小林政広・日本の悲劇 ENGINE EYE 阿部嘉昭のブログ

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小林政広・日本の悲劇

 
 
【小林政広監督『日本の悲劇』】

2010年7月、戸籍上は111歳の老人がミイラ化した状態で古い一家屋から発見される。東京足立区での事件。捜査の経緯は、その老人の娘が極貧状態に置かれて父親の死を秘匿、父親に支給されていた年金を長年不正にうけとっていた事実をあかるみにだした。この事件はセンセーションを呼ぶ。それで百歳以上の老人がいるとされる家庭で同様の不正がはたらいてないか全国的な調査が開始されると、似た事案が次々と浮上してくる。それで長寿国日本の内実が、経済的逼塞のなかで空洞化している虚無的な実態があきらかになった。

小林政広監督は、この足立区の事件を発想の手がかりにして脚本をしあげ、往年の木下恵介作品と同題の『日本の悲劇』を撮りあげた。手法ははっきりしている。昭和家屋と呼べる空間のそれぞれの特定箇所にカメラを据え置き、ときには延々15分にもおよぶフィックス=固定撮影で、俳優のやりとりを撮り切ってゆく(構図補正はたぶん二カ所しかなかった――それもわずかな補正で、パンとかティルトとかといわれるものとちがう)。画面は「ほぼ」モノクロ。

こうした手法は通常は演劇的と分析される。演劇にあっては、舞台正面性が保証されたのち、時空の連続が所与とされる。ただし平田オリザなどはそれに異議をとなえ、舞台正面性を廃したのち、おそろしく目盛のこまかいミニマル・リアリズムを導きだした。小林演出も平田の着眼と共通するだろう。限定空間での俳優どうしの事大主義的な「対峙」は描写の眼目にない。実際はカメラによってみつめられる時空にこまかい圧縮と飛躍が内挿され、演劇性にまつわる所与が「あるかなきかの」映画性へと着実に転化されているのだ。

とくに画面内俳優の正面性を「部分的に」剥奪してゆく画角の切り方が素晴らしい。とりわけ仲代達矢にあてがわれた「後ろ姿」の活用。かつての家族が食卓のどの椅子に坐るかの法則が「家族消失」後も遵守される一方で、切り返しカッティングのないカメラは、後ろ姿で置かれた仲代の所在を放任してゆくしかない。しかしそれで、固定画面いくつかでいわば「存在の穴」ともいえるものがしずかに吹き出していたのだった。

演劇的にみえて、静謐さをもりこまれた映画的=視覚的な表現。それでなければ空間的固定を連続させるこの作品が逼塞的におもえてしかたなかっただろう。小林政広監督はこれまでの作品でも長回しを多用してきたが、手持ちによって対象を追うものと、この作品の方法論はおなじ長回しでもまったく異なる。ただしどちらの場合でも逼塞は回避されてきたのだ。だから彼の手法を「重厚」と形容すると間違う。

空間が固定されて、フレームはいっけん強固になる。ところがそのフレームはそこへの俳優の出入りによって再=柔軟化をほどこされる。このとき外部/内部を縫う、身軽さの哀しさを帯びた俳優として、北村一輝が抜擢された(その彼がやがて閉じられた扉のまえにいわば釘づけされて朝を迎えるのだ)。画面外の「音」が優勢な、ひとつのシチュエーションがある。いまだに昭和中期の家庭習慣を踏襲して、家の電話は玄関口に置かれているのだが、その電話機が鳴る。画面は二度目の肺癌手術を拒否し強硬に退院してきた仲代の「死相」「衰退」を中心的につたえている。北村の行動はすべて画面外の音として描写される。洗濯物を打つ音。駆ける足音。玄関でサンダルを脱ぐ音。一回目のコール音では受話器を取った刹那に電話が切れる。また洗濯物を干す作業にもどると、二回目のコール音が鳴る。似た音の演出が反復され、今度は電話が切れるまえに受話器が取れたらしい。相手は無言。それで北村が相手を、いまは気仙沼にいる別れた元・妻と直観し、その名をむなしくよぶが、相手からは何の反応もえられない――これらの描出が「外部」の音だけの演出によって貫徹される。

音=声に拘泥をもつ作品だった。仲代は末期癌治療を拒否した余命幾許もない老人。しかも彼は部屋の扉と窓を釘で打ち付け、みずから即身仏となるべく家庭内閉所に籠城する。「即身仏」の「うつろさ」はすでにその生前のすがたに転位されている。だから彼は後ろ姿での取り込みを連続させられもするのだが、肺癌手術後の疲弊、しかも転移がもうあることは、その「声のよわさ」「表情のよわさ」で多重に表現されている。彼は「多重性の穴」なのだ。声の張りあげが符牒だった往年の仲代とはおおきな径庭をしめしている。

これにたいして、息子・北村は、いまの中年世代とくゆうのフランクで軽薄な親への饒舌を最初あたえられる。ところが父親の籠城と対話拒否に直面し、扉の外からの必死の語りかけへと移行、いわば語りの脱分節化を余儀なくされる。泣き声がことばの意味を底からぶちやぶるのだ。たぶんまだ生活が暗色化していなかったころの父親への彼の呼びかけは「オヤジ」だったのではないだろうか。それが「悲劇」が最終定着しようとしているその局面では「お父さん」の連呼にかわる。このとき北村の声が「子ども帰り」してゆく変化の機微、それがなまなましい感動をよぶ。

