辛夷
【辛夷】
山裾へとなだらかにくだる斜面に辛夷があふれ咲きみだれるのを底までみおろした。とおくからあれらはぼやけ、けして山の輪郭にはみえぬだろうとかんがえた途端、輪郭のないものがすべて怖いとおもいいたった。その季節はおとめごのちくびのような早蕨につね張りつめていて、辛夷の白もまたかさねとなり裏に呻吟の青をひそめる。神がかる何ものかの滑り台だろうと斜面をとらえても、滑ればその者も白を散らしながら紺青にそまりゆくだろう。それがわらい死ぬことなのだ。あきらめた声をそう発しながら、そこで気味わるく眼がさめた。いったいあれはどこだったのか。