音韻・気息・換喩 ENGINE EYE 阿部嘉昭のブログ

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音韻・気息・換喩

 
 
【音韻・気息・換喩】


韻律は音韻(おとのひびき)と音律(おとのリズム法則)にわけられる。吉本隆明は『言語にとって美とはなにか』で、音韻を自己表出の分野に、音律を指示表出の分野に、それぞれ微妙なかたちで分類した。それはぼくの創作実感からいっても、すぐれた直観だったとおもえる。まず吉本は、時枝誠記の『国語学原論』から、過たず以下の記述を摘記してくる。



音声の表出があつて、そこにリズムが成立するのではなく、リズム的場面があつて、音声が表出される〔…〕。音声の連鎖は、必然的にリズムによつて制約されて成立するのである。
(角川ソフィア文庫版『言語美』Ⅰ、58頁)



これを西洋の言語と、膠着語で音声的には等拍時音の日本語、その双方に適用できるかには吟味が要るとおもう。複合母音をもち、子音で語尾を終わることのできる西洋言語では、リズムはシラブル数とともに、子音連鎖の強弱が受けもつと常識的にはかんがえられるからだ。このとき改行によってしるされたソネットなどの詩篇では、呼吸(ブレス――息継ぎ)が、脚韻とともに、音で聴かれるばあいの改行箇所の指示となる。つまり文字上の改行は、音声表出のみによっても「読まれる」。

等時拍音による日本語の音は、頭韻などによって音韻の質を強調することはできるが、西洋語のように、母音、複合母音の組み合わせ、それらで変化する子音出来の頻度によって発語をうねらせることができない。日本語はだから「のべたら」に連続しながら、相互の音を消滅させてゆく感覚をもたらすようになる。これと、古い和語の音の相互浸透性をつうじ、いわば音のにじむような落着きのなかに情感を盛りこむ口承芸術が成立することになる――これが古代歌謡に成型がほどこされた和歌だったと、ひとまずはいえるのではないか。万葉集は歌の出来に巧拙の差があるだろうが、その音韻は諧謔が盛られていてもしずかに落着き、だから民族レベルでその音韻性が、とくに発生当時、快感とひびいたはずだ。発明漢語や、カタカナ表記にするしかなかった外来語が猖獗した明治以後ではかんがえられない、単一的な音声の楽園時代だったともいえるだろう。

のべたらで流暢に、かつ単調につづく原日本的発語の音韻は、等拍性から自然延長された音律性の付与によって結節点をしるされ、詩的に活性化されるしかない。それが七五、五七の音律だった。摘記した時枝の文のなかで、「リズム的場面」とあるのは祭式や古代演劇のたぐい、あるいは冠婚葬祭や国事などのたぐいだろうが、言語的な意味での「リズム的場面」というのは、やがて八分内在を基体にもつ「七」(=8-1)、「五」(=8-3)へと磁力化していったのではないか。この「七」と「五」の音数は日本的な耳にとって定数的で、この「リズム的場面」があって、そこからのズレも敏感に察知されることになる。

以前、この欄に正岡子規の短歌を引用したことがあった。ふたたびしるす。

瓶にさす藤の花ぶさみじかければ畳の上にとどかざりけり

そのときにはこの一首を像形成の観点からみたわけだが、これを音韻のもんだいとしてかんがえるとどうか。第三句「みじかければ」は「リズム的場面」としてみれば六音――つまり一音超過なのだった。しかも用字選択の面からは、第二句の「はなぶさ」は「花房」と表記されず「花ぶさ」となっていて、ひらがなが八字つづくことになる。これらが綜合され、意味的には藤の花ぶさは「みじかい」と表現されながら、その聴覚映像あるいは用字映像では「ながい」ということになる。それで、五句(結句)の「とどかざりけり」は「けり」の詠嘆をともなって、「ぎりぎりでとどいていない」という擬制を呼びこみ、結果、畳と藤の花の尖端がつくる「ぎりぎりの隙間」までもが印象されることになるのではないか。

