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切通君が文章を送ってくれた ENGINE EYE 阿部嘉昭のブログ

切通君が文章を送ってくれたのページです。

切通君が文章を送ってくれた

切通理作君が、明日1月18日(金)、
新宿ジュンク堂でのトークショーのレジュメともなるような、
学会発表草稿を昨日、僕にメールしてくれた。
鎌田東二さんらが参加されているモノ学会でのもの。
「レジュメ」とおもわず書いたが、論旨は緻密、分量も重厚で、
かつ切通君らしい、スピーディな「連接」で全体が運動している。
襟を正して読んだ。

18日の対談内容の主軸になるだろう「不如意」への考察が
全体の土台となるように論旨が進んでゆくけれど、
まずは人間の身体器官のなかで不如意の軸となる
「眼」に切通君の観点が集中してくる。
そして川端康成のいう「末期の眼」に注意が促がされる
(その後も川端の視覚を中心にした感覚の凄み・特殊性を
切通君はその小説細部から検証してゆく)。

――眼がなぜ不如意なのか。
切通君の論旨に斜めに上乗せするような自分の意見を
ここではまず書いてみよう。

1) 眼はたぶん自分の世界内位置を知らせる最初の感覚。

2) ということは、眼は世界内位置を単純にしめす自分の身体の
いわば「影」のなかに入っていて、自在性をもたない。
眼が十全に「見えない」ということは
自分の身体が視覚を縮減しているためだとも換言できる。

3) しかもその眼は他の知覚からの「反映」すら受けてしまう。
聴覚によって視覚が不能になる例を僕は
『僕はこんな感情や日常でできています』に書いた。
フェリーニの映画を往年の名画座で観ていたときの経験。
ニーノ・ロータの音楽が画面に響きだすと
映画字幕が読めなくなってしまったということ。

あるいは自分の性交相手の、恍惚に霞む眼が
自分をふくめた何も見ていないと知るときの
対象の美しさと、対象からの戦慄とは一体何なのだろうか。

4) 眼は自己の情緒の反映も同時に受ける。
たとえば空にある雲が瑞兆か凶兆かなど
そのときの情緒によって変わる。
事が「雲」ならば大過がないかもしれない。
それならば、眼前に裸の女が横たわっていたらどうだろう。
その女と性交すべきなのか。
それは「存在の選択」が不確かなものによって
常に恣意的に左右される「不如意」を表していないか。
こういう局面では「不如意」は情緒に集中しているのだが、
判断器官=眼にたいする負荷が現れていると換言してもいい。

5) 以上、眼の不如意は器官的な自立性が心許ない点とも表裏だが
それは眼から受けた感慨が身体に必ず還流してきて、
眼によって眼の土台、「身体」が刻々、再規定されるためでもある。
自己の眼と自己の身体は
かくれんぼをしながら追いかけっこをしているようなもので、
結果、眼は身体の刻々の移動によって感知する積分要素を
自分の躯に蓄積していって、
眼が身体を世界内定位するという大前提がその実質面では
刻々脱定位されてゆく事態を逆証しているのだとおもう。

6) 川端康成の「末期の眼」は身体の一回性と世界の表れの一回性、
それら二つを最も緊張感をもたらす位相ですり合わせ、
身体の一回性と世界の一回性に
人間の限界を超えた「憐憫」を生じさせる契機だとおもうが、
これらが同時に語られていい機縁は
眼が身体と分離できず、身体が世界と分離できない、
それら諸点から生じていると考えていいだろう。

末期を感じたとき、「自己身体」は澄みつつボロボロになっている。
それは世界が同じ様相をしていると感じるのと同義だ。
ということは、一回性とはいつも、澄みつつボロボロなのだ。
このとき涙眼になってしまうとさらに世界が見えなくなる。



三村京子さんの今度出るアルバム『東京では少女歌手なんて』で、
僕の配した歌詞で一回だけ「不如意」が出てくる。「岸辺のうた」。
この歌はデモクリトスの、流れゆく川のそれ自体を
常に人は見ることができない、といったような断言を
性愛に当てはめたもの。「不如意」のくだりはこうだ。

