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内田伸輝・おだやかな日常 ENGINE EYE 阿部嘉昭のブログ

内田伸輝・おだやかな日常のページです。

内田伸輝・おだやかな日常

 
 
【内田伸輝・おだやかな日常】


『ふゆの獣』での内田伸輝の俳優演出は、おもいかえすと神業だった。簡単にいうと、内心と表面を分離させている俳優四人同士が一堂に会し、パートナーの眼前で交叉的浮気の事実がそれぞれ露呈してゆく長い密室の葛藤シーンがあって、そこではカットが割られているはずなのに(アパートの居室での撮影なので、複数台カメラがあると、一台のカメラがもう一台のカメラを捉えてしまう)、俳優のテンションがまったく途切れなかった。俳優の役柄への同化をうながしたうえで、しかもその俳優の生理まで「完全採取」してゆくやりかたに圧倒されずにはいられなかったのだが、それでもその高密度のシーンが、腹をかかえるほど可笑しいのも凄かった。その内田監督はひとことでいうと、現象把捉的な監督というべきだろう。俳優に動物実験をおこなうような果断を備えている。しかも冷徹なのに熱いという、相反するものを抱えこんでもいる。すべての作品に注目しなければならないと決意した。

その内田監督が東日本大震災を、とりわけ「精神的に」被災した(おそらくは東京在住の)二家族(アパートの居室が隣り合っている)を軸に、いわゆる震災ドラマを撮った。とうぜんそこに起こっただろう「現象」を採取して、ちいさな日常の累積でドラマを緻密に組み立て、やがては胸を締めつけるような「危機」へとドラマが進んでゆく。震災ドラマは時期尚早、いまは「被災中の」ひとたちの現実をドキュメントするのが優先で、ドラマ化は震災を作家的想像に利するだけだから不謹慎だ、という奇妙な論難が世の中にはある。むろんそこで現実から離反し、「寓喩」や「デフォルメ」をもちいれば、その作家じしんによって信じられている作家性に鼻白むだけだ。つまり被災はドラマに導入するにはデリケートな要素をかかえこんでいて、そこでは現実批判と現実追認に、倫理的な平衡がとられなければならない。つまり作家性だけの映画は、震災ととても相性がわるいといえる。

内田監督『おだやかな日常』は2011年の「3.11」直後の三月に存在していた現実にたいして、とても謙虚だ。だれもがその頃、TVやネットでのニュース報道/見解に注視し、日々の情報進展に不安をおぼえていたはずだが、画面オフであろうとなかろうと、そうしてみなが情報依存におちいっていた事実に、報道音声をながすことでまずは覚醒させる。震災(事故)後、まだ二年も経っておらず、だれもなにも「忘れていない」だろうが、「おもいださないようにしている」あの頃の感覚が、そうした音声的布置によって、リマインドされ、女優ふたりを中心にした登場人物とともに、不安がよみがえってくる。

福島第一原発の水素爆発はのちメルトダウンと認定された。東北と北関東の野菜の放射能汚染は、まずはホウレンソウからいわれ、その後、他の野菜にひろがった。関東の水がめの一部が高放射線量を記録した。結果、天然水のボトルや缶詰の買い占めがおこった。東北沖の海流を泳ぐ魚は、まず小女子から出荷禁止になった。それで産地表示でいろいろ問題が起こった。桜はいつもどおり咲いたが、花見には自粛のうごきがつよく出た。ひとのまつわらない桜がきれいだった。大学の卒業式も自粛ムードにあおられて中止がつづいた。

政府の段階的判断により福島の避難地域が拡大していった。一般人の多くが線量計をもつことで、震災事故直後の風向きで、関東でも土壌の放射能汚染がまだら状に進展していたことがわかった。「レベル7」と国際認定されるまえに、海外メディアはチェルノブイリから類推される日本の汚染状況に深刻な警鐘を鳴らし、在日の外国人はフランス人も中国人も自国へ帰還した。とうぜん関西や沖縄などに東京から移住していった日本人も数多く知っている。彼らにはみな幼い子供がいて、その子を守るための、苦渋にみちた人生選択だった。そのひとたちを臆病者、神経症と嗤うことはできなかった。

ぼく自身のことを書かせてもらうと、とくに放射能汚染地区の農家や畜産家や漁師を守るために、伴侶とともにその地域の産物を積極的に採る覚悟はしたものの、その産物がスーパーなどで、政府による出荷停止命令をつうじて「除外」されているのが不満だった。東京からの移住を決意した人たちとは逆に、大量死の一員になることを甘受する気概だった。諦念とか受動性からではない。子供のいない自分たちがなにかの「特殊事例」になるのが厭で、東京に居残ることを楽観する趨勢にしたがっていたのだ。ただし放射能にかかわる政府や電力会社や科学者の見解など、なにも信じてはいなかった。かわりにもたげてきたのは、大量死の一員になってもいいと振る舞うことの、いわば宗教的な意味だった。当時、親鸞を読み直していたおぼえがある。