字余りの効果は、この意味で、五七五七七の正調という基体が前提されて、そこからの偏差としてとらえられることになる。「リズム的場面」が日本的な耳を前提的に発露しているあかしだ。もう一例、今度は葛原妙子の『葡萄木立』から出してみよう。

奔馬ひとつ冬のかすみの奥に消ゆわれのみが累々と子をもてりけり

馬の「幻視」とともに、というか、それと引き換えになるかたちで、だらしなく子を次々となしていったみずからへの女性的な慚愧がうたわれている。この「子」を実子ととるか、たとえば短歌作品ととるかは読者の裁量にゆだねられている。むろんここでは第四句《われのみが累々と》が十音あって、「リズム的場面」に著しい変調がかたどられている。むろん狙われた効果だ。「累々と」とされる現象が、意味から音数に転化して、ながさが精確に動員されているのだ。

葛原のこの音数にたいする感覚は、「アララギ」の土屋文明などにあった「ながさによる」破調美の感覚から学ばれたものかもしれないが、この「リズム的場面」を基底にして、葛原は歌作の振り子を逆に伸ばすこともある。つまり、音の欠落だ。おなじく『葡萄木立』から――

晩夏光おとろへし夕 酢は立てり一本の瓶の中にて

五・七・五・五・七と受けとるべきだろうか。すると四句での音数欠損となる。むろんこの畸形は、たとえば次のような斡旋をおこなうことでかんたんにくつがえる。「晩夏光おとろへし夕 酢は立てり一本のがらすの瓶の中にて」。ところが「がらすの」と挟みこんだ途端に、瓶と酢の関係にいわば間接性が生じてしまう。瓶が透明性をもっているかいないかの結像がうばわれるからこそ、瓶のくらい内部となった酢が、瓶と一体化して、夏の夕光を背景に暗然と食卓に屹立している、存在論的な恐怖が際立つのだ。それで光景全体が人間をも暗喩することになる。だからこの場合、酢そのものが米酢の黄金色なのか黒酢の暗澹色なのかが問題になることもない。むろんこの一首からたちのぼってくる「原不安」は四句にあるとみとめられる二音の欠落から生じている。ならば次の『原牛』所収の一首はどうか――

築城はあなさびし もえ上る焔のかたちをえらびぬ

五・五・五・十二としか把握できない内部分節で、破調度がきわめてたかい。それでも一行詩ではなく短歌としてかんじられるのは、五音を基調にして、句跨りをかんがえれば最後の十二音にも、「七・五」(焔のかたち/をえらびぬ)の内在的な分節があるとみえ、結果、全体が五・五・五・七・五、つまり二句と五句がそれぞれ基数「七」であるべきところ「五」に「減衰」されている構造が実感されてくるためだ。築城行為を男性性の誇示と見、しかもその形状そのものが無意識に炎上と似かよっているという、女性側からの不吉な直観的指摘は、そのままでは傲然で残酷ととられるが、実際はこの音数の欠落によって内破を経過、結果的には感情として「哀しみ」を立ちあげてくる。このように音律の設定によって一首の情を異化してしまう感覚的な天才こそが葛原だった。

くりかえすが「酢」の一首、「築城」の一首は葛原の傲然たる直観によっている。その「見なし」には対象を残酷に斬りつけ、斬りつけたあとに余韻を測りだす「生殺〔せいさつ〕」の気配がある。「酢」の一首の鑑賞ではおもわず暗喩の語をつかったが、これらの歌で「見なし」と「気息」が同時出来している「内動」構造をとらえると、換喩そのものが息として出て、音韻が音律を破壊した機微のほうがはっきりとかんじられてくる。いずれにせよ韻律の異調が、日本語の特質、等拍時音を基体にして、それに反する「あふれ」か「欠け」として現象されてくる例を以上にしめしえたとおもう。

