近藤久也について2 ENGINE EYE 阿部嘉昭のブログ

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近藤久也について2

 
 
【近藤久也について 2】
 
 
近藤久也の詩は、感情の質が良い。それはもしかすると、筆者とは二歳年長なだけのひとの、体験の共有性によるのかもしれない。不如意、疑義、倦怠、反骨などがけして「それらを表明することの多幸」として現れない(このましい)抑制がまずかんじられる。それが「減らすこと」がみちる諸詩篇の組成そのものをつくりあげている。
 
サニー・テリー(ブルースハープ)、ブラインド・ボーイ・フラー(ラグタイムブルース)、ジャック・エリオット(フォーク)など「渋め」のアメリカンルーツ音楽への親炙を、詩篇をつうじあらわにする近藤の、たとえば高校時代の嗜好、その全体を同世代であれば類推することもできる。どんな映画に心ひかれたか。どんなマンガをふるえながら熟読したか。
 
マンガなら筆者とおなじくとうぜん「ガロ」系だろう。それもとりわけつげ忠男なのではないか。近藤久也の第二詩集『顎のぶつぶつ』、第三詩集『冬の公園でベンチに寝転んでいると』(2002、思潮社)の表紙には近藤祈美栄(夫人だろうか)の装幀によって、筆をさっとながしたような絵があしらわれていて、これらの絵の筆触がたしかにつげ忠男をそのままおもわせる。
 
つげ忠男のマンガはその「種類」を大別できる。まずは戦後闇市の無頼群像。そこでは記憶語りをつうじて「とおさ」と「ちかさ」のせつない分離不能性が、力動的な線の粗さからもたらされる。実際、写実を超えた写実の位置で、風や陽光や影の線描が人物と等価にコマをあふれだすマンガ作家はつげ忠男しかいない。停止と躍動の見分けがつかないそこにこそ光景の異境が現出している。

つぎは家族画。この分野では「潮騒」という超越的な傑作がある。家族でいった海水浴に、70年前後の新聞記事の引用が重層化して、一家族の固有な悲哀が作品のおわりにむけて相対化されてくる。いっけん家族、あるいはその価値までもが卑小とみえるが、彼らの背後でうねっている世界のながれもまた卑小だと気づくと、大融合が起こる。そしてそのつげ忠男の最後の分野が釣好きの近藤と同調する「釣り」マンガだった。
 
つげ忠男をおもわす詩篇は、近藤久也の詩集ごとにはいっているが、『顎のぶつぶつ』から以下の詩篇を全篇引用してみよう。のちの論述の便宜として、各行頭に序数をふることにする。
 
【理由】
近藤久也
 
1 雨の動物園に行った
2 妻は傘
3 娘はかっぱ
4 私はサングラス
5 片足の鶴などみていた
6 ゴリラはガラスの部屋で
7 気分を悪くしたのか
8 食ったバナナをもどして
9 またそれを寝そべって食っていた
10 居るはずの
11 ライオン、トラ、キリンなどは
12 どこかに行って居なかった
13 子連れはいなくて
14 アベックばかり
15 体をくっつけて虚ろな目つきで
16 みるともなく
17 爬虫類をながめていた
18 雨はひどくなり
19 私は肩をぐっしょりさせて
20 ノイローゼのシベリア狼をみていると
21 書き忘れた息子が
22 黄色いかっぱをひらひらさせて
23 きつね、きつねとわめき散らすので
24 妻と顔を見合わせてにたついていると
25 早くお帰りにならないと
26 動物園から出られなくなりますよ
27 という放送が
28 おこったように流れてきた
29 娘は夜になるまで
30 檻の陰に隠れていましょうよ
31 と妻の手を引っぱった
32 雨滴が幾筋も幾筋も
33 私のサングラスをつたっていくので
34 泣いているように見えると
35 妻は言ったが
36 泣く理由など
37 何も無いのだ
 
主語の省略、動詞の割愛など、詩篇の書きだしが簡潔なのは近藤詩のいつもの流儀だ。あえて冗長な補足をすれば、1~4行は以下のようになる。「(私たち家族は)雨の(日にあえて)(ひとさみしい)動物園に行った(ご苦労なことだ)/妻は傘(をさし)/娘はかっぱ(をまとい)/私は(くらい日和なのに)サングラス(をかけていた)」。リズム意識が作用されてこの「いわずもがな」の括弧が減殺されると、じつは私たち家族そのものの像や属性の減殺までもが付帯しはじめる。私たちは「足りない」のだ。
 
結果、4~5行のわたりに錯視が起きる。《私はサングラス/片足の鶴などをみていた》が、「片足だけの存在に欠損して」「鶴さながらに痩せさらばえている」私と、「サングラスをかけて不敵な」鶴とに、像が二重化されて分岐するということだ。日本語では成立する「私はサングラス」という構文の換喩的な縮減性に、英語でいうなら「I am sunglasses」という看過できない文法の錯誤が揺曳している。
 
檻に幽閉され不自由をしいられ、野性を暴力的に削られて、みすぼらしい馴化をしいられた動物たちにたいする惻隠は、詩でいろいろとしめされてきたが、近藤「理由」は、動物への同調にはけして自足しない。
 