放射能汚染(の可能性)については子供の有無、東京基盤性の強弱などに関連して、ひとの危機意識にも濃淡をふりわけた。ある「運命」の到来にたいし、どのような反射行動をとるかで、震災(事故)は運命分離機の役割をはたしたのだといえる。道義的には行動選択の多様性がとうぜん尊ばれるべきで、移住者は残留者を非難できないし逆もまたおなじだ。内田伸輝『おだやかな日常』はそうしたあたりまえの倫理が、日本的な中心性によって崩れた悲劇を、なんのデフォルメもなしに冷静に、同時に局点的にとらえた。彼がもちいたのは寓喩ではなく、部分から全体を指標する換喩だった。

隣接性をつくりあげることで領域化してゆく換喩は、実際は暗喩や寓喩よりも一般的でつよい、生成の原理だ。ところで「事故と速度」の関連(それらは人類が歴史をかさねるにつれ熾烈化してゆく)を考察したヴィリリオにたいし、ドゥルーズ=ガタリは「速さによって遅れてゆく」少女的=女性的生成について考察した(『千のプラトー』)。絶対的「事故」の本質をかんがえるなら、ドゥルーズ/ガタリに軍配があがる。

いちど起こった事故は、事故後も日に日に速さをまし、そのことによって事故の「内域」が日に日に遅れてゆくのだ。結果、事故は、速さと遅さに両極から引っ張られて軋みをあげつづける事故的身体をもつ。その「身体」は弾力性をもつようにみえて、実際は軋みによって脱分節化し盲目化する。その身体「内域」を想像すること/その身体「内域」にいることは、それで苦難を帯びる(これを最初に詩的散文で見事にしめしたのが、阪神淡路大震災の被災地で書かれた季村敏夫の96年の詩集『日々の、すみか』だった)。

なぜそうなるのか。とりわけ廣瀬純の言い方が妥当する。福島第一原発の事故は、廃炉が決定されても除染が困難を極め、原発一般の廃棄物処理も人類史の時間基準を超えている。とすると「事故性」は延々と継続するとまずはいえる。ところがよくかんがえると原子力発電そのものが物質の取り扱いという点ではもともと「事故」を内在化して成立したものだ。とすれば福島第一原発のメルトダウンは、時間軸の一点で勃発したものではなく、出現いらい「継続している」原発事故の、未来に向かってゆく時間直線での、一段階での濃度付与のようなものにすぎない。「解決不能性」は原発敷設段階からほぼ未来永劫へとわたるのだ。そのような時間性の異質が原発にある以上、福島第一原発「事件」は、いま日に日に速まりながら、日に日に遅れる、という時間的矛盾の強度のなかに「現象」されざるをえない。だから原発告発という単線的な態度や行動だけでは対象化の難しい局面をもつ。

むろん、それは対象化できる。それが内田監督のしめした「換喩」による。表現の基本的な生成原理である換喩は、具象物の隣接性を巻き込みながら、そこに遅さと速さを分離して、その亀裂面に実在をのこすのだ。空洞性のたかいアパート室内に瀰漫する昼の白光が空間演出的に印象ぶかいこの作品(ここでは「女が昼間ひとりで室内にいること」という空間的な主題が貫通している)では、杉野希妃と篠原友希子がそれぞれ放射能汚染にナーバスになり、それで「周囲に同調的ではない」行動をとるが、行動は亀裂として出現し、まさにその亀裂線の刻々の移動に彼女たちの実在が刻まれるのだ。

まずはこのプロデューサーも兼ねた杉野希妃を振り返ろう。彼女は夫からいきなり離婚の意志を通達される。夫は、大地震の揺れの最中に妻子ではなくある女の無事を祈った、それで自分にとって誰が大切なのかわかった、という(ぼく自身は、震災でこのような離婚動機をもった者が男女をとわず多いだろうと納得した――ここにも脚本も手がけた内田監督の「現実採取」が横たわっているかもしれない)。夫の突然の出奔で、彼女には幼稚園にかよう女児のみがのこされた。それでもともとの母娘依存の気色がさらに濃くなる。もうひとつ、彼女の属性を決定づける要因がある。彼女の実家は福島第一原発の至近だった(当初は電話の不通で、両親の無事も確認できなかった)。それらでこそ放射能危機に覚醒する。線量計を買い幼稚園の庭を計測する。自分と娘にはマスク着用を励行する。また野菜の汚染が報じられれば彼女は幼稚園の娘への給食を拒否し、弁当を持参させる。

