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倉田良成・金の枝のあいだから ENGINE EYE 阿部嘉昭のブログ

倉田良成・金の枝のあいだからのページです。

倉田良成・金の枝のあいだから

94年に刊行された倉田良成の詩集『金の枝のあいだから』は
その存在がこれまでさほど重要視されてこなかったとおもうが、
じつは日本の90年代詩を代表するものだった。
この詩集の存在を知る/知らない、で90年代詩の見え方が
ぜんぜん変わってしまうような気さえする。
倉田はその意味でたとえば貞久秀紀のように重要な存在だった。

題名中の「金の枝」から民俗学的著作の嚆矢となった
フレイザー『金枝篇』をおもう読者もいるかもしれない。
卓上で書かれた民俗学という批判も仄聞するが、
倉田は秋の季節のなかでその身を実際に地上へ彷徨わせ、
金枝という具象の向こうにある季節的抽象を
時に古典文献を変型引用しつつ自らの眼前に明かし立ててゆく。
ならば題名も含意される「金枝篇」から「金枝変」へと
その姿を華麗に変えるだろう。



――「秋」と書いた。
収録された全18篇は、時系列、創作の日付入りで単に並べられている。
企みのないナイーヴな詩集組成のようにみえて、そうではない。
日付の最初、つまり冒頭詩篇が03年9月6日、
最終(詩篇)が翌04年1月5日である限り、
唄われる中心の季節も「秋」なのだが、
この詩集で特権化される語は、
時に金木犀や菊など具体的季題であることがあっても
やはり「秋」という抽象語なのだった(ほか「朝」の字もつよく印象に残る)。

【「朝」については
《朝になると/球と/円錐と/円柱からなる/純粋な世界が出現する》
という、セザンヌに依拠したのではないかとおもわれる美しい詩行が
第十五詩篇「河明かり」にみえる】

季節論として秋のさまざまを具象的に召喚してゆくのではなく、
抽象としての秋を詩篇内に立ち上らせ、
そこに芭蕉をはじめ古典詩句を召喚し、季節の織物を編み上げる。
秋は刻々の詩篇に伴うその微妙な推移進展のうちに重層化されて
実体として厚みを増しつつ、その厚みがまた抽象化される。
そこに倉田の現身の見聞と読書蓄積が介在しているのだから
詩篇は生身の表れと消去という緊張感ある劇を
針の穴を通るように上演貫徹しようともしている。

誰しもがおもうこと、それはこの詩集での倉田の営みが
秋季に限定された独吟連詩だという点だろう。
僕自身は自分のかつての営み、『大玉』との類似に驚愕した
(あの一人連詩の前半の主役は夏だったが
後半の主役はやはり秋だった――
ただし二つの季節に跨ったため、倉田の『金の枝』ほどの純度がない)。

類似といえばもうひとつ、詩的語法でも
「これは自分が書いたのではないか」というほどの共通点が頻出する。
ただしそれは西脇順三郎の語法が
ともに敬意のうちに継承されたという意味での共通でもある。

「秋」とは何か。地球が刻々の短日化、冷却化にともない、
懐かしく衰退してゆくその相が
生きとし生けるものに分有されてゆく季だということだ。
その反面で生き物の内部は「灯り」の様相をつよくする。
人間が人間をおもうのみならず、
秋の内部性がその内部性に向け遊星的郷愁を反射分泌する。
結果、清澄のなかに、何か奇態な湿潤を覚える
――このきりきりした撞着的体感が秋の魅惑なのだと僕などはおもう。

芭蕉は唄う――《秋深き隣は何をする人ぞ》。
虚子は唄う――《深秋といふことのあり人も亦》。
「秋隣」は成語となり、秋の空間を、憧憬を伴って内部分割する。
清澄な気のなか離れてあるものがメタ的な内部を作り、秋の郷愁が高まる。

