耳にばちをあてる ENGINE EYE 阿部嘉昭のブログ

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耳にばちをあてる

 
 
【耳にばちをあてる】


やがて藤のたれる山門をくぐりぬけ
じぶんの揮発が空に吸われるのをかんじる

くもり日にあからさまにある耳の停滞
ひろいながらあるくことが瘡をふやして

札幌市指定ごみ袋のようにゆきにくくなり
がさこそと音をたてるすがたもみられる

じぶんのきいろがひとつの王字であるなら
くさかんむりをいただくまでになりたい

町には耳の接写カタログをあらわにして
たがいの耳差をむしろ失念させる罠がある

かたちが脈絡していてふくざつなそれは
音をあつめるためなにをめくれているのか

ひとに最終の境地があるとすれば
それは屈葬であってもうひとではない

それでもト音記号に似せられる上体が
ぜんたいを耳にさせるかたちの過程だろう

ずっと聴いていることとずっと視ていること
このふたつが一致する身体をさがしている

それが輪とよばれる前方のなさなのか
ならばひとは視線を内にむけて死んでいる

そういえば蓄音にある蓄の意味もわからない
あの椅子にすわっていたことがそうなのか

ひつぎのなかにあるおのれをたえまなく想像する
それでたてものをとおりすぎる中間がこわい

からだをけす文とからだをよぶうた、じぶんに
ぬれてひるがえるものがみえだしている

やがて髪のたれる山門をくぐりぬけ
うはつとうれいがひとつになる時も知る

袖と襟と裾、それらでできているあらわれ
はごろもの美とは衣をいだく手ごたえだろう

ないものなのに散文的にあふれている
なみのようなものをひかりと聴きちがえる

経ると減るがひそかにつうじるから
耳のかたちもわざわいごとに簡略になる

じぶんから色彩がながれるようゆらしてみる
このときこころのなかでは耳が像をむすぶ
 
 

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2013年05月07日 現代詩 トラックバック(0) コメント(0)












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