壇蜜古画 ENGINE EYE 阿部嘉昭のブログ

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壇蜜古画

 
 
【壇蜜古画】


ついに北海道在住でよかったと感激できる、北海道オリジナルの番組に出会った。テレ朝系、HTB(北海道テレビ)、木曜深夜0時50分から30分枠で放映される「壇蜜古画」(こうしるして、「だんみつのいにしえ」と読む)がそれだ。道内の「きえた町」を、静かな撮影とナレーションで追ってゆく連続ドキュメンタリーで、話題の壇蜜は意外なほど抑制されたやさしい声で、簡潔なナレーションをつたえてゆく。

七月二十五日深夜放映の第一回は、最盛時に人口一万五千人を誇ったが、一九七〇年には閉山してしまった、釧路市阿寒町の雄別炭砿が対象。目抜き通りがあり炭坑住宅も櫛比し、駅があって鉄道も敷設されていた往年の町は、建物が壊され、放置されたものもその土台までもが「溶け」、往年の地勢だけをつたえるまま、いまは周囲の原野と見分けのほとんどない疎林に変貌してしまっている。キタキツネがゆきかうだけの、さみしい無人地帯だ。

番組は往年の8ミリ映像、写真を丹念に収集し、それと現在の光景とを見事に対照させていた。同ポジションによる「今/昔」もさかんに挿入される。特筆すべきは現在の風景の捉えかただ。フィックス、あるいはゆるやかなパンニングだけがおこなわれている。それで時間のしずもりと、入り込んでいるひかりの孤独が画面にみちる。

ロラン・バルトがその写真論にいう「それは―かつて―あった」は、ここではおもったほど悲痛ではない。「かつて」という時制そのものにある内部性が、じっさいは回顧的な充実をもたらすのだ。同時に、「いまは―なにも―ない」にもかつての建物や道のかすかな残痕がきざし、それが廃墟風景へのやさしい「加算」を印象させてゆく。そのなかをちいさなさくらが開花し、蝶が舞い、キタキツネがすがたをあらわして、いわゆる「時熟」までをもかんじさせる。

とうぜんかつて深夜枠で放映された瀬々敬久のTVドキュメンタリー、「廃墟シネマ」を想起した。これは以前の日芸放送学科でぼくが授業の素材にした名篇だった。そのときの講義草稿がぼくのサイトにアップされている。そこでぼくは当時の廃墟写真ブームのなかで、ふたりの廃墟写真家、丸田祥三と小林伸一郎とを対比した。のち場所の選択と構図のオリジナリティをめぐり訴訟問題の起こるふたりだが(先行者丸田が後進者小林を訴えた)、ふたりの写真は廃墟にたいするまなざしがもともと異なっていて、それをぼくはその講義の段階で問題にしたのだった。

丸田の廃墟写真にはタルコフスキー映画と同様の、しずかな催眠性がある。現在時間の実質である「ひかり」が、崩れた建物の外観・内観とふれあうすがたこそをとらえる。だから丸田の写真には「時間→時間」というヴェクトルがひそんでいる。そうした再帰性こそが、たぶん読者の視線を「くるんで」、その論理的な帰結から「眠くなる」のだ。これを「やさしくなる」といいかえてもいい。

たいして小林のそれは、廃墟の細部を手柄意識の血走った眼で渉猟し捕獲するのだが、結果、スナッフ的な死体写真、臓器写真――あるいはポルノグラフィにさえ似てくる。丸田の写真が総体ではおだやかな永劫回帰に近づくのにたいし、小林のそれは相場的な沸騰をこころみる派手な野心がある。廃墟という対象をしずかに愛する丸田と、商売や好奇の具として価格を吊り上げる、表現インフレ型・「覚醒」的な小林――そんな対照をいいだしても良い。

そういえば花田清輝は、往年、廃墟について書いたなにかの文章で、廃墟が崇高なのは、「線」や「面」を中心にした現状の残存物から、いわば幾何学的な「復顔術」が興り、かつての栄耀を予感させるからだという意味のことをしるしていた。だがはたしてそうか。花田の言い方では過去と現在が対比されている。ところがいま痕跡としてある、さびれ、腐蝕、鉄錆、くずれ、配線の露呈、破片化、泥炭化、鉄骨のむきだしなどは、きえた「かつて」に活き活きとした時間がまつわって、「過去と現在」を、不完全ながらにも「共存」させた、時間の満尾というべきものではないのか。

こうした「共存」が位相的に「梱包」「繭」へとつながるから、光景そのものが就眠的になる――ぼくなどはそうおもう。だから忘れられた「棄景」(丸田の用語)に直面して、往年の栄華を算段するように感覚はざわついたりしない。粛然とひとのからだが眼前の光景にくるまれ、自分のなかの時間をぼんやりと再帰させるだけだ。いいかえると、廃墟に直面することは物見高さにつうじる崇高ではなく、やはりしずかな悲哀だけを産出する。ところが「その悲哀がひかる」のだ。このとき「ぼんやり」が美質となる。

こうしるしてわかるように、深夜枠のドキュメンタリー「壇蜜古画」のすばらしさは、丸田の写真、ひいては瀬々敬久の『廃墟シネマ』の系譜に連なっている。だいいち、この深夜枠、就眠前に観るこの番組が、小林伸一郎的であったなら、視聴後、「覚醒」が起こってしまう。つまり自分自身の廃墟化について神経質な不安が生ずるに決まっている。それが廃墟であっても、丸田的なひかりの実感のなかに、視聴後をひとはねむりたいはずだ。

第一回は渡辺淳一が出てきた。興味をもったことのない作家だが、炭坑内の雄別病院に出張医として足しげく通勤し、またこの炭坑を舞台にした幾作かをものしているから、往年をふりかえる人物として、これは正しい選定だった。番組は「炭坑の現在」を映像として突きつけられて自然に落涙する渡辺の表情を、たしかにうつくしく捉えていた。

むろん北海道では刻々、櫛の歯が落ちてゆくように、各処で廃墟化が進行している。だから東京在住者が安閑と廃墟ドキュメンタリーを観るのとはわけがちがう。みな、切迫感をうすくおぼえるはずだ。それでもよくかんがえれば「廃墟化」はすべてに必定なのではないか。現に東京でも、たとえばむかしではかんがえられなかった、中央線沿線の活力低下(ただし吉祥寺と立川と中野はべつ)がすすんでいる。それに廃墟化は、いずれ死ななければならない人間の身体的な宿命でもある。だからこそ廃墟の観想が沈思的になるのだ。

「壇蜜古画」の第二回放映は八月八日の深夜0時50分から。こんど探訪されるのは美唄の小学校だという。
 
 

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2013年07月27日 日記 トラックバック(0) コメント(0)












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