それら「周囲と同調しない」行動の数々が園児ママのボス的存在である渡辺真起子の忌避にとくに触れる。彼女は夫が東電の関連会社に勤めていて、「電力村」「原発村」につうじる精神構造を負わされている。あいかわらず悪辣なほどの演技力をもつ渡辺は、実際は「放射能恐怖症者」へ想定される社会非難を綜合する批評的な役割を見事に「人間化」している。自己利害を隠して一般論を装い、しかもその一般論が感情論に転化、ついに異物否定の猛烈な口火を切る彼女もまた、「速さによって遅れる」時間的亀裂を体現している。彼女が唯一しないこと、それは行動原理の多様性をみとめないということだ。これが幼稚園スタッフの「事なかれ」主義と相俟って(渡辺についても彼らについてもその日本語的な曖昧性を、脚本も書いた内田は見事に「採取」している)、責任所在が分散した日本的な権力性が発動される。それがやがて「いじめ」となり、郵便ポストや電話をつかった杉野への攻撃に発展してゆく。

杉野は、このいじめによって四面楚歌となる。なぜなら彼女を庇護すべき夫は出奔している。実家を頼ろうにも、実家こそが事故現場の至近だ。家庭の経済事情も逼迫している。ダブルバインド、トリプルバインドに囲われた恰好で、ついに彼女は娘を巻き添えにガス自殺を企てる、という飛躍をおこなう。

それまで娘の安全を確保するために諸事を幼稚園に確認する彼女は、渡辺たちの至近に身を置くことの危険を顧みていなかった。両親の実家の、原発との至近。彼女自身の娘との至近。彼女はいわば「至近性」を相矛盾するかたちで生成する(つまり隣接性をおこなう換喩型の)実存であって、それがついに、もうひとつ残された「至近」、つまり空間上アパートの隣室に住んでいる篠原友希子の「救出」を呼び込むのだった。

ついでにしるすと、日本と韓国をまたぐ多国籍な女優活動、女優とプロデューサーをまたぐ脱領域な映画人活動をおこなう杉野希妃じしんも、「至近」を架橋する力動のような存在で、この作品では彼女の口が大きくひらかれたとき(それは号泣の表現だ)の体液の粘液性に息を呑む。具体的には上歯と下歯に糸をひく唾液、さらには鼻孔から反重力的に滴ってゆく鼻水がそれで、それらが架橋的な性質をもつ点も何かの偶然だろうか。

時系列、画面生起順で身を取り囲む「疎外」が観客へと伝達されてゆく杉野希妃にたいし、彼女との平行モンタージュで、その食ライター生活や夫との意志疎通を欠くやりとりが描写されてゆく篠原友希子は、その「問題」の露呈と解決がほぼ作品終幕に生じる(これについては書かない)。また杉野の母娘と篠原夫婦の、アパートの隣同士の部屋という空間性は作品のなかで「早い」位置でしめされるが、ふたりに面前交渉どころか挨拶・出会いもなく、彼女たちの真の邂逅は「遅れる」。ただしその邂逅が杉野母娘のガス自殺を救う篠原の果敢な行動となって結実したとき、そこで起こっているのは「ドラマのためのドラマ」という以上に、弱い者どうしの、あるいは女性性の、隣接性延長(つまり換喩)=空間的な架橋性だ。これは渡辺、その仲間の「ママさん」、幼稚園スタッフがつくりあげた脱中心的な権力性とはまったく対比的な、疎外を軸にした「それ自体がそれ自体にしかすぎない」侠気的な連携だ。

この連携が実体化することで、実際はこの『おだやかな日常』がミニマルな政治性をもつ、といっていい。そのまえの篠原は放射能汚染の不安に覚醒し、杉野が隣人としらずに杉野の娘のかよう幼稚園に、園児用マスクを配りだすという、一旦しめされる侵入的行動が奇怪なだけの「沈んだ状態」に終始している。だからこそ英雄的な侠気が兆したときには映画的な逸脱が起こる。

真摯さによるふたりの美しさ、それでも色白と地黒という肌の質の対照、さらにはマスクの神経質な着用という身体符牒の共通性。ここからその後の意外な展開を経由しての「共闘」展開もふくめ、この作品はしずかでつよい脈動を刻んでゆくのだが、劇場で観るひとのために詳細は書かないでおこう。ただしその後の展開にもずっと「速さと遅さ」が共存していて(書き忘れていたが、編集も内田伸輝監督だった)、それは女優たちの「身体」上に現れ、それが物質的には涙として中心化されるとはいっておこう。同調的なぼくには、そうした身体こそが催涙的だった。身体を現象把握する内田の俳優演出の粋はここでも発揮されたのだった。

あす12月22日(土)より、東京渋谷ユーロスペースほか全国順次ロードショー。
 
 

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2012年12月21日 日記 トラックバック(0) コメント(0)












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