はなしが迂回したかもしれない。時枝誠記の考察を前段階にして、吉本は『言語美』につぎのようにしるす。以下の直観が構築性によってさらに展開的になれば、『言語美』は韻律学と換喩学をむすぶ画期的なものとなっただろう。だが「分類知」のひと吉本は、直観を叩きつけたまま、自己表出/指示表出の混合濃度の考察へと行き急ぎ、品詞別にみたそれらの濃度のほうに視点を移してしまったのだった。



わたしたちは、原始人が祭式のあいだに、手拍子をうち、打楽器を鳴らし、叫び声の拍子をうつ場面を、音声反射が言語化する途中にかんがえてみた。こういう音声反応が有節化されたところで、自己表出の方向に抽出された共通性をかんがえれば音韻となるだろうが、このばあい有節音声が現実的対象への指示性の方向に抽出された共通性をかんがえれば言語の韻律の概念をみちびけるような気がする。だから言語の音韻がそのなかに自己表出以前の自己表出をはらんでいるように、言語の韻律は、指示表出以前の指示表出をはらんでいる。

対象とじかに指示関係をもたなくなって、はじめて有節音声は言語となった。そのためわたしたちが現在かんがえるかぎりの韻律は、言語の意味とのかかわりをもたない。それなのに詩歌のように、指示機能がそれによってつよめられるのはそのためなのだ。リズムは言語の意味とじかにかかわりをもたないのに、指示が抽出された共通性だとかんがえられるのは、言語が基底のほうに非言語時代の感覚的母斑をもっているからなのだ。これは等時的な拍音である日本語に音数律とあらわれているようにみえる。
(同上『言語美』Ⅰ、59-60頁)



「母斑」ということばが現れたのが運命的だった。やがて吉本はこの文に現れる「非言語時代」を民族的な文脈から個体発生的な文脈に移して考察をしかえることになる。それが名著『母型論』でのハイライトだった。そこでは母親の乳房を媒介とする母子の密閉的な接触に、厳密かつ直観的な考察がなされ、やがて子の側の口腔と唇が乳を吸いあげる行為が、宿命的に呼吸の出入り口ともおなじ部位を重複させることから、吸乳のリズムと呼吸のリズムの同調が子の身体にしるされ、やがて泣きが喃語へと変化する際にも、喃語がまず声の強弱と呼吸中断のリズムとして出現する事態を、吉本はとらえてゆく。

前言語的な音韻衝動(=自己表出)が隣接域をまさぐり、それが発声器官に獲得され実現された途端に、リズム化をつうじて前・指示表出となる様相を、吉本はつかみ、それで「海〔う〕」の本質を考察しかえすことになるのだ。いまの言い方でわかるように、こうした喃語にある発声衝動は、隣接性を外延性へと再組織することだから、基本的には換喩活動の原型ともいえるものなのだった。

「声」はまず、その発声によっておのれをつかむ。おのれは(みたされない)充実だ。またその反響によっては、主体ではなく声そのものが環界をつかんでゆく。ということは、声こそが世界とおのれとを器官なき身体としてつなぎ、声は自己定位なきままに、なにものかへの自己内属をうみだすといっていい。哲学においてロゴスではなく、音声の優位性の原点へ差し戻しをおこなうことは、そもそもが哲学の原理なのだ。そのようにして、ジョルジョ・アガンベンは、ヘーゲルの細部をデリダに、そしてみずからに、「声」の論として還元してゆく。



