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ガーネット66 ENGINE EYE 阿部嘉昭のブログ

ガーネット66のページです。

ガーネット66

 
 
廿楽順治さんから「ガーネット」66号が届く。自作をとりあつかってもらったからというわけではなく、廿楽さんの詩誌時評が素晴らしかった。東日本大震災で死亡や行方不明になったひとからの「成仏」請求により、現地では「水たまりに目玉がみえた」など生存者の異常感覚がつづいている――そんな前振りから、その死者たちの視線の遍満にまずは注意が促される。返す刀で実体験や報道見聞によらない、詩作立脚の可能性が暗示されてゆく。直接関係的でないこと、書き急ぎでないことがそこではいわれているだろう。

もっといえば「死者たちと同等に」、自己を抹消する(これが脱拙速につながる)詩作の位置改変が問われていて、それはとうぜんフレーズの片々にまで人格不明性を不気味に導入するから、ここですぐれて詩作技術の問題が惹起されてゆく。廿楽さんが扱ったぼくの詩篇でも、「だれがみているのか」という謎が摘出され、時評の全体文脈に接続される。確かな読みだ。取り扱われたもののなかでは去年、ぼくが驚嘆した「repule」13号掲載、柿沼徹さんの「途上」もちゃんと入っていたのが嬉しかった。

廿楽さん自身は「人名詩」シリーズを載せているが、冒頭の「「いわた」さん」がとくに見事な出来栄えだ。他者の偶有的現前にたいする遥かでやさしいまなざしもまた、対象の「不明部分」=無人格性をえぐる。えぐって、なお余韻がでる。それが「この世」の法則だ。そういえばこないだの「入浴詩」プリントでも廿楽さんの詩篇には同等の感触があった(ネット版入浴詩集への転載依頼は、岡井さん、支倉さん、井坂さん、斎藤恵子さん、岩佐さん、河邉さんが返信にて快諾、杉本真維子さんだけが東京にいないのかまだ届いていない)。

廿楽さんのその記事によると、小峰さんも個人詩誌を出したのだなあ。小峰さん、入手したいのだけど、どうすればいいですか?
 
 

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2012年03月21日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)












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