過去の現在化 ENGINE EYE 阿部嘉昭のブログ

過去の現在化のページです。

過去の現在化

 
 
高野文子を研究したい、という研究生に打ったメールに、良いことを書いたなと自分でおもうフレーズがあったので、以下にペーストしておきます。

《「過去の現在化」というのは、記憶にある時空を賦活させることです。その賦活のために、実際は視点が奇抜に変容するいっぽうで、コマ割における時間省略がある。いいかえると「意識」が過去に介入して活動をはじめ、それで「かつてあった時間」が相対化されながらも代替不能性を得てゆく。これは、「現在の過去化」によって時間が喪失されるのと正反対のありかたです。このような時空の組織化は過去の事物の「細部」の組織化に負っていて、そうした感受性が女性的とかんがえられるとおもいます。●さんの研究計画書に女性性ということばがないのが問題です。いずれのことになりますが、「過去の現在化」を小説で大成させたのがプルーストです。したがってプルースト論にこそ参考文献の鉱脈があります。》

高野文子のマンガのうち、とりわけ「美しき町」と「黄色い本」を対象にした文章だが、廿楽順治さんの「商店街詩」シリーズ、「人名詩」シリーズへの称賛にもみえるのが不思議だ。
 
 

スポンサーサイト

2012年12月28日 日記 トラックバック(0) コメント(1)

ぼくが古典的なのかもしれないが、サブカル研究は、文学研究や哲学研究に接続されなければ、大学の学問にはならないとおもっている。上に書いたことをさらに哲学化するならば、ベルクソンやドゥルーズが導入されることになります

2012年12月28日 阿部嘉昭 URL 編集












管理者にだけ公開する