春潮
【春潮】
にくたいからうまれた泥が層状の縄となって
ゆきやなぎをまきながら海への道につづく
水に伸管があることのうつくしい奇怪で
ひとのまなこにも春潮があふれているんだ
ひがさをさしたい殺しごころだ、柳に櫛に
とおりすがりを投げかけてむしろ消えてゆく
手にくつをはいた四つ這いの時節の尻も
さくら漬けのカブとしてみえようとしている
みえるがみえない、が、みえないがみえる、に
すりかわる椀の白飲みからまなざしをあげて
いまやたくさんの乳があの胸に腫れている
なんのたらちねと問うゆびすらもう過去形だ
はなれてはゆくが、はなれすぎる気負いもない
なんなら地におく足うらから頭頂が錐なので
空気へ身をおしこんで隣庭までをかんぬきにする
そのときのあぶくする口が喃喃となつかしい
ひとを算えるなという戒があった残雪があった
けれども樹下にたつとおのれのなかを算える
とりあえず尖端を岬としたおんならしさで
点がわらい、ちりめんが面にもくずれてゆく
ひとづまはよきかな献身の旋律があるほとけ
にくづきに夜ある腋から泥をこそげることをして
春情がどろぼうに似てしまうその逸脱すらも
かたじけない春隣のつらなりにさしかえてみる
せかいの和合に神の尾をつけて輪郭のみえない
ふくらみだけのおんなを視界の焦点にする
ながれはじめた時間にあるへそのくぼみ
そのようなせまさがあわいはなびらとふれて
精管をさいはてのしべへとのばしたこの花眼に
ひかりのひげものびた。あたりの老いはうるわしい