いずれにせよ、空間は固定化され、いちおうはフレームの閉塞性によって高度に磁力化されている。「画面外部」は如上あきらかなように「音」として描出される(「外部」はたとえばこの作品が駆使する、これまた固定画面でえがかれる回想シーンと「現在」とのはざまにも黒味画面でひびわれていて、そこに充満する「音」はやがてコラージュと多重化をほどこされて「現実」の符牒をうしない心情化されてゆくことになる)。

もんだいは画面内が「現在の悲愴」、画面外の「音」が外延の可能性をあらわしていることから希望の領域だという――そういった二分法がこの峻厳な作品に適用できるかということだ。内側の「うつろ」が外の「うつろ」を内在的に証し立てているとかんがえてはどうか。内-外は同在であり、すなわち外は脱出口ののちのひろがりでもない。うつろの浸食という法則が内外に適用されたのち、それでも外から内に「音」がひびく。それが希望の表象と「一見」似てくるというのが、この作品の時空設計だとおもう。

ところで仲代を捉えた画面、洗濯物を干す外部の北村が鳴っている電話を取ろうとした前述のくだりで、観客はしぜんにそのコール音をかぞえるとおもう。都合二回のそれらは20回ちかくまで執拗に鳴った。ここでこの作品に隠れている「数」の主題が露呈してくる。どんな生活でも実際は数値そのものが疎外の質を伝達するのだ。のちに詳述するが、倒れた母親大森暁美(たぶん意識不明の状態がつづいたのだろう)を北村が病院で介護した「四年」の歳月。しかしそれよりも、北村が一日1500円の出費で、失業状態をのりきっていた数値のディテールが胸を打つ。劇場パンフレットに掲載されている小林監督の脚本から、その部分を摘記してみよう。

確かに俺は、あんたの年金で食っている身だよ〔…〕実際、あんたが入院してた間、毎日毎日そこのスーパーで380円の弁当二つ買って、昼に一個食べて、夜は、焼酎〔※画面には「いいちこ」が映っている〕呑んで、もう一個の弁当、半分食って、残った半分は、翌朝の朝飯に回して……そうやって、やって来たんだよ……タバコだって、三日に一箱だ。一日1500円の生活費、ひと月4万と5千円! 水道光熱費入れて、6万! 切り詰めて、切り詰めて、爪に火をともすような思いで、やってきたんだ。

この数値の具体性が、この作品の最後、黒味に上乗せされる字幕、その数値の具体性と共鳴する。数値とは抽象のようにみえて、それが綜合されるまえは個々のむごたらしい「具体」なのだ。その具体にかかわって、たとえばこの作品では食べ物もある。暮らしの貧窮にたいして登場してくる寿司、あるいはにんにくスライスで食べようと北村が仲代にもちかける鰹の刺身なども、観客の記憶に強度として刻印されてゆくだろう。

北村一輝を基軸にして、この一家の「悲劇」がいかに「確定性が強固でないのに」なぜ「不可逆的だったのか」、それを振り返ってみよう(これらは固定的シーンが現在過去をとりまぜて連なってゆくこの作品の間歇的なディテールから綜合される事実だ)。北村は家庭重視の勤務態度だったため、傾いた会社からリストラ解雇された。ハローワークにかよっても、バブル崩壊後の不況下、あたらしい職がみつからない。徐々に自信喪失と厭世感がきざし、やがてリストカットをやりだした自らに気づく。それで妻・寺島しのぶと幼い愛娘のいる家庭を出奔、だれにも告げずに精神療養施設にはいる。北村はケータイの電源を切り、妻からの連絡手段も一切遮断してしまう。幼い娘を抱えたまま無産の妻は賃貸している住まいの家賃すら払えなくなって、娘を気仙沼の実家に預け、いちど訪れた北村側の実家ではみずからの分のみ署名捺印した離婚届をその父母に託す。北村の結婚生活はそうして瓦解した。

いっぽう北村の実家はどう瓦解したか。まず北村が出奔を完了、帰ってきたタイミングで母・大森暁美が倒れる。職のない北村が一身を尽くして看病に回り、離職後の緊張をそれで失う。四年後、母親死去のタイミングで、今度は「嫌な咳」を繰り返した父・仲代の肺癌が発覚、ところが一度めの手術ののちの延命治療を父親が拒否、自宅に強硬的にもどってくる。それ以前に北村が自分の年金を資に暮らしはじめていた実態を知っていた仲代は、自分が一室に籠城し、即身仏として死を遂げる決意をする。しかもその死を秘匿して年金を利用しながら次の仕事を得るまでをしのげ、というメッセージも直接的間接的に北村につたえられている。仲代の「緩慢な」自死選択にはこのようにして意義の尊厳があたえられている。どうじに彼は息子の無力を見越している。生にむけて息子を放生させようとはしていないのだ。