形而上学の内部にあって、思考しえないものを思考しようとする試み、すなわち、否定的根拠そのものをつかまえようとする試みはあったのだろうか。見てきたように、言語活動の本源的な開示、人間に存在と自由を開けひろげていく言語活動の生起そのものは、当の言語活動のなかでは発話されえない。ただひとり〈声〉だけが、驚嘆すべきことにも無言のうちに、その〔言語活動の生起する〕接近不可能な場所を表示する。それゆえ、〈声〉を思考することが必然的に哲学の最高の任務とならざるをえない。しかしまた、〈声〉はつねにすでにあらゆる言語活動経験を分裂させて、指示することと発話すること、存在と存在者、世界と事物の関係を本源的に構造化している。そのかぎりで、〈声〉をつかまえるということは、これらの対立を超えたところで思考するということ、つまり〈絶対的なもの〉を思考するということしか意味しえない。
――ジョルジョ・アガンベン『言葉と死』(筑摩書房、09年刊、上村忠男訳)



アガンベンはここではメシアの声のような絶対性を論じているのではない。声が連続をとりこんで自ら組織化する存在の原義をまず語り、しかもその声の発生場所が口腔という穴であるかぎり、声は剥き出された傷が論理性をおびる逆転を経由して、そのまま世界に内属する避けがたい媒質であることを語っている。だからこそ、声は主客の対立をつなげる絶対的な思考の組織なのだ――あるいは声とは動物性を超えだそうとした人間がそもそももった空気内の宿命なのだ。だから声を思考することは極度に再帰的な視線をつくりあげ、結果、声への思考は思考の基盤を内破粉砕する本源的な恐怖をおびる(それで声そのものを弁別する語彙が発達しなかったのかもしれない)。

声の連続性、全体性にまつわるこうした不可能は、呼びだしてゆくこと――換喩がかかえる、全体にかかわる部分の不可能と表裏の関係にある、というべきではないのか。部分は露出することにより、その都度、全体を不可能にしている。ところがそうみえなくさせているのが「部分の連続」という擬制で、それを剥ぎとると、潜在しているすべてを、発語によって顕在化した部分が掠めることすらできていなかった、声の不可能性の様相が顕わになる。換喩が能天気に自分の原資とした「隣接域」と、潜在性とは、次元が本質的に異なる。異なるのに、そこに同質性が賭けられて、まず発語は換喩的に、あるいは吉本用語でいえば自己表出的におこなわれる以外にない。それは一瞬のことだ。声が指示性をもったばあいには、指示表出に転落してしまうのだから。だから上のアガンベンの文章は、喃語を語っている錯視をも同時にもたらすのだ。

潜在性についてのアガンベンの思考は、『バートルビー』にもうかがえるが、人間性と動物性の境(「声」が指示的連続として出現できる境域)を、結局、思考が潜在域としてしかとらえられないと綴った『開かれ』(平凡社ライブラリー、2011年刊、岡田温司・多賀健太郎訳)にも結実している。以下、部分摘記するが、これを換喩が不可能性と触れあうゆえに、部分の集積として実質化する経路を、潜在性の問題から解き明かしたものと読み替えてもらいたい。



可能性の不活性化においてはじめてそれ自体として立ち現われてくるものとは、すなわち、可能態=潜在性の起源そのもの――さらには、現存在の、つまり、存在可能性の形式のうちに実存する存在者の起源そのもの――なのである。だが、この根源的な可能態や可能化は――まさにそれゆえに――否定の可能態、つまり、無能性を構成する。というのも、できないこと、人為による個々の特定の可能性を不活性化することから出発してのみ、この根源的な可能化は可能だからである。
(121頁)



上のアガンベンが依拠しているのはハイデガーの議論なのだが、門外漢なので深入りは避けよう。それよりも、潜在領域を隣接領域と積極的に錯視し、そこからとりだした「部分」を連鎖する換喩は、吉本の立論とあわせれば前・自己表出的衝動と接触するが、それが指示表出にただちに転落する不可能の軌道にしかなりえない、詩作の原理について考察したい。