いつものhotel ものすごく汗
合わさる二人が塊になる
いつものhotel 幸せと不如意
やがて二人も静寂になる

存在が最高に達した瞬間、自他の境に
結局は《からだがひとつになれない》不如意が刻印されるとすれば
その不如意とはもう、幸福と同義だということにならないだろうか。

視覚は再考の対象になればなるほど
その不如意性を巨大化させてもゆく。
「あのとき見たものが何だったのか」と自問すれば
自問領域にあるものを即座に人は
「記憶」なのか「視覚」なのか言い当てられなくなる。
僕は映画評論家をずっとやってきたけれど、
自己身体に起源するそんな飢餓を自分の評論の動力にしてきた。



視覚恐怖を伝える文芸でぬきんでているのが俳句だとおもう。
たとえば僕は今度の「未定」の提出句で
《家焼いてきのふの空の新しさ》をつくった。
視覚記憶の不如意を端的な言葉で刻印しようとしたものだ。
拙句以上の怖さが盛られた句だっていくらでもある。

《晩涼に池の萍[うきくさ]みな動く》(高浜虚子)
《草二本だけ生えてゐる 時間》(富澤赤黄男)
《枯萩にけむりのごとく女立つ》(赤尾兜子)
これらでは「不如意」文学たる俳句の不敵な面目が現れてもいる。



送ってくれた文章のなかで切通君は
坂口安吾の短篇「青鬼の褌を洗う女」に触れている。
世界が同時的な郷愁にあふれていて
自己身体の輪郭が消失するまでの感慨に至る女の自己史的述懐を
安吾が一人称でずっと綴っていった名篇だ。
女は自分の性格がルーズなのを知っていて、
だからこそ暴君でどことなく淋しさの面影ももつ
青鬼とも擬されるような男に身を預ける。家事に励む。
このとき「退屈」が「郷愁」と絡まって積極価値に変じてゆく。

切通君が書いてくれたものに自分なりの補足をつけるとすると
これは安吾が結婚した三千代に「成り代わって」書いた
憑依型の文章だった。
読んだ三千代はだからギョッとするが、
あまりに自分が「言い当てられていて」、以後を呪縛される。
その証拠に三千代が安吾を追想した『クラクラ日記』では
まさに「青鬼の褌を洗う女」と全く同じ文体、主体の思考が
採択されているのだった(何という崇高な不如意)。
安吾についに殉じきった三千代の凄みを感じてしまう。

僕が三村京子さんに歌詞を提供していいとおもう根拠は
少なからず、この安吾-三千代の事例に関わっているかもしれない。
三村さんに成り代わって僕が歌詞を提供する。
やがて三村さんは、そこから自身の歌詞を立ち上げはじめるだろう。
僕に影響を受けたことの根本的「不如意」は
その「不如意」を貫徹することで積極価値となり、
しかもそこに自分のオリジナリティが忍びはじめる。

三村さんの歌詞をつくる僕は明らかに「中性化」している。
対して僕の影響のもとからオリジナル歌詞をつくる彼女も
自身を「少女」の枠組を超えて「中性化」する必要がある。
彼女の真のオリジナリティはこの局面に現れるだろう。
それは彼女が女性性の前面化した歌を唄うことと矛盾しない。

こうした「性」の不如意な本質がいまこの欄の読者にも
伝わっているだろうか。



視覚の不如意の問題に戻る。

視覚性の不如意が存在の本質を覆うものだという観点を
僕は『僕はこんな日常や感情でできています』のなかでは
収録の「眼鏡の話」という文章で展開した――幼年述懐のかたちで。
切通君がくれた文章はそこにも鋭いスポットを当てている。
主体の見るものが主体をつくりあげる(つくりかえる)。

僕はアッとおもった。
「情緒論」刊行イベントでは僕が出た次の機会に
切通君の対談者として作家の柳美里さんが出てきているのだが、
その柳さんの様子を振り返った切通君の以下の文章が
僕には圧倒性をもって迫ってきたのだった。



