柱状 ENGINE EYE 阿部嘉昭のブログ

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柱状

 
 
【柱状】
 
 
ささげもつのにひつようなのは
もはやてわたすあいてでなく
あるくおのれだと念に押す
にがいめぐすりをさしたゆえか
暑いさかりへ霜ばしらがかさなり
おもいのほか道がざくざく音をたてる
手からむかっているそれがシラクサ
じぶんが刃物になっているほかに
まわりすべても刃物にみえる加算を
むねでしろくなったみどりとして
匍匐へこすりおろしているのか
葡萄に似た字で身の柱をひく
わたったくぼみを数ともしない
むしろ数の降下こそ霜になそうと
耳のなかをほそめながらすすむ
玻璃ケモノのそこがシラクサ
 
 

 
女房と電話で長ばなしのあと、川田絢音『雁の世』がとどく。ひもといて読み終わり陶然となって、なにか内容とは無縁かもしれない視覚ものこった。それを上の詩にした。いずれにせよ『雁の世』はことし屈指の詩集。けれどそれが何冊目かをかぞえはしない。ことしの袋はまだひらいておく。
 
午後イチからは気を入れなおし、また江代充にとりくむ。川田絢音と連絡線ができるかもしれない。できないかもしれない。まどのそとがしろくひかり、カーテンがゆれている。
 
 

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2015年08月08日 日記 トラックバック(0) コメント(1)

と、うえに書いた直後、神山睦美『サクリファイス』と、岡井隆『暮れてゆくバッハ』が届く。ポストに神山著作がおさまらず、配達夫が呼び鈴を押した。きょうは「あたり日」だ。神山さんの新著にぼくの『換喩詩学』の書評が載っているのはあらかじめ知っていたが、うれしいことにその書評に、ぼくが感涙したFBの神山さんの記事(『換喩詩学』の鮎川賞受賞にちなむもの)も添えられていた。さっと頁をめくり、神山さんらしい大著だと確認して、まずはかわいらしいつくりの岡井さんの歌集(とはいえ、詩や散文や、びっくりすることに詞画集もくわわっている)のほうをめくりだす。近年の岡井歌集よりも構成がひきしまっているようにかんじる。秀歌率がたかい。すると最終章「昭和九十年の昭和の日に」冒頭一首に俳句形の詞書があり、それもまたぼくにかかわる言及だった。《指で押す『換喩詩学』や月おぼろ》。惜しむらくは「喚喩詩学」と誤植されてはいたが。
 
この神山~岡井の二連打で祝杯をあげたい気分になって、昼ビールのち昼寝にさえおちいってしまい(きょうはすずしい)、起きればすでにゆうがたになっていた。そこでアップした自作詩篇をちょこちょこ直す。じつは助詞の斡旋がむずかしい詩だったのだ

2015年08月08日 阿部嘉昭 URL 編集












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