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秘められた生5 ENGINE EYE 阿部嘉昭のブログ

秘められた生5のページです。

秘められた生5

 
 
きれいだとおもうときには、そのひとを配分ではなく含有だとかんじる。民族の特質という含有いがいに、ある段階からさきの思考不能があってそのひとの表情がかげっていることも、さほど構造の失態とはかんがえない。やがてその表情が蜜にぬれ子ども返りして輝くのと、髪のゆらしてくる柳の感触をすら二態のあいだの含有とすれば、ひとはただ両極のあいだに、かすかにくろいものをながすだけだ。座礁した舟をおもわす座位のまにま、歓喜のあえぎではなく溜息をつき、含有から気体的にくろいものがながれるのも、ふたりのきれいさではなく、会うたびに散るそのひとだけのきれいさだ。倦むことの本質とは、一回一回のあらわれを反復とせず奥行とすること。わたしたちのむこうの空間がそうしてかさなって、ふだん忌まれるものにすら不吉さがなくなる。それはもうふたりによって投げだされた世界の含有だ。
 
 

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2013年11月21日 日記 トラックバック(0) コメント(0)












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