5「片足の鶴」が鶴のたたずまいの通常を描写したにすぎないのに欠損の予感を漂わせた――これを皮切りにして、嘔吐と食餌に弁別がなく、食そのものへの振舞が汚く頽廃しているゴリラ(6~9行)、不在そのものが動物磁気を不穏に発している、おそらくは倦怠と不機嫌がならいになった「ライオン、トラ、キリン」(11行)。「獅子」「虎」「麒麟」という表記の尊厳を奪われたのは、子ども向けに擬人化が図られたためで、そのことから動物は神話性を剥奪された。かたちそのものが異形もしくは不具といえる「爬虫類」(17行)。陸にありながら鱗をもち、ヘビにいたっては手足がきえている。
 
そのあとに20行目の「ノイローゼのシベリア狼」が出てくる。上顎、下顎が突出しておおきく割けた口から、それじたいが喘ぐ大蛭のような舌がだらしなく垂れている。瞳は蒼白で、そこひのようだ。雨の日なのに薄暗さを眩しんでいる。シベリアンハスキーの白黒に整った配色にたいし、ぜんたいが灰と茶を脱分節的にくすんで溶け合わせた毛並み。おそらくは群れでいて、肉を噛み取られた骨片を舐めしゃぶるためのヒエラルキー闘争がマンネリ化している。狼たちは無意味な周回を狭い閉所のなかでつづけ、顔の表情のみならず、行動がノイローゼをおもわすように病化している。
 
暗示的かつ的確にとらえられた以上幽閉動物たちの病性は、冒頭の家族成員の描写の欠落と複合されて「私たち家族」のうえに病性を鏡面反映させる。なぜなら欠落は弱さとも骨がらみで、だから対象そのものを反映のかたちで貪食するしかないためだ。不吉な動物磁気は、私たち家族のほうにもある。
 
冒頭の4行にみちているのは、欠落が並列的にみちている、眺めというよりも気配というべきものだろう。逆にいうと、家族による欠落の並列は、幽閉動物たちの気配まで決定づける。動物との対峙性に「私」は刺しこまれ受難感を研ぎ澄まされるのだ。19行の「私は肩をぐっしょりさせて」は安価な傘、傘のさしかたのまずさ、雨脚のつよまりなどを理のうえで印象づけながら、実際は私の身体が動物園の空間から屈辱的な反映をうけている「感覚の上位次元」を暗示している。

むろん動物の幽囚への抗議などない。動物と同位化してしまう脆い身体への諦念が、それが「世界」への架橋だというように入れ子外延するだけだ。ここでは「自足のないこと」が自足だという融即が、いつもの近藤詩の法則どおりに生じている。
 
もともとが酔狂だった。子どもの欲求に促されて、雨の日に動物園に行くことじたいが、憂鬱をつかんでしまう行動の蛇足だったのだ。私たち家族は恥しい「例外」に位置づけられる。それをつたえるのが、13~17行、《子連れはいなくて/アベックばかり/体をくっつけて虚ろな目つきで/みるともなく/爬虫類をながめていた》。雨の日の閑散した動物園でのデートは、たがいのからだを「くっけつけ」る好機とはなる。だから入場にもとりあえず理由がある。
 
ところが光景の寂寥によって、所期の目的が壊滅的なまでに無化されてしまう。彼らでさえも(さみしい異形か不具の)爬虫類に存在同調をしいられ、俄かに自分たちが交情に適した「にんげん」なのかどうか心もとなくなる。自分たちの芯をつらぬいているのが充実ではなく、「虚ろ」だと予感せざるをえなくなるのだ。しかも私たち家族はそうした彼らを媒介にして、さらにさみしい立脚へと相対化されてゆく。
 
この詩のユーモアは、まず21行目中の「書き忘れた息子」から生ずる。2~4行目でいったん定位された「家族成員」に遺漏があった理由はこの息子も「かっぱ」を羽織っていたためだろう。同語説明の面倒がきらわれるうちに「うっかり」存在を割愛されてしまったのだが、22行目「黄色いかっぱ」の形容「黄色い」が上乗せされることで、息子は「上乗せ」的存在へと、出現した途端に昇格させられる。家族の行動選択の誤謬を上乗せするように、20行「ノイローゼのシベリア狼」を23行「きつね、きつねとわめき散らす」のだった。
 
お稲荷さんなどで見知った犬の異種「きつね」だけが識別台帳に登録されている「息子」は、既存の手持ち項で「シベリア狼」を越権的に類推表現するしかない。狼を既知の犬ととらえずに一応は「きつね」として犬と区別したのだから息子としては得意満面だろうが、類推がもともと越権だという点は詩の書き手である作者には意識されている。その息子の愚行を夫とともに「顔を見合わせてにたつく」「妻」(24行)も、夫の詩作営為の本質を理解しているのではないか。その理解はたぶん寂寥と背中合わせのはずだ。おそらくは近藤詩のぜんたいに、類推がない。類推とは「詩人的」想像力のいとわしい「自足」だからだ。
 