柳さんがそのときしたのは、こういう話でした。

小学生のときの柳さんは自宅でオナニーをしていました。窓の外では、父親が庭で花に水をやっていました。お父さんがこちらに向かって笑いかけます。柳さんの下半身は窓の向こうには見えません。お父さんからは、無邪気に手を振る娘の上半身だけが見えたでしょう。

そのとき柳さんの方から見えたのは、青空の下のお父さんと、ホースの先から出る水が陽光に照らされて虹を作っている美しい光景でした。

柳さんは、これが自分の原風景として忘れられないと言います。

どうしてこの光景が刻印されたのか、いくつか考えられると思います。

ガラス一枚でつながっているのに、向こう側とこちら側は手を触れられない断絶がある、ということ。その不如意感。

間に隔たりがあるという不如意感と、にも関わらず、その隔たりがないかのように見渡せる、ということ。その向こうの景色は一点の曇りもないほど明るく、綺麗だということ(そしてもう一つ、目を向けるべき要素があると思うのですが、それについては後述します)。

ただ単に景色がきれいだったというだけなら、柳さんにとってこれが原風景になったでしょうか。

不如意感と景色それ自体の美しさが、両方立ち現れていたからこそ、双方がある純粋化されたものとして結晶化した、とでも言えるのではないでしょうか。



きっと柳さんは自分のみた光景を
安吾「青鬼の褌を洗う女」ラストの女主人公のように
「懐かしさ」の様相で驚異的に現れていると直観したのだとおもう。
同時に、ガラス越しに父親に顔のみを何食わぬ顔で向けている彼女、
その躯がオナニーで「揺れていた」。刻々の偏差を刻む躯。
その躯のもとで、彼女は庭での父親のホースによる放水をみていた。
それは窓越しであったけど、
密かに父親を中心にした光景と自分の躯を「つなぐ」行為だった
――つまり「見たもの」を自分の躯に密接に結ぶ行為だった。
このときこの密接性の獲得のために躯も揺れている必要があって、
その揺れた躯が放水の虹の美しさを「永遠」とみたのだとおもう。
この「永遠」は「原風景」とも「末期」とも呼びかえられていい。



切通君はこの後、ロラン・バルト『偶景』から逸話を提出してくる。
その書き出しの文章の美しさ。切通君はそのまま転記しているが、
これも下にペーストしてしまおう。



今日は七月七日、すばらしい天気だ。ベンチに腰掛けて、子供たちがよくするように戯れに片目を閉じてみると、大きさの感覚が乱れて、庭の雛菊が、真向かいに見える道の向こうの野原にぴったりと張りついてしまったように見える。

その道路はといえば、のどかな川のように振る舞っている。時折バイクやトラクターが走り抜ける(今ではこれが本当の田舎の物音になってしまったが、考えてみればそれも鳥の鳴き声よりも詩情がないというわけではない。たまに聞こえてくるだけなので、かえって自然の流れを引き立たせ、そこに人間の営みの証を慎ましく刻んでいる)[川のような]その道の流れの先が村外れの一角全体を潤している。



このバルトの文は彼の中性的な聴覚性の面目が躍如としている。
視覚と聴覚を分離できない「世界の表れ」=
徴候のように動いている眼前=「偶景」が
そのままそれを感受する者の至福だと語っているようなのだ。
先の柳さんの「世界の表れ」の至福に後続する正しい権利をもつ。

周知のように晩期バルトはエクリチュールを変貌させていた。
評論→(断片的/自己領域的)エッセイ、と変貌を遂げたのち
プルースト的「小説」をたぶん短さのなかに実現しようとしていた。

バルト同様、主人公と目される男は初老の大学教員で、
彼がモロッコでの「少年買い」によって
自分の老残を味わってゆくという――
それが事実ならスキャンダラスな内容。
ところが断章形式で書かれた小説文の体裁が、
その真偽を宙吊って、「老残の〈にも拘わらずの〉至福」だけが
最終的に印象されてきた記憶がある。
それでもこんな衝撃的な細部に小説空間は満ちている
(僕はサイト発表の「これは私ではない」という引用だけの文章に
この部分の抜き取りをした)。



