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東野圭吾ミステリーズ ENGINE EYE 阿部嘉昭のブログ

東野圭吾ミステリーズのページです。

東野圭吾ミステリーズ

 
 
いささか旧聞に属するが、録画済未見のままになっていた前クールの連ドラ『東野圭吾ミステリーズ』の最終回がすごく面白かった。このドラマは東野圭吾のいろいろな短篇に原作を仰いだらしく、各回のトーンの不統一性がアダだったのだが、最終回はさすがにリキが入って配役も豪華、内容も最大限にサスペンスフルだった。

勤め先の社長・竜雷太の娘・西田尚美と政略結婚したマキャベリスト小澤征悦は、結婚後七年にして不妊症の診断をうけた西田のつよい希みもあり養子縁組に承諾する。不妊治療の魔術師と呼ばれる鈴木京香の斡旋によるもので、女子高校生が生んで育てられない赤子、という触れ込みだった。子供は試験的に夫婦のもとに預けられた。

ところが愛のない結婚をしていた小澤は、母性まるだしになった西田の変貌を疎ましくおもうだけ。むしろ、事務的な会合という触れ込みで、逢瀬を繰り返すうち鈴木京香に急速に惹かれてゆく。好みの店、好きな食品や酒や音楽や香水が二人のあいだですべて一致して、小澤は運命的な出会いすら京香に感じるようになる。ふたりには性交渉が寸止めで外される「危なさ」さえ生じてきた。

誘惑的な京香、知的なファム・ファタールの匂い。小澤が京香の自宅に訪れたとき、しかし京香の態度が豹変する。何をいうにも小澤の心臓を抉るような強烈さをもちはじめたのだ。自分には画家志望で、その実現のためバーに勤めていた妹がいた。その妹は家宅侵入され強姦ののち殺されたが(殺された事実は小澤宅に招かれたときの京香の話にすでに出ている)、事件は迷宮入りした。警察の見立てでは犯行は出会いがしら的な強盗犯によるものだが、自分は、犯人は、自身の口から存在がしめされなかったが、妹が付き合っていた当時のその恋人だとおもっている。

ドラマ冒頭でインサート的に挿入されるのは死体映像で、そこでは絞殺後の矢田亜希子の顔がしるされていた。その矢田の姿や発声が、付き合っている相手の姿を明示されないままに頻繁に挿入されてくる。付き合っている相手の政略結婚をその婚約者にじかに会って断念させる決意を矢田が語るなど、あらゆる細部が付き合っていた恋人を小澤だとしめすが、小澤はそれを他人事と受け取ってみせ、適当な対応をするだけだ。

ところが京香の話はさらに真相暴露に向け白熱してゆく。死んだ矢田の子宮内には「強姦」相手の精子がまだ生きていた。その精子を採取し、それを自分=京香の卵子と人工授精させ、海外の代理母をつうじてじつは子供が極度に人為的につくられた。荒唐無稽な話とおもわれるかもしれないが、不妊治療の魔術師といわれる自分にはできること。そしてあなたの惧れているとおり、あなたたち夫婦が養子にしようとしているのが、じつはその子供なのだ、と。

話はつづく。あるときからわたしは妹の殺人犯を探した。妹は占いが好きで、妹の保持していた姓名判断の本には、妹の名前と、あなた(小澤)の旧姓を組み合わせた名前が欄外に書かれ、その画数判断が書かれてあった。その姓をもつ男は妹の勤めるバーの客にいた。調べてみると、その男は妹が死んだまさにそのタイミングで、婿養子のかたちで政略とおもわれる結婚に踏み切っている。わたしはその男が、妹の付き合っていた相手にして行きずりの物盗りを偽装した殺害犯だと確信した。身辺調査も繰り返した。それで「好きなもの」すべても実は学習した。そう、それがあなたなのだ……(このころには矢田を捉えた回想映像に、小澤の姿も組み入れられるようになっている)

賢明な小澤は、その話の対象が自分を名指しているという当事者性の圏内には絶対に入らない。防波堤を必死さを隠して守る小澤を、さらに攻撃の的にして京香の話はとどめの追い討ちをかける。間接話法のスリリングな応酬。妹の胎内から採取された精子は実のところ、誰のものかはわからない。あなたでない可能性だってあるだろう。むろんあなたである可能性もある。そのときは、あなたたち夫婦とはなさぬ仲であるはずの子供が、あなたにそっくりだと、養子事情を知らぬ者から、これからどんどん褒められてゆくだろう。あなたは幸せをかんじるだろうか。

否、むしろあなたは永遠に呵責にかられることになる。自分の血を享けているのに、自分の犯罪を起点につくられた子供でもあるから、子供は常にあなたに悔恨をしいることになり、あなたは実子なのに愛せない。ところが養子縁組を成立させず、子供を返還することもできない。なぜならあなたが文句をいえない妻・西田がすでにその子供に母性を感じているからだ。第一、これほど西田に愛着の生じた子供を西田から奪い去るには、あなたはかつて犯した殺しを西田に告げる以外にない。二進も三進もゆかなくなったまま、あなたは殺人の罪に呪われ、自分の子供を育てる無間地獄を一生つづけるのだ。

こう宣言された瞬間に、小澤は当事者性を頑固に認めないままに、嘔吐の発作に襲われる。京香から差し出された布はハンカチではなくネッカチーフで、それはかつて彼が矢田の首に巻いて絞殺にいたらしめたものだった。

これらのくだりの何が俳優政策的に凄いのかというと、平静を装いながら窮地に追い込まれるエリート役小澤の、不安拡大の表現だろう。疑心、発汗、視線の泳ぎ、憤怒のとり繕い……こうした彼の「反射」によってこそ、宣言者・京香の冷たい攻撃性が運命的な実質を得たのだ。説話的には唯一生存の絆で結ばれた身内=最愛の妹を殺された復讐、という予定的な枠組すら超えられて、不妊治療の最新の知見がドラマ要素のギミックとして、発展的に加算されつづける点がすごかった。ここでは復讐の不気味より、生命誕生の不気味のほうが体感的嫌悪でまさるのだ。それでこのドラマはビザールさにおいて白眉のミステリーとなった。滅多に出会えない出来のドラマだった(なお、書いたことのあとに、さらに逆転がある――東野圭吾のストーリーテリングはたしかに幻惑的な操縦力がある)。

ところで毎回、ドラマ本篇は、中井貴一主演の連続ミステリーコメディ短篇にサンドイッチされていた。中井は社内で何者かに殺されて(犯人が誰だかは本人も知らない)、その現場に幽霊としている。ところが警察・同僚・妻など、訪れるすべての者の「判定」が自殺で、その判断ミスをカメラ目線で中井は「視聴者」に訴えるが、事態はすべて望まれない方向へと進展してゆく。むろんそれは最終回、とても「可愛い」小道具でひっくりかえる。「あること」をきっかけに中井の自殺がありえない、と判明して、ぼんくら刑事然としていた蛍雪次朗が現場に集まった人間たちを確保したまま再調査の開始を宣言する、そんな笑いと逆転力に満ちた幕引きとなったのだった。この短篇の洒脱さと、本篇の重量級のサスペンスとの取り合わせが、最終的な全体にクールな読後感をかもしだした、といえる。

中井貴一はいいね。『サラメシ』もいい。
 
 

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2012年09月30日 日記 トラックバック(0) コメント(0)












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