757行〜864行
(757行〜864行)
泣きを泣くなら
笑いを笑う
停滞が気鬱な反面で
迅速が可笑しいらしい
無常に抗う手立てはある
私が鳥になって
地球自転と同じ迅速で
夕方の空を横に截りつづけ
そうやってずっと
「夕方の国」に棲めばいい
葦を眼下に 早池峰を眼下に
おろしあの帝都を傘下に
つんどらの美事な綺羅も遠くして
きっと三日が生きられるか
照らしあう地上との三日
やがてその天罰が炭化する
(照らしあう百年なら
書冊のなかに煙るだけだ)
だから書物の世界に
写真集が生じたのを
私は鳥になりかわり慶賀する
もう百年単位の蓄積
人びとの朝を撮られても
人びとの夜を撮られても
夕方の国がそこに捉えられて
行人の外套には悲哀が灯り
水兵の制服には海からの尾が曳く
讃歌というにふさわしい遠さ
春には春の埃が舞う定離だ
都電が電線とともに街路を截り
そこで街に本質的な
多面の鏡も露わになって
いちめん曇りだしている人の溜息が
たとえば花盛りそのものの迅速を
花粉で重くなった躯とともに
全体に返すだろう、それが春愁だ
皮を指の脂で穢し
夜硝子の前に置かれた
数個の霊的な苺(分裂)を
数日で駄目にするような愛着
人びとの気儘に上乗せされているのは
およそそのような自省であって
だからこそその脇に霊柩車が
魚の幽黙のように行き交ってしまう
(いやあれは慟哭を誘う馬車か)
笑う、愛着の毛深さを笑う
頭上の途轍もない不明物の反りを
からから鳴る脳幹の爬虫類性を笑う
大根とは地の秘密ならずや
そのまえに
大根の花とは祝賀ならずや
秋の通草とはひとだまならずや
そのまえに
通草の花とは祝婚ならずや
赤米を買いに出た街の無数は
仄ひかる大根の花にして
そのなかに丈高く
通草の花も昭和のように混じる
だから地表全体が傾いて
自転も進行しているとおもう
自転とは形影溶解ならずや
私も私の花子も流れた
語も街と同様
迅速を先駆ける鏡片となって
川太い流離を映しつつ
岐れる思惟の行末に
数条届かなければならない
一語一語の四囲
一期一期の帰雁
兜子が遊んだ野蒜摘みも
詠まれて以後の永遠を
遊ぶ指とともに流れる
語が面影になって人肌になる
その人肌の皺を光が這い
人肌のしたの肺を俳が映え
おもわず流す駄洒落や尿もある
側溝を流れる尿の迅速
三日経てば忘れられるが
それでも身に語の
小骨のごときものが
懐かしく刺さっている
身の身たるゆえんを
恍惚として放尿する旅びと
繰り返す永遠の永遠を
ただ去ってよごす
今夜は厠で身の黄金を流し
まにまに飲んだ美しい茶に
浮んでいた春を憶いだす
たった一日をみたしていた
それだけで満杯の迅速
寝床に着けば即座に
越人と過ごす浅い夢もみる
身の縁がなくなってゆく
この無名化が蘇生のコツだ
あれが春 これが春
春のおもてはいつも低く
この低さあってこそ
春の高みも不吉にぼける
なんということだろう
語が舞えば色んな誰何もする
万物さん 観音さん
野仏さん 咽喉仏さん
木の実さん 七さん
ただ七生を裏返る
裏返っては着物裏の色をこぼす
田の中に
田中誤り
田中消えゆく


