渡辺あい・MAGMA ENGINE EYE 阿部嘉昭のブログ

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渡辺あい・MAGMA

 
 
この土曜から映画美学校所属の女性監督計八人の短篇・中篇を披露する「桃まつり」がはじまる。今回は「presentsなみだ」、「涙」を織りこむという条件だけの、多様なジャンル、多様な布陣だ。いずれも秀作ぞろいだが、とりわけこのみだった渡辺あい監督の『MAGMA』についてしるしておく。そのまえに――

ぼくにはどうかすると、ものごとのうごきをスローモーション映像に接するように分解的にとらえる衝動の生じることがあるらしく、小学生のころ、運動会での女子の徒競走で、懸命に走る女子たちの頬が疾走の反作用でぷるんぷるんゆれているのに、わらってしまったことがあった。どういうか、すごく新鮮な「肉の顫動」で、それは存在と分離的だった。分離というからには、「女子」を貶価的にみることと崇拝的にみることとが、自分のなかでも分離していたはずだが、そういうことにはまだ性徴年齢の手前では気づかなかった。やがてそうしたひそかな眼の悦楽は女子マラソンのTV観戦で終わりを遂げる。トップランナーたちは身体を現前させながら、峻厳な一元性、つまり抽象として走っていて、頬肉のふるえはいわば不可視性の領域にはいったのだった。

渡辺あい監督の『MAGMA』は、高橋洋『旧支配者のキャロル』がスポ根のビザールな変奏だったことを継承している。十年前、有望なマラソン選手を練習中に過労死させた隠者のような元コーチが、たまたま万引が発覚して逃走する女子高生の「脚」をみて、そこに秘められた才能に惚れ込む。丹下段平と矢吹丈の邂逅を模した、そんな語りのクリシェではじまり、以下、彼=舩木壱輝(絵にかいたような美男子俳優)と、彼女=五十嵐令子(闘志を剥きだしにした表情が凛として、うつくしい)のマラソン練習生活へと、展開は急激にスイッチする。二人だけの師弟関係が一年あったと間接的に説明されたのち、そこに栄養士として舩木の元・マラソン指導選手だった中原翔子が入りこむ。疑似的な三角関係。これもサブカル的な目配せのあるクリシェだ。

瞠目すべきは、スポ根ドラマとして開始された作品が、これまた『旧支配者のキャロル』のように「あらかじめ」ジャンル崩壊/ジャンル移行する点。富士山の裾野・山中に限定された練習場所で、高低差トレーニング、高地トレーニングを励行する五十嵐は、走る自分の脇を人間的な能力を超えて走りぬける赤いランニング=短パンの長宗我部陽子と、ことあるごとに遭遇する。五十嵐の闘争本能は視野狭窄になり、長宗我部に勝つことだけが目標となる。この長宗我部こそが十年前、舩木が過酷な練習で死なせた有望ランナーだった。つまり長宗我部は、回想シーン以外は幽霊として画面に出現していることになる。

幽霊は「出る」「祟る」(非)存在であって、それが走ることは、黒沢清の『ドッペルゲンガー』でドッペルゲンガーが撲殺されたように、あるいは大島渚『愛の亡霊』で幽霊・田村高廣が饅頭を喰ったように、奇異だ。幽霊が存在の抽象化なら、走ることと幽霊の結合は、走ることを線型性に向けて強度に抽象化する。肉体が走っているのではなく、線が走っているのだ。ところが舩木がペースメイクしながら並走用に運転させているクルマの窓から、走る五十嵐、それを無下にも追いぬく長宗我部をとらえる限定的な画角のショット(撮影=星野洋行)が見事なので、ありえない美に接したような感慨になる。そこではいわば「擦過」が二重化されていて、幽霊の本質とは「出ること」ではなく「擦過すること」だという直観の倒錯が生じるのだ。

それにしても無駄のない抽象美に達した長宗我部の走行フォームは抽象性そのもののようにうつくしい。ふとおもったのが、田尻裕司『淫らな唇 痙攣』における「走る」佐々木ユメカだが、ユメカの人間的力感にたいし、長宗我部は「人間以外」の異様な直進性をその走りに実現している。したがって才能を秘めた新人ランナーの五十嵐令子は、幽霊というよりも高度な抽象性との速度競争をしいられることになる。この設定が見事だ。なぜなら「人間的な」競争心を顕わにする五十嵐があって、走る機能だけに縮減された幽霊・長宗我部の「内心」を忖度する情動が観客に起こり、結果、「抒情」が「人間の枠」を凌駕してしまうからだ。

ここまでの書き方から予感されるように、この作品の登場人物は閉鎖的に、コーチ舩木、人間ランナー五十嵐、幽霊ランナー長宗我部、それに栄養士でペンション風の合宿所のオーナーでもある中原翔子しかいない。面魂からわかるだろうが、人物の均衡性に波風を立てるのは中原だ。彼女は往年の練習仲間で、死へと駆けぬけた長宗我部に、その死後も嫉妬している。同時に舩木が寵愛する五十嵐にも嫉妬している。だから五十嵐が長宗我部を「幻視」していることを嗅ぎつけて五十嵐を挑発し、同時に走りにおいてではなく愛において勝者となろうと舩木を性的に籠絡する。「むろん」五十嵐の盗み見も知っていた。五十嵐が合宿所から出て、ひとり下山をかんがえる。こうしてトレーニングの共同性が瓦解してゆくことも中原は厭わない。つまり中原の行動原理は「破壊」もしくは「不穏の加算」なのだった。

