとどまる成立与件さえ破棄してしまっている。だから「無様」なのだ。ところがこの「無様」の提示こそが、災厄映像を搾取するドキュメンタリーの真の成立与件だと、『311』は語っているようなのだった。

ずいぶんことばを費やしてしまった。主婦たちは怒らなかったと書いたが、撮影隊はべつの遺体が発見され、それがブルーシートに包まれている姿を撮って、それで「遺族」に正面から烈しい糾弾を受ける。このとき「ぼくに向かって憤りをぶつけてほしい」というような構えがどんな無様をさらに付帯させるかが判明する。こんな場面がクライマックスとなるドキュメンタリーなのだった。

この『311』は、NHKドキュよりもずっと「ただ撮られている」。ところが同時に、対象が「災厄」であるかぎり、「ただ撮ること」は常に不能だと、やはりNHKドキュよりもずっと高度に告げている。考えてもみよう――こうした二重構造の提示そのものこそが、禁忌の前面化に似ているのだった。
 
渋谷ユーロスペースにて三月三日より公開。山形ドキュメンタリー映画祭で上映されたときとは若干ヴァージョンが異なる由
 
 

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2012年02月05日 日記 トラックバック(0) コメント(0)












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