伊藤浩子・undefined ENGINE EYE 阿部嘉昭のブログ

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伊藤浩子・undefined

 
 
【伊藤浩子『undefined』】

伊藤浩子さんの思潮社オンデマンド『undefined』がきのう届き、未明に一気読みした。わずかな例外があるが、収録されている各篇は、ぼくの判断では完全に短篇小説――それもきわめてみごとな方法論をもったそれといえる。これを詩集とあつかうかどうかで、往年の伊藤比呂美『とげ抜き 新巣鴨地蔵縁起』のようなもんだいが起こるのは回避したい。
 
詩的小説、掌篇小説、物語詩などの創作ジャンルの集合のなかで、小説と詩に分断線をきれいにひくのは意外とむずかしい。判断材料を叙法にたよるしかない。かといって、詩の創造原理を暗喩=類似、小説の創造原理を換喩=隣接とした、ロマン・ヤコブソンの見解は、拙著にしるしたように、とるところではない。ただし参考にはなる。
 
「詩の行」や「詩の一文」もまた空白を介しながら隣接的な相互として連続組成される。あるいは俳句などの短詩をかんがえれば、崩壊した構文のなかでの詞や辞も、切字にみられるように断絶をはらみながら、それでも連続的に組成されている。詩においてもすべてのことば、行単位、文単位は、見た目には連続性をつくりあげているのだった。
 
だから空間上の隣接がとおさの衝突である「詩の特有性」はその意味形成から判断されるしかない。いずれにせよ時間的継起、空間的な隣接連続により、説明すべきものを追って、キャラクターと物語とを、付帯的な要約可能性としてつくりあげてゆく小説は、詩の形成とは手段がちがうことになる。その手段のちがいがつよい商品性をうけもつばあいもある。
 
単純には要約可能性のあるものを小説、それ以外を詩としたいが、詩的なシュルレアリスム小説などではこのような判断に適さないものもある。あるいは伊藤比呂美でも叙法の崩壊や語調の突出の瞬間に、振れ幅が詩を指ししめすことがある。したがってこれらは区分不能をつくりあげるものとして、その叙述の一定時間を詩ととらえても構わない。「混淆」をみとめるということだ。ただし全体にかんしてはキャラクターと物語の形成力によって、詩と小説、どちらに帰属するかが判断されることになる。『とげ抜き 新巣鴨地蔵縁起』のばあいは、それで最終的に全体が小説に帰属した。
 
気をつけなければならないのは、音韻意識によって意味が跳躍したり変型したりすることが詩の成立与件ではないということだ。平叙文でしるされている詩的時空もあるのだった。同時に「意味」成立の遅滞だけを判断材料にしてしまうと、暗喩にたいするよけいな構えまで浮上してきてしまう。フレーズじたいの玩味だけでいいはずだ。となると、「空白」「断絶」が叙法にいかに内属され、それでことばのつらなりがつくる容積が、知覚できる通常世界の時空といかにちがっているかだけを観察しなければならないだろう。
 
じつはこの点でも、伊藤浩子『undefined』に収められた各篇のなかで微妙なものがあるのだった。ポルノグラフィ、伝奇小説の叙法が参照された幻惑的にしてじつは伝統的な短篇のあるいっぽうで、たとえば集中「プレゼント」のクライマックスでは時空が崩壊して、作中の妻と夫のあいだに同調的な隣接が起こる。その部分は、説明的な前提を欠いた発語どうしの非連絡的な連絡になっていて、したがって「詩的」換喩の属性「ズレ」が高速機能している。「音韻」こそが相互にことなるものを接合している機微もある。その一連はたしかに詩とよぶしかないものが小説空間になだれこんでいるのだった。
 
ところができあがった全体をおもいかえすと、連続的に形成された物語とキャラクターがあった、としか判断できない。それでこの「プレゼント」も意欲的で「見事な短篇小説」という最終把握が成立してしまう。なによりも伊藤浩子の小説は主題がどんなに生存不安を抱えていても、どんなにキャラクターが客体化されていても、あるいはいかに異質性がモンタージュ=キメラ合体されていても、作者の場所から確立的に「語られ」ていて、作者の場所がことばによって「語らされ」結果的に流失しているわけではない。
 
完全に詩として発案された「アイホー」もあるが、詩性と小説性の含有が拮抗しているのは最後に収録された「歩く人」だろうか。これはことばのひびきが、詩的作用力を完全に維持している。すごく好きだ。
 
ただしいままで書いてきたことでわかるように、基準はすべて「含有率」なのだった。すぐれた短篇小説がいくつもならぶ『undefined』は、その「いくつもならぶ」点を尊重し敬意をはらえば、やはり短篇小説集とよぶほかなくなる。伊藤浩子さんの小説の才を強調すれば、それでいいのではないか。
 
 

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2014年10月31日 日記 トラックバック(0) コメント(0)












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