西脇ならどうか。
倉田は10番目の詩篇「猫曲がり町で」で
西脇の詩篇「秋」を『近代の寓話』から引用する。
その「Ⅱ」を、分かち書きを省いてここに全篇引用してみよう。
《タイフーンの吹いている朝/近所の店へ行つて/あの黄色い外国製の鉛筆を買つた/扇のように軽い鉛筆だ/あのやわらかい木/けずつた木屑を燃やすと/バラモンのにおいがする/門をとじて思うのだ/明朝はもう秋だ》。

「秋」の語の裸の使用、二度の「朝」の時間化を介在させた偏差、
これらはこの『金の枝のあいだから』の倉田のものでもあるが
秋の内部性への皮膚感覚的覚醒も、「バラモンのにおい」もまた倉田のものだ。
つまり語法のみならず、感覚をも倉田は西脇から多く継承している。

具体的に詩篇細部を散策してみよう。



秋という
季節があるのではない
それは冬にむかって下降してゆく
意識のプロセスそれ自体だ
と少年の私は書く
いまならば言おう
秋は意識ではない
それは人の夕ぐれを生きることそのものだと
(第五詩篇「祭りの終わり」より)



直截なマニフェストのようにもみえる。
この詩篇を書いた当時、倉田は40歳になっていたとおもうが、
季節の老衰に身体に兆していた老いが即応し
秋の「見え方」が深化したのだとおもう。
それを彼はいわずにはおれなかったのだろう。
そして「減衰」「細り」の遍在は、世界の細部を美しくもする。
「末期の眼」と似た感覚変化がここに生じている。

その秋は第一詩篇「みどりご」、その冒頭から速やかに定着されている。
その箇所がエピグラフ的に書かれたものであることは
全体の字下げ、Q数下げを通じて明らかだ。
その第二聯までを引用してみよう。
読者は美しさに卒倒するかもしれないが。



ヒグラシとおなじ音階で目覚ましが鳴る

事物はみな細くなる
まぎれもなく
世界は秋だ

血が垂直に立ちあがると
二階の住人が起きだす
見えない洗面器で歯をみがき
幻の朝食をとり
幻の会社に出かけてゆく
それからしばらくのあいだ
私たちは眠る



秋の気配の外側に自分たちを擬制して「まずは眠る」その営みは、
自らの深甚な箇所に秋の転写をまかせる積極性でもある。
詩集は94年刊だから紐育で高層ビル二棟が
派手に自壊したのが眼底に灼きつけられるにはまだ遠いが、
資本主義の減衰を「バブル崩壊」の語とともに誰もが経験していたはずだ。
だからこの「秋」は季節的減衰にとどまらないと留意する必要がある。

「秋」の内部性と書いた。
そうした内部性が意識されて倉田自身の視界が変性を受け、
次のような美しい詩句が到来する(第四詩篇「火の兎」より)。



画のなかに松籟を聴く
ひびきにみたされるリビングルーム
マコモカルカヤ
古地図のうえに
静脈のようにまがりくねってたどる道
たびびとはうたをよみ
ゆめにも逢わぬ恋をする
電話が鳴りつづける
深い霧のむこうの
音楽の
寺院から



引用中、一箇所、斜体写植で示された《ゆめにも逢わぬ恋をする》は
『伊勢物語』が出典(倉田自身が自註を巻末に付している)。
この「ゆめにも逢わぬ」の疎隔と「恋をする」の踏み外しの不均衡によって
小人化して古地図上、幻想旅行をする幼年ベンヤミンのような述懐が生じ、
室内に秋霧が生まれ、
最初にあった音「松籟」がいつの間にか「電話音」に変化している。
こうした魔術的機微が味われるべきだろう。
そして「音楽の/寺院」という美しい語句が召喚されて
記述されている場所全体が朧化してしまう。
それでいながら、真菰をかぶった刈萱という説経節の主体が残余するし、
「たびびと」からはそれ以前の詩篇の西脇的語調も相俟って
西脇的「幻影の人」の俤がかぎ当てられるだろう。
こう書いて、読者はこの一節の多時間性・多空間性を印象するだろうが、
倉田はそういう魔術的言辞をこの詩集で確かに駆使している。

