キンクス、アーサー ENGINE EYE 阿部嘉昭のブログ

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キンクス、アーサー

 
 
今週(終了済)と来週の「ロック・ジャイアンツを聴く」全学講義はキンクス。今週はキンクスの歴代の佳曲を「ユー・リアリー・ガット・ミー」から70年代中期までピックアップして受講生に紹介・分析した。なかには、アルコールによって破滅した人生をブレヒト劇的なドイツ歌曲にし、そこにディキシー・ランド・ジャズのアレンジを交えて唄った(作り手本人であるレイ・デイヴィスの人生をも髣髴させてやまない)「アルコール」や、自虐性、自己穿孔性で、涙なしには聴けない究極のラヴソング(それでもビートルズ的なポップチューン)「スウィート・レイディ・ジェネヴィーヴ」も入っていた。

グレイル・マーカスが『ミステリー・トレイン』でしるしたように、女の子たちの輝かしいアイテムだったキンクスが、アルバム・セールスを落として転落してゆくのは、つくられる歌にやがて「薄暗さ」(それに同定不能性)が混入してくるからだ。マーカスはランディ・ニューマンの歌と比較していた。ランディは完璧なグッド・オールド・ポップチューンに皮肉というか、ときに真っ暗で戦慄的な歌詞を載せる。それは隙間のない合体、完璧な二重性であって、だから聴き手の感覚がブレない。ランディは信頼に値する逆説家だ。ところがレイの歌の薄暗さはリスナーに、身の置きどころのない混乱をあたえ、結果的に聴取をむずかしくさせる。そこにレイのヒステリックで微妙にゆれる声もかかわっている。

むろんレイ率いるキンクスのアルバム・セールスがdecline & fallしていったのは、野心たっぷりに臨んだアメリカツアー、その最初のテレビ・ライヴ出演でレイが泥酔し、卑猥な暴言を吐き、演奏すらできなかったからだ。かれらのツアーはキャンセルされ、以後の彼らはアメリカへの進出を断たれ、結果UKセンスとアメリカへの憧憬に複雑にゆれることになる。その揺れもまたセールスを落とす動因になっただろう(むろんキンクスの素晴らしさは商業性からではなく知性から完全な復権をあたえられ、80年代以降、キンクスへの評価はゆるぎのないものとなる)。

キンクスはもともと矛盾のなかにいた。進化論が適用しないのだ。キンクスが女の子たちの喚声を浴びていた時期のライヴアルバムでは「サニー・アフターヌーン」を演奏する彼らにもやはり凄まじい女の子たちの叫喚がカブっている。ところがスケール構成音が下がってゆく魅惑的なイントロではじまるこの曲は、脱税が発覚した実業家の経済破綻がえがかれ、二番ではアルコール中毒とドメスティック・ヴァイオレンスにより恋人も去られたとわかる歌詞内容になっている。そうして孤独となった主人公に夏の陽射しがそそぎ、そこでビールをのむと「怠惰による安寧」が生じた、といった「脱進化論的な」逆転が生じているのだった。しかもサビメロのコーラスワークは「うつくしさ」と同時に、夏の暑さによる世界全体の「崩壊感覚」をもつたえている。なぜこんな歌に女子たちは喚声をあげたのだろう。錯誤というしかない。

ロンドン五輪の閉会式でレイ自身によって唄われた「ウォータールー・サンセット」はこれまたビートルズ的に愛らしいメロディをもつ。ロンドンの下町、ウォータール―橋のたもとで孤独に暮らす主人公が、橋でいつもつましいデートをしているテリーとジュリー(そう勝手に名づけたのだろう)を観察、その恋の成行に思いをはせながら、彼らにも自分と同等の孤独と貧困を見出す歌だ。ウォータールー、テムズ川の川筋をひろがってゆく「市井詩」の傑作でありながら、そこでも最終的に賞賛されるのが「無為」だ(だから「淋しさ」に同調する「エリナー・リグビー」とは立ち位置がちがう)。ロック史上、「無為」に恋着した奇矯な個性はレイ・デイヴィスを除くと、「アイム・オンリー・スリーピング」などのジョン・レノンしかいないのではないか。ロックは若者の音楽だったから、そのイデオロギーにはとうぜん進化論が貫通しているはずなのだった。

それでいま来週の講義用に、ビートルズの『サージェント・ペバーズ』に呼応、たてつづけにキンクスが68年、69年に出したトータル・アルバムの傑作『ヴィレッジ・グリーン・プリザヴェイション・ソサエティ〔村の緑を保存する会〕』と『アーサー、オア・ザ・デクライン・アンド・フォール・オヴ・ブリティッシュ・エンペラー〔アーサー、あるいは大英帝国の衰退と滅亡〕』を聴きかえしていた。前者はロックでありつつ掟破りにも「老人」の立場に立って(したがってエコロジーではない)、「村の緑」の保存とおなじ精神性のものを連打してくる。郷愁、過去喪失の悲哀、神の視線を大空から感じる慎ましい身体性、旧態誇示、既得権益維持……しかも写真による「思い出づくり」にすら、ラストの収録曲で皮肉が浴びせられる。いくらレイがポール・マッカートニーに比肩するメロディアスなソングライターでも、これらの価値体系に当時の若い世代が馴染むべくもなく、ロック時代「終了後」を予見したような歌のならぶこのアルバムは、同時代評価を得るには早すぎる傑作だった。

