円満
【円満】
保坂和志は『未明の闘争』五二二頁にふと《後悔は祈りのようなものだ》と書きつける。前後の文脈を捨象し、このフレーズだけかんがえざるをえなくなって、よもぎにみちた脳裡に草道の岐れがうかんでくる。後悔も祈りもY字型をしている。ふみまよった足、そのひと踏みまぎわ、あなうらにおぼえる電撃には、のちの後悔ではなく、事前の祈りも先験している。それで齟齬を緩和するうごきが祈りにまるく伏在しているとおもう。破戒はない。死にいたる猫の口内炎(まるい)が霊魂や並行性や持続そのものとおなじあらわれだとかなしむのみだ。語りがずれにずれ、それに沿い小説の本源、換喩を、詩からとりもどそうとする(非)詩的な試みをたどる。命題もまたとうぜんにずれる。《後悔は換喩のようなものだ》《換喩は祈りのようなものだ》。ちがうもののつくりだす円満が先験して、時間は保坂のからだにあたる場所へ多層のまま透視される。