むろん換喩表現を「たんなる不可能にみせない」詩作が日本語文化のなかにいくつかある。さきにみたように、音韻性にとんで論理がゆるやかにあらわれる短歌がそれにあたるし、音韻を原理とした換喩詩、あるいは換喩を原理とした音韻詩もそれにあたるだろう。これらでは「不可能が可能にみえ」「可能が不可能にみえる」多重性を再帰的に組織している。ということは換喩と再帰性のなかにも簡単には評定しがたい通底性があることが理解されてくる。このことと「呼吸」――人間の身体活動のうち最も明示的に再帰性としてかんじられるもの――がさらにかかわっている。ということは音韻的な換喩詩の不可能性を救出するものとは、詩句に縦横している「生きているあかし」――呼吸なのだ。

西脇順三郎の『失われた時』(59)の圧倒的なコーダ部分が、日本語で書かれた詩の奇蹟なのはいうまでもない。それはラスト、「ちやふちやふ」とか「セサランセサラン」といった純粋「音韻」を提示し、そのなかに「永遠のただよい」を実体化するが、そのまえは縁語、頭韻、地口、引用など「隣接域」からすばやく換喩的にひきあげられた語が、「の」の接続機能をつかって脱イメージ的に展覧されてゆく。そこでは改行単位が「気息」単位になっていて、詩脈と身体性の交錯は、ことばによってなる人間のゆたかさをそのまま指標している。このことばを発想=換喩ととらえれば、換喩が詩作原理として豊饒ということにもなるだろうが、みられるような「あふれる」音韻の音楽的な全面化は、潜在性にたいする不可能性を同時に表象している点に注意を要する。



はてしなくただようこのねむりは
はてしなくただよう盃のめぐりの
アイアイのさざ波の貝殻のきらめきの
沖の石のさざれ石の涙のさざえの
せせらぎのあしの葉の思いの睡蓮の
ささやきのぬれ苔のアユのささやきの
ぬれごとのぬめりのヴェニスのラスキン
の潮のいそぎんちやくのあわびの
みそぎのひのつらゆきの水茎の
サンクタ・サンクタールムの女のたにしの
よし原の砂の千鳥の巣のすさびの
はすの葉のはずれにただよう小舟の
はてしなくさまようすみのえの
ぬれた松の実の浜栗のしたたりの
このねむりは水のつきるところまで
ただようねむりは限りなくただよう

――長詩『失われた時』コーダ部分



ここで「あふれ」「豊饒」がかんじられるとすれば、換喩的に喚起されたことばそれぞれが「自己再帰」して、つぎの語を、ズレをともなって喚起している機微を音楽的としかよべないからだ。ことばがそのように主体であれば、実際は作者・西脇はことばのむこうにやさしく溶けている。

音の「あふれ」は、音韻の多様性と同時に、一定の改行単位をつくり、一行ごとの音数に前後三音ていどまでの差異を盛り込んでゆくことでつくられている。しかも一行音数の基準は二十音ていどがいちばん効果を発揮するというのが経験則で、それが「音の換喩詩」の枠組となる。厳密な実証は難しいが、和歌の分節単位を円滑性に向けて引き伸ばし、内在律とするときに起こる、それはひとつの転位ではないだろうか。西脇『失われた時』のコーダ部分にはそれがあり、那珂太郎『音楽』の詩篇にはそれがなく、支倉隆子の初期詩篇にはまたそれがある。「認識論」的な改行ではそれがない。これらでは「同語」をあつかう作法にもちがいもある。

西脇の方法を敷衍した那珂太郎『音楽』(65)はたしかに音韻がすばらしいのだが、そこにある自己再帰性は「推敲」とうけとられ、陶然たる鑑賞の阻害要因となる。同様の手法を実人生にあわせ那珂が肩肘張らずに練磨したのは次の詩集『はかた』(75)においてだった。それでも『音楽』の音韻の「原理」は、次のようにすばらしい。