引用の一節は詩空間のなかに「窓」を穿つ機能を果たしているが、
たとえば西脇『旅人かへらず』に強迫的に出てきたのも「窓」の主題だった。

その「窓」は極小化して、詩空間に松籟をめぐらせる風穴となり、
結果、詩の「内部/外部」の弁別が無効となる。
たとえば第八詩篇から第九詩篇で
倉田が自註をつけていない細部に対照表を設けてみよう。

《ファインダーには露の連山》→飯田蛇笏の句《芋の露連山影を正しうす》

《鳥は自由ではない/鳥は自らの内側を飛ぶにすぎない》→
《鳥は飛ぶ/鳥は鳥のなかで飛ぶ》(田村隆一「言葉のない世界」)

《堂の隅に匂う春/誰かが立ち去ったということだ》→
「(人が立ったばかりの)座席のぬくもりは極薄である」
(マルセル・デュシャンの「アンフラマンス」メモ=
むろん倉田は越人の句
《人去りていまだ御坐の匂ひける》が典拠と自註を付している)

このような典拠をめぐる細部のさざめきは、
たとえば《通りのむこうで秋茄子が赤らんでいる》という平叙の詩行にも
奥行を幻覚させる付帯作用をもたらすだろう。
僕ならばやはり西脇の「茄子」(『宝石の眠り』所載)をここで想起した。
以下、引用――

私の道は九月の正午
紫の畑につきた
人間の生涯は
茄子のふくらみに写つている
すべての変化は
茄子から茄子へ移るだけだ
空間も時間もすべて
茄子の上に白く写るだけだ
アポロンよ
ネムノキよ
人糞よ
われわれの神話は
茄子の皮の上を
横切る神々の
笑いだ

「移り/写り」の際どい戯れ。
倉田もまた引用行為によって、移り/写りをざわめかせている。
西脇ならそうした細部の外側に「ポポイ!」という透明な悲嘆を響かせるが
むろん倉田もそれを忘れていない。
たしかに第二詩篇には
《沈黙は絶対である/口をひらく存在があるとすれば/ヤー/肯定の声》
という運びがあって、
この「ヤー」もまた、Yesの音便であり、ヤハヴェの略なのではないか。

「秋」の細部には写り/移りによって魂が複数的に内在化する。
魂の分有によって空間が共通性で記載される――その完成形が、秋だ。




すべての町内で祭礼が終わる
空を映す鏡のように
とつぜん神々はいなくなる
にわかにやってくる冷気のきらめきのなかで
人々に
「それ」はやどるのだ
離れていたこいびとの透明な微笑や
しずかに交わされる目礼のうちに
湯のようにあふれでる
花器の幻のうちに

【第五詩篇「祭りの終わり」より。
《とつぜん神々はいなくなる》には神無月の故事が意識されているだろう】



秋を二重化させる存在は、空気と同等に澄んだ水だ。
この水によって秋は無底化し、脱中心化し再(/多)中心化する。
となったとき、水は気配とか予想といった未来形の浸入をも意味する。
以下、四つの細部を引用するが、
水によって空間が狂気に傾くように軸を失うことが
そのまま詩行の運動にすり変わる様を味到してほしい。



ハハキギが水の野原の果てに倒立する
ありとは見えて
逃げ去る女
とびちる露の笛のひとふりで
白昼の夢はよみがえるだろう
この原を
横ざまに過ぎてゆく歌読み
ツキの木が亭々と風に吹かれている

