盲目の自覚 ENGINE EYE 阿部嘉昭のブログ

盲目の自覚のページです。

盲目の自覚

 
 
【盲目の自覚】

エリック・クラプトン「ティアーズ・イン・ヘヴン」は、「盲目の自覚」という観念をおぎなうと、歌詞の把握がよりはっきりとするとおもう。以下のように――

【ティアーズ・イン・ヘヴン】

できれば〔盲目の〕ぼくに呼びかけてほしい
ヘヴンでまた会えるのなら
まえとおなじでいられるだろうか
ヘヴンでまた会えるのなら。
つよくなろう、生きとおそう
だってぼくはここにいて、まだヘヴンに属していない

手をにぎってくれるね
ヘヴンでまた会えるのなら
〔よろよろの〕ぼくを支えてくれるね
ヘヴンでまた会えるのなら。
ぼくはみずから道をもとめる、昼も夜もない
だってぼくは〔罪人で〕ヘヴンにはとどまれない

ながれてゆく時が〔幼く逝った〕きみを落胆させ
ながれてゆく時がきみを拝跪させる
ながれてゆく時がきみを悲嘆におとす。
乞うたっていいんだ、乞うたって

ドアをひらけば〔みえない〕上界に
きっと平安がひらけている
そこではもうきえているはず
ヘヴンをぬらしているだろうなみだも。




最後のワンラインで気づく。盲目の自覚は、なみだにみちたヘヴンの湿潤を、唄い手みずからが装填してはじまったのだと。それにしても死者は永劫に浄い。
 
 

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2014年03月19日 日記 トラックバック(0) コメント(0)












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