【作品A】

燃えるみどりのみだれるうねりの
みなみの雲の藻の髪のかなしみの
梨の実のなみだの嵐の秋のあさの
にほふ肌のはるかなハアプの痛み
の耳かざりのきらめきの水の波紋
の花びらのかさなりの遠い王朝の
夢のゆらぎの憂愁の青ざめる蛍火
のうつす観念の唐草模様の錦蛇の
とぐろのとどろきのおどろきの黒
のくちびるの莟みの罪の冷たさの
さびしさのさざなみのなぎさの蛹



頭韻以外に、「くちびる」と「莟〔つぼ〕み」の形状類似、あるいは「なぎさ」と「さなぎ=蛹」での音の転倒などがあるが、那珂の視線は、森→空→〔…〕海などへと領域を移し、そこで自分の内心のおそろしさと女性的なものへの憧憬を、同時に残余的にかたどってゆく運動をしるしながら、ぜんたいではウロボロス回転をしてゆくような趣だ。西脇『失われた時』のコーダ部分はおおきくは川のながれに乗って「うごいて」いたが、那珂のこの作では渦巻きが生じている感覚がある。自己再帰をしようとして「ずれ」、次の行が外延してくる運動性は西脇のほうにつよく、那珂のほうにはおなじ領域への重複の印象が不当にも生じるので、那珂の詩の再帰性を「推敲」とむすびつけてしまうのだろう。

音韻的な換喩詩は、発想の自由さとして表面的には現象される。那珂はその能天気をゆるさず、「虚無」に詩句展開を病ませたのだ。その意味で貴重だった。けれども「音韻」の自発は、本来なら那珂の詩よりも、「意味」をかすかであっても連動させる力能をしめすことで、自身の自由度を発現しなければならないだろう。以下の支倉隆子『琴座』(78年、国文社刊)所収詩篇は、だから意味性を生じながらも、おなじ音韻的換喩詩として、その自由度において西脇の詩と拮抗しているといえる。



【藤棚】

藤棚のみえるところで
だれかが手をはなしてくれた
彼女はうつくしい湯気になる
二重唱もきこえてくるだろう
姉のこえも
蕗のとうも
おなじ音楽をしっていた
おなじまぶしい切符を買って
袖のような
ひみつそしきをくぐっていく
小さな罪をうちけして
ちいさなつみは墓地のように
目だつから
じぶんを広げて
青春も蛇のめをかこっていく
死んだ顔より
ふきのとうがすこし明るい
だれかが綻んでいる
世界のはずれに
藤棚がある



意味の完全結像をはばむ朦朧な、それでもふくみと余韻をもった一行単位のフレーズに、連句でいう「匂い付」がなされるように次行がやわらかく添えられる。あきらかに詩行の起動原理は換喩だ。そのときに部分的に対句的な「おなじ音数」、あるいは「同語」がこだまのように反響して、最後にはもっとおおきな水準で、「蕗〔ふき〕のとう」「藤棚」が自己再帰する。ところが意味性はある。藤棚を遠目にみて自己解放の気運をかんじ、その藤棚に歩を向けたことが、「世界のはずれ」にじぶんを向かわせたという認識が全体をとおっているのだ。

それだけの感慨しか内心をしめす要素がなく、あとは音韻性にみちたことばの換喩展開があるだけ。それでじぶんに関係すべきはずの他者は、「だれか」という無性語、無限定語に脱色されるのだが、その脱色もまた解放ととらえられる点に、感性の女性価値による逆転がある。支倉はこのようにして、縁語展開ではなく、「同語」を、隣接、間歇の双方にもちいる。ということは、隣接と間歇が、奔放な支倉においては等価なのではないか。じっさい詩篇のうつくしさはこうした等価性に、ひそかに由来している。

西脇・那珂から支倉に移行してわかるのは、換喩が音韻に傾斜するとき(というか、音韻意識がもともと換喩的なのだが)、同語か類語かの選択で葛藤が生じるということだ。類語・縁語の連接が語のあいだの虚無をこすれあわせ音色を発する逆転をみちびくのにたいし、同語の連接は、自己再帰性の形而上学を練磨する。ここでは貞久秀紀を例示せずに、松下育男の『榊さんの猫』(77)所収の詩篇から拾ってみよう。周知のように松下詩は基本的にはことば数がすくなく、そのなかで同語使用をなるべく回避することで認識のひろがりをつくることが多いから、以下の詩篇は例外に属する。