ドリス・Aは精液を精液と呼ぶことを知らない。彼はそれを糞と呼ぶ。《気をつけろ、糞が出るぞ。》これほどショッキングなことはない。



視覚と聴覚を弁別しない冒頭文章は
この局面で以上のようにすり替わった。
モロッコの熱気がわーんという「顫音」を唸り上げていて
それが男色者=ドリス・Aの言葉に具体化するような、
そんな「翻訳」を試みたバルトの着眼を僕はここに感じてしまう。
それはシャルリュス男爵のソドムの末路を書くにあたり、
執拗にシャルリュスを蜂のさばえなす羽音と結びつけていった
かつてのプルーストの営みに沿うものではなかったか。

バルトのここでの書法は視覚と聴覚を混在させることで、
無効宣言させたあとの「距離」を空気のように実質化することだ
――切通君の考えに接したいまになっては、そうおもう。
そこでは、近さと遠さに弁別すらなくなる。
中性的な愛にとって、この二つを区切ることにさほどの意味はない。

切通君がこのバルトの文章の少しあとに俎上に乗せたのは
川端康成の奇妙な短篇「片腕」だった。
「腕の姿の素晴らしい」少女から老人が愛玩用に
その片腕を借り受け(何と腕は着脱可能だった)対話する幻想譚。
部分へのフェチが不随意的に全体化される愛の不如意が描かれる。

切通君はそこで、老人と片腕の会話を転記打ちしている。
これもペーストしてしまおう。



「自分はどこにあるの?」
「自分は遠くにあるの。」と娘の片腕はなぐさめの歌のように、「遠くの自分をもとめて、人間は歩いてゆくのよ」
「行き着けるの?」
「自分は遠くにあるのよ。」



「遠さ」と「近さ」の問題でいつも僕が取り出すのはベンヤミンだ。
『写真小史』に書かれたアウラの定義はよく知られているだろう。

《そもそもアウラとは何か。空間と時間の織りなす不可思議な織物である。すなわち、どれほど近くにであれ、ある遠さが一回的に現れているものである。》

ベンヤミン『一方通行路』の「旗」にはこんな文もある。

《遠ざかるということが、なにか染料みたいに、小さくなってゆく者のなかにしみ透り、かれを穏やかな熱に浸す。》

『ベルリンの幼年時代』の「熱」では以下だ。

《自分に関わりをもつあらゆるものの接近を、まだ遠くにあるうちから眺めたいという好み》

これは僕のテーマでもあった。
この「好み」に失敗して、視覚の現在性が奪われていると
幸福裡に悲傷するのが三村さんの「岸辺のうた」のヒロインだし、
僕の今度出る詩集『昨日知った、あらゆる声で』には
《宝玉をもった手を次第に遠ざけてゆく/この動作に魅入られて痴呆が進む》
という詩句もある(「車窓詩のひとつの試み」)。

この「宝玉」の位置と川端の「片腕」の位置が等しく、
同時に「片腕」にはアウラと複製の弁別を拒む何かがある。
それはたぶん「衰退」や「不如意」によって拒まれているのだ。



切通君の文章の緊張に対し、とりとめのない贅言が続いたとおもう。
――そろそろ「まとめ」に入らなければならない。

「近さ」と「遠さ」の問題は、実は日記書きのそれとも直結する。
『僕はこんな日常や感情でできています』中の
蓮実重彦『表象の奈落』書評記事に書いたように、
バルトは必ず習慣化に失敗する日記の不全に愛着した。
バルトは日記に近づこうとして遠ざかる――その繰り返しだ。
遠さ/近さはそのバルトの「運動」に瞭然と現れているが、
同時に、日記書きとは、私が感じた事実を間近に思い描きつつ、
それを「遠さ」へと放擲する試みにほかならない。
だから遠さ/近さが混在してしまい、その惑乱により蹉跌が導かれ、
同時にその蹉跌自体が幸福に転化する作用を演ずる。

