これって… ENGINE EYE 阿部嘉昭のブログ

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これって…

 
 
「読むこと」と「情報集積」の棄却を、「読むこと」をつうじて逆説的に語った、佐々木中の『切りとれ、あの祈る手を』では、たぶん佐々木中自身の知的=無頼なたたずまいにこそ感銘を受けたのだとおもう。それで、彼の社会革命に関わる歴史観にいかに偏圧がかかっていようとも、「そのクルマに同乗すること」ができた。ではなんでその本に手を出したのだろう。ひとつは短歌同人誌に掲載されていた江田浩司さんの書評がすばらしかったためだ。もうひとつは、書名タイトルから飛び出てくる「ツェランのサイン」が、こちらを「あらかじめ」射抜いていたためだ。

その佐々木中の「小説」はどうか、と、『晰[あき]子の君の諸問題』を読んでみる。雅語卑語混淆でこころみられた反復的な語りのリズムが、なおかつ句点の意外な挿入によって内在的に破砕されるこの独自の文体は、かつての川上未映子のように、あるいは伊藤比呂美のように、さらには『吃水都市』の松浦寿輝のように、散文詩と小説の弁別を無効化している。むかしのぼくは厳密だったので、こういう混血文体のもつ物ほしさに冷淡だったのだが、このごろは面白ければいい、とおもうようになった。

この小説は語り主体に作者自身をふくむ私小説の結構をもちながら、やがてその女子大生の恋人の卒論(論題はやはりツェラン!)にたいする主体の感慨が長く綴られ、そのなかで相手の妊娠も語られて、徐々にその踊るような文体から二人称「君」が現前化してくる構造をもつ。それがツェランの「我-汝」の問題に巧みに接続されたとき、「汝自身」「我を経由する汝」「我を経由する『我を経由する汝』」……というように、魅惑的といっていい「晰子」の多層化が起こる、「評論的な仕掛け」も判明する。

ああ、そうだった、とおもう。『ヘヴン』以前の川上未映子でも『新巣鴨』の伊藤比呂美でも、ぼくは詩文と小説の分離不能性に疲弊したのではない。じつは彼女たちの「書くこと」は刻々「書くこと」自体に折り返され、その自己再帰性が批評であること、つまりは彼女たちの書くものが小説と批評の混淆であること(表面的な「小説と詩の混淆」とはちがう次元にそれはある)に、ひそかに辟易していたのだった。たとえば詩と哲学はどのように融合融即してもかまわない。それは「おなじ」「旧い」起源として、もともと同立しているからだ。ところが小説と批評は相互混淆するとノイジーになる。それらがいずれも近代の産物に「すぎない」からだ。そういうことを反芻するのが「歴史観」ではないか。

おなじ失点は佐々木中のこの小説にもある。ところがこの「失点」は逆説的で、怖気を感じれば感じるほど、その機能が有効だったことを明かす。だから厄介だ。その厄介さと接続できる位置に、レシピと境を接する、この小説の数多くのディテールもある。なにがしかの、「とんでもない余り」。

とりあえず、松浦寿輝さんのように、《クレオール的な混淆文体の超絶技巧、小説の自由への獰猛なマニフェスト》(帯文)といった、優雅な賛辞では括れない「批評的」「複合」であることはたしかだ。

ところでこの松浦さんの賛辞には「小説の自由」という保坂和志の主唱することばが入っている。むろん小説性の欠片が最小単位でも世界に横溢しているとかんがえる保坂さん(『カフカ式練習帳』)は、散文性だけに縮減された文章に、いかにそれ自体の(認識論的)驚愕があるかを豊富な事例によってえぐりだしているのだから、「小説の自由」は彼の仕事にとうぜん冠せられることばだ。ようするに「自由」とは、松浦寿輝の認識とちがい、書くこと=腑分けの唖然とするような「無混血性」の保証なのであり、それはドゥルーズのいう、母語からその外部に移行したマイナー文学ともまったく抵触しない。包含範囲が異なる、ということだ。

ところが佐々木中の小説には「小説の自由」がむしろないのではないか。つまりそれは「混淆への野望」という硬直性のなかに全身を置いている気がするのだ。むろんその硬直性は、前言したように、小説そのものではなく、批評性を経由している点から来る。

もうひとついえることがある。保坂和志『カフカ式練習帳』は、どこからでも読め、どこからでも本を閉じえた。入口と出口が無限にある多孔状空間。それもまた「小説の自由」の体現だった。そこでは、詩と小説と箴言に共通点があるとすれば、それは「断片性」という形式にすぎないという、あられもない裁断がくだされていたとおもう。たいして佐々木中は、混淆性によって膠着したからこそ、断片性を駆使しての内部分割がつかえない。そのジレンマによって句点が多用されている。

それでもそれは「不自由にも」直線的に読了され、保坂とはちがって再読を促されないままだろう。そう、佐々木中の通常の所説のように、書かれたものは必然的に「沈んでゆく」のだ。その佐々木に優位性があるとすれば、そうした自らのジャンク性に冒頭から自覚的な点だ。だがこの自己再帰性は、書くことに付帯する物質的な「影」で、書かれたことそのものまでがえぐられてゆく哲学的、本質的な再帰性とは様相を異にする。

しかし気がつく。佐々木中を言及対象にしたとき、なぜ逆説の連続になるのか、と。これも「批評的」事態にちがいないが、どこかで何重にも「愛着しようとするこころ」にブレーキがかかっているともいえる。
 
 

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2012年08月23日 日記 トラックバック(0) コメント(1)

付言:ツェランのパリ滞在時期を提示しての、ツェランとラカンのありえたかもしれない邂逅を、小説は「晰子」の卒論を媒介に考察(妄想)してゆく。それ自体はツェランとラカンの、ではなく、批評と虚構の邂逅と読み替えられる。そして。ツェランと精神病理の複合を自明要素として、ラカンの鏡像段階理論は、「折り返すように」、「晰子」の紙面上の、「それ自身が」「それになる」像の氾濫(叛乱)として、不可思議な実質化までもをもたらされる。小説は、最初は理由が明示されないままに、小説主体がいかに二人称存在を尊厳視するか、その「気力」が語られ、それはずっと連続形態をかたどる。ところがそこに「晰子」のことばが、ふるまいが不連続に侵入してきて、いわば全体を「不連続性に彩られた連続」として定位しなおすのだった。佐々木中による小説空間の発見はまさにそこにある。ところがそれは自己と他者の二重の愛着のみを経由しているともいえる。だからこの二重性が、まさに鏡のように不可能なのだという峻厳な事実もまた付帯する、といっていい。このことは小説を評価する重要なポイントとしていっておかなければならないだろう。しかし、ならば、その構造を、なぜ勝利の符牒ともつうじる雅語までもが縫わなければならないのだろうか。

2012年08月23日 阿部嘉昭 URL 編集












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