【椅子は立ちあがる】(全二聯中の第一聯)

椅子は立ちあがる
椅子は椅子の中から 椅子でない所へ立ちあがる
理由は 足もとから
立ちあがられた
その分のはずみで
椅子は立ちあがる
椅子であったことがあった
その年月を束ねる
それでも束ねられなかった所から
椅子は
立ちあがる
椅子は 椅子であり
椅子でない
曲り角を曲る時に 曲り角も曲ってしまうので
いつまでたっても
ここにいる
ことの
ないように 椅子は今
立ちあがる



なにがいわれているのかわからない、と一読後かんじて、慌てて読みなおすだろう。そのとき「椅子」といわれているものが、定着に倦み「椅子」と属性をおなじくする人間ではないかという疑いがもたげてくる。自同律が矛盾律になる契機がともあれ椅子で測られているのはたしかで、そのとき松下が用意しているのが自己年月の否定なのだった。

そういう決意があれば椅子もしくは「椅子性」は自己離脱をしるすべく「立ちあがる」ことだけはできる。では詩篇のこの部分で、「立ちあがった」あと歩けるのかというと事態はおぼつかない。うつくしいが怖い詩句、《曲り角を曲る時に 曲り角も曲ってしまう》の自己再帰性は、空間を移行することそのものが深甚な錯綜をおびることを指摘している。いずれにせよ「椅子」という同語を反復させることで、自己再帰性のあやうさにまつわる哲学を、この詩が提示しているのは疑いない。「同語の使用とは、縁語使用の幸福にとおく、おなじものを踏み破った悔恨につうじる」。だから同語使用には間歇がひつようなのだ。それとここでは改行が呼吸=気息の単位にはなっていない。そう、認識の単位になっているのだ。

おなじく「曲り角〔まがりかど〕」の語をつかった松下のうつくしい詩篇を召喚しよう。ここでは換喩原理で詩行がすすむときに、同語ではなく縁語が遅延しながらやわらかく立ちあがってくる。「ぬれている」「海」「うみどり」「ぬれて」「しずく」「すいへいせん」「あお(ば)」「なみしぶき」というように。改行原理はやはり呼吸ではなく認識の分節単位といえるが、裏からかんじられる作者の「呼吸」は、さきの「椅子は立ちあがる」よりも随分とやわらかくなっている。そのことと音素そのままの文字であるひらがなの使用が相即している。この換喩性からは虚無がほぼ消滅している。



【ゆうびんうけが ぬれているのは】

ゆうびんうけが ぬれているのは
ふうとうのなかに
海がすこし はいっていたからだろうか

きみのうえで
そらはあくまでも
たかく
あてながきの まわりを
うみどりが きもちよさそうに とんでいる

びんせんを ひきぬく きみの
ほそいゆびも
もちろん ぬれてしまい
しずくをたらしながら
ぼくのおもいを
よみはじめる

めを とじれば
すいへいせんが ぐっときみへ
ひきよせられ

きみのからだに まきついてゆく

よこはまし
あおばく

きみがすむ まちでは
いつも
まがりかどの むこうから
なみしぶきが
くる

――『きみがわらっている』(ミッドナイト・プレス、2003年刊)所収



換喩詩における、葛藤をふくんだ同音の使用が、形而上学を引きよせる例を、いまひとりのすぐれた詩作者からみよう。柿沼徹『ぼんやりと白い卵』(書肆山田、09年刊)から詩集題名の由来となった詩篇を引く。