まずは緩慢性がもんだいだった。決断にむかい一直線化する仲代の「緩慢性」は、その「緩慢性」のみを抜き取られ、たぶん再就職に蹉跌をつづける北村の「生活不作為」「生きるだけ」の緩慢へと転写されてゆく。むろん北村は非運だ。だがその最大の非運は、日本経済の暗転によって他律的にあたえられた非運ではなく、年金支給という現実にたいし緩慢に惰性化してゆく内在性の非運なのだった。これを道義的に責めることはだれにも不可能だろう。ひとは、馴らされてゆく外圧の存在によって意志をうしなう。ゆっくりさが真の敵なのだ。それで北村も、内面から浸食してくる無為によって、たぶん密室のむこうにミイラ化して死んでいる無言の父親に、「今日もハローワークに行ってくるよ」と語りかけるアリバイをばらまくだけとなる。

そこでの北村は、末期の父ゆずりの「よわい声」をその声帯に反射している。ほんとうは、外部/内部の截然たる分離、というこの作品の法則にたいし、その境界線を内破する唯一の媒質があったはずだった。それが存在の「奥」から湧き出てくる「声」だったのに、それがついに家族内に弱性として浸透され、その効力をすべて失ったのだった。それをうしなうまえの最後のきらめきが、北村の「お父さん、お父さん」という号泣ながらの呼びかけだった。

小林監督が足立区の事件でまずかんがえたのは、死んだ父親の死亡届を出さずに、その年金を受けとりつづけた娘の、最初の段階の「心理」だとおもう。当為を惰性が凌いでしまうときの、自己逸脱性にたいするおののき。ところが傍らに緩慢な自殺をした親を配剤してみると、その自己逸脱の緩慢性すら、いわば人間的な所与として崇高性をおびてくる。

もとより、平田オリザ式の微分的なリアリズムを、半面で映画に奪還しようとする小林の脚本では、平田同様、人物間に交わされる会話に、多少劇的ではあっても、すべて生活に根差した日常性しか用意されない。だから観客は黒味を挟んでゆっくり連続してくる「シーン」の進展のなかから、人物の心理を「形而上的に」代弁しなくてはならなくなる。ベンヤミン『ゲーテ 親和力』の最終フレーズではないが、「希望なき人々のためにのみ、われわれには希望があたえられている」のだから、えがかれる人物にたいして代理的に、かんたんには語ることのできない人物の行動選択における思考を摘出しなければならない。ところがこの代理的な摘出こそを、希望の原理とよぶことができるとも気づく。

たった一箇所、北村・寺島・赤子・仲代・大森の、「全員揃った一族」初顔合わせの幸福をとらえた回想シーンだけがカラー化される。それは「幸福の最大値」のみをカラー化するというわかりやすい符牒付与だった。だがそこには「画に描いたような」展開によって、空疎さが潜まされている。それよりも台所-居間が使用されたフィックス長回しシーン、飲酒を禁じられた仲代と、燗づけ役・大森とのあいだの、銚子にいれられる酒量をめぐっての攻防のほうが生々しい幸福感をたたえていたかもしれない。むろん、閉じられた扉をはさんでの自死を決意した仲代と、仲代に呼びかける北村の必死の攻防、その演技の人間化のすごみは、実地にモノクロ画面で観てもらうしかない。

冒頭とまったく同じ位置・画角の長回しで、作品は終わる。北村は新聞に筆記用具でしるしをつけながらコンビニで得たものを朝食にしている。食卓はコンビニ袋や弁当のからなどが散乱して、生活に緊張がうしなわれたことがはっきり打ち出されている。明示されていないが、もう扉のむこうで仲代は、大森の遺影をまえに端坐のまま即身仏となっているだろう。この予想をなかったことにして、北村は「ハローワークに行ってくる」と扉のむこうの仲代に呼びかける。となると、北村が何事か書きこんでいた新聞の面は、求人欄だったのだろう。しかし新聞そのものがたとえば競馬新聞で、北村が自分の予想を書き込んだという錯視も起こるかもしれない。ともあれ、その段階での北村には頽落の様相が、むごたらしく付着している。

北村が出てゆく。無人画面――「空舞台」となる。しかしそれは小津『晩春』のラストシーンのような、幾何学的なコンポジションのうつくしさと無縁な、雑然とした室内への斜め構図にすぎない。「むごたらしさ」とはなにかを静謐さのなかにとらえようとした小林監督の、二重性の意図がこうしたことでもわかる。そこに電話が鳴る。むろんこの作品の電話は、母親の発作事故、死を告げた。このことからして、いつも電話は異変と不幸をつたえていたといっていい。

では最後の電話はだれからかけられているのか。さきほどかんがえた「代理性」からすれば、回答も明瞭だとおもわれる。それは、まさに「観客の位置」から鳴って、悲劇に参入してほしい、という映画の「依頼」こそをつたえていたのだった。

東京では現在、渋谷ユーロスペース2と新宿武蔵館にて公開中。札幌はシアターキノで9月28日から。ぼくの学生は必見
 
 

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2013年09月10日 日記 トラックバック(1) コメント(0)












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