タルサへの最後の旅 ENGINE EYE 阿部嘉昭のブログ

タルサへの最後の旅のページです。

タルサへの最後の旅

 
 
【タルサへの最後の旅】


そう、タクシー運転手だったこともあった
パトカーに警報を鳴らされて
路肩にクルマを停めたのだが
前後不覚になり夢に落ちてしまった
夢のなかでは一文なしの拾い喰い男ふたりと
三人の若い女がいて、みな叫んだ
「ウェストコーストが没落してゆく
みろ、空に岩石が浮かんでいる」
説教師は聖書を手にとって
それを糞便のうえに横たえた
曰く「信徒たちに次つぎ逃げられて
どうして愚者を救えと祈ることができよう」

そう、ひとりの女だったこともあった
あなたをだまし
かつぎあげて上空飛行の気分にまでさせた
あなたの自尊心のためにもそれがよかった
あなたもその程度の人間なのだから。
だれが自分の言うことをこのむだろう
自分の語ることは
はるか頭上にあるものにしか似ていない
それでその女も結婚式を挙げ
結婚指輪を恭しく捧げ
跪いておごそかにいう
「この指輪の誓いとともに生きつづけましょう」

そう、フォークシンガーだったこともあった
なんとか生き延びてきたが
路上演奏していたぼくはきみに
ハッタリの才能とこきおろされた
だからぼくはきみの心の錠前をひらき
ぼくにみえるものをきみにみせた
送料を請け合うなら
そのときの鍵を返送してもいいよ
それから朝、眼が覚めると
鼻に矢が突き刺さっていた
部屋の奥にはインディアンがひとりいて
ぼくの服を着ようとしていた

そう、眠っていたこともあった
寝台のうえ毛布にくるまって
ぼくはしばし、そうしていたんだ
彼らがそのぼくを死体とみとめるまで。
検屍官の振舞は丁寧で
たちまちぼくは彼を好きになった
ぼくは女ではなかったのに
どの部位も不躾に掴まれることがなかったとおもう
彼らはぼくとクルマをぼくの家に戻した
以上のほか言うべきことはない

そう、高速道路を飛ばしていたこともあった
途中でクルマがガス欠になり
基地へと曳かれていった
ぼくは恐ろしくて何もいえなかった
軍人どもがみな黄色人種で
かれらが供しようとするガソリンも緑色だったから。
自分ではなにもできないと悟った
ただひとつ、恐怖の叫びをあげる以外には。
それが〔オクラホマ州〕タルサへの最後の旅の途上で起きたこと
雪の季節のほんのすこし前だった。
もしきみがタルサに立ち寄ることがあれば
その後ぼくはそこにいるのでご一報ください

そう、棕櫚の樹を伐り倒していたこともあった
ひょっこり立ち寄った友だちに乞われて。
さみしさをすこしでも紛らわせるのなら
彼のいうなりに斧をふるうのも厭わない
わしはいう、「ちがう、これは症例なんかじゃない
ここにいることのさみしさは。
だってわしは87年の長きにわたり
棕櫚の樹で生計を立ててきたのじゃ」
友はいう、「そろそろお暇する」
そして停めていたキャデラックへ歩いていった
わしがその棕櫚の樹を伐り倒すと
それは彼の背に載せられた




来週の全学用ロック講義の題目はニール・ヤング。それで以前の立教の授業であつかったアイテムにひとつ加えようと、彼の1stソロアルバム『ニール・ヤング』の掉尾を飾る、大作フォークソング「タルサへの最後の旅」を訳出してみた。気になっていた曲だったのだ。

ぼくはしばしば自分の詩作がロック歌詞から影響を受けた、と語っているが、いちばん大きな存在だったのはニール・ヤングではないかとおもう。ロック史上の「詩人」といえばジョン・レノン、ボブ・ディラン、ミック・ジャガー、ルー・リード、ジム・モリソン、トム・ヴァーラインなどを挙げるひとが多いだろうが、それらの類型にある「詩人性」が稀薄という点で、ぼくはニール・ヤングにとりわけ親炙していた。

詩語がなく、言い回しにも俗語が多く(そのぶん訳しにくい)、意味形成が曖昧で、詩行が一種の不連続をかたどっている。この不連続はニールが好きな映画のカッティングに似る一方で、たとえば彼のリードギターの、フレーズの断続性にも似ている。つまり不連続性はニールの身体性そのものの賜物ともいえるのだ。角度が刻々切り替わってゆくこの独特の「詩法」が、中学時代、ぼくは大好きだった。これが後年、ベンヤミンに惑溺する呼び水にまでなったかもしれない。
 
 

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2012年12月01日 日記 トラックバック(0) コメント(0)












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