つづく『アーサー』ではさらに発想が過激になった。『ヴィレッジ・グリーン』にはデイヴ・デイヴィスがオブリガート的に奏でるエレキ・ギターの裏メロがバロック音楽に似てうつくしい「フェノミナ・キャット」という曲がある。樹木の枝で「無為」を謳歌する猫の歌で、ルイス・キャロルのチェシャ猫同様、どこか異次元の存在として捉えられているのだが、その猫の肥満時代のエピソードに、一瞬、大英帝国の世界侵略の幻想がかさねられる。このときの「大英帝国性」を全面的に考察したのが、アルバム『アーサー』だった(と、ぼくはおもっている)。

キンクスのトータル・アルバムは、のち『プリザヴェイション』(第一幕/第二幕)で完全にロックオペラ化するが、ここではまだ「歌い手」の仮構的な役柄分立はない。それでも曲調が一曲内でめまぐるしく変わる曲をふくんでいて、そこがリスナーには難解に映っただろう。ヴィクトリア女王の世界侵略をロウ・クラスの教養なき者が讃える、皮肉で軽快な「ヴィクトリア」からアルバムは開始され、戦士が上官の命令によって自律性を失い、死すら「念願」してゆく「イエス・サー、ノー・サー」へと引き継がれる。英国式反戦ソングの範例はレイ・デイヴィスによってつくられた。つづく「サム・マザーズ・サン(ある母の息子)」が見事だ。戦士した息子の遺影を額縁におさめる母の悲嘆を唄ったものだが、歌詞センスに市井全体にひろがってゆく言い回しの妙があり、そこには国家批判と庶民の無力が同時に底流している。日本の「岸壁の母」が浪曲性で悲哀を唄いあげるのとはちがい、偏差値のたかい自己抑制がある。それとともに、転調を繰り返すメロディのうつくしさがやはり情感を増幅する。一体に、レイのメロディ・センスは、音楽的素養によるルーツ回帰が自在な点が語られがちだが、テンション・メロディの独自性も一方で存在するのだった。「ユー・リアリー・ガット・ミー」ですら実は転調による3コードが基調で、キンクスののちのサイケデリックな名曲「レイジー・オールド・サン」もその系譜上にある。

アルバム旧A面ラストは、オブリガード奏法に抑圧されてきたデイヴ・デイヴィスのギターが(だがそういうタイプのデイヴのギターが、ぼくは大好きだ)、ジェリー・ガルシア的なサイケデリック・リードへと解放されるスケールの大きい曲「オーストラリア」だが、やはり歌詞は皮肉でちんまりしている。「楽園オーストラリアへ行こう」と訴えかける観光代理店的な歌で、その歌詞細部を精査してゆくと、アメリカとオーストラリアの落差が皮肉にうかびあがる構造になっている。

アルバム旧B面の最初から3曲は、旧A1-A3からの流れ同様、大学時代のぼくが偏愛したものだった。ブリティッシュ・トラッドのマイナー曲のような曲調からはじまって曲展開が目まぐるしく変化してゆく「シャングリ・ラ」は、サラリーマンが苦労して得た自宅の黄金郷が、結局は分譲地に建てられた、個性のない規格住宅にすぎず、しかもローン地獄ではないか、とリスナーに「気づき」を迫る歌詞なのだが、レイの個性により、やはり攻撃性を低減され、侘しい市井の詩情、そのうつくしさへと着地している。

これをいうなら、旧B3「マリーナ王女の帽子のような」が市井の詩情を唄う曲では「ウォータールー・サンセット」と双璧かもしれない。アメリカン・ポップ・チューン的にラヴリーなコード進行で唄われはじめ、次第にそこにディキシー・ランド・ジャズのアレンジによる狂騒性がともなわれてゆく。マリーナ王女のような帽子を散財覚悟で購入したオバサンが、しかしその帽子に合うパーティになぞ招待されるわけもなく、仕方なく日頃の掃除で場違いにその帽子をかぶる。それでも彼女は幸せ…というのが一番の展開で、ここでもレイ的な市井讃歌が見事に結実しているのだった。

アルバム名「アーサー…」はとうぜんアーサー王の聖杯伝説を錯視させる。ところがそのアーサーも一介の現代のサラリーマンにすぎないと判明する。その彼への励起をもってアルバムが終了するのだが、そこまでを通して聴くと、レイ・デイヴィスの当時の発想が、曲ごとの角度変化、歌詞の凝縮性とふくみ、ロックの「ロック性」にたいする突破力、それぞれで申し分ないとわかる。どこか襤褸めいた貧乏くささが似合う、「よれよれ」レイだが、このアルバムでは彼の非ロック的な地声が、郊外もふくめたロンドンの市井の、いがらっぽい空気をよくつたえてやまない。ジョン・レノンの声が本質的にはリバプールの煤煙を感知させるのと似ている。そう、イギリスにはシェイクスピア、ジョン・ダンからルイス・キャロルなどへ経由してゆく「UKセンス」というものがあって、60年代後半の双璧はあきらかにジョン・レノンとレイ・デイヴィスだったのだ。
 
 

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2012年11月03日 日記 トラックバック(0) コメント(0)












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