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さようなら上野俊哉 ENGINE EYE 阿部嘉昭のブログ

さようなら上野俊哉のページです。

さようなら上野俊哉

 
 
フェイスブックへの川瀬陽太さんのポストで知ったが、評論家ではなく映画監督のほうの上野俊哉さんが亡くなった。瀬々敬久が中上健次を換骨奪胎して脚本を書いた『連続ONANIE 乱れっぱなし』などの大傑作がある、国映の七福神のトップバッターだ。からだのおおきい、やさしい風貌だが、ある時期からうつ病になやまされ、顔がむくんでいて、ずっと「元気になれ」と念じてきた。結局、寡作だった。

『猥褻ネット集団 いかせて!!』の初号試写のあとの打ち上げの席で話したのが、ぼくの出会った最後だったかもしれない。おねえさんが「阿部、上野に感想をいっておやりよ」というので、上野のほうにいくと、たしか上野は正座してぼくのことばを拝聴しようとした。そんなに偉くないんだから、と上野の緊張をといて話しだしたが、「ネット心中では、セックスは介在しない。セックスがメンバー同士に介在すると死ねなくなるんだよ。彼らはもっと契約的で匿名的な紐帯で、じつはピンクにはむかない題材のはず」と、作品の社会学的視点の欠落をそこはかとなく指摘した。上野も自分の不勉強を謝罪していたなあ。

当時、ひさしぶりの作品だったのにきついことをいったとおもう。むろん量産する監督だというこちらの見切りがあったからだ。ずっと知的にも体力的にもバイタリティのある瀬々敬久になりたかったやつだったともおもう。ピンク映画の人的結集は、先行者への崇敬でもっともつよく成立している世界だから、なおさらだ。その意味では「よわい存在」なのだが、だからこそ、『連続ONANIE 乱れっぱなし』は瀬々的でありながら、瀬々映画にはない謙譲と気弱さのうつくしさがあって、そこが猛烈に好きだった。俳優にたいする手厚さ、ふかい感覚でなされる空間把握の才能、撮り方のていねいさ。それでいて「凄味」も一目瞭然で、最初にその作品を亀有の年間特集でみたときの衝撃を基準に、上野さんとはずっと接してきたのだった。だから会うたびに、「撮ってよ」「また撮ってよ」といいつづけた。評論家はある意味で因果な欲望でしかない。そういう容喙が上野さんを追いつめたこともあったかもしれないと慙愧をかんじる。

国映がピンクの製作をやめたのは一種の歴史的な必然だけど、上野は他の方法の映画へと転進を図れなかった。女池も撮るのをやめてしまった。なんかいろいろが、くやしいなあ。ただむろん上野さんの生涯を、悲劇的といったことばで抽象化したり平準化したりはできない。ぼくの知らないエピソードは無限だろうし、川瀬からも指摘されたけど、上野さん当人はその飄逸な性格もあって、「仲間」のあいだでずっと幸福そうにしていたという。それとこれは葉月蛍さんのポストで知ったけど、死因も炬燵で眠ってインフルエンザをこじらせての急性肺炎だったという。勿体ない死にかただが、彼らしいともいえるのだろうか。外野からはわからない。

週末にでも追悼のため、VHSだが、『連続ONANIE 乱れっぱなし』を観なおしてみようかとおもう。合掌。

 

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2013年04月18日 日記 トラックバック(0) コメント(0)












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