ほねまくら ENGINE EYE 阿部嘉昭のブログ

ほねまくらのページです。

ほねまくら

 
 
【ほねまくら】


おうごとにやせていって、うでまくらがほねまくらになるのもいいことだ。たとえば林でねるにはいまもこごえるのだから、その構造を肌のささえにこそもとめなければならない。性愛はたがいに焼かれたあとをかんがえるのか。いや、まなざしも生物でないめぐりをとりいれるのだから、まずは光合成に似ている。けれど、それだけですまないものが骨にある。植物のようには溶けないものを羞恥にしてかためているのだ。涙骨ちかく(その位置そのものが泪みたいだ)、耳が心をあらわしたり、心が耳に近づくのが恥なのだから、恥のうごきもいわば換喩なのだが、ぜんしんの骨はそんな二項すらこえ、かすみひろがる。うでまくらはそのひとくさりをしずかに干し草のにおいや笹鳴りにするかざりだ。(もう死んでいるのか)ほねまくらがかたちの入江をなす環にしずみながら、ひともわたしもけだものも、かわいた抽象にみちたりてながくねむる。
 
 

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2014年04月09日 日記 トラックバック(0) コメント(0)












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