そう書いて、この作品は「走り」と同時に「顔の偏差」を選択的に分岐させているともわかる。舩木の美男、五十嵐のスポ根ぴったりの意志をもつ美少女ぶりにたいし、のこり二人の表情に降格、もしくは交換が起こるのだ。長宗我部は幽霊から抽象へと変化するため、その表情がゼロ度になる。彼女は表情において「幽霊ではない」。対する中原は「悪心」と「放心」をその表情に点滅させ、表情において「表現主義的な幽霊」へと降格するのだ。つまり作品が隠しもつ機能は「転移」だった。「転移」はホラー映画の属性だが、同時に笑劇や感動劇の属性でもある。このことによって、『MAGMA』はジャンル分類が不能になる。

四人しか出ない、としるしたが、付帯的に登場する「モノ」がある。ランニングシューズだ。最初、コーチのいうことをきかない過度な練習で脚を傷め、また舩木と中原の性的接触にも衝撃を受けた五十嵐は、自分に馴染んだランニングシューズをストーブにくべる。代わりに靴箱にあった古いシューズを履き、ひとり下山を決意する。作品には明示されないが、その靴は往年の長宗我部が愛用していたものではなかったか。「だから」脚をひき下山をこころざしていた五十嵐がまた走りだすのだ。それは五十嵐ではなく、靴そのものが走りだすといってもいい。ここにはバレエ恐怖譚『赤い靴』からの遠い引用がある。その靴を、五十嵐、もしくは「走るもの」への嫉妬に駆られた中原が鋏で切ろうとする。そこでは「靴一般」への非人間的な貶価が起こっている。

四人しか出ない――四人が主要人物、という結構からは、原田芳雄、藤田敏八、大楠道代、大谷直子を配し、そのうちに誰が幽霊かも不分明になっていった鈴木清順『ツィゴイネルワイゼン』が想起されるだろう。じつは『MAGMA』には、大楠道代の「影」がまとわりついている。むろん大楠と姓をかえるまえの安田道代が百メートルランナーを演じた、増村保造の倒錯的でビザールなスポ根映画『第二の性 セックスチェック』があるからだ。そこでの緒形拳と安田の関係が、この『MAGMA』での舩木と五十嵐の関係に部分的に導入されている。

安田は『第二の性』当時は豊満な部類だった。だから描写される「走る安田」は少しも速そうではない。走るときは、頬のみならず胸を中心に全身がぷるんぷるんふるえて、それは笑いの対象でもあった。その彼女が猛練習によって頭角を現し、陸連加盟の資格を得たのち、セックスチェックでひっかかる。すると緒形が安田を「女にしようと」セックスをおこなう(これも「練習」だ)。走るロボットにしようとしていた安田が、今度は女性化される。ところがこの作劇すべてを、野卑さの印象のつよい安田の肉の豊満があらかじめ裏切っている出鱈目な無前提性こそがこの傑作の本質だった。そこには監督増村の女性への冷笑、女性価値を貶めることで逆に女性性を現実から分離する策略が貫通している。

『MAGMA』のしていることは、これと部分的に似ている。まず「走ること」と女性性は単純に結合しない。それは「幽霊性」という媒介を経て結びあわされる。このとき幽霊性が、走行性/女性性どちらにころがってゆくかで、結局は女性性に貶価が出来する「捌き=裁き」が起こるのだ。この点で、増村同様、『MAGMA』の監督・渡辺あい、ならびに脚本の冨永圭祐は「不道徳」だといえる。ところがもっと「不道徳」なものがあるだろう。

増村はロングショットで『第二の性』のヒロインの走りを撮るときは安田に吹き替えをもちいた。『MAGMA』の渡辺は、超人的な走りに達し、ついに幽霊の長宗我部を追いぬいた五十嵐の走りにコマ落とし的な速度変調をほどこした。こうしたフィルムでいうオプチカル処理的なものは作品のそこかしこに不敵に顔を覗かせる。ストップモーション、地震を表現する画面全体のゆらし、さらには唖然とする「合成」……

初見の衝撃をそこねるだろうからラストの詳細は書かないが、作品の「不道徳」は、マラソントレーニングの世界から富士山そのものに主役が「転移」することで極まる。そこではマキノ正博の「次郎長」シリーズの各ラストにあった銭湯の書割めいた富士山が、まったく別の書割に変貌する。このとき理解される――この『MAGMA』が「配剤=デザイン」において不吉さを追求する映画だったと。ひとつの「色」が富士山、あるいはランナーの頬に「配剤」される。それはマラソントレーニングに幽霊を「配剤」した、この作品の変態的なレイアウトと同位でもあった。
 
 

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2013年05月10日 日記 トラックバック(0) コメント(0)












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