「遠さ」と「近さ」にたいし、中性的な立場を保つことが
たぶん日記成功の秘訣だろうが、
バルトはエクリチュールの性差上の中性性に神経を集中していて
それを日記書きに反映させることには無頓着だった。
というか、「失敗」の喜びだけを日記に与えようとしたのだ。

日記が失敗を必然化することに関しては
冒頭、僕が書きつけた視覚の不如意がふかく関わっている。
《眼は自分の身体の「影」のなかに入っていて、
自在性をもたない。眼はそれで十全に「見えない」》。
このとき、日記では自分の近さが近さとして見えないのだ。

これを救うのが、「遠さ」だ。
この「遠さ」を管轄するのが聴覚なのだと僕はおもう。
聴覚はリズムを連打して、その遠さの領域から
「書く躯」にゆるやかに近づいてくる。
この感覚に自然になれば、たぶん「日記」が「成功」する。

この実証がきっと『僕はこんな日常や感情でできています』だった。
「不如意」は当然、「内包」されている。
というか駆動力にすらなっている。
「情緒」がすべてを書かせたと考えるだけでも傍証が可能だろう。
「憧れ」が書くとはそういうことだ。
「渇き」が書く、といっても同じこと。
It makes no difference.

――最後に切通君の文章から、以下を貼っておこう。



『情緒論』という本全体でも、僕が93年から書き始めて批評家と呼ばれてやっていく中で普段思っていることを書いてみたんです。世間では「情緒」を配して理性やロジックで語るのがよい批評家とされているけれど、実は情緒とロジックは不可分なのではないか。物事を分析しようとしたり、観察しようとする手前にある自分と世界との関係について、考え直す必要にかられて書いたものです。

しかしこの本は、批評対象が映画や小説といった一つのジャンルだけに留まっていないこともあり、書店のコーナーでもどこに並べられるのか予測できない本になってしまいました。
 
この本の刊行記念トークショーにも来ていただいた批評家の阿部嘉昭さん(58~)もまた、ジャンル越境的な著述をしている方ですが、阿部さんは拙著について書いてくださったインターネットのmixiでの日記のコメント部分に、こう記しています。


「われわれ」(あえてそういってしまうけど)は
たとえば映画や特撮ものに関わって批評活動を開始し、
その後も研鑽を積んで、
やがてはジャンル特定のできない本を次々に書き出した。
その「動力」になったものが一体何だったのか、とおもう。
一種の「飢え」があって、
その「飢え」と「情緒」に関わる認識が関わっていたのではないか。
つまり「ただの映画好き」「特撮好き」から「われわれ」を解き放ったのが
「情緒」への飢えだったのではないか。[…]


僕の『情緒論』が出てから三ヵ月後に出版されることになる阿部さんの本『僕はこんな日常や感想でできています』[…]は阿部さんがmixiでジャンル横断的にいろいろなものについて書いた文章を収めています。

僕の『情緒論』も、阿部さんの『僕はこんな日常や感想でできています』も、たしかにジャンル特定の出来ない本です。

それはとりあえずは書店の「サブカルチャー」コーナーにでも置かれるしかない。しかし僕たちは、たとえば「アニメファン」「ロックファン」がいるのと同じような意味での「サブカルファン」を意識しているわけではまったくない。否、むしろそういう既成のフィールドを意識するという姿勢とは真逆のあり方として、ただ己の「連接」機能によって対象を「つないで」いるのはないでしょうか。

そうせざるを得ない場所に来てしまったということが、阿部さんの言う「『情緒』への飢え」ゆえだったとするなら、それは、まずはなんに対する飢餓感から生まれてきたものなのでしょうか。



この切通君の問題提起に
彼自身と僕の双方が答えることが
1月18日、新宿ジュンク堂での二人の責務となるだろう。
この記事でイベントの詳細が気になったかたは
数回前の僕のmixi記事、
「1月18日、切通理作君とリターンマッチ」をご覧になって下さい。

電話予約の窓口の番号だけ書いておきます。
以下で明日の予約ができます。

03-5363-1300

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2008年01月17日 日記 トラックバック(0) コメント(0)












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