国語表現法
四月から国語表現法という授業をもたなくてはならない。教職をとっている学生(とうぜん文学部だから国語)のために、国語をかんがえる別視座をあたえる、という主旨でもあるらしいのだが、文学部内の講座のもちまわりで講義が毎回運営されていて、映像・表現文化論講座からはぼくの起用となった。「文体論」ではないアプローチで、というのが前任者からの依頼事項。
吉本『言語美』を基礎でまなんだのち、そこから応用篇で保坂和志『カフカ式練習帳』の断章を個別に捉えてゆく、とシラバスには書いた。なかば勘だ。保坂はふつうの文同士が最短でむすびあっても、そこに小説性が生じるのはどのようにしてかの実例集で、そのうえで複文をあるだらしなさを意図して駆使する。文章が折れ曲がるときに生じる内在域をかんがえているのだ。
そこから箴言、詩、寓喩、小説の分光が生じる。けれども分光は諸ジャンルの単独性までもを招来しない。かならず小説性がていどのちがいで混入している。だからこそ、語に幻惑されるのではなく、文が加算されてゆく単位に感興が生じ、書かれたそのものを受けとることで世界像が変化してゆく。カフカ式とは誇張も過剰もない丸裸の散文性が自身を伸ばしてゆくときの換喩運動ではないか。それを読もうとすると「それ自体でしかないもの」に眼は充満されるだけだ。保坂ははっきり書いていないが、カフカにたいする従来の読みから、寓喩、動物性、謎といった鍵語を外そうとしているようにおもえる。
ロマン・ヤコブソンの、小説=換喩、詩=暗喩という二分法はずいぶん粗雑だ。実際は詩作すればすぐにわかるが、詩こそが換喩のあらわな形式なのだ。ともあれ、日本の「戦後」は暗喩から換喩への舞台転換だった。《革命歌作詞家によりかかられて少しづつ液化してゆくピアノ》の塚本邦雄から、《人の生〔よ〕の秋は翅ある生きものの数かぎりなくわれに連れそふ》の岡井隆にヘゲモニーが移行したのもその一環だ。いいかえれば吉本は換喩中心の詩の時代を「修辞的現在」と呼んだのだ。
『言語美』での「短歌的喩」論考の極点では、岡井隆の『斉唱』第一首、《灰黄の枝をひろぐる林みゆ亡びんとする愛恋ひとつ》が論じられた。この歌の上句下句の分離は統合できない。統合できないまま統合するしかないのは、書かれたものすべてが要約不能の物質性をもち「書かれたままだから」だ。意味還元できないことがむしろ「意」「情」となっていて、一首の主題はそうした等分性にある--およそそのように吉本が綴ったとき、暗喩で捉えるアプローチしかない塚本がすでに予感的に超えられていたことになる。ただ吉本も、保坂とおなじく換喩ということばをつかっていない(喩の分類の話題には出てくるが)。
むろん『言語美』は、「自己表出」と「指示表出」を二分し、そこから文学表現をとらえようという野心を、文学の諸ジャンルに果敢に適用した大作だった。実際は「これが自己表出」「あれが指示表出」といった分断はひとつもない。そのふたつがどのように連動して、連動のなかにふたつのうちのどちらの優位がよりあらわれているかの考察が反復されているだけだ。吉本の卓見は、前構成的な情動が自己表出だとすると、構成そのものが指示表出になる、という指摘にまず現れる。これで詩も小説も同時に視野に収められる。ところが「前構成的なもの」と「構成」を総合するものが、部分→全体、一域→隣接域へと「ともに向かう」換喩の運動にほかならない。
文体という概念は基本的には自己表出的だ。ぼくも青年期のころは「文体」に多大な影響をうけた。石川淳、花田清輝、平岡正明、蓮実重彦…… ところが柄谷行人に影響を受けたとき別のレベルへの変換がおこった。「文体のなさが文体であること」が柄谷の特性だったから、柄谷からの影響は、文体論からの解放を同時に意味することになったわけだった。これを吉本の用語でいいかえてみよう。
柄谷にあるのは単純「構文」のつらなりで、その主述は永遠に代入可能で、代入が繰り返されることで思考が未踏の域にまで展開されてゆく。この「構文」が指示表出なのだ。では自己表出はあるのか。石川淳から蓮実にいたるまで「文体」は「息の個性」だった。そういう個性は不要のものとして柄谷では透明化されている。あるいは吉本は自己表出/指示表出の座標をつくり、そこに品詞を分布させたが、自己表出の最もつよいのが感動詞、つぎが助詞だった。ところが柄谷には助詞の使用に文学的な偏差(すなわち価値)を置いていない。
国語表現法が詩作演習だとすれば、まず詩は構文(指示表出)だと観念して、その観念にいたる過程で、自己表出を強勢なしに配分構成してゆくように、さらには、そのときに理解可能性につき検証もおこなうように、といった演習方向を出すだろう。日本語で書かれる詩ならば、助詞は、強勢を摩耗させる配分基準となり、詩は第一に動詞で書かれるとはいえ、それを方向づけるのは助詞なのだと補足する。助詞の勉強のためにも、吉本『言語美』はおおきな成果をもつ。とりわけ和歌の分析が適当だろう。
時間的余裕がないので飛躍するが、小説文、詩は、日本語では構文と助詞の葛藤、総合、離反として現れる。それら葛藤が時間軸上に生起する傾きのつよいのが詩で、空間軸上に隣接域の生起として組織される傾きのつよいのが小説、と一応はいえるだろうが、この区分は本質的でない。詩の生成においては隣接の分野が空間から、空間個々をつないでゆく時間へと移るからだ。つまりふたつに本当の差異などない(そのようにして川上未映子などは読まれるべきだろう)。
だらだらとした自己分岐性、あるいは、ことば以外のなにもないことは小島信夫から保坂に継承された。同時に保坂は『カンバセイション・ピース』ではプルースト/前田英樹の精度にもせまった。「ただひとつのことが書けないこと」、それが表現だ。だからそれは書き誤りを生む。保坂が小島に匹敵できないのは、この書き誤りを大胆に自分に引き込めないことだろう。そこでドゥルーズ的動物化(動物への生成)も話題にしなければならなくなる。
国語教育においては自己表出と指示表出、「それぞれをそれぞれとして最終分離できないこと」が提示されなければならない。綴り方が自己表出、文法が指示表出、といった因習的な二分法こそ脱力的だ。書き誤りが自己表出、構文が指示表出で、そのふたつはからまりつつ現れる、程度の示唆はしたいものだ。そのなかから構造的に読むことの愉しみ(この場合は『カフカ式練習帳』)が現れる。むろんあらゆる授業も、すぐれた詩や評論や映画とおなじように、「創作原理」を繊細に伝播することでしかない。
書き誤りが自己表出だという例。《むろん--なのはいうまでもない》。重複があり、この念押しのしつこさそのものが、透明性の観点から論難される書き誤りだ。批評にありがちなこのマチズモを回避することは、実際は批評対象や批評方法にかかわるマチズモを除去することにもつながる。そうして発語は健全化されなければならない。授業=国語表現法がたどりつきたいのは、もしかするとそのあたりまでかもしれない