【コバヤシの内部】

眠りから放り出されると
昨夜の会話の足跡のように
食器が散在している
明け方の食卓

その上に
一個の卵がある
傷ひとつなくそこにあることが
うす暗い光のなかで
私に向きあっている
それ以外は夜明け
底知れない夜明けだ

ぼんやりと白い卵
せめて呼びかけてみたい
例えば…
コバヤシ、と呼んでみる
と、それは
見たことのない一個にみえる
手のひらのうえの
コバヤシの固さ
やわらかな重さ

コバヤシを床に落とす
コバヤシは落下のさなか、ま下に
今を見すえる

耳のなかで
かすかに列車の音がひびく
コバヤシが
床に乱れているコバヤシの内部が
明け方の光をうけている…



「例えば」と前提したうえで、白卵にコバヤシの名称がいわゆる「命名過剰」や「悪意」によってつけられたことから、モノが二重化する恐怖感覚がつづられる。それでも出てくる「一個」の措辞こそがほんとうは怖いのだ。卵は落下したのだが、「床に乱れている」のは「コバヤシの内部」。このとき葛原妙子では残酷で放りだすような無邪気さで発露していた「見なし」が、「見なし」内部の自己再帰性によって、それじたい対象を破砕する哲学がみえてくる。ところがそれは時間=「明け方の光」によって荘厳されるのだ。なぜなら、思念それじたいが自由度において無謬だから、というしかない。

この詩篇にいちど出てきた存在不安の措辞「ぼんやり」は時間の継起性把握にさいし柿沼のなかで決定的になる。「ぼんやりと――している」という構文は、その内実「――」の真偽を宙吊るのだ。それこそが時間のなかにひそんでしまった対象をあらわすにふさわしい構文だ。そうした哲学をいうために柿沼は飼い犬だった「コロ」、「祖母」、「父」に落差をあたえている。同時に、英語にあるような構文、「He has been dead for three years」がいかに奇妙かもえぐっている。

つまり保健所で始末された往年の飼い犬についての述懐とみえる以下の詩篇は、死にまつわる構文の偏差につき、哲学的に思いをめぐらした峻厳な詩篇だった。その哲学性によって、実はここには人称や命名されたものにしか同語が重複しない。それでも暗喩を生成しない「読んだまま」であることから、一篇を換喩詩とよぶしかない点が肝要なのだ。けれども吉本のいう自己表出の痕跡も見当たない。上の詩篇で「コバヤシ」が連打されたときの自己表出性はすべて抹消されて、指示表出だけがしずかに横たわっている。むろんおそろしい悲哀が穏やかな「声」「呼吸」の全篇を貫通してもいる。松下育男がいたった流儀と柿沼徹の身振りは共通している。そして峻厳にも、「リズム的場面」の共有性は松下の詩と同様、「ほぼ」壊滅している。あるのは、ことばをくりのべる場のやわらかさだけだ。この「だけ」の限定辞には虚無がひそんでいる。



【コロのこと】

庭先に「けいとう」が咲いていた
命令した祖母が
玄関の前で見送った

自転車に乗って
コロをひっぱっていく
父の後ろ姿
しがみついて瓦解できるような
大きなしくみは見つからない

保健所に着く前に
コロはいくどか座り込んだ
犬でも事情
はのみこめるから
抵抗したんだ、と
あとで父は言った

あれからだいぶたった

いまだにコロは死んでいる

その背後からこちらに向かって
祖母は死んでいる
父はぼんやり死んでいる

――『もんしろちょうの道順』(思潮社、2012年刊)所収



音韻意識を除外しているようにみえて、そこにしずかな音韻が透っている。現代詩の達成の一端は、あきらかにこういう表情の詩篇にある。この柿沼の一篇にいたり、「自己表出=音韻」/「指示表出=音律」の二分法が現代的に崩壊している。そうした崩壊がしずかでふかいことは、むろん柿沼の世代だけの特徴だ。
 
 

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2013年05月30日 日記 トラックバック(0) コメント(0)












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