【第七詩篇「裏山」より。
「帚木(ハハキギ)」は箒をつくる際の材料で
『源氏』や『伊勢』にも因んだ和歌が相聞形式で盛られているが、
その眼目は、遠めにしかと見えた円錐型の輪郭が
近付くと茫と消え果ててしまう独特の不安定な形状をしている点だ。
だから覚束ない恋の異名となる。
虚子の句《帚木に影といふものありにけり》も知られているだろう。
倉田はさらにその帚木を水面に写して倒立させている】



虹のしたには市が立つという
コノコトハ先例ナカルベシ
だが巨大な蛇は眠らないのだ
不思議な光のなかの
皿や椀
かがやく塩を秤にかけ
柳の酒はほとばしるだろう
投げられる性愛の合図のように
水の刃のオルギーを渡ってくる馬
それから
髭面が愛す
ハジカミの夜

【第十一詩篇「アダチ」より。
「アダチ」には「足立区」と「安達ヶ原」が懸けられている。
《水の刃のオルギーを渡ってくる馬》という詩句が素晴らしいとおもう。
ちなみに「オルギー」は乱交】



秋のなかに水の庭がある
死は生よりも巨きい
しかし
「存在」はさらに深いのだ
花々がボウルの液体を揚げている
灰色の空に
モズの叫びが翔る
私たちの内部に磔られた
かがやく虹の贄
僧形の裸眼で感じている
火の白石を撃つ音

【第十三詩篇「水の庭」より。
西脇の語調が明瞭だろう――とくに前半が。
頭韻で結ばれた「虹」「贄(にえ)」の配合にどきりとする。
高柳重信の「虹/処刑台」も念頭に置かれているかもしれない】



これは何だ
花喰い鳥
これは何だ
ダキニ天
あくまでも暗い山の晴天に
虹のようにふるえる水の柱が起つのだ
それを極彩色の宗教画で見た
猫曲がりで
焦げた四辻で
盗まれた心臓で

【第十詩篇「猫曲がり町で」より。
造語地名くさい「猫曲がり町」を
僕は朔太郎「猫町」と西脇の好きな語彙「曲がる」の合体と取った。
「ダキニ天」は夜叉の一種で心臓を食らう。
このイメージがその前の「花喰い鳥」と
ポオ由来の「盗まれた心臓」のあいだで宙吊られているほか、
「水の柱」には「一柱二柱」と算える神の俤があるし、
「ダキニ」は「抱き寝」に通じるし、
「晴天」が68年詩人芝山幹郎の詩集題だったりと
イメージが輻輳して飛び火する。
何よりもここでの詩行の運びがこの詩集中、最も狂言綺語めいていて
僕はここに自分の語調に似たものをとくに感じた】



「水」はやがて当然に「海」へと通じてゆく。
最後に、その海を脱空間的、凶暴に唄った倉田の詩行を引用して
この一文を閉じよう。あらかじめ付言しておけば、
以前に「刈萱」が倉田のイメージに湧き出したことがあったが、
ここでは説経節「小栗」での彼の愛人「照手姫」が現れ、
説経神話の宝庫・紀州の補弥落信仰が付帯し、
その盲船は南海浄土ではなくランボー幻想的に太陽に突入してゆく
(第十四詩篇「花の名前」より)。



不完全な肉体は
遊女の曳く車に乗せられて
海道を上る
声はわれたる笛を吹くやうになん
こんじきの湯の
暴力のような再生に巡り合うまで
あたに懼るべき幻術なり
テルテは千人
小袖で男たちをかくまう

紀州補陀落の海、か
福聚海無量、か
不生不滅不増不減、か
陸続と人々の群れがむかう西
果ては海に没し
太陽につづく
きらめく巨大な球根
花の名前はついに知らされない
その門をくぐることはなかったのだ
全天の鳶が
ガソリンの虹色の円周をひろげる
濡れた霜月の路上を見下ろしている
メタフィジカルに
飛ぶ
喇叭の声
ゆめまぼろしの
腕[かいな]

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2008年02月27日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)












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