いずれにせよ、嘘寒い「雨の動物園」は家族の社会的孤立をしるしづけるものだから長居に向かない。それを運営する動物園側も知悉していて、25~28行、退園を促す園内アナウンスが、「好機を逃すとここから出られなくなる」という恫喝とともに、「おこったように」流れだす仕儀となる。寂寥そのものがそこからの脱出の契機をうばうアリジゴクの様相をたたえている。嵌るとは、いつでも機会喪失から生じる錯誤で、悔恨しかもたらさない。
 
ところが弟を反射してさらなる「上乗せ存在」になった「娘」が29~31行、「夜になるまで/檻の陰に隠れていましょうよ」と、動物園にいつづける奇怪な提案を妻に強調する。むろん直截の動機は園内放送が無慈悲にひびいたことへの反抗なのだろうが、娘の言動から家族哲学が、そしてこの家族がどんな「裏」の像をともなっているかが、問わず語りされる。
 
まずは家族が成員の欠落なく蝟集していればそこがすなわち家庭だというフレキシブルな見立てが娘の言い方には成立していて、それが哲学的なのだった。社会的な孤立こそが紐帯の別名だということ。これはどの局面を切りとっても「類推的」ではない。
 
もうひとつ、帰るべき家に帰ることと、雨の動物園で一晩をすごすこととに価値の優劣がなく、選択の勢いから後者が嘉納される点には、彼らの過ごす家庭そのものが褪色を体現しているという予想も立ってくる。娘の主張にみえる「錯誤」は、錯誤そのものがもつ本質的な価値をもただよわせて、なおかつ詩の主体「私」を、家庭運営責任者としてのよわさ、くわえて詩の思考者としてのヴァルネラビリティ、その双方で挟みこんでいる。「私」は雨に、動物園に、雨雲のむこうの暮色に、さらに家族にまで、「愁殺」されかかっている。しかしそれはけして言明されはしない。
 
気弱さによる抑制が、欠落による抑制とともに、詩行のはこびを「自足」させている。だから近藤詩の感情が良いのだが、これを家族画としてみたばあいに、つげ忠男「潮騒」と感触が似ているのだった。ところでつげ忠男のマンガでは――とくに「戦後闇市の無頼伝」系列では、サングラスが人物表象の特権的な道具となる。32行から最終の37行、かつて4行目で示唆されたサングラスが「私」に再誕するが、その表面は雨水の筋をつたわせて、涙眼そのものと妻に「類推」されてしまう。
 
雨水を筋状につたわせるものすべてが涙眼なら、壁の塀も、柱も樋もみなそうだろうが、問題はサングラスがときに骸骨の眼窩のように凹んでみえ、眼を代替する眼の上乗せ、換喩的な隣接物として、そこを眼以上に眼にする越権のほうにある。その越権が泣いている、となると、妻は「類推をきらうあなたにこそ、類推の魔が巣食っている」というメタレベルの示唆をしているのではないか。「私」は雨水のつたいにより泣いてはいないし、「私」の眼はサングラスとの隣接によっても泣いていないが、「私」の心奥をえぐった妻のことばによってなら「泣いている」。
 
不足がみちるという点に、ある類型の詩作者はとりわけ意識的だろう。しかもそれは詩の表面的な図像性のもんだいをも喚起する。詩行のわたりでは不足が詩行をうごかすみちびきだ。ならば逆に、各詩行が同字数で揃うことは、いわば「死のような膠着性」で詩行のわたりを視覚的に固定する気持わるさとなる。この詩篇「理由」では、近藤詩にはめずらしく最終三行が《妻は言ったが/泣く理由など/何も無いのだ》と、すべて6字でそろっていた。
 
これは意識的だろう。詩行のわたりを死にちかいもので止める禁忌へ「ことさらに」触れているのだ。そこから感情がみえる。「泣く理由など」「何も無いのだ」というマニフェストは嘘言か、あるいは「泣く理由のないことが泣く理由になる」メタ次元がここで示唆されているのではないか。詩行の字数揃えは、減退という強度を発現させているのだ。
 
コクトーのなにかのフレーズに、「ぼくは泣こうとした。けれども泣けなかった。だからぼくは涙をながした」という洒落た逆説もあったはずだ。あるいは音楽好きの近藤久也なら、70年代中盤のエリック・クラプトンの、ゲスト参加の多彩さにより、自分が他と融合するか稀薄になることで逆に名盤性を獲得したアルバム『ノー・リーズン・トゥ・クライ』も念頭にあったかもしれない。このアルバムタイトルはどう訳すか。英語が不得手な者は「泣く理由などない」と訳すかもしれないが、じっさいは「泣くには理由などいらない」、もっといえば「泣きっぱなし」こそが正解なのだった。これは近藤詩の世界では、たしかに入れ子外延するだろう――「ノー・リーズン・トゥ・リヴ」へと。
 
(この項、つづく)
 
 

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2015年06月04日 日記 トラックバック(0) コメント(1)

いまポストを見たら、近藤久也さんご本人から第一詩集『生き物屋』が届いていた。これほど嬉しいことはない

2015年06月04日 阿部嘉昭 URL 編集












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