ゆらゆら ENGINE EYE 阿部嘉昭のブログ

ゆらゆらのページです。

ゆらゆら

 
 
もうひとつの自我へむかうたび、気味わるく発動してゆくものがある。それは、もともとの自我と、次の自我との「あいだ」だ。ほんとうは自我などというものも存在せず、「あいだ」だけがあるのではないか。暗箱を例にとれば、ピンホールと投影された逆象のあいだにみちている空間が、たえずしたたるようにゆらめいているのを、横からうけとったときの衝撃に似ている。あれはなんのゆらめき、なんのひかりの裸身だろう。あいだは横からみると水分をふくむへだたりなのに、そのただなかをゆけば逆感をもしいる変化のぬかるみにすぎない。この雪上からあの雪上へとむかうながれにあってさえ、設定がたしかなら起点終点の自我がきえるのだ。すこしだけかもしれないが、確実にきえ、むしろその消えのゆらゆらのみが、自我に回収されぬ不気味なうつくしさとしてある。
 
 

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2013年12月19日 日記 トラックバック(0) コメント(0)












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