秘められた生7 ENGINE EYE 阿部嘉昭のブログ

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秘められた生7

 
 
ひとりをみつづけることで視は鍛えられる。けっきょく視とは変化を眼底におさめることで、耐忍が要求されるなにかだ。むろんそれらみたものを記憶が裏打ちして、やがて視そのものが多重化へいたる。この耐忍と記憶がまなざしの人間化まで保証するとすれば、ひとみにやどる重たい愛の正体もわかるし、みるもののなかでもっとも意義のあるのが時間や老いの兆しだとも得心がゆく。ともあれ記憶がみたものを複数にしてそれを時間にするのだ、映画にたいするように。いっぽう現在だけの複数をみつづけることで鍛えられる視は動物化へとむかう。性愛のただなか雄性のまなざしにあるのもふつうこれだが、やがてそれは挑みを緩和されてひとつであるものに集中し、視の人間化へとかなしく反転する。視はしろくなる、その者に絶望への知恵があればそうなるだろう。視の焦慮は愛によって盲目化する。このことを瞑目になじむ雌性は最初から知っている。
 
 

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2013年11月23日 日記 トラックバック(0) コメント(0)












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